| # | 題名 | 作者 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 1 | 染み付ひた埃 | 駒宮小雨 | 924 |
| 2 | とある日、とあること | さえ | 1000 |
| 3 | お迎え | すずのすけ | 728 |
| 4 | ラムネ | 青 | 757 |
| 5 | ZERO | 中里 幸 | 769 |
| 6 | 君にささげる僕の歌 | nkyysk | 941 |
| 7 | セロリ ★ | Ruima | 999 |
| 8 | シャボン玉 | 青葉大地 | 906 |
| 9 | Ko-To【コート】 | アオイ | 985 |
| 10 | いたずら吸血鬼 | 北条みゆい | 995 |
| 11 | 坊やと運 | KEN | 888 |
| 12 | 走り続けて | ナナオ | - |
| 13 | 梢と微笑み | 奏筍 | 907 |
| 14 | 爆流、天の川。 | Began | 999 |
| 15 | 紅でもなく、蒼でもなく | トト♂ | 931 |
「君の心の正直な処を此のノオトに書いてみてはくれまひか」 そう云われて僕は素直に其の紙束を受け取った。 其れには表紙の厚紙も無ければ、罫線も無い、ホチキス綴じのと てもノートとは呼べない代物だった。一番最初の紙には遠慮がちに 小さく珈琲の染みが着いていた。其の染みは確かに遠慮がちでは有 った。まるで自分が此処には居ないかの様に縮こまっていた。だが 悲しい事に彼(女)は現実に其処に存在しており、其れは其れだけ でこのみすぼらしい紙束の品格を更に貶めている事に相違は無かっ た。 つまりこの染みは忌まれるのみの存在なのであろう。其れを知っ たら彼(女)はどんなに悲しむ事だろうか。場合によっては自分自 身を跡形も無く消し去ってしまおうとすらするかも知れない。其れ は確かに人間にとってはとても好都合な事なのだろう。しかし僕に は其れがどうしようもなく哀しかった。 「思つた侭を書けば好いのかい?」 「そふだ」 僕は改めて其の染みを見詰めた。 染みは僕に見付からない様に必死に縮こまっていた。 『ねえ、御仁様。私は染み等では無いのですよ。唯此の紙が製版の 洗礼を受けた時に偶々引き付いてしまつた埃なのですよ。だからそ んな風に私を御覧にならなひで下さひまし』 『しかし君は確かに其処に存在してゐるのだよ』 『其処を何とかしては戴けませぬか』 『だが君は染みであつて埃では無い。其処の処はきちんと了解して 置かねば』 僕がそう云うと、染みは悲しそうに頭を垂れた。其の様が余りに 不憫で、僕は思わず息を吐いた。そして彼(女)がそんなにも望む のならば、この際僕が哀しい位の事は我慢しても良いかと思ってし まった。 『解つたよ。君は埃なのだね。だから払い落とせば良い事だね』 『有難ふ御座ひます、御仁様』 そう云って僕が指を払うと、彼(女)は嬉しそうに空を舞い降り ていった。 同時に緩い安堵感と共に、僕の胸の裡に苦い淋しさがふつふつと 湧き起こって来た。忽ちのうちに僕は堪らない後悔の内に居た。 僕は渡されたペンで、元染みの有った処に其れらしい模様を描い た。 「其れが君の心情なのかい」 「あゝ」 「難解だね」 「そふかな」 堪らない淋しさの裡で、僕は人知れず号泣していた。 彼(女)は本当に倖せだったのだろうか。
親父は相変わらずどうしようもない。母ちゃんが死んでから、更 に情けなくなったみたいだけれど…その前もきっと変わらなかった んだろうね。 話を聞かなくてもそんなの十分想像できる。情けないね。 それなのに、じいちゃん。何にも言わない。情けない息子に何も 言わない。それって見捨ててるってことでしょう? あたし、思わ ず訊いたわ。 じいちゃんは笑って言った。いいや、これでも頼りにしているの だがなぁ…。 なにそれ。あたし、呆れて物も言えなかった。どうしてそんなこ と言えるの? あのどこから観察しても、他のお宅のお父様方を並 べても、底辺で笑って手を振りながら胡座をかいてそうな親父。そ れが頼りになる? ねえ、じいちゃん。それって気のせい。絶対、気のせい。だって あの親父だもん。 じいちゃんは笑うばかりで、それからはもう何も言ってくれなか った。立ち上がって、どこかに行ってしまった。