[QBOOKS]
第3回
QBOOKS中・高校生共通3000字小説バトル

 


第2回作品受付3月22日〜6月30日迄
作品発表7月3日〜
感想受付7月3日〜7月30日迄
結果発表8月3日

結果発表中!

◇参加作品index(敬称略)/ ※ページを完全に取り込んでからご利用下さい。
●Entry1『アニーと私(前編)』YOSHIMURA_Keiji
●Entry2『青葉の頃』緒川 蜜柑
●Entry3『隆くん、日曜の脳みそ』山本航平
●Entry4『蝶々色』Ruima
●Entry5『堕落の帝王』小径
●Entry6『波と時の二重奏 >>reduction ver.』Began

※作品掲載にあたり、作業ミスの可能性もあります。
 作者の方はご自分の作品を確認の上、訂正または掲載漏れがありましたら至急お知らせください。

読んだら投票! 書いたら投票!

 
 

●Entry1 アニーと私(前編) 文字数=2995
 YOSHIMURA_Keiji
HP:

黒髪、全体にシャギーの入ったショート、186p、大きくてつぶらな瞳。これが、彼女だ。
「ハーイ。ターナー。」
彼女が歩けば、思わず誰もが熱い視線を送る。壇上のスーパーモデルのように。端から見ると、もはや慣例化しているのが分かる。今回のコンサート会場は、私の仲間もよく通う小さなクラブ。下はジーンズ生地のロングスカート、上は黒のタンクトップに、青いスーツ。耳のピンク色のピアスは、今日もつけている。着こなしも文句のつけようがない。
「やあ。アニー。どうしたの、今日は地味な装いだね。」
「だって、あんたと飲むのにそんなに着飾る必要ないでしょ。」
彼女はさばさばしている。まあ、それも魅力の一つと言えばそうか。
今日、2人で飲むのには、幾つかの理由があった。一つは、他の仲間の予定がたまたま開いてなかったこと、もう一つは、アニーと私の予定が開いていたこと。
「…ということは、初デートね。こりゃ。」
「止めてくれよ。胸がむかむかする。」
「踊ろ。一緒に。」
「俺が踊れないの、知ってるクセに。」
「ふーんだ。じゃあ、浮気してくるから。」
彼女は席を立つと、早速数人の男達から誘いを受けた。ああいうのは、大体が店に入ってきた時点から目を付けてたんだ。
 まあ、とにもかくにも、ドリンクを飲み干して喉をすっきりさせた。私がとりわけ好きなのが、このエメラルドグリーンの炭酸水。何より喉ごしがいい。
 それからしばらくもしていない内に、アニーは元の席に戻ってきた。かなり不機嫌な様子で私の隣りに座ったので、見てみると、細い眉と眉の間に鉛筆で書いたようなしわが寄っていた。まるで、時代劇の役者だ。
「…いかが致しやした?親分。」
「あの野郎、俺をゲイだとぬかしやがった。」
 私は、吹いた。思いっきり。吹いたら吹いたでむせかえった。さすが、吹くときも喉ごしは爽やかだった。
 「笑ってる場合じゃないわよ。」
 「え?だ、だって、半分以上当たってんじゃないのか?」
 彼女はまた不機嫌になり、膨れかえって視線を斜めにした。
 「まあ、気にするな。飲もう、飲もう。」
 彼女が好きなのは、イングリッシュティー。特に、甘ったるいミルクティーには目がない。炭酸は飲まない。筈だったのだが、やけになっていたのか、私のエメラルドグリーンをつかみ取って一気に飲み干した。
 「お、おい。俺の分も残しておけよ。」
 「あ゛――っ!!」
相当頭に来ていたらしい。飲み干したグラスを机に叩き置くと、深く息をついた。
「ターナー。」
「何だ?」
「踊るわよ。」
私は、足もおぼつかないまま壇上に引っ張られた。まあ、そんな事が、つい最近の彼女との出来事だった。今日は、なんと彼女から直々にデートの誘いを受けてしまった。
私はもちろん断った。
「なんで?」
「だって、男同士じゃないか。」
「関係ないわよ。誰も気にしてないじゃない。」
私は気にする。
 道を歩くと、彼女は否が応でも人の注目を集める。身長186pで美人の女性など、まずいない。たとえ何も知らない他人が私達を見て、本当の恋人同士のように見たとしても、私がずいぶん小物の男に見えてしまうだろう。
個人的にも社会的にも、彼女と一緒に歩くのは辛い訳だ。
「どうしても、駄目?」
彼女は、迫り来るようにしてせがんでくる。こういう時には、本当に迫ってきている。何か、私と遊ばなくてはならない理由でもあるのだろうか。
「鳥肌が立つ。」
「けち。」
「駄目なんて言ってないだろ。」
「じゃあ、約束ね。」
指切り。彼女は、こういう時になると急に子どもっぽくなるのだった。

