高ソーなダッチワイフを側溝で拾った。 家の風呂で洗う。不気味なほどに肌触りがイイ。 十四歳くらいか? まぶたにほくろまでついている。 ユリカって名前にした。 なんか、ヘンに嬉しかった。 海外サイトでユリカを発見。 商品名は「Mika」ってゆーらしい。 「Mika」には、レーザースキャニングって技術が使われてた。 多分、生身の人間で型を作ったってことか。 (ユリカと同じ、人間が存在…) その人に会いてー。無性に。 すぐあきらめた。見つかるワケねー。 それに探してどうする? だから、ユリカを繰り返し、むさぼる。 清掃のバイトに明け暮れる毎日。 今日は、深夜のファミリーレストラン。四人でチームを組んでの苦痛の労働。 ユリカに早く会いたい。 ふと一人で作業する隙間が空いた。 薄暗い裏事務所。 壁の隅を綺麗にこするフリして、事務机の引出し、開ける。 その店の個人情報を探る、多分、なおらないクセ。 社員登録表。 メニューのレシピ。 シフト。 バイトの履歴書。 二十六歳、荒川由美、既婚。 タイプ。電話カケルカ。 住所と携帯番号を自分の携帯にメモる。 あれ? デジャヴ? 約12平方cmの小さな写真の中。 面影がある。 このほくろはホコリじゃないのか? 早朝。途中コンビニによってから、メモった住所に行く。 いまどきの細長い建売り住宅。 このことを知ったら、旦那さんはどう思うカナ。 二時間待った。 玄関に、小さな男の子と出てきた女。 ユリカの原型。荒川由美。彼女だ。 キレイだ。マジで輝いてる。 子供を自転車の後ろに乗せてやってきた。 覚悟を決めて、彼女の前に立ちはだかる。 静かな自転車のブレーキ音。「だあれ?」 あどけない声。 母親の方に、俺は言う。「しゃ、写真をいっしょに撮ってもらえませんか?」 彼女が言う。「え、何ですか?」「ファンなんです」「何をおっしゃってるんですか?」「昔のあなたの」 彼女は嫌そうな顔して行ってしまう。 あきらめきれず、彼女の家のドアに、自分のメルアドを書いた紙を貼り付けておく。 何してんだ、俺。 彼女から一度だけメール、キター!(お金なら多少用意できます。もう家に近づかないでください。由美) ホームセンターで、安いノコギリとスコップ買う。 で、ダッチワイフをバラバラにして、山に埋める。 ただ、それだけのことに。 穴を掘る時……胸がつまった。 はは。
斜視気味の女子高生が同級生らしき若者から暴行を受けている。駅裏の、薄汚くて人通り少ない情景には絵的に合っている。阿呆の様に同じ罵声を繰り返している。それを無視する往来の他人は非人道的な自分の行動を、降りしきる雨の音を理由に正当化している。私は缶コーヒーのプルタブを上げ、そのパキンという乾いた音に集団が警戒する気配を感じながら、でも依然目は明後日の方向にむけて、そして体を温める。私は雨が止むのを待っているだけ。でもどうせ行くところなんてハローワークぐらいしかないんだけれども。でもこんな天気ならコンビニの廃棄は今日多いかもな。うれしいな。あ、やっぱり120円出すのならコーンスープにしておけばよかったかな。 おまえきもちわりぃんだようざいんだよ。 少し切なくなったので街を見てくることにした。横目に陵辱されようとしている女の子の健康的な大腿部が見えた。何だか無性に羨ましくなった。 周りの人間が私をできるだけ避けて足早に隣をすり抜けていき、開けっ広げな若人たちは遠くから罵りの声を囁きかける。「キモッ」。「何あれ」「ウザー」。そしてまた低脳な会話に没頭していく。今通りすがった女は顔をしかめて鼻をおさえていた。自分の香水臭さに嫌気が差したのか?ハッ。みんな露骨過ぎて、笑える。 私の庭はいつも通りの風景を呈していたから、じゃあ明日の私も変わんないんだろう、安心したのでまた寝床に帰ったら、先程の集団がまだ居た。疲れたものか飽きたのか、罵声は止んで、立っているだけの数名。と、斜視の少女。一段落着いたのなら早く帰って欲しい。