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3000字小説バトル
チャンプ作品
『多財餓鬼』ごんぱち
「収賄の何がまずいって言うの、お父様?」
藤代正次は、机を両手で叩く。
「正次、生まれてからの二〇年、一体私の何を学んで来た」
肘掛に右肘をついたまま、藤代正直は彼を睨む。
「情報端末三〇〇台ばかりの受注のために、脛に傷を受けてどうする」
「でも、セントラルは、新興企業ですわ。いち早く地元に食い込むには、手段なんて選んでいられないじゃない?」
「するなとは言わん、だが然るべき局面で効果的に行わなければ、ただ弱点を作るだけだ」
「しかし」
「気に入らなければ、今すぐ取締役を止める事だ」
言い返せないまま、正次は社長室から出て行った。
「ハデにやりこめられたようですね」
廊下に出た正次に、ボディーガード兼秘書のルトアビブが一礼して付き従う。
「黙りなさい、ルット」
不満を顔一杯にして、正次はドカドカと足音を立てながら歩く。
「それより、正次サマ」
「……ルット、それよりって何よ、それよりって」
「シツレイしました。このようなものを、うけとりましたので」
ルットが、開封済みの小さな辞典ほどの大きさの紙箱を差し出す。
「バクダンではありませんでした」
「バースディプレゼントかしら?」
正次は蓋を開く。
中には、タバコの箱ほどの大きさの木箱と、薄い茶封筒が一通入っていた。
木箱の蓋を開けると。
「臍の緒?」
クラウンが、田畑の混じる古い建売住宅街の、ヒビの入ったアスファルトの道を走る。
「そこを左ね」
「はい」
家々は、五〇年も昔に建てられたような借家が並び、時折更地が混じる。
高級車が珍しいのか、家の窓からちらちらと覗く人影が見える。
「そこね」
「はい」
立ち並ぶ家の中でもひときわ小さく、所々が歪んだ家の前で停車する。
「誰だい、家の前に車なんか――」
家の中から、初老の女が出て来る。その顔立ちは、一目で分かる程に、正次と似ていた。
「こんにちは、藤代正次と申します」
窓を開け、正次は微笑んだ。
女は口を半開きにしたまま、まじまじと正次を見つめ、続いて大急ぎで家の中に入ってしまった。
「ジュウショ、まちがえましたか?」
「そうでもないみたい」
女は、今度は夫と思しき男を連れて出て来た。
彼もまた、どことなく正次と似ていた。
「藤代、正次さん、ですね」
男は一言づつ念を押すように尋ねる。肉体労働者を思わせる、割れた声だった。
「ええ。車田省吾さんと、弥生さんでしたよね」
「ヒロノリ……あんたヒロノリ!」
女――車田弥生が、車の窓の縁にしがみつき、涙をぼろぼろと流し始める。
「こらっ、失礼だろう」
諫める省吾の目からも、涙が溢れ出していた。
「気になさらないで」
正次は微笑む。
「お話、聞かせて下さる?」
「汚いところですが、中へどうぞ」
「ありがとう」
ルットに車のドアを開けさせ、正次は降りる。
「ルット、あなたはちょっと、その辺をドライブでもしてて」
「わかりました」
ルットは運転席に戻る。
「お待たせ、お邪魔するわ」
正次は優雅に一礼して、省吾と弥生の後に従った。
――二十年前。
「――はい、わたしが、自分の考えでやりました」
被告人席の省吾は、うなだれたまま答える。
「売ったデータは何に使ったのですか」
裁判長が早口で尋ねる。
「生活費です――」
閉廷後、裁判所から出た省吾は、そのまま社長の車に乗る。
「ご苦労だった」
隣に座る社長は笑う。
「あの様子なら、執行猶予も付くだろう」
それから、薄い茶封筒を差し出す。
「取っておきたまえ」
「ありがとうございます」
「退職金だ」
封筒を受け取った省吾の手が固まる。
「たい、しょく?」
「警備会社の社員が、データを盗むような警備員を使い続けていては、世間に示しがつかない。懲戒免職にしない訳にはいかないだろう?」