 2回目のデートは、遊園地だった。私はさっさと切り上げたい思いでいっぱいだった。何しろ、寒い。木枯らしを通り越して、涼風“熊殺し”が吹いている。
私は、熊になるタイプだった。つまり、寒いと冬眠する。ああ。眠い。眠い。眠い。
「ハーイ。」
陽気な声を上げて、彼女は私のところへとやってきた。黒のセーター、チェック柄のマフラー、同柄の赤いミニスカートと黒のタイツ。
「おいおい、加減しろよ。仮にも男だろ。」
「ほらほら。暖かいでしょー。」
ピンクの毛糸で編んだ手袋を、私の頬に当ててきた。ぬくとい。嫌なぬくとさだった。
「ついさっきまでねー、ホットドッグ握ってたの。」
「自分の分だけか。」
そういう嫌みは止めてくれ。
「ううん。はい、ターナーの分。」
彼女は、肩に下げたミルク色のバッグの中からチリドッグを出して、私に差し出した。
「……マスタードが多いな。」
「一々文句言わない。さあ、行きましょう!」
彼女は決して、悪い人間という訳ではない。いい奴だった。
 その日の最初は、観覧車に乗った。乗ってから気付いた。やばい。ゴンドラの密室で2人きりだ。
「ターナー。」
彼女、何しでかすか分からない。私はおっかなびっくり返事をした。
「…な、なんだい?」
「私の事、どう思う?」
なにやら、真面目な話になってきた。彼女はいつも割り切った人間かと思っていたが、本音では、この間のことについて結構悩んでいるみたいだった。
「気にすんなよ。背が高いから間違えただけじゃないか。」
「いや、その事じゃなくて。」
どうやら違ったらしい。彼女は、顔を赤らめて言った。
「…女の子として…。」
今一、現状が理解しにくい。彼女は男だ。その人が、女の子として、自分をどう思っているかということを私に聞くと言うことは、この先女性としてやっていくことに何らかの不安を感じているということではないのだろうか。
「うーん。わかんねえなあ。俺、女装もしたことないし。」
「そうじゃないよ。」
急に、声が小さくなった。やばい、としたら、あれだ。
「……お前…はさあ、綺麗だと思うよ。うん。」
話が続かない。やばい。なんだかよく分からないが、とにかくやばい。とにかく、落ち着いて考えてみた。ここはいつもみたいに笑い飛ばせばよかったのかも知れない。が、彼女、今本気で悩んでいる顔をしていた。この事を相談するために、私とこの遊園地へ来たのだとすると、多分、本気で悩んでいる。そんな冗談めいた受け答えをすることが果たして、友として、仲間として許されるのだろうか?
そういった心理が働いて、私を閉口せざるを得ない状態へと追い込んだ。が、やはり友の為だ。ここから先は、男同士として、真面目に話をする事にした。
「アニー、お前さ。」
「うん。」
しおらしい。嫌だ、こんなアニーは見たくなかった。
「好きな奴が出来たのか?」
「ううん。」
なんだ。どっと疲れが出た。どうやら私の予想は、ことごとく外れてしまっていたようだ。私の自由意志は、肩の荷が下りたのと疲れが一気に出たのとで、冬だということも忘れて冬眠から目覚めた。
「ほら、言ってみなよ。何があったんだい?」
どーんとでかく出た。彼女は、言いづらそうな顔をして言った。
「あのね。この間、お母さんが言ってたの。」
「おう。」
軽く受け答えをしてしまった。本当はその先はまだ聞きたくなかったのに。私の心臓は、再び暗く濁った血流を送り、体の各所で混沌としたもやを作った。
肉親が絡むとなると、どんな答えが来るのかは、私の頭の中で既にパターン化していて、分かっていたのだ。両親どちらかの都合による、引っ越し。あの子とは付き合うな命令、あと、勉強に専念する。
「ほんとは、女の子なんだって…。」
「…………。」
 もやがかかっていて、上手く聞き取れなかった。観覧車は、2週目に突入していた。
 
 

●Entry2 青葉の頃 文字数=2092
 緒川 蜜柑
HP:

もうすぐ、蒼芽が芽を吹いて若葉の時期が来る。
まるで、私達みたいだね。
イイ意味でも、悪い意味でも若すぎる。

「付き合って…、欲しいんだけど…」
金谷君にいきなりそう言われたのは、まだ4月も中頃の事だった。
私は、高校生活を入ったばかりなのにもうエンジョイしてるんだなって、人事みたいに思いながら、黙ってしまった。
答えられなかった。
でも、だ。実は、の話。
私は、金谷君のことが好きだった。
誰にも打ち明けたことはなかったし、金谷君とは少ししか話したことなかったし。
それでも、金谷君の他とは毛並みの違う雰囲気は、いつも私をドキドキさせた。
その金谷君が、金谷君が。
よりにもよって、どうして私なんかに告るのだろう?
とにかく、どうにか答えなきゃと思うのだけど、イイ返事を探している内に、思考は他のところへ脱線していく。
それに、これはOKすべきなのか?
金谷君は私が好きで?私は金谷君が好き。これは両思い。
ってコトは、OKすれば付き合うってことになる。
でも、それって具体的にどんなこと?
うーん…。わかんない。
その様に、私が考え込んで黙っているうちに、女の笑い声が近づいてくる。
ヤバイ!!人が来る!
そう思った瞬間、私は。
「ごめんなさい!!」
そう、心にもない事を口走っていた。

今思っても、何でそんな事いったのか、何でそんな行動に出たのか。
後悔が募るばかりだけど。
その後、私は。
金谷君の顔なんか、まともに見られずに、一目散に二人きりの教室を出て、さっきの笑い声の女達とぶつかりながら、何とか階段まで逃げ切ったんだ。
金谷君の顔、見なかったはずなのに、金谷君の悲しい顔が目の前を横切った。
その金谷君の残像を見て、自分の仕出かした事の大きさを、やっと自覚した。
恥かしさ(?)の余りとはいえ、何て事をしたんだろう?私。

