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3000字小説バトル
チャンプ作品
『修羅の国から Vol.6』国津武士
 リーダーがいなくなった後、咳き込む船員の一人の頭を、痩せた海賊が踏み付ける。
「さっきは随分手間かけさせてくれたじゃねえか、ああ?」
 顔面を蹴飛ばす。
 鼻が潰れ、血が流れ出す。
「カラル、傷つけたら身代金が」
 別の海賊が止めようとする。
「下らねえ、こんだけいるんだ、一人二人死んでたとこでどうだってんだ」
 海賊はグロック17のコピー品を抜き、船員の頭を撃ち抜こうとした。
 しかし。
 海賊は瞬時に身体を強ばらせ、悶絶する。彼の背に、いつの間にかシャンデリアから伸びたワイヤーが触れていた。
 もう一人の海賊が異変に気付くが、既に遅い。別のワイヤーが絡み付いた。悶絶は痙攣へと変わり、そして、動きが止まった。
「――銃で撃たれるのは嫌いだったようだが電気はどうだった?」
 照明のすぐ傍らを通るエアダクトから、手だけを伸ばしてワイヤーを操っていたマシェルが、にやりと笑った。
「羊の夢でも見るんだな」

「なんだ……これは?」
 サロンにやって来た海賊のリーダーが、立ち尽くす。
 サロンには、拘束された乗客の姿しかない。
「逃げたんじゃないですか?」
「PKFの介入が怖いんですよ」
 部下二人が、辺りを伺う。
「最初から承知の上で参加してるヤツらばかりだ。そんな事ぐらいで――」
 リーダーはふと、暖炉に目を止める。
 暖炉の蓋が、ずれている。
 無言で暖炉の蓋を外す。
「こ……」
 そこには、押し込められた海賊の死体があった。
「うわっ、な、なんだ……」
「なんて事しやがる!」
 部下は、乗客にAk47を向ける。
「やめろ。灰の跡は、外へ続いてる」
 リーダーは歯がみして、財物が集められたままになっている布袋を掴む。
「ウズに連絡だ! 船内全部に放送して、ネズミを狩り出す!」
 そして、廊下に飛び出そうとする。
 リーダーのその爪先が。
 絨毯の毛足に埋まった。
 勢いに乗ったリーダーの身体は、この僅かな段差に躓き、倒れ込む。
 部下二人も、奇跡のようなタイミングで倒れていた。
 その先。
 廊下の真ん中。
 来る時は気づかなかったそれが、リーダーの目に映る。
 真っ直ぐ垂直に立てられた、薄い一枚。
 刃だけにした肉切りナイフが、倒れ込むリーダーと、部下二人の喉に真っ直ぐ突き刺さる。
 呻き声一つ上げず、三人は沈黙した。
 客室のドア陰に隠れていたマシェルとリーが姿を現す。
「す、すげ……カートゥーンみたいだな。まさか三人同時に殺れるなんて、すげえラッキーだ」
「だろう? 今日の天秤座の運勢は、最高なんだ。勿論、ちょっとしたコツはあるがな」
 リーがリーダーの腰からS&W M60を抜き取る。
「暖炉に気付き、前に来るように誘導する。ここまではどうでも良い。そこから、こいつが急いだときの歩幅である一一〇センチの倍数の位置に絨毯の深さを変える躓きトラップを仕込む。後は、天井に適度に視線を惹くマーキングをして立った姿勢を維持させたまま、身長から割り出した喉の位置にブレードを配置すれば良い」
「あの僅かな間に、そこまで考えて仕掛けてたのか?」
「テストの日は、いつも三十分前に終わって、先に帰ってた」
『リーダー! 戻って来てくれ』
 その時、船内スピーカーから、男の叫び声がした。
『船員全員殺しちまった、通信の相手が出来ねえ!』

