第1回中高生3000字小説バトル
Entry1
彼らは、「さあ天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そ して、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。 主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言 われた。 「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このような ことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げること はできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、 互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」 (創世記11:4〜7) 町では長い間、一つの塔が造られ続けていた。レンガを焼き、運 び、積み重ね、固め。全てが町の人間全員での地道な手作業。にも かかわらず、塔はすでに周囲のどの山よりも高くなっていた。そこ までに一体どれだけの年月が費やされたのか。いつ誰が、どんな理 由でこの塔の建設を始めたのか。すでに誰もそれを知らない。しか し、誰一人として建設の中止を唱える者はいなかった。町の人間に とっては、「皆で世界一高い塔を建てている」ということ自体が何 よりも大切だった。 もっと高く。何よりも高く。私達が今ここで生きている、証を。 この町に、とても仲のいい2人の少女がいた。2人は共に食事を してレンガを焼き、共に神に祈り眠った。共に喜び、泣き、怒り、 笑った。同じ感情を共有していた。2人はいつも一緒にいた。 それぞれ両親はいたけれど、全体が一体となっているこの町では 家族という概念は希薄だった。他の誰といる時より、少女達は2人 でいるのが楽しかった。 そんな永遠に続くかと思われていた塔の町の物語は、ある日途端 に崩れてしまう。突然、足元が大きく揺れ、人々は立っていられず 地面に手をついた。次いで轟音と共に、塔の頂上から次々とレンガ が落ち始める。 初めは皆、何が起こったのかわからなかった。落ちてくるレンガ から逃げるのに必死で、安定した場所を求め大人も子供も右往左往。 それでさらに混乱が起きる。それぞれが大事な人を探して、呼び声 が交錯した。 しばらくすると、ほとんどの人間はレンガの届かない位置に集ま り、混乱はようやく収まり始めた。 そこで初めて、人々はまだレンガの落ち続ける塔を見上げる余裕 ができた。少女達も2人でしっかりと手も繋ぎ合い、同時に上を向 いた。 つい数分前までレンガがあったはずの場所に、2人は青い空を見 た。悲しいくらい、悔しいくらい、美しく澄みきった青い空。 誰かがポツリと呟いた。 「塔が、崩れた」 皆、ただ呆然と崩れていく塔を見ていた。誰も動こうとはしなか った。塔の崩壊を止められないのは、明らかだったから。誰も何も できなかった。 少女達は顔を見合わせた。片方が言う。 「突然どうしちゃったんだろう?」 しかし、もう一方はその言葉に目を首を傾げた。 『何を言っているのかよくわからなかった。もう1回言って』 もう片方はその言葉に目を見開く。 「ねえ、一体何を喋っているの?」 『え? ちょっと待って。どうしちゃったの? 何言ってるの?』 「何言ってるのか全然わからないよ」 すぐに気づいた。お互いが全く違う言葉を話している。 けれどそれが冗談でも新しい遊びでもないことくらい、お互いの 顔を見ればすぐにわかった。2人とも自分は今までと同じ言葉を使 っているつもりだった。しかし言葉が通じない。 どうすればいいのかわからず、何も考えられず、2人はただ手を 繋いだまま立ち尽くしていた。ふと周囲を見れば、皆それぞれの顔 に驚愕と絶望が現れている。耳に入って来る様々な言葉。わからな い知らない言葉言葉言葉……。理解不能の渦。 大勢の人間がいるにもかかわらず、その瞬間誰もが孤独だった。 自分の話したいことが伝わらない、相手の考えていることがわから ない、それはこんなにも大きな溝だったのか。ある大人はそんな風 に思った。いっそのこと、言葉が消えてしまえばどれだけよかった ろう。相手が謎の言語を発するたびに、わかりたいのにわからない 焦れったさだけが募る。 空回りする言葉達。いや、誰にも理解されない時点で言葉はすで に言葉ではない。町中に悲痛なノイズが響いた。 バラル。 この人々を悲しみと苦しみに包んだ、言葉の「混乱」こそが、後 にこの町が「バベル」と呼ばれる由来である。 「バベル」に実際生きていた人々が、一体自分の町をなんと呼ん でいたのか。今はもうそれを知る由はない。 だが。もしかしたらその名は、そして人々が塔の建設を通して望 んでいた物は、「結束」だったかもしれないのに。 ようやく塔の崩壊が収まった頃、突然、1人の老人が大声で言っ た。 「昨夜、わしの夢に主が現れた」 皆は一斉に老人を見た。不思議なことに、老人の言葉だけは誰も が理解できた。今は誰でもいいから、自分のわかる言葉を聞きたか った。老人は暗闇に射し込んだ光だった。 「主はこの塔についてお怒りだった。天より高く、神を超えような どと我々がしたことを、大変お怒りだった。だから、これは罰なの だ。神は我々の言葉をバラバラにされた。塔も散らされた。 しかし、救いはある。皆それぞれ別の地へ旅立て。旅先には必ず 言葉の通じる相手がいる。主はそう言われた。 わしはこの町を出る。残りたい者は町に残れ。だが、この町にい る限り救いはもたらされないぞ。主はここには救いを用意しておら れない」 老人はそう言うと、町の出口に向かって歩き始めた。老人の背中 が見えなくなってすぐ、ある若者が立ち上がり出口へ向かった。あ る恋人達は共に出口へ向かい、そこで熱く抱擁を交わして左右に別 れた。ただふらふらと出て行く者、家に入りカバンにありったけの 食料を詰め込んでいく者、もとの半分の高さになってしまった塔を じっと見つめて行く者。様々な形で、一人、また一人と町を出て行 く。 そして、ついに町には2人の少女だけが残った。 「どうして神様はこんなひどいことをするの? 私達は神様を超え ようなんて思ってなかった。ちゃんと毎日お祈りだってしてた! 神様のこと信じてた! 私達はただ、私達が今ここで生きているっ て証を残したかっただけなのに! みんなで塔を造りたかっただけ なのに……!」 泣きつづける1人の肩を、もう1人が優しく叩いた。彼女はそれ で顔を上げ、不安そうに聞いた。 「何? あなたも出て行くの?」 言葉は通じなくとも、表情と口調から察したのだろう。声をかけ た少女は首を横に振り、安心させるように微笑んだ。 『大丈夫だよ』 それからりんごを指差し、ジェスチャーをつけながらゆっくりと 言った。 『りんご、半分こしよう』 「もしかして、半分こにしよう、って言ってる?」 少女は泣き止むと、りんごをナイフで2つに割り、片方をもう1 人に渡した。 「半分こ?」 受け取った少女は嬉しそうに頷く。もう1人もようやく笑った。 『そう、半分こ』 「半分こ!」 半分ずつのりんごをかじり、2人はいっぱい笑った。何がそんな におかしいのか自分達でも分からないほど、たくさん。 『おいしいね』 「うん、おいしいね」 『ねえ、私達、ずっと一緒だよ』 「ずっとずっと、一緒だよ」 その日空に星が輝く頃、2人は未完成の、そして永久に完成する ことのないであろう塔の下、硬く、硬く、手を繋いで眠った。 言葉が違っても大丈夫。もっと大切な、心が繋がっているから。 罪の象徴のもと、ずっと共に生きていく。 それが、少女達から神への、ささやかな反抗。
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