第11回中高生3000字小説バトル全作品一覧

# 作者 題名 文字数
1nia蒼い水の底で3050
2歌羽深空ボクノイバショ1825
3亜高由芽緑という名の生き人形3000
4yu-kaglassware2240
5畑山七色に輝ける虹についての考察1777
6wara要らない2744
7水姫マリィ梨莉子ちゃんと私。2855
8相川拓也銃咆2460
9九夜 司INSTANT HAPPINESS 〜JAM〜3000
10隠葉くぬぎsomething to shine like you2999

注)でりらさん作「貴方はモー娘。派? ZONE派?」は1000字バトルに掲載させていただきました。


訂正などによる作品投稿の重複が多く、誤掲載や漏れなどの怖れがあります。訂正、修正等のお知らせは、掲示板での通知は見逃す怖れがありますので、必ずメールでお知らせください。

バトル結果はここからご覧ください


Entry1

蒼い水の底で

nia
文字数3050


 空には透き通るような満月が昇り、星々はゆっくりと静かに瞬いている。そして、それを照り返す湖もまた、美しい。
 僕は、ゆっくりと足の指先を湖面へと沈めた。
静かな森に微かな水音が立ち、差し込まれた指を中心にして波紋が浮かぶ。
僕は水の冷たさを確かめると、指をゆっくりと上げた。
指先に付いた僅かな水滴が、地面に滴り落ちた。
 立ち上がると、涼しい風が頬を撫でる。初秋の、少し木の葉の臭いを含んだ風だ。
僕は濡れた指を拭おうともせずに、ゆっくりと森の中へと立ち入っていった。
あの時の記憶を探すように。そして、残された彼女の声を探すように。
 あの時彼女は、まだ十六だった。高校で知りあった女友達で、綺麗なストレートの髪を持った女の子だった。
 僕が彼女より早く十六歳の誕生日を迎えたその日、彼女は僕を森に誘った。
誕生日を祝って小さな旅行をしようと言うのだ。僕はそれを聞いてすぐさま賛同し、荷物をまとめた。
彼女は僕の喜びように少し驚いたようだったが、すぐに何時もの微笑を浮かべた。
時折浮かべるその微笑は、本当に綺麗だった。悪気など微塵も感じられない、美しい笑みだった。
 それを見た僕は、ますます嬉しくなった。彼女と出かける、初めてのデートだった。
 その日はからりとした晴天。秋の涼しい風を受けながら、僕たちは出発した。
彼女は、小さなバスケットを携えていた。昼食のサンドイッチだと言う。僕は手を打って喜んだ。彼女の手料理を食べるのも、初めてだった。
 森の入り口につくと、小鳥が僕たちを歓迎してくれた。彼女が、
僕を向き直って笑った。僕も、にこりと笑って言った。あれは、ヒバリだよ。
彼女は、へぇ、と何度も言いながらヒバリの小さなくちばしを見つめていた。
太陽はまだ昇りきっていない。目的地は、森の奥にある湖だ。
 森の中を歩き出すと、真上に太陽が昇っていた。木々の隙間から強い日差しが差し込んで来る。
僕は、この時間が一番好きだ。雲など一つもない、青い空。森の中を吹き抜ける風が、とても気持ちいい。彼女も時々周りの植物を見つめながら、嬉しそうだった。
 湖に到着したのは丁度二時間後。僕たちはそこで昼食を取ることにした。
彼女は履いてきた運動靴をするりと脱ぎ、水に足を浸した。
「冷たい」
 彼女が言った。鈴を転がすような、透き通った声だった。
「そう? じゃ、僕も……」
 僕はズボンをたくし上げ、湖に足を沈めた。そこには、透き通ったクリアブルーの水が有った。冷たい、爽やかな感覚だった。
 僕は水の中で足を擦りながら言った。
「水が、蒼いね」
 水面が、静かに揺れた。彼女が、髪をふわっと掻き上げた。
「水が蒼いのは、空を映しているから。この青は、ここだけの青なの。私達だけの、青」
 僕は石を手探りで掴み、湖に投げ入れた。飛沫を上げて石が吸い込まれていく。
僕の青、彼女の青、全てが、尊く美しい。
 僕たちは、体を地面に倒して目を瞑った。芝生が、フワッと僕たちの身体を受け止めた。
気持ちいい。彼女が言った。うん、と僕が返した。
回る太陽も、虫の声も、湖が時折立てる小さな波も、全てがゆっくりと、穏やかに流れていた。
 お昼は少し寝てからにしようか、と彼女が言った。大してお腹も空いていない。
そうしようか、と僕も賛成した。そして、そのまま眠りの世界の中に沈んで行った。眠りに落ちていくまでの僅かな間、僕は空の青と、湖の青を同時に見つめていた。
僕は意識の中で、空の青に吸い寄せられるように浮かんで行った。それと同時に、湖の青に引き込まれるように、沈んで行った。僕の意識はどこまでも長く伸び、やがて消えた。
 
 気が付くと彼女の姿はなかった。時計を見ると、午前一時を回っている。少し長く寝たらしい。僕は水から足を上げ、
芝生を足で踏みしめた。チクチクとした感触が、足に伝わった。
 彼女は何処に行ったのだろう?僕は靴下と靴を履き、森へと入った。
先程見かけたヒバリが、鳴き声を上げて飛んで行く。木の幹に手をつくと、ざらりとした感触が有った。
彼女は、何処に、行ったのだろう?僕はもう一度ゆっくり考えた。自分の思考がひどく不確かな物に思える。もしかしたら、彼女は芝生でまだ眠っているかも
しれない。そう思った僕は、また湖へと戻った。
しかし、やはり彼女の姿は見つからなかった。
 芝生の上を見回すと、彼女が携えていた薄茶色のバスケットが残されていた。
僕はやっと確信した。彼女は消えてしまったのだ。薄茶色の小さなバスケットと、僕の記憶に微かな想い出だけを残して。
僕の眼から、ぽたりと涙が零れた。彼女はもう二度と戻ってこない。
僕の前にも、この湖の前にも、他の何かの前にも。僕は芝生を静かに踏みしめ、座り込んだ。
そして、バスケットを開けた。中には、白いパンに挟まれた色とりどりの具が並んでいた。
マヨネーズを加えた卵、ハムとレタス、輪切りにしたトマト。彼女は料理が上手かったのだ。僕は初めて知った。
 僕は、彼女の事をほとんど何も知らなかった。彼女の微笑が綺麗な事ぐらいしか、知らなかった。そして、これから知ろうと思っていた。
だけど、初めてのデートで、彼女は消えた。
 僕はサンドイッチを手に取り、頬張った。甘い、卵の味がした。
目から、涙がぼろぼろと零れ落ちてきた。僕が味わった、最初で最後の、彼女の手料理だった。
 湖は、蒼かった。彼女だけの青を呑み込んだ湖は、とても蒼かった。

 夜の風が僕を包んでいる。森の匂いは、僕の思い出と同じだ。
木の幹に手を当てると、ざらりとした感触が有った。あの時の木だ、と僕は確信した。
秋が始まって間もないあの日、僕が手を当てたあの木だ。まだ少年の面影を残していたあの日、手を当てたあの木だ。
僕は、位置を確かめるように木の周りを回った。あの時、僕は、湖へ歩いたんだ。
 僕は、あの時の記憶を噛み締めるように後ろを振り返った。そして、湖へと歩き始めた。
薄茶色のバスケットが、僕の頭に浮かんだ。あの、卵の甘い味と一緒に。
僕は足を早めた。
 湖は、静かに水を湛えていた。僕は、靴と靴下を脱ぎ捨てて、足を水に浸した。
「……冷たい」
 水はひんやりと冷たかった。
「水が蒼いのは、空を映しているから」
 彼女の声がした。僕は、鞄の中からバスケットを取り出し、芝生の上に置いた。
「この青は、ここだけの青。私達だけの、青」
 もう一度、彼女の声が聞こえた。僕は、バスケットを開け、中の物を取り出した。黄色い卵の色が、闇の中に浮かび上がった。
「食えよ」
 僕は言った。
「まだデートは終わってないんだぜ」
 バスケットが、コトリと音を立てた。ゆっくりと振り向くと、彼女が
座っていた。
「ハムのサンドイッチが好きなの」
 彼女はそう言って笑った。あの日の、透き通るような微笑だった。
僕は、にこりと笑ってサンドイッチをもう一口頬張った。永遠に続くような長い時間、僕たちはサンドイッチを口にくわえたまま湖を見つめていた。
 そして、彼女は沈黙を破るかのように立ち上がった。
「行くのかい?」
 彼女の瞳がうるんでいた。そんな彼女が、
たまらなく愛しく感じた。僕は、衝動的に彼女を抱きしめていた。
そして、僕はキスをした。一瞬だけ、キスをした。
温かい、彼女らしい唇だった。そして気が付くと彼女は元通り消えていた。
彼女が残したのは、ハムのサンドイッチが一つ消えた、茶色のバスケットだけだった。 
 僕は、また湖を見つめた。蒼い、蒼い湖を見つめた。
湖よ、君は蒼い。僕だけの蒼さと、彼女だけの蒼さを飲み込んでなお、蒼い。

