| # | 題名 | 作者 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 1 | ダ−クのささやき | 日下部水紗 | 1000 |
| 2 | さよなら | 摩宮 理久 | 901 |
| 3 | あめあがり | 有希奈 | 1000 |
| 4 | 猫よりもこの害虫を!! | lapis | 939 |
| 5 | 秋桜と願い | 蒼河香織 | 939 |
| 6 | 綺麗な花には傷がある | 佐賀 優子 | 1298 |
| 7 | 明日死ぬ | 竜崎 | 1000 |
| 8 | 彼のような人生 | G-gem | 1000 |
| 9 | ドット | ぴよ | 954 |
| 10 | 旋律の記憶 | 櫻水嗣郎 | 1000 |
| 11 | 見晴らしの木 | Began | 1000 |
| 12 | 茨の木 | 早利呂 | 1000 |
何も見えない、真っ暗闇。
体さえもが、その中に溶けてしまったように、何も感じられない。
重さも、光も、触れるものさえない、本当の闇。
「ここはどこ?僕は……」
何もないと思っていた空間には、孤独と不安が満たされている。
その重苦しさに、大助は、息がつまりそうになる。
いっそこのまま消えてしまったほうが……。
安楽を求める心に、ささやきかけてくる声がある。
――― 一緒になっちまえよ。
どこか懐かしい声。
声が聞こえたとたん、忘れていた感覚が戻ってくる。
両の腕は、大助自身の体を抱きしめている。
足は、闇を蹴って、ジャンプする。
そして、光。
まるで救いを投げかけるように、頭上から一筋の光が射している。
「どうして、今まで気がつかなかったんだろう……」
いまや、大助は、迷うことなく、その光をめざしている。
光の源には、女神が待っている。
白い翼をもつ少女が、大助を待っている。
近づいてくる想い人を認め、優しく微笑む少女。
大助の胸に、温かいものが広がる。
「原田さ……」
さしのべられた手をとろうとして、大助は、ギョッと弓の手を引く。
黒い手袋に覆われた、大きな手。
すらりとのび、筋肉がほどよくついた、男の腕。
清らかな光の中に照らされた自分の姿に、大助はおののいた。
「違う!僕じゃない!」
ひとまわり大きな体を支えているのは、黒い大きな翼。
「これは、ダ−クだ!」
悲鳴に近い叫びにうたれ、黒い翼は、散り散りに消え失せる。
慌てて身をのりだした女神の手は、大助―――ダ−クの手には届かない。
それまでの浮遊感は、腹の底からわきあがる不快感にかわる。
風を切って落下する、意識。
――― そんなに嫌がるなよ。
またしても、心に響く声。
「なんだよ、こんなときに呑気な……!」
ああそうか、こいつは、どんなときでも余裕があって……。
茶目っ気たっぷりの声に抗うことさえ、無駄なことのような気がしてくる。
――― 俺は、もうひとりのお前なんだから。
大助は、闇に身をまかせる。
そう、どう頑張っても、ダ−クには、まるでかなわない。
このまま消えてしまう以外に、残された道はないのだろう。
十四歳になったその夜に、初めて出会った、もうひとりの自分。
十四年かけて積み上げてきた、大助のすべてを、彼は、一夜にして変えてしまった。
……僕なんかに、勝ち目はない。
「そうか、覚悟は決まったか」
「えっ……日渡くん!?」
いきなり、闇の中に出現した日渡は、大助―――ダ−クの腕を捻り上げ、押し倒す。
「捕まえたぞ、ダ−ク!」
「ちょ、ちょっと!
「もう、離しはしない……」」
身動きできない大助―――ダ−クに、のしかかる、日渡。
片手で器用に、黒い服のボタンを外し始める。
「日渡りくん!?」
予想外の出来事に、体が硬直してしまっている大助。
パシャッ!閃光とともに、乾いた音がする。
「やあったぁ、大スク−プだぜ!」
またしてもいきなり、カメラを手にした冴原が出現。カ−カカカカと高笑いしている。
さらに、大助の上で日渡もクククと笑い出し、次第にその声は大きくなる。
「お前はもう、俺のものだ!やっと宿願を果たすときがきた!」
大助―――ダ−ク見据えて、フハハハと哄笑する、日渡。
その目には、尋常ではない光が宿っている。
二人とも、どうかしてるよぉ!
何がそんなに面白いの!?
パニック状態の大助に、新たな衝撃がおそいくる!
