第2回中高生3000字小説バトル
Entry5
春が巡ってきた。 今年もまた、この平和な町の円形広場で、大きな一本の木がその 花を燃やす。 太く若々しい幹をもつその木は、広場の中心に堂々と高くそびえ 立ち、この町を見渡している。この地特有のこの木は、春の訪れと ともに火の花を咲かせ、人々にその実〜火を与える。その火は尽き ることなく、雨が降っても風が吹いても、ただひたすら燃え続ける。─ ─通称・火桜〜ヒザクラ。 そして今年もまた、革製の小さなバックを持つ青年が帰郷した。 「ただいま、メユーラ」 メユーラと呼ばれたその小柄な女は、ルガルと目線の高さを合わ せるように精一杯背伸びをし、こう言った。 「遅いよ、ルガル。今年は、この花が咲く前に帰るって言ってたのに」 「ごめん。仕事がさ……」 メユーラは大きくため息をしてみせ、それから笑った。彼を見上 げて。そして、お帰りとルガルに抱きついた。 ルガルの頬を、火が熱く赤く染め上げる。 メユーラは笑って、ルガルのバックを取り、早く家の中へと彼を 促す。 ルガルは火桜を見上げ、なぜだか照れくさくて微笑み、メユーラ に従った。 火桜はこの地に一本しか咲かない。種は作るのだが、それを遠く に飛ばそうとはしない。親指大ほどのその種は真下に落ち、その後 その芽が絡まり合って一本の木を成すのだ。 その種を世界中にばらまくのがルガルの仕事だ。誰に言われたの でもなく、彼は旅を続ける。 春が終わりに近づくと、火桜の花の火は幹にまで燃え移り、木全 体が一つの炎のように燃え上がる。 その火盛りという頃、ルガルは旅立つ。火桜と、メユーラに見送 られて。 「じゃあ、また来年……」 ルガルが旅だった後、火桜の火はしぼみ始め、やがてすべて灰と化 す。その灰が肥料となり、次の一年でたった数本の芽が一本の巨木へ と成り得るのだ。この土地は、程良く雨が降り程良く風が吹き、その肥料 を有効に使う。──それを各地で実現するのがルガルの夢だった。 季節はまた巡り来る。しかしそれを同じく過ごせるとは限らない。 今年も穏やかな火が咲いた。 その下でメユーラの心は儚い火のごとくゆらめく。 来年火桜が咲くまで、その時まで待ってくれ、まだ自分がよくわ からないんだ、今度の春必ず…。それがメユーラの告白に対する ルガルの答えだった。彼の両親もその結婚を強く勧めた、旅だけ では手に入らないものもあるんだから。 それでもルガルは旅出った。 そして、まだ帰ってこない。 ルガルは火桜の種を植え続けた。 どの土地でも、一年目はきれいな火を咲かす。しかし、次にその 地を訪れても、もうその跡はない。燃え残った灰が風や動物たちに 奪われ、種が芽生えようとしないようだ。 ルガルはこの一年も種を植え続けた。しかしそれも無駄だった。 火桜は人の心に火を与える、そう信じている。その火は物質的 に火を供給するだけでなく、温かく人の心を満たす。火桜を世界中 に植えれば、人は幸せに満ちて暮らせる。それはルガルの旅の目 的であり、人生の目標とも思えるものだ。 しかしそれも無意味だった。人々はまた、あのまさに無意味な、 戦争を起こした。 その戦争のせいで、ルガルも故郷への道を断たれてしまった。 メユーラが待っている、今年の帰郷はいわば義務だ。 ──もう、旅へはいけないかもしれない。僕の旅は無意味なのだか ら。…… それでもルガルは種を植え続ける。 メユーラにはわかっていた。ルガルは帰ってきても、きっとまた 旅立つ。一年待てと言ったのも、考えるためではなく、私を傷つけ るのをおそれただけのこと。 戦争の噂だって聞いていた。ルガルなら、帰郷よりも戦争を優先 することだってあり得る。 ルガルのことならわかる、彼の未来ならだいたい読める。でもど うして、自分の心は読めないんだろう。 メユーラは火桜を見上げて祈った。 