きっと、金谷君も傷ついたハズだ。
もしかしたら、金谷君に嫌われるかもしれない。
もう、話してくれないかもしれない。

何より、何よりも。
もう金谷君を好きではいられなくなる。
…こんなに、好きなのに…?
自分さえ知らなかった自分の気持ちまで、どんどん溢れてくる。
でも、どうしよう。もう後戻りはできない。
今戻ったって、金谷君にしては迷惑な話。
どうしよう。とんでもなくジレンマに襲われる。
それに、後悔の冷たい雨が、体を中から冷やしていた。
その時ふと自分の目の前に、階段が続いているのに気が付いた。
延々と続く下りの階段。ここを転がれば、少しは痛いだろうか。
今はどうしても、自分に鞭を打ちたい気分でいっぱいだった。
恥かしいって感情だけで、あんな行動に出てしまう自分が憎い。
いっそ、世の中から消えてしまいたかった。

どうして自分は、こうなのだろう。
こうも打算的で、物をすぐに言うことが出来ないんだろう。
伝えたいことを、きつんと伝えられないのだろう。
自分の気持ちに、素直でいないんだろう。

とりあえず、その場は少しでも落ち着いて、階段を転がらず、きちんを下りた。
金谷君には、時が経ってから、誤解だったと言おう、と。
でも、この時の自分がどんなに愚かだったか。
気付ければ、どんなに良かっただろうと思った。
何度も思った。

次の日から、金谷君は私を避けるようになった。
そりゃ、当たり前だ。
告った女の近くになんか、いたくないんだろう。
しかも私は、間違えとはいえ、フッてしまったのだし。
でも、今までそんなに遠く感じなかった金谷君との距離が、まるで次元が違うとでも言うように、すごい遠いものになってしまった。
時間が経てば経つにつれ、それを思わされた。
幾ら手を伸ばしたところで、届きやしない。
どんどん遠ざかって、やがて見えなくなってしまいそう。
私の知らない金谷君が、また一層増えていく。

そして友達から、「金谷って彼女いるんだって」と聞かされた時、私は。
涙を、流した。
生まれて数回しか流したことのない涙の内の1回だ。
私は、もともと泣かない子で、親にも気味悪がられたほどだ。
そんな私なのに、この時、ほろりと涙を流した。
止まらなくて、友達はワタワタしていた。
それでも、私の涙は止まる所を知らず、とめどなく私の頬の上を、滑っていった。

教室の窓から見えるナラの木は、もうすぐ青葉が茂りそうだ。
その、つき始めた若い葉を見ながら。
私は自分をそれに重ねたりする。

何て、青いのだろう。
何て、若いのだろう。
何て、愚かなんだろう。

若さだね、若さだね。
でもね、あまりに若すぎて、時々道を踏み間違ってしまう。
若すぎて、自分の気持ちも、相手の気持ちも見えない時がある。
若すぎて、タイミングを踏み外してしまう時が有る。
愚かな若さ。もっと大人になりたいよ。

でもね、私。
今まで散々「若さ」に後悔させられてきたけど。
あと、1回「若さ」に見を任せてみようと思うんだ。
例え、後悔しても。例え、傷ついても。
大人になる前の、若い私達にしか出来ないことを。
1歩1歩前に踏み出して。教室への距離を縮めて。
今度は、私から金谷君へ告ってやるんだ。

私の葉は、まだ芽を吹いたばかりで。
これから、枯れるかもしれない。落ちるかもしれない。
だけど、今は若いのを気取ってみるのもいいかな。
私達はまだ、若葉の頃なんだし。
 
 

●Entry3 隆くん、日曜の脳みそ 文字数=2540
 山本航平
HP:

 肉を買いに外に出た。外は激しい雨。関係ない、と僕は玄関前で呟いてから傘も差さず走り出した。直きに雨に濡れた衣服が胸やら脹脛やらに張り付いて走りづらい。そして後悔。これで肉屋、休みだったらどないしょう。休みじゃなくても、言われた通りの牛バラ肉三百瓦を買って、それを手ぶらで来た僕はどうして持って帰ろうか。上衣の中へ入れたって、土砂降りの雨は既に僕の衣服全てをびしょ濡れにしており、その汚水を牛バラ肉三百瓦が浴びることは必至。結句、後悔&懸念。家を出る前によく考えていれば雨に於いて、肉を持ち帰る手段に於いての準備をしなきゃいけんことは容易に思いつくのであって、そうすりゃこんな後悔と懸念とびしょ濡れにぐちゃぐちゃにされずにすんだのに。ああ、悔しったらありゃせん。ありょせんわ。って心の中で、何度も何度も。
 それでも走り続けてる僕ってのは、いや、俺ってのはあれだね、美学だね。って己の、いや、おんどれの阿呆に対しての負け惜しみと、ナルシシズム。前髪の先から落ちる雨水なんだか汗なんだか、まあ混じってんだろうけど、額から鼻筋へ。びみょーにかいー。右手の爪でその辺りを掻いて、ついでに前髪を掻き上げた。
 肉屋までは程遠い。んな気がした。
 ほんと何で傘も差さんと手ぶらで、しかも徒歩っていうか徒走?で家を出たんだろう。またもこみ上ぐる後悔&懸念。そして負けの美学。ついでにびみょーにかいーを繰り返しながら、もう十分以上走ってんだけど、肉屋は未だに見えてこない。おっかしいなー。そういや俺、あの肉屋、一回しか行ったことねぇんだったなー。しかも五年くらい前だ。その日も雨だったけ。

