| エントリ1
ジャンケン らあや
今思えば、ジャンケンなんて勝ったことがないと思った。
最後のアイスを奪い合うときも 体育のバレーで先制決めるときも どっちが好きな人に先に告白するのかも。
全部勝ってない。今更ながらそう思った。
勝たないから、いいことなんて何にもない。
全部、奪われてきた。
…なのになんだろう今この展開は。
「ですから、あなたがジャンケンで私に勝ったら、このかばん、差し上げましょう。」
そこには札束の詰まったカバン。
一生働いてもたまりそうにない額。
「私は、旅をしているのです。…そう、人を探してね。しかしここ数十年、見つかる気配がないのです。探すのをやめようか…そんなとき!私はあなたに出会った!これも何かの運命です。もしジャンケンで私が勝ったら私はこの旅を続けようと…。もし負けてしまったら、この旅をやめることにします。ですから、あなたがジャンケンで私に勝ったら、このかばん、差し上げましょう。いらない物になってしまいますからね…」
どう考えても怪しい人。
しかもジャンケンときた。
「どちらかというと、私はあなたに負けて欲しいのです!…旅を続けたいからね。そう、なぜジャンケンかといいますと?私、ジャンケンでは負けたことがないのですよ。ですからジャンケン、しましょう?」
はじめから勝たないってわかってるのにジャンケンするなんて?
ばからし、あほらし
「ね、運試しだと思って…、はい、じゃーんけーん」
ポン
あ、出しちゃった。
いつもの癖でグーを出す。
目の前の人はチョキを出す。
…勝った??っ勝った!!
いきなりこみ上げる嬉しさ、思わず顔がほころんだ。
「…負けてしまいましたね、でもこれもまた運命。差し上げましょう。そして!…私のこの旅も終わりだ。最後の思い出をありがとう。ではまた!」
目の前の人は笑いながら私にカバンを押し付けて、後ろに後ろに走っていった。
もう一度考えてみる。初めてのジャンケン、 勝利。
「そこの君、止まりなさい。そのカバンを返すんだ」
振り向けばそこにはたくさんのパトカー。
手には拳銃。
「手を挙げなさい!そのカバンもよこすんだ!」
意味がわからないまま、手を挙げる。
このカバンは、何?
一人、警察が近づいてきた。
「君は若いのに…二人組みだったのか。もう一人は何処へ行った!」
訳のわからない私は何も言わずにいると、警察が無線を取り出した。
「…ね、それでは、逮捕します。手錠は…」
逮捕、手錠…逮捕!
私は一目散に逃げ出した。
右手には、大きなカバン。
ジャンケンして、勝ったんだよね?
なんで私、こんな負け犬みたいなの?
やっぱり、全てを通して負けてるじゃん。
エントリ2
夏休み ゆふな さき
ひとりっきりに疲れて、外に出た。灼熱の陽が、カタキのように照り付ける。人の気を狂わそうとしている。
とりあえず、コーヒーでも飲もう。
大学傍の喫茶店でアイスコーヒーを頼む。喉が渇く。ブラックのまま飲んでいる。ガムシロップを入れるのが、面倒くさい。
友人が入ってくる。
「おはよう」 朝っぱらから学校へも行かず、ダメな人間たち、だよな。
そう思って少し笑えた。
「なに笑ってんの」 とその子が聞いた。
午後にひとつ、テストがある。出席をほとんどせず、勉強もしていない。きっと落とす。出席したくない。
彼女の予定を聞いて見ると、ピアノのレッスンがあると言う。普段より二倍の時間あると言う。
実技のコースは大変だ。
作曲の人だって大変だ。彼らは最近、おたまじゃくしを紙に埋め込んでいる。斜め後ろに彼らがいる。和音についての話しが流れてくる。コップの仲の溶けた氷を、投げつけたくなる。何故、人は勉強しなくてはならないのだろう。そうして、何故、働かなくてはならないのだろう。
「今日のテストは?」
彼女に聞かれ、
「落とすから」と言った。そうして彼女に、
「あんたもあるでしょ?」と聞くと、
「もういい」と、答えられた。
実技以外、落とす気らしい。
「留年するつもり」
「就職に不利」
「自分もでしょ」
「うん」
就職。みんな次々決まっていく。どうでもいい。今、暑いってことしか、わからない。
「就職したい?」
「どうかな」
雑誌でも取り出して、回し読みをしよう。私は知識がないから、彼女に教わる。芸能人のこと、新しいバンドのこと、これからのイベント、このバンドがいい、とか、これはルックスだけいいとか、音がいい、ノリがいい、とか。私は質問ばかりしている。そのたびに話が途切れる。
コーヒーを、飲み終わった。
「どっか行く?」
「だからレッスン行くって」
「つまんない」
「帰ってきたら遊ぶ。ってかテスト勉強したら?」
それもそうだ。
ああ、もうすぐ夏休みが始まる。どこへ行こう。ライヴに連れて行ってくれるという。飲み会を開くという人もいる。
「ああ、いやだ。何にもしたくない」
小さな声でつぶやいた。
「勉強?」
そう聞かれて、曖昧に笑った。
「就活?」
苦く笑った。
「逃げると辛いよ」
しばらく、その言葉を飲み込む。逃げると辛い。そっか。
とりあえず、午後のテストに向かう。陽はさらに強く、生き生きと輝いている。