落ち着いて寝られやしない。小さな主張として大きな欠伸をする。白痴の集団みたいに黙っている今時の高校生を視界から遮断して眠る準備をする。明日は。明日も、私は… 「あなた、一体何が見えているの」 暴行していた者共の声ではなかった。また活動の機会を見つけた集団はうれしそうに咆えた。違う。今の言葉は私に向けられたものだ。その証拠に、あぁ、澄んだ斜視の瞳が一女ホームレスの目とこんなにぴったり交差しているじゃない。 私は流行のいじめとやらの仲間に入れてもらいに、声のするほうへ近づいていった。
雪深い田舎駅。ストーブが焚かれ、ところどころ褐色の染みがついた古い木のベンチが2つ3つ置かれた待合室。ベンチに腰掛けて、男はストーブに手をかざしている。 ひどい吹雪になった。最終電車はもう15分は遅れているだろうか。 ストーブの熱で火照る男の頬を、冷たい風がすうと撫ぜる。振り返ると、ベージュのコートを着た、艶やかな長い黒髪の若い女が佇んでいた。男の目の前で雪片がひらりと舞い、膝のあたりで融けた。 彼女は今、どうやって入って来たのだろうか。 やがて、建てつけの悪い硝子戸をぎちぎちと開けて、鬢に白髪の混じる駅員が、背をこごめて雪風とともに待合室に駆けこんできた。「こう雪が降っちゃあ、客も来ねえやな」「そうですね」 駅員に応える男を、女が振り返った。駅員は女には目もくれず、雪の吹き込み具合をひとしきり確認すると、騒がしく硝子戸を閉めて出ていった。「気づいていないのね」「君は、一体…」 男は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。「駅員じゃない。気づいてないのは、あなたよ」 女は男を冷ややかな瞳で見据えた。「あなたは、なぜここにいるの?」「俺は…」 男は自分の記憶を探る。「思い出せないでしょう?それは、あなたが私の中にしか存在しないからなの。影に記憶はないわ」 そう。かつて、彼女との恋の為に男は家庭も仕事も全て失った。もう何年前のことか。雪を予感させる冬曇りの夜、男は彼女の部屋で若々しい肢体を抱きながら、消えてしまいたい、と漏らした。「だから、私があなたを刺したのよ。この場所で」 震える男を覗きこむように、女は蒼白い顔を近づけた。 ベンチの染みが真紅に浮き上がった。吐き気のする生臭い匂いに男はむせた。腹に突き立った包丁から鮮血が噴き出していた。 彼女の言葉に男の記憶が甦る。血で煙る視界の端、女が雪の中に消えてゆく。男がそうしたかったように。「消えてしまいたかったあなた、繋ぎとめたかった私。あなたをここに繋いだ罪で、私は永遠に彷徨う。あなたの影とともに」 30分近く遅れて出発した最終電車を見送った駅員が、待合室の軋む硝子戸を開けた。誰もいない室内をひと廻りし、今日一日誰も暖めなかったストーブの火を消した。そして、いくら拭いても落ちない茶色い染みがついたベンチを一瞥すると、電灯を切り、また出ていった。 暗闇で小さな風が二つ、吹き込んだ雪片を舞わせていたが、それもすぐに止んだ。
灰色のどんよりした建物のそばにおんぼろラジヲが捨てられました。ラジヲはひとり寂しく、歌を歌うことにしました。静かに響くその声は、今のラジヲにぴったりでした。その時、「きれいな声だね。」と建物の中から、やさしい声が聞こえてきました。声の主には、名がありません。かわりにあるのは、「囚人」という恐ろしく、寂しい名だけでした。「君と話していいかい?」と寂しい囚人は聞きました。ラジヲはかまわず、歌を歌い続けました。でも内心は囚人の声を待っていました。だけどその前に歌は、終わってしまい、ただ沈黙が流れていくだけで。 囚人は言いました。「また歌ってくれるかい」とラジヲは答えの代わりに、やさしい歌を歌いました。不思議なくらい、艶やかな声で、寂しい囚人のためにうたいました。 あたりは漆黒の夜、ラジヲは眠りに就く、囚人のために、静かでやさしい子守歌うたいました。 