第2回中高生3000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1月は夜空に紅く微笑む睦月みなせ 2977
2幻想即興曲YOSHIMURA_Keiji 2997
3白い毛のりす左右田紗葵 2876
4フカシンRuima 2995
5春の灯〜ハルノヒ Began 2999
6※作者希望により掲載を終了しました
7眠りの音 隠葉くぬぎ 3000
8※作者希望により掲載を終了しました

第2回中高生3000字小説バトル
Entry1

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月は夜空に紅く微笑む

作者 : 睦月みなせ
Website : http://www2.odn.ne.jp/~cao99030/
文字数 : 2977
 砂漠の採掘場での、スレイブの監視。それが僕の引き受けた仕事
だった。
 炎天下、ズームグラスで、行商ホバーの燃料や、商品にする貴金
属を採掘するスレイブたちを見張るという、ただそれだけのことを
毎日繰り返す。本当に、それだけなのだ。脳手術によって知能の低
下した彼らが問題を起こす確率など、この地球の砂漠化を食い止め
られる確率と同じくらいに低い。
 皆が敬遠するこんな炎天下での退屈な仕事を、どうしてキャラバ
ン長の息子である僕がわざわざ引き受けたのかというと、それには
理由があった。

 一週間前、新しく買った十四番目のスレイブを気まぐれで見物し
に行った時のことだった。檻の中のスレイブと、偶然目が合ったの
だ。彼女の憂いを含んだ双眸は、普通の人間では――いや、光彩発
色手術を施した人間ですら持ち得ないような、美しい緋色を湛えて
いた。うっすらと青みがかった肌と海の底のような深い藍色の髪の
中で、その燃えるような瞳はことさら際立って見えた。
 そして僕はその瞬間、彼女に恋をしていた。
 翌日、スレイブ監視役だった友人に交代を提案したのも、彼女の
側に近づきたい一心からだった。その提案はあっさりと承諾された。
 監視役となり、毎日好きなだけ彼女を見ることが許され、僕は幸
せだった。だが、いつしか僕は、遠くから彼女を見るだけでは満足
できなくなった。

 ある夜、僕は親父の目を盗んで、スレイブ小屋へと足を運んだ。
十四人のスレイブが檻の中で怯えたようにこちらを見つめている。
 十四番、と呼ぶと、あの少女が進み出た。緋色の瞳で不安げに僕
を見上げる彼女に微笑み、僕は檻の鍵を外す。扉を開いてやっても、
彼女はぼさっと突っ立っているだけだった。僕は半ば強引に彼女を
檻の外へと引っ張り出した。僕らは小屋を走り出て、ホバーの屋根
への階段を上った。
 今夜は満月だ。赤い月が、夜空にひとりぼっちで輝いている。聞
いた話では、半世紀前の宇宙戦争以前はまだ大気が汚染されていな
かったので、空には恒星も見えたらしい。だが、宇宙からやって来
たこの少女の先祖たちによって、恒星が夜空に輝く良好な地球環境
は滅茶苦茶に破壊されてしまった。スレイブ――奴隷という彼女の
身分はいわば、地球人が押した烙印なのだ。
 僕は屋根の縁に腰掛け、階段口に突っ立っている彼女に、来いよ、
と手を振った。こちらまで来ると、眼下にはオアシスが、そして、
そこに映りこんだ月が見えるのだ。
 砂漠の夜は、とても静かだった。僕たちは並んで座り、何をする
でもなく風に吹かれていた。
 僕は思う。これが叶わぬ恋でも構わない。相手が憎むべき敵の末
裔であっても構わない。今、こうして二人でいることが、何よりも
大切なんだ。
 彼女はじっと月を見つめていた。空とオアシスに輝く、赤い月。
そうか、と僕は納得した。彼女は確かにこの地球で生まれ育ったが、
本能のどこかで、本当の故郷は地球ではないことを知っているのだ。
だから彼女は、夜空に輝く唯一の天体――月に、郷愁を馳せている
のだ。
 彼女の体に手を回す。しかし彼女は月から目を離さず、されるが
ままになっていた。それがたまらなく切なくて、僕はいっそう強く
彼女を抱きしめた。

 翌朝、仕事をしている彼女は、気のせいかいつもより活き活きと
して見えた。満ち足りた気分絵彼女を見つめているうちに、僕は睡
魔に襲われた。当然だ、昨日はほとんど眠っていなかったのだから。
退屈なだけの監視と、甘い眠りへの誘惑を天秤に掛けた僕は、当然
ながら、次の瞬間にはデスクに突っ伏していた。
 そして僕は、今は亡き母親の夢を見た。幼い僕が、母親の膝に抱
かれて、本を読んでもらっている。その本は、遠い異国の昔話。美
しく悲しい、僕の好きだった物語。あれは、確か――。

 ジリリリリ……という、けたたましいサイレンの音で目が覚めた。
午前中ずっと眠り込んでいたらしい。慌てて監視台を降りて、スレ
イブたちを整列させる。その人数を確認して――僕は、血の気が引
くのを感じた。あの少女が、姿を消していたのだ。
 慌ただしく十三人のスレイブたちを小屋に入れ、ホバーで親父に
少女のことを報告した。親父は唸って、
「俺はそのスレイブを探しに行くから、お前は昼飯喰って午後のた
めに待機しとけ」
 言い放つと、スカイボードを駆り出して、砂漠へと飛んでいく。
 僕は頭を抱えて自室に戻った。食事など喉を通らなかった。しか
し、午後の始業までは、時間が空きすぎている。僕は時間を持て余
し、熊のように部屋をうろうろしていたが、やがて脈絡もなくひと
つのことを思い出した。さっき夢で見た、母の思い出の本。あの本
を探していれば、まだ気が紛れる。僕は倉庫フロアへと足を向けた。
 雑然と箱に入れられた品々を掻き分け、少女のことをできるだけ
頭から振り払って、僕は本を探す作業に専念する。
 倉庫の奥に、本はあった。埃にまみれ、表紙は色褪せてほとんど
読めないが、間違いなく、あの本だ。
 僕が本を開こうとしたとき、後ろから親父の声がした。
「何をしている、早く来い! 例のスレイブが見つかったぞ!」
 僕は顔を上げて本を放り出し、親父の後について、スカイボード
を駆った。

