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3000字小説バトル
チャンプ作品
『軌跡』とむOK
仕事帰りに立ち寄ったコンビニを缶コーヒー片手に出ると、きんと冷えた夜気に骨の奥がひりっと締まった。そんな風に無防備な子ども時代の心に引き戻される時、僕が思い出すのは決まって叔父のことだった。
叔父と時間を過ごしたのは僕が小学校を卒業する前のほんの一時期だけだった。三十過ぎて独身の叔父は父よりも年上なのに随分と若く見え、ひとりっ子だった僕は年の離れた兄弟のように慕っていた。その頃叔父は天体写真に凝っていた。僕は週末になると慌しく夕食を済ませ、走って五分の叔父のアパートに向かい、カメラと三脚を担いだ叔父の後をくっついて近所の公園へ出かけていった。ジーンズにダッフルコートで、長めの前髪をおろしている叔父の姿は、まだ大学生と言っても通用しそうだった。
とっくの昔に遊ばなくなった小さな公園だったけれど、色あせた昼間とは空気からして違っていた。片隅にたった一つある街灯の下だけがほのかに光り、そのあたりを除いて後はいちめんに影が覆う。どの遊具も黒々と静止している。小さな滑り台の階段は、手すりの青ペンキが指に触れるだけでぱりぱりと落ちた。上まで登って錆びた柵の間から星空に向かって息を吸うと、肺の底がしんと凍るようでとても神秘的だった。僕は南の空を指差して、オリオンダイセイウン、とつぶやく。勇者オリオンは冬の天空で大きな長方形を象り、腰帯に白く並ぶ星は「三つ星」と呼ばれる。これに対してオリオン大星雲は腰布の真ん中あたりで縦に三つ並んだ星のように見えるので「小三つ星」と呼ばれる。とてもささやかな隊列である。都心に近い住宅地は街の灯で空が明るく、オリオン大星雲はとても寒く澄んだ夜にだけ肉眼でやっと見える。図鑑で見た大星雲は黒々と浮き出た巨馬の頭を戴いた雄大な紅いガス星雲だった。天空の小さな隊列が叔父のカメラを透過してつややかな平面に投影される時には、無数の星に彩られた紅い宝石となって手のひらで輝く。そんな風に堂々たる姿が叔父の技によって写し出されるのだと思っていた。
だが実際は、決して図鑑のようにはならないのだ。オリオン大星雲をそんな風に撮るためには望遠鏡にカメラを取りつけて、西へ駆けてゆく勇者を自動追尾装置で追いかけなければならないのだ。叔父のカメラは50ミリの標準レンズがついたごく普通の光学一眼レフだった。それを知ったのは最初に叔父が写真を見せてくれた時だった。
公園の真ん中でカメラを三脚に固定し、叔父は大きなレンズをぐいと空に向ける。ファインダーを何度も覗き込み、構図が決まるとシャッターボタンに取りつけた三十センチくらいの銀色の細い縄(レリーズと言うそうだ)の先についたスイッチを押し込む。シャッターを開け放しにするためだ。シャッターが開いて閉じる「しゃくん」という音の前半分くらいの「しゃっ」という音がして、カメラが星空を写し始めると、レンズの中をゆっくり西へ移動する星々は、ネガフィルムの上で幾つもの黒い軌跡になる。出来上がる写真は天球上を移動する星々の白っぽい弓形の軌跡で、オリオン大星雲どころか、オリオン座も足元を付き従うおおいぬ座も見分けがつかなかった。けれど僕はそれからも叔父にくっついて深夜の撮影に行った。
「しゃっ」と押してしまうと、撮影が終わるまで何もすることがない。でも高価なカメラを置いて家に帰るわけにもいかず、叔父と僕はカメラの見えるところで寒さをしのがなければならなかった。この公園には小さな山に土管を通した遊び場があった。土管の中は大人が十分座れる高さがあり、叔父と僕はいつも並んで缶コーヒーを飲んだ。