そんなときが流れて、ラジヲは、囚人のためにいつまでも、歌をうたうことを決心しました。ラジヲはその日から、いろんな歌を、囚人に聞かせました。 ある日、ラジヲは、美しいラブソングを、いつも以上に、心を込めて、寂しい囚人に、歌いました。囚人は、「君がその歌を、歌ってくれて、とてもうれしいよ」と言いました。 囚人は最近、よく咳きをするようになりました。ラジヲはそんな囚人に、息を吹きかけるように、やさしい、やさしい歌をうたってました。囚人は言いました。「遠い、遠い所の、話を、してくれ」と息も絶え絶えに、それでも、やさしく、ラジヲにこういったのです。ラジヲは静かに話し始めました。小さく、静かで、幸福な町のことを、囚人は、うん、うんとうなずきながら、幸せそうに、ラジヲの声を聞いていました。ラジヲの話が終わり、ラジヲは、いつものように、囚人の声を待っていましたが、待っても、待っても、囚人の声は聞こえませんでした。 やがて、ラジヲは、ひとり、寂しく、囚人のために、囚人のためにと、レクイエムを、歌い始めました。静かで、哀しいレクイエムは、ラジヲの声が、ガラガラになるまで、ずっと、ずっと流れ続け、やがて、ラジヲが壊れるまで、ずっと、ずっと、流れてました。
はじまりは 一通の手紙学校帰り、いつもの住宅街。道に落ちた手紙に目が止まった。「何…これ」おそらく、誰かが落としたものだろう。他人の手紙を盗み見るのは良くない、そう思ったので、無視する事にした。…だが一度は目に留まった物。やはり気になって、今来た道を戻ることにした。手紙に書いてあった文章 【あんたは 間違ってない】白い紙の真ん中に、少し大きい字。失礼だが決して上手とは言えない字だった。しかし私の頭の中では、今日の出来事がふと思い浮かんだのである。ついさっき、学校で進路について担任と言い争ったばかりなのだ。「私と同じ様な人への手紙なんだ…」口から出た言葉。急に、今の独り言が恥ずかしくなった。次の日、同じ道にまた手紙。昨日と同じ封筒だったが、封がしてあった。全く同じなら、封は開いているはず。同じ人が書いた、新しい手紙だろう。また落としてる。少し笑えて来た。この手紙を書いた人は、いったいどれだけ間抜けなんだろうか。今日の手紙は、割と抵抗なく拾って封を切っていた。無意識のうちに…というやつだ。 【あんたの選んだ道は正しいよ】昨日と同じ字。あまりにも自分と重なりすぎている。本来この手紙を受け取るはずだった人に、親近感を抱いた。「アリガトウ」…自分宛ではない手紙に、小さな声で呟いた。例え私への手紙ではなくても、私も励まされたのは事実なのだから。また次の日。また手紙。いつの間にか、ここの手紙を拾って読むのが日課になっていた。 【どういたしまして】昨日の私の言葉への返事だろうか。もしかして、誰かに見られているのだろうか。そんな気はしたが 不思議と悪い気はしなかった。「やっぱり、私宛て??」少しはそう思ってみるのも良いかもしれない。そう感じた。私は応援されているんだ。夢を追って生きるのも悪くない。『頑張れ』そんな声が、どこかから聞こえた気がした。
古井真理には他人には言えない秘密が二つあった。一つは、勤め先の会社ではわりと優秀なOLなのに、なぜか駅の近くの廃虚みたいな安アパートに住んでいること。 そしてもう一つは、そのぼろい八畳間一部屋の家に、秘密の生物を飼っていることだ。「ただいまー。」 きしむ扉を開けて真理が帰宅すると、窓際の壁にもたれて座る青年が目の前の変な機械から視線を上げ、酷く頼りない笑顔で真理を迎えた。 「おかえり、真理。」 彼の名は天気職人。勿論それが本名ではないのだろうが、本人が教えてくれないので真理は勝手にそう呼んでいた。彼はその呼び名の通り『天気の職人』――つまり天気を創る人なのだそうだ。 胡散臭い話だが、真理は別にどうでもよかった。というのも、真理はひそかにこの青年に惚れてしまっていたのだ。