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『鯛吉君のこと』越冬こあら
 研修生配属通知書

氏名(所属) 御目出鯛吉、タイ科タイ目硬骨魚。
長所/短所 煌めく外見/無口な性格。
賞罰 特になし。
配属先 最終検査課 堀之内班。

「だからさ、何で毎回うちのセクションなわけよ」
 退社前に人事部長から、半ば押し付けられるように渡された『研修生配属通知書』を左手でヒラヒラ弄びつつ、黒生の中ジョッキを半分空けて、堀之内先輩の愚痴が始まった。
「それもさ、この研修生の御目出鯛吉君って、つまりタイだろう、真鯛かなんかで、魚類じゃん。反則じゃん」
 現代版『生類憐みの令』と陰口を叩かれる全生命体意思疎通標準化計画(WLCP)が施行されて五年。もともと玩具会社のお遊びグッズレベルだった研究が、いつの間にか本格的な装置を生み、現在では殆どの哺乳類、鳥類との意思疎通が可能となった。
「だいたいさあ、牛とか鶏とか連れてきて、研修生とか特待生とかって、特別扱いして社会に受け入れてるうちに、意思疎通が出来るんで、いい気になって、権利を主張しだして、家畜としての使役はもちろん、食用にも出来なくなっちまったんじゃん。だろう」
 装置によって意思疎通が可能になった大部分の哺乳類や鳥類は、人類との不平等是正や生活向上という主張を掲げてきた。行き掛かり上、政府も耳を傾けざるを得なくなり、現在では牛肉も鶏肉も豚肉も(一部の熱狂的ファンが闇市場で取引する以外は)一切、食卓に上らなくなった。そればかりか今や、各々の代表が国連にも送り込まれそうな勢いである。
「そんなんに、魚類まで仲間入りさせんのかよ、おい」
 枝豆ともずく酢をアテに、焼酎に移った先輩の愚痴はその後も淀みなく続いた。

「鯛吉君わかりますか。『はい』なら青ボタン、『いいえ』なら赤ボタンを押して下さい」
 翌朝、二日酔いで充血した目をこじ開けつつ、堀之内先輩は、鯛吉君の研修用水槽に向かって特殊マイクで呼びかけを繰り返していた。何度も反復することで、装置自体の性能も自動的に向上するよう、プログラムされていた。この段階の研修生の発育過程は、幼児のそれに酷似していた。根気が要るが、やりがいのある仕事だ。
 昨晩の愚痴は愚痴として、堀之内先輩は真剣に取り組んでいた。この段階を乗り越えれば、後は転がるように発達していく。牛太郎君のときも鶏の輔さんのときもそうだった。

 不意に、青いランプが灯る。

「あーあ、刺身も喰えなくなったか」
 堀之内先輩が感慨深く呟いた。
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