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3000字小説バトル
チャンプ作品
『ザンマ』ごんぱち
「いたぞ!」
一番若い勢子である雄視の怒鳴り声が、拡声器に乗って山中に響き渡る。
刺又を担いだ雄視の後を追うのは、巨大な松茸だった。突然変異か、遺伝子汚染か、体長二メートルに達する松茸は、人の血肉を喰らおうと、己の菌糸をほぐして触手のように蠢かせながら迫る。
斜面を下りながら、雄視は方向を変え刺又を繰り出そうとする。だが、一瞬にして松茸の菌糸が刺又に巻き付き、へし折る。
「っ!」
丸腰になった雄視を、菌糸が貫こうとした時。
「雄視!」
「大丈夫か!」
他の勢子達が追い付いた。
その数七人。素早い動きで、全周囲から刺又を繰り出す。
松茸はそれらに同時に反応し、菌糸を複数伸ばす。刺又が三本折れ、四本が辛うじて菌糸をかいくぐり、松茸を捉える。だが、四人程度の腕力で松茸を抑え切る事は出来ない。
刺又が折れそうにしなる。
「――待たせた」
木々の間から、打ち手の黒沢期河が駆け出して来た。
白髪交じり中年過ぎの男。その肩には、一振りの巨大な刀を担いでいる。
『斬松茸 定兼』。
刃渡り五尺二寸、柄も二尺はある、抜き身の長巻。先端の宇宙鋼と強化セラミックを素材に、日本刀の鍛冶技術を用いて職人が鍛え上げた、松茸を狩る為に作られた猟具だった。
期河は、兼定を脇構えに、足を肩幅より少し狭め、後ろに引いた左踵を僅かに浮かせ、腰を落とす。
『杉陰流』二の構え。
十七存在する対松茸戦術内で攻撃的と称される『杉陰流』において、回避にも攻撃にも転じられる、唯一の構え。使いこなせる松茸狩人は、歴史上期河ただ一人。
松茸が期河に反応した。
空中と地中から、同時に菌糸が飛び出す。
一瞬早く、期河は左足のみを蹴って飛び出す。
菌糸がそれを追って期河を貫こうとした刹那。
右足の鋭い踏み込みが方向を変えた。
真っ直ぐ進んでいれば当然期河が通過したであろう空間を、菌糸が通り過ぎる。
すれ違いざま、期河は兼定を斬り上げ、そのまま斬り抜ける。
松茸は菌糸を伸ばしたまま固まり、そして、上半分がずるりとずれ、静かに地面に落ちた。
「やりましたね、期河さん!」
勢子達が、駆け寄ろうとした瞬間。
期河の足元の地中、完全に兼定の間合いの内側の地中から。
菌糸が、期河の顔面に向け真っ直ぐ伸び出した。
「二体目!?」
一瞬の判断。
期河は兼定を捨て、仰向けに転がり避けつつ。
「逃げろ!」
怒鳴った。
松茸は地力を奪い、生物を狩り、莫大な活動力を維持する。
その為、一部例外を除いては、近い位置に二体が共存する事は、ほとんどあり得ない。
「――遭難者でも喰われてやがったか!?」
つまり。
二体を相手にする事は、想定されていない。
「二番小屋方面だ」
期河が怒鳴る。
雄視達勢子も、刺又を捨てほとんどタイムラグなく逃げ始めていた。
逃げる事は、松茸狩人の基本中の基本。斜度六〇度の斜面までなら、全力疾走出来る。
だが、松茸は速い。菌糸を足代わりに、圧倒的安定感で突進して来る。
「追い付かれる!」
勢子の誰かが叫ぶ。
「泣くヒマがあったら、息吸って走れ!」
山道沿いの電気柵と、扉が見えて来た。
勢子のうちの何人かは、既に逃げ込んでいる。
「早く!」
スイッチに手をかけた勢子が怒鳴る。
松茸の繰り出した菌糸が期河の背中にめりこむ。
期河は。
ニヤリと笑った。
攻撃の為に菌糸を繰り出した反動は、一瞬松茸のスピードを落とした。それは、期河達が電気柵の内側に滑り込むのに充分な間だった。
遅れて繰り出された松茸の菌糸が、高圧電流に爆ぜた。
「死ぬ、かと、思った」
期河は荒い息をする。
松茸は、地上地下共に菌糸を繰り出しては、電気柵に弾かれている。
「助かった」
「ふぅ、生きてる」
