| # | 題名 | 作者 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 1 | バベルの塔 | Ruima | 2995 |
| 2 | 続道 | 暁 | 2915 |
| 3 | ライオン | 六角 | - |
| 4 | 海風の気まぐれ | Began | 3000 |
| 5 | ネコ科グレー ★ | 北条みゆい | 2739 |
| 6 | 五月病の特効薬 | 隠葉くぬぎ | 2809 |
| 7 | 流星観測所 | 奏筍 | 2994 |
彼らは、「さあ天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そ して、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。 主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言 われた。 「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このような ことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げること はできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、 互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」 (創世記11:4〜7) 町では長い間、一つの塔が造られ続けていた。レンガを焼き、運 び、積み重ね、固め。全てが町の人間全員での地道な手作業。にも かかわらず、塔はすでに周囲のどの山よりも高くなっていた。そこ までに一体どれだけの年月が費やされたのか。いつ誰が、どんな理 由でこの塔の建設を始めたのか。すでに誰もそれを知らない。しか し、誰一人として建設の中止を唱える者はいなかった。町の人間に とっては、「皆で世界一高い塔を建てている」ということ自体が何 よりも大切だった。 もっと高く。何よりも高く。私達が今ここで生きている、証を。 この町に、とても仲のいい2人の少女がいた。2人は共に食事を してレンガを焼き、共に神に祈り眠った。共に喜び、泣き、怒り、 笑った。同じ感情を共有していた。2人はいつも一緒にいた。 それぞれ両親はいたけれど、全体が一体となっているこの町では 家族という概念は希薄だった。他の誰といる時より、少女達は2人 でいるのが楽しかった。 そんな永遠に続くかと思われていた塔の町の物語は、ある日途端 に崩れてしまう。突然、足元が大きく揺れ、人々は立っていられず 地面に手をついた。次いで轟音と共に、塔の頂上から次々とレンガ が落ち始める。 初めは皆、何が起こったのかわからなかった。落ちてくるレンガ から逃げるのに必死で、安定した場所を求め大人も子供も右往左往。 それでさらに混乱が起きる。それぞれが大事な人を探して、呼び声 が交錯した。 しばらくすると、ほとんどの人間はレンガの届かない位置に集ま り、混乱はようやく収まり始めた。 そこで初めて、人々はまだレンガの落ち続ける塔を見上げる余裕 ができた。少女達も2人でしっかりと手も繋ぎ合い、同時に上を向 いた。 つい数分前までレンガがあったはずの場所に、2人は青い空を見 た。悲しいくらい、悔しいくらい、美しく澄みきった青い空。 誰かがポツリと呟いた。 「塔が、崩れた」 皆、ただ呆然と崩れていく塔を見ていた。誰も動こうとはしなか った。塔の崩壊を止められないのは、明らかだったから。誰も何も できなかった。 少女達は顔を見合わせた。片方が言う。 「突然どうしちゃったんだろう?」 しかし、もう一方はその言葉に目を首を傾げた。 『何を言っているのかよくわからなかった。もう1回言って』 もう片方はその言葉に目を見開く。 「ねえ、一体何を喋っているの?」 『え? ちょっと待って。どうしちゃったの? 何言ってるの?』 「何言ってるのか全然わからないよ」 すぐに気づいた。お互いが全く違う言葉を話している。 けれどそれが冗談でも新しい遊びでもないことくらい、お互いの 顔を見ればすぐにわかった。2人とも自分は今までと同じ言葉を使 っているつもりだった。しかし言葉が通じない。 どうすればいいのかわからず、何も考えられず、2人はただ手を 繋いだまま立ち尽くしていた。ふと周囲を見れば、皆それぞれの顔 に驚愕と絶望が現れている。耳に入って来る様々な言葉。わからな い知らない言葉言葉言葉……。理解不能の渦。 大勢の人間がいるにもかかわらず、その瞬間誰もが孤独だった。 自分の話したいことが伝わらない、相手の考えていることがわから ない、それはこんなにも大きな溝だったのか。ある大人はそんな風 に思った。いっそのこと、言葉が消えてしまえばどれだけよかった ろう。相手が謎の言語を発するたびに、わかりたいのにわからない 焦れったさだけが募る。 空回りする言葉達。いや、誰にも理解されない時点で言葉はすで に言葉ではない。町中に悲痛なノイズが響いた。 バラル。 この人々を悲しみと苦しみに包んだ、言葉の「混乱」こそが、後 にこの町が「バベル」と呼ばれる由来である。 「バベル」に実際生きていた人々が、一体自分の町をなんと呼ん でいたのか。今はもうそれを知る由はない。 だが。もしかしたらその名は、そして人々が塔の建設を通して望 んでいた物は、「結束」だったかもしれないのに。 ようやく塔の崩壊が収まった頃、突然、1人の老人が大声で言っ た。 「昨夜、わしの夢に主が現れた」 皆は一斉に老人を見た。不思議なことに、老人の言葉だけは誰も が理解できた。今は誰でもいいから、自分のわかる言葉を聞きたか った。老人は暗闇に射し込んだ光だった。 「主はこの塔についてお怒りだった。天より高く、神を超えような どと我々がしたことを、大変お怒りだった。だから、これは罰なの だ。神は我々の言葉をバラバラにされた。塔も散らされた。 しかし、救いはある。皆それぞれ別の地へ旅立て。旅先には必ず 言葉の通じる相手がいる。