「ひど−い!」
「ふたりして、あたしたちのこともて遊んだのね!」
どこからか、なじる声が聞こえる。梨紗と梨紅だ。
「はっ、原田さんたち!?なんで!?」
「大助ちゃん、目を覚まして!」
母の声まで、聞こえてくる。
「違うんだ、僕の好きなのは――――」
顔を真っ赤にして叫んだ大助は、ハタと重大なことに気づく。
「こんなのうそだよ!冴原はともかく、大笑いする日渡くんなんてみたことない!」
悪夢だ!そうだ、これは夢だ、夢なんだ−っ!
声を限りの絶叫が、深い闇を切り裂いた。
カ−テンが風に揺れ、パタパタと朝日を部屋の中に招き入れる。
ガバッ!体を起こそうとするが、起きれない。
ああ……夢じゃなかったんだ。
がっくりしつつ、大助は、自分の上に乗っている人物に、とりあえず挨拶した。
「……おはよう、母さん」
「よかったぁ、大助ちゃんてば、いくら呼んでも起きないんだからぁ」
「だからって、普通、ここまでする!?」
前ボタンを外され、半分脱がされたパジャマの前をかきあわせ、猛然と抗議する。
真っ赤になって怒っている息子を前に、母、笑子は、平然と答えた。
「着替えさせてふげようと思ったのに……はずかしがっちゃって、かわいい」
かわいいじゃないよ、まったく!
「母さんのせいで、僕は……」
夢のなかで、あ……あんなことを……!」
ボッと身体中が燃える思いの大助を、母は、じ−っと見ている。
「どしたの?」
心配というよりは、わくわくしていると言った方が正しいと思われる、その口調。
こういう人だとはわかってるけど……ぶつけどころのない怒りが頂点に達した。
「もう、早く出てって!着替えるんだから!」
「はいはい」
鍵をかけたって全然意味ないんだもんな、うちは……などとぶつぶつ言いながら、パジャマをぬぎはじめる、大助。
「あ、ねえ、今度のダ−クのお仕事なんだけどぉ」
ドアに手をかけて、母は、ふと思い出したように、振り返る。
パンツ一枚になっていた大助は、硬直。
「……母さん〜〜」
せいいっぱいの低い声を押し殺した声に本気の怒りを感じ取り、母は、ひきつり笑いを浮かべ、
「じゃあ、また、学校から帰ってからね」
と言い残して、そそくさと出ていった。
大助は、脱いだパジャマを乱暴にベッドの上に投げ捨てる。
「キュッ!」
丸められたパジャマの下から、長い耳がぴょこんと飛び出す。
ウサギのような外見の、大助のペットだ。
気持ちよく眠っていたところへ、いきなり攻撃を受けたにもかかわらず、何か悪いことをした?とでも言いたげに、丸い瞳が不安げに大助を見上げているのがいじらしい。
「ウィズ……ごめん」
大助は、ウィズのやわらかい身体を抱き上げた。
あたたかい、やさしい鼓動をうつ、小さな生き物は、人間より小さな頭で、必死に大助を思いやっている。
「ごめんね……」
やつあたりなのは、自分でもわかっている。
夢のせいにして、母にあたったけれど、この落ちつかない気持ちの原因は、ほかにある。
『外』ではなく、『内』に。
自分の中に眠っている、別の人間―――ダ−ク。
ちょっとしたきっかけで、この体を乗っ取って、自由に活動する、男。
ク−ルで大胆で、鮮やかな身のこなし。自信あふれた言葉。
大助にやれないことを、いつでも易々とやってのける。
それを、意識の奥底から、ただ見ているだけの、自分。
「でもさ、お前、助けてくれたっていいじゃないか」
ツンとウィズの鼻先を指でつつく。
「キュ……?」
なんのことやら分からない様子で、困っているウィズ。
ひとの夢の中の行動まで、責任を持てといわれても、たまったものではない。
「あのとき、僕を助けようとしてくれたのは……」
美しい光を背負っていた女神は、誰だったのか……。
あの時は、はっきりとわかっていたつもりだったが、逆光で顔はよく見えなかった。
よくよく思い出そうとして、しかし、別の感触を思い出して、顔を赤らめる、大助。
「夢、夢!あんなの関係ない!」
ぶるるん!と顔を振って、クラクラしつつ、部屋を飛び出していく。
――― さ−て、はたしてそうかな?