ちょっと子供っぽくて思わず世話を焼きたくなるような人が真理の好みの男性像で、だから勝手に知らない男に居候されても八畳間で一緒に暮すことになっても、別に構わなかった。それはそれで幸せだった。 ただ、一つだけ問題があった。「…あんた、また絵の具買ってきたの?」 尋ねる真理に、彼はようようと答えた。「うん。最近梅雨で雨ばっかりだから、黒い絵の具がすぐなくなっちゃうんだよ。」 この生物は意外と金食い虫なのだ。たまにふらりとでかけたかと思うと、やたら高い筆や絵の具を大量に買い込んでくる。しかも支払いは真理のクレジットカード。「あ、あと雲にするための綿も買ったから。」「買うな!!」 真理は大きな声で叫んだ。こいつが知らぬ間に金を消費していくせいで、真理はいまだこのおんぼろアパートから他に越していけずにいるのだった。 深く落ち込む真理に、ふいに天気職人が話しかけた。「ねぇ、真理。明日晴れたら、二人でどっかにいこうよ。」 真理はそっぽをむいて答えた。「梅雨なんだから晴れるわけないでしょ。」 その晩、彼は忙しそうに変な機械をいじくりまわしていた。その努力あってか、次の日は久しぶりに晴れた。 真っ青な空と同じくらい気持良く笑う天気職人に真理はほとほとあきれつつも、不思議と穏やかな気持になっていた。
※作者付記: 胡散臭い職業の青年に居候されたOLのお話です。ほのぼのとした雰囲気を目指して書きました。
「ばか!」「大っ嫌い!」「…別れよう…」簡単ね、そんな言葉達を口から出すのは…そして遠く離れるの、貴方の影も色も形も…少し手を伸ばせば抱き合えた五分前…もう見えなくなって去っていく貴方…五分後…終わらせる言葉を口に出すのは簡単なのに…どうして勢いにのってそれが出て、貴方も本心だと受け取って、勢いまかせに終わろうとするの?不意に言葉が浮かぶ…貴方が私の『その言葉』を受け取った…それだけで、長く寄り添い感じた時間を捨てて、『その言葉』を持っていく…なんで…偽者だと気づいてくれないの?貴方へ贈る最後の言葉は…『その言葉』だけは嫌なのに…「好き!」「大好き…」「そばにいて…」その時に言えたらこんなことにはならなかった?『その言葉』を言った私は、後悔をして其処にたたずんだ。謝りたい…好きと言いたい…触れたい…抱き合いたい…抱かれたい…強く、強く…強く強く強く強く…涙と一緒にそう願う。やがて、まわりが見えなくなって…息をきらした貴方が私の目の前にいた。そして今、その時、私の表情は貴方の胸の中…
そういう訳で今、田中は古びた路線バスに乗っている。とはいっても、まだバスは走り出してはいない。時折、乗車した時には既に開けられていた窓から風が吹き込んで、彼の耳をくすぐっている。 毎年お盆も明けたこの頃に、田中は実家に帰省している。常識から外れているなどとといわれようが、そんなのは関係ない。ラッシュに巻き込まれなければそれでよいのだ。 座席は一番後ろの左端。何故そこに座っているのかと問われても、それは彼自身にも判らない。毎年、気がつくといつの間にかその席へ座っていた。よくあるバスの構造と同じく、これもまた一番後ろの席は一続きになっており、自分と二人分ほどの間を空けて、若い女が雑誌をパラパラとめくっている。 十八時十五分、バスがエンジンの唸り声を上げた。 そして、駅に隣接するバスターミナル内を、のろのろと走り出した。そこらの車やなんやらで、なかなか進まない。 何、一般道へと抜けるための信号機さえクリアすれば、動きもスムーズになる。これも毎年のことだ。 思ったとおり、一般道へ出た途端にバスは軽快に道を走り出した。 それで気付いたのだが、吹き込む風は思った以上に強くなり、隣の女が雑誌のページを抑えるのに苦労している。 田中はそれを見てどこか不憫になり、窓を閉めようかと止め具へ手を伸ばした。だが、これが中々下がってくれない。古びた外観同様、止め具の金属も相当錆び付いているらしい。 