 群生する奇形植物の奥――オアシスの水辺に、彼女はいた。僕は、
スカイボードから降り、植物の合間をよろよろと進む。
 草むらに転がる金属探査器。泥にまみれた粗末な着衣。力無く伏
している肢体。そして、水面下に項垂れている細い首。
 親父が、後ろで呟いた。
「ハードな仕事に耐えきれなくなって、自殺したんだろうな。この
オアシスの水は汚染されてる。浄化しなければ猛毒だ、飲めば数分
で死に至る」
 嘘だと思いたかった。昨晩、僕と心を通わせた――少なくとも、
僕はそう信じている――のに何故、彼女は死ななければならないの
か。何故彼女は仕事を放棄して、オアシスへと向かったのか。何故、
という二文字が僕の頭を埋め尽くす。
 だが、彼女が死ぬ理由より、もっと大事な、動かすことのできな
いものがあるのを、僕は知っている。そもそも午前中、僕が居眠り
さえしなければ……もし僕が監視を怠ってさえいなければ、オアシ
スに向かう彼女を見つけることができたのだ。
 そう。僕の責任だ。僕が、彼女を死なせてしまったんだ。

 茫然自失のままホバーに戻った僕は、廊下にさっき倉庫から見つ
けだした本が落ちているのを見た。何かに導かれるように、僕はそ
の本の頁を開いた。
 そして僕は、理解した。
 急に笑いがこみ上げてきた。もう一度、色褪せた本の表紙の題字
を、目を凝らして読む。『竹取物語』と、そこには記されていた。
昔よく母に読んでもらった、僕の大好きな異国の昔話。
 そうだ、あのスレイブの少女はつまり、かぐや姫だったのだ! 
故郷である月から引き離され、使者に取り巻かれ月に帰っていった、
空の向こうのお姫様。
 僕は、彼女の瞳がまるで夜空の月そっくりの緋色を湛えていたこ
とを思い出す。
 彼女は、自殺したんじゃない。オアシスの水面に映った自らの瞳
――緋色に輝く月に魅せられ、その月に近づこうとしただけなのだ。

 夜になった。僕は、昨晩と同じように、ホバーの屋根に腰掛けた。
空には、赤い十六夜の月が浮かんでいる。昼間ホバーが移動したの
で、オアシスにはもう月は見えない。
 砂の混じった砂漠の風が、僕の頬を撫でた。僕は目を閉じて、緋
色の瞳を持つかぐや姫の事を想った。
 彼女は、無事に故郷へと辿り着けただろうか?

第2回中高生3000字小説バトル
Entry2

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幻想即興曲

作者 : YOSHIMURA_Keiji
Website :
文字数 : 2997
 三月、電灯に照らし出されたピアニストの五指は、黒鍵と白鍵の
間を自在に舞っていた。観客達は何も知るまい。演奏が終わると同
時に、怒涛のごとく降りしきる拍手と戯れる私の指は、もうその時、
すでに病に蝕まれていたとは。

 「次の公演は、無理だ。」
 私の主治医は、事も無げに言った。四月中旬になると、私の左腕
は肩から動かなくなってしまっていた。
 「…何とか、成らないのか。」
 「諦めるしかない。」
 私は、私の中に巣くう音楽の虫がうずく音を、確かに聞き取った。
次の公演は、絶対に外すことができなかった。
 「それは私にとっても同じだ。次の公演には、ドイツの名指揮者
がやってくる。左腕の不自由なピアニストと共に公演をさせればど
うなる?私達楽団の立場は? 」
 それを言われると、私は黙り込むしかなかった。
 「他の楽団のピアニストに、代役を頼むしかない。」
 私の団長は、そう言って私に背を向けた。黙って冷たくなった左
手を持ち上げた。重みがある。まるで、他人の腕だ。
 「…私も、代役を探そう。」
 団長は、その顔を幾分赤らめていた。

 五月のつごもりを過ぎた。
 「…だめだ。」
 左腕の代役など、そうやすやすと見つかるものではない。師匠が
言っていた。“左腕は、お前の指揮者だ。”と。今度公演するショ
パンのピアノ協奏曲は、右手と左手の釣り合いが完璧でなくては、
つたない音楽になってしまう。公演まであと半年足らず。それまで
に私と完璧に合う指揮者は訪れるのだろうか。
 
 冷たい雨が、太陽の光と共に激しく窓を叩いた。私が左腕を探し
ていた、ある朝の事であった。部屋に色白の青年が入ってきた。
 フリセック。彼は、黒く大きいピアノの前に慣れた動きで座ると、
鍵盤を強く弾いた。ショパンの「幻想即興曲」だ。
 彼のピアノは、なんというか、女性的で、とても私の音楽とは合
いそうに無かった。しかし、彼の演奏を聞いている間に、もう期限
がすぐそこまで迫ってきていること、そして彼が隻腕である事を考
え、賭けをしてみようという気になった。そして、包帯を巻かれた
左腕がうずいた。どうやら彼は彼を認めたようだ。
 
 「違うな…。」
 一通り弾き終わった後の私の感想は、こうであった。たしかに、
彼は私に合わせて弾いてくれた。あとは、感性の問題だ。
 「もう一度、弾きましょう。」
 私達は、その日、夜遅くまで共にピアノを弾いていた。外の雨は、
次第に止む気配を見せていた。
 フリセックは極端な才能を持ち合わせて生まれてきたようだ。一
周間の間に私の感性を覚えこんでしまった。これほどまでに才能の
ある者が、何故、他人の片腕になろうとするのか、少し疑問に思う
事がしばしばあった。

 八月、もっとも蒸し暑い季節だ。湿度によって、ピアノの響きが
少し変わってしまう時節でもある。
 「…どうして、私の方腕になろうと? 」
 フリセックは、私の突然の質問に驚きを隠せないようだった。
 「フランツ、君が僕に音楽以外の言葉を喋ったのは初めてだよ。」
 そう言えば、そうだったのかもしれない。
 「じゃあ、聞くけど、君が左腕を探してまで、ピアノを弾きたか
ったのは、どうしてだい? 」
 少し考えさせられた。ドイツから世界的に有名な指揮者が来る、
私は、その大きな舞台に立ちたかったのだろうか。
 最初は、そう思っていたが、次第にその答えに疑問を抱くように
なっていた。どうも、違うような気がする。
 彼は、私がこの楽団で弾きたかったからではないか、と言った。
そうか。どうやら私は、柄にも無くこの楽団に愛着を持っていたよ
うだ。

