第9回中高生3000字小説バトル全作品一覧

#題名作者文字数
1Moon light碧瑠2401
2朱に染まる山本 裕加1693
3金魚すくいwata2101
4恐怖nia3156
5涙の壺西村 ぎんか2396
6美術室での放課後加賀 椿3000
7お天気屋なカノジョ水葉 けい2200

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Entry1

Moon light

「あじぃ・・・・」
夏休み、列車に乗ること数時間、ようやく俺はこの地に降り立つことが出来た。
やかましく鳴り響く蝉時雨が、暑さに拍車をかける。
額の汗を拭いながら見渡した光景は、去年見たものと全く同じで、「彼女」に会えるかもしれないという期待を高めた。
一年前、俺が恋をした、名前も知らない少女に・・・・。

一年前の夏休み、叔父と叔母を訪ねて、一人この田舎町へと旅立った。
辺りに広がるのは田圃ばかりで、遠くには山々が並んでいる。
一面を緑に包まれて、新鮮な空気が清々しい、そんな場所だ。
へんぴな場所だが、俺はここが大好きだった。
都会では味わうことの出来ない、新鮮な空気に、俺は心を踊らせていた。
駅では叔父と叔母が出迎えてくれていた。
久しぶりに会う2人は、相変わらずのやさしい笑顔で、長旅の疲れを癒してくれるようだった。
車に乗ること1時間、ようやく叔父の家につく。
叔父の家は米の集散地で、円錐花序を直立した稲がたくさん生えていた。
木造の大きな家に腰をおろし、ようやく一息つく。
その後、山に登って川遊びをしたり、虫を捕まえてばらしたり、そこいらにはえている植物やきのこを食べたりで、気づけば、日が暮れるまで遊んでいた。
そして夜には、叔父の家の庭で花火をした。
昼の暑さもなく、肌にあたる風が気持ちよかった。
時折、花火に蝉が突撃し、朽ち果てていくさまは実に滑稽で、夏のいい思い出が出来そうだった。
花火のあとには、虫のやかましい合唱会に耳を傾けていた。
そして、ふと見上げた空には、数え切れないほどの星が、まばゆく瞬いていた。
「おおっ・・・」
思わず感嘆の声を漏らす。
都会では決して見ることの出来ない、感動的な光景がそこに広がっていた。
月夜の空にちりばめられた星は大河を創り、時折光の筋が流れては消えていった。
俺はそれをもっと近いところで見たくなり、山に登ることにした。
月明かりが照らす山道を歩くこと数分、木々の切り開かれた丘を見つけた。
俺はそこに腰をおろし、夜空を見上げた。
「綺麗だね、星空」
ふいに、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、俺と同い年ぐらいの女の子が立っていた。
涼しげな白いワンピースを纏い、夜風に長い髪の毛をなびかせ、月明かりに照らされた彼女は、どこか幻想的だった。
そして、彼女を一目見て、俺の心が揺れ動いた。
胸の高鳴りを感じた。
いわゆる、一目惚れというやつだ。
「ねぇ、君、ここの人?」
彼女が口を開く。
妙に馴れ馴れしいが、嫌気を感じさせない雰囲気をもっていた。
「いや、夏休みを利用して、数日遊びにきてるんだけど・・・」
彼女は俺の隣に腰をおろした。
「そっか、残念だね。帰ったら、こんな綺麗な星空見れないでしょ?」
「まあ、都会だからな」
「かわいそうにねぇ、私なんか、毎日でも見れるのに」
「その代わり、色々と不便だろ?」
「そんなことないわよ〜、失礼しちゃうわ」
初体面なのに、何故か気兼ねなく話せた。
そして、俺たちはおざなりな会話で盛り上がった。
環境の違う2人が、お互いの自慢話を繰り返し、そして俺たちは急速に親しくなっていた。
「あっ・・・」
ふと、彼女が夜空を指差す。
見上げると、流れ星が瞬いて、そしてすぐに消えていった。
「残念、お願いできなかったね」
彼女が本当に残念そうに呟く。
「それじゃあ、私は用があるから、そろそろ帰るね」
彼女が腰を上げる。
「ああ、またな」
「うん、またね〜」
去りゆく彼女の背中を眺め、俺はどこか寂しさを感じた。
またね・・・・・か。
俺も帰るか。
ゆっくりと腰を上げ、帰路につく。
去り際、もう一度星空を見上げ、瞼を閉じて祈りをささげた。

“もう一度、彼女に出会えますように・・・・。”