まいったな、と途方に暮れたがここで諦めるわけにもいかず、腕に力を込めると窓は派手な音を立てて閉まった。 前にいた乗客が迷惑そうにこちらを振り返るのを見て、最初から素直に閉まればいいものをと窓を睨みつけた。見当違いだとはおおよそ判っていても、そうせずにはいられなかったのだ。 と、窓に映った自らの顔がふと目に入る。去年と比べて、髪の毛にはとうとう白いものが混じるようになった。皺も増えたような気がする。 確実に、年を喰っちまってるんだなぁ、とどこか寂しげな笑みを浮かべながら、田中はすうっと目を閉じた。 おお我が同朋よ、元気にしていたか? 俺は相変わらず、元気にやっているよ。 あの雑木林はまだちゃんと残っているのか? 昔はよく、あそこでカブトやら、クワガタやら、いろいろ捕まえたよなぁ。 お前の息子もでかくなったもんだ。 や、俺のことは訊かないでくれ。 見てみれば判るだろう、一人ぼっちさ。 第一、俺はそういうのには向いてないのさ。 自分一人養っていくので、ヒイヒイ精一杯ってな。 懐かしいけれど、ウンザリしている。毎年毎年同じことの繰り返し。新しい何かが起こるわけでもない。 本当にこの帰省に意味はあるのだろうか。 いつも最後には劣等感を抱きながら帰ることになるのではなかったのか。「ゆめか、うつつか…」 周りを見ると、いつしか乗客は自分を含めてあと二人しかいなくなっていた。
「明日の放課後、時間いいかな」初めての電話なのに、案外冷静な自分が意外だったけど「あー、全然いいよー」それはきっと、相手もこんなテンションだったからだろう。朝起きてみたら、昨日電話した事が夢みたいに思えた。発信履歴に残った名前を見ても、何となく信じられなくて。向こうの受け答えを思い出せば思い出すだけ、現実と掛け離れていく気がした。朝から一度も目を合わせない、話もしない、近寄ることすら意識的にしない。何と言うかこれは、恥ずかしいからしないわけじゃなくて。別に話そうと思えば話せたし、目くらいなんてことなく見れた、んだ。ただ、それどころじゃなかったっていうだけ。そう、忙しかった。それだけの事。授業中友達とした手紙の『音楽の時間、あいつお前の事見てたように見えた。めちゃ意識してんじゃん』っていう一言に、単純にニヤけてる自分。『放課後、頑張れ』この最後の一文で、やっと昨日の電話は現実だったのだと思えた。これが、既に、六時間目のこと。今、帰りのホームルーム終了を告げる鐘が鳴った。その瞬間から、放課後という時間が始まる。わらわらと帰っていく友達に挨拶をする横目で、あいつを見た。いつもなら、鐘とほぼ同時に帰るのに、今日は机でぼーっと携帯を眺めている。電話した事を教えた友達は、頑張れよと一言残して部活へ行き今日のことを何も知らない友達だけが、いつまでも側に残った。こんな日って、テンションが高い。いつもはそんなに仲良くない友達が相手なのに今日は何故か話し込んでしまう。下らない話ばかり。あいつを待たせているのに。ちらりと教室を見渡すと、まだあいつは待ってくれていた。あいつはあいつで、楽しそうに友達と話をしている。人もまばらな教室。こんなに遅くまであいつが教室にいるの、きっと初めてだ。いい加減、覚悟を決めなくてはならない。だが、暫くの後、あいつは友達と教室を出て行ってしまった。待たせすぎた。やはり愛想つかされたか。話している友達に悟られぬ程度に、それでも相当落胆する自分。ところが「わすれものー」がらりと開いたドアの向こう、あいつがいた。今しかない。友達との話を中断し、足を踏み出そうとしたらがらりあいつの友達も入って来た。・・まじかよ。結局、あいつら二人はすぐに出て行ったけどもう仕方ないから、ばれたって構わないから友達には悪いけど、後を追った。多分わすれものなんて嘘だ。あいつはあいつで、邪魔者を振り払おうとしてくれたんだろう。あえなく作戦は失敗した様だったけど、だけどそんな優しいところが好きなんだ。急いで階段を下りて、下駄箱まで早足で歩いたがそこに、あいつの姿は無かった。呼んどいて待たせるなんて、人として最低だ。当然の結果だろう。もう、チャンスはない。そう思っていた矢先。独特の足音。それだけで分かった。音の方へ顔を向けると、トイレから出てきたらしい、あいつが。「あ」手に持った紙袋が、がさりと音をたてた。「おいしいから、食べて」差し出す甘さはだけど、私に向けられた、あいつの笑顔には負けている。