主はそう言われた。 わしはこの町を出る。残りたい者は町に残れ。だが、この町にい る限り救いはもたらされないぞ。主はここには救いを用意しておら れない」 老人はそう言うと、町の出口に向かって歩き始めた。老人の背中 が見えなくなってすぐ、ある若者が立ち上がり出口へ向かった。あ る恋人達は共に出口へ向かい、そこで熱く抱擁を交わして左右に別 れた。ただふらふらと出て行く者、家に入りカバンにありったけの 食料を詰め込んでいく者、もとの半分の高さになってしまった塔を じっと見つめて行く者。様々な形で、一人、また一人と町を出て行 く。 そして、ついに町には2人の少女だけが残った。 「どうして神様はこんなひどいことをするの? 私達は神様を超え ようなんて思ってなかった。ちゃんと毎日お祈りだってしてた! 神様のこと信じてた! 私達はただ、私達が今ここで生きているっ て証を残したかっただけなのに! みんなで塔を造りたかっただけ なのに……!」 泣きつづける1人の肩を、もう1人が優しく叩いた。彼女はそれ で顔を上げ、不安そうに聞いた。 「何? あなたも出て行くの?」 言葉は通じなくとも、表情と口調から察したのだろう。声をかけ た少女は首を横に振り、安心させるように微笑んだ。 『大丈夫だよ』 それからりんごを指差し、ジェスチャーをつけながらゆっくりと 言った。 『りんご、半分こしよう』 「もしかして、半分こにしよう、って言ってる?」 少女は泣き止むと、りんごをナイフで2つに割り、片方をもう1 人に渡した。 「半分こ?」 受け取った少女は嬉しそうに頷く。もう1人もようやく笑った。 『そう、半分こ』 「半分こ!」 半分ずつのりんごをかじり、2人はいっぱい笑った。何がそんな におかしいのか自分達でも分からないほど、たくさん。 『おいしいね』 「うん、おいしいね」 『ねえ、私達、ずっと一緒だよ』 「ずっとずっと、一緒だよ」 その日空に星が輝く頃、2人は未完成の、そして永久に完成する ことのないであろう塔の下、硬く、硬く、手を繋いで眠った。 言葉が違っても大丈夫。もっと大切な、心が繋がっているから。 罪の象徴のもと、ずっと共に生きていく。 それが、少女達から神への、ささやかな反抗。
私は勇者であった。 勇者であるから、私は勇者として求められる事を行い、また行う ように努めてきた。これからも、勇者として為すべき事を為して行 くつもりだ。 私は砲付きの槍を愛用している。槍付きの砲と言っても差し支え ない。穂先はオリハルコン、大口径の長砲身から射出される弾頭は 聖遺物弾頭だ。三日前もこの砲槍で竜を射殺した。皆は私を勇者と 称えた。そして私は勇者であった。 さて、わが故郷、美しきローレンシア聖王国は世界を二分する超 大国であるが、しかし二分するもう片方の大国、アデルシアの侵攻 を受け、建国以来最大の危機に瀕しているのだった。 アデルシアの軍は突然国境を越え、町を焼き指導者を見せしめに 処刑し、民に圧政を敷き、略奪を欲しいままに行い、そして日の出 の勢いで街道を東進している。このままでは美しきローレンシア全 土がそんな凄惨な光景へと転じるのも時間の問題であった。 勇者である私は、皆の期待に応える義務があると信じた。私はひ そかにアデリシアとの曖昧な国境を越え、その帝都に侵入した。 宮殿の最深部にある、皇室の扉の前に、私はたやすく立ち止まる 事ができた。襲い来る番兵を処理し、隔壁を降ろすと、辺りはつい 先ほどの静けさを取り戻すのだった。自らの防衛構造が仇となり、 ここでの非常事態は外からは窺い知る事もできないのだ。 見上げるだけで圧倒されるような黒がねの扉を力一杯に押すと、 高貴な軋みを立ててそれは左右に別れた。 切れ込みからまず刺しこんできたのは、光であった。光は真っ直 ぐに伸びて私の眉間を微かな熱を伴って照らした。私は豪著な金と、 神々しい灯火を想像した。 最小限の隙間が押し広げられると、私は用心してその隙間に身を 滑らせた。 しかしその心構えも虚しく、神を前にしたような気分に私は陥っ てしまった。 視界はまばゆい白色光に押し流された。手を額にかざしてようや く、私はぼんやりと周囲の状況が認識できたのだ。 豪著な金の輝きでも、神々しい灯火の煌きでもなく、白く眩しい 光はほかならぬ、あまねく注ぐ陽光であった。あまりにも非常識的 で、しかしあまりに日常的な風景。 抜けてゆく夏風が頬を撫でると、短い草達がいっせいにそよぐ。 前方の、なだらかな登り斜面の上に、あるはずのいかめしい城壁は 見る影も無い。ただその斜面には青葉を丸く豊かに茂らせた立ち木 が一本、この世界のただ一人の住人のように立っていた。 私は不意にめまいを感じ、恐る恐る背後を振り返った。しかし、 そこには巨大な城壁が随分と威圧的にそびえているのだった。 壁の内と外で、世界が絶対的に違うのだ。 私は第一歩をようやく踏み出した。重いブーツ越しにも、優しく やわらかな土と草の感触は十分に伝わってくる。極秘任務中である と言うのに、私は危うくそれを忘れてしまう程だった。この場所の、 穏やかさと言うものに包まれては。 しかし突然の話し声に、私は再び身を固めた。 楽しげな少女の声だった。そして、やや低いがやはりどこか愉快 そうな男の声がその少女の声に答えていた。どちらの声も、どこか 気品のある響きを持っていた。 私は慎重に、砲槍を構えて一歩ずつ声の源へ歩み寄る。声の源は あの立ち尽くす広葉樹の根元だ。 ふと自分が異質なものに思えて仕方が無かった。草、風、陽光、 そして楽しげな話し声。 木陰に二人の姿が、やがて見て取れた。少女と、男。男は黒い甲 冑で上半身を覆い、肩からは同じく黒いマントを垂れて、それは太 い幹に背をもたれ寝転がった彼の敷物になっていた。少女は男とは 対照的に、どこにでも居る郷士の娘のような簡素な服装で草の上に 膝を曲げ、全くこの場所に似つかわしかった。 男は、確かにアデルシア帝王、フランドル・デラダーン・アデル シア。あの黒衣は帝王が王座につく以前から有名だった。若くして 野心家、そして冷酷で計算高く、温厚な父とは正反対の男。 即位してすぐに軍備を拡張、近隣諸国を強圧し併呑、いつしか世 界最強の軍事大国となっていた。