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3000字小説バトル
チャンプ作品
『遺電子』ごんぱち
 ディスプレイの中の受精卵が、分裂を繰り返す。細胞塊は、胎児となり、そして、赤ん坊の姿へ。
「――出産、いきます」
 佐原太助は、呟くように声をかける。三〇代半ばで、温厚そうな表情と、痩せた顔つきがややアンバランスだった。
 ディスプレイから視線を隣りにあるものに移す。
 それは、人形だった。
 人間の赤ん坊。
 性別は女。
 腹に接続されたコネクタは、画面の中に表示されている胎児の臍の緒と同じものに見えた。
「熊切さん」
「はい」
 熊切縁は頷く。薄化粧に低い身長のせいで、佐原よりもずっと年下に見える。
 画面の中に、ハサミが現れ、胎児の臍の緒を切断する。切断された臍の緒からは、血が流れた。
 画面の中の胎児と、赤ん坊の人形が、同時に声を上げて泣き始めた。
 その仕草も、声も、本物の赤ん坊そのものだった。

 木田技研の託児施設で、小さい子供達に混じって、三歳程の大きさの人形が遊ぶ。
「かのんちゃん、そのブロックとって」
「はい」
 人形はレゴブロックを取って、子供に渡す。
「ねえ、かのんちゃん、ここにつけるのって、これってどっちがいいかな?」
 別の子供が声をかけて来る。
「んーとね、これ」
 ――別室で、熊切と佐原はディスプレイを見つめる。
「大分馴染んで来ましたね」
「そうですね」
 言いつつも、佐原の表情は晴れない。
「けれど、感覚器の全てが機能不全を起こしている感じですね」
 佐原は別ウィンドウを開き、大脳の輪切り映像を表示させる。
「脳の発達が異常に遅い。臨界期に学習を仕切れていないです」
「センサー越しにしか世界を感じられないんですから、仕方ないんじゃありませんか?」
「けれど、初めて人間の遺伝子シミュレーションが発表された時の映像、あれは美しかった」
「あれは、軍用とか諜報用とか曖昧に言われてますけど、最高級品のセンサーで作ってあったんでしょう?」
「だからこそです。センサーだけでどうにかなるんです。もう、我らが気付いていない謎の何かは必要ないんです」

 自分の部屋で、熊切はノートパソコンに向かう。
 電気機器メーカーのオンラインショールームで、様々なセンサー類の値段を確認していく。
「狂わないだけのセンサーは」
 缶ビールを片手で開ける。
「高いなぁ」
 キーを叩きながら、ビールを喉を鳴らして飲む。
「あー、目疲れるー」
 熊切はじんじんと痛む目をぎゅっと閉じた。
 目の前がぼやけているのを、何度か瞬きして元に戻そうとする。
「……ん」
 もう一度、瞬きをする。
「目……視力……!」
 熊切はキーを両手で叩こうとする。
 が、不安定に置いた缶ビールがひっくり返った。
「ああーーーあああーーーー! ちょっとこら!」

「臨界期ですよ、臨界期で幻肢痛!」
 翌日、出社するなり、熊切は佐原に怒鳴る。
「え?」
 独り、端末に向かっていた佐原は、眠そうな顔で振り向く。
「育つべき時に情報をきちんと与えて育てれば、脳が出来上がります。後は感覚が鈍っても、慣れたり他で補ったり出来ます。手足を切断したって、視覚で幻肢感覚を操作出来るでしょう?」
「なるほど……量産機に載せるのは、充分育てた後。たった一体の育成機なら、センサーをケチる必要はない」
「でしょう? でしょう?」
「よく気がつきました、というより」
 佐原は少々悔しげに笑う。
「どうして気付かなかったんだろう」
「男の嫉妬は見苦しくてよ、オホホ!」
「よし、早速パーツを揃え直しますよ」