 民家とそれを囲むブロック塀に両側を挟まれた真っ直ぐな道、等間隔に十字路。隣町。こんな民家の密集地に本当に肉屋なんてあったっけか。
 七度目の後悔&懸念の時、僕は七度目の十字路に差し掛かった。前方左角にある電柱の前で足を止めた。吐く息が白い。梅雨の昼下がり。電柱に、緑に塗装され、縦書きで文字の型がプレスされ、その上だけ白く塗装された鉄板が張り付けてある。“襤褸ヶ丘七丁目”。ナントカガオカナナチョーメ。読めねえよ、うら。って呟いたけど、雨音が全部掻き消して、全部流されてった。
 靴がぐちょぐちょいっている。上衣がぺたぺたいっている。
 このまま真っ直ぐ行けば、見たところまだ三つか四つ十字路があると見られて、突き当たりはT字路になっていたが、ここで僕はふと右に曲がることにした。代り栄えしない民家とブロック塀。しかし、違った。何が違ったかっていうと、それはこのアスファルトの地面。走るの止めて、もう歩くことにしたんだけど、程無くして地面が罅だらけとなり、先を見やるとその割れ目は次第に大きくなっていって、そこから無数の雑草が生い茂っている。雑草の力がアスファルトを押し割った様。最終的には民家の列は途絶し、アスファルトは消滅。それより先は雑草の背丈が高すぎて見えない。おまけに、いっちゃん端の民家の半分は雑草の茂みに飲み込まれてら。
「うわっ、なんやこれっ」
 こんな気味の悪い光景を前にしても、僕は関西人でもないのに関西弁風に言っちゃうってのはこれ、余裕だな。
 って嘘つけ。だいたい本当に余裕のある人間ってのは自ら余裕だなんて言葉を出したりせん。そうと解っていながらも、僕は頭ん中で、余裕だって何度も反芻していた。歩みは既に止めちゃってたけどね。余裕だ。余裕だ。帰りたっ。
 僕は踵を返し、今度はやや速足で歩き出した。はい、嘘つけ其ノ二。“やや”っていうのは強がりの現れ。真似事しかできねえくせに、文学青年ぶってんじゃねえよ、ドアホ。はい、すいません。明らかに怯えていました。もう牛バラ肉三百瓦なんてどうでもいいや。閉まってたことにしよ。固い決意。
 どうやら左に曲がっていても、同じように町並は途絶していたようだ。十字路へ戻りながら見た前方。今再び俺、十字路。視界の広さに僕、安堵。
 もう走るのは止めた。歩いて帰ろう。斎藤和義の唄だ。僕はそれを口ずさみながら、帰ることにした。はっしるぅまぁち、を、み、おーろーしぃてぇー……サビのリフレイン。次第にデクレシェンド。雨と共に。

 気付いたら日光。つっても、もうかなり西日。さっきは走って通り過ごした十字路六つ。今度はそれに差し掛かる度に、左右の道を確認して歩いてった。ナントカガオカを抜け出た。僕が見たのは十四の途絶。
 ぼろきれの端みてえだな。と思った。ぼろきれヶ丘だな。って僕は命名したんだけど、おそらくそんな町名は多くの人に用いられるわけでもなく、友達の間だけで用いられたりもしない。なぜなら僕はこの町名を誰にも公表する気はないし、第一、あの町にはちゃんとした正式の名前があるからだ。ちゃんとした、町の風土、歴史、産物等に由来した、古人のセンス溢れる名前が。襤褸ヶ丘、読めないけど、そんなイメージ。

 空が朱い。雨上がり、アスファルトの臭い。匂い。濡れた上衣の胸元からこみ上ぐる汗の臭い。匂い。生温い風。明日には消える水溜まり。明日には忘れる“ぼろきれヶ丘”。得体の知れぬ満足感が僕を満たしていた。
 自分の町、見慣れた町。こうして町が雨に濡れていて、普段とは違う趣であっても新鮮なことはない。この町に住み始めて八年ぐらい。だってのに、隣の町にも碌に行ったことねえってんだから情けない。僕は晴れの日のぼろきれヶ丘を知らないんだわな。それって結構すごくねえ?この町に八年住んでる人のうちそういう人、あと何人いっかな。って、んな事考えたって誰かに話すわけでもないし、学校の宿題でもないし、面接で聞かれるわけでもない。要するに無駄な事。そんなで頭を充填させているのに、家路を正しく、右。左。これぞ人間の学習機能っていうか、帰属本能っていうか、ま、そんなことは犬でもできるけどね。
 帰り掛けのコンビニで五百円のビニール傘、税込み五百二十五円を買った。漸く家の前。帰宅する前に、家の向かいのスーパー神崎で牛肉を買って帰った。夕飯の焼き肉は美味かったなあ。午前一時、至福の入眠。明日から俺って合理的。仕舞い忘れのストーブが、暗闇・静寂の中で、ごくん、って灯油を飲んだのを覚えています。
 
 

●Entry4 蝶々色 文字数=2728
HP:

 夢の中を、蝶々が舞いました。
 白い部屋に一筋、深紫の羽の軌跡を残像として残し、蝶はくるりくるりと大きく旋回しながら飛んでいました。
 目が覚めた時、私はぼんやりと部屋を見回しました。蝶の姿はどこにもなく、確かに夢だったのだと確認しながら、私はあの蝶の名前は何だろうと考えました。


 最悪。
 今日あたり別れることになるだろうってわかってた。先に優しさを忘れてしまったのは私で、もう一度やり直すための努力をしなかったのも私。言われそうな気がしたから先手を打って「別れよう」と言ったのも私だ。
 だけどどうして、よりによって海の見えるこの公園でこんな展開。デートスポットである。駅まで続くちょっと洒落た店の建ち並ぶ通りも含め、恋人達ばかり。別れたのは自分の意思なのに、どうしようもなく惨めな気分だった。薄暗い夕暮れの元町を足早に歩く。
 ふと、露店に掲げられていたある看板が目に入り、私は足を止めた。黒地に白い文字で書かれた「蝶々屋」の文字。一体何の店なのかと見やるが、広げられた黒いシートの上には、一枚の紙切れ以外、何も置かれていない。不思議に思い、思わずその紙を覗きこむと。