※作者付記: 時期がズレちゃったんですけどね。てへ。
今日は、松本武45歳の誕生日だった。 松本は、家で待つ妻と娘のため、早めに仕事を切り上げて、家へと車を走らせた。松本は会社から車で30分ほどのところにある団地に住んでおり、その団地は小さな山を少し登ったところにあった。 松本は、ふもとの駐車場に車を止めると早足で歩き始めた。いつものように曲がりくねった道を登ってゆくと、前方にランドセルを背負った女の子が同じ方向に歩いていた。背丈からして小学校3,4年生ぐらいと思われた。近づくにつれ、松本は女の子の様子がおかしいことに気がついた。どうやら泣いているようだ。小刻みに肩を震わせ、目をこすりこすり歩いているようだ。どうしたんだろう。いじめられでもしたか?転んだのか?何かあったのか?松本はいろいろと思いを巡らせた。日が落ちてきたな。街灯がつくとはいっても、こんな暗い道を一人では危険だろう。この方向ならどうせ団地の子だろう。方向は同じだ。送って行ってやろう。松本は、女の子に近づいていった。そして声をかけようとしたその時、ふっと過去のいやな記憶がよみがえった。 それは、数ヶ月前のにさかのぼる。仕事の合間に近くの公園でちょっと休憩していたときの出来事だった。天気のいい日の昼下がりということもあって、公園には子供づれの親子が3組遊びに来ていた。母親たちは友達同士のようで、子供たちが静かに遊んでいることをいいことに、話に夢中になっていた。そんな時、その中の一人の女の子、年のころは3,4歳くらいだろうか、私のもとに駆け寄ってきた。おぼつかない足取りで、危ないな、と思っていた矢先、その女の子は私の目の前でダイナミックに転んでしまったのだ。あまりの転び方に私は驚き、思わずその女の子を抱き起こした。「大丈夫?痛い痛いない?」と声をかけた私に向かって、泣き出すかと思いきや、右手に握り締めた砂団子を私に差し出したのだ。「これあげる。」と。私は少しほっとした。その女の子を抱きかかえながら、顔や身体についた砂を丁寧にはらってやると、女の子はにっこりと微笑んだ。「強いねー。いい子だ。」私もその子に微笑み返した。その瞬間、遠くからけたたましい叫び声が聞こえた。「奈々子!ちょっとあなた何するんですか!放しなさい!」その声の方向に目をやると、その子の母親らしき女性が血相を変えて走ってきた。「警察呼びますよ!」女性のその声に、私は驚いた。待ってくれ、私がこの子を誘拐すると勘違いしているのか?私はすぐさまその子を下ろした。「すみません。そんなつもりじゃ…。転んでしまったので助けようと…。」私は慌てて弁解した。しかし、僕の言葉はその女性には届かなかったようだ。女性が大声で叫んだものだから、人だかりが出来るほどの大騒ぎになり、危うく警察ざたになるところだった。 どうしようか。心配だが、妙な事件が多発している昨今、俺みたいなオヤジが近づきでもしたら何言われるか分かったもんじゃないしな。今回もまた不審者と思われ大声を出されたんじゃかなわない。この前のようなことはまっぴらだ。心配だが…大丈夫だろう。団地まではもうすぐだし。松本は、心配ながらも声をかけずに女の子の横を通り過ぎた。後ろ髪惹かれる思いはしたが、その思いをむりやり振り払った。妻と娘が私の帰りを待っているのだ。松本は家路を急いだ。 数日後、松本はふと団地の掲示板に目をやった。次の瞬間、息を呑んだ。数日前の例のあの女の子の写真が出ているではないか。そしてその横には“行方不明”という文字があった。あろうことか、日付はちょうど松本がその子を見過ごした日だった。