 マシェルとリーは、通路を走る。
「糞っ、操舵室にいやがらねえ!」
「……撤退か? ラストオーダーにはまだ早いと思ったが」
 あちこちでざわめきが聞こえ始めている。
 拘束されていた乗客や船員達が、異変に気付き始めている。
「逃がすかよ、海賊野郎。切り刻んで海にばらまいて、フィレ・オ・フィッシュの間接的な材料にしてやらぁ!」
「熱くなるなよ、マック。タルタルソースを作り忘れるぞ」
 階段に辿り着き、駆け上がる。
 甲板に上がると、今正に、一隻の高速艇のエンジンがかかるところだった。
「野郎っ!」
「……伏せろ!」
 Ak47を撃とうとするマシェルに、リーはしがみついて伏せさせる。
「何しやがる! 逃げちまうだろうがっ!」
「頭を冷やしてよく見ろ。さもないと、冷やす頭がなくなるぞ」
 リーは高速艇を指さす。
 高速艇の甲板には、ガトリングガンが一基、据え付けてあった。
「あ……」
「M134・ミニガン。あれに比べりゃ、カラシニコフなんぞ水鉄砲……いや、子供の小便、春の雨……」
「いや、そこはどーでもいい」
「ともかく、海賊の気が変わってこっちに向けてぶっ放せば」
 リーは振り向く。
「俺たちもイギリス人の夕食みたいになっちまう」
 甲板には無数の弾痕が穿たれ、血飛沫があちこちに付着している。
「だからって、逃げてんだぜ、ヤツは!」
「……ふむ、そうだな、どうやら」
 ミニガンには、誰も着いていない。そもそも、操縦をしている者の他に、人影が見えない。
「本当に逃げる事しか考えていないらしい」
 リーはハンカチを取り出し、一掴みのコインとアクセサリーを挟む。
 そして、投石帯の要領でハンカチを振り回し、離す。
「お、おい? なんだってあんなヤツらに」
「貧しさが海賊を生んだと聞く。もしも、幾許かの金で、次の海賊が生まれずに済むなら、安いもんだろう?」
 勢いのついたコインとアクセサリーは、煌めく光となって一直線に飛び、高速船の甲板に届き、そのまま船室へと転がり落ちて行った。
「甘くねえか?」
「忘れたのか?」
 リーは笑う。
「自分のしでかした事を後悔している悪ガキには、鞭よりもキャンディーとキスの方が効くんだ」

 客船に、PKFのロゴが入ったヘリコプターと哨戒艇から、次々に兵士が乗り込んで行く。
「――すると、海賊達は」
 隊長が、リーとマシェルに尋ねる。
「ああ」
 リーは頷く。
「たった二人で、ですか?」
「彼がよくやってくれた」
 マシェルの背中を叩く。
「いや、作戦はほとんどじいさんだよ」
 照れながら、マシェルは頭を掻く。
「これ程の事態を、ここまで被害を押さえて……失礼ですが……お仕事は?」
 隊長は背筋を伸ばし、尋ねる。
「コックだ」
「コックです」
 隊長は暫し呆気に取られた顔をしていたが、やがて、笑った。
「是非、海賊の調理法をお尋ねしたいものですね、ははっ。何しろ、あなたの英雄的行為は、明日の新聞のトップを飾る事間違いありませんね」
「この国に新聞なんかあるのか?」
 おどけたように言って、マシェルは笑う。
「ははっ、私の母国、アメリカの話ですよ。PKF詰めの記者に是非話しましょう」
「あまり目立つのは勘弁してくれ」
 リーは肩をすくめる。
「コンビニで気軽にプレボーイが買えなくなる」
「いやぁ、映画のようなヒーローに会えるなんて、私はなんて幸せなんだ!」
「まったくだ!」
「サイン貰えますか、ヒーロー!」
「握手して下さい! ヒーロー!」
 隊員達に詰め寄られ、リーとマシェルは困惑気味に、けれど晴々とした表情で笑った。
「しかし、本当のところ、どこで戦闘技術を?」
「オレは、モザンビークで」
「俺は、ベトナムだ」
「おお、ベトナム!」
 隊長はオーバーアクション気味に天を仰ぐ。
「私の父も、ベトナムで戦いましたよ。部隊はどちらに?」
「言っても分からんと思うよ」
「そんな事は! 父の話は本当によく聞いていまして……ここだけの話ですが、いわゆる特殊任務の部隊についても」
「それでも分からんと思うね。何しろ俺は」
 リーは、にやっと笑った。
「勝った方だからさ」
 傾きかけた日は、甲板を赤く赤く染めていた。



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