第7回詩人バトル
poem30
私はどんなにすばらしい作られたドラマがあろうとも 現実にはおよそ及ばぬと そう信じている 知られざる英雄を私は知っている 私は彼の名誉を回復させる一心で 彼の想いを今こそ届けよう "ケディ"というその人間の 放つ言葉の数々には たくさんの真実があったことを 私達は気づかなければならない 例えばあの時だ 村の人達に嘘を吐き 親友には手をあげ それでも村の危険を訴えたあの時 君たちは安心という名の鎖で縛られている そう言い放つケディを 私達は村から追放したんだ 思えば 私達はなんて臆病な生き物なのだろう ケディが言いたかった事 それは人はもっと 変化を受け入れるべきだという一つの啓示だ 振り返ればケディの人生は 決して評価されてきたモノではなかった それほどケディは異人だった しかし私達はあまりにも愚かであったのかもしれない みんながいるから みんなと一緒にいたいから その思いから私達は保留している し続けているのだ 一つの大きな山をイメージしてみる その山を登る事 登山中の様々な出来事を人生における体験としよう そこでは登山家とは玄人の事 人生の楽しみ方を知っている玄人 逆に何も考えないで生きる者には山は疲れる存在で 喜びも少ないことだろう 多くの人は大きな道 たくさんの人が通った道からしか登る事を知らない 怖いから それがたとえもっと近道があろうとも 彼らは通らないのだ 一方、偉人はどうだろう 彼らは自分で道を作っていくことだろう もちろんその事自体は危険であり 必ず成功という保障もない その道を切り拓いていく能力があるかどうかもわからない 人生における失敗とは この山でいう行き詰まるという事 だとすれば失敗もまた彼らを多く待ちうけているかもしれない そんな多くの不安要素をなぜ自ら背負うのだろう ケディはまさにそれだった 実際ケディを止める人もいた 危険だ 行くな 何故だ だが違うようだ ケディのように何かに気づいてしまった者は その安全に満足できず 好奇心や探究心 さらには変化を望む心が先走ってしまう そういうものなのかもしれない でもそんな彼らだからできる事がある そんな彼らだから届く境地がある だから人間はおもしろいのだ しかしケディは戦後 後人生を その人間の愚かさを詠うことに自らを捧げる 必要の無い争いを 過剰な略奪を目的にする争いを 力を誇示する争いを 盲信した宗教の名の下の争いを ケディはこれらの争いで得られる 変化の悲しさを知りすぎてしまったのだ 人は変化や法則に対して当たり前な出来事と 正しき事だけを受け入れるべきだという そんな意識をみんなにもって欲しかったのかもしれない ケディよ あなたは正しかった あなたは私達の想像を遥かに超える未来を見据え 正しさを示した あなたの行動に その時冷酷さをも感じたのも 大きな視野でみれば私達を大きく包むように愛した 優しさからであったことにやっと気づいたような気がする 今後 あなたは神々しいまでに 人々の中で輝き続けることでしょう それはまるで…… 私達を見守るあの大海原のように………
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