あれから一年、俺は再びこの地を訪れていた。
もう一度あいたいという、淡い期待を込めて・・・。
例年どおり、駅には叔父と叔母の出迎え。
車で移動して、叔父の家に着き、そして山に登る。
スイカを川で冷やして流されて、蜂蜜狩りをして刺されて、熊さん達と戯れて、一日を楽しく遊んだ。
そして夜、満天の星空の下、あの丘へと向かう。
数分歩いて、ようやく見つける。
俺は腰をおろし、そして俺は待った。
一年前に出会った、あの少女に・・・。
月のように、俺の心を照らしてくれた。
星のように、輝いていた。
流れ星のように、刹那の間だったけど、俺は彼女が好きだった・・・・。
そして・・・・空に一筋の光が流れたとき、俺は祈った。
「星、綺麗だね」
祈りが通じた。
振り返ったとき、捜し求めていた姿がそこにあった。
「よぉ、今夜もお月見かい?」
「うん」
俺の隣に腰をおろし、そして空を見上げる瞳は輝いていた。
「ちゃんとお願いした?」
「ああ、そして、それは叶ったよ」
「え?なになに?」
「君に、会いたかった・・・」
「え?どうして・・・?」
「それは・・・・」
頭の中用意しておいた言葉が、のどに閊えている。
そもそも、俺は思いを告げる必要があるのだろうか・・・?
どうせ、俺は数日の間ここにいるだけで、すぐに帰ってしまう。
そんな俺が、彼女に何を求めているんだろうか・・・。
「ねぇ、どうしたの?」
黙りこくっている俺に、彼女が疑問符を投げる。
「いや、なんでもないよ」
「あ、そう。ところで、さっき何を言おうとしたの?」
「いや、なんでもない、忘れてくれ」
「え〜、気になるなぁ」
「なんでもなって・・・」
「ふ〜ん・・・・」
止めよう・・・・。
今はまだ、言うべきではない。
なぜか、そんな気がした。
「あっ・・・!」
彼女が空を指差す。
光の線が弧を描いて、夜空を走る。
彼女は瞼を閉じて、両手を合わせた。
俺も瞼を閉じて、願い事をした。
“また会えますように”と・・・。
そして、その時こそは・・・。
「ねぇ、何をお願いしたの?」
光が消えたとき、彼女が口を開いた。
「ん?内緒。君は?」
「う〜ん・・・・たぶん、君と同じことだよ」
そういって微笑んで見せた顔は、ひときわ輝いて見えた。

また、来年も来よう。
俺はそう、星に誓った。


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Entry2

朱に染まる

私は一介の女でしか無い。だが所詮、私は骨の髄まで女には成りきれない女である。だから、今日の様にスカートや、踵の高い靴を履いてきちんと着飾ってみても、なんだか心持ちがすうっとしないのだから、困る。困るが、一体何の所以でこんな格好をしてしまったのだろうと思う。

昨日、ふたつ年上の姉が衣替えの為に箪笥の整理をして、その時出てきた可愛らしい小花柄の膝下丈のスカートを、サイズが合わなくなったと言い、気まぐれに私によこしてみたのであるが、私といえばいつも小汚い色落ちしたジーンズで、そんな女らしいスカートに合わせる服や靴など持ち合わせていないものだから、貰っても仕方がないよ、と姉に断ったらば、姉は面倒臭げに箪笥の奥からシフォンのブラウスを、押入奥の箱からは、使い古してはあるが綺麗な状態の革のパンプスを引っ張りだし、それらをオマケにして、私に再び押しつけた。高かったんだからちゃんと着なさいよ、と姉は念を押す。スカートもブラウスも靴も、成る程姉が高かったと言うだけあって確かに上品で可愛らしく、だから尚更、姉ではなくて私のような半端者の女の元に回されてきたのが可哀相で、勿体無い。私も洋服達も、どちらも他人行儀で、よそよそしいのが悲しい。

その日は貰った洋服達に袖さえ通してみる気にはなれず、無造作にそれらをハンガーに掛け、私の部屋の隅の棚の角に吊し、その後はそれに全く見向きもせずにいた。だが一晩明けて、私がのそのそとベットから起きあがった時、寝起きで重たい私の目の端に、今にもハンガーからズレ落ちそうな、昨日姉から頂戴したあの白いブラウスが写った。そしてその下には、私が眠っている間にそこから落ちたのであろう、小花柄のスカートの情けない佇まいがあり、窓から入った朝日は、床にポンと放っておかれたパンプスの、光沢のある革の表面をてかてかと照らしていた。こうなっては折角の服自体の美しさも形無しである。
私は何だか後ろめたくて、ハンガーからブラウスを外し、ブラウスにそっと袖を通した。ブラウスのボタンを留め終えると、ブラウスだけではなんだか物足りなくて、次にスカートを履き、パンプスに足を入れてみる。最初ブラウスに袖を通したのは服に対する申し訳無さと同情からだったが、今は別の感情が私に働きかけてきているような気がした。最後に寝起きの髪をそくささと櫛でとき終え、鏡台の前に立って見ると、全く知らない女がこちらを見て、どぎまぎと落ち着かない様子である。
女らしい服を着慣れていないものだから、どこか不格好なのだが、それでも鏡の中には私の知らない、当たり前の女である私の姿があって、なんだか新鮮で照れくさく、だのに自分の中にそれを喜ぶ心を発見したりし、私の心は複雑だった。複雑ではあるが、楽しいのは確かだ。
私は皆が寝静まっているのを起こさないように、家の廊下を足音を忍ばせて、そっと玄関まで行くと、こそこそ錠を外して家から出、人通りの無い道路沿いの歩道をせかせかと歩いた。普段したことの無い散歩を、こんな早朝にこんな格好でするなんて、と心の奥で静かに驚く。

駅前のコンビニエンスストアのガラス窓の前を通る時、私はそこに写る自分の姿を捉えて、私はふと立ち止まった。
そういえば幼い頃、母の留守中に、私はよく姉と「お化粧ごっこ」をしたものだった。姉は勝手に母の化粧箱から真っ赤な色の口紅を引っ張り出し、お人形代わりに、私の口紅に朱を引いた。つぎはおしろい、つぎは眉墨。私たちはどうしようもなくその行為が愉快で、母が帰ってくるまで笑いながらそれを続けた。鏡に映った私の顔は滅茶苦茶に塗りたくられ、唇の赤さが浮いていた。朱を引いてはティッシュで拭い、また朱を引く。けれど、結局その遊びの最後まで、赤い口紅は頑なに私に不格好で在り続けた。
あの時感じた、口紅への苛立ちを思い、私はガラスに写った自分を見つめる。今の自分であったら、幾分あの赤い口紅も私に従順であったのではないだろうか。

