エントリ1 396 小笠原寿夫
つまらないものですが さぁどうぞ お引き取り下さい
邪魔になるものではございません さぁさ懐ろへ
ありがとうがきっちり言える
さようならがきっぱり言える
2つの挨拶は基本 コレ基本
盗人が物を盗ったら ありがとう
盗人が家を出るとき さようなら
先手必勝 後手必勝
十手かついだ 御家人どもはもういない
持ってけ泥棒 明日のおまんま喰いそびれ
さぁさ どうぞ お引き取り下さい お引き取り下されい
くだらないものですが さぁどうぞ お受け取り下さい
ジャブにも使えるものでございます さぁさ懐ろへ
ありがとうがきっちり言える
さようならがきっぱり言える
2つの挨拶は基本 コレ基本
ボクサーが試合に勝ったら ありがとう
ボクサーが試合に負けたら さようなら
先手必勝 後手必勝
そうだボクサー ファイティングポーズはもういらん
酔ってけファイター 今日の減量 失敗し
さぁさ 拳を お突き出し下さい お突き出し下されい
洒落にもならないものですが さぁどうぞ ご記憶下さい
ジャッカルナイフにエアーガン さぁさ懐ろへ
ありがとうがきっちり言える
さようならがきっぱり言える
2つの挨拶は基本 コレ基本
サバイバーが木の実剥くのがジャッカルナイフ
サバイバーが獲物を狙うのがエアーガン
2つの道具は見本 コレ見本
先手必勝 後手必勝
さらば勇者よ 昨日の逮捕は 今むかし
明日はわが身よ 手元のペンを握りしめ
さぁさ 右目に お寄せ下さい お寄せ下されい
エントリ2
(A)ルーム箱庭化計画 トノモトショウ
私達の穢れなき(B)は
墜落のギザギザを滑らかなフィルムへ再編成し
陰湿な(C)や無益な(D)を
歪な襞の内奥へと深く注ぎ込むので
この狭い部屋の日常は
大体そういう間違いに溺れてしまって
男は女の(E)を
女は男の(E)を
あるいは咀嚼し
あるいは混同し
あるいは病的なサブリミナルを作り上げる
(F)が夢の残骸を
二度と取り戻すことのないように
※下記から最も適切な言葉を選んで空白を埋めよ
A 【肉食/淫乱/絶望】
B 【青春/質感/絶望】
C 【運命論/ダイナミズム/絶望】
D 【修飾語/テクスチャー/絶望】
E 【皮膚/性質/絶望】
F 【人間/反復/絶望】
エントリ3 ー 喫茶店 ー パンダ隊長
時が立つにつれて
テストの答え合わせをしているように
過去の過ちがひとつひとつ見えてくる
ぼ〜っとしてかけすぎてしまった
タバスコ パルメザンチーズ
パスタがパサパサして辛くてしょっぱいや
席から見えるテレビの株式ニュース
株価の前日比と今後の展望
世の中は今まさに動いている
少しクリームが足らぬと
ストローでぐるぐると渦巻く
白い螺旋 過去の螺旋
空気清浄効果謳うメッセージカード
首から下げた観葉植物ポトスくんは
タバコの煙りに巻かれ枯れ果てていた
ただ理想だけを追い求めた私は敗れ去り
テーブルのすぐ上まで垂れ下がっていた
ライトの光を見つめて見つめて群がっている
過去も今も自分の出口見えぬまま
天井に光る非常口表示の矢印指す方へ
逃げるように店を飛び出してゆく
エントリ4 さよなら 待子あかね
現在このメールアドレスは使われておりません
このメールアドレスには届きませんでした
こんな警告文が送られてきたなら
少しは 安心してしまえるはず
少しは 気楽になれるはず
あなたの寝顔が
裏と表を示しているね
気がかりなことがあっても
些細な話だからいわないね
ほんとうは別の寝顔をみたいのよ
エントリ5
もしも詩が書けなくなったら 大覚アキラ
もしも詩が書けなくなったら
家族にも友人にも行き先を告げずに
ひとりで旅にでも出よう
もしも詩が書けなくなったら
滴り落ちるような真っ青な空を眺めて
言葉に置き換えずにそれを受け容れてみよう
もしも詩が書けなくなったら
いままで書いた詩はぜんぶ公園で燃やして
その炎でさつまいもでも焼こう
もしも詩が書けなくなったら
詩人になりたいんです という人には
口づけをして祝福してあげよう
もしも詩が書けなくなったら
あの人の詩集以外はぜんぶ古本屋に売って
生まれた町に海を見に行こう
もしも詩が書けなくなったら
生まれた町の海辺で一人泣きながら
