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3000字小説バトル
チャンプ作品
『花の歌』スナ2号  
 物語にはきっかけが必要ですが、ここでそれをあげるとすれば、今年は、なんと冬が来るのが早かったことでしょう。
 あっという間に葉は落ちて茶色いカーペットに変わり、気がつけば、冬将軍率いる大軍勢の足音が、すぐ近くまで迫っているのでした。
 慌てたのは、森の住民たちです。草を食もうにも、あるのは枯れ草ばかり。木の実は、秋の間に食べつくし、欠片も落ちていません。兎やリスたちは、せめて寝床を暖かく整える以外にありませんでした。
 次に困ったのは、彼らをご馳走にしている動物たちです。兎たちが早々に巣穴に篭ってしまったため食物がなく、やはりすごすごと自分の巣穴に納まりました。こうして動物たちは、何ともひもじいまま、冬の眠りについたのでした。
 しかし、中には、諦めの悪い輩もいるものです。
 ある日、狐は、飛び起きました。温かな兎シチューの夢をみたのです。目覚めると、現実のひもじさが、胃のぎゅうという締め付けとともに、一層身に染みました。
「これはいけない」
 狐は呟きました。
「このような状況は、改善されるべきだ」
 マフラーをつかむと、狐は巣穴の外に出ました。
 将軍は、すっかり森を進軍の拠点と決め込んだようで、森の方でも雪の化粧を纏って、もてなしをしているのでした。身震いをすると、狐は散策を始めました。しかし、前も後ろも、真っ白な雪ばかりで、野鼠一匹見当たりません。流石の狐も気が滅入ってきました。
 その時、真っ白な地面に、ぽつりと紫の染みがつきました。近づいてみると、なんと、スミレの花でした。
 うっかり者のスミレは、目覚ましをセットし間違えて、真冬に顔を出してしまったのです。咲いてびっくり、あまりの寒さに、スミレは、しまったと思いましたが、じゃあ出直して、というわけにもいきません。周りを見回すと、狐が立っていたので、ホッとして声をかけました。
「こんにちは、狐さん。ご機嫌いかが」
「最悪ですよ。こう寒くちゃ、やってられない」
 狐は愛想よく応えました。
「そうかしら。真っ白で、綺麗ですよ」
 いかにもそれはスミレの強がりでしたが、狐の頭には、ある企てが浮かんでいたため、スミレに調子を合わせました。
「そうですね。あなたに会えただけでも、来た価値はあった。あなたの紫色は素晴らしい。声も、まるで鈴を転がすようだ。歌でも歌ったら、さぞかし綺麗だろうな」
 スミレは、色が変わるほど赤くなりました。
「一つ、私のために歌ってはくれませんか」
 スミレは、大いに照れて、それでは、と咳払いをして、歌い出しました。
 スミレに歌を歌わせて、スミレを食べるためにやってきた兎を、逆に失敬してしまおう、というのが、狐の思惑でした。が。
 その歌声のひどさときたら。もし小鳥でも聴いていたら、地に落ちるかという程のまずさでした。こんなに下手では、誰も寄ってきません。
「やめろ、このど音痴」
 狐が飛び上がって叫びました。
「いいか、お前はど音痴だ」
 スミレは目を見張りました。
「明日また来てやる。練習しときやがれ」
 狐が去った後も、スミレはしばらく呆然としていましたが、ぽろぽろと悔し涙を流すと、歌の練習を始めました。
 翌日、狐は昨日の場所へ行きました。すると、スミレの数が増えているではありませんか。白い地面に、紫の花壇ができたようです。暢気なもので、スミレたちは、地上の歌の練習を聴いて、春だと勘違いして咲いてしまったのです。
 皆で歌の練習をしていましたが、やはり聞くに堪えない音痴なのでした。
「諸君」
 狐が、指揮棒代わりの枯れ枝を上げて、花たちを静めました。