そんな事を成し遂げた帝王の目が 世界、ローレンシアに向く事は必然であった。 しかし、その帝王が何故宮殿の最深部にこのような空間を用意し たのか。また、帝王に寄り添い、まるで家族か友人のように話して いるあの少女は何者なのか。私には解らなかった。侍女にしては帝 王の態度が親しすぎるのだ。 何にせよ、そんな事は今の私にはあまり関係無い事である。私は ただひとつの為すべき事をしに、ここまでやってきたのだ。 砲槍を構えて、木陰ににじり寄る。身を隠すものは皆無。先に気 付いたのは、少女の方であった。やや驚愕の表情を見せてから、帝 王の肩に手を当てる。やがて帝王がこちらを見やり、ものぐさげに 立ちあがった。 「お初にお目に掛かる、勇者殿」 口元に笑みさえ浮かべて、帝王は言った。 「フランドル帝王陛下とお見受けするが?」 私が聞くと、帝王は頷いた。しばらくは変わらぬ静けさが続いた。 しかし不意に、帝王の背中に隠れていた少女が、腰の辺りから鉄 塊を取り出して、帝王と、私の間に立ちはだかった。 少女の手に握られていたのは、銃であった。 「止めておけ、エイリア」 帝王は少女の肩を掴んで引きとめる。しかし少女は動かなかった。 「あなた、丸腰でしょう……?」 やや震えた声。手の内の銃もまた、先端が震えていた。確かに私を 狙っているその銃口。 私は膝を緩めた。刹那、甲高い破裂音が草原に響いた。反射的に 景色が横に伸びると、肩の辺りに衝撃があった。 少女の銃声が彼女の意思であるかは解らなかったが、私の砲声は 確かに私の意思であった。私は少女の死を確信した。 轟いた砲声と銃声に、木の枝で羽を休めていた鳥たちが一斉に飛 び立った。羽ばたきの影の下に、二人はやはり立ち尽くしていた。 鼻につく硝煙の臭い。 帝王の黒い背中には、ぽっかりと赤い穴が現われていた。少女を 覆い隠す、その巨大な背中には、鮮血が筋を残して流れ落ちた。そ れから音も無くゆっくりと、その帝王の長身は地面に伏せた。 「どうして……」 半ば力を失った、少女の声だった。少女も再び、地に膝を突く。 「夢は……世界は……どうなるのですか……」 長い髪にその横顔は覆われて、どんな表情をしているかは窺い知る 事は出来なかった。ただ、その横顔に、帝王の篭手をはめた右手が ゆっくりと伸ばされた。少女はその手をしっかりと握り、自らの頬 に押し当てた。 帝王の口元が、微かに動き出した。擦れ声は、音も無いこの草原 に、不思議と響き渡るようだった。 「世界などよりも、おまえの方が余程可愛いのだ、本当は……」 そして伸ばされた帝王の手は、力を失いだらりと垂れ下がった。 偉業を果たした私を、ローレンシアの市民は口々に誉め称え、私 はまた、勇者である義務を果たした。帝王を失ったアデルシアはロ ーレンシアの反撃に退却を重ね、やがて、地図から消えた。 あの帝王の元に居た少女は、帝王の幼い頃からの親友であると聞 いた。地方の貴族の一人娘であり、世界統一の暁には婚礼の約束ま で交わしていたとも私は耳にした。 私の今回の旅の目的は、果たされた。 しかし私はもう、旅を終える気には、なれなかった。
動物園に、ライオンがいました。ライオンの唯一のともだちは、 隣のオリにいるライオンでした。 ともだちのライオンは、ある日言いました。 「おい、おまえは、このままずっとここで暮らしたいか?」 ライオンは、返事に困ってしまいました。 「オレは、生まれたときからずっとここで暮らしているんだ。お前 は、ここに来る前はアフリカというところにいたんだろう。オレを 産んだ母親は、よくアフリカにいたときの話をオレにしたんだ。」 「いや、オレはここに来る前も、ここと同じような所にいたんだ。 生まれたときから、お前以外のライオンには会ったことがないん だ。アフリカって、なんだ?」 ライオンがたずねると、ともだちのライオンはとたんに目をかが やかせてしゃべりだしました。 「アフリカって、広いんだってさ。広すぎて、はしっこが見えないくら いだって、俺の母親が言ってた。ここからは人間と、ハトと、あと、 ときたま高いところに登ったサルが見えるくらいだけど、アフリカ にはもっともっといろんな動物がいるんだ。食べものだって、ここ では毎日同じ時間に出されるものを食べるだけだけれど、アフリ カってところで暮らしてるやつらは、いつでも食べものにありつけ るわけじゃなくて、ほとんど毎日、生きるか死ぬか、ギリギリのとこ ろで生きてるんだ。えものを見つけると、つかまえるために全速力 で走りまわらなくちゃならないんだ。それから、雨がずうっと降らな い時期っていうのがあって、その時期はのどがカラカラになりな がら,雨が降るまで水たまりを求めて歩きつづけるんだぜ。ワク ワクするだろ?それに、アフリカの日の入りは、世界中の何よりも きれいなんだって、何度も聞かされた」 「ふうん」 しばらく沈黙が続いて、不意にともだちのライオンが、またさっきと 同じことを言いました。 「なあ、お前は、このままずっとここで暮らしていたいか?」 ライオンは、2回も黙っているのは悪いと思い、しかたなく返事をし ました。 「ぼくは・・・今の暮らししか知らないから、そんなこと分からないよ」 ライオンは、しまったと思いました。ともだちのライオンは、自分のこ とを「オレ」と言います。ライオンは何となく、そのほうがいいような気 がして、自分もまねをしているのですが、弱気になるとどうしても、自 分のことを「ぼく」と言ってしまうのでした。 「オレだってそうさ」 さいわい、それにはともだちのライオンは気がつかなかったみたい でした。 「オレさ」 ゆっくりとともだちのライオンは言いました。 「ここを出ようと思うんだ」 「え?」 ライオンはびっくりして、思わず聞き返してしまいました。なぜなら、 ライオンは今までそんなこと、考えたこともなかったからです。 「ここの外にはアフリカがあるの?」 「いや。アフリカはもっとずっと遠くて、海っていう、水たまりをもっと でっかくでっかくしたみたいなやつを渡らなくちゃいけないんだ」 ライオンは、そんなに遠いところがあることも知らなかったし、海とい うものがどんなものかなんて、想像もつきませんでした。 