 人形が、小学校の校庭でサッカーをする。
 子供達に紛れていると、どれが人形だか分からなくなる。
「かのん、パス!」
「はいっ!」
 人形はサッカーボールを受け、ドリブルで進む。
 ゴールが近付いて来たところで、思い切り足を振り上げ――。
「やらせるか!」
 守っていた子供が、真正面から突進して、ボールを蹴ろうとする。
 ほぼ同時に、人形と子供の足がボールにぶつかった。
「うあっ」
「おわっ!」
 二人は足を跳ね返された形で、尻餅を付く。
「痛たたたた」
「痛っったああー」
 痛みに顔を歪める人形の仕草は、人間でしかない。
 子供達の誰独りとして、「かのん」が人形である事に気付いていないようだった。

「――可愛いですね」
 屋上からモニターしている熊切が、呟く。
「それにうん、と答えると、ロリ決定?」
「そういう可愛さしかないんか」
 鈴木が板橋を小突く。
「ははは、子供が可愛くない親なんていませんよ」
 佐原は笑って、屋上から少し顔を出してかのんを眺める。
 と、かのんはすぐに佐原に気付いて、手を振った。
「っと、気付かれてしまいましたね」
 慌てて引っ込んだ佐原の顔は、弛み切っていた。
「しかし、安物の目でよく見つけられましたね」
 鈴木が感心した風にディスプレイを見る。ウィンドウの一つに、かのんの目から入る映像が表示されていた。
「色数やコマ数はともかく、視力換算で二.〇ぐらいの精度はあるんだから、当たり前でしょ」
「痛点は十分の一しかないのに、きちんと痛がってるし」
「視覚がかなりの部分を補ってくれてますね。他のセンサー系が単純な分、プログラムが軽くて、演算装置のグレードを下げられたのも嬉しい誤算です」
 佐原は心から嬉しげに、熊切に笑いかけた。
「まあその、ちょっとした思い付きってものです」
 顔を赤くしながら、熊切はディスプレイに視線を向けた。
「多少、お転婆なのは、誰に似たんだか」
 板橋の言葉に、皆は笑った。
「もう、安心……です」
 佐原はゆっくりと、倒れ込んだ。

 墓地の前に、鈴木、板橋、熊切、そしてかのんが立つ。
「おとうさん、行って来ます」
 一回り大きいボディになった、ドレス姿のかのんは、深々とお辞儀をする。
 その表情に、もう暗さはない。ただ、懐かしさがあるだけだった。
「これ、製品用ボディと、服です」
 くるりと一回りして見せる。スカートがひらりと舞った。
「可愛いでしょ?」
 熊切が微笑む。
「販売価格がちょっと上がったけど、予約凄いんですよ」
 鈴木が新聞記事を墓石に向ける。
「色んなヤツが買うと思うと、複雑な心境だけど、まあ、悪意ある扱いに対しては安全装置あるからな」
「大丈夫、あたしは何にも負けません」
 かのんは、自分の胸をどんと叩いた。

 生産ラインで、かのんの身体が次々に作られていく。
「……売られて行くんですね」
 熊切が呟く。
「ええ」
 返事をして頷いたのは。
 佐原だった。
「寂しいんじゃありません?」
「寂しい?」
 頭、手、足、胴体。金属とプラスチックの塊に、樹脂が貼られていく。
「かのんを一番、人間扱いしていなかったのは、僕ですよ」
 アンドロイドの工員が、無駄のない動きで組み立て作業を行う。
「思い通りに育たなかった、耐久性を試す、うっかりデリート、そんな、そんな理由で、かのんを、何度も何度も何度も何度も何度も何度も殺して。最後も嘘をついて」
「お陰で、かのんの自我はずっと安定しましたよ。大事な経験だし、最愛の人が欠落した事で、所有者を受け容れやすくもなります」
「しかし……いや、そう、か」
 佐原は天井を眺める。クレーンがゆっくりと揺れていた。
「今さら、善人ぶって、後悔のフリなんかしても仕方がない、か」
 佐原は決然と微笑んだ。
「僕の娘たちは最高の存在になりますよ。人類にとって」
「……リーダー、一杯どうですか?」
「胃の具合が悪いのは、本当なんですよ」
 佐原は苦笑いして、まだ心の入っていないかのんたちが流れるラインを見つめていた。



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