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第18回詩人バトル Entry42

リトルガール スーサイド

彼女が死んだ
橋の上から身を投げて死んだ
僕は彼女のことをあまりよく知らなかった
彼女の評判を聞いていただけだった
彼女の父親は「娘が夢に出てくるんだ」と言って
酒場のカウンターで一人泣いていた
こぼれた酒とほこりだらけの床をモップがけする僕
マスターに支えられ、家に送られていった父親の背中
それがやけに小さく見えて、僕はじっと見守っていたんだ
彼女はそんな父親の、二番目の娘だった

彼女の風評だけが町じゅうを駆け巡ってゆく
クラスでも目立たないごく普通の女の子だった
勉強の疲れからか、隠れてタバコを吸っていた
隣町の少年と付き合いがあったらしい
語られる無意味な目撃談
おひれのついた出所不明の噂話
浮かんでは消え、消えてはまた現れる数々のありふれた物語
そうやって真実は日常の中に埋もれてゆき
残された家族の悲しみすらも、やがては消えてしまうことだろう

一日が始まって朝がやってきても、この町の喧騒は変わらない
じいさんのまたがった原付は、不平不満の音を鳴らしつづけ
夜勤明けの警官は退屈そうに、小さなあくびを何度も漏らす
手を真っ黒にした屈強な工員たちの、下品なジョークの飛ばしあい
カフェでぼんやりとタバコを吸う、派手な身なりの老婦人
レジのおばちゃんは時おり手を休め、客の主婦と井戸端会議をはじめる
僕は石畳を歩きながら、使い古されたバラードを口ずさむ
彼女が死んだこの橋の上では
人々はただ、あわただしく通り過ぎてゆく
後ろを振り返りもせず
何にも気づかないままで

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