「はい……」
「ははは、そんな不安そうな顔をするな」
社長は煙草をくわえると、省吾は慌ててポケットからライターを出し、火をつけた。
「君の事はちゃんと考えておく」
省吾の両手に収まりそうな小さな赤ん坊が、泣き声を上げる。
「……どうするの、あなた」
弥生はシーツをぎゅっと握り締める。
「ここの出産費も、払えないんでしょう?」
「いや、それは大丈夫だよ。借りられた」
「そう……明日からの生活費は?」
省吾は口ごもる。
「生活費は、その、社長から次の職場を紹介してもらうから、ともかくそこで前借りをして、それまでは」
「それで、その新しいお仕事は決まったの?」
「いや、その、社長の電話、工事中なんだ、多分」
「いなくなられたんでしょう? 社長さん」
「そんなこと!」
「ね、ちゃんと答えて」
「……ああ」
省吾は赤ん坊をそっと抱き締める。
「お腹、空かせるんでしょうね、この子」
寂しげに弥生は呟く。
「大丈夫だ、真面目に一生懸命働けば」
「この子は」
弥生は赤ん坊の頭を撫でる。
「あたしたちと一緒じゃ、ずっとお金に苦労するわね」
「ああ……可哀想に」
「だからね?」
弥生は省吾に耳打ちした。
『お金持ちの子にしてあげない?』
「――かつて警備していた病院に忍び込み、金持ちの子供とすり替えました」
語り終えた省吾は、目頭を押さえる。
「でも良かった。こんなに立派に育って、良い服を着ているし」
「よく元気でここまで育って」
二人は心からの愛情のこもった眼差しで、正次を見つめた。
「それで、子供は?」
笑顔で正次は尋ねる。
「ですから、その子供があなたです」
「名前も決めていたんですよ?」
「すり替えられた、金持ちの本当の子供は、どうしたのかしら?」
「ああ、そっちですか」
興味なさげに省吾は茶代わりの水を飲む。
「突然死した事にしました」
「元々身体の弱そうな子でしたし、あたしたちの家で育てるお金なんてありませんでしたから」
「なるほど」
「本当に良かった、立派になって」
「もう会社の偉い人なんだろう? 新聞読みましたよ」
「お父さん、お母さんありがとう」
正次は深々と頭を下げる。
「わたくしは今、会社の取締役になって、毎日一千万円単位でお金を動かしています」
「はーー、すごい」
「大した出世だねぇ」
「ゆくゆくは、独立して、世界一の大富豪を目指そうと思っているわ」
正次はスーツの内ポケットから、小切手帳を取り出す。
「こんな事しかできないけど、どうぞ」
金額欄に三〇と書き込む。
「三十円?」
弥生が拍子抜けした顔をする。
「ドルよ」
「ほぅ、世界を相手に仕事をしているんですねぇ、素晴らしい」
「本当にねぇ」
省吾と弥生は、混じりけなしの愛情に満ちた顔で微笑んだ。
「――三〇ドルってね」
車の窓越しに、遠くなって行く二人の姿を見ながら後部座席の正次は呟いた。
「人身売買の最低相場よ」
車載冷蔵庫から、正次はペットボトルの水を取り出す。
「あの二人が来たら、必ず金を渡して帰して。三〇ドルづつ、絶対に拒否させないで」
「はい」
「味を占めて、毎日来るようになったら教えて」
「毎日ですか」
「笑いは美容に良いのよ」
正次は携帯電話を取り出す。
「どちらへ?」
「お父様よ。死亡報告しなきゃ」
「え、そんなことをしたら」
正次は小さく笑う。
「あーあ、精神に合った肉体だけかと思ったら、親子の縁まで買い直さなきゃいけないなんてね」
「かえますか?」
「親子以上の信頼や絆ってヤツなら、会社への莫大な利益で得られるでしょ」
「それは……たしかに」
「お金ってのは、何だって買えるのよ」
正次は、ミラー越しにウインクをした。
「然るべき場面で、然るべき金額を支払えば、ね」
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