 彼は、いつも一冊の楽譜集を持ち歩いていた。私が練習に遅刻し
たりすると、彼は決まってその楽譜集を開き、一人では不釣合いな
ほど大きくて黒いピアノの前に座っている。
 「次の公演が、最後なんですよ。」
 フリセックは、色の白い両手で軽やかにピアノを弾きながら言っ
た。
 「もうすぐ、ピアノが弾けなくなるんです。」
 彼はそのことについては黙っていたが、詳しい事は団長から聞い
た。彼は当時、不治の病にかかっていたという。ピアノが弾けなく
なった私と、もうすぐ命を落として弾けなくなる自分の姿とが重な
ったのだろう。団長はそう言っていた。
 私は、本棚から一冊の楽譜集を取り出し、席から立とうとする彼
の横顔に差し出した。若い頃よく使った、ショパンのピアノ曲集だ。

 窓の外が、赤く鮮やかに染まった。九月。
 第二楽章は、ロマンスという題名の通り、旋律の美しい楽章だ。
 「…なあ、フリセック。」
 ピアノを弾きながら喋った。四ヶ月の絶え間無い練習で、もうこ
の楽章は指が覚えていた。
 「私が左腕を探していた理由が、やっとわかった気がする。次の
公演、11月は、私が初めて舞台に上がった日だ…。」
 声は変わらなかったが、フリセックの音が、少し小さくなった。
 「…そうでしたか。」
 風が吹いた。枝と枝の間から木の葉が舞い散った。

 紅葉の季節が過ぎ、十月となった。公演まであと一ヶ月を切ると
ころとなった。
 「…出来た。」
 「よかったですね。」
 ほぼ満足がいく仕上がりだ。フリセックも、満足した様子であっ
た。これで後はリハーサルに遅刻さえしなければ、万事うまく行く。
 「あ、フランツさん。こっちです。」
 遅刻した。舞台の上では既に私達以外の楽団員全員が定位置につ
いていた。その中でセンターに位置するドイツの老人が、短い杖で
譜面台を叩く。“さあ、始めるぞ。”の合図だ。
 長大、壮大なオーケストラの前奏が始まった。私達よりも多く合
同練習を積んだオーケストラの息は、まさにぴったりだった。哀愁
と甘美な響きが漂う前奏が、一時、凪のように静まると、突如その
中から原石のように鈍く光るピアノが現れる。
 「あー。フルート。」
 老人が譜面台を叩く。
 「もう少し主張してくれ。」
 私達は、気を取りなおして演奏を再開した。

 鍵盤の上で、二人の指が舞った。私達二人の演奏は、観客を魅了
したのだろうか、わからない。ついに我々は、ピアノ協奏曲を完奏
した。
 同時に、会場に拍手が湧き上がった。八ヶ月前の公演とは比べ物
にならないほどの、大きな声援が私達の胸に熱く美しく伝わった。
 私とフリセックはピアノの前の小さな席から立ち上がり、右手で
握手を交わした。それから花束を受け取り、並んでお辞儀をした。
 
 それから、まもなく、フリセックは息を引き取った。
 「…フリセック。」
 私は、彼の墓前に立っていた。足元には、小さな瓶に黄色い花が
数本添えられていた。すっかり動かなくなった私の左腕には、小さ
い頃、よく使っていた楽譜集を挟んでいた。
 「また、ピアノが弾けなくなってしまったよ。」
 青い海から、青い風が吹いてきた。
 「でも、そんな事は大して問題じゃあない。」
 私の頬に、熱いものが伝った。吹く風に流され、何度も何度もこ
ぼれおちた。
 「ただ…。残念なのは、今、君のためにピアノを弾く事が出来な
いって事だ。」
 片腕で本を開き、一ページ目をめくった。そして、その中から数
枚の楽譜を破り取り、彼の目に見えるところに置いた。
 フランツは立ち上がると、最後にこらえながら言った。
 「今ごろ、気づいても遅いのかもしれないが、君と出会えて、本
当に良かったと思う。」
 青い海の見える小さな墓碑の前では、何本かの黄色い花と、ショ
パンの“別れの曲”が、いつまでも、風に乗って流れていた。

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白い毛のりす

作者 : 左右田紗葵
Website :
文字数 : 2876
赤い目玉。すぐり色の目玉。白い毛。真っ白な毛。
皆と違う毛の色、みんなの毛は栗の色。
みんなと違う目の色、みんなの目は夜の色。


母さんも皆と違う白い毛に赤い目。皆あたしたち母子を
「血の目の悪魔」
「不吉な白髪リス」
って言ってのけ者にした。だからあたし達は餌も取れなかった。で
も賢い母さんは毎晩何処からか餌をとってきてあたしに食べさせて
くれた。形は何処にでも居るりすなのに。気持ちは何処にでもいる
りすなのに。毛と目の色が違うだけで皆汚いものを見るようにあた
しを見た。友達も居なかった。外に出れば独りぼっちだった。でも
母さんにともだちはみんなやさしくていいこでよくあそんでくれる
と報告した。ときには嘘の話も作って。

とても晴れた日が多い年にあたしはひとりだちをした。どのなかま
にもはいれずにいた。むしろ誰に話しかけても無視されたり、引っ
掻かれたりして仲間に入れてもらえなかった。わざわざ私のところ
へ来て
「やーいすぐり目玉。白髪リス」
悪口を言っていったり汚いものをやっとの想いで見つけた巣に置い
ていったりするリスがいた。そいつは、毎日毎日そうだった。決ま
った時間にきて、
「やいすぐり目玉。悔しかったら出てこい」
と、びょんびょんあたしの住んでいる巣の近くを跳ねまわった。

やっぱり何処に行っても餌は取れなかった。実のなる木のところに
行くとそこでおいしそうに食事をしているリスが大勢いた。近づく
とみな一斉にそれを止め、あたしのほうを向いた。大声で追い立て
られた。あたしはいつもお腹を空かせて気がたっていた。母さんが
綺麗だと褒めてととのえてくれた白い毛はもう、ぱさぱさになって
いた。毛繕いもしないで死んだように寝ていた。変な臭いがあたし
から漂った。

