第2回中高生3000字小説バトル
Entry1
砂漠の採掘場での、スレイブの監視。それが僕の引き受けた仕事 だった。 炎天下、ズームグラスで、行商ホバーの燃料や、商品にする貴金 属を採掘するスレイブたちを見張るという、ただそれだけのことを 毎日繰り返す。本当に、それだけなのだ。脳手術によって知能の低 下した彼らが問題を起こす確率など、この地球の砂漠化を食い止め られる確率と同じくらいに低い。 皆が敬遠するこんな炎天下での退屈な仕事を、どうしてキャラバ ン長の息子である僕がわざわざ引き受けたのかというと、それには 理由があった。 一週間前、新しく買った十四番目のスレイブを気まぐれで見物し に行った時のことだった。檻の中のスレイブと、偶然目が合ったの だ。彼女の憂いを含んだ双眸は、普通の人間では――いや、光彩発 色手術を施した人間ですら持ち得ないような、美しい緋色を湛えて いた。うっすらと青みがかった肌と海の底のような深い藍色の髪の 中で、その燃えるような瞳はことさら際立って見えた。 そして僕はその瞬間、彼女に恋をしていた。 翌日、スレイブ監視役だった友人に交代を提案したのも、彼女の 側に近づきたい一心からだった。その提案はあっさりと承諾された。 監視役となり、毎日好きなだけ彼女を見ることが許され、僕は幸 せだった。だが、いつしか僕は、遠くから彼女を見るだけでは満足 できなくなった。 ある夜、僕は親父の目を盗んで、スレイブ小屋へと足を運んだ。 十四人のスレイブが檻の中で怯えたようにこちらを見つめている。 十四番、と呼ぶと、あの少女が進み出た。緋色の瞳で不安げに僕 を見上げる彼女に微笑み、僕は檻の鍵を外す。扉を開いてやっても、 彼女はぼさっと突っ立っているだけだった。僕は半ば強引に彼女を 檻の外へと引っ張り出した。僕らは小屋を走り出て、ホバーの屋根 への階段を上った。 今夜は満月だ。赤い月が、夜空にひとりぼっちで輝いている。聞 いた話では、半世紀前の宇宙戦争以前はまだ大気が汚染されていな かったので、空には恒星も見えたらしい。だが、宇宙からやって来 たこの少女の先祖たちによって、恒星が夜空に輝く良好な地球環境 は滅茶苦茶に破壊されてしまった。スレイブ――奴隷という彼女の 身分はいわば、地球人が押した烙印なのだ。 僕は屋根の縁に腰掛け、階段口に突っ立っている彼女に、来いよ、 と手を振った。こちらまで来ると、眼下にはオアシスが、そして、 そこに映りこんだ月が見えるのだ。 砂漠の夜は、とても静かだった。僕たちは並んで座り、何をする でもなく風に吹かれていた。 僕は思う。これが叶わぬ恋でも構わない。相手が憎むべき敵の末 裔であっても構わない。今、こうして二人でいることが、何よりも 大切なんだ。 彼女はじっと月を見つめていた。空とオアシスに輝く、赤い月。 そうか、と僕は納得した。彼女は確かにこの地球で生まれ育ったが、 本能のどこかで、本当の故郷は地球ではないことを知っているのだ。 だから彼女は、夜空に輝く唯一の天体――月に、郷愁を馳せている のだ。 彼女の体に手を回す。しかし彼女は月から目を離さず、されるが ままになっていた。それがたまらなく切なくて、僕はいっそう強く 彼女を抱きしめた。 翌朝、仕事をしている彼女は、気のせいかいつもより活き活きと して見えた。満ち足りた気分絵彼女を見つめているうちに、僕は睡 魔に襲われた。当然だ、昨日はほとんど眠っていなかったのだから。 退屈なだけの監視と、甘い眠りへの誘惑を天秤に掛けた僕は、当然 ながら、次の瞬間にはデスクに突っ伏していた。 そして僕は、今は亡き母親の夢を見た。幼い僕が、母親の膝に抱 かれて、本を読んでもらっている。その本は、遠い異国の昔話。美 しく悲しい、僕の好きだった物語。