作文を書かせるとかで私たちを拘束した、あの国語教師のせいだ。 「かわいい女の子を一人で帰らせるなんてできないから」 大げさな台詞の裏にあるのは職員室の陰謀? 3階からの視線が、痛い。 1学年63人しかいないのに一度も同じクラスになったことがない彼。 もちろん一度も話したことがない彼。 現在進行形で一度も話していない彼。(基本的に異性とは話さないけれど) 無理矢理2人組を作らされた小学生みたいに俯く私たちの上で、冬の星座が少しずつ廻っている。 音のない、私たち以外の誰かが作ったこの世界は居心地が悪い。隣でマフラーに顔を埋めている彼もきっと同じ事を考えているのだろう。私の横顔を見つめた後、その唇からため息がもれるのを私は知っている。 ほら、 それでもふたり並んで歩いているのは愛想笑いを覚えてしまったから。 先に口を開いたのは彼だった。 「あ、山羊座」 彼が指さしたのは間違いなくオリオン座。 「今は冬だから山羊座は見えないよ?」 「新田は12月生まれで山羊座だろ?今12月なのに見えねえの?」 なんで、と私が呟いたら、彼はそれっきり黙り込んでしまった。 山羊座は夏の星座だとかオリオン座と山羊座を間違える人なんていないとか、言うべき言葉はいくらでもあったんだ。 でもその言葉を言ってはいけない気がした。 「あたし、男の人の隣歩くのはじめてなんだ」 カップルがこの坂道を歩けば永遠に結ばれるとか、ここで告白すると成功するとか、そんな話でしか日常に色をつけることができない同級生たち。いつもより1オクターブ高い声で話す彼女たちを窓際の席で嘲笑った私は、今その姿が少しだけ見える場所に立っている。 足下ではすっかり廃れてしまったスキー場の明かりが同じように廃れてしまったこの街を、慰めるように照らしていた。幼い頃、初めて見た都会の夜景を私が「スキー場みたい」と言ったと、母が笑っていたのを思い出した。 「きれいって絶対言わなかったのよ」 思えば私はそのころからちっとも変わっていないのかも知れない。 触れあっていない手から確かに感じた温もりを、うまく言葉にできずにいる。 今も、伝えられずにいる。 「さっき男と歩くの初めてって言ったよな」 「うん」 「正直、それ聞いて嬉しかった」 また会話が途切れて夜の空気が二人の間に割り込んでくる。 少ししずつ距離が縮まっていく気がした。 彼と? 恋愛を食べて生きる同級生たちと? 街頭まであと20メートル。彼の表情はわからない。
仄暗いこの水底には陽の光など到底届かない。朧気な視界に映るのは、濁りきったビー玉の瞳を持つ魚たちと果てなき深淵のみだ。僅かな水の流れさえも意識しなければ感じない。 私がここに存在するようになってから、もうどれくらいの時間が経過したのだろうか。幾度となくそれを考えてみるが、それを正確に知る術はない。結局はいつも思考を中断し、闇にたゆたうのだ。 ごくたまに遭遇する深海魚たちは、実に珍妙な容姿をしていた。それは私が生活していた環境では見ることのなかったものだった。奴らは生気のない眼でこちらをちらりと見ると、大抵はつまらなさそうにどこかへ消えていったが、何回かに一回は声をかけてくることがあった。話の内容は他愛のないもので、よく覚えてはいない。ただ私は、話している間、少しだけ孤独から解放されるのだった。 不意に、私の視界が少しだけ明るくなった。眼帯の下にある空の眼窩が疼く。私の周辺を照らし出したのは、名前も知らぬ魚だった。魚の頭頂部からは管状のものが伸びていて、そこがぼんやりと淡く光っている。 照らされた先にはきらびやかな宝石や金銀があった。それらが嬉しそうに輝くのはこの魚が通りかかったときだけで、ほとんどは本来の使用用途とは違って静かに眠っているだけだ。 宝石たちは忘れられたこの場所で、せめて自らの誇りを忘れまいと必死で輝いているのだ。自分自身が己の存在を忘れないように。 