ある時あたしはいつも通り悪口を言いに来たしっぽの太い馬鹿リス
の喉笛にありったけの力で噛み付いた。ぎちぎちぎち。歯が硬いも
のに当たるのを感じた。あたしの口の周りは血で濡れた。そいつの
血は嫌な匂いと塩辛い味がした。そいつは大声で痛みに絶えられず
に叫んだ。そうしたらそいつの仲間が来てあたしをぼろぼろになる
まで噛み付いて引掻いて振り回して投げ飛ばした。気が付くとあた
しは巣の外にいた。力尽きたしっぽの太いリスの屍とともに倒れて
いた。しっぽの太いリスは首がぐらぐらになっていて、目を開けた
ままだった。気持ち悪くなって、嘔吐した。血が混じった液が喉を
焼くように通り過ぎた。死んじゃうんだ。あたしも。殺されるんだ。
あたしも。お腹がどくどくと熱かったから手をやると、指先は直に
みずっぽい肉にさわった。ひどくしみた鮮やかな赤。

もういやになった。

その日、躰に付いた血を舐め取りながら、どうせ死ぬのならあの馬
鹿なしっぽの太いリスの仲間に殺されたようになるよりも狼に食べ
てもらった方が良いと思った。あたしを苦しめた犯罪者の処刑を後
々あの一族の武勇伝として伝えられるよりは。だから次の日、私は
狼を探しにいくことにした。行く先の所々に私が殺めたリスの家族
や仲間が居て、叫んだ。
「ああ殺し屋がとおるよ!  白髪の殺し屋めくたっばちまえ」
あたしが睨み付けると奴らは何もせず罵り続けた。殺し屋め、殺し
屋め、血の目の悪魔の殺し屋め、近づくなみんな、覚えておけみん
な、白髪のリスには近付くな。

くるしかった。ただひたすら木の上をあっちの枝にわたりこっちの
枝にわたり走っていくと狼らしき真っ黒な姿が下をのそのそ歩いて
いるのが小さく見えた。あたしはそいつの目の前に、ぱっと飛び降
りた。そしてしっかりと目を見据えて頼んだ。
「あたしを食べて」
そういうと奴はそっけなくこたえた。
「いま、野うさぎを食ったばっかりだ」
「りす1匹食べたところでなんともないわ、さあはやく」
奴はしぶしぶ近づいてきたから、覚悟をして目蓋を閉じた。でも奴
はあたしを見ているだけで、食べようとなんかしなかった。
「はやくしてよ」
待ちきれなくていうと奴は言った。
「お前、他のリスと違うなあ。真っ白だ」
あたしは驚いた。
「狼は色が分からないって母さんが言ってたわよ。嘘吐き」
「いや、白か黒かくらいは判るさね。やあ綺麗なリスだな、お前」
照れくさいけど、どこかうれしかった。母さん以外の動物に綺麗な
んて言われるのも、母さん以外の動物とこんなふうに普通に話すの
も初めてだった。
「あんた、あたしを食べないなんてどうかしてるわ。狼のくせに。
ちょっと牙を見せてちょうだい。
本当はおおきなうさぎかなにかなんじゃないの」
黙って奴は口を開けた。
熱い息。赤い舌、黒い上顎、白い牙。間違いない。狼だわ。
「わかったかい」
「うん。さ、あたしを食べて。早く。逃げたりしないわ。早く」

でも狼はあたしを見ていた。もったいないな、お前を食うの、と呟
いて。あたしは狼がお腹を空かせてあたしを食べるのを我慢できな
くなるまで待つことにした。そう言うと狼は
「好きにしな」
草の上に寝そべった。ぼーっと私は奴をみていた。そのうちに太陽
は橙色になって、赤くなって、無くなった。
「ね、まだお腹空かない?」
「空かないねえ」
辺りはぼやけて、母さんが気を付けなさい、といっていたおばけ鳥
の鳴き声がした。ぼぉー。ぼぉー。あの鳥の声は怖い。母さんは教
えてくれた。おばけ鳥はおおきな足をしていて、それでつかまえた
りすやうさぎ、ちいさな鳥を食べてくらしていると。おおきな目を
していて、その目には自分の餌しか映らないと。
餌にされるならこの狼がいいわ。
「まだ?」
「まだまだ」
「もう良いでしょ」
「いんや。食べたうさぎはひどく太っててね」
あたしは目の前がかすんで、なにも見えなくなった。昔からあたし
の目はよく見えない。すぐり色のせいだとずっと思っていた。狼に
はあたしが見えるみたいだった。
「おまえ、ふるえてるね」
「寒いの。もうじき死ぬわ。
  昨日馬鹿な存在価値ないリスを殺したの。
その殺したリスの仲間に大怪我させられたわ。ほら、見る?
お腹のところに、傷が有るの。多分中まで通ってるかも。
血を舐めて拭いながら夢中でここに走ってきたのよ。
もう今は血は出つくしたわ…。止まったもの。
仲間である筈の動物に殺されたことになるなんて嫌だった。
生きてるうちに、
違う動物───あなたに食べて欲しかったのに」
「俺は餌以外は殺さない主義だから無駄な殺しはしないがね」
「殺される側ってどんな気持ちなのかしらね」
がさ、っと音がして狼の立ち上がる気配がした。
「じゃあ、ぼちぼちいくか」
「……いっぱい話して疲れた…おねがいね」
あたしは目蓋を閉じた。どちらかというと勝手に閉じた気もした。
狼は、途惑っているようだったけどゆっくりとあたしの喉をかんだ。
生暖かい唾液が触れる。この狼にやられるとおもうと気持ちよかっ
た。あたしを綺麗だと言って、普通に話してくれた狼。
「あ…」
急にずきっとしたから思わず声が出た。狼はそれを聞いて牙をゆる
めた。
「いいの…つづけて」
狼は流血しているのだろう冷たく重くなったあたしの首筋を優しく
嘗めた。だんだん躰が重くなって眠くなった。
「旨いよ。お前のからだ」狼の声が遠く聞こえた。



