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1000字小説バトル
チャンプ作品
『鈍行』ぼんより
夜の河川敷を越えて。
小さく揺れる鈍行の赤いシートに体を預けていると、ふっと力が抜ける。斜に傾く体に、ずれるカーディガンのフード。両の手で弱く握ったメッセンジャーバッグを抱きしめて目を閉じてみる。
家にビールが一本残ってたっけ。みかんの食べ残り、片付けたかな。散りばめられた街の明かりが見えると鈍行は緩やかなカーヴに差し掛かって、私はメッセンジャーバッグから飴を取り出した。
「ねぇ、そこ解れてるよ」
「ん?……んん、ああ」
懐かしい女が右に座っている。当時のままの姿。ショートカットの凛とした可愛らしい髪型に薄化粧の頬と、無愛想な佇まい。本当に久しぶりだ。
「何の匂いこれ? 飴食べてるの?」
「そうだよ、それにしても久しぶりだね」
「そうね、それよりみっともないから早く右肩の解れ直したほうがいいわよ」
駅名を告げる車内アナウンスが響いて、女は立ちあがる。ドアに向かいながら一言、振り返らずに告げる。
「じゃあね」
私はただ見送るだけ。
表情も変えないで。
声も出さないで。
女の後姿をじっと見つめて。
女が降りた駅を過ぎると口の中の飴が全部溶けて、薄荷の匂いが鼻を通り抜けた。
私はまだ、鈍行に乗っている。
ポケットの携帯がぶるぶると震えた。メールだ。登録してないアドレスからのメールだった。内容は、何もない。私はため息をついて携帯をポケットにしまった。
「まだアドレス変わってなかったんだね」
「え?……ああ、そうだよ。きみは変わったんだね」
さっきとは別の懐かしい女が左に座っている。携帯の画面に視線を落としながら私に話しかけるところを察するに、今の空メールはこの女からだろう。
「疲れてるんじゃない? 表情虚ろだよ」
「そうか?」
「うん」
「そうか」
出会い始めの頃、女はよく笑った。楽しそうに笑っていた。一緒に酒を呑んで笑い、一緒に食堂でメシを食べながら笑い、一緒に仕事をしながら笑い、いつの間にか、笑わなくなった。
私も、笑わなくなった。
「あ、私ここで降りるね」
再び駅名を告げる車内アナウンスが響いて、ドアが開くと同時に女はさっと降りていく。
あ、という声にならない声をあげた私の口は半開きになってしまい、なんとも情けなかった。
閑散とした景色が車窓から流れてくる。今夜は月明かりがとても綺麗だ。
鈍行は終点に近づいて、また緩やかなカーヴを描き始める。ふと気づけば乗客はただ一人、私。
少しだけ、眠い。
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