「でも」 ともだちのライオンは続けます。 「オレはどんなに遠くても、いつか必ずアフリカにたどりつく。オレは もっといろんなものが見てみたいんだ。もっと思いっきり走りまわっ てみたいんだ。それで、アフリカにたどりついたら、とびきりの夕日を 見るんだ。お前は一生ここにいていいのか?」 「・・・」 ライオンは答えられませんでした。きっと、いくじなしだと思われただ ろうと思って、おそるおそる顔を上げてみましたが、ともだちのライオ ンは、別に気にしてないみたいでした。 「オレは明日ここを出る。明日人間がエサをやりにきたとき、オレは 人間に飛びかかって、そのままオリを飛び出すんだ」 その夜ライオンは、なかなか眠れませんでした。ともだちのライオ ンのようにすることが、ライオンのすることなのかなあと思いましたが、 ともだちのライオンのまねをする勇気なんか、とてもとても湧いてきま せんでした。 次の日、ライオンは朝からずっとドキドキしていました。こんなにドキ ドキしたのは、生まれて初めてかもしれません。ライオンはなぜか、 このままエサの時間がきてほしくないと思っていました。 エサの時間に人間が入ってきたとき、ライオンはまるで自分が逃げ 出そうとしているかのように緊張していました。 エサを置いた人間がライオンのオリの扉を閉めます。ガチャリ、と いう音がして、ほんの少しのあいだ、静かになりました。 2度目のガチャリが聞こえた瞬間、ライオンは思わず目をつむって しまいました。 一瞬の沈黙ののち、隣のオリから動物園中に響くような悲鳴があ がりました。けれど、ともだちのライオンのものは、どんなに耳をすま しても、うなり声どころか、足音さえも聞こえてきませんでした。 あとでちょっとのぞいてみたところ、人間はとっても慌てていました が、けがはまったくしてないようでした。 動物園のライオンは一頭になりました。 ライオンは結局、ともだちだったライオンのようにすることはできま せんでした。 ある日、ライオンは思いきって、オリの外でぶらぶらしているハトに 声をかけました。ともだちだったライオン以外に声をかけるのは初め てです。 「ねえ、きみ」 初めてライオンに話しかけられたハトは、少しびっくりしましたが、そ のライオンの弱気なことは有名だったので、すまして答えました。 「なあに」 ライオンは、ハトの態度が思ったよりつめたかったので、すこしびくっ としてしまいました。ともだちだったライオンは、はじめからとても気 さくに話しかけてきてくれていました。 「あのさ、前にぼくのオリの隣にいたライオン、知ってるだろ?あいつ が今どうしてるか、知ってるかい?」 「ああ」 ハトはあいかわらずつんとすました態度で答えました。 「あのライオンなら、殺されたわ」 ライオンは一瞬、頭がまっしろになりました。最初は何も言えないくら いでした。ともだちだったライオンが殺されなければならなかった理由 が、どうしても分かりませんでした。 「・・・殺された?」 「動物園から逃げ出した次の日、人間にほかくされたの。そのときはま だ生きてたんだけど、キケンだからって、そのあと毒を注射されたのよ。」 ハトはまるで自分が見てきたかのように話すと、ちらっと一瞬だけラ イオンを見て、それからどこかへ飛んでいってしまいました。 ライオンがそれから誰かと話すことはありませんでした。ずっととも だちだったライオンのことを考えていました。 ライオンはいつも、ともだちだったライオンのことがうらやましかっ たのです。ともだちだったライオンは、いつも目がかがやいていました。 いつでも楽しそうに話しかけてきました。ライオンにはないなにかを持 っていました。 ともだちだったライオンは、ライオンの、たったひとりのともだちで した。 ともだちだったライオンは、自由になった次の日に死んでしまい、ラ イオンは死ぬまで平和に生きていました。 それでもライオンは、ともだちだったライオンを、うらやましく思っ ていました。
船の前方には、まだずっと遠くに小さく見える船と、その上に浮 かぶ白い雲だけがある。他は全て青で、一括して背景となっている。 髑髏旗を掲げた、このデスティニオン号の船長は、唸りながら望 遠鏡を目に当てている。その望遠鏡はとても年季が入っていて、御 丁寧に名前まで入っている。セルカーク・スタークス。 水平線に見える3艘の船が、海賊共の次なるカモである。そいつ らは、何日か前、スペインを出たらしい。なんでもスペイン国王、 女王の支援を受けているそうだ。かなりの金品を積んでいるのは、 ほぼ間違いない。見込みが高い分、船長の緊張も高くなる。唸るの も仕方ないと言えよう。 カモは食料補給のため、このカナリヤ諸島(アフリカの西、大西 洋に浮かぶ)のどこかに泊まるはずだ。どの島に行くにせよ、最北 端のこのランザロート島を通過する。ここで待ち伏せし、通過した ところを襲う。そして15さきにある暗礁に追い込み、金品を 戴く。 これが船長の作戦である。もう何度かこの手で、稼いだことがあ る。特に今回は、定期便ではないので、ここの地理を知らない。十 二分に勝算があるのだが、船長は何度も望遠鏡をのぞいては唸って いる。 「ボーン、火薬詰めるの忘れんな」 船長は大砲の整備をしていた男に声をかけた。 「臨時砲兵だからって気を抜くな。大砲は大事な戦力なんだ」 病気のために船を下りた、腕のいい砲兵の代わりがボーンである。 それにしても船長はかなり気が立っている。 水平線の空はゆっくり流れている。 今日は風が強い。あと20分もすれば、敵はここを通過するだろ う。 「よし。そろそろだ。錨を上げろ!」 と船長は大声を張り上げながら、錨のための労働を始めた。 デスティニオンは、船長が小型帆船をスピード重視で改造した船 だ。船乗りは30人しかいないので、船長自身も雑用をせざるをえ ない。 それでも、錨は雄々しく海面から引き上げられた。 いい風だ。実に気持ちいい。 「よーし、今だ。帆を上げろ!」 ねらった獲物がデスティニオンの前を通り過ぎようとした時、船 長が叫んだ。高々と旗のように上げられた帆は、カモメが羽ばたくよ うな音を立て、たくさんの風をはらませた。 