狼は、あたしを食べた。

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フカシン

作者 : Ruima
Website :
文字数 : 2995
 まだ天使学校中等部にいた頃、初等部に通う5つ下の少年に勉強
を教えていた。いわゆる家庭教師。正直言って勉強の出来はあまり
良くなかったけれど、弟でもできたような気持ちで面倒を見ていた
覚えがある。
 ある日、漢字の問題を宿題に出した。その一つが、「A国とB国
はフカシン条約を結んだ」。2日後、僕が受け取ったノートに、彼
は堂々と「不可神」と書いていた。しかも丁寧にそれを10個、ミ
ミズのような字で。――言うまでもなく、正解は「不可侵」である。
僕は思わず大笑いした。
 すでに少年の名は思い出せない。そう、それは、もう10年以上
も前のこと。

 本来、天使の仕事は、神の決定に沿って世界――人間界を動かす
ことだ。神は世の中の動きを見守り、苦しんでいる人がいれば天使
に手助けさせ、流れが停滞すれば池に石を投げるように小さな波紋
を起こさせる。一生を全うした者がいれば、魂を迎えに行く。決し
て一定以上に手を出さない。
 しかし現在、神は形だけのものとなっていた。発端は、今から数
年前に勃発した対魔界戦争。
 もともと神を中心とする天界と、冥王を中心とする魔界とは、無
干渉を原則に表面上の平和を保っていた。しかし現冥王は、長い間
続いていた静寂を破り、悪魔を率いて天界へと攻めてきた。それに
対し、天使達は武器を手に悪魔軍と戦った。争いは長く、全盛期は
過ぎたと言え、今もなお続いている。
 その途中、神は表から姿を消した。正確には、消されたのだ。平
和主義を基本とする神を、本来の職務を忘れて手を血に染める天使
が裏へと押しやった。自由に戦うために。現在、人間界の管理も含
め、天界の職務は全て天使が好き勝手にしていると言えた。
 神と違い、人間界に必要以上に干渉する天使。戦いの影響もあり、
人間界では死者が跳ね上がった。貧富の差の拡大、天災の続発。全
ては、大天使とその下の上級天使によるゲームだった。純粋に愛に
動く神とは違い、天使には邪心があったから。
 僕は中等部から高等部、学問院へと、典型的エリートコースを進
んだ。卒業したばかりで経験が浅く人間界に関わることは出来なか
ったが、しかし……いや、だからこそ、天使に操られる人間界を距
離を置いて見守るうち、僕はむなしさを感じていた。人々の悲痛な
泣き声が耳に残り、僕はいつからか、夜あまり眠れなくなった。医
者には精神的なストレスからくる不眠症だと言われた。心当たりを
聞かれたが、まさか、天使のやっていることへの疑問、大天使への
反感です、なんて言えない。医者だって立派な上級天使。密告され
れば捕まって牢屋行きだ。実際そうして社会から消えた仲間を、僕
は何人も知っている。
 だから僕は、耐えるしかなかった。仕方ない。いつも内心そう呟
いて、僕は働いた。鏡に移る自分の翼が――本当は純白のはずの翼
が――時折真っ赤に染まって見えた。それは一体、誰の血だろうか?

「なあ、魔界の噂、聞いたか?」
「ああ……冥王がもう先、長くないっていう話だろ?」
「そう、それなんだけどさ。いよいよ、危ないらしいぜ」
 そう言って、同僚の天使はにやりと笑った。
「上はその時を狙っている」
「また戦いが激しくなるのか」
「今度はうちの部署も駆り出されるって話だぜ? 直接戦地に向か
うのは下級天使が主だろうけど……指揮官を志望すると、昇進早ま
るらしいぞ」
「おまえ、志望するの?」
「いや、そんなことしたら妹に怒られる。予定日4月なんだ」
「もうあと2ヶ月ちょっとだな」
「ははは、所詮天使も人間と変わらない、ってね」
「おい、それ、上に聞かれたら危ないぞ。どうしたんだよ、普段は
そんなこと言わないじゃないか」
 戦いが近いからだろうか。最近、発言の取締りが厳しい。上への
反発はもちろん、聖職である天使を人間や他の生物と同格に扱うこ
とも許されない。あくまで天使は全ての生き物の上に立つべきなの
だ。唯一、名ばかりの神を除いて。
「この前の仕事、人間界にちょっとした列車事故を起こすことだっ
たんだ。やったのは俺じゃないんだけど……唯一出た死者が妊婦で
さ。なんだか後味悪くって」
「……なるほどね」
「そんなことより、おまえは? 志望するの?」
「多分しないよ。戦地って寒いじゃん」
「そっか。おまえ、寒がりだもんな」
 彼は声を出して笑った。

 それから数日後、彼は職場から姿を消した。極地への異動。あま
りに突然だった。受け持っていた仕事も中途半端なままなのに。
 どうにかして会いたくて、僕は仕事を早めに切り上げ彼の家へと
急いだ。着いた時、彼は家に鍵をかけ、まさに発とうとしていると
ころだった。
「ああ……おまえ、来てくれたのか」
 僕の姿に気づくと、彼は僅かに笑った。悪い顔色、疲れのにじみ
出た声。
「なんとか間に合ってよかった」
「そうだな。これが最後の別れになるかもしれないし」
「戻っては……来ないのか?」
「多分、無理だ。聞かれてたんだよ、あの日……おまえとの会話」
「!」
「その調子だとおまえは大丈夫だったんだな。よかった。巻き込ん
でないか気がかりだったんだ」
 彼の表情が、ふいに変わる。
「嫌になるよ。本から手紙から日記から、全て没収。でもって危険
分子は遠くへってわけだ。……最初は、いっそ抵抗でもしてやろう
かと思ったんだけどな。結局、俺一人じゃ何もできやしない」
 自嘲めいた笑い。無力さを痛感した後。なんて非情な社会。疲労、
悲しみ、そして……? ちょうど沈みゆく夕日に照らされ、真っ赤
に染まる翼。