『あなたにぴったりの素敵な蝶々、あります。』

 ……第一印象。胡散臭い。
 胡散臭いもここまでくると、ある意味見事じゃないかと思う。まるでジュエリーショップような宣伝文句を蝶々に使われても困る。『あなたにぴったりの素敵な指輪』なら、引っかかる女性も多いかもしれない。それにそもそも、ここには蝶々どころか虫かごの一つもないじゃないの。
「お姉さん、一匹どう? 今日は夕焼けが綺麗だからサービスしておくよ」
 突然に声をかけられ、私は顔を上げた。シートをはさんで向かい側に、これまた胡散臭げなサングラスの男のにやけ顔。あまりに黒ずくめで、彼の回りだけ一足早く夜が来たような気がする。
「悪いけど蝶が欲しいわけじゃないのよ。ちょっと気になっただけで」
「でもこれも何かの縁だ。お姉さん美人だし、綺麗なの用意するよ」
 警戒心が好奇心に少しだけ負ける。私は遠慮気味に訪ねてみた。
「売っているのは、本当に本物の蝶? 生きているの?」
「もちろん」
「でも、ここには何も無いじゃない。近くのお店に置いてあるの? それとも後で宅配とか?」
「それは、注文してからのお楽しみ」
「……胡散臭い。密輸入した希少価値の高い蝶だったりするんじゃないの? じゃなきゃもっとストレートに、詐欺とか」
「ひっどいなー。法に触れるようなこととは縁がないから安心してよ。それに、言っとくけどお姉ちゃん、一つ誤解してるよ?」
 悪戯めいた笑みを浮かべ、男はサングラスを少し下にずらした。カラーコンタクトだろうか、深い紫色の目がこっちを見つめてくる。なんだか全て見透かされているような気がした。
「俺はお金は取らない。俺が蝶の代価として貰うのは」
 サングラスを掛け直し、彼は私の前で右手を握ってみせる。
「君の心の欠片だよ」
 そして、ゆっくりと開いた手の中から。
 紫の羽を持つ蝶が、飛び立つ。

 それは、今朝の夢に見た光景でした。
 私は、何故か流れ出る涙を止めることも拭うこともできず。ただただその蝶を見つめることしかできませんでした。
 蝶々は私の目の前をひらりひらりと舞い続け、どこにも飛んで行く様子はなく。私はそのことに妙な安心感を覚えたのでした。

「この蝶は、君の心の欠片でできているんだ」
 男の言葉に、私は現実に引き戻された。蝶はそれでもまだ私の視界にいる。夢ではない。半ば呆然としている私に、男が尋ねた。
「何がそんなに悲しいの?」
「え?」
「ほら、悲しみでできた蝶だから、涙を流してる」
 男の指差した先には、すでに日が沈みきり黒々とした夜空を背景に、淡く光る蝶の鱗粉が、まるで涙のように、はらりはらり。
 ああ、そうか。これが私の心だというのなら。
 私はやっぱり、悲しかったのだ。

「優しい人だったの。いつも笑ってくれてね」
 口から自然に言葉がこぼれだす。なぜ会ったばかりの、よりにもよって怪しさの塊のような男に、私はこんなことを話しているんだろう。友達にすら、ほとんどしたことのない話。
「私、最初から最後まで勝手ばかりだったのに、『別れよう』って言ったのも私なのに」
 それなのに。怒ったって、責めたってよかったのに。
「あの人最後に、『ごめんね』って言ったのよ」
 涙が次から次へと溢れ出す。
「私、全然素直になれなくて。『嫌い』とは何度も言ったけど、『好き』とは数えるほどしか言ってなくて」
 蝶がゆっくりと、差し出された彼の手に止まる。
 深い紫は悲しみの色。後悔の色。
「だけど、彼のこと、本当に好きだったのよ?」
 本当に、愛していたのだ。その気持ちは、心の奥底で、今もなお。
「彼のこと、本当に、好きなの」
「……そうだね」
 微笑を携えて、彼は蝶を止まらせたまま、手を高く持ち上げる。
「その思いはきっと、届いているよ」

 蝶々はふわりと舞い発ち、まるで夜空に吸い込まれるかのように、高く高くへと上って行きました。
 そして不思議なことに、少しずつその羽の紫は薄れていき。その代わり、まるで輝き始めた月の光に染められたかのように、とても優しい、淡い黄色に染まっていったのでした。
 それは私が、心のどこかに押しやったまま忘れていた、愛の色でした。


 視線を下ろした時、そこにはもう、「蝶々屋」などという胡散臭い店の姿も、サングラスをかけた黒ずくめの男の影も全く存在しなかった。慌てて姿を追い求め辺りを見回すが、目に映るのはただ、流れ行く雑踏ばかり。
 あの蝶はきっと、彼の元へ飛んで行くのだろう。
 突然だけど、彼に電話しようと思った。もう手遅れかも知れない。それでも、好きだという気持ちを伝えなければ、私の心の羽は、きっと紫のままだから。
 カバンから携帯を取り出す。コール音を聞きながら、彼の番号をメモリに登録した時のときめきを思い出す。
『はい、もしもし?』
「……私。さっき別れたばっかなのにごめんね。少し、大丈夫かな」
『美咲? いや、平気だけど……どうした?』
 変わらない、優しい声。付き合い始めた頃は、電話でこの声を聞くたびドキドキしていた。一つ一つ、愛しい気持ちを思い出していく。
「うん……あのね、話したいことがあるの」
『何?』
 彼に聞かれた途端、臆病になる気持ち。「何でもない」と言ってしまいそうな心に必死であの蝶の姿を描く。その黄色い羽を、私はとても綺麗だと思ったのだ。私の心にもこんな色があったのかと。
『もしもし? 美咲?』
 気持ちを鎮めて一呼吸し、私は言葉を搾り出した。
「佐原、私ね。本当は佐原のこと、大好きだよ」