私はくるりとむき直り、元来た方へ駆け足で引き返した。去年の誕生日に友人から貰った口紅が机の引き出しにあったはずだと、思い出したのだった。


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Entry3

金魚すくい

僕には一つ下の彼女がいる。
名前は和葉。
愛らしい顔立ちに、つやのある黒のショートカット。背はやや低めだが、なんとも可愛らしい子だ。
出会いは偶然。
友人がたまたま事故で入院した時に、病院で見かけたのが最初の出会いだったのを覚えている。僕達に囲まれている友人を彼女は羨ましそうに見つめていた
友人が退院してからも僕は何かにつけて彼女に会いに行った。
最初はまったく見ず知らずの僕に戸惑っていたが、病院に年の近い子がいないせいか僕達はすぐに打ち解け合った。
話してみると彼女はとてもユニークで、一緒に過ごす時間はいつも面会時間を忘れてしまうほどだった。
だが、彼女は生まれたときから重度の病気にかかっていた。
詳しい病名はわからない。心臓に関する事らしいが、彼女は僕に多くの事を語ってはくれなかった。きっと、心配させるのが嫌だったんだろう。
病院に見舞いに行くと、いつも彼女は「早く外に出たいなぁ」と病室の天井を見つめながら寂しげに呟いていた。
そのたびに、僕が「よくなったらいっぱい遊びに行こう」と励ますと、和葉は「じゃあねぇ・・・」と行きたい場所を色々空想した。それが僕と彼女のいわいるデートだ。
まるっきり想像上の、架空のデート。
時たま、遊園地で遊んでいたのが、いきなり動物園に変わってしまうなど想像ならではの無茶苦茶な展開もあったが、彼女はとても楽しそうだった。

和葉と一緒に桜を見に公園へ
散っていく花びらを見ながら、彼女と僕は桜の木の下を歩く

二人で海へドライブ
潮風に髪をなびかせながら、彼女が笑っている

紅葉を見に山へハイキング
二人でクタクタになりながらも、山の頂上で満足顔

深々と降る雪の中を身を寄せ合って歩く
寒いけど、心はなぜか暖かい

春夏秋冬、いつも彼女と一緒にいた。
終わるときなんてないと思ってた。
ずっと、ずっと一緒にいられると思ってた。
でも、どんなものにも終わりはある。
神が人に与えた唯一平等なもの、それが死。
ある暑い夜の晩。
電話の音で起こされる。嫌な予感がした。
「もしもし・・・」
電話の相手は和葉だった。病院から抜け出してきたらしい。
「どうして抜け出して来たりなんかしたんだ?」
少しの間、沈黙。そして彼女は、
「今日、お祭りなんでしょ?」
たしかに夏最後のイベントである神社祭りがある日だ。
「だからって」
「お祭り、行きたかったから」
か弱い声、まるで火が風に揺られて消えてしまいそうな。
和葉・・・・・・
守ってやりたい。
これほどまでに強く思ったことは後にも先にもこのときだけだった。


にぎやかなざわめき。威勢のいい掛け声。
夏の終わりを感じさせる祭りだった。
空想ではない。
病室の中で彼女がいつも言っていた言葉「外に出たい」それが今、たとえ一瞬であろうとも、確実に実現している。
初めてのデートはすごく緊張した。自分の胸の鼓動が、握っている小さな手を通じて相手に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいに。
人ごみを掻き分けながら、和葉と2人、仲良く歩く。
他愛のない話、でも新鮮で、なにより嬉しい。彼女は終始、笑顔だった。
祭りも終わりに近づき、そろそろ帰ろうかという時、和葉が露店の前で足を止めた。
金魚すくい
大きく看板が貼られている。
「どうしたの?」
「これ、やってみたい」
露店のおじさんに2人分のお金を払い、紙でできたすくい網をもらって小さなプールの前にしゃがみこむ。
彼女は真剣な顔で金魚とにらめっこ。
なんだがおかしくなって、笑ってしまう。
おじさんに取り方を教えてもらって、彼女は慎重に金魚をすくいとる。
「あ、失敗しちゃった・・・」
紙が水を吸収しすぎたせいか、網はすぐに破けてしまった。
この世の終わりのような顔をする彼女。
僕は苦笑しながら、彼女に自分の網を手渡す。
「もっと、力を抜いて。軽くやってごらん」
「え、でも・・・いいの?」
一瞬、嬉しそうな顔をしたが、すぐに申し訳なさそうな表情に変わる。僕がそれに笑顔で答えると、彼女は「よーっし」と気合をいれてもう一度金魚と向かい合う。
今度はゆっくりと、軽く・・・
「と、取れた!」
満面の笑み。
彼女の中にある病気など一瞬で吹き飛ばしてしまいそうな笑顔。
ああ、僕はこれが見たかったんだ。


帰り道、彼女の左手にはビニール袋に入った金魚が一匹。
彼女はその時の感動と興奮を身振り手振りで再現する。
その仕草が僕を幸せな気分にした。
別れ際、彼女が笑顔で
「また、明日」
僕は手を振ってそれに答えた。


次の日
病室に彼女の姿はなかった。
沈痛な表情で、彼女の両親が僕に説明する。
・・・あの子は最後まであなたのことを心配して、最後に、ありがとうって・・・
僕は冷静にそれを聞いていた。
心のどこかが麻痺したみたいに何も感じない。
もしかしたら、僕は悟っていたのかもしれない。昨日の彼女の言葉、
「また、明日」
その時の表情が脳裏に鮮明に映し出される。
彼女は泣いていた。
大きな眼にいっぱい涙をためて。
泣きたいのを、我慢して、
「あれ・・・?」
なぜか涙が出てくる。
わかっていた事だったのに。
悲しくなんて、ないはずだったのに。
「う、う・・・」
一度流れ出た感情は、止まる事を知らずにいつまでも涙を流しつづけていた。
いつまでも
いつまでも