心の奥底で浮かんだ、もうひとりの疑問符は、今の大助には聞こえない。
夢は、無意識の現れ。現在と未来への不安の現れ。
もうひとつの真実を映す、鏡。
今朝の夢が、彼を待ち受けている悪夢の予告編に過ぎないことに、まだ気づくはずもない、丹羽大助十四歳だった。
「さようなら」
そう言って、私は彼と別れた。
夢があったから。私は彼よりも夢を選んでしまったんだ。
彼は最後の最後まで私を止めた。
でも、私は……。
ロス行きの飛行機の中、考えてみる。彼との思い出を。
喧嘩もいっぱいしたし、よく今まで続いてたなと思うほど険悪になったこともあった。
二回ぐらい意地で別れちゃったこともあったけど、やっぱり彼よりもいい人はいなくって。彼もそれは同じだったらしく、一晩二人で飲み明かしたこともあったけ。
プロポーズされて、でも私には夢があって。私の都合で彼に待っててとは言えないから、私は別れることに決めたんだ。
もしかしたら、この先彼には私よりもずっとすてきな人が現れるかもしれないしね。束縛なんか、出来ないよ。
幸せになってね。
それが、私の願い。
私は彼に会うまではそんなに人を好きになったことがなかったから、辛いけど彼のためだと思うから。
ただ、願う。
幸せになって下さいと。
ピリリリリ
「!」
ヤバイ、携帯の電源入れたままだ。
私のことを現実へと引き戻してくれたその音を止めようと、慌てて通話ボタンを押す。
まだ、飛行機は出てないから平気だよね?
「はい」
『……俺、待ってるからな』
「!?」
彼だった。
待ってる? 私のことを?
「ちょ、」
『向こうで浮気なんかするなよ。俺、何年でも、待ってるからな。じゃっっっ』
「まって……」
一方的に喋られて、一方的にきられてしまった。
私は彼の慌てように、ただただ唖然とするばかりだった。
でも、次の瞬間。
「……ははは……」
自然と笑いが零れてしまう。隣の人に変な目で見られちゃったけど、気になんかしていられなかった。
ただ、嬉くて。
笑いながら、涙が出てくるのを感じた。
絶対に泣かないようにしようって思ってたのにね。
浮気なんか、するわけないじゃないの。
ありがとう。
放送が入り、動き始めた飛行機の外の景色を眺めながら。
思う。
私は彼と別れようとしてたけど、彼は……。
「浮気するなよ」は、こっちの台詞だよね。
待ってるって言ったんだから、責任取ってもらうよ。
私は後から後から溢れ出す涙を拭いながら、ロスへと飛び立った。
道に迷った少女がいました。
まったく見覚えのない道です。少女は困り果て、雨上がりの道をあてもなく歩いていました。
すると、不意に後ろから声をかけられました。
驚いて振り返ると、小さな少年が笑っていました。少女は少年に道を尋ねました。少年は頷くと、手招きをしました。ついて来い、と言っているようです。少女は後について歩き出しました。
爽やかな早朝の空気の中。道を歩く人はまったく見当たりません。
見知らぬ町並みが、延々と続いています。道路にはでこぼこがあり、雨水がたまっていました。すれ違う人はいません。広い道を歩いているのは、少女と少年だけでした。
しばらく歩いていると、見覚えのある場所が見えてきました。彼女の住んでいる町です。相変わらず人通りはなく、太陽は一向に登る気配がありません。
ふと、少女は、少年の名前が気になりました。
少女は、前方を歩く少年に尋ねました。君の名前は、と。少年は答えませんでした。
少女はもう一度尋ねました。やはり、少年は答えません。それから何度尋ねても、ずっと少年は黙ったままでした。
そこで、少女は気付きました。少女の家はもうすぐで、少年は淀みなく案内してくれます。しかし、少女は教えていないのです。自分の町の名前も、場所も、自分の名前ですらも。
急に少女は気味が悪くなりました。この少年は誰なのだろう、何故自分の事を知っているのだろう。
少女は少年のことを疑ってしまいました。
少女は、もう一度だけ、少年に尋ねました。あなたの名前は?