垂れた前髪が邪魔だった。 半年程前に植えた火桜が、5メートルの木に育っていた。しか し花を咲かすまでには、あと5メートルは成長する必要がある。 そこは戦場からさほど離れていないのに、森の中はやけに静かだ。 ルガルはその木を中心に種を植えている。 すぐに火が咲くはずがないことは、もちろんわかっていた。しか し、今のルガルにできることと言ったら、それぐらいのことしかなか った。それに、平和への灯〜トモシビは火桜以外にないと、やはり どこかで思っているのだ。 ──人はなぜ戦争をするのだろうか。何かを求めているのだと しても、それで誰かが死ぬというのなら、全く何の意味もない。 自分の力を見せつけたいにしろ、残虐と強さとは相対するものであ り、全くの見当違いである。人は何を求め、そして人は…… 森の樹々が騒いだ。ルガルは自分のそばを何かが通り過ぎるのを 聞いた。火の音。 音を追うと、中心の火桜に矢が刺さっていた。矢は火をまとって いた。 火矢。ルガルは迷わず駆け寄った。 火の狂った音が、今度は耳元で聞こえた。ルガルがはっとして振 り向くと、向こうから大勢の兵士が弓を構えてやって来る。──ここ も戦場になるのだ! 背後に熱を感じた。 火桜の、幹が、燃えていた。刺さっていた矢は、もう燃え果てて いた。 そのまま、火は木を包み込んだ。 燃え上がる炎の中で、火桜はどんどん大きくなっていった。あっ という間に倍以上の大きさになり、その炎の中で花のつぼみが揺 れて見える。 つぼみが開き、同時に炎から火花が散った。辺りに優しく降り注 ぐ。 降り注ぐ火の中、ルガルはそれがささやくのを聞いた。──戦争 なんて。 その温もりの中、地からはたくさんの芽が生え出てきた。降る火 にその葉を包まれ、それもまたずんずんと大きくなっていく。 ルガルは力あふれて走り出した。東へ東へ、故郷の方向へ。 火桜に見とれている兵士達が、横目に見える。 火桜は絡み合い、天に向かってどこまでものびていった。 にわかに西の空が赤く染まった。次第に色の深みを増していく。 メユーラにはわかった。あれは夕日の赤ではなく、火桜の色だ。 それはルガルの帰郷を意味し、また彼の次の旅立ちをも示してい た。 それでもメユーラは祈った。──ルガルに会いたい! ルガルは走った。まるで長い長い火桜の並木道を走るような、そ んな気持ちで。 誰も行く手を遮る者はない。人々は火桜を見つめ、木々はルガル に道をあけた。 西から火が近づいてきた。ルガルだ。ルガルの回りを火のような ものが取り巻いている。──優しい火。 「メユーラ!」 「ルガル!」 ルガルが広場に入ると、取り巻きの火は、広場の火桜に吸い込ま れていった。 そして火桜は一段と火力を増し、木全体で燃え始めた。 春の終わりを告げていた。 今年の出発は、夏になってしまった。 メユーラの頭でルガルの言葉が渦巻く。──僕は新しい旅に出る。 世界の「火桜」を探すんだ。世界を温かく満たす「何か」を。その土地 にはその土地の「火桜」が必要なんだ。火桜はこの町を…… 「ルガル。次に帰ってきたときは、結婚するときだからね。忘れないでよ」 それはルガルの提案だった。 「ああ。なるべく早く帰るさ」 火桜の火の源はルガルの思いであり、霊桜〜ヒザクラとでも呼ぶ べきものだ。メユーラはあの時そう実感した。あの祈りの中、ヒザ クラからは終始声が聞こえていた。メユーラ、と優しく。 ヒザクラはルガルの心の灯に依る。それに自分で気づくまでル ガルの旅は続く。 長い旅になりそうだ。 いくつかの芽がぱらぱらと出た、そんな空っぽの広場で、メユー ラは耐えきれず、ルガルを追って走り出した。大人げないとわかり つつ。
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