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Entry2

ボクノイバショ

歌羽深空
文字数1825


 僕は、チャットに入れば、ネット一の人気者になるんだ。
 僕はずっといじめられっこだった。いじめが始まったのはそうだな・・・・・・小学校二年生のときだ。僕はそれまで、クラスで一番目立つ子で、バレンタインもクラスで一番もらってて。まあ、ほとんどが義理チョコであったけれども。
 ある日、僕はトイレに呼び出された。こんなことは初めてだったけれども、きっと何かで遊ぶんだろうとやたらわくわくしながら、行ったんだ。でも、トイレに行った僕にかけられたのは、「お前なんか、死ね。」の一言と、大量の水だった。
 その日から、クラスのみんなが僕に話し掛けなくなった。隣で笑ってた美帆子ちゃんも、一緒に帰ってた太一君も。そのかわり、先生がいなくなると、僕を殴るようになった、蹴るようになった。僕の体には、青い斑点、赤い斑点、緑の斑点。あだ名で「トイレ」なんて言われて。親が一度気づいて先生に言ったら、「きっと転んだんでしょう?ねえ。」って、言った。今から思えば多分、先生、知ってたんだよ。僕のこと。それに、親も、それ以来何も言わない。そういえば、そのあと、先生と親が何か話してたな。なんだっけ。忘れた。
 それから、いままでずっとずっと、それが続いて。涙なんか出ないよ?慣れちゃったし、枯れちゃったし。
 それから僕は、インターネットを与えられて、チャットにのめりこんだ。家に帰ると、すぐ。小学校2年生からもう5年たったなあ。

エリオット:こんばんは。
みかみ:こんばんは。ひさしぶりだね。
霊耶麻:おっす!えりっこ。

エリオットは僕のナマエ。英語で「ERIOT」、逆にすると、「トイレ」だろ?こんなところにこの名前を使うなんて、僕もまだひきずる人間だなあ。

エリオット:みかみ、結構今日おとなしいね。
みかみ:ちょっと今日テストが帰ってきてさー。親が怒るんだよね。まあ、お前に似たんだからしょうがないだろ!って気分。
霊耶麻:俺のところも。なかなか難しいよなー!なんだっけ?デンジユウドウ?訳
わかんねー。
エリオット:ああ、僕のところも今日返ってきた。
みかみ:へ?マジ?みんないっしょ?すごい!案外同じ学校だったりしてね!
霊耶麻:ありえるかも。なんか運命感じるよ。うわー、ごめん。クサイコト言った。
エリオット:霊耶麻ってけっこうロマンティスト?
霊耶麻:そうかも。

この世界では、誰が女で誰が男なんてぜんぜんわからない。ううん、それでいいんだ。そのほうが、みんな幸せにすごせるんだから・・・・さ。

みかみ:なんか、私のクラスにキモい人がいるんだよねえ。
エリオット:へえ。どこにでもいるよねえ。そういう人。
霊耶麻:えりっこのいうとおり。俺のところにもいるよ。

まあ、この場合、キモいっていわれているのは僕なんだけれど。そんなこと、ここでは言えない。だから、一応話をあわせておくんだ。いちおう、な。

みかみ:そいつ。給食のときに口あけたままで食べるの〜。
霊耶麻:うちのとこも。なんかクチャクチャ音していやだよね。
エリオット:ふーん。

そう言ったって。僕もそうやって食べるけど、癖だししょうがないじゃん。直そうとはするけど。勝也もそうじゃん。ああ、勝也っていうのは、僕のクラスメイトで、学年で一番もてるんだ。かっこいいやつは別格なのか、ってもうとっくにあきらめてはいるけれど、やっぱ少し悔しいな。それにしてもかわいそうだな。その子。ここでこうやって言われてるの知らないんだろうな。案外、僕も・・・・・・ね。

みかみ:もう、いいや!思い切っていってしまおう!その子は、イブキユウタっていうの!ちなみに東京都目黒区です!

は?それ、僕だ。

霊耶麻:へ?イブキユウタって伊吹裕太!?俺が言ってたのもそいつ!
みかみ:マジで!?キモいよね。あいつ〜
霊耶麻:そうだよな。馬鹿ジャン、はっきりいって。
エリオット:ごめん、抜ける。
みかみ:じゃあ、ね〜
霊耶麻:また来いよ!

もう、来ないよ。来れないよ。もう僕には何もないんだから。僕はこの世界では人気者になれると思った。でも、またなくなっちゃった、僕の居場所。僕の居場所はもう、一箇所しかないよ。
誰も助けてくれないから、誰も僕に居場所をくれないから。
じゃあ、ね。もう僕はどこにも行かないよ。
もう、僕はどこにも来ないよ。
次来るときは、違う名前さ。違う世界さ。そして、違う僕さ。

マタアウトキハ、コンドコソボクヲダレカスクッテネ。タスケテネ。アイシテネ。

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Entry3

緑という名の生き人形

亜高由芽
文字数3000


 わたしは、町の小さな骨董屋に置かれていた。傷んでしまうから、と店主は言って、いつも、薄暗い店の隅に置かれていた。だから、あまり人に気づかれず、わたしは長い間、売れなかった。

「この人形を買い取りたい」
 ある日、青年が店主に言った。男の指さした先はわたし。ああ、やっとわたしはこの埃いっぱいの店から出られるわ。とても、嬉しかった。
 人間と変わらない大きさのわたしを、男は大事そうに抱きかかえ、家まで連れて帰った。
 家は、どんな所だろう。わたしは、新しい生活に夢を膨らませていたが、家の中を見たとたん、期待はできないと思った。アパートの狭い一室は、恐ろしい数の本と、降り積もった埃で足の踏み場もなかった。生活をしている、という雰囲気がない。この家で、どのように食事をし、寝ているのか想像できなかった。
 男は軒先にわたしを大事そうに座らせると、がさがさと本を片づけ、懐から出した一枚の大きな布を床に敷いた。その、白い布の上にわたしを横たわらせた。
「俺は今日から君の主人だ。君は今まで通り振る舞っていればいい」
 なにを言っているのだろう。わたしはただの人形なのに。
「そうだ、君の名前は」
 わたしを作ってくれた人は、わたしのことを緑と呼んでいた。わたしの服が、緑色だからだろう。
「ああ、まだ喋ることはできなかったな」
 思い出したように男は言うと、そっとわたしの肩に手を回し、塗料で塗られた唇を指でなぞった。
「俺は君みたいな魂の入った人形に、命を与えることができるんだ」
 男の青白い顔は、自信に満ちていた。均整のとれた顔の目元に、ほくろがある。その一点が、顔のバランスを崩しているのは惜しいと思った。
 しかし、命を与えるとはどういうことか。
何の躊躇もなく、男はわたしに口づけをした。
「さあ、喋ってごらん」
 わたしの今まで堅く閉ざされていた唇が、なめらかに開いた。そしてどこからともなく、鈴の音のような声が飛び出してきた。
「ああ!」
 すると、全身に、今までに無い感覚が走ったのがわかった。なんと表現すればいいのか分からない。身をよじらせて、叫びたくなるような、感覚。
「痛いのだろう。命の無い物に無理矢理与えたのだから、仕方がないことなのだ。これは君が一生背負わなければならない痛みだ」
「これが、痛み?」
「そうだ。生きているものは痛みに鈍くなってしまっているから、わからないんだ。お前もじきに慣れるだろう」
 本当に、全身が痛かった。本当に、生き物は、この激しい痛みを背負って生きているのだろうか。慣れれば済むようなものではないと思う。
「さあ、名前を俺に教えてくれ」
「わたしは、緑……」

 わたしは木製だから、一日数回、水を飲むだけで体は動いた。固形の食べ物では、身体の動きをおかしくさせるそうだ。しかし、動くことができても、何をすればいいのか分からないので、一日中、部屋の隅に座っていた。主人は一日中本を読んで、ときどき外へ出掛けていた。
 ああ、これでは、以前の生活と何も変わらないではないか。命があっても、動くことができても、何も知らないのでは、何もできないではないか。わたしは、やっぱり、ただの人形なのだろうか。
 そう思うと、毎日が苦しくて、どうしようもなかった。全身の痛みにも慣れることはできなかった。