あの人の詩集に載っている詩を朗読しよう
もしも詩が書けなくなったら
詩のことは何もかも忘れてしまって
毎日ただ口笛を吹く練習をしよう
エントリ6 忘帰魚 村方祐治
山岳の薔薇 連なるままに
海原の瀬魚 漣あるさまに
―朝―
雨の涙― 甘露は
木の実の質を尋ね
蘆の阿弥陀観音は
尾の身の瑟を嘗め
―蝶―
秋の蒼の翅 嵌める蜘蛛
泣き地蔵 耳を貸せ
仏説摩訶般若波羅蜜多心経
御前様の瞳に
御前様の蔀が 溺愛する
前途多難なれ 邪宗門
王孫の山椒 波立ちぬ
立ちぬ風こそ 夢人なれ
エントリ7
滲んでいった夜について いとう
まっすぐな帰り道が見えなくなると
穴という穴からノームが這い出て
ら、るほ、ら、ら、るほ、
ダークダークノームダーク。(あれるっちぇんど)
君たちの手に掴めるものはわずかしかない
ら、るほら、らる、ほらら、るほ、
本当にわずかしかないんだよ
驚くほど何も知らない君たちにとって
世界は(世界さえ危ういのだが)
目を閉じている場所にこそあって
君、君たち。(あれるっちぇんど)
君たちの目の前に広がるこれは
世界ではないのだよ
夜が(夜というものがあるのならば)
どれほどの暗闇で満たされていたとしても
(ら、るほ、ら、ら、るほ、)
君、君たちの夜は
さらに果てしない暗闇なのだろう
その君の、君たちのわずかな温もりが
黒く染まっていることも知らずに
(ら、るほら、らる、ほらら、るほ、)
君たちはいつも這い出て
(ほら、ら、らるほら、ら、るほ、)
こんなふうに、ほら
世界さえ危ういというのに
あれるっちぇんど
夜はアスファルトの歪みのなかで煮え立ち
もう膝まで蝕まれている
君の、君たちの夜がもう
果てしなく広がり続けるのならば
僕は僕の目を見開いて
世界ではない場所を
(ら、るほ、ら、ら、るほ、)
もう、あけわたしてしまおうか
夜は世界を知らずに
驚くほど何も知らない君たちを産み続ける
君たちが見える場所はすでに近く
ら、るほら、らる、ほらら、るほ、
まっすぐな夜が
(ほら、ら、らるほら、ら、るほ。)
世界を拒絶している
そしてもし夜というものがあるのならば
ノーム。君たちは僕に見えない
決して見えないのだよ
もし夜というものがあるのならば
ノーム。君たちはいつまでもいないのだよ
エントリ8 こころエコー 葱
ネガティブの終わりは終わりだから
前向きに行くしかないかなぁ
異性に交際を断られた時、絶望するのは当たり前かもしれない
昔もっと人が少なかった時の、心が残っているんじゃないか
心に管が通っている
レントゲンでも見えない管
管はケルト音楽の笛のような、細くて楽しげで悲しげな音を鳴らすけど
僕自身には聞こえない
街中満たす笛の音の洪水
反射して自分の影、浮かび上がる
エントリ9
あんたなんですか ながしろばんり
あんたなんですか、夢の通い路
パンダなんですか、地肌は何色?
白、黒、灰に、意表の紫
夢の中だから、なんでもいいのです
夏はどうでしたか、いいこと、ありましたか
Under the thundersky. かみなりの日も
ずっとあなたの ことをくっきり
覚えてましたから それでいいです
幸せなんです
夢はゆめゆめ精進せぬと
なかなかきっと覚えきれなくて
あの雨の中きっと抱いてた
首に絡まる細っこい腕も
(目が醒めてみりゃタオルケットでも)
幸せなんです
欲情したんです
あんたなんですか そんなところで
神田なんですか はじめてのデート
明神様の冷やし甘酒
でも夕立で二人ずぶぬれで
夢じゃないので風邪を引きました でも
幸せなんです
洟が垂れてます
幸せなんです
エントリ10
シ的ノワール ヨケマキル
1
夜の腕の中から音楽見ているの
翡翠の痛みあるので
誰か落っことした思考の破片
ふきだまり回るエコー
いつも思い出し悲しい
袋小路の芝居小屋「憂遠座」
客はまばら
舞台の上では
行方不明のあいのこ少女ヒビキィが
ふしだらに笑う
ねえ
ボクの作り出した現実で手え繋いで
アタラシイ世界ゆくよ
ここはゼロで
マイナスに進むの
いいかい
マイナスに進むのだよ
パントマイムでドアを開け
調子っぱずれな歌歌い出す
こんな歌だよ
「キミはうそつきの花知っている?