「面舵をとれ!」 船は船首を右に向け、獲物の追跡を開始した。 3艘の船の大きさはそれぞれ違う。中型の船と小型の船、その真 ん中ぐらいの船。 デスティニオンの髑髏旗に気づいたのか、敵はスピードを速めた。 もちろんデスティニオンには及びもしない。 見ると、一番大きな船が遅れて逃げている。船が古いのか。木の 色が違う。それだけではない。きっとあの船に荷物がたくさんあっ て、その重みで遅いのだ。たぶん大砲も装備しているのだろう。し かし船長は恐れない。デスティニオンの速さなら、砲弾くらい楽に よけられる。 「あの一番でかい船を攻めるぞ!」 勢いが強すぎた。デスティニオンは今にも餌に食らいつきそうだ。 風までもが、その後押しをしている。 暗礁に追い込む前に追いついてしまったら、十八番が出せないで はないか。 「仕方ない。しばらく、ジグザグに走るぞ!」 ジグザグに走るのは向かい風の時だが、これは例外か。 デスティニオンの自慢はスピード、逆に言えば他の性能はムムム ムム。だからジグザグといっても、その角度は120度にしかなら ず、ニョロニョロと言っても多すぎるくらいだ。普通ならば80度 にはなるのだが。 必殺ニョロニョロ走行に尻尾を巻いたのか、敵は真っ直ぐ暗礁に 向かっている。 「ファイアー!」 と言うかけ声で、ボーンは居眠りをしていたことに気づき、あわ てて弾を大砲に押し込んだ。 「ボーン。わかっているとは思うが、船の舵、ケツの所をねらうん だぞ。寝ぼけて他に当てんなよ」 船長が寄ってきたのに気づき、ボーンはあわてて発射した。 ズーンと腹に気持ちよく響く音を立てた弾は、これまたいい音を 立て、むなしく海に穴をあけた。 音に酔っていた船長は海を見て、きっ、とボーンをにらんだ。 「い、今のは威嚇射撃であります。やはり海賊といっても正規の順 序を」 事務的な口調で言いたかったのだろうが、声はかすれ、最後の方 は全く聞き取れなかった。 船長は、あまりボーンには期待していなかったと見え、もうにら んでなかった。 しかしボーンは、一人言い訳を続けた。大砲を見ては首をかしげ、 船長を見ては首をかしげ、それを7セット繰り返した。 板の折れる音。人々の騒ぐ声。 はっとした船長は望遠鏡をのぞいた。作戦通り大きい船が、暗礁 に乗り上げた。他の2艘はそのまま逃げ続けた。 大砲の音。発射したのは、敵ではなくボーンだ。彼はどうやら勘 違いをしたらしい。自分の威嚇射撃が功をたてたと思ったのだ。何発 も発射した。彼の威嚇射撃の一発が、逃げる2番目に大きい船に当 たった。 船長が怒鳴ると、ボーンは暴走をやめた。弾が切れた、と言った 方が正しいが。 「あのでかい船に乗り込むぞ!」 海賊達は文字にできぬ擬声語、擬態語の類を連発し、戦の準備を 始めた。 船はもうニョロニョロとは走らず、ボーンの暴走のごとく突っ走 った。 また大砲の音。船長はきっ、と振り向いたが、ボーンは乗り込む ために武器の点検をしていた。 敵の砲弾がこの船を狙っている。 船長は船の向きを変えようと、船のハンドルに飛びついた。 あまりの風の強さで、船は砲弾にも恐れず向かっていく。 バリバリッと板の壊れる音が、デスティニオン中に響いた。 縄で縛られ首を垂れていた海賊達は、一斉に敵方の親分コロンブ スを注目した。コロンブスの口から許すという言葉がもれたからだ。 海賊が捕まったら即死刑、というのは常識だ。それを見事裏返され、 動揺の目、歓喜の目、悲哀の目、憎悪の目、勇気の目、ホーンの 寝ぼけた目、と、それぞれが困惑している。 コロンブスは話を続け、彼らの目を普通の目に戻した。 要約すればこうである。スペインの国王の命令で、新世界を探し ている。新世界とは、大西洋の向こうにあるという。もし新世界を 見つけた場合、コロンブスがその国の総督となる。さらに、航海で 発見した財宝は10%が自分達の物になる。べらぼうな報酬である が、それなりの危険があり、船乗りが集まらなかった。仕方なく友 人や召使いをかき集め、それでも足りず、特赦として罪人を乗り込 ませた。だから本物の船乗りはコロンブスを含め、数人しかいない。 船を壊された恨み、その時に負った傷の痛み、船をなくし海に放 り出された屈辱、杞憂に終わった鮫に食われるのではという恐怖、 その後引き上げられ縄で縛られた時の痒み、その全てを忘れ、海賊 達はコロンブスに忠誠を誓った。 暗礁の上で、シーソーとなっているサンタマリア号を修理し、残 りの2台ピンタ号とニーニャ号を使って、生きるべき場所へ戻した。 もちろんその作業は、新住民が中心となった。 その後、新住民は3分割され、それぞれ3艘の船に配属された。 セルカークは、サンタマリア号の甲板での仕事を任された。主に帆 の上げ下げや、向きの調整である。 コロンブスという人間は30人もの海賊の人生を変えてしまった。 操られた、という感じはなく、自然と引き込まれていくのだ。遙か 遠くを目指す人間とは、そんなにも大きく、そんなにも魅力的な のだろうか。 セルカークは、デスティニオンも望遠鏡も船長の座も失ってしま った。しかし、今の気持を表すのに、喪失感という言葉はふさわし くない。この身を包む、大きくて強い、サンタマリアがある。 後ろは見たくない。振り返っても、そこにあるのはデスティニオ ンの残骸だけ。残骸を集めて一体何になりうるのか。今は風の導く まま、新たな世界へ飛び込むしかない。危険な賭でも、コロンブス にならついていける。 風よ、吹け。海を越えて吹いてくれ。
