エントリ1
となりの満月 日向さち
行っていい?
って自分からLINEを送ったくせに
来てみたら
ろくに話もしないうちに眠ってしまって
気付くと、君の匂いのする毛布に包まれていた
お疲れさま、と笑顔を向けてくれる君がいて
緩めたままだったネクタイをバッグに仕舞う
僕に合わせて
ずっと隣にいられるのは君だからだ
仲良くなったばかりの頃は
一緒にカラオケなんか行ってたけれど
そんなツールも要らなくなった
僕の方がしっかり者に見られるのは
申し訳なく思っているよ
気持ちを言葉にするとズレが生じるから
今だって僕は
作ってくれた料理に美味しいとも言えないのに
顔を覗きこんできて
かわいい、なんて笑う君がいて
僕は弟みたいだ
スマホを弄っていた君が
あっ、と呟いてベランダへ飛び出した
窓が開けっぱなしで
寒い寒いって言ったら
満月! めっちゃ綺麗! って手招きされて
写真撮影に夢中の君にコートを掛けて窓を閉める
ただの満月なのに
と思いながら
君の横顔を眺めている
エントリ2
過剰歯 サヌキマオ
過剰歯を抜きに来ました
息子が検診で云われました
レントゲンも撮られました
「本来の歯の成長を阻害しますので、もうちょっと全体が見えてきたら抜いてしまいましょう」
あれから年が明けて
一月の終わり
粛々と、やや嬉々として待合室にいるこども
まだ何も知らぬこども
せっかく生えた右の前歯だもの、放っておいても「一本歯の多い人」で済んだのではないか
どこかの南方の部族の、おとなになるための抜歯の儀式
おれ自身の上の歯茎に、いまだに四十年潜んでいる過剰歯
おれ自身の下の歯茎に、90°横になって埋没しているおれのりょうほうの親不知
その親不知に圧されてできた隙間に溜まったごみから生じる歯槽膿漏
いろいろな知識と記憶がまぢりあいまして
ひとのこどもの体をお前らの都合で勝手にしやがって、という気持ちに収束する
手術はあっというまで
金属の棒で歯と歯の間をぐりぐり
隙間をあけまして
ペンチで過剰歯をつまむと前に後ろに
軽く右に左に
ぐるっとまわして
すぽんと抜ける
二回分の血止め用の脱脂綿と痛み止め用のカロナールをもらって帰りましたが
本人は何ら痛がる様子もなく、カロナールも一回だけ飲んで
すべて済みました。
新しい歯はまだ生えてきません
エントリ3
ペンだこ りよ
生まれてから今までの、
手の写真を並べてみる
いつからか写真に写るペンだこ
右手の、薬指の第一関節にぽっこり
普通なら中指にできるはずのペンだこは
依然として、いつもそこにいる
ペンを使わなくても
何も書かなくても、
ペンだこは消えない
そんなペンだこは、僕の嫌いな先生とお揃い、
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