そして別にやるこ とのないあたしは、誰もいなくなった畳の部屋に寝転んだ。 畳はもう随分日に焼けてしまっていて、黄色い。数年前の大晦日、 こうしていたときの緑色の匂いを、仄かにだけれど思い出した。あ の時は確か、親父がおせちをひっくり返して、ばあちゃんと母ちゃ んに怒られてたんだよなぁ…とか。 「ばっかみたい」 つい口に出た。いや、もしかしたら意識してのことかもしれない。 でも、それ以上言葉は出なかった。部屋は、庭から直接やって来 る風の通り道となっただけになった。風はあたしを申し訳程度に撫 でただけで、じいちゃんが出て行った襖の向こうへと流れてゆく。 静かになった。 あたしは目を閉じた。なにやらの鳴き声、なにやらの香り。ささ やかな木と風の呟き。あたしはただ、耳をいつも以上に立てていた。 …明日香さん、今日も美紀は僕を情けないって言ってる。だめだ ね、あなたにも散々言われてきたのにねえ…。 そうそう、明日香さんの好きな花、ここに置いておくよ。今日買 ってきたばかりなんだ。それとこっちのは…お義母さんが持ってき てくださった。同じ花。…飛び出したとはいえ、君のことはやっぱ り、ご両親が一番知っているんだよ。 お義父さんにちゃんと言ったよ。明日香さんは僕ができる限り幸 せにしました、でも亡くなってしまった。だから、それ以上に美紀 を大切に、幸せにするつもりです、って。 お義父さん…ありがとう…だって。 「ばっかみたい」 つい口に出た。いや、もしかしたら意識してのことかもしれなか った…。
男の前に男が立っている。正確には、腹部に銃弾を受けた男を 黒服の男が見下ろしている、というべきか。 面識がないが、黒服の男が何者かくらいは男には容易に 想像がついた。 「……お迎え、か?」 「はい」 仮面のような笑みを顔に貼り付けて、黒服がうなずいた。 男の人生は、一言で言えば最低の人生だった。 物心ついたときにはすでに孤児院の中に入っていた。 男にしょっちゅうイタズラをした孤児院の職員に よれば、雪の降る凍えるような日に孤児院の前に 捨てられていたそうだ。 もう少し見つかるのが遅ければ死んでいたらしい。 そっちのほうが良かった、と男は常々考えた。 孤児院を出てからは何でもやった。生きるために。 殺人、強盗、売春、麻薬の売人…… およそ犯罪と名のつくことなら何でも。 そして、今この状況に至ったわけだ。 強盗に入った先の店主の撃った銃弾は正確に 男のへそのよこにもう一つ、穴をあけた。 「まあ、なんでもいいや......早く連れてってくれ」 「私どもは直接手を下せないのです。あなたが絶命するのを 待たなくては、連れて行くことはできません」 「……なあ、地獄って、本当にあるのか?」 「はい」 「やっぱ俺、そこに行くのかな?」 「いえ」 「……?何故だ?俺は今まで数え切れないほどの 悪行をこなしてきたんだぞ?」 黒服の表情は変わらない。 「定員オーバーなのですよ」 「……なに?」 「すでに地獄には罪人があふれ返っておりまして。 我々の規定する地獄行きの罪人があまりにも多すぎまして、 予約待ちの状態なのです。予約する人などいませんけど。 あなたはこの後輪廻に従い、猫に転生する予定です」 男は呆気に取られた。 そして、人生で最初で最後の、心からの笑みをもらした。 ……猫か。悪くない、な。 眠りに落ちる安らぎの中で、男はそう思った。
沙知は空を見上げながらため息をついた。 遠くに方には工場の煙からモクモクした灰色の煙が出ている。 町の方を見渡すと、重たいカーテンを閉めたようにどんよりとし た空が広がっている。 わたし達四人は丘の上を登っている。ちょっと運動しただけでも すぐに息が切れてしまう。もう昔のように若くないことを痛感させ る。 「ほらっ急いで」 綺麗な赤い唇をパクパク動かしている葉子は縁日の時に見た金魚 を思い出させる。彼女に手を引かれた良太が、この前買ってあげた お気に入りの靴を履いている。その人形のような小さな足を仕方な く進ませる。 「ねぇおねえちゃん、ぼく達どこに行くの?」 上目遣いに黒飴のような瞳がたずねる。不安そうな声。 葉子が困ったようにちょっと笑いながら首を傾げ、わたしの方を 見た。 ただ、わたしを見ていた。 何かを手にいっぱい抱えながら走ってくるのは…沙知だった。 満面の笑みを浮かべながら手にしている物はラムネの瓶。 薄い緑色をした瓶をわたしの前に差し出した後、葉子と良太にも それを手渡す。 