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Entry4

恐怖

 僕はその時、なにやら不思議な感覚に襲われていた。
足元から闇に呑まれて行くような、背中から冷水を浴びせられたような、おかしな感覚。
(夏風邪かもしれないな……)
 僕はわざとらしくくしゃみを一つし、また東京の雑踏を歩き始めた。
うだるような夏の日差しは、歩くサラリーマン達に汗を滲ませている。
温暖化の影響なのだろうか。今年は去年とは比べ物にならない程の猛暑だ。更に、それを
光化学スモッグやら、台風やらが手助けして、凄まじい程の異常気象をもたらしている。
 まぁ、そんな事はどうでもいい。この作品は間違っても気象観察日記ではないのだ。
いくらか歩くと、広い横断歩道に出た。信号は丁度赤から緑に変わる所で、僕は少し得をしたような優越感を感じていた。
 しかし次の瞬間、僕はまたヒヤっとした感触を覚えた。一体何がどうしたって言うんだ?
辺りを見回すと、何故だろうか。後ろを歩く中年の男がいやに目についた。中肉中背、汗だくのワイシャツ。
何でもないサラリーマンの格好だ。なのに、僕には彼が目に付いてしょうがなかった。
 考えている間にも歩道を渡る人々の流れは進む。僕は、流されるうちに歩道を渡り終えかけていた。
-------信号が点滅し、人々の流れが速くなった瞬間だった。車のタイヤを軋ませる音が急に僕の耳へと響いた。咄嗟に音の方角を振り向く。すると、巨大な黄色の鉄魂が僕の目に飛び込んできた。
「!?」
 僕はあまりにも突然起きた出来事に、身動き一つ取ることが出来なかった。
目の前がスローモーションのような断続画像となり、ズンッという音と共に鉄魂が歩道へと倒れた。
「キャーーーーーーーーーッ!」
 群集の中から悲鳴が上がる。歩道へと倒れこんだのは、黄色の大型トラックだった。
そして、地面から染み出す赤い液体。僕の背後で、そんな光景が展開していた。
ゆるゆると広がる赤い液体が、僕の足元へと侵入してきた。ぐっちょりとした粘り気のある液体が、革靴をみるみる真紅に染めていく。
(救急車を呼べ!)
(一体どうしたっていうんだ?)
 人々が慌しく行動を開始する。しかし、僕はそこで立ち尽くしていた。さっき感じたあの感覚。
足元から闇に呑まれて行くような、背中から冷水を浴びせられたような、あの感覚。
あの感覚を、僕は今三度感じていた。僕はゆっくりと視線を下に移した。
……トラックの下から飛び出している腕は、あの中年サラリーマンの物だろうか?
何ともなしにそう考えた途端、今までの感覚が氷柱となって僕の身体を貫いた。そして、時が経つと共に、徐々に去って行った。
 僕の肌に体温が戻る。道路から吐き出される蒸し暑さが、顔に汗を滲ませる。
そして、僕は足元の血に悲鳴を上げた。

 『……白昼の惨劇、横断中の16人を襲う』
その日の夕刊一面は、全てこんな見出しの記事で彩られた。いつもと同じ記者の語り口調に、専門家のおざなりな解説。
しかし、今の僕にはその記事が恐ろしくて仕方がなかった。今は、自分の背後で起こったこの惨劇から、
目を背けて居たかった。目を瞑ると、ひたひたと僕の靴を染める血が目に浮かぶ。
『何故、お前だけ、お前だけ、助かったんだ』恨みがましい声で、僕を引きずり込もうと足元へ迫る赤い悪魔。
それから、出切る限りの間、目を背けていたい。出切るだけ美しいものだけを見て居たいけれど、この世界はそれだけで
構成されてはいない。それなら、僕に残された手段は逃げる事しかない。
 夕方になると、僕は酒屋で焼酎を大量に買い込んだ。そしてアパートに帰ると、コップに注ぎ、一気に煽った。
アルコールが僕の血液に溶け込み、体中へ運ばれていく。益々赤みを増し、流れの速さを増す赤い濁流。
 コップの液体を一気に飲み干すと、僕は自分の身体に焼酎をぶちまけた。
酒は身体を清める効果がある、そんな迷信を咄嗟に思い出した気もしたし、そうでない気もした。
ビショビショになったTシャツをペロペロと舐めて、僕はストンと眠りに落ちた。その夜見た夢の中では、あの男が
僕を見つめていた。何かを知っているような、僕を馬鹿にしたような視線。
「貴方は一体誰ですか?」
 僕は闇の中で言った。彼はニタリと笑うと、その潰れたような口を開いた。
「さあね。天使かもしれないし、悪魔かもしれない。もしかしたら、何者でもないのかもしれない」
 答えになっていない。僕はそう言おうとした。でも、彼はそれを見透かしたかのようにもう一度ニタリと笑うと、
振り返り、去って行った。足音が僕の耳の奥の、何だか解らない部分をカラン、と揺らした。