「今日は一緒に出掛けようか」
 ある日、主人はわたしの手を取って、近くの広場へ出掛けた。主人の手は、痛みを一瞬忘れるほど、温かかった。これが人間の温度なのだと、自分の冷たい手と比べて、なぜか悲しくなった。
「君は神を信じるか? 今日はね、祭りがあって、ここに神様が降りてきているそうだ」
 広場にはたくさんの夜店が並んでいた。黄色を帯びた電球の光が、人々の笑顔を照らしている。そこら中からおいしそうな食べ物のにおいと、幸せそうな声が聞こえてくる。祭りとは、賑やかなものなのか。それと、神のどこに繋がりがあるのか分からなかった。
「いいえ、わたしは神を信じてはいません」
「そうか。まあ、そうだろうな、君は人形だから」
 人間になれば、神を信じることができるのだろうか。すれ違う人々の心には、信仰心というものがあるのだろうか。わたしには、よく分からない。主人は知っているかもしれない。
「あなたは、神を信じているの?」
 一瞬、間を置いて、主人は笑った。
「どうだろう。ほら、見てみろ。みんな君を見ている。お前の顔は、綺麗だから」
 え、とわたしは周りを見た。本当に、人々はちらちらとわたしを見ながら通り過ぎていく。綺麗なものを見る人の目には、命の無かった頃から慣れている。でも、主人の口から出た、綺麗という言葉には驚いてしまった。
「命があると、お前は人形ではなく、人間に見えるらしいよ」
 主人はすっと、手を差し延べた。
「それで、俺と手を繋げば、恋人に見えるらしい。君は綺麗だから、俺と釣り合うよ」
 その意味が分からず、戸惑うわたしの手を主人は取ると、再び夜店の並ぶ広場を歩きだした。相変わらず、人々の視線は集中する。主人の体温が、わたしの手から腕へ、腕から体中に染み渡っていくような気がした。
 急に静かな所へ出た。目の前に小さな社がある。
「今、神様が降りてきているから、皆、ここで祈っているんだ。君も、何か祈りたいことがあれば祈ってもいい」
「わたしは神を信じてはいないのです」
 でも、わたしには祈りたいことがあった。――誰でもいいから、わたしを人間にしてください。そして、主人のそばから、離れたくない。
「人間に、なることはできませんか?」
 急に、主人の顔はこわばった。
「何を……」
「わたしは、人間になりたいのです。命があっても、わたしは人形です。やっぱり、今でも苦しいのです。だから、痛みに耐えられるような、人間の体が欲しい」
 ぱっと、主人はわたしの手を離した。そして、口元に笑みを作ると、低い声で言った。
「俺のしたことは愚かだったな。非道いことをお前にしてしまったよ」
 温かい指を、そっとわたしの唇に当てた。
「俺は、命を与えることもできれば、奪うこともできる。そして、人形の魂を奪うことも」
 わたしは指を払いのけた。
「やめてください。わたしは、人間のあなたが羨ましいだけです」
「俺も人形だ。人間の身体の人形だ。だから寂しくて、君に命を与えたが、苦しませてしまった。人形は、身体が生身でも、魂は作り物でしかないんだ。上手に生きることはできない。俺も、お前も」
 主人は一瞬悲しそうな顔をして、わたしにキスをした。いや、正しくは、わたしから命を奪った。だんだんと、痛みが退いていく。生きていた間の痛みが、除かれていく。
 そして、わたしの意識が主人の中に溶け込んでいくのもわかる。ちょうど、そう、陽が落ち、すっかり安心して、眠りに落ちていくような感じ。これは、強制的な眠り。

 温かい主人の中で、わたしの魂は微睡んでいる。――どうしてあなたは、苦しくても生きているの。この理由さえ分かれば、わたしは眠ることができる。
 ――俺にはどうしても、見つけたい人がいる。俺を作り、魂を与えてくれた人。そして、命を与えてくれた人。そして、もう、命など与えさせないようにする。そういう理由があるから、生きている。
 主人の魂は、素直にそう答えていた。ああ、そうなの。わたしも、生きる理由が見つかっていたのに、眠らなければならないのね。
 少し、悔しかった。

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Entry4

glassware

yu-ka
文字数2240


「阿佐美」
 私は、小声で叫びながら阿佐美の元へ近づいた。手が冷たい。死後硬直、という熟語が脳裏を横切った。死後硬直は、どのくらいで始まるのだろう。 早くしなきゃ、こんな体勢のままで阿佐美が。
 何気なしに阿佐美の顔を見た時、背中から刺されたような気がした。
 色が白い。白い。しろしろしろ、真っ白。純白な生クリーム。洗ったばかりのカーテン。買ったばかりのノート。ソフトクリーム。雲。白い雲。
 阿佐美の顔は真っ白だった。
 二重まぶたの線に、長い睫毛が真っ直ぐ並んでいる。高い鼻に、均整のとれた眉。笑う度に靨がこぼれた頬。ふっくらとした唇・・・。
 喉の奥から、嗚咽が漏れた。

 真正面から刺される恐怖と、背中から刺される恐怖は、どちらが恐ろしいのだろう。私は、背後から忍び寄る殺人者を想像して背筋が凍った。黒子の様な格好をした男が、鋭利なペティナイフを持ち、背中から襲いかかる。ゆっくりと。静かに。そして瞬間だけ勢いよく、刺す。迸る血汐。やはり背中からだ。静かに忍び寄る死ほど恐ろしいものはない。確信的な死なら、まだ合点がいく。何も感じずに死ぬのは、人間として屈辱的だ。広島に投下された原爆の被爆者の様に。
 
 私は、阿佐美から離れるように指示された。横を見ると、いつの間にか衛司が居た。
「おまえ、まさか後悔してんの?」
 また、背中から刺された。
「してない。なんで?」
「泣いてたから」
 衛司が、大きなビニルカバーを広げながら言った。
「顔がさ、あまりにも綺麗だったから。思わずね。どうせなら顔をズタズタに切り裂くべきだった」
 これは、本心だ。
 私は阿佐美を憎んでいた。

 ビニルカバーで阿佐美を春巻きの様に包み、ロープを何重にも巻き付ける。その上から衛司が、コンクリートをまるでデコレーションケーキの様に塗りつけた。おもしろそうだからやらせてと言うと、おまえは不器用だからと言って笑った。
「これが済んだらさ」
 衛司は、取っ手のないバケツで刷毛を洗いながら言った。
「俺と寝よう」
 童貞のままで刑務所に入るのはゴメンだ、とでも言うように衛司が言った。
「優しくしてね」
 冗談混じりに私が言うと、俺、下手くそかもしんないと言って笑った。
 
 その晩、私達は蚕の蛹の様に二人で身体を丸めて眠った。
 衛司と私は手をつなぎ、快楽の波に揉まれた後、私の髪を撫でてくれながら衛司はほほえんだ。
「母さんと父さんが離婚したときのこと覚えてる?俺、ちっちゃいおまえの手ぇ握って家飛び出したんだよ。母さんは半狂乱してるし、父さんも刃物を振り回して怒鳴り散らしてたし。怖くなって、逃げたんだよ。あいつらは育児を放棄するつもりだったみたいだし。預けられた叔母さんちじゃ他人行儀もいいとこ。だからおまえが中学生になったら、二人で棲むって決めてたんだよ」
 私たち二人はいつの間にか互いに求め合うようになっていた。自分たちを兄妹だと自覚ていたのは幼い頃の忘れた記憶の中でしかない。

 阿佐美が、白目を剥いている。あ、あぁとまるで喘ぎ声の様に床にうずくまると、ひっくり返ったカブトムシのようにに四肢をばたつかせる様に私は力無く笑った。
「おまえ、普通じゃないよ」
 と、言いながらも衛司もおかしくてたまらないというように大爆笑していた。
 私達はコントを見ていたのであろうか?二人で、馬鹿のように笑いあい、気がつくと阿佐美は糸の切れた人形のように事切れていて、それで我に返った。
「・・・やるしかねぇんだよ」
 衛司はそう言うと、放心状態の私を抱き締め、唇に優しく触れた。
「何も怖くない。俺達でなんとかしよう。俺がおまえを守る。俺がなんとかする。だから、俺の言うとおりにしろ」
 私は黙って頷いた。
 
 私達は倒産した工場の中にいた。私達が阿佐美を呼び出したのだ。何のために?復讐するために。阿佐美は、私達から生きる糧を奪った。私達は、阿佐美に殺されたのだ。
 
 私は15歳で処女を捨てていた。経済的に苦しかった私達は、不景気の日本で互いに非合法で収入を得るしかなかったのだ。だが、さすがに私が援助交際で手に入れた三十万を持って帰ったときは、衛司は怒った。静かに怒った。

 馬鹿。

 それだけだったが、私はもう二度と援交はしないと決めた。

 朝がやってきた。私は目を開いた。隣に寝ている筈の衛司は居らず、ケーキにした阿佐美の遺体もない。
「衛司」
 軽く叫んでみるが、返事はない。
 
 衛司、衛司?衛司ってば。どこにいるの?ねぇ、衛司!

