エントリ1
赤い車の男 小笠原寿夫
長い塔が大きく傾いている。暗幕から黒のシルクハットに黒のマントを身に纏った紳士と縞模様のジャケットを着たええぼんが現れる。
「靴下の君」
「はい」
「気分は、どうかい?」
にやつく紳士。戸惑うええぼん。
「化け学の君」
「はい」
スラリと立つ紳士。戸惑うええぼん。
「あっ、真っ赤なスポーツカーだ! 格好いい」
遠くを指差すええぼん。
「そんなに、赤いかい?」
したり顔で紳士は尋ねる。何やらひそひそ話を始めるええぼん。
「あの、僕たちピアノのお稽古が……」
「ピアノが弾きたいんです」
「フン、弾くねぇ?」
せせら笑う紳士。ひそひそ話をするええぼん。
「甘党の二人組」
「はい」
前へ出るええぼん。
「あの、僕と、彼ですよね」
ええぼんが言う。
「ウ冠の主」
「はい」
「なに上げかい? なに吊りかい? なに結びかい、なに娘かい、そんなに娘かい、若いのかい、若かったのかい、憎いのかい、ここにはいないのかい? ねぇ、ねぇ!」
差し迫りつつも意気軒昂な紳士。
「僕には分かりません」
「Perdon?」
紳士は振り返る。
「……」
「言葉は、無力なの……」
雨が降り始める。
水筒を取り出し、水を注いでいく紳士。水はコップから溢れ始め、水筒の水が尽きる。コップの水をバシャッと投げる。コップを拾おうとするええぼん。
「合槌迚!」
「ガス! ガス、ガス!」
両手を上に意気軒昂な紳士。ええぼんはあっけらかんとしている。
「次だ! 次だ!」
両手を上に意気軒昂な紳士。それを身ぶり手振りで真似しようとするええぼん。
「天気! 天気!」
鼻の頭に天狗の仕草をするええぼん。吹き出す紳士。笑いが収まる。
「ゆ・え・に?」
天狗の仕草をするええぼん。吹き出す紳士。肩で背中を引き吊るように笑い出す。
「ゆ・え・に?」
天狗の仕草をするええぼん。吹き出す紳士。肩で背中を引き吊るように笑い出す。
後ろ手に何か小箱を取り出す紳士。
ええぼんのうち一人にそれを差し出すと悲しい音楽が流れ始める。暗幕と共にその音楽はジャズへと変わる。
作者付記:松本人志さんが作り上げた名コント「赤い車の男」を文字起こししてみました。
エントリ2
渋谷のアルバム 植木
モノクロームパフェなぞ
御一緒にいかがです
真っ赤なさくらんぼを
ひとつ頂にのせましょう
腰のくびれた器のなかで
少年少女が絡み合い
白カンバス地の空のした
ひとつに溶けてしまいます
言葉は昨日の陽炎だから
微かな火照りが悲しいのです
印画紙を爪でなぞって
音にならない声を刻みます
あなたの指は銀の匙
どうか一掬いのモノクロームを
僕の唇に塗りこめてクダサイ
エントリ3
マイ プリンセス 待子あかね
今夜は やっとあなたに会える日ね
あなたに会える日 あたしのプリンセス
世界でいちばん美しい声の持ち主 マイプリンセス
年に一度 年が明けたごほうびに便りをくれるのです
決して こちらからご連絡を差し上げてはいけません
あなたからの便りをただ そっと待ちつづけています
きれいなその声に いとしさを感じずにはいられず
その日が来るのを ひそやかに 待ちつづけています
メールアドレスは その都度 即座に削除します
電話番号は 存じ上げておりません
いえ 正確にいいますと昨年話したきり削除しました
見失ってしまったからもう一度教えてください
なんて あなたに聞けません
待ち合わせでうまく会えなくても 電話はできません
ほんとうはこらえきれないおもいを
くやしすぎるから 抱きしめてなんていわない
なんにも話すことがなくなって気まずくても
いとしい声が 聞こえるだけでいい
エントリ4
人魚姫 石川順一
厨房へ入ろうとしたら狭い通路で全裸の人魚が廃液を捨てようとして居た
私は私1人分なら通れると思って通ったので有るが
何時もの癖で中途半端にしか着て居なかったエプロンを前でヒラヒラさせて居たので
それが全裸の人魚の臀部に触れて仕舞った
全裸の人魚は少し怪訝そうな顔をしたが何事も無かったかの様に廃液を捨て続けて居た
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それから何事も無かったかのように月日は過ぎたので有るが
或る日クレーマー担当の部長から苦情を言いに来た専業主婦が野菜にゴリラがびっしり付いて居ると怒鳴り込んで来たがどうしたものかと相談を持ちかけられた
そんな馬鹿なと思って見に行くとなんとミニゴリラがびっしり本当に野菜に付いて居るでは無いか
小さいんだけど全然とれなくて
なるほどこんな小さいのに実に精巧に出来て居る
それどころかおもちゃでは無くて本物のゴリラでこんな小さいのが居るとは赤ん坊でもこんな小さくは無いぞ
しかも卵を産んでどんどん増えている
ゴリラもミニだと卵を産んで増えるのか
私は気持ち悪くなり片っ端から卵を潰し始めると
止めて下さいとその主婦から制止された
どうしてです際限も無く増殖しますよ
言っては見たが私には彼女の気持ちが分かる様な気がした
彼女はそれを王様ゲームで手に入れて居た
すなわち野球券で10人抜きを達成して男を全て脱がして仕舞ったのだ
その証として王様ゲームの王様の地位を与えられ
ミニゴリラ付きの野菜を手に入れたのだ
彼女の希望は極上の野菜だったがそれが偶々あのような物を掴まされクレームしてきただけなのだ
ふと見ると今まで彼女の激昂の為さして気にも留めなかった彼女の顔が何日か前の全裸の人魚にそっくりなのに気付いてはっとした
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