 目覚めたら汗びっしょりだった。いや、多分焼酎のせいだっただろう。
Tシャツからプンプンと酒の刺激臭が漂っている。
酒が身体を清めるというのは、あながち嘘じゃなかったのかもしれない。
昨日よりは、大分体の調子、もっと言えば心の調子が良くなっている。
 僕は学校へ行く事にした。親に援助を貰って通っているのだし、
何より自分のプライドが許さない。シャワーを軽く浴びると、外に出た。
朝日が僕を優しく迎えてくれる。昨日の事故を忘れさせてくれるような、明るい日差し。
「よしっ」
 自分自身を鼓舞するようにかけ声をかけると、僕はアパートの階段を元気に下って行った。
「あら、元気なのね。何か良いことでもあった?」
 近所のおばさんがごみ捨てがてら僕に声をかけてくれた。
「えぇ、まあね」
 僕も笑顔で返す。すがすがしい朝だ。夏という季節は、こんなにも雲ひとつない、青い空を作り出してくれるのか。
しかし、僕はハッと自分を差す視線に気付いた。通りの隅から向けられる、強い、黒い視線。
僕は嫌な予感を胸に、ゆっくりと振り向いた。……通りの向こうから、隠れて覗き込むように、男の顔が半分見えた。
「あァァァァァァァッ!」
 背後から悲鳴が上がった。やっぱりか、という風に振り向くと、女性の眼球を貫く烏の姿が有った。

 「また貴方ですか」
 まどろみの中で、僕はまた彼に会っていた。
「一体何をしようと?」
「さぁね」
 彼は相変わらずニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「何をしたいんだか」
「あやふやなんですね」
 僕は少しイライラして言った。
「そうかもしれない」
 彼はまた言った。
「僕という存在自体が、ね」
「一体何時まで続けるつもりなんですか?」
 無意識の内に言うと、彼は「何時までだって?」とでも言うように少し首をかしげた。
彼が始めて見せる、人間らしい表情だった。彼はしばらく考え込んでいたが、やがて
またニタリと笑って言った。
「飽きるまで」
 ピアノのペダルを押したように、声が頭の中でワンワンと鳴った。
そして、僕は朝闇の中で静かに目を醒ました。閉め切られた部屋の中には、ムンムンと熱気が篭っている。 
 軽く目を擦った僕は、何かを感じたように外へと出た。午前五時の空は、朝のような、夜のような、不思議な色をしている。
階段を下りると、何時もは気が付かない金属質の音が辺りに響いた。
外では、ジョギング中の若い男性が、息を弾ませながら走っていた。僕はポケットに手を突っ込むと、
彼の許へと足早に歩み寄った。そして、手を静かに出すと、軽くサッと振った。
頭が心地よい、スポン、という音を立てて飛んだ。飛び散る血を前に、僕は静かに微笑んでいた。
 通りの向こうに、彼の姿があった。僕は、『どうだい』と言うかのように腰へと手をやった。
彼は、初めて微笑を見せた。
「飽きたよ」
 テープを巻き戻すような、エレベーターに乗ったような感覚が僕を取り囲んだ。
僕は、横断歩道を渡っていた。目の前に、黄色いトラックが迫っていた。そして、今度は確実に、僕を押し潰した。
 都会ではあまり聞かない、蝉の鳴き声が一度聞こえた。うだるような暑さの中、悲鳴が上がった。
そして、革靴を血に染めながら、一人佇む男の姿があった。


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Entry5

涙の壺

 むかしむかし、ある小さな町に、泣けない女の子が住んでいました。
 女の子は、生まれてから一度も、涙を流して泣いたことがありませんでした。
 お母さんが悲しい絵本を読んでくれても、隣に住んでいるエイミーが可愛がっている猫が死んでしまったと泣いているのを見ても、女の子は泣きませんでした。
 そんな女の子を、町の人たちはなんて心の冷たい女の子なんだろう、と思っていました。

 ある日、女の子は、町で一番高くて、空に近い山の頂上に登って、そして女神様にお願いをしました。
「女神様、女神様、お願いです。私を泣かせてください。私も、他の人のように、涙を流して泣いてみたいんです。」
 すると、女神様は、水の入った小さな瓶を女の子に渡して、こうおっしゃいました。
「これは、魔法の涙です。泣きたいと思ったら、これをお飲みなさい。そうすれば、涙が出てくるでしょう。」
 女の子は喜んで、スキップをしながら山を下りました。
 
 町に戻ると、広場でおばあさんが、「マッチ売りの少女」の紙芝居をしていました。マッチ売りの少女は、大好きなおばあさんと天へ上っていくところでした。
 周りに集まって聞いていた子供たちは、みんな泣いていました。
 女の子は女神様に貰った瓶を取り出して、魔法の涙を飲みました。しょっぱく、苦い味がして、胸が締め付けられるように苦しくなり、女の子の目から大粒の涙がこぼれ出しました。
「なんて可哀想なマッチ売りの少女・・・。どんなに寒くて、苦しかったことか・・・。」
 周りにいる子供たちは、驚いて女の子の方を見ました。そして、みんなが、あぁ、女の子は本当はこんなに心の優しい子だったのだな、と思いました。

 女の子が広場を横切って歩いていると、道の角のパン屋さんから一人の男の子が飛び出してきて、女の子にぶつかり、そして走り去っていきました。店の中からパン屋の主人が、握り拳をあげながらその後を追っていきました。男の子はすぐに捕まえられ、パン屋の主人が男の子を殴りながら、「泥棒!泥棒!」と怒鳴っています。
 女の子は、その男の子が同じ歳のピーターであると気づきました。ピーターにはお父さんもお母さんもおらず、家はとても貧乏なのです。そのピーターがついに耐えられなくなって、パンを盗んでしまったのです。
 女の子は痣だらけになって倒れてしまったピーターに駆け寄りました。そして、主人を見上げていいました。
「どうか私に免じて許してあげてください。ピーターはとても可哀想な子なんです。許せないと言うのならば、私を代わりに殴ってください。」
  女の子は魔法の涙を飲んで、ポロポロ泣きながら頼みました。
  パン屋の主人も、そして周りに集まってきた大人たちも、感動して思わず涙を流しました。あぁこの子は本当は、とても心の優しい、いい子だったのだ、と、みんなが思いました。