カラン、と涼しい音を残して瓶の中の青いビー玉が落ちる。 「びーだまっ」 良太は両手でしっかりと持って、ビー玉を食い入るように見つめ ている。キラキラとしたビー玉みたいに。 子どもは笑っている方がいい。ラムネを飲んでいるときのように。 「おばーちゃん飲まないの?」 葉子がわたしの横で急かす。 ラムネが好き。 ビー玉も好き。 でも、もっともっと沙知と葉子と、それに良太が好き。 沙知が瓶をくわえて一気のみをしている。口の端から滴る雫が地 面に落ちて滲んだ。 わたしは、ほーっと長いため息をついた。 三人が美味しそうに飲んでいるのを、目を細めて見る。 卵の黄身のような形をした太陽が、山の間にゆっくりと身を沈ま せていく。 初夏のことだった。
ミエナイキコエナイカンジナイ。 闇の中にいるのは私…? ミナイキカナイカンジエナイ。 今私は、何処に居るの? 「――ゃん」 どしゃぶりの雨が降っている。もう何日も降り続いている…。 「―ちゃん。」 目の前に少年が見える。見慣れた少年、其れは近所に住んでいる 評判の良い…… 「お姉ちゃん!!」 はっと気付くと自分の居る場所、その景色が一気に瞳の中に飛び込 んできた。私はよく来る洗足池にいて、木に寄りかかっている。何 故其れが判らなかったのだろう。そして少年を改めて見る、その数 秒後にやっと少年の名前を思い出した。忘れていた訳じゃないのに …。 「南君、どうしたの?」 その言葉を掛けると少年は少し悲しそうな、寂しそうな、何だか複 雑な表情をして 「お姉ちゃん、やっぱり気付いてないんだね」 そう言った。 南少年は確か小学生低学年だった気がする。礼儀正しい子で、か といって優等生という訳でもない、感じの良い子だった。ただ、時 々妙な事を口走る、例えば独りで居るのに誰かと会話している素振 りを見せたり、在らぬ方向を見て先刻の様な複雑な表情を見せたり …。其れから、少年は少し周りに比べて大人っぽかった気がする。 「今日は良い天気だね」 少年に言われてふと空を仰ぐと成程雲1つ無い晴天だ。清々しい爽 やかな風が吹いている。でも待てよ。先刻は確か…。 「あ、南。なにしてんの?」 少年がもう一人…。名前は確か…あれ、思い出せない。 「桜井、近所のお姉さんと逢ったから話し、してたんだよ」 「近所の?」 桜井少年は不思議そうな顔をして野球帽を外して、そして言った。 「僕には何も見えないよ」 どしゃ降りの雨が降っている。私の心のなかに…。
そこは教室だった。休み時間の喧噪に包まれたそれは、午後の緩 やかに傾く暑さの中で、夢と愚劣に満ちていた。 後ろから入ってきた少女が何か物を落とした。近くを通りかかっ た少年がそれを拾い、少女に手渡した。少女は顔を笑みに染めて 「ありがとう」の一言。しかし少年はごもごもとしか言葉を発する ことが出来ず、自分を恨みながら自席に戻った。 時間の駆け足は速く、喧噪の中、聞こえたか聞こえないかのベル で授業が始まる。しかし少年は集中するべき授業と自覚しながら、 集中できずにいた。身体の不調というわけでも、午後の陽気に逃げ 出したくなったわけでもなかった。 少女の席と何の接点さえない後ろの席で、少年は少女のことを気 にしていた。 先生が少年を指す。「ここの活用形は」少年は内心慌てるが、机 に開かれていた教科書から答えを見つけると「終止形です」と何事 もなかったようにはっきり答えた。「果たして本当に終止形だろう か。」少年は沈黙する。 そんな少年をよそに授業は流れ、今度は静寂の中でベルを聞いた。 少年は足早に教室を出ていった。 教室に喧噪は無かった。少年の机のそばで少女が少年に笑いかけ ていた。「ありがとう」それに対してどういたしましてと返した少 年の動作にはぎこちなさは無かった。「優しいのね」「ありがと」 「どういたしまして」少女は少年の口調をまねたようだ。二人は楽 しそうに笑った。 喧噪の中だった。少年は居眠りをしていたようだ。少女は前の方 の席で授業を受けていた。少女のことが前より強く気になっていた。 しかし見つめるしかない。 喧噪の中だった。授業が終わって、少女をはじめ、誰もが帰り支 度を急ぐ中、少年は虚空を睨んでいた。徐々に喧噪も小さくなる。 そして、少女が出ていく。こちらを見るような気がしたが、そんな わけは無かった。少年は「サヨナラ」もとい「さようなら」さえ言 えない。まだ、夏だった。
