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3000字小説バトル
チャンプ作品
『土中より』ごんぱち
 培養室に、無数の菌床が並ぶ。
 菌床一つに一つづつ、茸が生えている。
 気密服姿の職員が、携帯端末を手に、一つ一つチェックしていく。
 職員は松茸の傘を「見上げる」。
 松茸の大きさは、人間より一回りも大きかった。
 職員は満足げに頷き、次の菌床に移る。
 ――と。
 小さなプールほどもある、この試験場で最も巨大な菌床は、抉られたような跡があり、松茸の姿はなかった。
 プレートには「ギガント・防衛型第七世代」と、手書きされていた。
 職員が首を傾げた瞬間。
 土中から伸びた二本の筋が、職員の顔と腹を貫いた。

 防刃ジャケットとショットガンで武装した下田両次巡査部長他六名は、中村聡の先導で赤松の茂る山道を歩く。
 中村の左手首には、GPSとアラーム付きの片手錠がはめられている。
「巨大化した松茸は、育成に失敗した時のダメージも大きいですから――」
 中村の表情は、子供の自慢をする親のそれだった。
「確実に、より良い環境に移動できるよう、粘菌の性質を採り入れたのです」
「それがどうして人殺しの化け物になる?」
 下田は中村を睨む。
「あれは想定外です。良い土や日当たりを求めて動くまでは想像していましたが、まさか動物が栄養源と気付くとは、大したものです」
 同僚が殺された事も意に介している風ではなかった。
「大したものだよ、まったく」
 苦々しげに下田は呟く。
「ちょっと休みましょうよ」
 中島は速度を弛める。
「またかよ?」
 慌てて下田は立ち止まる。
「本当に探すんですか? そろそろ傘も開くし、すぐ枯れてしまいますよ」
「どういう、意味だ」
「そりゃ傘が開いて胞子を飛ばすんですよ」
「あの化け物の胞子がか?」
 下田は中村の襟元をねじ上げる。
「ひぃっ!」
 中村の身体が持ち上がっている。一見華奢な身体つきの中年に見える下田だが、かなりの腕力だった。
「事の重大さを分かってんのか!」
 中村は、泣きそうな顔になる。
「社員だけですぐに追跡しようとしていたんだ。でも、あんたらが捜査になんか来るから、防犯ビデオを作り替えたり、血の痕を掃除したり無駄な時間を」
「貴様は!」
「下田さん」
 捜査員の指す先には、片方の靴が落ちていた。
「この近くに松茸がいるのか……?」
 下田は辺りを見回しながら、禁煙パイプをくわえ、吸い込む。
 ミントの香りが鼻に抜けた後。
 ふわり。
 微かな芳香を感じた。
「なんか、良い香りがしねえか?」
「え?」
「特に何も――」
 次の瞬間。
 土中から筋のようなものが飛び出し、靴を調べようとした捜査員たちを貫いた。

 下田と中村は、林業用の倉庫小屋に逃げ込む。
「これでちったぁ安心か」
 床は、コンクリート打ち放しだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……片手錠を付けて、走らせるなんて、虐待だ、訴えてやる……」
 中村は床に倒れ、荒い息をする。
「生きて帰れりゃいくらでもしろ。民事でも刑事でも負ける気はしねえけどな」
 ショットガンの残りの弾数を確認した後、下田はポケットから携帯端末を取り出す。
「――下田だ。標的の確保に失敗した。五名負傷、多分五名とも死亡、生存確認が出来ているのは報告者含め二名。救援を頼む。尚、標的は極めて危険、万全の態勢で挑め。具体的には」
 携帯端末をテレビ電話モードに切り替えると、椅子の上に置き、物置の外に向ける。
「これから見せてやる」
 倉庫の外に、人間の二倍はあろうかという松茸が、土中からその姿を現していた。