  女の子が家に帰ると、女の子のお母さんは病気で亡くなったところでした。
  魔法の涙を飲んでいないのに、なぜだか女の子は胸が締め付けられるように苦しくなり、しょっぱい涙が次から次へとあふれ出てきて、女の子の服をびしょびしょに濡らしていきました。
 そして、その涙はいつまでたっても止まりませんでした。
 女の子は女神様の元へ、泣きながら歩いていきました。
「女神様、どうしてでしょう。悲しくて悲しくて、涙が止まらないのです。涙が出るから、悲しいのです。お願いします。この涙を止めてください。」
  女神様は少し考えてらっしゃいましたが、女の子を雲の上にあるお部屋の中へと連れて行ってくださいました。 
 その部屋には、水の入った大きなガラスの瓶が、たくさん並んでいました。
 それは女の子の背丈よりも大きく、牛乳の瓶のような形をしていました。そして、みんなその口の同じ位置に、印が付けてありました。ガラス瓶の底には細い管がついていて、それらは床の下を通り抜け、雲の下までつながっているようです。中に入っている水は、半分ぐらい入っている物もあれば、ほとんど入っていないものもありました。 
 そして、女の子の涙の壺には、印のついたところまでいっぱいに涙が入っていました。
 女神様は言いました。
「これは、人間が流す一生分の涙が溜めてある、涙の壺です。その人が泣きたいと思ったら、ここから涙がその人の元へと送られるのです。」
「じゃあ、この涙が無くなってしまえば、私はもう泣かなくてもよいのですね?」
 女の子はそう言うと、女神様が何かおっしゃるのも聞かずに、急いで山から下りていきました。

 そして、家に帰った女の子は、お母さんの亡骸を抱きしめて、泣き続けました。
 涙は次々と耐えることなく流れだし、やがてそれは一つの流れとなり、小さな河となって、海へと流れていきました。
 女の子が泣き続けて千日が経ち、涙の壺は空っぽになってしまいました。
 そして、女の子はまた泣けない女の子になってしまったのです。

 ある日曜日、女神様は地上へと舞い降り、女の子の元へとやってきました。
 女神様は、女の子に、水の入った小さな瓶を渡しました。
 その中には、空っぽになってしまった女の子の涙の壺の底にわずかに残っていた涙がかき集められて入っていました。
 女の子はそれを指に少しだけ付けて、なめてみました。今までのとは違う、水飴のように甘くて、うっとりとするほど香ばしい味が体中を包み、女の子は胸がいっぱいになりました。そして、もう出ないと思っていた涙が、とても温かく、女の子の頬を流れ落ちていきました。
 女の子はポロポロ泣きながら、女神様に聞きました。
「これは、何という涙なのですか?」
 女神様は優しく微笑んで、こう答えました。

「これは、うれし涙ですよ。
 涙の壺に入っているたくさんの涙をうれし涙にするか、悲しみの涙にするかは、その人次第なのです。
 あなたは、残りの涙を、大切に使ってくださいね。」


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Entry6

美術室での放課後

 浦野君と初めて話したのは、中学三年になったばかりの四月だった。
 忘れ物を取りに、私は放課後美術室へよったのだ。教室へ入ると、一人の男子がスケッチブックに鉛筆で絵を描いていた。顔に見覚えがあった。同じ学年だ。
「何?」
 顔を上げて彼が尋ねる。
「忘れ物を……」
 言いかけて、私は彼の横に置かれた消しゴムに気付いた。
「あ、その消しゴム!」
 私が声を上げると、彼は慌ててそれを手に取った。
「これお前の? 悪い、消しやすかったからつい使っちゃった」
 それを取りに歩いていて、気が付いた。電気がついていない。
「美術部?」
 彼は頷いた。
「どうして電気つけないの?」
「あんまり明るいと、雰囲気が出ないんだ」
 私にはその意味が理解出来なかったが、それ以上尋ねる気はなく、消しゴムを受け取って帰ろうとした。
 その際、私は何気なく彼のスケッチブックを覗いた。机の上に何も置いていなかったから、何を描いているのか気になったのだ。
 スケッチブックに描かれているのは、女性だった。日本人ではなく、西洋人っぽい。軽く武装している。
「上手いね、想像画?」
「ああ」
 彼は再び鉛筆を持ち、女性の目を書き込み始めた。私の美術の成績はそんなによくないが、絵に興味はあった。
 私の知る限り、この彼は学年で一番絵が上手い。何となく立ち去りずらく、私はしばらく見ていた。
「あのさ……」
 彼が口を開いた。
「俺が一人で描いてるの、変に思わない?」
 確かに、放課後一人で絵を描いているのは変かもしれない。だが、美術部は部員が少なくて廃部寸前だという話は聞いた事がある。
「他の部員がまだ来てないだけでしょ?」
「違う。他の奴等は、コンクール前にしか来ないよ。先生もやる気ないしな。真面目に毎日来てるのは俺だけ」
「へー」
 彼はいったん手を止めると、鉛筆でその絵を指した。
「誰だか分かるか?」
 私が首を横に振ると、彼はヒントを出した。
「ギリシャ神話に出て来るよ。ま、知らないか」
 知っていた。ギリシャ神話と聞いて、ピンときた。
「アテナ?」
 知恵の女神アテナは、鎧を付け槍を持っていると何かで読んだ記憶がある。私はギリシャ神話が好きで、普通の人よりは詳しいのだ。
「そう、アテナだ」
 彼は感心したように頷くと、ページをめくり、今度は別の絵を指した。
「じゃ、これは?」
 その絵に描かれているのも女性だった。きりっとした顔立ちで、弓をつがえている。背景に、大きな円があった。
「アルテミスだね」
 アルテミスは、月と狩猟の女神だ。私が答えると、彼は大きく頷いた。
「まだ月を細かく描き込んでないから未完成なんだけど。松山よく知ってるな」
「えっ、どうして私の名前知ってるの?」
 自分の名前を言い当てられ、私は驚いた。だがすぐに、名札を付けている事に気付いた。彼も名札を付けている。浦野だ。
 ん? 浦野?
 そう、彼は名札などなくても私の名前を知っていたのだ。
「何でって、俺達同じクラスだろ」
 大恥をかいてしまった。