瀬川奈純、早馬裕行。出席番号が1つ違いで席は隣同士。 自分で言うのもなんだけどマジメで頭の硬い私に対して、お調子 者でふざけてばかりの彼。私は彼が嫌いだった。というか、苦手だ った。 彼は私が苦労してやった宿題、5分で写しちゃうから。 彼はすぐに私のこと「眉間に皺寄ってるぞ」ってからかうから。 彼は私が怒るようなことばかりするから。 彼は私が怒っても笑ってるから。 彼は何を考えてるのか全然わからないから。 気が付くと、頭の中は彼への怒りと不満でいっぱいだった。 他の事を考えたくても彼は目立つから目に入ってしまう。いつも いつも、彼を中心に起こる笑い声。 私と彼が日直だった放課後。日誌書くの絶対サボるだろうなって 思ってた彼はちゃんと来た。そのくせ手伝うわけでもなく、ただ私 の顔を見ているだけ。2人きりの教室。 「なんかさー」 「何?」 「瀬川って、セロリ」 ……。 「セロリって、あの野菜のセロリよね」 確かめた私に、彼は珍しく神妙な顔で頷いた。 セロリ。 私がこの世で唯一嫌いな食べ物。 友達の中でも嫌いな人が圧倒的な野菜。 私がその、セロリ? 不満だったけど、とりあえず私は少し考えて言った。 「じゃあ、あんたはピーマン」 「何それ、どういう意味?」 「頭の中、空っぽってことよ」 「ひっでえなー」 彼は笑った。その顔が赤いのは、窓から差し込む夕日のせい。 ……よね? 次の日の休み時間、新聞部の子が席に回ってきた。アンケート。 好きな野菜と嫌いな野菜。……一体どんな記事なんだか。 とりあえず、嫌いな野菜は迷わずセロリ。好きな野菜も少し考え て口にする。 彼女は次に彼の方を向いた。多分アンケートに気づいていたんだ ろう。彼女が声を掛ける前から彼は友達とこっちを見ていた。 好きな野菜は、何ですか? 「早馬はあれだろ? ほんと好きだよなー」 「あれが大好きっていう人も珍しいって。俺、大っ嫌い」 「そうそう、あれ」 「セロリ!」 チャイムが鳴り友達が散ると、彼はゆっくりと、どこかぎこちな く私の方を向いた。少し不機嫌そうに。ちょっと気まずそうに。 「偶然じゃ、ないからな」 それから私は、多分彼よりもっと不機嫌そうに言った。 「私は偶然だからね」 不覚だった。 『好きな野菜は、何ですか?』 ピーマン。 彼がおかしそうに笑う。 「期待していい?」 「偶然だって言ってるでしょ!」 そう。これは本当に偶然。 絶対、……多分、本当に。
「なぁ、またシャボン玉なんか飛ばしてるのか。なんでいつもそん なことばっかしてるんだ?」 いつものように、縁側に座ってシャボン玉を飛ばしてる僕に向か って義兄は云った。 「綺麗だからさ。」 「綺麗だからって………、そりゃあ、確かに綺麗だけど。こう毎日 飛ばしていて飽きないのか?」 「飽きないよ」 「わっかんねぇなぁ、ま、お前も女だったってことかな。」 「何言ってるんだよ!この馬鹿!」 「はいはい、じゃ、俺は部屋ん中に入ってるから、風邪ひかない内 にさっさっと切り上げろよ」 「ああ、そうするよ!」 「そんじゃあな」 そう云って、彼は部屋の中に入っていった。 「まったく、もう………。」 そう云いながらも、僕はシャボン玉を飛ばし続ける。 シャボン玉は夕日に照らされてきらきらとひかる。 何故シャボン玉を飛ばすのか。 彼にはああ答えたけど、本当はもっと違う理由がある。 それは、自分のため込んだものを飛ばすため。 自分が感じた怒り悲しみ喜び……、そういった思いを空に向かっ て飛ばすための。 そう云ったものを詰め込んでいたら日常を過ごしていけないから。 シャボン玉は僕の喜びや悲しみの色に染まってキラキラと光る。 途中で壊れてしまって、その中の想いが僕に降り注ぐこともある けれど、そういうときは仕方ないからその想いを受け入れる。 「まだ飛ばしてるのか?本当に風邪ひくぜ」 突然声をかけられて振り返ると、彼が立っていた。 「あ、悪い。そろそろ止めるよ」 そう云って、僕は立ち上がった。 まだ、消えずに残っているシャボン玉を見て思う。 彼は、僕の想いに気づいているのかな。と。 「ん?どうかしたのか?」 「いや、何でもない」 「そうか?なら別に良っか」 そんなことを話しながら、僕らは部屋の中に入っていった。 ああ、僕は明日も明後日もシャボン玉を飛ばし続けるだろう。 喜びや悲しみ。そして、伝えることの出来ない彼への想いを空へ 逝かせるために。 彼との日常を過ごしていくためには、この想いを伝えるわけには いかないのだから。 部屋にはいると、彼は云った。 「明日も晴れると良いな」 「なんで?」 「そうすれば、また明日お前がシャボン玉をとばせるだろ?」 「ああ………、そうだね」