 それから、数週間後。忘れもしない。魔界遠征が決まった、翌日。
その事件は突然、何の予告もなしに起きた。
「おい! 大天使様が殺された!」
 一人の天使がそう叫びながら、僕たちの職場に駆け込んできた。
その時起きたざわめきとも叫びともつかない大勢の声は、驚きだっ
たのか嘆きだったのか……歓声だったのか。
「大天使様、御崩御!」
 僕はそっと口元に手を当てた。何故かって? こんな時に僕の表
情を気にする奴なんかいないとは思うけれど、見られたらまずいだ
ろ? 僕は思わず浮かぶ笑みを、抑えることができなかった。これ
で遠征も中止になる。
 次々と飛び込む新しい情報に、騒ぎはどんどん大きくなっていく。
「え? 殺された?」
「一瞬だよ! 防ぐ間も、誰かが止める間もなく、剣で一突き」
「誰がやったんだ? そんなこと」
「それがさ、なんと! 下級天使なんだ」
「嘘だろ? よくやれたな」
「お茶汲み担当だったんだわ、そいつ。さすがの大天使様も、油断
してたんだろ」
「へー」
「でも、すごい迫力だったよ。『天使は神になれない! なっちゃ
いけないんだ!』とか言ってさ。何を言ってるんだろうな? どこ
が違うんだよ、俺たちと、神と」
「そうだよな」
 笑う同僚たち。僕はそっと尋ねた。
「それで、そいつは?」
「え? ああ、その場で周りの上級天使に殺された。そっちも一瞬」
 まだ笑い続ける仲間を前に、僕はいつか大天使になろうと決意し
た。そのためには何だってする。この手を、翼を、血に染めたって
いい。最後に、腐りきったこの世界を変えるために。
 その決意を忘れぬため、僕はその下級天使の名を胸に刻んでおこ
うと思った。
「そいつ、名前は?」
「んー? なんだったっけな。確か……」

 少し間を置いて、彼の口から出たその名前。どこかで聞いたこと
のある……。首を傾げた僕の脳裏に、なぜか、遠い過去、「不可神」
という3文字が思い出された。

第2回中高生3000字小説バトル
Entry5

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春の灯〜ハルノヒ

作者 : Began
Website :
文字数 : 2999
 春が巡ってきた。
 今年もまた、この平和な町の円形広場で、大きな一本の木がその
花を燃やす。
 太く若々しい幹をもつその木は、広場の中心に堂々と高くそびえ
立ち、この町を見渡している。この地特有のこの木は、春の訪れと
ともに火の花を咲かせ、人々にその実〜火を与える。その火は尽き
ることなく、雨が降っても風が吹いても、ただひたすら燃え続ける。─
─通称・火桜〜ヒザクラ。
 そして今年もまた、革製の小さなバックを持つ青年が帰郷した。
「ただいま、メユーラ」
 メユーラと呼ばれたその小柄な女は、ルガルと目線の高さを合わ
せるように精一杯背伸びをし、こう言った。
「遅いよ、ルガル。今年は、この花が咲く前に帰るって言ってたのに」
「ごめん。仕事がさ……」
 メユーラは大きくため息をしてみせ、それから笑った。彼を見上
げて。そして、お帰りとルガルに抱きついた。
 ルガルの頬を、火が熱く赤く染め上げる。
 メユーラは笑って、ルガルのバックを取り、早く家の中へと彼を
促す。
 ルガルは火桜を見上げ、なぜだか照れくさくて微笑み、メユーラ
に従った。
 火桜はこの地に一本しか咲かない。種は作るのだが、それを遠く
に飛ばそうとはしない。親指大ほどのその種は真下に落ち、その後
その芽が絡まり合って一本の木を成すのだ。
 その種を世界中にばらまくのがルガルの仕事だ。誰に言われたの
でもなく、彼は旅を続ける。
 春が終わりに近づくと、火桜の花の火は幹にまで燃え移り、木全
体が一つの炎のように燃え上がる。
 その火盛りという頃、ルガルは旅立つ。火桜と、メユーラに見送
られて。
「じゃあ、また来年……」
 ルガルが旅だった後、火桜の火はしぼみ始め、やがてすべて灰と化
す。その灰が肥料となり、次の一年でたった数本の芽が一本の巨木へ
と成り得るのだ。この土地は、程良く雨が降り程良く風が吹き、その肥料
を有効に使う。──それを各地で実現するのがルガルの夢だった。

 季節はまた巡り来る。しかしそれを同じく過ごせるとは限らない。

 今年も穏やかな火が咲いた。
 その下でメユーラの心は儚い火のごとくゆらめく。
 来年火桜が咲くまで、その時まで待ってくれ、まだ自分がよくわ
からないんだ、今度の春必ず…。それがメユーラの告白に対する
ルガルの答えだった。彼の両親もその結婚を強く勧めた、旅だけ
では手に入らないものもあるんだから。
 それでもルガルは旅出った。
 そして、まだ帰ってこない。

 ルガルは火桜の種を植え続けた。
 どの土地でも、一年目はきれいな火を咲かす。しかし、次にその
地を訪れても、もうその跡はない。燃え残った灰が風や動物たちに
奪われ、種が芽生えようとしないようだ。
 ルガルはこの一年も種を植え続けた。しかしそれも無駄だった。
 火桜は人の心に火を与える、そう信じている。その火は物質的
に火を供給するだけでなく、温かく人の心を満たす。火桜を世界中
に植えれば、人は幸せに満ちて暮らせる。それはルガルの旅の目
的であり、人生の目標とも思えるものだ。
 しかしそれも無意味だった。人々はまた、あのまさに無意味な、
戦争を起こした。
 その戦争のせいで、ルガルも故郷への道を断たれてしまった。
 メユーラが待っている、今年の帰郷はいわば義務だ。
──もう、旅へはいけないかもしれない。僕の旅は無意味なのだか
ら。……
 それでもルガルは種を植え続ける。

 メユーラにはわかっていた。ルガルは帰ってきても、きっとまた
旅立つ。一年待てと言ったのも、考えるためではなく、私を傷つけ
るのをおそれただけのこと。
 戦争の噂だって聞いていた。ルガルなら、帰郷よりも戦争を優先
することだってあり得る。
 ルガルのことならわかる、彼の未来ならだいたい読める。でもど
うして、自分の心は読めないんだろう。
 メユーラは火桜を見上げて祈った。
 垂れた前髪が邪魔だった。