 私は孤独感と寂寥感と、真っ赤な恐怖に襲われ発狂しそうになった。
 
 衛司。私のこと守ってくれるんでしょ。守ってくれるんでしょ!ねぇ!

 ふと、私を抱いてくれた後の衛司の微笑みが脳裏を掠った。と同時に、何かが私の心の中で砕け散った。ガラスの破片。赤、青、黄色、紫、橙に染まった色とりどりの破片・・・。
「お兄ちゃんのばかぁぁぁーああっ」
 覚えている。衛司が、ごめんな、ごめんな尚ちゃん、と言いながら困った顔をして私をなだめている。かわいい、花のガラス細工。衛司が部屋でボールを蹴っていて、誤って直撃した。砕け散った瞬間損失感が心を貫いた。「砕け散ったガラスはもう二度と戻ってこない」。
 そんな事は微塵にも考えつかなかったが、ただただ悲しくて泣いていたあのとき。
 
「衛司」
 あんたはあのときのガラス細工だったんだね。
 
 衛司が阿佐美の死体と共に海に飛び降り自殺をしたのだと知ったのは、「被害者」として警察に「保護」された瞬間だった。

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Entry5

七色に輝ける虹についての考察

畑山
文字数1777


にじ【虹】夕立のあとなど、太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。

* * * * * * *

「おまえ、前期に比べて14位も下がってるじゃないか。どした、悩みでもあるか?」
担任は顔の油を拭き取りながら言う。無駄な動きだ。
「あのさ、おれらは等差数列じゃないんだから……」

その先を説明するのが面倒になって、おれは担任から目をそらす。グラウンド上空は、遺伝子操作を受けたようなネズミ色だった。虹でも出ていれば良いのに。そしたら…そしたら…?「空も飛べるはずだ」とでも言うつもりか!(わたしは鳥、飛べない鳥)心の中で繰り返す。馬鹿げてる。飛んでどうするというのか。飛んで、飛んで、飛んで、疲れ果てて死ぬ。その繰り返し。リピート・アフター・ミー。おれの生活はあらゆる意味で絶望的だ。輝けるこの世界で、閉塞感に満ちあふれている。餓と苦しみのワンダーランド。悲しみのユートピア。そういったふうに。

「おい。聞いてるのか、人の話を!」

妙な倒置をきかせた言葉で、担任はおれの思考を遮る。聞いてませーん。聞いてなんかいませーん。ぜーんぜん、何にも、完全に、無限におれはあんたの話を聞いていない。わかったなら、黙ってな。

さて、おれの物語はここから始まる。つまり、少女が花壇の植物に水を注いだ時から。おれは確かに見たのだ。一メートル程度の高度ではあるが、ジョロから放たれた水流の横に、七色に輝ける虹が現れたのを。少女の名前は、凛といった。

* * * * * * *

少女の靴は泥だらけだった。植物から反射した水が服にいくらかかっても、気にしていないようだ。ときどき濡れた草花に指で触れ、注意深く観察している。赤い服に小さな身体、それはチューリップを思わせる。風が少女の髪をさらい、すり抜ける。するり抜ける。瑞々しさにすこし輝く。おれは少女に強く惹かれた。言い過ぎかもしれないが、おれの数十億の細胞が強く求めた。あたかも「水をくれ」と言って泣いているように。

「きれいな虹だね」

そう言いながら近づいた。すると彼女は恐怖に陥ったように、びくっと体を震わせ、後ずさりをした。花壇の縁の煉瓦につまずき、小さい音を立てて転ぶ。ジョロの水が一面に広がる。彼女は泣いた。彼女が母親に抱かれて泣きやむのを見とどけたのは、おれではなくて、花壇の大木で鳴いていた蝉だった。おれは走っていた。迷いながら走っていた。泣くに泣けない表情で、走っていた。

(泣いた、泣いた、チューリップの花が)
(泣いた、泣いた、チューリップの花が)
(泣いた、泣いた、チューリップの花が)
おれは混乱した。息が切れても走った。どこまでも走った。
そして、地球をちょうど一周して、彼女のところへ戻ってきた。
それを見て安心したのか、一匹の蝉が飛び立った。

母親にまず謝り、少女に謝り、母親にまた謝り、どうにかこうにか。名を名乗り、高校の話をし、嫌な担任の話をし、どうにかこうにか。母親の表情が緩む。おれは許してもらえたらしい。少女は相変わらず、うつむいたままだった。太陽が夕日に変わり、夕日が暗闇に変わる。その暗闇に飲み込まれる寸前の時間に、母親はこう言った。
「この子ね、目が見えないんです」

* * * * * * *

「だから、ごめんなさいね、ちょっとしたことでもすぐ驚いちゃって」
「そうだったんですか」
「凛。お兄さんが、驚かしちゃってごめんって言ってるわよ」

少女の名前は、凛といった。

果てしない闇からおれを救ってくれるんじゃないかと期待した少女、凛は盲目だった。おれは世界に渦巻く悪意のようなものを感じた。無数の扉。どの扉を開いても、そこは闇。あるいは、終わらない鎮魂歌。何遍でも繰り返される悲劇。チューリップの赤はなんの赤?悲しみの、苦しみの、いや絶望の赤。

「それが不思議なんですよ。色が見えないくせ赤いチューリップがお気に入りなの、この子」
母親は言った。おれは思い出したように、口を開いた。
「そういえばさっき、水をあげてる時に、虹が出ていたんですよ」
続ける。それで、虹が出てるよって教えようと思ったんです、と。

「ママ、にじってなあに」

凛は不思議そうな顔をして聞いた。おれは心の奥で、たぶんその質問を期待していた。君に虹を見せたい。七色に輝く君の虹を、そしておれの虹を、見せたい。果たしておれにできるだろうか。

* * * * * * *

七色に輝ける虹についての考察はこうして始まった。

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Entry6

要らない

wara
文字数2744


私の名前はルル。今までママと暮らしてきた部屋を出て行くの、
突然だけど。あのね、いつかママに教わったの

――誰だって憧れた世界にいけるものなのよ――

そう小さい私にやさしいママは教えてくれた
だから私は夢みる少女になれた

その群衆の中に紛れるため私は家を出た
いや、正確にはお姫さまになる為だったかもしれない
ずっと憧れていた
どんなわがままも聞いてくれる人
そんな人を探しに東京にきたのだった

入ったのはいかにもいんちきくさい占い師の個室
独自の怪しい雰囲気が漂っている
「どうぞ」
入ってみたが言葉が出てこない

占い師は私の代わりにこう言った
「さて、何を占おうかね」
「・・・」
何て言ったらいいのかわからなくてまた言葉につまった
占い師に探し人がわかるのか?
だけど田舎者の私にはここしか思いつかなかった

「探し人とかってわかりますか?」
「ああ・・・わかるよ」

変な間があったが気にしないことにして彼女の助言を聞いた
彼女によればその人は公園に現れるらしい
ばからしいが、他に何も思い浮かばないし
近くに公園があったのでベンチに座って待ってみた
誰もこないじゃないか
時間だけが過ぎてまた不安になった
いんちきな占い師はこの世で1番醜いと思った瞬間だった
だけど私だってなんであんなところへ行ったんだろう

被害妄想は不安な私を闇へ連れ去ろうとした
でもママの言葉だけはずっと信じていたから
どうにか自分をコントロールできていた
「ママ、私は絶対夢を叶えるわ」

そう誓ったらいつのまにか不安が消え意欲が向上してきて
なんだか長期戦になりそうだわと歌いながら
私はアパートを探しに公園を出た

1ヶ月が経ったある日
長期戦の真っ只中にいる私は
自分の部屋のベットの上で夢をみていた



私はピンクのフリル付きのかわいいドレスを着ていた
誰かを待っているらしい。とてもわくわくしていた
待っている間私は鏡を何回も何回もみて
身だしなみを異様にチェックしたり
部屋の物の配置も建築デザイナーのように
完璧までやりこなしていた
そしてはやく相手がこないかと只ひたすら待っていた