やがて魚は去り、宝石たちは永い眠りについた。私はただゆらゆらと浮いているだけだった。 私は分かっているのだ。もう限界がきたのだということを。既に生への執着はない。いや、そもそも私はもう死んでいて、とっくに消滅しているはずの存在なのだ。だが私はここにいる。それはやはり、私が背負った業の重さ故なのだろう。謝ったとて償いきることは出来ない。 何も嵌っていない眼窩から、何かがこぼれ落ちたような気がした。すぐに闇に飲まれていったそれが何なのかは、おそらく分かることはないだろう。 体が軋む。聞いたことのない音がして、私は崩れ落ちた。バラバラになってしばらく水中を漂った。私は砂に混ざって、大きな海の一部となった。その目を通して一筋の光を見た。 今度生まれてくる命が、この陽の届かぬ水底で嘆かないように。そう願いながら、私はありもしない瞼をゆっくりと閉じた。艶やかな過去の映像が一瞬だけ浮かぶ。 そして何も見えなくなった。 ○作者附記: みなさん初めまして。サイトウソウマと申します。 このサイトに投稿させて頂くのは初めてですが、なにとぞよろしくお願い致します。 さて、本編ですが、本来ならば青春を謳歌しているはずの中学二年生が書くにしては些か暗すぎるような気がします。その上救いもないというまさに私小説、およそ一般に受け入れられないであろう話です。 ですが、こんな中学生がいやがるのか、面白えなと思って読んで頂けたら幸いです。
制服を脱ぎ捨て、いつもの服を身につける。 黒のドレス、白のフリル。 十字架のネックレス。 濃いアイシャドウに太いアイライン。 蒼のカラコン、ストレートで長めの白いカツラ。 足元はヴィヴィアンのロッキンホースバレリーナ。 頭の上に黒のコサージュを乗せて、紅い口紅を塗れば完璧。 もう一人の私の完成。 いつものように家を出る。 夜にこの家にいるのは好きではなかった。 あの、腐乱臭がどこからか漂ってきそうだからだ。 心配はない。 一年前にちゃんと、埋めたのだ。 街は日が没落し、ネオンが灯されていた。 生暖かい風が頬をすうっとなでていく。 みんな既に集まっているようで、写真のフラッシュがあちこちで瞬いていた。 今日の集会は至って普通で、ゴスロリした友達の友達ってこたちが集まって、写真やプリクラをとったりするだけだった。それなのに時折、サラリーマンやOLが物珍しそうに一瞥していく。 「麗華。最近、集会の集まりよくない?」 雫が私の顔を下からのぞきこんだ。 「えぇ、そうかなぁ? あ、テストのせいかもぉ。いま、追試なのぉ。学校の勉強わかんないし、逃げちゃえってかんじ」 甘ったるい声を出し、笑ってみせる。 「わかるよ! あんなの役に立たないよね。社会に出てからさぁ。やる気でない、ってゆうか」 「ほんとだよね。やるだけ無駄ってかんじぃ」 「今夜は嫌なこと忘れてぱーっとやろ! ぱーっと!」 「うんっ! ぱーっとやろぉ」 雫が私の手を取り、仲間の輪の中に入っていく。 みんな同じカッコ。ゴシックロリータ。世間では奇異な目を向けられるファッションだ。 でも、違う。 服装が同じなだけで、みんな私とは違う。 この世界は現実の世界と何が違うというのだろうか。 黒い髪にみつあみをし、眼鏡をかけ、膝下までのスカートをはいている昼間の私と夜の私との境目が、私の中でうやむやになっていた。 頭が悪そうに話す夜の私、麗華。 進学校の学年主席の昼の私。 現実から逃げているはずなのに、現実にいつも追われている気がした。 麻薬、睡眠薬、男、奇抜なファッション。 イエスを信じ聖書さえも唱えた。 全て試したのに、私は救われてなどいない。 イエスに許しを求めても、私の罪は消えるはずがないのだ。 ……きっと、誰も知らない。 私の家に、一年前に行方不明になった母親の死体が埋めてあるなんて、健全なこの世界の住人はきっと、誰も知らない。