少年は、首を横に振りました。とても悲しそうに。
すぐに二人は少女の家に着きました。
少年は、少女の方をまるで見ようとせず、そのまま背中を向けて立ち去りました。
その背中が少しずつ小さくなっていくのを見て、少女はやっと自分の罪悪に気付きました。
疑ってはいけなかったのです。
疑念を感じてはいけなかったのです。
少女は少年の行動の理由はわかりませんでしたが、自分のしてしまったことの罪深さはよくわかりました。
遠ざかっていく小さな背中に向かって、少女は言いました。
「ありがとう」
聞こえるはずがない小さな声だったのに、少年はその声を聞き、少女に向かって最後に1度だけ、微笑んでくれました。少女も、笑みを返しました。
それから、少女は一度も少年には会っていません。
けれど、それで良かったのでしょう。
その後、少女はベッドの上で母親に起こされ、いつもどおりの一日を始めるのですから。
この世で、一番嫌いなものは虫である。と、香奈はそう心の中で叫びきった。
この話は、香奈がある日一人でお留守番していたことである。彼女は、夜一人でテレビを見ていた。親は、まだ帰っていない。
一緒に住んでいる、猫も一緒にお留守番していたはずなのに姿が見えない。香奈はそんな事は余り気にしていなかったが、ゴトゴトっと言う音に気がついた。
「?」
香奈は、玄関の方からの音に疑問を抱き、『泥棒か?』などと恐る恐る玄関の方に歩み寄って行った。
「リリ?」
猫のリリが、暴れて見えるのは確かだ。けれど、薄暗くて何に構っているのかがはっきり見えない。なので、近くにある電灯のスイッチをいれて辺りが鮮明になったがそれでもはっきり見えない。
恐る恐る、歩み寄ってリリが暴れている理由を考えて見る。
すると、そこには『泥棒』よりももっと恐ろしいものがいた。
「むっ虫?!」
香奈は、リリから後ず去った。そこには、黒くうねうねとした物体がリリにとって弄ばれていた。香奈は、はしゃいで楽しそうなリリの事を見下ろして思った。
『―――こいつ、そとの野良猫が怖いから滅多に外に出ないぐらいの臆病者のクセに、なんでそんなものいたぶってんだ?!』
と、そして香奈は次の瞬間見てはいけないものを見てしまった。
「ニャ―!!」
リリは、香奈の足元に近づきその黒い物体を持ってきたのだ!もちろんその黒い物体も生きたいと願うものだから、必死に逃げようとする。そして香奈のいる方向へ飛んだのだ。
香奈は、その黒い物体の起こした行動によって行きついたその黒い物体の名前を『○キブリ』と言う名に改めるが、その○キブリが自分の足元にいることを確認すると、思考が停止した。
香奈の町では、野良猫の増殖が問題となっているために、野良猫を捕獲して保健所に持っていくという動物保護団体が聞いたら激怒しそうな事を実行している。
が、猫好きの香奈にとってはこう思ったことだろう。
『猫を撃退するぐらいだったら、この忌まわしき虫を排除しろ!!!』
と心の中で激しく思ったに違いない。
涙も出ないぐらい、怖いからなおの事。思考が回復した後香奈が殺虫剤を探しに行ったのは言うまでもない。
そして、彼女の嫌いなものに虫がランクアップしたのは後の話のこと。
「お墓のお供えの花は、コスモスがいいな」
雲一つない晴天の日。
車椅子にのりながら、まなが言った最後の願い――――
「へ?コスモス?なんで」
「あなたから、最初にもらったプレゼント!あの日から、わたし、コスモスが大好きになったのよっ」
そう言ってまなは、花壇にうえてあったコスモスを手でなでた。
「冬とか夏には、無理な注文かもしれないけど・・・・コスモスがいいなあって・・・・・」
僕は、車椅子をおしながら、花壇のコスモスをながめていた。
コスモス―――そういえば、誕生日プレゼントに、あげたことあったっけなあ。
「いいけど・・・・まなは、そんなにすぐには死なないだろ!あと二十年も三十年も先も、お前その約束覚えとけよ」
「・・・・うん」
まなの、嬉しそうな、でもどこか寂しげな声がかえってきた。
そうだ、こんなの嘘なんだ。二十年も三十年もなんて。
僕は知ってる。きっとまなも気づいてたはずだ。
まなの命は、秋しか咲かないコスモスのように、儚いと―――
ちょうど一年前の、秋のことだった。
『お墓のお供えの花は、コスモスがいいな』
僕のにぎったコスモスの花束から、そんな声がこぼれているような気がした。
石の階段をあがる。
かなり急で、バランスを崩そうものなら、すぐに落ちてしまいそうなくらいだ。
あまり丁寧に手入れされていないのか、雑草がはえほうだいで、うずもれて見えない石まである。
