第5回高校生1000字小説バトル
Entry6
いくぶん暑さも緩んだ夕方、俺は彼女と会うために待ち合わせの店 へ歩いていた。 高校卒業以来会っていなかった彼女から、会わないか、と電話がか かってきて、高校の頃に俺がよく友人を連れて通っていた、夜に酒を 出すジャズ喫茶を指定されたのは、ちょうど夏休みが始まってすぐの ことだった。 「あそこ、演奏が始まるのって何時だったっけ?」 「えーと、六時」 「じゃ、五時にお店ねー」 この店に来るのも久しぶりだなあ、などと考えながら、俺は店へと 続く階段を降りていった。俺は、俺がいつも座っていた店の奥の席に 彼女が座っていることを確認すると、彼女に近づいていった。彼女は 黒のワンピースにミュールをつっかけて、長い栗色の髪を指先でもて あそびながら、ピアノの音の流れにのっていたようだった。 「わー、久しぶりー。変わってないね」 「お前は・・・変わったな。なんか綺麗になった感じだ」 「ありがと」 彼女が恥ずかしそうに微笑むその仕草を、俺はじっと見つめていた。 何を隠そう、俺は卒業式の日に彼女に告白しようとしたのだ。結局、 その勇気がなくてできなかったんだけど。 彼女は俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、気を取り直すように して俺の方に向き直った。やがて、演奏が始まった。 「実はね、私、留学するの」 「留学? へー、おめでとう。で、どこに?」 「イギリスよ。それで、あなたには言っておこうと思って」 俺はその時平静を装っていたけれど、彼女に思いを伝えるべきかど うか、決めかねていた。これが最後のチャンスだ。どうする? 俺はど うすればいい? フラれてもいい。俺の想いをきちんと伝えておきたい・・・・・・。 「なあ、俺、お前のこと好きだ」 「え・・・・・・」 「今更って思うかもしんねーけど、ていうか俺も思ってるけど・・・・・・」 「え・・・っとさ、私、男で親友だったら、あなたが一番近いかなーなん て思ってたんだけど・・・・・・」 「いや・・・ただケジメつけときたかっただけだから、あんま気にしない でよ」 卒業式にフラれるのを先延ばしにしてきただけだろ、くそっ、落 ち込むな! フラれるのは覚悟の上だったはずだろ。フラれるの は・・・・・・。 気持ちの悪い沈黙が続いた。二人の間に、ジャズ・ピアノの流れ るような音色だけが響いていた。 俺は彼女に、悪いけど用事があるから、と言ってその場を去った。 彼女は小さく、あっ、と言ったけれど、俺はとにかくその場を離れ たかった。 店を出て、俺はただがむしゃらに走った。途中、転がっていた空 缶につまずいて派手に転んだ。 「あーっ、もう、人生やめてぇーっ!」 それでも、人生は続くのだ。
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