 今は十月。あれから半年が過ぎた。今では、クラス全員の名前と顔をしっかり覚えている。まあ当然だけど。あの時は新しいクラスになってすぐだったから、彼が浦野君だという事が分からなかったのだ。
 そう、私は浦野という名は知っていた。なんたって、人から聞いた話だが、彼は優しくて冗談も上手く、男子で付合ってみたい人ナンバーワンだそうだから。体育が十段階評価で十、他の教科も全部七以上だし、何より顔がいい。ただ、その浦野君が美術部員だという事は知らなかった。
「なあ、松山」
 彼の声に、私はふと我にかえった。ここは美術室だ。あれから私は美術部に入り、ほとんど毎日ここに来て浦野君と一緒に絵を描いている。本当なら三年生は引退しているはずなんだけど。
 私も浦野君も、描くのはギリシャ神話に出て来る人物だ。どんな姿をしているのか想像して描くのは楽しい。毎日描いているおかげかどうかは知らないが、一学期の美術の成績は八に上がった。
「松山って、いつも歌ってるだろ。ベランダで」
「えっ」
 どうして知ってるんだろう? 確かに私は、洗濯物を取り込む時にベランダで歌っている。
「買い物に行く時さ、マンションの下通るんだよ。その時に聞こえる」
 そうか、家は三階だから聞こえない事もない。
「松山、セイレンみたいだよな」
「へ?」
 思い掛けない事を言われて、間の抜けた声が出てしまった。でも、セイレンって――海に出没し、歌声で人を惑わすあれだよね。
 浦野君はすっと横を見ると、呟くように言った。
「俺も惑わされちゃったよ」
 はあ? 何言ってるんだよ。
 浦野君は私のぽかんとした顔を見ると、微笑した。
「分かんない? 好きって意味だよ、松山が」
「ふざけないでよっ!」
 考えるよりも言葉が先に出てしまった。今まで出した事もないような大声を上げ、私は勢いよく立ち上がった。そのまま走って帰るつもりだったのだが、浦野君に腕をつかんで引き止められた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。冗談なんかじゃない。本気だよ」
 そう言われても素直には受け止められない。彼は続ける。
「だからどうってわけじゃないんだ。別に付合ってほしいとか言う気はないよ。そりゃ、出来たらそうしたいけど……。松山って、けっこう人の目気にするだろ」
 確かにそうだった。美術室にいる時に人が来たりすると、自分でも嫌になるくらいよそよそしい態度をとってしまう。彼が女子に人気があるからなのだが。
「ただ、松山がどう思ってるのか知りたくて」
 どうって、別に何とも思っていない。特別な存在ではあったけど。親なんかより大事かもしれない。でも――。
「好きか嫌いかって聞かれたら、好きって答えるよ。でも、そういう意味で人を好きになった事ってなくて……」
「そっか」
 がっかりした顔で、浦野君は頷いた。罪悪感を感じる。ごめんねって、言った方がいいよね。
 私がそう言おうとした時、ふと、浦野君にふられたと言っていた女子を思い出した。その子は私なんかより可愛くて、明るくて元気なイイカンジの女の子だった。
 私はお世辞で可愛いと言える程度だろう。それが、浦野君の言葉を信じられない理由。
「あのさ、ちょっと聞いていいかな。私の何処がいいの?」
 少し間を置いて、彼は答えた。
「何処って言うか……全部だよ。うん、松山はかっこいいし、可愛いんだ」
「?」
「初めて歌を聞いたのは二年の時だ。三年で同じクラスになって、松山と絵を描くようになってからずっと見てたんだ。
 かっこいいってのは、女子がつまらない事でキャーキャー言ってるのを、少し離れたところで冷ややかに見てるところとか。俺、ああいううるさい奴等って苦手だからさ。凄くかっこいいって思った」
 ああ、そういえばそんな事もある。
「美術室にいる時の松山は、凄く可愛いよ。普段は無口なのに、自分の好きな事についてだとよく話す。話してくれる相手が俺だって事が嬉しいよ。
 友達でもいいからさ、同じ高校行って、『ギリシャ神話同好会』作ろうぜ」
「……ありがとう」
 素直な気持ちが口に出た。とっても嬉しい。嬉しくて涙が出そうだ。
 愛されて愛するようになる人の話、何かであったな。ギリシャ神話だったっけ?
 とにかく、今私分かった。どうして今まで人を好きになった事がなかったのか。私、愛するよりも愛されたいタイプなんだ。
「今、浦野君の事好きになっちゃったみたい」


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Entry7

お天気屋なカノジョ

空は、今にも泣き出しそうな曇天だった。
カノジョとの待ち合わせ。ここは駅。待ち合わせ場所までは走れば10分てとこ。
待ち合わせ時間までは、あと15分…。急がなきゃな。