ガチャリ

「ただいまあ」
男の人がそう言って部屋の中に入ってくる
あれ、彼氏かなあーと私は立ちあがる
(でも現実の私には彼氏はいない)
そしておかしなことに今まで楽しみに待っていた
自分のことをすっかり忘れている

男の人は私を抱き上げ言った
「ルルだーいすき」
私もあたりまえのように
「私もよ」
と返事をしていたので
その男は恋人だとその瞬間はっきりした

男は優しくてかっこいい都合のいい人だということを
何故か私は悟っていた
わがままをいってみようかな・・・
私は彼に心にもないような駄駄を言ってみた
「ドコデモドアがほしい、ドラえもんになって」
「寝る前にはお話をして」

彼は優しく笑ってOKのポーズをした
なんだか当たり前のことのようだった
だからかもしれない
彼の辞書には無理という文字がないのだと
その時私は勝手に思い込んだ

でも次の瞬間鳥肌が立ち急に怖くなった。が、
彼はいつものように笑っていた
そしてベッドまでお姫さまだっこで運んでくれた
そしておはなしがはじまった
私は寝たふりをした
彼は当然うたがわず私の隣で眠ってしまった・・・・チャンスだ
私はなぜかそう思っていた

そして頭にあの鉄腕アトムが浮かぶ
「背中・・・」
そう呟いて隣の彼の背中を確かめていた
「背中・・・背中・・・」
いつのまにか彼のパジャマの背中の部分を手でビリビリに引きちぎっていた

「ない。・・・ない、ない!」
いつのまにか大声でそう叫んでいた
何回も何回も
そしてだんだん声が震えてきて
「ないの!!!」
そう最後に叫んでからは泣いてばかりいた
声が上手く出せなくて苦しくて
もう体中の水分が全ぶ出てしまうんじゃないか
本気でそう思うほど大げさに泣きじゃくっていた
なんでだろう、すごい悔しかった

しばらくして力尽き、ゆっくりと床に座った
ふっと頭に言葉が浮かんだ

――彼はロボットじゃないの――

はぁ?と思った
自分で思ったくせになんのことだかさっぱりわからない
私は急にトイレに行きたくなった

ジャー

意味もなくトイレの水を流していた
でも気がすんだので、まあいいかと思いながら部屋に戻った
だけどそこに彼の姿はなかった
さっき引きちぎったはずのパジャマの糸クズさえ落ちてはいなかった
だけど私はより安心してそれからすぐベットに入り、すっかり眠りこけてしまう

そして夢をみていた
ママが何か喋っている夢だった
でもたまに声が小さくなって
上手く声を聞き取る事ができなかった

「ママはね、女王様にはなれなかった」
「人間じゃないと思うと怖くて」
「あなたが呑んであげてね」
「起きあがれるわ、絶望しないで」

こうも言っていた
「何かひとつ大事なものをいつも持って歩くと大丈夫。がんばって」



助言みたいだった
そして目が覚めると現実の世界の朝だった

とても良い天気で日光が部屋中をひだまりにしていた
鳥がうたっていた
私はぼんやりと夢の跡が絶たないまま歯磨きをした
そして夢に出てきた男の人やママの言葉のこと
背中のことを考えていた
顔を洗い化粧をしながら
私は勝手な解釈をはじめた

こういうことよ
男の人は私のわがままを全て呑んでくれるロボットだった
でも私は彼を人間だって思いたくて
鉄腕アトムのように背中にスイッチがあるかどうか
確かめようと必死で探した
そして彼の背中にはスイッチがあった
だから私は絶望した
彼は完全なロボット・・・

認めたくなかった
だから水に流して忘れようとした
それはトイレの水のようにジャーと
そしたら彼は居なくなった
安心して眠るとママが助言のようなことを喋った
でもママの声はたまにしか聞こえなくて意味がよくわからない
でも最後に言った言葉はよく聞こえた
そう、がんばろうと思う
私の大事なものをひとつもって

解釈と化粧が終り仕事場へ向かおうと部屋を出た
そしたらなんだか夢の男と私の探している人が
“頭の目標を作るところ”でだぶった
もしかしたら私の探している人はどこにも存在しない
それはロボットだって
都合のいい人なんていないのかもしれない
ママの言葉を思い出した。私が呑めば・・・

車は高速道路を走っていた

私の大事なものはいつもママだった
やさしい、かわいい、ママだった

私はくだらない探しものをするのをやめることにした
今やっとわかった
バカで1番醜いのは私だった
だけどママに会えば私はきっと起きあがれる
そう確信した

私は私でまた勝手に目標を変更した
東京に人を探しに出てきたこと、お姫さまになること、
そして毎日のくだらない哀しみや怒りや不安なんかもうどうでもいい
私は今それらを呑んだ

何にもつっかからない晴れた心
全てを日光があたたかくしたみたいに
世界観がパッと変わった

さあ、いこう
どんどん進め
大事なものはちゃんとあるわ
今を生きるのよ

適当なメロディでうたいながら今私は懐かしい土道を走っています

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Entry7

梨莉子ちゃんと私。

水姫マリィ
文字数2855


「燐花ちゃん!」

 ある休日の午後、賑やかな街の人ごみに埋もれていた私を呼び止めたのは、思いがけなく懐かしい声だった。反射的に私はその声のした方を振り返る。そこには、数年前に引っ越していった私の親友、梨莉子ちゃんがいた。あの頃と比べると少し大人びていて、だけど変わらない笑顔で、私のほうをみて手を振っている。私の顔にも思わず笑みが零れた。「久しぶり! 元気だった!?」と、弾んだ声が出た。

 梨莉子ちゃんが引っ越していったのは確か中学のとき。小学校から仲がよくて、引越しが決まった時なんて二人でわんわん泣いてた。確か、体育祭に使う赤いはちまきをいっしょに作ったその後だったから、二年生の秋の終わりのことだったと思う。それから冬休みが始まる前にお別れ会をして、冬休みの間に梨莉子ちゃんはここ名古屋から少し離れた和歌山に引っ越していったのだ。
 離れてしまった後も、今までずっと文通は続いていた。だけど、こんなに突然訪ねてくるなんて!
 
 梨莉子ちゃんは人ごみから少し離れたところに立っていた。私は彼女のところへかけより、「どうしたの? 突然」と聞いた。梨莉子ちゃんはにこぉ、と笑って「燐花ちゃんに会いたくなったのよぉ!」と私の頬をつついた。
 「ねぇ、あの喫茶店でお茶しよう? ほら、あの!」梨莉子ちゃんは天真爛漫な笑顔で言った。

 梨莉子ちゃんの言う「あの喫茶店」というのは、私たちが中学生のときの通学路に店を構えていた、小さくて可愛らしい外装の喫茶店のことだと思う。その喫茶店で紅茶を飲むことが、あの頃の私たちの密やかな夢だった。でもその当時は中学生だけで喫茶店に入ってはいけないといわれていたので(何故かしら?)、いつも二人で、いいね、素敵ねと話し合っていたのだ。本当に小さな喫茶店なのだが、今でも変わらず営業しているらしい。いつか梨莉子ちゃんがこの町に帰ってきたら一緒にいこうと思っていたから、私はまだ一度も訪れたことはない。
 「うん、行こ!」と私は即座に返事をした。

 その喫茶店は、二人で思い浮かべていたとおりの、可愛らしくて優しい雰囲気のお店だった。小さな窓から少しだけ差し込む日の光も、ほのかなピンク色をした紅茶茶碗も、メニューの色使いも、可愛らしくて上品な苺柄のカバーのかかった椅子も、どれも理想どおりだった。店内は空いていて、私たちは店の一番奥の窓際の席に座った。梨莉子ちゃんに「何を頼む? 」と聞くと彼女は、「持ち合わせがあんまりないし、それにこのお店には入れただけで満足だわ! 」と答えた。しばらくそこで談笑した後、唐突に梨莉子ちゃんが提案した。
 「ねえ、私たちの中学校に行ってみない? 」

 喫茶店を出て、二つ目の信号を右に曲がり少し歩いたところに私たちの通っていた懐かしい中学校はあった。
 「懐かしいねえ。」「うん、懐かしいねえ」
 私たちは中学校の正門の前に暫し佇んでいた。校庭にはたくさんの中学生が部活動をしている。サッカー、テニス、野球・・・・。
 「青春だねえ。」「うん、青春だねえ。」私たちはそんなおばさん臭い科白を吐きながら校舎に向かって歩いた。無断で入ってきた私たちに気をとめる生徒はいなかった。

