第10回高校生1000字小説バトル
Entry7
暑い夜だった。季節は未だ夏と云うには程遠く、陽射しも 温く、唯湿度だけが矢鱈に高い日だった。こう云うのを確 か生殺しと云う。 市場は今日も盛っていて人通りが多い。昼開いていた筈の 店は粗方閉まり、今は安いネオンと色とりどりの夜店が軒 を連ねる。名残の様に開いていた八百屋はやる気の無い素 振りで売残りのトマトを前に『二つで一弗』を繰り返して いた。 店主の態度に反してトマトはどれも新鮮そうに艶々と輝い ている。 トマトの旬は夏だっけ? 今では青菜に旬など無いも同然だ。沢山のヴィニルと石油 に頼ってか細く生まれる時季外れな野菜達。それは屹度昔 なら場違いな、そして崇高な物に映ったに違いないのだ。 病床で含む真冬の西瓜の味など最早、有難くも何ともない。 お前も落ちぶれたね。 店先を照らす電球の肌色。先刻迄止んでいた雨が直ぐにも ぶり返しそうだ。店先の親父は百万年も崩した事が無さそ うな仏頂面で二つで一弗をリピートする。ポケットを探る。 一番先に手に触れた硬貨を引っ張り出すと、図った如くに 一弗玉だった。 「頂戴」 剰り出来過ぎているから思わず溜息が出た。古くもなく新 しくもないコインは比較的若い手から老いた手に渡る。職 工の様に節くれ立った指と浅黒く厚い掌はずっと昔に逝っ て仕舞った何かを恣意的に思い出させる様だった。 無造作に突っ込まれた紅い果実は柔らかく、何だか酷く頼 り無い気がした。ピンと張り詰めた表皮一枚で、崩れそう に脆い中身を必死で繋いでいる。 そう云えば、木は切られてからも何百年も生きると聴いた。 木材になっても尚肌の色を保ち、それは建築美と呼ばれ、 脆弱な侵略者達に玩ばれた揚げ句に――彼は一体何時迄生 き続けると云うのか。 然るべき処置を施せば、木材は何時迄でも保つのです。 「丸で手品だよね」 何時迄でも、だってさ。 トマトの入った袋を振り回しながら、遠ざかる太陽と裏腹 に益々明度を上げる酒と色の街を後にした。ああ、熱帯夜 だ。温い空気が頬を撫でる。 二回で一弗、と聴こえた様な気がした。 手品を見せてよ。 口笛が静寂に流れていく。