ピィーー……。 高く、大きな笛の音がコートに無情に響き渡った。 ……終わった……。 観客の声がやけに遠くに聞こえる。 「さあ、並んで」 審判が、そう僕らをうながした。 「はい…」と力無く答えた。 悲しくはなかった。ただ、ただ悔しかった。 チームメイトの中には泣いている奴もいる。こういう時、淡白な自 分が無性に嫌になってくる。 ふと、相手チームを見ると喜び合っている中に見なれた顔がこち らを見ていた。幼なじみの秀人だ。 ゆっくりと秀人はこちらに近づいて来た。 「良かったな…」 先に気まずそうな秀人にこう言った。 「ああ…」 次に秀人がなにか言おうとした瞬間、向こうで秀人のチームメイト が秀人を呼んだ。 「呼んでるよ。じゃあな。」 まだ何かを言おうとしてる秀人にそう言い残し、僕は体育館をあと にした。 ……「なあ、バスケしようぜ」 あれは、いつだったか。詳しくは思い出せない。 急に秀人がそう、話を切り出してきた。 「でも、ゴールだって無いのにどうやってやるんだよ」 そうすぐに聞き返したが、その答えは案外簡単に出てきた。 「自分達で作ろうよ」 それから、僕らは毎日のように試行錯誤を繰り返し、ゴールは完成 へといたった。 ゴールといっても、貧弱なものだったが、それでも良かった。 ただ、ゴールがあるというだけで良かったのだ。 「来い! 秀人」僕はそう叫んだ……。 とぼとぼと夕陽に背を向け、帰っていた。 毎日、何の変化もない帰り道。だが、この日は違っていた。 いつもは、気にも止めない空き地になにかポツンとした物が見えた のだ。足は自然とそちらへ吸い込まれていった。 それは……、それは、バスケットのゴールだった。昔、作ったよう な……。 それから、座り込み、時間を忘れ、ゴールに見入っていた。 すぅーっと、一筋の涙が頬をつたった。 なんだよ…。悪態をついても次から次ぎへと涙が流れてくる。 キィー……。甲高い自転車のブレーキの音が聞こえた。とっさに涙 をぬぐった。 見ると、秀人が立っていた。 「家に行ったんだけど、まだ帰ってなかったからさ…」 秀人が独り言のように呟き、横に座った。 僕はしばらくの間、なにも言えなかった。 二人の間を初夏の心地よい風が吹き抜けていく。 急に秀人が立ち上がりこう言った。 「なあ、バスケしようぜ」 あの時の言葉……。そうか。そうだよな。 「来い! 秀人」 ここはただの空き地。だが、二人には立派な『コート』だった
パチッ……。デスクの電気が一つ消えた。 「ふぅ、やっと課題終わったよー。美希は?」 デスクの前に座っていた少女が背伸びをしながら後ろにいる美希に 問う。 「私もあと1問 だよ、麻里」 「お、がんばれ。ったくそれにしてもお腹空いたよぉ」 麻里が不満そうにいう。お互い課題をこなしベットに腰を下ろし眠 りにつくまでの時間を過ごす。 「麻里っていつもお腹空いたーしか言わないよね」 「うるさいなあ、人間の美希には一生わかんないことなんだから文 句いわない」 ぷうっと麻里の顔が膨れてしまった。彼女の態度も気にせず美希が 言い返す。 「あたりまえじゃない、私は吸血鬼じゃないんだから」 彼女の言葉に一段と膨れる麻里の頬。この会話、なんとも奇怪だ。 吸血鬼……。麻里は実のところ吸血鬼なのだ。いつからか彼女は美 希の部屋に居候していた。彼女が吸血鬼だと知っているのは美希だ け。言ったところで誰も信用しないだろう。 「ねえ、ちょっとだけ……だめ? 」 しばらくの沈黙のあと麻里が手を合わせて美希にいう。 「えぇ〜、嫌よ。あんたの牙って痛いんだもん」 「吸血鬼の牙は私のじゃなくても痛いっつーの!」 軽くつっこみを入れる麻里。 「人間はいいよね。お腹が空いたってコンビニだのに行けばいいん だからさ」 突如真面目なことを言い出す麻里に美希の方が調子を狂わされてし まった。 「どうしたのよ、麻里?」 「吸血鬼って映画とかで残酷だみたいに出てるけど、人間ってそん なこという資格あるのかなあ」 「どういうこと」 美希が聞き返した。 「人間は動物とか殺して、食べてそれで生きられてるわけでしょ。 