あれは、確か――。 ジリリリリ……という、けたたましいサイレンの音で目が覚めた。 午前中ずっと眠り込んでいたらしい。慌てて監視台を降りて、スレ イブたちを整列させる。その人数を確認して――僕は、血の気が引 くのを感じた。あの少女が、姿を消していたのだ。 慌ただしく十三人のスレイブたちを小屋に入れ、ホバーで親父に 少女のことを報告した。親父は唸って、 「俺はそのスレイブを探しに行くから、お前は昼飯喰って午後のた めに待機しとけ」 言い放つと、スカイボードを駆り出して、砂漠へと飛んでいく。 僕は頭を抱えて自室に戻った。食事など喉を通らなかった。しか し、午後の始業までは、時間が空きすぎている。僕は時間を持て余 し、熊のように部屋をうろうろしていたが、やがて脈絡もなくひと つのことを思い出した。さっき夢で見た、母の思い出の本。あの本 を探していれば、まだ気が紛れる。僕は倉庫フロアへと足を向けた。 雑然と箱に入れられた品々を掻き分け、少女のことをできるだけ 頭から振り払って、僕は本を探す作業に専念する。 倉庫の奥に、本はあった。埃にまみれ、表紙は色褪せてほとんど 読めないが、間違いなく、あの本だ。 僕が本を開こうとしたとき、後ろから親父の声がした。 「何をしている、早く来い! 例のスレイブが見つかったぞ!」 僕は顔を上げて本を放り出し、親父の後について、スカイボード を駆った。 群生する奇形植物の奥――オアシスの水辺に、彼女はいた。僕は、 スカイボードから降り、植物の合間をよろよろと進む。 草むらに転がる金属探査器。泥にまみれた粗末な着衣。力無く伏 している肢体。そして、水面下に項垂れている細い首。 親父が、後ろで呟いた。 「ハードな仕事に耐えきれなくなって、自殺したんだろうな。この オアシスの水は汚染されてる。浄化しなければ猛毒だ、飲めば数分 で死に至る」 嘘だと思いたかった。昨晩、僕と心を通わせた――少なくとも、 僕はそう信じている――のに何故、彼女は死ななければならないの か。何故彼女は仕事を放棄して、オアシスへと向かったのか。何故、 という二文字が僕の頭を埋め尽くす。 だが、彼女が死ぬ理由より、もっと大事な、動かすことのできな いものがあるのを、僕は知っている。そもそも午前中、僕が居眠り さえしなければ……もし僕が監視を怠ってさえいなければ、オアシ スに向かう彼女を見つけることができたのだ。 そう。僕の責任だ。僕が、彼女を死なせてしまったんだ。 茫然自失のままホバーに戻った僕は、廊下にさっき倉庫から見つ けだした本が落ちているのを見た。何かに導かれるように、僕はそ の本の頁を開いた。 そして僕は、理解した。 急に笑いがこみ上げてきた。もう一度、色褪せた本の表紙の題字 を、目を凝らして読む。『竹取物語』と、そこには記されていた。 昔よく母に読んでもらった、僕の大好きな異国の昔話。 そうだ、あのスレイブの少女はつまり、かぐや姫だったのだ! 故郷である月から引き離され、使者に取り巻かれ月に帰っていった、 空の向こうのお姫様。 僕は、彼女の瞳がまるで夜空の月そっくりの緋色を湛えていたこ とを思い出す。 彼女は、自殺したんじゃない。オアシスの水面に映った自らの瞳 ――緋色に輝く月に魅せられ、その月に近づこうとしただけなのだ。 夜になった。僕は、昨晩と同じように、ホバーの屋根に腰掛けた。 空には、赤い十六夜の月が浮かんでいる。昼間ホバーが移動したの で、オアシスにはもう月は見えない。 砂の混じった砂漠の風が、僕の頬を撫でた。僕は目を閉じて、緋 色の瞳を持つかぐや姫の事を想った。 彼女は、無事に故郷へと辿り着けただろうか?
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