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3000字小説バトル
チャンプ作品
『緋鯉』青野岬
錆びた橋の欄干から身を乗り出して覗き込む。川の流れは淀んでいて、つんと鼻をつく悪臭がした。
「すごいでしょ。こんな汚い川でも鯉って棲めるのよ」
ふいに声を掛けられて、驚いて辺りを見回す。川に迫り出すように建てられた古い家の窓から、ひとりの女が僕を見て微笑んでいた。
歳は四十歳くらいだろうか。肩まである髪を赤茶色に染めて、下品なイラストの描かれたTシャツを着ている。化粧っ気のない顔に煙草を咥えた唇だけが、紅く濡れたように光っていた。
「鯉ってのはバカだから、何でも食べるのよ。ほら」
女がそう言いながら、手に持っていたパンくずを放る。するとどこからかたくさんの錦鯉が集まってきて、暗く淀んだ水面がにわかに華やいだ。
「この鯉、飼ってるんですか?」
僕は驚いて、思わず女に訊いた。
「まっさかあ! 誰かがここに放して、そのまま棲みついちゃっただけよ」
女は僕の問いかけに、声を上げて笑った。そして白い煙を口元から勢いよく吐き出して、そのまま持っていた煙草を川に投げ捨てた。
「ねぇスライム、って知ってる?」
そう言って顔を上げた瞬間、女の瞳が無邪気に輝いた。
「スライムって、あのべとべとした水飴みたいなやつですよね……いちおう知ってますけど」
答えてから心の中で「しまった」と思った。この見知らぬ女に捕まって、話が長くなりそうだったからだ。このままでは予備校の時間に遅れてしまう。街中を流れる川に何か動く影をみつけて、つい好奇心から覗き込んでみただけだったのに。
「あたしが中学生の頃ね、学校の中庭に小さな池があってそこに鯉がうじゃうじゃいたの。その鯉にね、スライムをちぎって投げ入れたら面白いくらいよく食べてね……」
女はノーブラだった。
ワインレッドのTシャツに、ふたつの突起がハッキリと浮かび上がっている。女は全く悪びれた様子もなく、さも可笑しそうに身を捩りながら話を続ける。そのたびに豊かな胸がゆさゆさと揺れて、僕の目はそれに釘付けになった。
「ねぇ、アンタもそんなとこに突っ立ってないでさ、上がってかない?」
突然の女からの申し出に、僕は驚いて首を左右に大きく振った。
「これから用事があるから……」
やけに胸がどきどきして、息が苦しくなった。
「いいじゃない、ちょっとだけよ……ね?」
「予備校の時間に遅れるとマズイから……僕、もう行かないと」
「そうなの? あら残念。でもまた遊びに来てね、待ってるから……約束よ」
僕は女の視線を振り切るように橋を渡って、その場から離れた。体の奥は熱を孕んで熱いのに、表面はいやな汗をかいてひんやりと湿っている。予備校に着いてからも、あの女のことばかり考えて何も頭に入らなかった。
その晩、僕は夢を見た。
目の前に大きな池がある。その中には、色とりどりの錦鯉がひしめいている。
僕は何者かに導かれるように、水の中に足を踏み入れた。水はぬるく、わずかにとろみを帯びている。
池は急に深くなっていて、僕の体は濁った水の中に飲み込まれた。すると同時に無数の錦鯉たちがいっせいに体に群がって、僕の全身をついばみ始めた。
いつの間にか着ていた服は引きちぎられて、全裸になっていた。体のあちこちに鯉がぬめぬめと絡みつき、身動きもとれない。僕はなす術もなく、ただされるがままに水の中を漂っていた。
そのとき、一匹の巨大な緋鯉が僕の目の前を悠々と泳いでいるのが見えた。緋鯉はゆっくりと僕の股間に近づいたかと思うと、大きな口をぽっかりと開けて僕のペニスを包み込んだ。
「うっ……」
その瞬間、あまりの快感に思わず声が洩れた。緋鯉は歯のない大きな口で、僕のペニスを軽く締め上げた。そしてむっちりとした全身をつかって、絶妙な力加減で前後にしごいた。