 「まだあったのねえ、このボロ校舎。」
 私たちは二年生の時に使っていた校舎の中に入っていた。梨莉子ちゃんは剥がれかけた壁に手を当てた。「だけど懐かしいな。」ほわん、と笑う。私の大好きな梨莉子ちゃんの笑顔。一緒にいるだけで心が和むような柔らかい笑顔はあの頃と全く変わっていない。
 梨莉子ちゃんは、校舎の窓の外を指差して、「ほら、あの木のふもと。燐花ちゃん覚えてる?」
 彼女の指差すほうに目を向けると、そこには大きなくすのきが植わっていた。年に二回葉が落ちる、なんだか不思議な木。
 「ええっ……何かあったっけ?」私は、すぐには思い出せなかった。けれど、もしかして……「ちい子を埋めた所ね?」梨莉子ちゃんは、少し微笑んで「そう。」と言った。
 ちい子とは、学校の校庭の隅で見つけた小さな子スズメの名前だ。小さいからちい子ね、と言ったのは梨莉子ちゃんだった。だけど、ちい子は本当に小さすぎて、出会ってまもなく衰弱してあっけなく死んでしまった。私たちはちい子をあの木のふもとにそっと埋めて、目印に綺麗に色付けた大き目の石を置いたのだった。
 「あの石は、もう無いね。」私の呟きに、梨莉子ちゃんはこくんと頷いた。
 それから、二人で校庭の隅のベンチに腰掛けて暫くぼうっと部活動に励んでいる中学生達の姿を眺めていた。どの子の顔もきらきら輝いている。私は中学時代のクラスメイトの顔を思い出していた。みんな、いつも笑ってたなあ。毎日、楽しかった。

 唐突に梨莉子ちゃんが立ち上がった。「私、そろそろ行かなきゃ。」校舎の時計は午後五時を回っていた。「今日は会えて楽しかった! ありがとう!」そう言って梨莉子ちゃんは私の両手をとってぶんぶん振った。それからあの天真爛漫な笑顔で「ばいばい!!」と言い、あっという間に駆けて行ってしまった。私はあっけに取られながらも、彼女の後姿に向かって「こちらこそありがとう! またね!!」と叫んだ。一度だけ、梨莉子ちゃんが振り向いて大きく手を振った。

 私は満ち足りた気持ちで家に戻った。玄関を開けると母が奥から飛び出してきた。
 「あんた、どうして携帯を持って出かけないの!!」と、いきなり怒鳴る。私は「携帯ならもって出たわよ……やだ、バッテリーが切れてる。何か用事でもあったの? 」と母に聞いた。途端に母は顔を歪めた。そして、言った。「あんたと仲のよかった、梨莉子ちゃんが交通事故に遭って亡くなったって……昼頃梨莉子ちゃんの親御さんから電話があったんだよ。燐花に、よくしてくれてありがとうって伝えてくれって……」

 血の気が引くのを感じた。

 「どうして!!私……私、ついさっき梨莉子ちゃんに会ったのよ!? そんな冗談言って私を驚かそうったって無駄だから!!」
 母は驚いた顔をしたが、すぐに目に涙を浮かべ、「もしかして、最期にあんたに会いに来たのかもね……」と呟いた。

 私はすぐに、梨莉子ちゃんの家に電話をした。本当のこと、聞かなきゃ。きっと梨莉子ちゃんのお母さんが、「梨莉子はあなたに会いに名古屋へ行っていますよ」って笑って答えてくれるはず。きっと。きっと。

 梨莉子ちゃんのお母さんは泣いていた。私に「ありがとうね、ほんとにありがとう」とくり返し、「梨莉子は苦しまずに天国へ行ったのよ。あなたのことをね、よく話してた。あなたからの手紙を読みながら、会いたいなあって言ってたのよ」と言った。そのとき初めて私の目から涙が零れた。

 死んでしまったの、梨莉子ちゃん。
 私に、会いに来てくれたの?
 天国へ行く前に、ずっと会ってなかった私のところへ寄り道してくれたんだね。

 
 さいごに振り向いて手を振った梨莉子ちゃんの、いっぱいの笑顔が目の前をかすめた。

 ありがとう。

 ありがとう。

 大好きだよ、梨莉子ちゃん。

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Entry8

銃咆

相川拓也
文字数2460


 お前は悪だ、とジョージはチェヒョンに向かって言った。

 小さな部屋だった。そこには六人が住んでいる。ジョージは部屋では一番偉そうにして、また一番部屋を汚くしているのも彼だった。端から見れば、「悪」はまさにジョージであった。一方のチェヒョンは、部屋の片隅に追いやられてはいるが、不気味さを漂わせて部屋の空気を不穏にしていた。ジョージの口は軽いが、チェヒョンは滅多に喋らない。正反対のこの二人は、部屋の中でもとりわけ仲が悪かった。
 一方で、ニコライとドゥンは、チェヒョンと仲の良い方であった。しかし、その二人に対しても表面的な付き合いばかりで、本心の見えないチェヒョンの態度に、部屋の者は困惑していた。最も、これは全員に当てはまることで、本心を見せている者など一人もいない。皆、心で思っていることを口にはしないのだ。

 部屋は汚れている。六人全員で部屋を汚し、誰も掃除する者がないから、当然の状況だった。六人は自分の場所を確保するのに必死だった。少しでも境界線を越えていようものなら、そこの主は血相を変えて追い払った。しかし、床に散らばったごみは、存在しない線など軽々と乗り越えて部屋に匂いを撒いた。
 そのようにして、部屋は常に緊張状態であった。

 夜だった。この部屋に日出は来ない。ただ古びた電灯が、時折休みながら六人を照らすのだった。
 小銃をいじる音がする。一つし出すと、それは次の瞬間五つに増える。小銃を持つのは五人である。鈍い金属の五重奏はそれから暫時続き、止んだ。銃を撃つことはできない。暗黙の了解である。しかし、その了解もたびたび破られる。「試し撃ち」で開いた穴が、壁に醜い突起をつくり、影を斜めに流していた。
 小銃を持った五人は、皆銃を撃ってみたくて仕方がないのだ。子供に玩具を与え、それで遊ぶことを禁じられているように。小銃は、五人にとって危険な玩具であった。

 四年程前だ。突然それを床に向けて放ったのはカミーユであった。轟音が刹那持続し部屋の壁に残響を置いて足早に立ち去った。煙がたち込め、その他は前のままの部屋だ。
「撃ったな?」
 真っ先に口を開いたのはジョージだった。
「我らの脅威だ! 次は弾がこちらへ飛んでくる」
 隣にいるウィリアム。
「私はただ撃ってみたのだ」
「他意のないはずがない。そっちの連中もそろそろ危険だ」
 ニコライはジョージとウィリアムに目をやって吐き捨てた。ここも仲が悪い。ドゥンも同調した。チェヒョンは口を開かなかった。
「ただ撃っただけだ。もう撃たない。次に撃つのは、我らが再び戦を交える時だ」
 了解を破ると、部屋の者は心の中を垣間見せながら話すようになる。しかし、それも長くは続かず、すぐ皆は自分の世界へ帰って行く。それが均衡を保っているのだ。そして、その心の中で考えるのは、どうやって奴を屈服させようか、ということばかりである。内に秘めているうちは良い。外に漏れ出ると、体内を流れる血液のように、それは破滅に向かっていく。

 チェヒョンには銃を持つことが許されなかった。チェヒョンに良い思いを抱いているものはいないから、五人にとってはそれで都合が良かった。当然、チェヒョンにとっては正反対である。壁に穴を開けて喜んでいる連中だ。いつ自分の胸に穴が開くか分からぬ、と、顔に出すことなく怯えていた。
 チェヒョンが自己防衛の術を取るのは自然なことだった。そして、それは現実となっているようだ。目に見えているのは、血。
「貴様、本当に銃を持っていないのだろうな」
 ジョージが口火を切った。
「持っていない」
「信用できん。貴様は本当のことを言わない」
「持っていない」
「チェヒョンが銃を持っていれば脅威だ」
 ウィリアムが割って入ると残る三人も次々と加わって、言葉の銃撃戦となった。
「持っていない」
 この言葉で締めくくられた。

 「貴様は危険だ。悪だ」
 冒頭のジョージだ。さすがに、この言葉には批難がたかった。部屋での社交はあくまで紳士的態度が求められた。
 汚れた部屋の空気はさらによどみ、穴だらけの壁が穴だらけの関係を包んだ。ジョージは一層チェヒョンを警戒した。

 ジョージは時とともに血気盛んになった。既に何度か「試し撃ち」をして、新たな穴を壁に開けていた。
 銃はその度に部屋の平穏を破壊した。銃など捨ててしまうのが良い。しかし、一人が持てば、大事な自分を守るため銃を持つ。それが連鎖した。銃を持たなければ----待っているのは死だろうか。そこまで、人間は愚かになれるものだろうか。分からない。試した者がいない。

