インディーズバトルマガジン QBOOKS

第1回中高生3000字小説バトル
Entry2

続道

作者 : 暁 [アカツキ]
Website :
文字数 : 2915
 私は勇者であった。
 勇者であるから、私は勇者として求められる事を行い、また行う
ように努めてきた。これからも、勇者として為すべき事を為して行
くつもりだ。
 私は砲付きの槍を愛用している。槍付きの砲と言っても差し支え
ない。穂先はオリハルコン、大口径の長砲身から射出される弾頭は
聖遺物弾頭だ。三日前もこの砲槍で竜を射殺した。皆は私を勇者と
称えた。そして私は勇者であった。
 さて、わが故郷、美しきローレンシア聖王国は世界を二分する超
大国であるが、しかし二分するもう片方の大国、アデルシアの侵攻
を受け、建国以来最大の危機に瀕しているのだった。
 アデルシアの軍は突然国境を越え、町を焼き指導者を見せしめに
処刑し、民に圧政を敷き、略奪を欲しいままに行い、そして日の出
の勢いで街道を東進している。このままでは美しきローレンシア全
土がそんな凄惨な光景へと転じるのも時間の問題であった。
 勇者である私は、皆の期待に応える義務があると信じた。私はひ
そかにアデリシアとの曖昧な国境を越え、その帝都に侵入した。
 宮殿の最深部にある、皇室の扉の前に、私はたやすく立ち止まる
事ができた。襲い来る番兵を処理し、隔壁を降ろすと、辺りはつい
先ほどの静けさを取り戻すのだった。自らの防衛構造が仇となり、
ここでの非常事態は外からは窺い知る事もできないのだ。
 見上げるだけで圧倒されるような黒がねの扉を力一杯に押すと、
高貴な軋みを立ててそれは左右に別れた。
 切れ込みからまず刺しこんできたのは、光であった。光は真っ直
ぐに伸びて私の眉間を微かな熱を伴って照らした。私は豪著な金と、
神々しい灯火を想像した。
 最小限の隙間が押し広げられると、私は用心してその隙間に身を
滑らせた。
 しかしその心構えも虚しく、神を前にしたような気分に私は陥っ
てしまった。
 視界はまばゆい白色光に押し流された。手を額にかざしてようや
く、私はぼんやりと周囲の状況が認識できたのだ。
 豪著な金の輝きでも、神々しい灯火の煌きでもなく、白く眩しい
光はほかならぬ、あまねく注ぐ陽光であった。あまりにも非常識的
で、しかしあまりに日常的な風景。
 抜けてゆく夏風が頬を撫でると、短い草達がいっせいにそよぐ。
前方の、なだらかな登り斜面の上に、あるはずのいかめしい城壁は
見る影も無い。ただその斜面には青葉を丸く豊かに茂らせた立ち木
が一本、この世界のただ一人の住人のように立っていた。
 私は不意にめまいを感じ、恐る恐る背後を振り返った。しかし、
そこには巨大な城壁が随分と威圧的にそびえているのだった。
 壁の内と外で、世界が絶対的に違うのだ。
 私は第一歩をようやく踏み出した。重いブーツ越しにも、優しく
やわらかな土と草の感触は十分に伝わってくる。極秘任務中である
と言うのに、私は危うくそれを忘れてしまう程だった。この場所の、
穏やかさと言うものに包まれては。
 しかし突然の話し声に、私は再び身を固めた。
 楽しげな少女の声だった。そして、やや低いがやはりどこか愉快
そうな男の声がその少女の声に答えていた。どちらの声も、どこか
気品のある響きを持っていた。
 私は慎重に、砲槍を構えて一歩ずつ声の源へ歩み寄る。声の源は
あの立ち尽くす広葉樹の根元だ。
 ふと自分が異質なものに思えて仕方が無かった。草、風、陽光、
そして楽しげな話し声。
 木陰に二人の姿が、やがて見て取れた。少女と、男。男は黒い甲
冑で上半身を覆い、肩からは同じく黒いマントを垂れて、それは太
い幹に背をもたれ寝転がった彼の敷物になっていた。少女は男とは
