第5回高校生1000字小説バトル
Entry5
初めて少女と出会ったのは、僕が精神科の医師となり2年がたっ た頃だった。彼女はまだ10歳。大人達に囲まれて俯いていた。 意外だった。年不相応の暗い表情を除けば、彼女はどこにでもい る普通の小学生に見えた。本当にこの子が、1クラス分の生徒と教 師を病院送りにしたというのだろうか? 資料によると、この少女は不思議な声の持ち主だという。いや、 正確には歌声の。 彼女が小学校に入学してすぐ、音楽の授業中に皆が倒れたと言っ て彼女自身が119番通報してきたらしい。全員の診断結果は「麻 薬中毒の症状に酷似している」。それから、回復した者の話などに より原因が少女の歌声にあったことがわかった。 「この薬を飲んでから、ヘッドホンを耳に当ててください」 僕が言われた通りにすると、ヘッドホンから歌が流れ始める。 それは、とても綺麗な歌。全てを忘れてしまうほど。 「この少女が歌ったものです。薬は、抗麻薬剤のような物です」 なるほど。僕は一瞬で納得した。この声なら、それだけの力があ っても不思議じゃない。 少女は当然かもしれないが歌うことを禁止されていた。歌いさえ しなければ、彼女は普通の子供と同じだったから。 けれど歌を禁止された少女は、一緒に笑顔もなくしてしまった。 飛べない鳥のように元気を失っていった。だからといって自由に歌 わせてあげるわけにもいかず、少女はここに連れて来られた。 けれど僕も先輩達も少女を助けることはできなかった。僕達が薬 を飲んだ上で少女に歌わせてあげようとした時も、彼女は頑なに首 を横に振り、歌おうとはしなかった。 そんな彼女が、ある日満面の笑顔を浮かべて僕の診療室に訪れた。 出会って1年。初めて見る笑顔は眩しいほど明るい。 驚いた。それに嬉しかった。けれど何があったかすぐにぴんと来 て慌てた。 「歌ったんだね? 一人で?」 「違うよ、聞いてもらったの。涼ちゃん!」 少女に呼ばれた青年は部屋に入るなり言った。 「僕は耳が聞こえません」 「え?」 「涼ちゃんが、私の歌を聞いてくれたの」 「……本当は聞こえていなくても、君は満足なのかい?」 「ううん、涼ちゃんは聞いてくれたよ。今までの誰よりも」 僕は少女が青年に向かって歌う様子をガラス越しに眺めた。 嬉しそうな少女と青年。 ああ、本当だ。確かに彼は聞いている。 耳が聞こえなくても、彼は心で聞いているんだ。 ……もう、彼女がここに来る必要はないだろう。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。