 倉庫から出ずに、下田はショットガンの引き金を引く。
 松茸の身体は凹み、後じさりする。
 尚も発砲を続けると、散弾は松茸の身体を貫き、孔を空けた。
 しかし。
 みるみるうちに、その傷口は塞がり、ボロボロと散弾が押し出される。
「銃弾は大して効かねえか」
 松茸は、その身体をほぐし、無数の菌糸を触手のように動かし始める。捜査員たちを一瞬で倒したのも、これだった。
 一応警戒しているのか、松茸は近寄って来ない。
 ずん。
 床が僅かに揺れる。
 地中から下田を狙った菌糸が、物置のコンクリート基礎に当たったようだった。
 ずん、ずん、がっ。
 衝撃は激しく、コンクリートが揺れる。
(長くはもたねえ、か)
 小屋の中を見回す。
 鉈に、大型の鋸、工具一式、枝打ちロボットの交換パーツとオイル。後はシートやロープの類。
 下田はオイルの缶の蓋を開け、裂いたハンカチを口に固定して半分オイルに浸し、ライターで火をつける。
「警官が火炎瓶作る羽目になるとは、なっ!」
 投げつけられたオイル缶を、反射的に松茸は菌糸で貫く。
 オイルが飛び散り、松茸は火に包まれた。
「やった!」
 激しい炎に、松茸の菌糸が暴れ、縮こまっていく。オイルの燃える臭いと、松茸の焼ける香りが漂う。
 下田は携帯端末を取る。
「やっこさん、炎に弱いみてぇだ。火炎放射器かバーナーか、そういったもんを用意して――」
 と。
 下田の肩を、菌糸が貫いた。
「っ!」
 松茸は、焦げた表面をボロボロと落とし、菌糸を繰り出していた。
「馬鹿だな、ギガントは菌糸の集合体だ。表面をまだらに焦がしたぐらいで死ぬもんか」
 床に寝転がったままで中村が笑う。
 完全に表面が新しくなった松茸は、傘を軽く開いて胞子を飛ばした。
「もう諦めなよ、ギガントは最高に優れた松茸なんだ」
「黙れ、下衆が」
 下田は肩から菌糸を引き抜く。
「これは、俺と松茸の喧嘩だ」
 再び、床下からの衝撃が始まる。
 ヒビは少しづつ大きくなっていく。
「この秋の味覚が」
 下田は、ニューナンブを握る。
「……いや、待て」
 目を凝らし、松茸を見つめる。
 松茸は燃えた影響で、一回り小さくなっている。焼き切れた菌糸のうちのいくつかは、短くなってビクビクと動いている。
(そう、か)
 下田はニューナンブをポケットに戻し、鋸を手に取ると、刀のように正眼に構える。
 地中からの連続的な衝撃に、コンクリートのヒビは、次第に大きく、深くなっていく。
 下田は、じっと松茸を見つめながら、鋸を脇構えに直す。
「松茸は」
 ふと、静かになった後――。
 大衝撃と共に、コンクリートの床が砕け、菌糸の束が飛び出した。
 小屋の中に血が飛び散る。
 貫かれていたのは、しかし中村一人だった。
 下田は松茸に突進している。
 地中に張り巡らされていた菌糸が次々地上に飛び出すが、下田のスピードはそれより僅かに速い。
 松茸は迎撃の菌糸を正面に繰り出そうとするが、地中に張り巡らせた分が多すぎ、僅かに三本を発したのみ。
「縦に裂ける!」
 鋸は、松茸の胴を真横に、菌糸を垂直に断つ。下田は完全に松茸の胴が切断されるまで幾度も、幾度も斬りつけた。

『今年も松茸狩りのシーズンがやってきました』
 女のキャスターが笑顔でニュースを読み上げる。
『松茸狩人たちは、山へ入って行きます』
 身の丈ほどもある斬松茸刀を背負った松茸狩人が、警察によって閉鎖された登山道に入っていく映像が流れる。
『おいしい松茸を狩って来て欲しいものですね』
 男のキャスターが付け加える。
『尚、松茸狩猟は、専門資格が必要です。一般の方は、この時期に間違っても山に入らないよう、注意して下さい』
『ところで高見さん、知ってますか?』
 男のキャスターは、ニヤニヤ笑う。
『なんです?』
『松茸って昔はちっちゃかったんですよ。これぐらい』
 男のキャスターは、二十センチほどの長さを作って見せる。
『もうっ、冗談ばっかり』
 女のキャスターは、笑って顔を赤らめた。


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