「よく聞け。花の歌は本来、美しいものだ。しかし、君たちの歌はどうだ。私は恥ずかしい。歌うなら、聴いたものが、自然と集まってきてしまうような、美しい歌を歌わなくてはならない」
 スミレたちは、熱心に狐の言葉を聞きました。
「手本を見せよう」
 と言って狐は歌いましたが、それが、言うだけあって上手いのです。心の竪琴に、じわりと響くような歌声なのでした。
「いいか、まず音階だ。これが出来てなきゃ、どんないい声も台無しだ。次に、歌を愛する心。それが、聴く者に、ずしりとくるのだ。どうだ、私についてくるか」
 効果絶大。スミレ達は我も我もと教えを請い、狐はほくそ笑みました。スミレ達がちゃんと歌えるようになれば、兎シチューは手に入ったも同然です。
 とはいえ、あんまりスミレの歌が無残だったので、毎日の稽古は、厳しいものでした。狐は指揮棒を振りかざし、叫び通しです。
「違う! デーの音だ! もう一度」
 気がつくと、辺りが真っ暗になっていることもあって、狐も花達も、すっかり声を嗄らしているのでした。
「明日までに、各自復習」
 狐はぐったりとして、スミレ花壇を後にしました。へとへとに疲れていたせいか、花壇の周りで誰かが、息を潜めて狐を見ていることにも気付きませんでした。
 巣穴に帰ってからも、眠る暇はありません。
「スミレ15番は、声は高いが、音域が狭いから、メゾにした方がいいかもしれん」
 独り言を言っては、細かくメモを取ります。
 こうして時間は飛ぶように過ぎていきました。
 飲み込みの遅いスミレ達でしたが、ある日突然、歌の女神が微笑んだかのように、めきめきと上達し始めました。
 ある日、狐はスミレ達の歌を、無言で聴いていました。歌い終えると、狐はゆっくりと言いました。
「今までレッスンを続けてきたが、今日ほど素晴らしい出来は初めてだ。目覚しい進歩だ」
 狐の目は、しんしんと輝きました。
「ここで、けじめをつけよう。少々都合がいいようだが、明日は25日、クリスマスだ。これまでの君達の、集大成を示せ。今まで学んだ曲を、全て通しで歌ってみてくれ」
 狐が帰りかけると、
「先生」
 一人のスミレに呼び止められました。
「私達、先生にご指導いただいて、本当に感謝しています」
 狐は、そうか、とだけ答え、振り返らずに巣穴に帰りました。それ以上言葉を交わすと、泣いてしまいそうだったからです。
 次の日。雪はやんで、ほんのかすかに陽が差しています。
 狐は、無言でスミレ達の前に立ち、指揮棒を上げました。
 もろびとこぞりて
ハレルヤ
 大地賛賞
 喉を嗄らして練習してきた曲が、森中に響き渡りました。澄みきった歌声を聴きながら、狐は、心の中で呟きました。諸君。教えるべきことは、もう何もない。
 合唱は終わり、狐は、胸がいっぱいで、それでも何とか言葉を紡ごうと、口を開きかけました。
その時です。
 ワーッという歓声が沸き起こり、狐は振り返りました。スミレ花壇と狐の周りには、いつのまにか大勢の森の住民たちが集まっていたのです。小鳥、兎、リスたちはもちろん、森の暴れ者の熊たちまでも、盛大な拍手を送っています。
 狐は微笑んで、観客におじぎをし、握手はできないので、スミレの一人から、頬にキスを貰い、そして、皆があけてくれた花道を通って、自分の巣穴に向かって歩きました。拍手は、狐が帰ってからも続きました。
 やがて静かになり、森には、また冬の静寂が戻りましたが、狐はスミレ達の歌と、観客の拍手を何度も思い出していました。
「僕だって、人の役に立つことができるんだ」
 狐は、満足そうに目を閉じました。
 空っぽの胃袋など、最早彼方のことでした。シチューよりも温かい何かが、狐の体中を包んでいました。
 
 次に目覚める時は、もう春でしょう。

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