 蝶々は無事、彼の元へと辿り着けたでしょうか。
 
 

●Entry5 堕落の帝王 文字数=1847
 小径
HP:

ああ! 我は自らの堕落に耐えることが出来ない!!
 孤独にも似た焦燥、混乱、そして沈黙。そんなものが我にあったとは!! だが、もはや手遅れだ。我が自らの倦怠を知り、克己するなど……手遅れだ!! いや。
 我から既に莞爾たる笑みは消えた。いつ頃からやら。
 生まれ、落ちたその日から、その倦怠を穿ち、滅ぼさんとても、無駄な努力となることを宿命づけられていたのだろう。そんな自虐さえ、怠惰な心機、稚拙で怠惰な心情を表しているに過ぎない。
 世は我を誰として侮辱しない!! かといえ、軽蔑も同情も優しさも寄せたりはしない。誰もだ!! 衆愚どもは、無関心すら装えず、我の身を抱くことを望みさえするのだ!! 愚かなるは我か!!
 しかし、かような我も主に仕える身である事に違いは無いのだ。沈滞し、緩慢にすら動かぬ我の身と心は、わが主のものなの。我はそれを喜び、時に消極的な感動さえ持って受け入れる。
 だが、主は我の怠惰に気づいていない!我の身は、もはやその鋭き爪の用途すら見出せぬほど怠惰を抱いているというのに!! 主は知らないのだ。我の無感情と沈滞を。
 ただ、幸福か、主は常には、不在であるということか。が、嘆くかな、我が孤独であることではない。
 我をただ見つる者はあり、名をコアラと言う。きゃっつめは、日がな、何するわけでなく、ただ、怠惰に樹にヘバリツイテおるのもなれば。何たる堕落者か。ただ、我のように倦怠や、堕落に関して破滅的な被虐思考を持っておらぬ事は、賞賛に値するや、知れぬ。同類たるものにして、かような理由もあり、我もきゃっつめに対してはそれほどの敵意を抱いてはおらぬ。かといえ、我友とするには、忌忌しさと、弁理ならざる感も、またあり。
 ともすれば、奴の方が優れ、それが証拠に我らが主は、我よりも、コアラに好意をもって接しているように見受れる。無論それは憂慮すべき事態であり、憤懣をもって苦々しい。されど、先程と同じく、自虐の念でそれのほうが良いのだ。思う。真理は虚しからず。されど、優しからず。
 しかし、アレに比べれば、コアラ等は寧ろ我、盟友といっても差し支えない。アレの野蛮に比べれば…。アレ。名を述べるのも嫌悪と嘔吐感で肺がにつまる。エロイカをくれ。
 アレ、その名を、パンダと言う。名からして汚らわしい。まさに奴こそ怠惰堕落の天使、もとい悪魔なり。恐ろしく巨大な体躯を持ち、その膂力も並みではない。されど、きゃつめは日々食うことしか頭に無く、白痴同然の生き様。竹をむさぼり、横になる。やつめええ! 激怒さえもって奴の生き様を恥じと心得よ。されど、体表、我と同じく毛に覆われ。爪鋭く、眼光なし。我は耐えられぬ。なのに、なのになぜ、コアラはぁあああ!!
 だが何よりも、奴は主のお気に入りなのだ。真情なる隷属を示したるやつめは、誇示せずして、自らの従順を、主に理解させておる。
 しかし、奴とて無為の仕草であれほどの寵愛を受けられるとは思えぬ。陰ながらの努力を推して知るべし、されど、況や我においてをや。されど、努力の効空しいのみ。主は我に振り向きもせぬ。まさにこれ空虚かな。まさにこれ道義かな。不快なるが、真実なり。尊くも、侵させざる真理なれば。
 畢竟我が、もはや一日という概念に生きぬことを知られている。日が沈み、また暗黒を克する灯火を部屋に灯そうと、また灯りが薄れ、太陽がその顔を西に浮かばせようと。
 何の感動もなく、また、苦難の思案だけをわが友とすることのみが首を垂れながら、我の思想に入り込むのを静かに見守ることだけしかできぬ。よもや狎れる者さえ我に近づこうとせぬ。それは狂喜すべき事が、一陣の哀切をもって我は受け入れている。無論、孤独故では無い。凶状が届くのをただ待つのだ。それさえ我の倦怠が、怠惰が、堕落が我の信義を曲いる。我は、もはや今の思惟さえ、なんの意味もない。
いかなる悪意、成長、囁き、誘惑の伝播も我は受け付けぬ。愚かしく、故なくも堕つるのみ。
 我の精神を宿したまう我の肉体をただ恨めしく呪うのみ。小さすぎる体。我の瘴気たる精神を宿すにはあまりにも拙く、弱い。一日に2m動き、大儀であったと思う日々は非常に虚し。腕長いも、せいぜいに四つん這いになっては。目は暗く、それで滾る野心を燃やす瞳。されど、されど。
 よもや、悩むことさえ疎ましい……しかし。
 しかして。
 主は、かよな我に述べるのだ。胡散臭げに述べるのだぁ。
 「あんた、ナマケモノでしょ。ごちゃごちゃ言わないで。疲れてるの」
 