 チェヒョンは銃を持っていないように思われた。思われただけだった。
「これが私の銃だ」
 重苦しい音が部屋の片隅から、その存在を主張した。部屋の空気が一瞬停まって、以前より速く流れ始めた。
「やはりそうだったのか」
「了解を破った!」
「危険だ! 気を付けろ」
「奴は撃ちかねん。我々に!」
 皆が口々に叫んだため、聞き取れない。チェヒョンはそこに座って動かず、何くわぬ顔だった。
「銃を捨てるのだ」
「捨てろ」
「捨てなければ」
「早く」
 同じような命令文の間をぬってチェヒョンの声が届いた。
「銃を持っている者の言う言葉か。自分たちはどうなのだ。部屋を乱し、穴を開け続けたのは誰だ。私か。違うだろう。私は恐ろしいのだ。私の体がこの壁のように醜くなると思うと。恐ろしさのあまり銃を持ったのだ。そして、銃を持ってから気がついた。私をも、私は恐れなくてはならなくなった。銃を持つ者は猛獣と同じだ。しかし、私はもう銃を捨てられない。捨てると、もう私は生きて行けないのだ。恐ろしくて、恐ろしくて、恐ろしさの弾丸に撃たれて死ん」
 のところで、チェヒョンは本物の弾丸に撃たれて死んだ。撃ったのは、執拗に銃を捨てろと迫ったジョージだった。驚くほど冷淡な目で、煙りの奥の死人を見つめていた。

 その体が、鈍く音を立てて床に転がった。床は血で汚れた。ドゥンはチェヒョンの腕が自分の境界に入っているのを目ざとく見つけて、急いでそれを払いのけた。

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Entry9

INSTANT HAPPINESS 〜JAM〜

九夜 司
文字数3000


 大昔の夢を見た。
 …ただ、それだけのコトなのに。

「おはよ」
 立て付けの悪い戸を乱暴に開けると。
 朝食の支度をしているコージが、驚いたように顔を上げた。
「おおっ! 珍しく早いじゃん」 
「あんたがカーテン全開にしていくからでしょ? この若年寄!」
 まくし立て、あたしはどすっと椅子に座った。残念そうに、コージが指を鳴らす。
「まだ若年寄か…。せめて老中ぐらいまで、レベルアップしないかな?」
「お望みなら大老にまでレベルアップさせたげるから、カーテンはちゃんと閉めて!」
「へえい」
「それからハムエッグ! こっちじゃなくて、台所で皿に盛って持ってきなさいよ。そうすれば軽いし、テーブルに油が跳ね」
 コージが急に真剣な顔をしたので、あたしは慌てて口を噤んだ。 
 
 遂に、嫌われたのだろうか。

(ごめんなさいおかあさん!)
 昔の癖で、思わず俯いたあたしに。
「『盛って』と『持ってきなさい』って、シャレか?」
「はあ?」
「だったら、六十七点ぐらいだな」
…そう、コージは宣ったのだった。
「ばっ」
かじゃないのと続けようとして、あたしは不覚にもむせた。
「ほらほら。大丈夫かぁ?」 
 漸く呼吸が出来るようになり、未だ背中をさすってくれているコージを睨み付ける。
「朝っぱらからあんたにシャレ言って批評して貰いたいと思う程、落ちぶれちゃいないわよ!」
「そんなに怒んなって。血圧上がるぞ?」
「超低血圧なんだから、少しぐらい上がっていいの!」
「はいはい」
 あたしの頭を不器用な手つきで撫で、コージは台所へと引っ込んだ。 再び戻って来た彼の手には、フライパンの代わりに一杯の牛乳。
「イライラに、牛乳」
 あからさまな作り声に、あたしは思いきり眉を顰めた。
「それ、何のモノマネのつもり?」
「あれ、知らない? 一時期やってた牛乳のCMなんだけど」
「知らない。そんな事ばっかり憶えてる暇があるなら、新入生の名前憶えたら?」
 我ながら無愛想な口調だが、コージは気にも留めない。手際良く配膳を進めながら、偉そうに胸を張る。
「ふっふん。聞いて驚け! 俺は既に、新入生全員の名前をマスターしたのだあ! タタタタンタンタンタッタッターン〜♪」
 FFの戦闘終了メロディを軽快に口ずさみ、自分に向かって拍手するコージ。
「ふ〜ん。すごいじゃない」
 名簿の配布が一昨々日だったのに、もう百人以上の名前を覚えるなんて。
 素直に感心すると、コージは得意気に笑って向かいの席に腰掛けた。
 今日の朝食はトーストとハムエッグに、昨夜の残りの野菜スープ。デザートにはイチゴのヨーグルト。
 全くもって、本当にまめな男である。滅多に朝食を摂らないあたしより、余程模範的な家庭科教師になれるだろう。
「コージも、家庭科教師になれば良かったのに。昨日のピザもこの野菜スープも、あんたの英語の発音よりずっとマシなんだから」 
 言った後で、あたしは内心頭を抱えた。…どうしてこの口は、いちいち皮肉を言わねば気が済まないのだろう。可愛らしく、『すっごくおいしかった』とは言えないのか。
 
──これじゃあ、あの女と一緒だ。 

 大きく溜息をついたあたしの手を。コージが、ギュッと握りしめてくれた。
「元気ないけど、どうした? 腹でも痛いのか?」
…心配してくれるのは嬉しいけど、どうして腹に限定されるのか。 
 小さく笑い、コージの手を握り返す。暖かく優しい、あたしが今まで知らなかった手。
「昔の、夢を見たの」
「昔って、あの…」
「そう。虐待されてた頃の夢」
 言った途端、母親の言葉が脳髄にこだました。

(あんたみたいな子、産まなければ良かった!)
 あたしの中に、自分を捨てた男の面影を見つける度。似たような罵声を繰り返し、彼女はあたしを虐待した。骨折するまで蹴られた事も、一週間ぐらい食事をさせて貰えなかった事も。雪の降る夜にシャツ一枚で外に出され、病院に運ばれた事もある。
 今日見た夢は七歳の冬──丁度、最初の親戚に引き取られる直前。台所の棚の中に、詰め込まれた時の事。

(お母さんごめんなさいごめんなさい!)
(うるさいっ! さっさとそこで死にな!)
 何をしたのかは、良く憶えていない。多分、食器洗いをしてる時にコップでも割ったんだろう。あの女は鬼のような顔で、あたしを棚へと押し込めた。
 窮屈な棚の中。あたしは体を限界まで丸めて、もっと怒られないよう声を殺して泣いた。
(どうすれば、お母さんはおこらないでいてくれるんだろう)
 好かれることは、とうに諦めていた。ただ、お母さんがあたしのためにその綺麗な顔を歪ませて、怒ったり泣いたりするのが嫌だった。
 ほとんど外に出してもらえなかったあたしにとって、お母さんが世界のすべてだったから。
(あたしが、いなくなればいいのかな)
 そしたらお母さんはお父さんがいた時のように、きれいにわらってくれるのかな。

 やっぱりあたしは、いらないのかな──。

「──い。由衣!」

 記憶の中にいたあたしは、コージの声で現在に舞い戻った。心配そうな双眸に体だけが成長した、あの頃のあたしが映っている。
「大丈夫か?」
 あたしは首を、横にしか振れなかった。
「あたしまた、病院行った方がいいかも。…トラウマ、完全に治ったと思ってたのに」
 だってコージがいてくれて、本当に幸せな筈なのに。
 痛い記憶が脳裏にちらつき、絶えず不安が押し寄せてきて。
「…矢っ張りあたしは、母親の影に捕らわれたままなのかな? …幸せには、なれないのかな」
呟くと、コージに優しく頭を撫でられた。
「バーカ。幸せになるのなんか超簡単だよ!」
 そう言ったコージが、テーブルの上の箱を開けると。
「何なのよ、これ…」
「俺のジャムコレクション」
 やたら誇らしげに言って、コージは箱から大小色とりどりのビンを取り出す。
「イチゴ、ブルーベリー、アプリコットにマーマレード。そっちはピーチでこっちはレモン。珍しいのだと、バナナとかもあるんだぜ? 全部俺の手作りなんだ〜」
「…ヒマジン」
「うるせ」
 憮然としつつ、コージが取り出したビンの蓋を片っ端から開ける。
「いいか? これらのジャムをちょっとずつ、パンに塗る」
「うん」
 コージは慣れた手つきでパンにジャムを塗り、一枚をあたしに渡した。
「食べてみ」
 言われ、取り敢えずパンをかじると。コージにビシリと指を突きつけられた。
「もっと豪快に!」
「…どうでも良いけど、食べながら喋んないでよ」
 あたしは何だかやけっぱちになって、思い切りパンにかぶりついた。爽やかに広がる、イチゴの甘みとブルーベーリーの酸味。
「なっ? 一枚のパンでいろんな味が楽しめるなんて、超幸せな気持ちになるだろ? 一粒で二度おいしいどころか、一枚でたくさんうまいんだぞ!」
 そう言って笑うコージが、あんまり幸福そうなので。溢れる温かい気持ちに、あたしは思わず微笑んだ。
「そうね。あんたにしては、悪くない思いつきだわ。…お陰でちょっと、幸せになれたもの」