吸血鬼だって同じ事してるだけじゃん、殺してないけどね。血がな いと生きれない、だから頂く。人間のしてることと何が違うの」 「それは……」 麻里の言っている事は決して間違っているわけではなく、だからこ そ美希は何もいえなかった。麻里が好きな時に好きなだけお腹を満 たす事ができないのは美希もよくわかっていた。それなのに指摘し てしまい美希は申し訳なくなってしまった。 「ご、ごめん。……私の血いる?」 美希の優しい言葉に麻里の目が輝いた。そして激しく頷きありがた く頂戴した。 やっとこさ、2人は床についた。心中は様々である。美希は今後 発言には気をつけようと思い、そして麻里は……。 フフ、美希って甘いなあ〜、今度からあの手で頂こう〜っと。 いたずらな吸血鬼と美希の夜は今日もふけて行く。
人類は上昇気流にでも乗ったかのようだった。 数々の難病の治療法が発見され、国どうしのごたごたも消えうせ、 各国の景気はよすぎるくらいだ。 それだけならいいが最近どうもおかしい。 上昇気流にのったのはいいが、高度を上げすぎではないだろうか。 そのことに気がついたのはひとりの坊やだった。この坊やは目に 見えないなにかを見ることができる能力があるらしい。 坊やの父親、母親、友達、学校の先生。みんながみんな調子がい い。運がありすぎる。これだけじゃない。最近、人の失敗談たるも のを聞かない。そうすると、成功者ばかりなのである。ニュースも 変だ。毎日、炭酸の抜けたジュースのように、甘く、穏やかで、刺 激の少ない話題ばかりだ。 坊やは知っていた。個人差はあるものの、人がこの世に生まれて から死ぬまで、使える運の量は決まっている。 すると、人類全員が運気を上昇させたのにはなにかがあるんだ。 なにかが。 例えば――。 ある日の夕方。 坊やは遠足用のリュックの中に食料をつめこんで、庭で飼ってい る犬の頭をひとなでして、家を出た。 その時も、母は言った。 「あら、どこに行くの?気をつけてね。まぁ、事故に遭う可能性 も変な事件に巻き込まれる可能性も、今の時代じゃありえないから ねぇ」 坊やは街を見下ろせる小高い丘に上り、近くの岩に腰を降ろした。 街は、夜のひとときを迎えいれようとしていた。家々の窓に夕日 のオレンジが反射し、坊やにはきれいに見えた。 「僕の考えが正しければ……」 その時、青白い光を放つ円盤が群れをつくり、夕焼けの空を一瞬 にして覆い尽くした。 街の人たちは、窓から、庭先から、その円盤を見上げていた。き っと穏やかな表情で「どこの店のPRかしら」などとでも言ってるの だろう。 その数々の円盤の底から、テニスボールくらいの円球がぱらぱら と落ちてきた。 それが地面に落ちた瞬間、耳を突き破るような轟音と共に、あち こちで夕日と違ったオレンジ色の火柱が立っていた。 そして坊やの住んでいた街は一瞬にして……。 坊やは、廃墟となった街を見下ろし、坊やなりにこぶしを強く握 り、そのあと声を立てずに泣いた。
ジャージに着替え、スニーカーの紐をきつく縛ると、まっすぐに見 据えて私は走り出した。優しい風を全身に感じた。空は青く晴れ渡 り、白い雲が薄く空にかかっている。風に乗って香る緑がおいしく て、私は大きく息を吸い込んだ。体中に充満する緑、地を力強く蹴 るリズム、髪をなびかせる優しい風。懐かしいこの感じに、体中か ら喜びを感じた。 家を出てしばらく人家の並んだ通りを走ると、草や木の生い茂った 茂みがあり、そこに目立たない小さな小道が伸びている。なだらか な上り坂になったその道を、一気に駆け上る。その道の果てにみえ る、あの景色を頭に描きながら。 坂を上り切り小さな丘にでた私は、ゆっくりと足を止めた。視界一 面に広がったのは、大きな大きな青い空と、大きな大きな青い海。 春の空の薄い青が、波打つ海の深い青に反射して映ってている。ど こまでも続く空と、きらきら揺らめく海。空が海を包み込むようで もあり、海が空を包み込むようでもあった。 私は息を弾ませながら、言葉も出ずにそれを見つめた。涙が出そう だった。背中にじんわりと汗を感じた。風が心地よく私を吹いた。 太陽が眩しく暖かく照っていた。胸がいっぱいだった。 「そう・・・これが、見たかったのよ」 その場に立ち尽くし、いつまでもそこにいたかった。この壮大なる 自然。こうしていると、私もこの一部なんだという感じがしてきて、 何とも言えない感動に包まれる。