最近ネコ科人種領は慌ただしい。出産ピークらしい。おれも一年 前はああだったのかなあ。ネコ科人種はヒト科と違って子供がわん さか生まれる時期がある。なーんてどうでもいいか。 おれは地上に一人で遊びに出かけることにした。一週間ぐらい前に 母ちゃんと買い物で地上に降りた時に供ができた。 昔はネコ科の奴は手と足を使って4本で歩いてたんだって。母ちゃ んと父ちゃんがいってた。その上ヒト科の奴らに飼育されていたら しい。ばあちゃんは飼育じゃない、奴隷にされてたんだって今でも 訴えてるけど・・・・・・。今じゃ2本の足で歩くしネコ科はネコ 科でちゃんと生活してる。ちょっと耳がヒト科と違うけどな。 「ミウ、何処へ? 」 「うん? 地上に降りるの」 「そ、気をつけなさいよ、ヒトばっかりなんだから」 「うん」 母ちゃんはなんであんなに心配しょうなんだ。おれ、もう1歳なん だぞ。ぴょんっと枝を伝いながら最後は一回転して地面に着地する。 と、目の前にピンクのスカートがあった。沿う様に上を見上げると 顔が現れた。 「よっ、ネコ科グレー」 おれは供に挨拶をした。 「おっす、ミウ」 ネコ科グレーは笑ってお巡りさんみたいな敬礼を返してきた。 「にゃあにゃあ、ネコ科グレーよぉ・・・・・・」 「ねえ、その呼び方なんとかならない」 おれの耳をネコ科グレーがひっぱる。 「じゃあ、名乗れ」 「イヤ」 「だったらネコ科グレーだな、やっぱり」 「違う呼び方とか・・・・・・」 「ない」 「あっそ」 ネコ科グレーは頭を掻いた。こいつ、なぜか何を聞いてもまともに 答えてくれない。名前もそうだけど住んでるとことかもいわない。 何科人種か、もだぞ。聞いたら『さあ、何科だろうねー』って笑う んだ。でもおれ知ってる。ネコ科グレーはおれと一緒のネコ科だっ てこと。いっつも被ってる帽子のせいでネコ科特有の耳は見えない けど帽子から出た長いグレーの髪はつやつやでめちゃくちゃ綺麗な んだ。これって、絶対ネコ科だよ。こんな綺麗な髪ヒト科にはいな いよ。他の科にもちょっと当てはまらない。 「今日さ、海行かない? 」 ネコ科グレーが正面を指差していう。草だらけのここからはよくは 見えない。 「んん・・・・・・? うわぁぁ!? 」 急に体が宙に浮いて目の前に青い水が見えた。 「ほーら、みえる? ちびミウくん」 ネコ科グレーの仕業だった。おれのお腹にネコ科グレーの腕がぴっ たりついていた。ようするに抱っこされていた。はあ、こんなとき ご先祖さまが羨ましい。ばあちゃんがいうには昔のネコ科は鋭い爪 が生えてて悪いやつらをやっつけたらしい。ネコ科グレーは悪い奴 じゃないけどこういう時はやっつけたい。 「もう、そんな目でみないでよ。ミウが見えなさそうだったから親 切でやっただけじゃない。決して悪意はないわ」 「・・・・・・うそつけ。じゃあ、なんだよその吹き出しそうな 顔は! 」 「失礼ねえ、乙女の顔をそんなふうにいうだなんて」 「ほう、お前は乙女だったのか。こりゃ、初耳だ」 「服見ればわかるでしょ! 」 「だって、お前口悪いもん。おれはてっきりそういう趣味の奴かと ・・・・・・」 「あの海に沈めちゃうわよ」 そういってネコ科グレーが突然おれの体を揺らしはじめた。まだ ずっと歩かないといけない海にここから落とされるわけはないと 思ってはいてもこの宙ぶらりんの態勢は気分が悪い。なんたって足 が地面についてないんだから。 「許して」 素直におれは謝ってやった。ついでに気になってたことも聞いてみ る。 「でも、な〜んで海行くの? 」 「・・・・・・。ついてから教えてあげるよ」 「ふーん」 ネコ科グレーの内緒はいつものことだから気にしなかったけどちょ っとだけ淋しそうな顔をしたのは気になった。珍しい。雨でも降ら なきゃいいけど。 海は風がビュービュー吹いてた。頭の上の耳の毛が逆立っちまう。 「にゃあ。ここで何して遊ぶの」 「遊ぶ前にさ、ちょっと付き合ってよ」 「何に? 」 「いいから、ほら。来い」 手を引っ張られて、言うがままに砂浜の真ん中ぐらいに連れて来ら れた。何もないこんなとこで何すんの? 「ほら、手をあわせて。お願いよ」 「う、うん・・・・・・」 訳もわからずおれは手をあわせた。ネコ科グレーの小さな声が聞こ えた。 「純也、今日はね、姉ちゃんの友達連れてきたの。ミウっていうの」 「? 」 周りには誰もいない。おれとネコ科グレーだけ。一体誰に話しかけ てるんだろう? じゅんや? 「あんたにそっくりでさぁ。すっごく、かわいくって仕方ないの。 純也が今もここにいるみたいで・・・・・・」 「にゃ!? どうしたんだよぉ。おれ、なんか悪いことしたのか!? 」 ネコ科グレーが突然泣き出してしまった。訳がわからないけどこん なの初めてだ。ネコ科グレーはいっつも笑ってて、意地悪いけど性 格はよくって・・・・・・。だけど、今のネコ科グレーは。 「ご、ごめん。別にさ、ミウは悪くないの。ちょっと、弟のこと思 い出しちゃって。あのね、私の弟、二ヶ月前に友達の船で釣り行っ たっきり帰って来なかったの・・・・・・」 びっくりしておれは聞き返した。 「・・・・・・死んだの? 」 ネコ科グレーは涙を拭きながら首を横にふった。 「わかんないのよ。でも、きっと・・・・・・」 「なんでだよぉぉ!わかんないのにさ、どうして諦めちまうわけ? どこかで生きてるかもしんないじゃん。おれ、ネコ科グレーっても っと、もっと・・・・・・」 なんでかおれまで泣けてきて何いってんのかわかんなくなっちゃっ た。細い腕がおれの体に巻き付いてぎゅっ、てした。 「・・・・・・そうだよね。お姉ちゃんのわたしがこれじゃあ駄目 だよね」 「そうだそうだ! お前姉ちゃんだろ」 「うん! 」 ネコ科グレーはウサギ科のやつみたいに目が赤かった。でも、ちゃ んと笑ってた。 さんざん遊んで家に帰ろうとしたとき、おれはさらにびっくりす ることになった。一発強い風が吹いてネコ科グレーの帽子が吹っ飛 んだ。 「あああああ! 」 「な、なに!? 」 おれは思わず叫んだ。ない!? ネコ科グレーの頭に耳がない! 「おいっ! お前耳どこいったの」 「みみぃ? あるじゃないここに」 た、確かにネコ科グレーの耳は顔の横についてた。と、いうこと は・・・・・・。 「まさか、お前ヒト科!? 」 「うん、そうだけど」 「そんなぁ! じゃあ、その綺麗なネコ科みたいな髪の毛はなんだ よ! 」 「髪? ああ、これ毛染め剤よ。今ヒト科で流行ってるネコ科色な の」 言葉がでない。こいつネコ科じゃねーのか!? 「ま、ネコ科だろうが、ヒト科だろうがいいじゃない。仲良しには 変りないでしょ」 「う、うん・・・・・・」 頷いたけどこれってちっとも良くない。 来年の花嫁どうしよう・・・・・・。 おれ、ネコ科グレーと結婚しようと思ってたのに!