 半年程前に植えた火桜が、5メートルの木に育っていた。しか
し花を咲かすまでには、あと5メートルは成長する必要がある。
 そこは戦場からさほど離れていないのに、森の中はやけに静かだ。
 ルガルはその木を中心に種を植えている。
 すぐに火が咲くはずがないことは、もちろんわかっていた。しか
し、今のルガルにできることと言ったら、それぐらいのことしかなか
った。それに、平和への灯〜トモシビは火桜以外にないと、やはり
どこかで思っているのだ。
──人はなぜ戦争をするのだろうか。何かを求めているのだと
しても、それで誰かが死ぬというのなら、全く何の意味もない。
自分の力を見せつけたいにしろ、残虐と強さとは相対するものであ
り、全くの見当違いである。人は何を求め、そして人は……
 森の樹々が騒いだ。ルガルは自分のそばを何かが通り過ぎるのを
聞いた。火の音。
 音を追うと、中心の火桜に矢が刺さっていた。矢は火をまとって
いた。
 火矢。ルガルは迷わず駆け寄った。
 火の狂った音が、今度は耳元で聞こえた。ルガルがはっとして振
り向くと、向こうから大勢の兵士が弓を構えてやって来る。──ここ
も戦場になるのだ!
 背後に熱を感じた。
 火桜の、幹が、燃えていた。刺さっていた矢は、もう燃え果てて
いた。
 そのまま、火は木を包み込んだ。
 燃え上がる炎の中で、火桜はどんどん大きくなっていった。あっ
という間に倍以上の大きさになり、その炎の中で花のつぼみが揺
れて見える。
 つぼみが開き、同時に炎から火花が散った。辺りに優しく降り注
ぐ。
 降り注ぐ火の中、ルガルはそれがささやくのを聞いた。──戦争
なんて。
 その温もりの中、地からはたくさんの芽が生え出てきた。降る火
にその葉を包まれ、それもまたずんずんと大きくなっていく。
 ルガルは力あふれて走り出した。東へ東へ、故郷の方向へ。
 火桜に見とれている兵士達が、横目に見える。
 火桜は絡み合い、天に向かってどこまでものびていった。

 にわかに西の空が赤く染まった。次第に色の深みを増していく。
 メユーラにはわかった。あれは夕日の赤ではなく、火桜の色だ。
 それはルガルの帰郷を意味し、また彼の次の旅立ちをも示してい
た。
 それでもメユーラは祈った。──ルガルに会いたい!

 ルガルは走った。まるで長い長い火桜の並木道を走るような、そ
んな気持ちで。
 誰も行く手を遮る者はない。人々は火桜を見つめ、木々はルガル
に道をあけた。

 西から火が近づいてきた。ルガルだ。ルガルの回りを火のような
ものが取り巻いている。──優しい火。

「メユーラ!」
「ルガル!」

 ルガルが広場に入ると、取り巻きの火は、広場の火桜に吸い込ま
れていった。
 そして火桜は一段と火力を増し、木全体で燃え始めた。
 春の終わりを告げていた。

 今年の出発は、夏になってしまった。
 メユーラの頭でルガルの言葉が渦巻く。──僕は新しい旅に出る。
世界の「火桜」を探すんだ。世界を温かく満たす「何か」を。その土地
にはその土地の「火桜」が必要なんだ。火桜はこの町を……
「ルガル。次に帰ってきたときは、結婚するときだからね。忘れないでよ」
 それはルガルの提案だった。
「ああ。なるべく早く帰るさ」
 火桜の火の源はルガルの思いであり、霊桜〜ヒザクラとでも呼ぶ
べきものだ。メユーラはあの時そう実感した。あの祈りの中、ヒザ
クラからは終始声が聞こえていた。メユーラ、と優しく。
 ヒザクラはルガルの心の灯に依る。それに自分で気づくまでル
ガルの旅は続く。
 長い旅になりそうだ。
 いくつかの芽がぱらぱらと出た、そんな空っぽの広場で、メユー
ラは耐えきれず、ルガルを追って走り出した。大人げないとわかり
つつ。

第2回中高生3000字小説バトル
Entry7

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眠りの音

作者 : 隠葉くぬぎ
Website : http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/1955/
文字数 : 3000
 ッりん
 
  今日も丁度、また電話が切れた直前に弾かれたように目が覚めた。
 ヤになるくらい空は澄んでいて、気持ち悪いくらいだ。今まで眠
り込んでいた床は未だあたしのぬくもりを残している。ぼんやりと
ベットにもたれかけて思った。
 電話に出られなかった、という事は、あの電話は浩志からだった
のだろう。

 いつもは日に半分以上眠っている様な子なのに彼氏からの電話は
エスパーのように起きて出られる、という小説が確かあった。それ
はそれで日常生活に支障が出るかもしれないが、1日位なら、あた
しと交換して欲しい。
 浩志の声はライン上じゃあ、聞いた事がない。
 ここまで来ると何かの呪いとしか思えない位、あたしは彼からの
電話を取る事が出来ない。導かれるように眠りにいざなわれている
か、はたまた丁度回覧板を受け取りに出ているとか。どうせ電話が
かかっているのは大した時間ではない。何かしら、電話に気付かな
い状況が十数秒あれば、その時間が浩志からの電話なのだ。
 青い空に大きく溜息を付いた。
 今日は午後から講義だ。

「おはよぉ」
「あ」
  健康的に自転車で爽やかに去って行きそうになった浩志を、あた
しは慌てて呼び止めた。自転車は急停車をして振り返る。キキ、と
音が出る程スピードは出ていなかったと思うのだが。
「あ、じゃなくて、松子。ちゃんと呼び止めるなら名前呼ぶなり何
なり……」
「浩志、今朝、電話くれたでしょ」
 しょうがないなァという感じで、浩司は後ろ頭を掻いた。浩司の
癖なのだ。
「今朝、ね。あれは松子にとって朝な訳だ。道理で出なかったはず
だわ。寝てるよなぁ。……いやはや、『眠り姫様』の時間感覚は凡
人には分かりかねまして」
「言葉のあやよ」
 言って浩志は、大仰に一礼してみせた。
 眠り姫、というのは浩志があたしに付け失礼千万なたあだ名で、
大抵皮肉に使われる。
 意地悪く笑う浩志を見て、湧いてきたむかむかした感情を持て余
す。思わず、彼がもたれ掛かっている自転車をひっくり返してやろ
うかと思った。
 あたしは落ち着く意味も含め深く溜息をついて、言った。
「ねぇ、何の用だったの?電話出れないの知ってるでしょ」
「明日のご飯のお誘い」
 よいしょと自転車を起こして、サドルにまたがった。もうこれ以
上話す気はない、というのがありありだ。
「明日?ちょっと、何時?どこでよ?」
「また連絡する」
  浩志はもう自転車をこぎ出していて、振り返りもせず言った。
 走って追いかけようとしたけど、気がついたら講義まで後5分も
ない事に気付いて、走る事には走ったが、慌てて目標を教室に変更
した。