それでも、きちんと手入れされている所もあるし、そうでない所も。
「ここだ・・・・」
僕は、お墓の前へしゃがんだ。
前においておいたコスモスは、もう半分枯れている。
ま、何週間もこのままだったしな。当然といえば、当然か。
古くなったコスモスを出して、水をかえた。
そして、今日持ってきた新しいコスモスをいれた。
風にゆれて、コスモスがゆれる。花弁が、数枚ヒラヒラと舞い落ちて、僕の目の前を風にゆられて飛んでいった。
「元気にしてるか、まな。コスモス、きれいだろ?」
手をあわせて、僕はつぶやいた。
そして空を見上げた。あの時と同じ、雲一つない晴天。
線香の煙が、けむたい。僕は、石段を下りて、家路につこうとした。
そして、もう一度、空を見た。
「そっちも晴れてるか?まな――――」
コスモスは、まだ風にゆれていた。
思い切りお腹に力をこめる。両手で精一杯みぞおちを押す。
身体に走る波にのって、まずは胃液が吐き出される。次第に自分が食べたものが面白いほど零れ落ちてくる。舌を吐物が這う感触は未だに気持ち悪いが、食べてまもないため味覚は口にはこんだときとさほど変わりはしない。
胃液で膨張した食物は見ているだけでぞっとする。吐き出さなければこれ全部が身体に吸収されていたのだ。気味の悪いその物体を流す瞬間、いつもほっとする。
鏡の前で、滲んだマスカラを洗い流す。どうしても嘔吐には涙がともなってしまうのだ。眉毛も少々指でこすってととのえると、背筋を少しのばしてここをあとにする。
それが食べ物にしろ、言葉にしろ、吐き出した後には必ず違和感が残る。乗り物酔いしたときも、それが心の叫びであったときでさえ、軽くなった身体のどこかに、新たなワダカマリが生まれる。全てを吐き出しきれないもどかしさと、自分でない誰かに対しての罪悪感。 ソレが身体の中に徐々に溜まってゆく感覚。
駅のホームは、影になっていて少しだけひんやりとしている。鼻の頭の汗がじわりと冷たくなってゆく。こうやって鼻に油脂がたまって毛穴が広がるんだとぼんやり考えて、手の甲で汗をふき取った。炭水化物を抜くダイエットで、4キロやせた。マスカラとアイライナーはマックスファクター。貧相だった私のヒトエもそれなりに化けた。
―『今のお姉さん綺麗だったよね』
彼は私にいじけて欲しかった、少し意地悪したかっただけだった、だけど悔しくて、自分が醜く思えて、悔しくて、私を見て欲しくて、悔しくて、お前の方がきれいだよっていってほしくて、悔しくて悔しくて、悔しくて…浮かべた涙がながれゆくのを許した。
彼が小さくため息を溢す、これが二人のいつものこと、それもまた悔しかった、ずっとずっと悔しかった。―
思い出すだけでぞっとする。脊椎に細い針金が首あたりから貫いてゆくような衝撃。絶対離れていかないような、そんな美しさがほしい。女は顔じゃない、でも、顔は女の一部で、女の美の大部分を占めている。美しい顔が欲しい。
―エレベーターで二人きり、ほんの5秒、イキナリたぐりよせキスをしてきた。全身を走る歓喜の波、ねとつく唇と舌と唾液と味を欲する気持ちはおさまることなく、それでも熱い交わりは個室の重力の軽減と共に中断された。
『お前なんか遊びにすぎなかったんだよ』―
彼はそんな事いっていない、私の被害妄想、でもなぜかこうやって時折脳裏に現れてはあざけワラウ。『ずっとそばにいるから、愛しているよ、結婚しよう、俺を信じろ、ありがとう、これからもよろしく、いいや 愛してるよ』
私がもらったたくさんの素敵な言葉に依存して、私は崩れた。別れる理由なんてすこしも口にしてくれず、メールで事実を告げて、電源をきったまま。そう、別れた。
彼は人を玩ぶタイプなんかじゃない、それはよく解っている、私にも否は山ほどあった…。
ただ、もう、考えるのがめんどくさい。
今ははただ綺麗になりたい。今の顔をぐちゃぐちゃに切り刻んでしまいたい…。
沸いてくる蝉の声に、汗がまた同調しだした…また醜くなってゆく。
一昨日は曇りだった。昨日は少し晴れてたかな。今日は晴れ。
いつもいつも、毎日毎日。俺が見ているのは鉄格子の隙間から、いつだって見ることの出来る空だけ。白い壁に囲まれて、俺は何を考えているんだろう。
三年も前の出来事が、まるで昨日のよう…には感じられない。十年以上も経ってしまったかのような、そんな感じだ。俺は、学年一の不良だったし、けど根は本当は弱虫野郎で、けど強がっていたくて。ただのアホだった。病院にたくさん居るおやじ達。そう、医者だ。あの、医者の野郎が、何も言わずに俺をこんなトコに閉じこめやがって。くそ。母親は泣き崩れた。なんとなく、わかった。自分のことだからな。あれだ、「告知は受け止めきれないと判断しました」ってやつだ。はは。はは…。
