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第1回中高生3000字小説バトル
Entry6

五月病の特効薬

作者 : 隠葉くぬぎ
Website : http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/1955/
文字数 : 2809
“言葉にしたら逃げてしまう 君には何も言えない……”
 ラジオから流れてきた男性ボーカルの歌声に思わずあたしはむっ
とした。
 言わなきゃわかんないでしょうよ。
 ひざでも抱えて小さくなりそうな所だったけれど、何故だか開き
直って大の字に寝ころんだ。投げたクッションがたまたまスイッチに
当たったのか、ラジオはそれ以上何も言わなかった。

 四月ごろからその兆候はあったのだが見ないフリをしていた。直
視した途端、がんばってでもやってきたものがもう駄目になるのは
分かっていて、例えばそれは体温計で計った熱を見たらもうだるく
て身体が動かなくなるみたいに。
 でももうそろそろ駄目。ゴールデンウィークを良いことにずっと
無気力に過ごしてきたけれど。見ていかないとこのまま居なくなっ
てしまいそうだった。
 もう何をする気力も起きない。食べるのさえおっくうでもうずい
ぶん食べてない。もう日が高くなりかけているのにパジャマのまま。
着替える気も起きない。どうせ今日もこのまま。今日もぼうとして
過ぎていく。
 開けても居ないカーテンから、日の光が薄く漏れて、今日も快晴
だと伝えている。それがあたしの少しの気力を責め立てる。せめて
曇りだったら。言い訳になるのに。
‘何かしなきゃいけないのに、外はこんなに明るいのにお前なんに
もしないの?’
 あたしは五月病みたいだっだ。

 そんなことでもう連休は最後の日になってしまっている。カズヤ
はゴールデンウィークに入ったというのに電話の一本もくれない。
電話が来たらあたしもどうにかなるかなぁという気になっているの
に。この無気力の一端は絶対にカズヤにもあるのに、あたしは何も
言えない。
 カズヤは友達だった。友達にも『友達』としか紹介できない。
 えらく恥ずかしがりやのカップルにグループデートを持ちかけら
れて(でもデートといってもカップルはそこだけだった)行った先
にカズヤは居た。何かやたらに気になった。
 友達にどっちから告白したのーと聞かれるとどっちからともなく、
ってかんじかな、告白なんてしてないよ、と答えていたけど、はじ
めに誘ったのはあたしの方からだった。携帯電話の番号だけしか交
換していなくて、掛けるのが凄くためらわれて、それでも間違え電
話のフリして掛けた。さっきウチに電話した、って。電話してない
のは分かってたけど。電話の口実を間違い電話にするなんて助平オ
ヤジみたいだ。
 ついでみたいに、ふと、今度逢わないって言った。断られたらど
うしようとか考えてなくて、言ってから涙が出るくらいどきどきし
た。いいよ。カズヤの声が聞こえたとき、あんまりどきどきして、
あたしはよく覚えていない。
 それでも、あたし達はそれから何度も逢った。
 世間様では「付き合って」半年以上。雰囲気で、といったら語弊
があるけど、キスもした(映画館で、映画が始まる前にふっと暗く
なったときだ。おかげでその映画は全然覚えて何か居ない。なんて
ファンシーなシーン)。
 それでも。あたしとカズヤは恋人同士じゃない。告白していない。
友達にいった言葉もそれだけは真実。どっちも告白していないの
は、あたしは、怖くて。カズヤは……よく分からない。
 先週、4月の最後の日曜日、あたしの誕生日だった。カズヤは電
話をくれた。あたしはそれを無視した。留守番電話に入れるカズヤ
の声をリアルタイムで聞いて、どうして良いのかよく分からなかっ
た。電話は手を伸ばせば取れる位置にあるのに、あたしが取ろうと
するとぐんと距離を伸ばすのだ。それこそ電話がまめつぶに見える
くらいに。
 あたしはこんなに好きなのに、ほんとはあたしから電話をするよ
うな時期なのに、わざわざ掛けてくれているのに、電話にもでられ
ない。それなのにその声を聞くとたまらない。
 カズヤはこんなあたしのこと、本当は、どう思ってるんだろう。

 ぴんぽーんと間の抜けたチャイムの音が聞こえた。インターホン
にも出ずにそのままドアに向かう。大体立ち上がっただけでも奇跡
に近いのだ。ドアを背もたれに玄関のたたきに座り込んだ。がこん
という音を発したがさすがにドアは開かなかった。
「だれ?」
「ヨウ?」
 カズヤだ。カズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤ
「カズヤ。ごめん。あたし今ちょっと調子わるい」
 あたしは今言いたかったことをなんて言葉にしちゃったんだろう。
口だけ勝手に動いてるみたい。
「ヨウ?大丈夫?ほんと、この前も留守電だったし、具合わるいの
?」
 カズヤのほんとにどうしたんだって声が聞こえる。こういうとき、
カズヤは本当に複雑な顔してる。笑ったような泣いたような困っ
たような。ドア一枚へだてて、絶対ああいう顔してる。
 ぎ、とあたしの身体が倒れた。それは、もたれかけたドアが開い
た音だった。
「かぎ掛けてないの不用心」
 カズヤの逆さまの顔と思いっきり青い空が見えた。抜ける抜ける
青い空。責めてないよね?
 不意に、カズヤがあたしの口に何かを押し込んだ。
 それは甘くて、安物の口紅のニオイがした。ジェリービーンズ。
 カズヤの好きなジェリービーンズ。輸入物で毒々しい色でいろん
なニオイがする、それでもカズヤが大好きで見付けたら袋いっぱい
買っているジェリービーンズ。
 かむとそれはココナッツとラズベリーの味がした。色はきっと赤
に白いまだらの、ジェリービーンズをあたしはゆっくりとかみしめ
た。
「遅いかも知れないけど、誕生日、しよう」
 カズヤがゆっくりと笑った。視界が一瞬、何かで遮られた。それ
が、息が詰まるような良い匂いの花の束と言うことに気がつくまで
は、少しかかった。
「何で、すぐ、来てくんなかったのよ」
「今まで、ヨウの家、来たこと無かったんだぜ?」
「だから?」
 あたしが眉を寄せてるのは外に出てなくて、日が眩しかったこと
にして。ねぇ。
「ヨウ、独り暮らしだし」
「だから?」
 だから?だから?だから?あたしは笑顔をかみころして意地悪く
訊いてやる。
「今まで来たことないのに、来にくいだろ」
 すねたように言わないでよ。その言葉の意味が知りたいのよ。
「言わなきゃわかんないでしょうよ」
 ラジオに言ったことをそのまま言ってやる。でも、ラジオに言っ
たときより、もっとずっと優しかった。眉を寄せてるのは日が眩し
かったからじゃないのよ?
 ねぇ、神様ありがとう。今日を青空にしてくれて。きこえてる?
あたしはあなたに感謝してるのよ?ねぇ、また今日みたいな青空を
下さい。そしたら、あたしは。

 今までの気持ち何だったんだろう。五月病だって言うなら、それ
はこの口に残った甘みは何なんだろう。このまだ口に残る甘い甘い
かけら。これはきっと。

 あたしはまだ眉を寄せたまま、逆さまにカズヤの顔をのぞき込ん
だまま、次の言葉を待ってる。

 これはきっと、五月病の特効薬。






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