これが見たかった。感じたかった。 包まれたかった。 明日、私はこの街を立つ。両親の都合で引っ越すのだ。勝手な両親 に必死で抵抗したが、私に選択の余地はなかった。大好きなこの街 から、遠く離れた都会へ。そこに、海は、ない。 「ここに来れるの、久しぶりだったのにね。もう、これで最後にな っちゃうみたい・・・」 涙が溢れた。拭っても拭っても、とめどなく溢れた。悔しくて、腹 立たしくて、悲しくて、切なくて、この海が愛しくて。この場所が、 この偉大なる自然が、たまらなく愛しかった。 風が優しく涙を拭った。太陽の光が暖かく撫でた。波のきらめきが ささやき慰めた。空が大きく大きく包み込んだ。 いとおしかった。全てが。 「私、走り続けるよ。どこまでも、いつまでも。そして、きっと・・・ ここに戻って来るから・・・」
彼女の微笑みは梢だった。 銀白の輝く冬でもなく、物悲しく木の葉の舞う秋でもなく、緑萌え たつ春の梢だった。その年に生まれたばかりの小さな新緑を思わせ る春の梢だった。それはいましも折れてしまいそうに儚く、いつも 僕を不安にさせた。 だから僕は細心の注意を払って、彼女に接した。 いついかなる時も彼女の柔らかい幹を傷つけぬように、その梢が折 れてしまわぬように。 彼女はそんな僕の心がけに気付いているようだった。二人で付き合 おうと決めた時も「ごめんなさいね。気を遣わせちゃって」が彼女 の恋人として発した第一声だった。このことからして間違いない。 僕は笑って「そんなことないよ」と返しながら、弱々しく笑みを浮 かべる彼女絶対傷つけまいと心に誓った。 僕たちの生活はそれなりに幸せだった。僕らは他愛もない雑談に花 を咲かせ、世間の恋人達と同様によく笑い、遊んだ。僕がくだらな い冗談を飛ばすたび、彼女は梢をふわりと揺らし、僕はそれが激し くなり過ぎやしないかと肝を冷やした。 だが、終わりは速かった。 無理だったのだ彼女を傷つけずにいることなど。たとえそれが可能 だったとしても、僕はまだ若すぎた。年取った賢人のように彼女の 全てを受け入れる器がまだ僕にはなかった。 実際、彼女との間に亀裂が生じたのではなく、僕がこの状況に音を 上げてしまったのだから。 僕は包み隠さず彼女に話し、そして「別れよう」と言った。 言い終えた途端、ひどく後悔した。 僕は無慈悲な子供の手となり、無造作に、若い小枝を折ってしまっ たのだ。本当に、なんのためらいもなく。こんな無価値な意気込み はあるのに、そのくせ、僕は彼女と目を合わせる勇気すらもてず、 足元ばかりを見つめていた。無残に折れた小枝を見るのが恐かった。 しかし、意に反して、梢は折れやしなかった。それどころか、強い 風に煽られながら踊るように揺れた。暴風の中、美しく舞った。 僕は失念していたのだ。若葉は強い。いくら風に吹かれようが、踏 まれようが、あんなにもたくましく生きているではないか。 結局は僕の勘違いだった、梢のことも彼女のことも。 「いやよ」 そう言った彼女の微笑みは光を受ける若葉のように明るく眩しかった。
7月のある夜、石の姿の精が2つ、地上に降りた。織姫という名 の石と彦星という名の石。2つの運命は出会い。そして……。 朝、道路に石が落ちている。先程カラスに運ばれてきた。日陰に ありながらもキラキラ光っている。多くの人はそれを見過ごしてい く。 星野明彦は道路で孤独に光っている物を見て確信した。金だ。拾 ってみると七色に輝く石だった。金ではないがきれいなので、ポケ ットに入れた。見かけより軽かった。 彦星はこうして運命の流れに乗った。 その日の夕方、織姫と彦星は再会を果たした。 「星野君」 「あっ、沙織……さん」 姫崎沙織と明彦は幼なじみで同じ小学校に通っていた。沙織は私 立中学に行ってしまったので、中学は別々だった。昔と同じロング ヘアーだったが、ずっと大人びていた。 「そばに住んでるのに全然会わなかったね」 昔は明彦、沙織、と気軽に呼んでいたのに。 「星野君、身長延びたね」 小学校の時は明彦の方が十センチ位低かった。その時は沙織が怖 いぐらいに思えていたが、今はかわいいと思える。 「元気? 」 「うん、元気。星野君は? 」 「元気だよ」 平凡だった。しかし、心が震え出すのを感じた。前はこんな感じ はなかったはずだ。 もっともっと話がしたくて、思い出の話を持ち出した。今、二人 の共通の話題といえば限られてくる。