「ッ……浩志はッ?」
 まだ息が荒い。講義が終わってすぐに来たのだが、見渡して浩司
の姿はない。とりあえず尋ねて、返ってきた答えは、
「松本ならもう出てったよ」
 という無情な物だった。今ならまだそこら辺にいるかもしれない。
「あ、松本から伝言あるよ、坂井に」
 坂井というのはあたしの名字だ。駆け出そうとする足を慌てて足
踏みに軌道修正。
 声を掛けたのは、童顔の男で、確か「ケイ」という名前だった。
浩志の友達だ。
「伝言って、浩志、すぐ帰ったんじゃないの?」
「すぐ帰った事は帰ったけど。今日さ、教授の気紛れで15分くらい
早く終わったんだわ、講義が。だから今から走ってっても無駄だと
思うよ」
 俺、という一人称がまったく似合わない童顔の彼は、何があった
んでしょうかねぇと、探る様な、からかう様な目で、首を傾げてあ
たしを見た。あたしは、さぁ、という風に首をすくめて先を促した。
「伝言は?」
「『明日の昼メシは食うな、時間と場所はあした電話する』」
「でんわぁ?こっちからしてやろっかな」
「あれ、知らないの?松本一昨日位に電話変えたぜ?」
「電話番号、教えて?」
「教えるなってのも伝言」
 喧嘩でもしたのかと、あたしの顔を覗き込んだ彼と目があった。
別に何という訳ではないのに少し動揺した。
「別に。電話出れなかっただけ」
 浩志から話を聞いているのだろう。ああ、と彼は納得した顔で視
線を逸らした。どういう意味よ、それ。
「俺バイトなんだわ。じゃあな」
 言って彼自身駆けて行ってしまった。

 もう電話に出られないとは言わせない。
 あたしは電話の前でじっと待っていた。ベルが鳴らない時間ばか
りが行き過ぎる。
 電話ってこんなに真剣に待っているべき物だったっけ。うららか
な陽気が、何もなくてもあたしを眠りに誘う。しかしここで寝たら
本当に『眠り姫』だ。
「鳴るんなら、早く鳴んなさいよ」
 いつまでたっても鳴らない電話に、おでこをぶつけた。コーヒー
でも入れてこようかと思うが、経験上、ここで離れた瞬間鳴るのが
浩志の電話だ。
 少しでも離れたら、もうチャンスはない様な気がして(何のチャ
ンスだ?ここで出られなかったからといって何かが終わりになる訳
じゃない。ハズ)電話から1メートルと離れていない所を、だらだ
らし続けている。
――君が好きだ。
 不意に浮かんできた映像。あたしのどこが好き、と訊いたのに、
照れたように後ろ頭を掻いて言った答えは答えになっていなかった。
なんだか急に不安になる。
 今は、どう?
 じりりりりんッ
 電話のベルというよりも目覚まし時計といった風がぴったりの音
が、膝を抱えたあたしの直ぐ脇で鳴った。独り暮らしを機に、祖母
の家(の物置)にあった古い電話を貰ってきたのだが、じーこじー
ことダイヤルを回すタイプの電話はもちろんキャッチホンや留守番
電話も付いている訳もなく、その辺りもあたしの電話に出られない
病に起因していると思う。
 じりりりりんッ
 二回目のベルで意識が元に戻る。電話だ。
 じりりりりんッ
 とらなきゃ。とらなくちゃ。
 じりりりりんッ
  切れてしまう前に、電話を、とらなくちゃ。
 じりりりりんッ
 じりりりりんッ
 ッりん

「はい、もしもし」
「坂井さんのおたくでしょうか」
 違います、といって切ってしまわなかったのは、どうしてだろう。
いつも、坂井さんのおたくですか、で始まるセールスは違いますと
言って切ってしまうのに。彼の声がやたら高くて変だったから、だ
けではない。言うなれば第六感が、切れという命令を手に伝えなか
ったから。
「どちら様ですか」
「本日のお食事、間に合ってますか?」
 ……はい?
「大変おいしいパスタのお店を教えてくれましてね、ケイが。確か、
パスタお好きでしたよね。どうしてもお誘いしたい、と思いまして。
眠り姫様を」
 大きな花束でも見せつけられたみたいだった。誕生日に、扉を開
けたら目の前が花でいっぱいになってしまって、なんだか上手く言
葉が出てこないで思わず涙が出てきてしまう様な。
 だんだんあなたの声になっていくから。
 ちっ、ヘリウムガスの効果って短ぇな。あんなに高いのに、とい
うぼやきがライン上から聞こえる。あたしの隣に居ないのに浩志の
声が、聞こえる。
「駅前で。結構遠いからさ、十時半くらいか。……おーい、聞いて
る?松子?」
 距離が、無くなる。こんなに近い。
 得をしている右耳から電話を持ち替えて、小さな声で聞いてみる。
ゆっくり、慎重に。
 雑音で聞こえなかったなんて無しだからね?
「あたしのどこが好き?」
 記憶の糸をたぐり寄せて、君はあたしの一番欲しい言葉をくれる。
 電話の糸をたぐり寄せて、あたしは君に会いに行く。

 この電話が切れても、きっと何も変わらないけれど
 変わっていくものも、きっと、ある。

バトル結果

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第2回作品受付1月22日〜3月22日迄
作品発表4月1日〜
感想受付4月1日〜4月30日迄
結果発表5月1日



第二回中高生3000字バトルは、

『春の灯〜ハルノヒ』Beganさん作
『眠りの音』隠葉くぬぎさん作
※作者希望により削除


の三作が同着チャンピオンに決定しました。
Beganさん、隠葉くぬぎさん、※作者希望により削除、おめでとうございます。
票を得られた人、得られなかった人、次回も頑張りましょう。



作品
春の灯〜ハルノヒ(Began)2
眠りの音(隠葉くぬぎ)2
※作者希望により削除2


春の灯〜ハルノヒ(Began)

眠りの音(隠葉くぬぎ)

●※作者希望により削除







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