第1回中高生3000字小説バトル
Entry4
船の前方には、まだずっと遠くに小さく見える船と、その上に浮 かぶ白い雲だけがある。他は全て青で、一括して背景となっている。 髑髏旗を掲げた、このデスティニオン号の船長は、唸りながら望 遠鏡を目に当てている。その望遠鏡はとても年季が入っていて、御 丁寧に名前まで入っている。セルカーク・スタークス。 水平線に見える3艘の船が、海賊共の次なるカモである。そいつ らは、何日か前、スペインを出たらしい。なんでもスペイン国王、 女王の支援を受けているそうだ。かなりの金品を積んでいるのは、 ほぼ間違いない。見込みが高い分、船長の緊張も高くなる。唸るの も仕方ないと言えよう。 カモは食料補給のため、このカナリヤ諸島(アフリカの西、大西 洋に浮かぶ)のどこかに泊まるはずだ。どの島に行くにせよ、最北 端のこのランザロート島を通過する。ここで待ち伏せし、通過した ところを襲う。そして15さきにある暗礁に追い込み、金品を 戴く。 これが船長の作戦である。もう何度かこの手で、稼いだことがあ る。特に今回は、定期便ではないので、ここの地理を知らない。十 二分に勝算があるのだが、船長は何度も望遠鏡をのぞいては唸って いる。 「ボーン、火薬詰めるの忘れんな」 船長は大砲の整備をしていた男に声をかけた。 「臨時砲兵だからって気を抜くな。大砲は大事な戦力なんだ」 病気のために船を下りた、腕のいい砲兵の代わりがボーンである。 それにしても船長はかなり気が立っている。 水平線の空はゆっくり流れている。 今日は風が強い。あと20分もすれば、敵はここを通過するだろ う。 「よし。そろそろだ。錨を上げろ!」 と船長は大声を張り上げながら、錨のための労働を始めた。 デスティニオンは、船長が小型帆船をスピード重視で改造した船 だ。船乗りは30人しかいないので、船長自身も雑用をせざるをえ ない。 それでも、錨は雄々しく海面から引き上げられた。 いい風だ。実に気持ちいい。 「よーし、今だ。帆を上げろ!」 ねらった獲物がデスティニオンの前を通り過ぎようとした時、船 長が叫んだ。高々と旗のように上げられた帆は、カモメが羽ばたくよ うな音を立て、たくさんの風をはらませた。 「面舵をとれ!」 船は船首を右に向け、獲物の追跡を開始した。 3艘の船の大きさはそれぞれ違う。中型の船と小型の船、その真 ん中ぐらいの船。 デスティニオンの髑髏旗に気づいたのか、敵はスピードを速めた。 もちろんデスティニオンには及びもしない。 見ると、一番大きな船が遅れて逃げている。船が古いのか。木の 色が違う。それだけではない。きっとあの船に荷物がたくさんあっ て、その重みで遅いのだ。たぶん大砲も装備しているのだろう。し かし船長は恐れない。デスティニオンの速さなら、砲弾くらい楽に よけられる。 「あの一番でかい船を攻めるぞ!」 勢いが強すぎた。デスティニオンは今にも餌に食らいつきそうだ。 風までもが、その後押しをしている。 暗礁に追い込む前に追いついてしまったら、十八番が出せないで はないか。 「仕方ない。しばらく、ジグザグに走るぞ!」 ジグザグに走るのは向かい風の時だが、これは例外か。 デスティニオンの自慢はスピード、逆に言えば他の性能はムムム ムム。だからジグザグといっても、その角度は120度にしかなら ず、ニョロニョロと言っても多すぎるくらいだ。普通ならば80度 にはなるのだが。 必殺ニョロニョロ走行に尻尾を巻いたのか、敵は真っ直ぐ暗礁に 向かっている。 「ファイアー!」 と言うかけ声で、ボーンは居眠りをしていたことに気づき、あわ てて弾を大砲に押し込んだ。 「ボーン。わかっているとは思うが、船の舵、ケツの所をねらうん だぞ。寝ぼけて他に当てんなよ」 船長が寄ってきたのに気づき、ボーンはあわてて発射した。 ズーンと腹に気持ちよく響く音を立てた弾は、これまたいい音を 立て、むなしく海に穴をあけた。 