「まさか二体出るなんて……」
勢子たちの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「……おめーらが安心してる理由が分かんねーよ」
期河は柵の向こうに捨てられたままになっている兼定を指す。
「兼定がなけりゃ、俺はただのイカしたナイスガイだ」
皆の表情が凍り付く。
「だ、だったら、刺又で押さえ込んで、その隙に兼定を回収して」
「二番小屋に予備の刺又もあった筈です」
「いや、村に応援を」
「村ったって、斬松茸はあれ一振りしかないじゃないか」
「自衛隊なら、火器で焼き尽くしたり出来なかったっけ?」
「期河さん」
雄視が進み出る。
「二番小屋には」
「――お前らが打ち手の真似事をする為にこっそり買い揃えた、玩具の事か?」
「玩具じゃないです」
雄視は、そして、その後ろの勢子たちも、真っ直ぐ期河を見つめていた。
「四二式斬松茸は」
四二式斬松茸を肩に担いだ期河は、電気柵の扉の前に立つ。
刃渡り二メートル近い、片刃で、背は五ミリに達する肉厚チタン合金の――。
「鋸、か」
安いチタン合金の土台に、ほんの先だけ宇宙鋼を使った歯と、そうでない歯が、びっしりと小さいネジでネジ留めされている。刃こぼれし、抜け落ちる事を想定して作られている、言うなればサメの歯。
自衛隊装備として開発された工業製品。同型が既に二〇〇〇本も生産されたという、通販か、たまにホームセンターですら見かける商品。
「電気切ります!」
勢子の声と共に、電源が切られ、扉が開かれる。
期河は松茸へ突進する。後に、同じように各々四二式を担いだ勢子達が続く。
松茸は期河へ菌糸を繰り出す。
その菌糸を、隣を走っていた勢子が四二式で切り落とす。
「っっととおおお!」
そのままバランスを崩して倒れる勢子は放っておいて、期河たちは走る。
二撃目。
三撃目。
次々と繰り出される松茸の菌糸を、勢子たち一人づつの四二式の一撃がどうにか打ち払っていく。
そしてついに、松茸本体を期河は射程に捉えた。
後ろ足で蹴り出し、前足で制御する。勢いを全て乗せた四二式は、菌糸を迎撃しつつ松茸に食い込む。
「うおおおろあああああああ!」
歯全面を挽き切った時、松茸は斜めに真っ二つになった。
完全にバランスを崩した期河は、そのまま転がって地面に倒れる。
と。
その地面が盛り上がった。
地中にはわせていた松茸の菌糸が最後の足掻きを――。
「だああああっ!」
雄視の四二式が、地面を真一文字に切り裂く。地中の菌糸は断たれ、動かなくなった。
村に運ばれた松茸が、解体され、業者に引き渡されていく。
「一度に二体とは、大手柄だな」
先代の打ち手、西藤征甲が、ばしばしと期河を叩く。
「痛えよ」
包帯だらけの期河は、じっと松茸を見つめる。
「なんだ、機嫌悪いな」
「あの偽物を使わされたからな」
期河は唾を吐き捨てる。
「ダメか?」
「まず重たすぎる、切れ味が悪い、つか挽くのに死ぬほど力がいる、一度切ったら二十四カ所も歯が抜けやがった、抜け歯が松茸に残る可能性があって食べるとき怖い、柄が滑りやすい、峰が切りっぱなしだから担ぐと肩に食い込んで痛え、見た目が格好悪い、四二って数字も縁起が悪い」
苦々しげに眉を寄せる。
「兼定の代わりにゃならねえが」
雄視達は、熱心に狩りの様子を語っている。
「名字なしの連中の中には、抵抗ないヤツも出て来るかもな」
無言で征甲は笑った。
「期河さん! 松茸斬った時の話して下さいよ!」
雄視が期河に手を振って声をかける。村人達も、期待に満ちた目で期河を見つめている。
「おう聞きたいか、そうかそうか! たっぷり喋っちゃうぞ! サインは後でな!」
ころりと表情を変え、期河は走って行った。
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