そんなことを考えていたときだった。
「あのっ…!!」
声がした。女の子の声。
反射的に振り向くと、俺と同い年…18くらいの女の子が、真っ赤な顔で立っていた。

「何?」
にこっと笑ってやる。愛想笑いとでもいうのだろうか。とにかく、急いでいる。
「あの…あなた、いつもこの駅通りますよね…?」
「ああ、そうだけど。」
バイトに行くときに、乗りかえで使う駅でもあった。

「私…ずっと貴方のことを見てました…。もし良かったら…お付き合いしてもらえないでしょうかっ…!!」

元から真っ赤になっていた顔が、噴火でもしそうなほどに赤みを増す。
…告白か。
さほど珍しいことでもない。今のカノジョにだって、告白されたんだから。

「ああ…ゴメンね。」
ちょっと困ったような笑みを浮かべる。
「気持ちは嬉しいんだけど、俺、カノジョいるから。」

とたんに、曇天だった空から光が放たれた。
いや、正確にいうと、雷が落ちた。

「つまり…お付き合いは…してもらえないってことですか…?」
「あ〜…まぁ、そゆこと…。」
「っ…っく…っく…ふえ…」
泣き出した。
…参ったなぁ…。
すると。

ざーっと言う音が、外から聞こえてきた。
「うわ、雨だ。」「どしゃぶりじゃないか?」

さっきまで曇天だったはずの天気が、一気に崩れた。

ポケットから振動を感じて、取り出してみる。

…カノジョからのメールだ。

雨が降ってきたから、待ち合わせ場所変更。

女の子を見ていると…ずっと泣いてる。
それどころか、いっそう泣き方が激しくなった。

「私の…っく…気持ちは…っ受け入れられない…っって…ふぇ…うわぁぁぁっ!!」

ドカーン!!ピシャーン!!
雷。
雷…。

そして。

「うわ…雪!?」「何で!?今7月だぞ!?」

雪。
何でだよ…。

「私のせいなんですぅううっ!!うわぁぁぁっ!!」
…は?
何故にコレが貴女のせいなんですかお嬢さん。

「私…変な体質があって…私が泣くと雨になって…冬になって…笑うと晴れて…!! 家族の女性皆がそうで…!! 私昔から悲しくて…。そんなときあなたに会って…見てるだけでしたけど、凄く嬉しくて…ずっと晴れてて…でも、今あなたにふられて…悲しくて悲しくて…っ!!」

笑うと晴れて。泣くと寒くて。雨で。

「氷河期…来るかもしれなくて…っ!!でも止められないくらい悲しくて…っ!!」

…氷河期。
そういえばどんどんさむくなってくる。つららとか出来始めてるし。
嘘だろ…マジかよ…。

「お…おい…泣き止めよ…。」
「駄目です…悲しいんです…!!どうしても泣きやめません…っ!!」

信じられねぇ。

「わかったよ…!!とりあえずもう一回話聞く!!だから泣き止め!!」
「…本当ですか?」
返事の代わりにコクリとうなづく。
氷河期になられちゃたまらないからな。



場所を変えた俺達は、とりあえず近くのファーストフードに入った。
彼女はまだ泣いており、外は小雨がぱらぱらと降っていた。
カノジョとの待ち合わせ時間、大幅オーバー。遅れると連絡しておいた。

「私の母もそうでした。祖母もそうなんです。」
いきなり彼女はそうきりだした。
「代々生まれた女児に受け継がれる能力…天気。本当は、コントロールができるはずなんです。」
「…。」
「私はまだ未熟者で…感情の通りに天気が変わってしまう。母も祖母も、それは上手に天気を操っていたのに…。」
また声が震えてきた。
慌ててさっき買ったコーヒーを差し出す。
「とりあえず飲んで。」
「ありがとうございます…。」

一口飲んで、目を潤ませた。

「貴方を見つけたのは2ヶ月前くらいで…。そのときから、天気の、感情のコントロールがもっと下手になりました。見るだけで、緊張してたんです。ドキドキして、止まらなくて…天気は曇るし…。」
…ここのところ晴れないと思っていたら。
「でもさぁ…天気予報とかは? 感情で一々変わってたらどうしようもないじゃん。」
「あれはうちに気象庁の方が天気を毎日聞きにくるんです!! …世間にはもちろん伏せてますけど。」
「…。」
まじかよ。

「貴方のことは…あきらめます。彼女がいらっしゃるんですもんね。私…キッパリとあきらめます。」
「そう…ごめんね。」
「いいえ…でも…。」
彼女は俺をちらっと見ると、冷たく笑った。

「氷河期になったらごめんなさい。」

その笑顔に、ぞっとした。
店内が寒くなっていく。
外を見ると、吹雪になっている。
客が騒ぎ出した。
さっきよりも、激しく泣いていたさっきよりも、よっぽど酷い天気だ。

「…氷河期になったら…死ぬときは一緒ですね。」

もう一度、彼女は俺に笑みを向けた…。





1ヵ月後。
俺はカノジョを待っていた。
あの、悪夢のような7月のある日に待っていた彼女ではない。
悪夢の原因を作った奴だ。
前の彼女は、別れる原因をしつこく聞いてきた。
周りも、しつこく聞いてきた。
だけど、仕方ないじゃないか。
『地球を氷河期から守る為』
なんて、誰が信じる?
俺はまだ死にたくないし、皆だってそうに決まってる。
俺は良いことをしたんだぜ?

あの日から、夏らしい晴れた日が続いている。
彼女は笑ってばかりだ。
そろそろ、何か冷たいことを言って、泣かせなくてはいけない。

そんなことを考えていると、カノジョが走ってきた。
ごめんなさい、と手をあわせながら。
俺は笑顔で迎え入れる。



今日もいい天気だ。

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