ある日、黄緑の爆弾が死ぬとき、ありふれた色合いと黄緑のレタスと、君のヘアースタイルと、ゲルマニウムとアルトリコーダーが踊りまみれの下呂でまみれて、踊りながら、刑事部長の頭を三回平手打ちするうちに、泣き止んだ赤ん坊とともに、死に掛けている母親が、戦闘機を平手打ち三回するうちに、あの世で、彼らは永遠に泣き叫べば良いと、彼女たちは、考えながら、居る場所で逆立ちする試みをすると言った酒場の劇団長はアップルパイに入った、髪の毛が女のものか、男のものか考え込み、結論に達する前に、食べてしまった、自分の鼻を顔に埋め込むように、埋められた棺桶の戯れを楽しむ、競馬馬のにんじんを盗み見している、コメディアンが、明日は晴れですかと、聞いてみると、彼は永遠の欠片をロクに考えもせずに船長みたいに食べてしまった、自分を哀れむ。
1.カップの内側の線までお湯を入れてください。 ネコを飼おうと思い立ったのは、深夜のバラエティで大笑いしていた時だ。 東京の大学に進学し、色々と苦労はしたが、順調な毎日を送っていた。そんな矢先の事だった。 田舎から出てきて早一ヶ月。一抹の寂しさを感じていたのかもしれない。 ……ただ本音言えば、好きなタレントのペットがペルシャネコだったからなのだが。2.三分待ちます。「いらっしゃいませ」 若い店員が笑顔を浮かべ、ペットショップにやってきた俺を迎えてくれた。 ペルシャネコの事を尋ねると、丁寧に案内してくれた。色白で細目。今時珍しい七三分けの髪型をした店員。どこかで見たことがあると思えば、昨日見たバラエティに出ていた芸人に似ている。 こちらです、と店員が指さす。確かにいた。少し眠そうな丸い目。獅子の鬣のように外側にピンと伸びた白い毛。可愛さの中に、どこか凛々しさと雄々しさを感じさせるペルシャネコは、狭い駕籠の中で鎮座していた。 が、俺が真っ先に見たのは値段。アパートの家賃の二ヶ月分は払える。云万円ぐらいなら食費を削ってでも買おうと思っていた俺は、かなり世間知らずだったらしい。まさか十云万円とは……。「ローンですと――」 と言う店員の説明を聞き流し、半ば途方に暮れていると、ふと目に留まった商品があった。 インスタンネコ ペルシャネコ編 価格二千円 俺は指をさし。「これ……」3.出来上がり。 まさか二千円で買えるとは思わなかった。 店員の話では、最近の遺伝子工学はどーしたこーした。……まあ、よくわからんが、お湯をかけるだけでペルシャネコが出来るというのだ。 手順に従い、バケツぐらいのデカさのカップにお湯を注ぎ──そして今、三分経った。 カップの蓋を剥がし、中を覗く。そこには子供のペルシャネコが、俺の方を見ていた。「おお!」 思わず感嘆の声。ヒョイと拾い上げる。柔らかな白い毛を頬に当てると気持ちが良い。俺はしばらく思う存分がネコとじゃれ合った。 しかし……。 急にネコが動かなくなった。伸びをしたまま立ち上がらない。 いきなり病気にでもかかったのかと思い、俺は慌てた。ネコの事を事前に調べていた訳ではないから、何が起こっているのかさっぱりわからん。とりあえずインスタントネコの説明書を読んで見た。注意! 冷めると伸びます。「ラーメンかよ!」 と突っ込んだのは、テレビの中の芸人だった。
私と彼女の間柄はいわゆる「悪友」、夜遊びするのは彼女とである。彼女は雅子。私は亜矢子。1年前、週3日は雅子と会っていた。ある日、雅子に言われた。「亜矢ちゃん、彼氏になってくれない?」職場まで迎えに行き、ご飯を一緒に食べ、夜景を観にドライブしていたので自然に受け入れられた。私は雅子が好きだった。雅子も私のことが好きだと思っていた。友達として。 それから3ヵ月後、雅子から「彼氏ができた」と報告があった。相談は受けていたので、「よかったね」と言った。これで私の彼氏のふりも終わりかと胸をなでおろした。同時に胸に穴が開いた間隔を覚えた。 