 

●Entry6 波と時の二重奏 >>reduction ver. 文字数=2980
 Began
HP:

 綾嶺はそこに小さな墓を作った。そこらに転がる石を積んだだけの墓に、摘んできた小さな白い花を添えると、とても明るい感じになった。緩やかに岩に当たって砕ける波も、明るい音をたてる。
 そこは綾嶺が、この島で一番好きな所だ。太平洋のみが視界を覆う場所。しかし同時に危険な所でもある。大岩が雑然と一面に連なっている。しかしそこ自体は危険ではなく、そこまで下りてくるのが危ない。崖とまでは言わなくとも、急な傾斜を下らなければならない。人の手が一切加えられていないので、一般の観光客は滅多に来ない。親戚をこの島に持つ綾嶺は、幼い頃からよくこの島に来て、この岩場は兄・弘樹に教えてもらった。
「ユリ姉さん…」綾嶺は墓に手を置き呟いた。
 水の弾ける音に驚いて、海の方を見た。岩だらけのここで、人が泳ぐわけがない。
 イルカだ。
 綾嶺は岩の上を跳ねて、海に近寄った。
 一旦そのイルカの美しさに魅せられた。しばらく見ていると、その不思議さにはっとした。腹をこちらに向けたまま静止しているのに加え、それはイルカではなく水だったのだ。イルカの形をした水の塊だった。シャボン玉のように際どくふるえた表面は透け、向こうの海を映していた。
 急に「イルカ」が動き出した。舞いながら上へと昇っていき、次に頭から海に突っ込んだ。水しぶきと一緒に、「イルカ」も破裂したようだ。水が綾嶺に降りかかる。目の前はまさに水玉模様。
 海からは次々と新しい水玉が生まれ、綾嶺に引き寄せられるように集まっていく。
 とうとう大きな水の球となり、綾嶺を包んだ。そこは不思議な世界だった。呼吸をしていないのに苦しくなく、むしろ心地良い安らぎがあった。
 水球は綾嶺を包んだまま軽く宙に浮き、そして海の中に戻った。
 海の中でも回りの水が体を包んでいるようで、泳がなくともそこに浮かんでいた。
「なんでこんな所に居るんだろ?」綾嶺は考えた。
 するとどこからか声がした。辺りには誰もいないが……。
「私は君に呼ばれて来たんだよ」
 声に出したつもりもないのに、綾嶺の疑問に答えているようだった。
「あなた、誰?」
 何かを呼んだ覚えもないが、綾嶺にはこの様々な不思議が、むしろ楽しみとして感じられた。
「私? 波だよ、知ってるだろ。出前があれば(なくとも、だがね)どんな時代のどんな海にでも、走りに行く。大抵の場合は魚達が……」
 綾嶺はうんうんと適当に相槌を打った。辺りの景色を見るのに忙しかったのだ。
 長く揺らめく海藻に絡みつく魚達、氷の間を走るペンギン、悠々と流れる大きな体…首長竜(!)、……

 由利は弘樹の恋人である。楽天家に近い程に明るい性格だが、弘樹と良く気が合い、綾嶺とも仲が良かった。
 夏休みを利用し、3人はこの島に遊びに来た。由利には未知の島だ。それ故にはしゃぎすぎたというのもある。しかし、あの事故は不幸だった。
 由利は、3人で岩場へ下りる途中──

……ふと目を前に向けると、距離を隔て、おそらく時をも隔てているだろうずっと遠くに、あの崖が見えた。
「……つまり私もなかな」
「ねえ」
「ん?」
「あそこまで連れていってくれる?」
「まあ、お望みとあらば」
 波は少し怒った感じだった。綾嶺に大演説を邪魔されたのが原因らしい。
「話の続き、してくれる?」
 辺りの景色が高速に過ぎ去る。
 綾嶺は波になった。

「あの花かわいいわね」斜面を下りる途中でユリ姉さんが指差した花は、白く小さな花で、岩間に群生していた。
 私は振り返って、その花を見た。綺麗な花だった。ユリ姉さんの少し後ろで、首をひねっている兄さんがおかしい。花の名前を思い出そうとしていたようだ。
「採ってあげるよ」私はほんの軽い気持ちで言った。手を伸ばせばすぐ届きそうだったから。

 遠くからでも容易に、"彼ら"のしていることが見えた。綾嶺の中の記憶と、目から入ってくるものとが、重なっているのだ。
 渦巻く祈り。間に合え!
 突き進む海の風。走れ!
 先刻より大きく見えるようになった崖が、綾嶺を押しとどめようとする。──だめ。ここで止まったら。
 綾嶺は目を堅く瞑って、雑念を退けた。

「無理しないでよ」ユリ姉さんは、花に近づこうと足場を捜す私に、例の調子で明るく言った。「ヘーキヘーキィ」特に意識もせずそう答えた。ユリ姉さんは実はうれしそうに、私に場所を空けるため隣の岩に移った。
 一瞬、ユリ姉さんの体がガクッと下がった。「由利!」私はとっさに目を瞑り、兄の声にすがるように顔を背けた。背後から、鈍い音と短い悲鳴が、波音の合間に聞こえた。

 "由利"が花に指差すのが見える。
 過去の"由利"を助ければ、それ以後の世界である現在の由利も助かるだろう、そんなことは綾嶺は全然考えていない。ただ過去の自分にだけは、悲しい思いをさせたくないだけだ。
 "綾嶺"がもそもそと動き出すのが見えた。
 もう間に合わない、綾嶺は目を閉じた。2度も、見たくない。
「目を瞑るな」波の声だ。今までのキャラとは打って変わり、妙に説得力のある声だった。
 綾嶺は力強く目を瞑り、
「手を伸ばせ」
 そして大きく見開いた。

 "由利"は"綾嶺"に笑いかけ、隣の岩へと足を掛けた。

 綾嶺は両手を高く挙げ、高波となって崖に迫る。力強く!
 目を開け。手を伸ばせ。

 バランスを崩した"由利"を見て"弘樹"が叫ぶ。「由利!」

 目を開け!
 手を伸ばせ!
 間に合えーー!

