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第8回高校生1000字小説バトル
Entry1

作者 : 狭宮良 祇簾
Website : Deepsea2001
文字数 : 929
『貴方はきっと悲しんでいるのね』と彼女は云った。
僕は正直言って、独り言くらいにしかそれをとらえていなかった。
要するに、全く意味のないものだと思っていたのだ。
「如何して僕は悲しんでいるように見えるのかな?」
『どうして?』
彼女は半身を起こして緩りと僕を見た。動物園にいるパンダを見る
みたいに。まるで言葉を知らない未開の人のように。
その眼は純粋に不思議がっていた。
『貴方は自分を知らないのよ。悲しんでいるのが、私には分かるの』
──理由もなく悲しむのは止めなさい
僕は真剣に、本当に真剣に、理由のない悲しみのことを、ひいては
この世の全ての理由のない感情のことを考えてみた。
この一生で今迄にあったどんなチャンスよりもずっと、それは真剣
な思考だった。彫刻家ロダンは考える人のその姿について、真実に
深く考えることがあっただろうか。
『理由もなく悲しむことは、自らを卑しめることなのよ』
彼女が悲しんでいるのが、きっと僕には分かるのだ。

理由のない悲しみ。

その夜は明るいベッドライトの下で、昼と同じ顔をしていた。
彼女が悲しんでいるのが、理由などなくただ悲しむために悲しんで
いるのが、僕には分かるのだ。

あなたは きっと かなしんでいるのね  ……と彼女は云った。
其処には大きくて想像の仕様もないくらいに深い、理由もなくただ
存在するだけの溝がある。
本当に大きくて深い。想像の仕様もないくらいにだ。
僕も彼女も、それを越えることなど出来はしない。
溝の淵は夜を知らないままでそれを越えようとする僕等に、理由の
ない幾つかの感情を与える。
それは溝を覗き込む代わりに、長い時間をかけて僕等が編み出した
システムなのかも知れなかった。馬鹿みたいに長い時間をかけて。
「そういうものなんだよ」
と僕は言った。自らの言葉は事実を認める。
黙ることで責任を逃れる行為は、何年も前に既に時効になった。
仕方ない。もう皆大人になって仕舞ったのだ。
「そういうものなんだ。どうしたって避けられないし、避けようと
 思う方がおかしいんだよ」
彼女の未開の回路は、僕の言葉を聴いただろうか。
何にせよ、其処にはただ存在するだけの越えられない溝があるのだ。

あなたは きっと かなしんでいるのね
と彼女は云った。
それはもう過去のことである。






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