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狐に化された省営自動車

作品情報

題名狐に化された省営自動車
文字数1331
タグ
投稿日2021/6/13
感想
作者菊池洋四郎(ゲスト)
訳者
翻案
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狐に化された省営自動車
【ゲスト】菊池洋四郎

 十和田湖は新緑と紅葉の季節に賞でる風光明媚の地である。この地域には仙台鉄道局青森自動車区の省営自動車があり、青森駅より秋田県ない駅まで観光ルートを成している。筆者は、十和田湖の雄大な絶景を此処ここに紹介するよりも、もっと面白い未開地域の自動車路線開発にからむエピソードを紹介したい。その話と云うのはほかでもないが十和田湖を中心とする広漠千里の山林は非常にキツネの多い地域で、流石さすがの省営バスもこのキツネになやまされた話である。
 夕暮近く山間の小道を省営自動車を運転して行くと、思い掛けないもう一つの省営自動車が急に、ラジエータの前方へ現れた。運転手は前方から他の自車が来るわけがないと思いながらも危険を感じて急ブレーキで停車する、停車した瞬間、前方の省営自動車の姿がパッと消えてくなる、バスの運転手も乗客もハット冷たいものを首筋に感ずるのだった。
 またこんなこともあった、人籟じんらい絶えてなく大樹のかぶさる路線に自動車を進めて行くはるか前方で大樹を切るノコギリの歯音がする。やがて自動車が近づけば、大樹が倒れるバリバリと云う物凄い音が聞えると思うや、大きな音がバサリと、自動車に覆いかぶさる感じがする。運転手は思わず停車する。しまったと感付くその瞬間の恐しさ、又ある時には自動車の走って行く前方に、大木が倒れる音がすることもある。
 続いて第三話を紹介しよう。やはり夕暮近く自動車を運転して行くと自動車の進む前面に川が流れているのを発見することもあった。こんな所に川が無かった筈だとは思いながらも徐行して行く、しかしまた仲々川へは追っつかない。危険を感じ乍らも前進して行く内に其処そこよこたわっていた筈の川は何時いつの間にやら運転手の視界から立消えてしまっている。運転手も車掌もヒヤリとしたものを感じ乍ら、再びスピードをあげて目的地へ急いで行くのであった。
 こうした話がもう一つある。常に運転している路線で、運転手や車掌には、何処どこに何があるかはよく夜白やはくでも解っている筈であるのに今度運転して見ると路線の前方が見なれぬ路線のように不思議に曲りくねっている場合もあった。何時の間に、こんなコースが出来たのかと、自分の記憶まで疑って運転して行くと、またパッと路線の姿が消滅する。ある運転手などはこのキツネが造った路線に車を入れて転落したこともあった。以上の話は開業数年の今日では勿論もちろん御目にかかれぬが、開業当初には、これに似た話でもち切りの形であった。
 キツネや熊の安住の大地域にガソリンのにおいがしはじめたのだ。之をきなくさく思ったキッネ連は、此処ここ一番の智慧を絞って省営自動車の運行を阻止しようとかかったのであろう。しかしキツネの七宝しちほう尾穂おつぽの魔力も、近代科学のガソリンの臭気にはかなわなかったとみえて、近年はキツネも又は熊も運転手や車掌をだましたり、路線に出現して自動車をなやましたりすることがなくなった。省営自動車がキツネの魔力に魅せられたと云う話は、おそらくこの十和田観光ルートの自動車がはじまりであり又それが終りであろう。こんな話を体験した運転手は青森自動車区には沢山在勤中である。十和田線に働く運転手達や女車掌達はいずれも明朗で親切である。地方人らしい素朴の中にも活々した文明的なものの躍動を見る。
狐に化された省営自動車    菊池洋四郎