エントリ1 隠しきれなくて 葱
隠しきれないもの
例えば、部屋で友達や恋人とはしゃいでいたとする。
わかりあえることや、ほめられること、刺激されることや、
笑いあえること。世の中には素敵なことがたくさんある。
少しの仲たがいでさえ、微笑ましい。谷があってこその山かもしれない。
話しに夢中で、僕は開いた窓の桟に人差し指を出したまま。
気づかず友達が、思いきりガラス窓をしめてしまう。
ぐちゃ、っと潰れる指。まず割れた青白い爪がぶら下がり、
黒い血が滲み出る。濡れた骨が飛び出て、肉片が、絡まっている。
豚肉を切れない包丁で切るときみたいな、筋が糸を引く。
僕は痛みよりも驚きで、涙目になる。
さっきまで輝いているものばかり与えてくれた隣人たちは、ただ固まって人形になる。
ただそれだけで、全てがパアになる。
医者に行けば治してくれる。
整形すれば、元通りになるかもしれない。
痛みはやがて収まる。
けど恐怖は恐怖は恐怖は恐怖は。
エントリ2
二人キリ 青野岬
たったひとつの輝く真実よりも
何十億もの汚れた嘘が欲しい
澄み切った水に魚が棲めないように
わたしも常識の中では生きられない
甘く濁った泥にまみれて
ふたりで紡ぐ至福の時間
その記憶をただ
わたし以外の誰にも
触れさせたくなかっただけなのです
定
吉
二人キリ
紅い血で綴った
すべてを封印する聖なる呪文
これで
わたしたちの情愛は
永遠のものとなりました
愛しています
愛しています
愛しています
愛して、います
作者付記:安部定に捧ぐ
エントリ3 88% 大覚アキラ
5年生存率88%
そんなふざけた確率論なんて
頭のいちばん片隅の
記憶のガラクタの山の中に
深く埋めてしまったはずなのに
あれから4回目の春が来て
そのガラクタの山に
小さな芽が生えてきていることに
最近 気付いてしまった
5年生存率88%
どんなに空が晴れ渡っていても
どんなに爽やかな風が吹き抜けていっても
どんなに美味い酒を飲んでも
どんなに楽しいテレビを眺めていても
おれの冴えない頭には
何通りものバッドエンディングが
おもしろいぐらいに
次から次に浮かんでくるんだ
5年生存率88%
そんな小さな芽を
ひとつずつ丁寧に引き抜きながら
おれは今日も
このありきたりで平凡な一日を
黙々とやり過ごしていくんだ
そうさ 5年後に生きているかどうかなんて
誰だってわかったもんじゃないだろう
おれも おまえも
5年生存率88%
考えてみろよ
当選確率が88%の博打なんて
世の中にそうそうないだろう
だから
おれは何ひとつ恐れることなく
おれのすべてを
持てる全てを
おまえの88%に賭けてみせるよ
5年生存率88%
プラダでも グッチでも
ハワイでも ニューヨークでも
おまえの欲しいもの
なんでもかなえてやるよ
そうだよ おれは何も恐くなんかない
来年の春も
その次の5年後の春も
50年後の春も
エントリ4 恍惚のイドェラ ヨケマキル
この季節には人が笑う
四月には人が死んでいるので
<恍惚のイドェラ> ヨケマキル
閑散とした町すじを抜けると
近いうち取り壊しになる 昔住んでいた団地群
古代遺跡の様相
雨にうたれた外壁のシミは
巨人の葬列のようで
立ち入り禁止のロープをくぐる
息をしないエレベーター
宛先不明の落書き
踊り場の踊り子は
まき散らされた宅配ピザのチラシの下
子供の声の消えた階段をあがり 屋上へ
屋上にはイドェラがいるので
ドアを開けてくれました
待っていてくれたんだね とても嬉しいよボクのイドェラ 手を繋ごう
雨はやみ 空が
きれい
人の頭を壊すのにぴったりの ゆるい空気
この季節特有の
なんだかとても気持ちが悪い
高架水槽の前に座ると
イドェラが恍惚へといざなう
ここにいよう ここにこうして隠れていよう
誰かの声がしても 息を殺し ボクを殺し
雨上がりの土の匂い
遠いところで 誰かと誰かが争う声
解体工事の音
四月はなんでもかんでも気持ちが悪いですよ
なんでもかんでもね
人が笑っているので
人が死んでいるので