“言葉にしたら逃げてしまう 君には何も言えない……” ラジオから流れてきた男性ボーカルの歌声に思わずあたしはむっ とした。 言わなきゃわかんないでしょうよ。 ひざでも抱えて小さくなりそうな所だったけれど、何故だか開き 直って大の字に寝ころんだ。投げたクッションがたまたまスイッチに 当たったのか、ラジオはそれ以上何も言わなかった。 四月ごろからその兆候はあったのだが見ないフリをしていた。直 視した途端、がんばってでもやってきたものがもう駄目になるのは 分かっていて、例えばそれは体温計で計った熱を見たらもうだるく て身体が動かなくなるみたいに。 でももうそろそろ駄目。ゴールデンウィークを良いことにずっと 無気力に過ごしてきたけれど。見ていかないとこのまま居なくなっ てしまいそうだった。 もう何をする気力も起きない。食べるのさえおっくうでもうずい ぶん食べてない。もう日が高くなりかけているのにパジャマのまま。 着替える気も起きない。どうせ今日もこのまま。今日もぼうとして 過ぎていく。 開けても居ないカーテンから、日の光が薄く漏れて、今日も快晴 だと伝えている。それがあたしの少しの気力を責め立てる。せめて 曇りだったら。言い訳になるのに。 ‘何かしなきゃいけないのに、外はこんなに明るいのにお前なんに もしないの?’ あたしは五月病みたいだっだ。 そんなことでもう連休は最後の日になってしまっている。カズヤ はゴールデンウィークに入ったというのに電話の一本もくれない。 電話が来たらあたしもどうにかなるかなぁという気になっているの に。この無気力の一端は絶対にカズヤにもあるのに、あたしは何も 言えない。 カズヤは友達だった。友達にも『友達』としか紹介できない。 えらく恥ずかしがりやのカップルにグループデートを持ちかけら れて(でもデートといってもカップルはそこだけだった)行った先 にカズヤは居た。何かやたらに気になった。 友達にどっちから告白したのーと聞かれるとどっちからともなく、 ってかんじかな、告白なんてしてないよ、と答えていたけど、はじ めに誘ったのはあたしの方からだった。携帯電話の番号だけしか交 換していなくて、掛けるのが凄くためらわれて、それでも間違え電 話のフリして掛けた。さっきウチに電話した、って。電話してない のは分かってたけど。電話の口実を間違い電話にするなんて助平オ ヤジみたいだ。 ついでみたいに、ふと、今度逢わないって言った。断られたらど うしようとか考えてなくて、言ってから涙が出るくらいどきどきし た。いいよ。カズヤの声が聞こえたとき、あんまりどきどきして、 あたしはよく覚えていない。 それでも、あたし達はそれから何度も逢った。 世間様では「付き合って」半年以上。雰囲気で、といったら語弊 があるけど、キスもした(映画館で、映画が始まる前にふっと暗く なったときだ。おかげでその映画は全然覚えて何か居ない。なんて ファンシーなシーン)。 それでも。あたしとカズヤは恋人同士じゃない。告白していない。 友達にいった言葉もそれだけは真実。どっちも告白していないの は、あたしは、怖くて。カズヤは……よく分からない。 先週、4月の最後の日曜日、あたしの誕生日だった。カズヤは電 話をくれた。あたしはそれを無視した。留守番電話に入れるカズヤ の声をリアルタイムで聞いて、どうして良いのかよく分からなかっ た。電話は手を伸ばせば取れる位置にあるのに、あたしが取ろうと するとぐんと距離を伸ばすのだ。それこそ電話がまめつぶに見える くらいに。 あたしはこんなに好きなのに、ほんとはあたしから電話をするよ うな時期なのに、わざわざ掛けてくれているのに、電話にもでられ ない。それなのにその声を聞くとたまらない。 カズヤはこんなあたしのこと、本当は、どう思ってるんだろう。 ぴんぽーんと間の抜けたチャイムの音が聞こえた。インターホン にも出ずにそのままドアに向かう。大体立ち上がっただけでも奇跡 に近いのだ。ドアを背もたれに玄関のたたきに座り込んだ。がこん という音を発したがさすがにドアは開かなかった。 「だれ?」 「ヨウ?」 カズヤだ。カズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤ 「カズヤ。ごめん。あたし今ちょっと調子わるい」 あたしは今言いたかったことをなんて言葉にしちゃったんだろう。 口だけ勝手に動いてるみたい。 「ヨウ?大丈夫?ほんと、この前も留守電だったし、具合わるいの ?」 カズヤのほんとにどうしたんだって声が聞こえる。こういうとき、 カズヤは本当に複雑な顔してる。笑ったような泣いたような困っ たような。ドア一枚へだてて、絶対ああいう顔してる。 ぎ、とあたしの身体が倒れた。それは、もたれかけたドアが開い た音だった。 「かぎ掛けてないの不用心」 カズヤの逆さまの顔と思いっきり青い空が見えた。抜ける抜ける 青い空。責めてないよね? 不意に、カズヤがあたしの口に何かを押し込んだ。 それは甘くて、安物の口紅のニオイがした。ジェリービーンズ。 カズヤの好きなジェリービーンズ。輸入物で毒々しい色でいろん なニオイがする、それでもカズヤが大好きで見付けたら袋いっぱい 買っているジェリービーンズ。 かむとそれはココナッツとラズベリーの味がした。色はきっと赤 に白いまだらの、ジェリービーンズをあたしはゆっくりとかみしめ た。 「遅いかも知れないけど、誕生日、しよう」 カズヤがゆっくりと笑った。視界が一瞬、何かで遮られた。それ が、息が詰まるような良い匂いの花の束と言うことに気がつくまで は、少しかかった。 「何で、すぐ、来てくんなかったのよ」 「今まで、ヨウの家、来たこと無かったんだぜ?」 「だから?」 あたしが眉を寄せてるのは外に出てなくて、日が眩しかったこと にして。ねぇ。 「ヨウ、独り暮らしだし」 「だから?」 だから?だから?だから?あたしは笑顔をかみころして意地悪く 訊いてやる。 「今まで来たことないのに、来にくいだろ」 すねたように言わないでよ。その言葉の意味が知りたいのよ。 「言わなきゃわかんないでしょうよ」 ラジオに言ったことをそのまま言ってやる。でも、ラジオに言っ たときより、もっとずっと優しかった。眉を寄せてるのは日が眩し かったからじゃないのよ? ねぇ、神様ありがとう。今日を青空にしてくれて。きこえてる? あたしはあなたに感謝してるのよ?ねぇ、また今日みたいな青空を 下さい。そしたら、あたしは。 今までの気持ち何だったんだろう。五月病だって言うなら、それ はこの口に残った甘みは何なんだろう。このまだ口に残る甘い甘い かけら。これはきっと。 あたしはまだ眉を寄せたまま、逆さまにカズヤの顔をのぞき込ん だまま、次の言葉を待ってる。 これはきっと、五月病の特効薬。