多分、多分だけど、死ぬんだと思う。よく、わからないけど。
この、白い部屋の中では、携帯電話は使用禁止なので、しかたなしに、三年前ほどから、ノートパソコンを使用している。母親が、用意してくれたのだが…使い慣れるのにはかなりの時間がかかったものだ。まあ、慣れれば、携帯電話より便利なのかもしれないが、電話ができないもので。それに、メールだってもう。二年ぐらいはごぶさただろうか。二年前まで一番根気強く続けてくれたのは、チハル。カノジョというやつだな。チハルのことは、ホンキだったし。好きだったし。多分、本当に多分だけど、チハルも俺のことを好きだったのだと思う。けれど。けれど。
理由もなく、こんなところにとどまってる俺をいつまでもいつまでも愛してくれるほど、チハルだってお人好しではない。チハルはかわいいし、きれいだし?性格だってかなりいい。よく、俺なんかと付き合ってくれていたものだ。今考えると、かなり不思議である。
最後のメールはチハルからのものだったわけだが…。このメールは何度も何度も消そうと思った。消そうと消そうと努力した。けれど、無理だった。メールを読むたび、かなり自己嫌悪におちいったりもしたものだが。
『もう、一年ぐらい、そこにいるんだよ。長いよ。ねえ。そっちも、もう、さめたよね?もう、一年も…だもんね。あと、それから、このメール、返信しなくてもいいからね。ごめんね。これ、最後のメールだからね』
俺は、このメールに今から返信する。理由は、俺が明日死ぬからだ。
『俺、明日死ぬ。色々ありがとう。もう、この言葉につきる。あと、あ、好きだった』
生存を自覚した時から、あたしは大勢の中の一人だった。
周りには、あたしと同じような子達がうようよしている。
毎日規則正しい時間に食事を与えられ、食べて排出する以外にすることはない。
適度な温度と湿度の中で、ただただ育つ。
分け隔てがないけど、特別もない。
ある日、あたしは急に不安定になった。
誰とも関わり合いたくなくて、ぎゅっと丸まる。
1回ちらりと周りを見てみたら、あたしの他にもそういう子達がいてちょっと安心した。
だけど、そっとしておいてほしいのにちょっかいをだしてくる子もいる。
そういう時あたしは決まって、噛みつかんばかりの勢いで彼等を追い払った。
そんな情緒不安定の日々を送っていると突然、環境ががらりと変わった。
それは丸まったままのあたしに激しい衝撃を与え、思わず顔を上げる。
そこには、自由な者達がいた。羽の生えた、自由なのだ。
彼等は好きな時間に食事をとり、忙しそうに飛び回っている。
“男”と“女”という区別もはっきりしている、成熟した彼等にあたしは憧れた。
そしてついに、あたしは羽を手に入れた。これであたしも憧れの仲間入りをしたのだ。
飛び回って飛び回って、とても忙しくて疲れるけれど充実していた。
ところが、あたしは気づいてしまう。これが本当の自由ではないことに。
どんなに高く、どんなに遠くへ行っても、超えられない壁がある。
この壁の向こう側で、あたしは真の自由を手にするのだ。
機会はすぐに訪れた。外側から誰かが壁を壊したのだ。囲いの中は大騒ぎになる。
あたしと、他にも外の世界を求めた者達は、すかさずその穴から抜け出す。
これで本当に自由なのだ。ここであたしは素敵なものに出会うのだ。
そしてあたしは、求めて焦がれてしょうがなかったものに辿り着き、下り立った。
……風が吹いて、あたしの目の前は真っ暗になった。
「捕まえた。どうやらこれが最後の1匹だな」
「え〜と…教授、これはメスですよね?」
「その通り。この口の形で分かるな。血を吸うのに適してる」
「…本当にすばしっこいですね、エサ交換のために数秒ふたを開けただけなのに」
「まぁ、潰してしまえば問題ない」
「それにしても。こんなに繁殖させてしまってどうするんですか?」
「もちろん、研究に使うのさ。スーダンから新情報が来たしね」
「なるほど。はやく完璧なキュアが見つかると良いですね」
「あぁ、マラリアは未だ人類の脅威だ」
私が今日こんな田舎にある終点の駅に来たのは別に理由があったからじゃない。強いて言えば今日は雨で、いつもより支度をダラダラとして電車に乗り遅れたからかもしれないし、学校へ向かっている途中景色を見ていたらいつもよりクリアに見えて目が離せなくなったからかもしれない。