咲いたふりして枯れてるの
今日も夜来て
光が終わるね
音は有と無にわかれ
マイナスのドア 今開くよ」
ヒビキィは少年と少女のちょうど中間の顔で
次の部屋に入って行った
めざめたら消えるふわふわライトの下
ホントのボクを
何度も何度も思い出し
悲しい
2
最終の森から這い出て来て
しゃがんでいるよ迷子のヒズミィ
ケロイド少年ヒズミィは
小さく話し 小さく笑う
ヒズミィ産まれたてなので
持ち物なにもない
そして風にひゅーって飛ばされ
天才的に遊泳したりする
低く低く種子であるように
そう
ここはマイナス
すべては負なの
歩いても歩いても
ここでは正の概念は 娯楽でしかないの
ハミング鳥を真似た歌
あのね
ヒズミィ上手に歌うんです
こんな歌だよ
「なにもないので
なにもいらない
待ってないけど待ち続けるの
受け入れずに受け入れて
放り出してまた拾う
破片をね
集めるの」
ヒズミィはケロイドの美しい顔で
ドアから入って来たあいのこ少女ヒビキィと
無言で手を繋ぎ 次の部屋に入って行った
ボクが真似た歌聞いて
やさしく笑うハミング鳥
いつも思い出し
悲しい
3
ゆりかごゆれて
赤児わらい
王と下郎は握手する
太陽照って雨が降り
風は吹いたり止まったり
ハミング鳥は鳴いて泣く
あいのこ少女ヒビキィは
少年と少女のあいのこで
きらきらした眼球持っていて
そしてそして
「現実はボクの作り出した想像だ」と言う
ケロイド少年ヒズミィは
美しいケロイドの顔で
ぴかぴかの四肢持っていて
そしてそして
「自由は娯楽でしかないんだ」と言う
零と負が手え繋いで 朽ち木に留まって
早春の葬列見送っている
黒のカーテンが引かれ
すべては終わり
もうさよならなのです
笑い声も歌も風の音も
消えた
ホントのボクは
ホントのボクは
どこにもいない
ここは世界の行き止まり
出演
あいのこ少女ヒビキィ
ケロイド少年ヒズミィ
ハミング鳥
エントリ11
ハイ ぶるぶる☆どっぐちゃん
少女は見渡す限り何処までも続く真っ白な灰の中へと倒れる
そして
まばたきをするたび
花園
灰
花園
灰
花園
灰
花園
灰
花園
灰
花園
灰
犬が遠くで吠えている
エントリ12
檸檬 歌羽深空
僕の影が麦茶の横から迫るのを、黙って蜘蛛が見ているのです
つまりはこれなんだな、そうなのかな
真っ黒なラジオが鮮やかな橙色の雲を交差してダイブしていくものですから
熊が出たという町役場からの連絡を耳に通しがてら、僕は布団に沈みます
黄金色のシーツに寝転んでみるのは小熊が踊るメルヘンな夢、ラッパ付き
い草の香りを添えた夕暮れは僕を現実に戻すから今日も寝不足です
とらえられた体、ダイブ、メルヘン、あとは?
くま、くも、くま、くま、くも、くも、くま、くま、くも、くも、
一面犬だらけ、イオンだらけ
(これも田舎の賜物だなあ)
つまりはこれなんだな、そうなんだな
天井に手をつきながらことのなりゆきを、僕は、見られているのです
エントリ13
苦しみよ 煙とともに消え失せ 空人
性交が不成功に終わった 蒸し熱い日の夜 早々と寝てしまった妻の足首を横目に 私はひとりベランダに出る
体中にベットリとまとわりついた汗が 重くのしかかって 私の心の奥底の 男という岩を じりじりと溶かしていくような そんな薄ら寒い恐怖とさびしさを感じる
タバコに火をつけると 遠くから救急車のサイレンの音 その音はしだいに大きくなって 私の住んでいるマンションの下で止った
ストレッチャーが運びだされる様子をじっと見つめる しばらくすると 部屋の外からガチャガチャと騒がしい音が 聞こえてきた 救急車を呼んだのは 隣の住人で 運ばれていくのも隣の住人 私は玄関の覗き穴からその一部始終を見てしまった
苦しそうに息をしながら 救急隊員の質問に答えようとする声は 私のちっぽけな悩みなど 吹き飛ばしてしまうようなリアリティ エレベータに乗った 隣の住人と救急隊員 そのドアが閉まると いつものような静寂に戻った
私は再びベランダに戻り 地上を見つめた あお向けになって運ばれていく 隣の住人と 一瞬 目が合ったような気がした その目の奥の鈍い光 それは命の光か 祈りの光か 目を反らすことができず 私はその光を受け取った
いまもどこかで誰かが死に 誰かが苦しみ きっと私のようにひとりベランダで 途方に暮れている 行き所のない思いは 胸のうちでグルグルと渦を巻き けっきょく自分の心のどこかに 傷をつけておさまろうとする タバコの煙は やがて大気に混じり 消えていってしまうのに
|