エントリ5
流浪 お気楽堂
たんぽぽの種 ふわり
風に吹かれて ふわり
地上の花と別れ 空から見る世界
わたしも一緒に ふわり
風に吹かれて ふわり
生まれた場所を離れ 初めて見る世界
たんぽぽの種 ふわり
風に乗って ふわり
桜並木を超えて 川も線路も越えて
私も同じく ふわり
風に乗って ふわり
知らない人に混じって 世間の波に揉まれ
たんぽぽの種 ふわり
風に運ばれ ふわり
辿り着いた先は 陽の当たらぬ空き地
私もやっぱり ふわり
風に運ばれ ふわり
名前も知らぬ町で 気がつけばひとり
エントリ6 魚の雨 椿月
時が頻繁に揺れ動くので
何もかもがきれいに見えるようになりました
繋がり合うので
孤独の紐が
とても不思議な気がしてしまいます
色んな色の魚の雨が
晴れた空から降り落ちて
建設中の高層ビルが
天を見上げる頃
空に疾しい思いを抱かない私がちいさく
時間を編む
ひとことだけ
ありがとう
エントリ7
刻限 香月朔夜
魔法が解ける、その前に
カチッ カチッ カチッ カチッ‥
やらなきゃいけない事がある
カチッ カチッ カチッ カチッ‥
カチッ‥
もうすぐ。
気づく。
勘違い。
カチッ‥
できると。
信じる。
思い違い。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ‥
止まれ。停まれ。留まれ。
―――カチッ。
時が刻む、その前に
魔法が解ける、その前に
やらなきゃいけない事がある
叶えてみたい夢がある
カチッ カチッ カチッ カチッ‥
―――ただの石ころになる、その前に。
エントリ8 ヒーロー 篠の音
何とか戦隊とか何とかマンとか
世に言う正義の味方
困っている人の所に
助けを求めている人の所に
悪がふんぞり返っている所に
ブロロロロとかビューンとかいいつつ
絶対やって来てくれるのだ
何が何でも何処で何をしていようとも
絶対やって来て悪を退治してくれるのだ
そしてお礼を言われながら
爽やかに風のように去っていくのだ
それが正義の味方 ヒーローだ
でも現実問題そんなことはない
そんなことがあったら警察は皆職を失う
何か事件が起きてしまってからじゃないと
何かを犠牲にしないと
動くことは出来ないのだ
この両手で掴めるもの
この両目に映るもの
それだけだって守れないかもしれないのに
広い世界に住まう人まで守れるわけない
でも人々は思うのだ
皆を守りたい
皆で幸せになりたい
そのためには世界中の人々を救わねば
自分の掌の大きさを知らないで
自分の手はまるでお釈迦様の手みたいに大きいのだと
勝手にそう思うのだ
遠くを見据えるその瞳は
自分の足下を見ることを忘れていることにも気付かない
その足下に泣いている人がいるかもしれないのに
それに気付くのはいつの事だか
いつだって気付くのは取り返しがつかなくなってからだ
そして気付く
自分の大きさを
大きいと思ってた小ささを
思い知らされる
でもいつだってそれが現実だ
現実は理想を生み出す
だからこそなのだ
正義の味方が創りだされるのは
ヒーローが必要なのは
正義は勝つと信じたいのは
現実に求められないもの
だから人はヒーローが大好きだ
エントリ9
墓場に桜 佐藤yuupopic
電気バイオリン掻き鳴らし、
魂。
在るモノも亡きモノも
一切合切、
弔ってやりたい
酔える迄、
呑め
愛しい人よ。
どうか、
彷徨うな。
エントリ10
ニューオールダー ぶるぶる☆どっぐちゃん
頭痛が消えたから
絵を描きなおすことにする
死んでしまった猫の絵だ
もうずっと昔の話だ
本棚に本を仕舞う
ここは草原
何も無い草原だと
君は嘘をつく
チョークを手に取り
絵を描く
しかしここはどこなのだろうね
嘘は悲しい
しかし本当のことだって悲しいのだ
わたしは帰ってきた
遠くでゆっくりとオープンリールのまわる音
緑の 緑のスクリーン カーテン
作者付記:http://rapidshare.de/files/16879174/NewOLDER_AAC_.m4a.html
|