私が駅に降り立つと私しか電車に乗っていなかった事に気付いた。駅の構内にはおじいさんが動かず座っているだけで静止している絵画を見ているようだった。私は駅の端まで歩いて黄色の線の内側に立ち空を見上げた。別に理由なんてなくてただ道があって空が見えたから、そこから電車が来る方向に一歩一歩歩き始めた。
雨はもう止んで曇り空は覆い被さる様に私を圧迫し私の心はは壊れたメロディーを奏で始めた。
今日は雨だ。そういえば昨日は起きた時すごくいい天気で幸せだったっけ。でもその時は夕方から土砂降りになるなんて知らなくていつもよりたくさんの人におはようって言ったんだっけ。昨日雨に気付いたのはいつだっけ。そうだ、あのバカの家から出た時だっけ。それまでは晴れてて気持ちいい風が吹いてたのに、家から出た途端土砂降りで体が冷たくなったの、覚えてる。あのバカの家にはどれくらいいたんだっけ。昼にあのバカが迎えに来てコンビニに寄ってから家に行って、それからどうしたんだっけ。テレビを見ながらお決まりのパターンでセックスをしてその後何をしたんだっけ。何を話したんだっけ?何を?何を?何を何を何を…
呼吸を整えてもう一度空を見上げる。少しまた雨が降り始めた。
あぁそういえば昨日あのバカが私に突き出した紙はこんな色をしてた。黒くないけど、白くない。少しドット模様の様な。私はあのバカにたばこの火をもらってそれを読んだんだっけ。あのバカは私の顔色を伺って動かなかったからたばこの火をあのバカの胸に押し当てて泣いたっけ。あのバカは普段偉そうで
私の言う事なんて聞いた事もないのに抵抗しなかった…っけ。私が何をしても抵抗しなかった…け?私は何をしたんだっけ…?私は何で今日の朝おきれなかったんだっけ…?私は何もしてないよ。だってあのバカを愛してたから。ずーっとずーっとあのバカと一緒だから…
「あっ!君っ危ないっ!」
黒くないけど白くない、ドット模様の手紙の右端の本当に端の小さな真実。
バス、と云うほど低く無く、テノオル、と云うほど高くは無い、
そんなこゑの持ち主の男が、静かに唄を謳ってゐた。
何処かで聞いた事の有る、懐かしい旋律を、記憶任せに謳ってゐる。
そのやうな感じがした。
名前や歌詞までは思い出せないが確かに私はその唄を知ってゐる、そう思った。
真っ黒な式服を身に纏い、椅子へと腰掛けて謳う男。
休日の公園には少々不似合いな様子であった。
天気は上々。
しかし何故か、公園には私と男、それに、キャッチボオルをする親子しか居ない。
晴れ上がった空では、雲が様々に姿を変え、
不可思議な形を作り上げては崩れていく。
風は冬の厳しさを持ち合わせてはゐたものの、
二、三日前のものとは比べ物にならぬほどに暖かである。
穏やかな休日に現れたこの男、一体何者なのであろうか。
しかし、この男の奏でる緩やかな旋律は、この上なく私を癒してくれた。
高く、時には大変低く、
総てを忘れてしまう程に優しい「うたごゑ」が、私へと浸透して行く。
入浴時に湯から身体へと浸透して行く熱のごとく、
私の身体にはこゑが伝わってゆく。
身体がじんわりとふやけてゐくのが、はっきりとわかった。
何故だか、咽喉が熱くなった。
そして、突然、私は男の声に共鳴する様に、男に合わせて謳いだしてゐた。
その曲を、私はほとんど知らなかった筈であるのに、
如何してだろう、まるで昔からこの唄を謳っていたかの様に、
私の咽喉からは旋律が溢れ出て来た。
重ね合わされた曲は、先程より一層美しいものであった。
狂おしいほどに完成された旋律が、更に私を包み込んだ。
曲が終ると、不意に男は私の方を向いた。
笑顔である。
私も、満面の笑顔を返し、男に質問した。
「この曲は何という曲でしたか。」
男は、立ち上がり少し眩しそうに空を見上げた。
「貴女は、御存知の筈ですよ。」
「…思い出せないのです。何処で聞いた曲かさえ、おぼろげで。」
男は自分の横に置いてゐた、黒い鞄の埃を払い落とし、
鞄の上に置かれてゐた帽子をそっと自分の頭の上へ乗せた。
「貴女は、ずっとずっと昔にこの曲を聴いていた筈です。」
私は、結局曲の事は、聞き出す事は出来なかった。
それから二、三日後、私はこの曲の事をようやく知る事が出来た。
それは、母の父が好きだった曲で、
母は私を身篭ってゐた時に、よくその曲を聴いてゐたのだと云う。
母は、よく覚えていたものね、と笑った。
私も、何故だか可笑しくて、一緒にくすくすと笑った。
玄関に入って無意識に、親父の写真に一礼する。
事故で親父が死んで、五年経つ。いつのまにか親父の死は、日常に没してしまった。いや、没したのは俺自身かもしれないが。斎藤顕二、享年十七歳…