幼稚園、小学校の時の先生や 友達とのこと。沙織はまだ好きなバスケを続けているのだろうか。 「小公園のブランコ覚えてる? 」 「みんなで乗って壊しちゃったんだよね」 「そう、それでみんなで怒られて」 明彦は心が体を飛び出そうとするのを抑えられなかった。そうだ。 二人で小公園に行こうか。 「そういえばね、あそこにマンション建てるんだって」 「えっ」 「今小公園で遊ぶ子が少ないんだって」 少子化……。 思い出の場所にもう一度沙織と行きたい。 「こんにちは、沙織ちゃん」 明彦の決意を邪魔したのは、明彦の母親だった。 「明彦、まだテスト中なんでしょ」 テストなんて。 「頑張らないと、本当に落第しちゃうわよ」 テスト。思い出。落第。沙織……。それにしても沙織の前で落第 なんて言葉を使うなんて。 「じゃあね、星野君。テスト頑張って」 地面にたばこの吸い殻が落ちている。弱弱しく火が残っていた。 だめだ。今の僕には、この流れに逆らうことができそうもない。 「ありがとう。バイバイ」 ポケットの石が僕の心を押しつぶすかのようだ。 沙織……。
『紫成』。それがこの星の名前。表面半球は常に恒星に面してい るため、生物の住む事が出来ない。生き物はすべて陰に隠れた背面 半球に住んでいる。『紅月』と『蒼月』が恒星の役割を果たし、背 面半球を照らしている。紅月と蒼月はその名の通り紅い月と蒼い月 である。空には常にどちらかの月が昇っていた。月の色は光にも影 響し、紅と蒼の光が交互に大地を照らしている。夜がないせいか、 もしくは月の光のせいなのか、人類全体が視力障害にかかっていた。 障害には2種類あり、蒼い瞳を持ち紅月には視力を失う、蒼可視人 種と、紅い瞳を持ち蒼月には視力を失う、紅可視人種に分かれてい る。 昔から争いもしばし起こったが、ここ400年近く大きな争いは 起こっていない。だが、未だに両人種の婚姻だけは堅く禁じられた。 歴史的背景からの理由もあるが最大の理由は子供の持つ瞳に問題が あった。両人種の間に生まれた子供は例外を除いて必ず左右の瞳の 色が異なって生まれるのだ。そのため子供は生まれた月の色によっ て片目を抉り取らなければならなかった。そんな子供を悲惨に思う ために両人種の婚姻は禁止されている。子供の瞳を恐れて……。 年に一度の『紫空』の日。二つの月が両方空に昇りすべてを紫色 に染める。この日は紅可視人種も蒼可視人種も視力を失う。見える のは僕たち紫色の瞳を持つ人間だけだ。『紫(シ)』、僕らはそう 呼ばれている。両人種の間に時々生まれ、人々からは異端児として 嫌われていた。僕らはシ(死)を意味する子供だからだ。 この施設は紫だけを集めている。僕らに汚い仕事をさせ、地下に 押し込めていた。僕らに人権はなかった。ただ紫空の日にだけ、外 に出ることを許された。 ここで僕はメイと出会った。ばさばさの髪をしていつもうつむき 加減にしゃべる彼女。そして誰よりもきれいな紫の瞳持ち主だった。 『どうして私は生まれたの?』 そういって彼女の瞳は輝きを増す。彼女はここに来て半年もせずに 自殺してしまった。両目を抉り取って死んでいた。 階段を上り、閉ざされた扉を力いっぱい開いた。その先に広がる 空。目にするのは約1年ぶりだ。 「空だ。僕は空を見ている」 空には紅月と蒼月。流れる涙さえ紫色に染まる。紅でもなく、蒼で もなく。
作品受け付け─── 5月20日〜6月20日
作品発表 ─────7月1日〜
人気投票受け付け ─7月1日〜7月28日迄
投票結果発表 ───7月31日
●第4回高校生の部1000字小説チャンピオンは
Ruimaさん作
『セロリ』に決定しました!!
Ruimaさん、おめでとう。
心より感動の拍手を贈ります。
| 作品 | 票 |
|---|---|
| セロリ(Ruima) | 5 |
| とある日、とあること(さえ) | 2 |
| お迎え(すずのすけ) | 1 |
| ラムネ(青) | 1 |
| ZERO(中里 幸) | 1 |
| 紅でもなく、蒼でもなく(トト♂) | 1 |
●セロリ(Ruima)
●とある日、とあること(さえ)
●お迎え(すずのすけ)
●ラムネ(青)
●ZERO(中里 幸)
●紅でもなく、蒼でもなく(トト♂)
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