「うわぁ……っ」
今までに経験したことのないあまりの気持ちよさに、僕は我を忘れて身をまかせた。濁った水の中で、体が前後左右に大きく揺れる。やがて大きな快感が全身を貫き、僕は緋鯉の口の中に精を放った。
何も手につかなくなってしまった。
夢から醒めても、あの女のことと緋鯉のことが頭から離れない。食事さえ、ろくに喉を通らない。夜も眠れない。勉強なんて、とてもできる状態ではなかった。
ある雨の降る午後、僕は再びあの橋の上に立った。
「来てくれたのね。待ってたわ」
赤いストンとしたワンピースを着た女が窓際に立ち、僕の姿を見つけて嬉しそうに微笑んだ。今日は前とは違い、女の顔には綺麗に化粧が施されている。瞬きをするたびに長い睫毛が揺れて、目元に怪しい陰影を作った。
「こっちへいらっしゃい……」
女に手招きされて、僕はゆっくり歩みを進めた。傘に当たる雨の音が、さっきよりも大きくなったような気がする。川面は雨の雫に激しく打ち付けられていて、鯉の姿を見ることはできなかった。
「どうぞ」
「……おじゃまします」
家の中はちらかっていて、脱いだ服やビールの空き缶があちこちに転がっていた。僕はそれらを避けながら、慎重に部屋の奥へと進む。女は部屋の隅にある小さな冷蔵庫から缶ビールを取り出して、僕に差し出した。
「飲む?」
僕は黙ったまま、首を横に振った。それを見た女は口元だけで小さく笑い、いつもの窓際に腰を下ろした。
「あたし、アンタのこと気に入っちゃったの。どう? あたしとつきあわない?」
どう答えたらいいのわからなくて下を向いていると、女は煙草に火をつけて美味しそうに煙を吐き出した。
「えっ、で、でも……」
女が上目遣いに僕を見て、にっこりと微笑む。窓から吹き込んでくる風は、甘い生水のにおいがする。
「大丈夫よ。別にとって食おうってわけじゃないし」
「それはそうですけど……」
女は困って唇を尖らせる僕を見て、くっくと笑った。そして火のついたままの煙草を川に投げ捨てて、呆然と立ちつくす僕の元へ近づいてきた。
「アンタ、名前は何ていうの」
「修一です」
「シュウイチくんかぁ……いい名前ね」
マニキュアを塗った冷たい指先が、僕の頬に触れた。思わずびくっと体が反応してしまう。その様子を見て、女は目を細めた。
「可愛いのね」
女の唇がゆっくりと近づいて、やがて重なった。煙草の味の染み付いた舌が、まるで別の生き物のように僕の口の中を這い回る。そしてそのまま、僕は畳の上に押し倒された。
「こんなに大きくなって……素敵」
女の指先が僕のズボンのファスナーを下ろし、中からはちきれんばかりに怒張したペニスを取り出した。女はいとおしそうに頬ずりをしてから、自分の口の中にそれを収めた。
ああ。
なぜだろう。僕は泣いていた。
あまりにも強い快感とむせ返る水のにおいに包まれて、涙が止まらなかった。もう戻れない。この女なしではもう生きて行けない。そう思うと、涙が止まらなかった。
「あう……っ」
女は根元の部分を指先で擦りながら、歯をあてないように唇をすぼめて顔を上下させる。あたたかな舌先がくびれの部分を這うたびに、体が小さく痙攣した。
「じゃあ、こっちも……して」
女はいったん唇を離すと、体の向きを変えて僕の顔を跨いだ。驚いたことに、女は下着をつけていなかった。赤いワンピースの下に、赤黒い影が口を開いている。僕は両手で女の尻を掴んで、おそるおそる舌先を伸ばした。
「ああん……いいっ」
女が僕の体の上で、激しく身を捩る。窓の外から「ぼちゃん」と、大きな魚が跳ねたような水音が聞こえた。
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