二度目のドアベル。性急な客だ。
覗き穴の向こうには、ちびで色黒の少年がいた。
「何だ?」
「あ、ちょっと近くまで来てくれる?」
印象とは裏腹に、おとなしい物言いだ。見覚えはないが、その雰囲気だけは、知っているような気がした。
近くの公園の、中央で屹立する欅の下まで連れて行かれた。ここに立つのも久しぶりだ。
今日も、葉の群れは遥か高みにいる。遠目には二十米もない欅だが、この幹を延々登っていけば、きっと天にも届くのだ。
「行こう」
少年の言葉に、上げていた視線をおろす。何のことかわからず、聞き返そうとしたその時――
頭上でざわりと音がした。見ると、秋でもないのに葉が降ってくる。やけにゆっくりと。葉は幹に絡まりながら、螺旋状に降りてくる。地面の手前でぴたりと止まり、天へと続く螺旋階段ができた。すぐさま少年が登り始めた。俺も後に続く。
葉の階段は柔らかかった。それでいて、崩れることもない。その感触を楽しむうち、木の上まで登ってきていた。階段はそこで終わりだ。葉の上に腰を下ろすと、不思議な安心感が俺を包んだ。
飛行機の轟音が空を過ぎる。
俺は――いや僕は、飛行機の尻尾を最後まで見つめる。ここは…お父さんの肩の上。ここからなら、僕の目いっぱいに飛行機が映る、安心して手を伸ばせる。僕、パイロットになるんだ――
少し照れ臭くなって、少年の顔を盗み見る。下を見ていた。
ずっと下にある公園が、なぜかすごく身近に感じられた。この欅の根元で一心に土を穿っている少女に、ふと目が止まる。虫かごを抱えている。死んでしまった虫を埋めるのだ。頭の中で何かが白く弾け、その少女に昔の自分が重なった。
親父が死んだ後、手紙を書いた。親父宛。ポストはこの欅だった。
隣の少年と目が合った。微笑んでいた。
「お父さん」
ふと、口からこぼれた。その瞬間、希望は確信に変わる。
「この木の妖精に、体を借りたんだ」
お父さんはまだ微笑んでいる。その顔の横で、細い手が振られている。
風と共に足元の葉が舞い上がり、二人の間を埋めた…
気づいた時、欅の幹に手を振っていた。
その手を握り締め、ポケットに突っ込む。
見晴らしの木で、飛行機の尻尾を捕まえた。
むかしむかし、ある所にきれいなきれいなお姫様が住んでいました。お姫様は、流れるような金の髪、大空が流した涙のような蒼い瞳をしていて、皆にとてもとても愛されておりました。
なにしろお姫様は、王様とお妃様との最初のお子様だったので、王様の溺愛ぶり、お妃様の甘やかしぶり、国民の忠誠ぶりは並み大抵のものではなく、お姫様はどんどん贅沢になってゆきました。
そんなお姫様を見かねた国の魔法使いは、お姫様にある贈り物をしました。お姫様が生まれたと同時に実った茨の種です。今までの十四年間はその魔法使いが育てていましたが、お姫様に育てさせることにしたのでした。それは、お姫様に、愛される事は有限だが、愛する事は無限であり、大切なものをちゃんと愛せることがはるかに素晴らしいという事を教えるためでした。
しかし、もちろん茨を育てるのは、何も育てた事のないお姫様にとって簡単な事ではありません。ですから、その魔法使いは、
「水や肥料やを与える代わりに毎日その茨の前に行って、その日した良い行い、悪い行いを自分の中で思い起こしなさい。でないと、あなたの周りはどんどん乏しくなっていくよ」
と言いました。
もちろんお姫様はそんな事は信じませんでした。面倒な事でもありましたし、自分が良い行いをあまりしていない事をちゃんと分かっていたからです。そうして日々が過ぎていく内に、お姫様の国はどんどん悪くなっていきました。敵国がやってきたり、飢饉に襲われたりして、なんとお姫様の立場でさえ生きていくのが難しくなってしまったのでした。
その時、お姫様はふと魔法使いの言葉を思い出しました。そして恐る恐る茨の前に行き、座りました。お姫様が放っといた茨は黒く変色し、その周りをもっと黒い、不吉なものが取り囲んでいました。お姫様は、恐れおののきながらも魔法使いの言っていたように自分の今日の行いのことを思い起こしました。そして平和になるようにと一生懸命祈りました。
すると、茨を取り囲んでいた黒いものがふと消え去りました。そしてその日を境に、お姫様は魔法使いとの約束を守るようになり、国には平和が戻り始めました。
その後、茨についた初めての蕾がほころび、春の訪れを告げている時期には、隣の国の若き王様が接見に来ることでしょう。そして、茨を育てている、見目も心も美しくなったお姫様に一目惚れをするには、もう少しの月日を待たなくてはいけません。