 絶対言ってやんないけど、ジャムよりもあんたの笑顔でね。

「ちょっとか…じゃあ、もっと幸せになる?」 
「どうやって? まさか、一緒にスープを食べるとか?」 
 コージは何故か硬い表情で首を振り、側のタンスから小さな箱を取り出した。そして、イチゴジャムよりも真っ赤になりながら、彼はこう言ってくれたのだ。
「これからずーっと、一緒に、ジャムを作らないか?」

 三分間、お手軽幸福論。

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Entry10

something to shine like you

隠葉くぬぎ
文字数2999


 意識が戻る。

 ぷしゅうと間の抜けた音がして、自分の体が浮き上がる感覚。なまあたたかい空気が肌の上をすべった。
 ううん、とうめいてぼくは小さく伸びをした。と、天井近くまで自分のからだが浮いていることに気付く。
「なんだ、なんだ?」
 擬似重力装置がはたらいていない?
 ぽおんとかべを思いきりよく蹴ると、その力でコックピットに出向く。当然ながら体重を感知してあく自動ドアはぴくりともしない。とびらをこじ開けるようにして中に入る。
 暗い。
 電気が全てついていない。そういうことではないのか。全面になっているガラス張り(といっても本物のガラスではない。小さな隕石が当たっても砕けないような強化セラミックスだ)の外が真っ暗だった。よくよく目をこらすと針の先でつついたのような小さな星が、かぞえられるほどともっていた。
「マリア!」
 ヴィン。部屋の一角に蛍光のみどりがともる。エメラルドグリーンに近いような。ディスプレイだった。
『キャプテン』
 ディスプレイはそう記した。
「マリア、どういうことなんだ? 条件にあった星が見つかった、という訳じゃなさそうだな。……どうして電気がついていないんだ? あと、擬似重力装置も早急につけてくれ。動きにくくてしょうがない」
 ぼくはまだぷかぷかと部屋の真ん中あたりを行ったり来たりしていた。
『キャプテン。それは出来ません』
「できない?」
 ぼくはディスプレイのはるかうえのまどを蹴った。ぐんと勢いよくみどりが近付く。しっかりとディスプレイ横の突起をつかむと、体を引き寄せる。
 虫が光に引き寄せられる、というのはよくわかる。生物は光を見ないと不安になるのだ。この部屋で、唯一発光しているのがこのディスプレイ。いや、この部屋だけではない。外はいま見渡すかぎり真っ暗闇なのだ。しがみつきたくもなる。
 こんな暗いところでは、生きられない。
 ぼくらが探しているのは、こんなところじゃない。
 もしここに生物が居ても寂しくて、孤独で、生きていけないだろう。光はいのちそのものだ。それとも。
 闇になれた生物は光を厭うだろうか?
『電気はもちろん、擬似重力装置なんてとてもつけられません』
 すべらかにディスプレイに打ち出される文字に気がついて、ぼくは問うた。
「なぜ? それを聞いているんだ」
『この船にはもう、エネルギーが残っていないんです』
 みどりいろは音もなく、そう、打ち出したのだ。

「マリア。でてきてくれ。おちついて話をしよう。」
『出来ません』
 相も変わらず文字をはきだすみどりいろをぼくは叩いた。そして怒鳴った。
「いいかげんにしろ!!」
 そうしてぼくはひたいをディスプレイにこすりつけた。無重力状態でつかんでいるのはディスプレイ脇の突起だけだから、足の方がふわふわと浮いている。地に足がついていない、という無様な格好になった。
「声だけでもいい。文字なんて。……怖いんだ」
「もう、エネルギーがないんです」
 マリアの声。合成された機械の声なのになぜかとても懐かしい。
「ああ、マリア。よかった。……とりあえず確認だ。ぼくを起こしたということは何かしらイベントが発生したんだな? ハイかイイエで答えてくれればいい」
「はい」
 みどりのディスプレイの小さな光が反射して、ガラスにぼくの顔を反射させる。真っ黒に、浮かんでいるぼくの顔。
「トラブルかい?」
「はい。エネルギーが」
「なくなった?」
 うなづくように少しの間がある。ぼくは溜息のように声をはきだす。 
「どうして。リサイクルできる燃料とソーラーパワー……」
 言ってから思い至る。ソーラーパワーだって? この真っ暗の中のどこに光があるっていうのだ?
「リサイクル燃料は試算違いでした。発生エネルギー量が落ちてきて使い物にならなくなったのです。ソーラーシステムは太陽系をでてからほとんど意味がなくなりました」
 いまは生命維持装置と船の運航にしかエネルギーを使っていません、とマリアは続けた。「あと何日?」
 ぼくは自分で声が震えているのがわかった。
 宇宙の孤独。広大すぎる暗闇の中で、ぼくひとりが精一杯声を張り上げて発するSOS。そんなイメージが浮かんだからだ。
「二日と半日。別のことに燃料を使うなら一日持たない可能性があります」
 愕然とする。マリアが言うことは絶対だ。そういう風にぼくらが作った。つまらない駆け引きなんて人間だけで十分だ、人工知能は正確な言葉を伝えるだけでいい、と。だから。
 足元がくずれていく。余命を宣告された病人よりも、もっと残酷でもっと確実ないのちの期限。わかりたくもない死刑囚の気持ちがわかってしまった。
「……二日のうちにぼくらが住めそうな星は?」
 あったらマリアはぼくを起こさないだろう。
「ありません。どうしますか」
 どうしたらいい、という言葉はのみこんだ。何かしらイベントが起きたらキャプテンの指示をあおげ。それがマリアに与えられた命令だ。ぼくがマリアに意見を求めたってどうしようもない。マリアは答えられない。
 ぼくだってどうしようもない。
 エネルギーがないなら、酸素だってなんだって、この船にはそうそう残っちゃいないのだ。
 長い沈黙が落ちた。本当になにも言わないってことは黒色をしているのかと、頭のへんなところで思っていた。理性では出口なんかありっこない問題をぐるぐると高速で考えていた。
「……キャプテン」
「なんだ」
 ぼくは堂々巡りする思考を断ち切られ、ぶっきらぼうに言った。
「明かりを、つけませんか?」
「いいよ。どうせそれくらい変わるもんじゃない」
 いらいらとぼくは言った。言い放った。
「そうじゃないんです。コックピットも冷凍保存室も外装も、とにかくあるだけ、明かりをつけてみませんか?」 
 はあ? ぼくは男優のようにきっぱりと振り返りマリアをにらんでいただろう。擬似重力装置とマリアのホログラムがあれば、絶対にそうしていた。実際には無重力空間の中でまともに向きを変えることさえもままならなかった。
「エネルギーがないんだよな? それは絶対的にイエスだよな? なのになんで明かりをつけるんだ? ぼくに自殺しろって言うのか?! お前はいいよ、死なないもんな、でもぼくらは違う! お前と違って死ぬんだよ! このまま死ぬんだ。このまま……」
「キャプテン」
 皆はどうするだろう。起こそうか。それてもこのまま死んでしまった方が幸せだろうか。新天地をゆめみたまま断たれるいのちの方が、何倍しあわせだろうか。
「闇で育った生物は光を厭うでしょうか?」
 思わず、手をはなした。なんだって?
「漆黒しか見たことのない生物は光を厭うでしょうか。私はそうは思いません。いきものは……例えその目を潰してさえ光を求めるのではないでしょうか」
 ぼくは闇を蹴った。伸びす指先からみどりにそまってゆく。そのいとしい発光源にほほをよせる。聖母の名を冠した、優しさと明晰さの相反するふたつを求めた、最愛のその名をよんだ。
「マリア」
 なんてやっかいな物を作ったのだろう。本当に正確に答えをだすだけならば、人工音声もホログラムも、名前をつけた人工知能なんてそんなもの全ていらなかった。
「マリア、全て明かりをつけて。ぼくらから、暗闇のどこかにいるものたちへの、おくりものだ」

 目がくらむ。
 闇になじんだ目が、視覚がなくなる。
 こうしてぼくらは恋をする。

 この闇がぼくらに恋をする。

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