 "由利"はキャッと短い悲鳴を上げた。
──目を開け!
 "綾嶺"は"由利"の恐怖に震えた顔を見た。
──手を伸ばせ!
 "綾嶺"は岩に触れていた右手を素早く動かし、辛うじて"由利"のTシャツを掴んだ。慌てて左手で"由利"の左腕を捕らえる。いつの間にか"弘樹"が下に移っており、"由利"の体を支えた。

 大波が"綾嶺達"のすぐ下で弾けた。




 目を開けという声が頭の中に響き、綾嶺は目を開いた。青い空が見え、目の隅に岩壁が写った。横になっていた。頭が少し霞む。
「アヤネ!」
 高い声がぼんやりと聞こえ、次第にはっきりしてきた耳が人の近づいてくる音を知らせた。首を向けると、果たして由利と弘樹がいた。
「ユリ姉さん、無事だったの?」
 少し戸惑いを見せながら、綾嶺は声を出した。
「人の心配より、アヤネは大丈夫なの?」
「え?」
 そういえば足が痛くて動かせない。
「アヤネ、私を助けようとして落ちちゃったのよ、覚えてない?」
 両手を岩から放したせいで"自分"が落ちてしまったのを見た覚えがある。それとも、体験したのだっけ?
「しかしまあ、あんなに運良く大波が来るとはなあ!」
「あっ、波にのまれたのを……覚えてる」
「良かった、頭は平気みたいね」
「足を打ったみたい」
 足の方に目を向けると、白いものが目に入った。あの白い花だ。そこには石が積み上げられ、小さな山を形成していた。白い花はその石の下敷きになっていた。たぶんそのおかげで、波にさらわれなかったのであろう。
 綾嶺は一番損傷の少ない花びらを取って由利に手渡し、残った花は海へ投げ入れた。
 由利は安堵とともに涙をこぼした。
 運ばれていく花を、3人各の思いで見送った。

「……時を少し乱してしまったが、少女は別に気にしなかったのだろうよ。こんなに綺麗な花をくれたものな。…いや、話を戻そう、私はこの花のいい飾り場所を探しているのだが……」
 波は至る所の住民相手に、そのちゃっかりした自慢話を続ける。  
 
 

 QBOOKS第3回中高生3000字バトルチャンピオンは

『蝶々色』Ruimaさん作

 に決定しました。
 Ruimaさん、おめでとうございます!


<得票>
・『蝶々色』Ruimaさん作……2票
・『堕落の帝王』小径さん作……1票
・『隆くん、日曜の脳みそ』山本航平さん作……1票
・『波と時の二重奏 >>reduction ver.』Beganさん作……1票


<感想票>
・推薦作『堕落の帝王』小径さん作
前回の爆発した文体を残しつつも、わかりやすくなってて、読み応えがあった。
で、主人公がナマケモノっていう、文体とのギャップがおもしろいと思った。
この文体と、おもしろいストーリーがうまいこと合わさったら、恐ろしいもんがあると思う。


・推薦作『隆くん、日曜の脳みそ』山本航平さん作
 処女作だそうですが、なかなかよかったです。
 風景描写や、進行具合にやや不備が見え隠れ。しかああし。それを補って、
補いまくっちゃうような、心理描写、文体、綺麗に進むプロットに見せられた。
 あ〜でも悩むな〜 と思いつつこれに入れました。
 Qに入った新風。どこまでいくか、機体。


・推薦作『蝶々色』Ruimaさん作
不思議なアンティークな感じが良かったと思います。蝶々の色が主人公の心情に合わせて変わっていくのがきれいでした。欲を言えば、もう少し刺激的なものがあってもいい気がします。
迷ったのが「堕落の帝王」。オチはかなり好きなのですが、文字数がやっぱり2000未満なのがひっかかり……。でもこれ以上引っぱっても無駄に長くなりそうですし……。難しいところです。


・推薦作『蝶々色』Ruimaさん作
僕は「Sukoshi Fushigi」が好きです。(これだけで正体が分かりそうだ、どうしよう)
どうもしないけど。
この作品の不思議さが好き。
「怪しい男」とかがいつの間にかいなくなる、ってちょっとありふれた(強引な)設定だな。個人的にはそこをもうちょい、工夫して欲しかった。
ん〜、蝶々がいい。綺麗だ。色とか涙。人物書くのも上手いです。

『隆くん、日曜の脳みそ』が次に好き。
面白いけど「SF」がないから、(僕の好みの中では)蝶々にかなわない。
笑った。笑った。


・推薦作『波と時の二重奏 >>reduction ver.』Beganさん作
無理やり話を短くした感はありましたが、ストーリーが好きだったのでこの作品を選びました。また、やや話の流れがわかりにくい部分もありましたが、一番読みやすかったです。




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