音に酔っていた船長は海を見て、きっ、とボーンをにらんだ。 「い、今のは威嚇射撃であります。やはり海賊といっても正規の順 序を」 事務的な口調で言いたかったのだろうが、声はかすれ、最後の方 は全く聞き取れなかった。 船長は、あまりボーンには期待していなかったと見え、もうにら んでなかった。 しかしボーンは、一人言い訳を続けた。大砲を見ては首をかしげ、 船長を見ては首をかしげ、それを7セット繰り返した。 板の折れる音。人々の騒ぐ声。 はっとした船長は望遠鏡をのぞいた。作戦通り大きい船が、暗礁 に乗り上げた。他の2艘はそのまま逃げ続けた。 大砲の音。発射したのは、敵ではなくボーンだ。彼はどうやら勘 違いをしたらしい。自分の威嚇射撃が功をたてたと思ったのだ。何発 も発射した。彼の威嚇射撃の一発が、逃げる2番目に大きい船に当 たった。 船長が怒鳴ると、ボーンは暴走をやめた。弾が切れた、と言った 方が正しいが。 「あのでかい船に乗り込むぞ!」 海賊達は文字にできぬ擬声語、擬態語の類を連発し、戦の準備を 始めた。 船はもうニョロニョロとは走らず、ボーンの暴走のごとく突っ走 った。 また大砲の音。船長はきっ、と振り向いたが、ボーンは乗り込む ために武器の点検をしていた。 敵の砲弾がこの船を狙っている。 船長は船の向きを変えようと、船のハンドルに飛びついた。 あまりの風の強さで、船は砲弾にも恐れず向かっていく。 バリバリッと板の壊れる音が、デスティニオン中に響いた。 縄で縛られ首を垂れていた海賊達は、一斉に敵方の親分コロンブ スを注目した。コロンブスの口から許すという言葉がもれたからだ。 海賊が捕まったら即死刑、というのは常識だ。それを見事裏返され、 動揺の目、歓喜の目、悲哀の目、憎悪の目、勇気の目、ホーンの 寝ぼけた目、と、それぞれが困惑している。 コロンブスは話を続け、彼らの目を普通の目に戻した。 要約すればこうである。スペインの国王の命令で、新世界を探し ている。新世界とは、大西洋の向こうにあるという。もし新世界を 見つけた場合、コロンブスがその国の総督となる。さらに、航海で 発見した財宝は10%が自分達の物になる。べらぼうな報酬である が、それなりの危険があり、船乗りが集まらなかった。仕方なく友 人や召使いをかき集め、それでも足りず、特赦として罪人を乗り込 ませた。だから本物の船乗りはコロンブスを含め、数人しかいない。 船を壊された恨み、その時に負った傷の痛み、船をなくし海に放 り出された屈辱、杞憂に終わった鮫に食われるのではという恐怖、 その後引き上げられ縄で縛られた時の痒み、その全てを忘れ、海賊 達はコロンブスに忠誠を誓った。 暗礁の上で、シーソーとなっているサンタマリア号を修理し、残 りの2台ピンタ号とニーニャ号を使って、生きるべき場所へ戻した。 もちろんその作業は、新住民が中心となった。 その後、新住民は3分割され、それぞれ3艘の船に配属された。 セルカークは、サンタマリア号の甲板での仕事を任された。主に帆 の上げ下げや、向きの調整である。 コロンブスという人間は30人もの海賊の人生を変えてしまった。 操られた、という感じはなく、自然と引き込まれていくのだ。遙か 遠くを目指す人間とは、そんなにも大きく、そんなにも魅力的な のだろうか。 セルカークは、デスティニオンも望遠鏡も船長の座も失ってしま った。しかし、今の気持を表すのに、喪失感という言葉はふさわし くない。この身を包む、大きくて強い、サンタマリアがある。 後ろは見たくない。振り返っても、そこにあるのはデスティニオ ンの残骸だけ。残骸を集めて一体何になりうるのか。今は風の導く まま、新たな世界へ飛び込むしかない。危険な賭でも、コロンブス にならついていける。 風よ、吹け。海を越えて吹いてくれ。
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