もうあと少しで、夏休みです。
エントリ4 古傷 相川拓也
ふと目が覚めて、男は居間へ来た。八月になったばかりというのに、部屋は肌寒ささえ感じさせた。男はコップに麦茶を注いで、飲みながらまた眠くなるのを待った。深い皺の刻まれた手を見ながら、妻の命日が近いな、と思った。ひゅうと寒気がした。男が振り向くと、女が立っていた。
男はぎくりとして、しばらく無言で女を見た。女もしばらく無言でいたが、やがて口を開いた。
「私を、覚えていますか」
少したどたどしいところのある日本語だった。
「ええ……忘れもしませんよ」
切れ長の目が妻に似ていた。
「もう六十年になりますね、あれから」
「ええ……」
「驚かせてごめんなさい」
男が戸惑っているのを見て、女は詫びた。男はいや、と前置きしてから言った。
「私を、恨んでおいでですか」
女は伏し目がちに黙っていた。
「そうでしょうな……。私も、申し訳ないと思っているし、後悔もしている。私はあの時、半ば自棄になっていたのです。特攻することが決まって、その時、誇らしい気持ちも無いわけではありませんでしたが、たった三年連れ添っただけの妻に、もう会えないと思うと、急に、空しさのようなものを感じて……。ああ、言い訳がましいですなぁ」
男は麦茶を一口飲んだ。女はわずかに目線を上げ、男を見た。涼しげな視線を注がれて、男は女に妻の面影を見てドキリとした。
「あなたの、そんな目です。慰安所で、この世に別れを告げようとしていた私は、あなたに、妻を投影していたのです。……考えただけで、おぞましい。妻は、実家の広島におりましてな……」
男は言葉をつまらせた。無言のままうなだれて、そのまま時が過ぎた。台所の窓は青みを帯びてきていた。麦茶は空気中に沈殿したかのように静止していた。下を向いたまま、男はぽつりと言った。
「特攻の前に戦争は終わった。あのまま死んだ方が、楽だったかもしれない……」
言葉を吐き出して、男は残った麦茶を一息に飲み込んだ。女の方へ目をやったが、女の姿はもうなかった。部屋はいつもの、過ごしづらい暑気を取り戻していた。男は静止していた。頭の中には、六十年前の、深く刻み込まれた記憶が渦を巻いてめぐっていた。古い置き時計の秒針の音が響く部屋を、窓から入ってくる朝が、青白く染めあげる。
「トシ子……」
男は妻の名を呼んだ。その声は部屋の中へ消えた。そしてゆっくりと、視線を仏壇の方へ向ける。すがるように妻の写真を見つめて、男は頭をたれた。
エントリ5
負けたような気分が大半 歌羽深空
いーとー巻き巻きいーとー巻き巻き、ひいてひいてトントントン。小さい頃近所の女子が歌っていた歌をつい思い出してしまった。そりゃそうだ、今まさに巻いているんだから。
正午のことだった。公園での散歩の帰りに便意をもよおし公衆トイレに入ったところ、便器の中から肌色の長い物体が床まで垂れているのを見つけた。なぜこんなものが、と抜こうとしても逆にどんどん物体は出てくるし、仕方ないのでそのまま用を足し、一緒に流そうとしても物体は全く流されない。むしろ一流しごとに少しずつのびているようだ。俺は少し興味を覚えた。
で、今この状態である。かなり巻いたはずだがなかなかその物体に終わりはこない。(おかしな事に、どんどん引っ張られている筈の物体は、便器の中に入っていたにもかかわらず、汚れても濡れていない。)巻くうちに少し気味が悪くなったが、このまま諦めて帰ってしまってはせっかく大便をした後なのにすっきりしないし、それより何より俺のプライドが許さない。
物体はどんどん出てくる。綱引きの綱のような太さそれは、人の肌のような感触、色をしていた。そういえば似たような物体を俺は見たし触ったし舐めたような気もした。なんだろう、なんだっただろう。少し悩み、俺は思い出した。この物体は二の腕に限りなく近いのだ。
“二の腕”はまだ終わらない。外では俺がこのトイレに入ったのを見かけた主婦が、なんて長いのかしらと笑っているかもしれない。小さい子供が、ウンコ漏らしちゃうよぉ、と騒いでいるかもしれない。だが、許せ外の者どもよ。俺は今、大事な任務を果たしているのだ。この物体をトイレから取り出すのだ……!
外は多分もう真っ暗だ。トイレには電気がついた。隣のトイレからは喘ぎ声がする。大方どこかの男女がホテル代わりにトイレで、と使っているのだろう。実際隣からは、隣に聞えちゃうよぉ、じゃあ聞かせればいい、など切羽詰った声が聞えてくる。そうだ、聞かせればいい(俺の性欲処理にもなる)。それに俺はお前たち以上に切羽詰っているのだ。
もう、何時間位経ったろう。いい加減辞めたっていいだろうと、自分すら思う。だが、巻ききってしまいたいと思った時点で、俺はこの“二の腕”を巻く魅力に負けてしまっているのだ。今俺は、隣のトイレが見えそうなほど足場に溢れているのに終わりの見えない“二の腕”との戦いを楽しんでる。
……あ、隣のトイレ、ゲイだったのか。
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