彼に会うのは随分と久しぶりだったので、私はいささか緊張してい た。 一度大きく深呼吸をし、群青色で「流星観測所」と書かれた鉄製の ドアをノックする。 「どうぞ」 落ち着いた、それでいてどことなく不安定な声が扉の向こうから返 ってきた。彼だ。 数年前と印象を一つも変えないその声は、つい昨日会ったばかりの ような錯覚を抱かせる。 私はノブを回し、ドアを開けた。キィと金属のこすれる音さえ一つ も変わっていない。 「やあ、これは懐かしい御仁がきたな」 彼は私の顔を見て、少しばかり驚いたようだったが、すぐにその表 情を彼お得意の微笑へと変えた。 「久しぶりだね。何用だい?」 数年来の旧友と出会った時の、何一つ違和感を抱かせない笑顔で彼 は問うた。 「仲直りさ」 「それは良いことだ] そう言いながら、彼はつまらなそうな顔になった。私に殴り込みで も期待していたのかもしれない。 「かければ?」 ぞんざいに手のみで、彼の隣の足の高い金属椅子を示す。私はゆっ くりとそちらに向かった。 私が来るまで、彼は傍らにある銀の筒に見入っていたらしかった。 彼専用の望遠鏡である。 奇妙な形をしていて、接眼部分は1ドルコインのような狭さなのに、 その先が巨大な瓢箪のようにぷっくりと二段階に膨れている。さら にその先は窓を通して外へと繋がっており、この望遠鏡の全形を見 ることは出来ない。 接眼部分のレンズは厚すぎて、枠からはみ出し、彼の方に出っ張っ ている。あんな物で、よく観測できるものだと感心するが、実際見 えるのだから事実を認めざる負えない。 私自身も覗かせてもらったことがあったが、気持ちの良いものは拝 めなかった。 私が彼の隣に座ると、彼はその持ち主の性格を表したような偏屈な 望遠鏡から目を離した。 「やっとこの場所が気に入ってくれたのかい?」 そう言った彼の瞳には期待が篭っている。 「いや」 私は首を振った。 「いまだに好きにはなれないな」 言った途端、見る間に彼の顔が曇った。 「数年間もここに通っていたじゃないか」 「実はあの時から嫌いだったんだよ」 私が思いきって言うと、彼は笑いを冷めたものに代えた。 「それは初耳だな」 声が上ずっている。 必至で隠そうとはしているが、私の身勝手な言葉に怒っているのは 明らかだった。少し間を置いた方が良い。私は向き合っていた彼の 両目からついと目を逸らすと、ガラス張りの天蓋へと視線を投げた。 360度。半球型にガラス版が張られている。うすく透き通った板を 通して、夜の深い闇が私たちを包んでいた。星一つ瞬いてはいない。 「闇に呑まれそうな気がして」 闇を見つめていると、言葉がふと口をついて出た。意識した訳では ない。少し遅れて、自分の言葉の続きだと気付いた。 「この空が?」 彼も私に習って闇を見上げる。気を抜かれ怒りは収まったらしい。 私は続けた。 「この闇はなんだか恐ろしい。気付かぬ間に侵食されている気がす る」 「考え過ぎだよ」 彼は私の話に興味が持てなかったのか、空天から視線を離した。 「空の闇はあくまで空さ。僕らを襲おうなんて考えやしない」 彼は再び、レンズを覗き、ゆっくりと言った。 「それに闇は濃い方が流星も見えやすい」 「止めてくれ!その話は」 私は思わず立ち上がっていた。彼がレンズを覗いたまま、口の端を 吊り上げ、にやりと笑う。さっきの仕返しのつもりか。 「もうその話は二度と聞きたくないんだ」 私はなるたけ気を落ち着かせて言った。彼に意志を伝えるにはこの 方法が最適だった。 「前まであんなに面白がって見ていたのにね。どうしたんだい」 だが、彼は止めなかった。明らかにこちらを挑発している。 「止めてくれと言ったろう」 「どうしてだい?」 私の懇願を遮って、彼は顔を上げ、強い調子で言ってきた。目が本 気だ。答えねばなるまい。 「あの時は何も知らなかったんだ。あの流星群が何か知っていたな ら、私はその美しさに目を輝かせもしなかったし、喜びもしなかっ た。だから今は止めてくれ」 私は正直に、しかし吐き捨てるように言った。 「くだらない答えだね。僕らはそんなことの為にけんか別れした訳 か」 彼は私の告白に落胆したようだった。心底あきれたように深いため 息を一つつき、私の方をねっとりと見つめ返した。瞳の奥が心なし か踊っている。 「多くの命を抱えているから、流星は瞬くのに。君にはあの特別な 美しさがわからないのかい?」 まだ仕返しの続きなのか。違うのか。どちらにしろ、その言葉は私 に対してひどく気味の悪いものだった。 「君の話は吐き気がするよ」 半分確信犯ではあったが、思わず口が滑っていた。すぐに後悔した が今更遅い。 しかし、彼は予想に反して怒りはしなかった。逆に、吊り上げた口 の端を更に引っ張り上げ、凶凶しい笑みを作る。 「そうやって君は僕を軽蔑しているようだけど、実際、今の君はど うなんだい?」 「どうとは?」 「ひどい不況だそうじゃないか。でかいスクープ記事でも取ってこ なきゃ、次の日には、編集社をリストラされてしまうんだろう?そ こで、僕に助けを求めにきた。違うかい?」 背筋がひやりとした。この男はなんでも見抜いている。昔からそう だった。 「それは・・・」 言いよどんだ私に彼はすかさず畳み掛けてきた。 「そらみろ、止めろ止めろと言いながら、結局は君だって流星が落 ちるのを望んでいるんじゃないか!」 「望んでなんかいない」 「じゃあ、どうして僕のところにやって来た。世界平和でも説きに きたのか!」 そこまで言って、彼は自分が珍しく激昂していることに気付いたよ うだった。ふと表情を真顔に戻し、頭を軽く振る。気持ちを落ち着 かせる時の彼のくせだった。 熱せられていた空気が急激に冷める。私は無言。彼も無言。きまず い沈黙が広がった。 しばらくして、彼の方が口を開いた。 「いい加減認めないか。流星は美しい。それもまっすぐ僕達の一番 自然な部分に響いてくる」 「それは違う」 私は即答した。この問いは否定しなければならない。でないと私は 自分という人間を放棄したことになる。 「どう違うと言うんだい。事実を知った後でも、君は9年前に見た、 あの沢山の流星群が浜辺に落ちていく景色を美しいと感じるだろう。 瞬いては地に砕け散る様に興奮をおぼえるだろう。命の灯火が消え ていく儚さに心揺り動かされるだろう」 「あんたはきちがいだ。多くの流星を観測し過ぎたせいで、この闇 に侵食されて、気が狂ってしまった」 「君も55年前のあの大彗星を見ればよかったのに、世界観が変わ るよ。きっと僕とも気持ちを共有しあえたはずだ」 「原爆か」 私が短く放った言葉に彼は顔をしかめた。 「その言い方はスマートじゃないな」 それが合図になった。彼はその一単語にこの幻想的な天文台とは遠 く離れてしまった私の心を知ったのだろう。 「君はここにいるべきじゃないね」 そう言った彼の顔は侮蔑を込めた笑みでもなく、激しい怒りでもな く、辛辣なまでの無表情だった。私はもう友ではないのだ。彼はそ の表情のまま、この静かな空間にこつこつと硬質な金属音を響かせ て、ドアの前まで歩いていく。 数年以来の彼との出会いは私に何も起こさなかった。彼と私と、幻 想と現実との溝を深めただけであった。だが、これでいいのだ、私 が長くこの天文台に寄りかかり過ぎていた。もっと早くから、この 世界と彼とに決別すべきだったのである。 彼がドアノブに手を掛ける。 「おひきとり願おう」 入ってきた時と寸分変わらない音がキィと響いた。
作品受付───9月1日〜11月28日
作品発表───12月6日〜
人気投票受付───12月6日〜12月31日迄
結果発表───1月10日
第1回学生3000字バトルチャンピオンは北条みゆいさん作『ネコ科グレー』に決定です。
北条みゆいさん、おめでとうございます。
●ネコ科グレー(北条みゆい)
●ライオン(六角)
●流星観測所(奏筍)
●バベルの塔(Ruima)
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