叔父はやっぱり変わった人だったのだと思う。週末の夜を一緒に過ごす恋人もなく、小学生の甥を連れて毎週のように冬の夜の公園に行き、カメラのシャッターを開けている数時間ものあいだ、缶コーヒーを両手に包み、ちびちびと飲みながら座って待っているのだ。父は叔父のことを、仕事も生活も張りのない男だ、とよくこぼしていて、僕が遊びに行くこともあまりいい顔をしなかった。父は現実的で責任感を尊ぶ人だったから、いつまでも独身で気楽にしている叔父が許せなかったのだろう。
撮影が終わるまでの間、僕は叔父とおしゃべりをしたり、その頃習っていた空手の型を練習したり、公園の隅々を探検してまわったりした。叔父の話は星とか写真についての豆知識みたいな話ばかりで、ほとんどは聞いてすぐ忘れてしまった。普通のカメラで天体写真を撮る方法のように覚えているものもあるけれど、僕の生活で役立ったものはなかったと思う。でもそういうことは関係なく、僕は叔父の話を聞くのが好きだった。泉の底にひっそりと何年も取り残されていた小さな気泡が、何かの拍子にほたりと水面に浮かび上がり、古い空気を少しだけ大気に戻すような、ぽつりぽつりとした叔父の話し方が好きだった。二つの毛布に並んでくるまり、手の中に缶コーヒー、そして体の半分に叔父の体温を感じながら、僕は叔父の小さな声に耳を澄ませた。それは、テレビ番組速報のような同級生のおしゃべりや、新聞の社説を読み上げるような父の説教、リビング中をまんべんなく絨毯爆撃する(隅でうずくまる飼い猫のメルまで)母の小言とも違っていた。彼らの言葉は僕に向けられている言葉でありながら、それぞれが自分の正しさを確認するための言葉でもあった。言葉にはそういう複雑なベクトルがある。それはずっと後になってようやくわかったことだ。その頃の僕は自己と他者ということの意味を肌触りの悪い布のように感じるようになってきたばかりで、それらを聞き流すこともできずにいた。
叔父の話し方はまるで暗い空を静かに廻る星のようだった。穏やかな声で、確かな言葉で、そして決して僕を脅かさなかった。僕は、ただぼんやりと何時間も何時間も待っていなければ見えないものもあるのだということを、そんな叔父から何となく感じ取っていた。
結局のところ、叔父が撮った星空の写真はそれほど巧くはなかった。レンズは地上の光も一緒に拾ってしまうので、できあがった写真はどうにもぼうっとした印象だった。けれど、肉眼では数えるほどしか見えなかった星が、写真の上では幾つもの楕円の軌道を描いてちゃんとそこにあった。色も白ばかりでなく、薄く黄色がかったものや、ひときわ赤く輝くものや(ベテルギウス、と叔父は呼んでいた)、背景の空に溶けてしまいそうな藍色のものもあって、太さも濃さも全て違っていた。オリオン大星雲は、何本かの太い光線に囲まれながらぼんやり三つ並んだ軌道を描いてフィルムに薄く写っていた。僕はそれを、叔父に教わってようやく見つけることができた。
次の年、叔父は仕事を変えて北海道に引っ越した。嬉々としてカメラを持って行った叔父から、その後しばらくの間あまり上達しない写真が送られてきた。その写真は、それでも東京より多くの星々の軌跡が澄んだ空にはっきりと写っていた。そのうち飽きてしまったのか仕事が忙しくなったのか、僕が高校に入る頃には写真も手紙も届かなくなった。
高く凍てついた空を仰ぐ夜には、見えない星の軌跡を辿ってみる。すると叔父の声が静かに聞こえる気がする。手の中の缶コーヒーはまだ温もりを残している。僕が誰かにとって叔父のような存在になれるのかはわからない。あの頃の叔父の年になるには少し時間がある。
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