対照的に、どこにでも居る郷士の娘のような簡素な服装で草の上に
膝を曲げ、全くこの場所に似つかわしかった。
 男は、確かにアデルシア帝王、フランドル・デラダーン・アデル
シア。あの黒衣は帝王が王座につく以前から有名だった。若くして
野心家、そして冷酷で計算高く、温厚な父とは正反対の男。
 即位してすぐに軍備を拡張、近隣諸国を強圧し併呑、いつしか世
界最強の軍事大国となっていた。そんな事を成し遂げた帝王の目が
世界、ローレンシアに向く事は必然であった。
 しかし、その帝王が何故宮殿の最深部にこのような空間を用意し
たのか。また、帝王に寄り添い、まるで家族か友人のように話して
いるあの少女は何者なのか。私には解らなかった。侍女にしては帝
王の態度が親しすぎるのだ。
 何にせよ、そんな事は今の私にはあまり関係無い事である。私は
ただひとつの為すべき事をしに、ここまでやってきたのだ。
 砲槍を構えて、木陰ににじり寄る。身を隠すものは皆無。先に気
付いたのは、少女の方であった。やや驚愕の表情を見せてから、帝
王の肩に手を当てる。やがて帝王がこちらを見やり、ものぐさげに
立ちあがった。
「お初にお目に掛かる、勇者殿」
口元に笑みさえ浮かべて、帝王は言った。
「フランドル帝王陛下とお見受けするが?」
私が聞くと、帝王は頷いた。しばらくは変わらぬ静けさが続いた。
 しかし不意に、帝王の背中に隠れていた少女が、腰の辺りから鉄
塊を取り出して、帝王と、私の間に立ちはだかった。
 少女の手に握られていたのは、銃であった。
「止めておけ、エイリア」
帝王は少女の肩を掴んで引きとめる。しかし少女は動かなかった。
「あなた、丸腰でしょう……?」
やや震えた声。手の内の銃もまた、先端が震えていた。確かに私を
狙っているその銃口。
 私は膝を緩めた。刹那、甲高い破裂音が草原に響いた。反射的に
景色が横に伸びると、肩の辺りに衝撃があった。
 少女の銃声が彼女の意思であるかは解らなかったが、私の砲声は
確かに私の意思であった。私は少女の死を確信した。
 轟いた砲声と銃声に、木の枝で羽を休めていた鳥たちが一斉に飛
び立った。羽ばたきの影の下に、二人はやはり立ち尽くしていた。
鼻につく硝煙の臭い。
 帝王の黒い背中には、ぽっかりと赤い穴が現われていた。少女を
覆い隠す、その巨大な背中には、鮮血が筋を残して流れ落ちた。そ
れから音も無くゆっくりと、その帝王の長身は地面に伏せた。
「どうして……」
半ば力を失った、少女の声だった。少女も再び、地に膝を突く。
「夢は……世界は……どうなるのですか……」
長い髪にその横顔は覆われて、どんな表情をしているかは窺い知る
事は出来なかった。ただ、その横顔に、帝王の篭手をはめた右手が
ゆっくりと伸ばされた。少女はその手をしっかりと握り、自らの頬
に押し当てた。
 帝王の口元が、微かに動き出した。擦れ声は、音も無いこの草原
に、不思議と響き渡るようだった。
「世界などよりも、おまえの方が余程可愛いのだ、本当は……」
 そして伸ばされた帝王の手は、力を失いだらりと垂れ下がった。
 偉業を果たした私を、ローレンシアの市民は口々に誉め称え、私
はまた、勇者である義務を果たした。帝王を失ったアデルシアはロ
ーレンシアの反撃に退却を重ね、やがて、地図から消えた。
 あの帝王の元に居た少女は、帝王の幼い頃からの親友であると聞
いた。地方の貴族の一人娘であり、世界統一の暁には婚礼の約束ま
で交わしていたとも私は耳にした。
 私の今回の旅の目的は、果たされた。
 しかし私はもう、旅を終える気には、なれなかった。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。