エントリ1
虹のすべて 大覚アキラ
ひとは
母音だけで会話するときに
かならずしも
自分に正直だとはかぎらない
相手に誠実だともかぎらない
水色のキャンディが
口の中で溶けていく速さで
きみはやがて
いろいろなことを
約束された手続きのように忘れていくだろう
射抜かれる明け方
黒い文字の果てしない羅列に
息をのむアンドロメダ
きのう羊を殺した野蛮な道具で
明日は畑を耕して種を蒔く
太陽に手をかざし
まぶしそうに目を細めながら
手を振る遠い人影
きみはしずかに
祈りの言葉をつぶやくだろう
母音は光に似ている
光は液体に似ている
液体は時間に似ている
すべては流れていくという一点において
共通のものであると断言する
鎖骨の窪みにたまった汗が
森の奥の誰も知らない泉みたいで
人肌のぬくもりを思い出させる
きみはそこに
水色のキャンディを投げ込むだろう
波紋が広がって響きあう同心円の
うすぐらい明け方に
死んだ道路の上で宇宙が近づく
脱ぎ捨てて裸になって
さあ母音だけで会話しよう
エントリ2
ten times or more 凛々椿
昨晩のメキシコ映画を熱く反芻して屋台の列に並んだものの
ずいぶんと待たされた でも手作りだから仕方ない
5月は近い
風は雲を掃いて頂には太陽
匂いに高揚
じり り
り
り
そう 花だって!
さつきの中には紅をふちに差すものさえいたんだ 驚いたよ
僕はさつきどころかさくらの華やぎにすら……
気づけば名残のはなびらがくるぶしにまとわりついて
もはや鮮やかなるは笑む新緑
ああ春は終わってしまったのだ、と
気づいて悔いて
わびしいのに
手にはメキシカンタコスとコロナエキストラ
僕が人をもてなす間に木の芽は力を携えた
僕はもてなすので春の日の長く伸びるさまに気づかなかった
僕はもてなし働くので土日祝のさまを知らなかった
そうだ、休日とは元来こうなのだ!
休日を大勢と共有する、楽しむ、はしゃぐ、そして……
世の中をずっと遠くに感じている
人と交わり難い現実に悲しく感動もしている まるで自慰のよう
でも さ
"For she"s lived it ten times or more"
目を真っ青に塗ってしまったDavid Bowieですら
退屈をそう優しく歌ったのだから
隔たりを憂いながらかぶりついたタコスの具を膝頭にこぼすぐらい
なんてことないんだ
いいんだ
なんてことを思いながら でも、口の中はチレの辛みでみたされていて
なんだか……
なんだか全然"David"ってじゃないや、って
跳ね笑う
そう 僕はいま 土曜日に存在している!
たまには許されていい、と
ふつうを内に孕ませながら 浮き足立つ僕をも包括してくれる
すこし不器用な
あいかなわぬ秘色の空のもと で
存在に、恋をしている
エントリ3
野遊 石川順一
東海テレビの車両は
軍装みたいな色に見えて
踏青(ピクニック)を終えたばかりの我々に
駐車場で特色的な春の景物に映った
選を忘れて居る晩春
中華料理屋に心を奪われて
俳句ばかりに気遣いが行き過ぎて
同じ575の川柳が疎かになって居る
木舟遊覧を目撃した青き踏むさなか
化偸草(えびねそう)を見た
蒲公英(たんぽぽ)はまだ黄色かったり
わたげと化し白かったり
黄色も白も終った後の子房だけを曝して居る状態だったりの
三態が印象的だった
保存民家でしばしやすらう
周囲ではコマを回して居たり
剣玉をやって居る
それらの玩具が貸し出されて居る古民家を後に
坂を上って降りて行く
その過程で禁札と警備員を目撃した
|