しかし、雅子の彼の話はいつも暗い。そんな雅子の曇った表情を毎回見ているのが嫌だった私は、彼と別れることを勧めた。雅子は「彼の嫌なとこばっかり目に付く。でも好きなの。別れたくない」その意思はかわらなかった。「恋は盲目」と言うが、まさにこの状態なのだと落胆した。私以外の友達も雅子の交際を反対していた。説得をやめようと思ったのは、雅子にとって私が彼の4分の1の存在だと知ったからだ。私は急に虚しくなり雅子のことを考えることをやめてしまった。 それから私は考えた。雅子の幸せを願っていたけど、本当にそれだけだったのか。自分の手から離れると嫉妬からの説得ではなかったのか、純粋に雅子の幸せを考えていたかどうかを。 ある日雅子から呑み誘われた。自分の気持ちは整理できていたので会えた。昔と変わらず会話ができた。変わったことは、雅子は彼との交際が続いて幸せだということと、私が一線おいて彼女と付き合うことを決めたことだった。 「彼の前だと素直になれる」そういう彼女が眩しかった。彼女の明るい表情をみて、私は羨ましかった。自分にはそういう存在はいないからだ。それに、私は雅子に素直に感情をぶつけることもなかった。 雅子とのことがあって、私は自分の色々な感情に気づくことができた。好意、疎外感、嫉妬。でも、純粋に相手の幸せを願うということも知ることができた。 今私と雅子は友達である。ただ、自分にとっての幸せは自分しかわからないから、よく考えてほしいということだけ伝えた。 この先ずっと雅子が笑っていられるなら、私は心から「おめでとう」を言える。雅子が笑っていたら、私も笑うことができる。そして私も同じように幸せになり、お互いがお互いの幸せを願えるそんな関係になれたと実感している。
※作者付記: 実体験です。
僕は僕をくじけさせるために生きている。 そもそも幸せって一体なんだ? だいすきなあの娘はだいすきな僕の猫の喉をごろごろと撫でながら笑っている。それを幸せだと世界は呼ぶのだろうか。いやだけど、だいすきなあの娘がだいすきな僕の猫の首をいつへし折るかも分からないっていうのに、そんなお気軽にこれを幸せの風景だと言っていいのか? と、世界なら「ありえない」と言うそんな妄想を繰り広げて僕は僕をくじけさせる。僕はどうしても不幸でなければいけないのだ。誰かがそう言ったわけではないし、いやもしかしたら言ったのかもしれない、僕が聞いていなかっただけで。とにかく僕は不幸でなければいけない。悩んで落ち込んでひとり夜な夜な枕を濡らして、生きる理由を見つけられない唄の主人公に自分を重ねて死にたくなるようなそんなありふれた不幸ではなく、人があふれたスクランブル交差点のど真ん中で突然何の前触れもなく発狂して、誰彼構わずころし始めて最終的に地球で唯一の生命体になり、そこで初めて後悔するような不幸だ。 あの娘が僕のことを「たっくん」と呼ぶ声がすきだ。お花畑で蝶々と一緒に踊りたくなってしまうほどかわいい。たまにふざけてつないだ手をぶんぶん振りながら歩きたがるところがすきだ。恥ずかしいけれど世界で僕らほど最強なふたりはいないと思う。僕の前でくしゃみをしたがらない変なプライドがすきだ。おんなのこの柔らかさはまるでひらがなみたいだと知った。僕は、本当に不幸になる方法を知っている。だけどあの娘と離れ離れになることほど死にたくなることはないので、実行することは永遠にない。だから僕は、僕が本当の意味で不幸になることなどないと知っている。それを確認しては僕は幸福の味をかみ締めるのだ。 不幸にならなければいけないと思いながら不幸になることなどないと知る。そんな幸福を誰が間違っていると言えるのだろうか。僕は今日も猫の喉をぐるぐる撫でる。だいすきなあの娘はココアのにおいを漂わせながら隣で眠る。不幸になるにはどうしたらいいんだろう、こんなやばいくらいに幸せななかで。くふふ、笑いが止まらない。不幸にならなければいけないと考えれば考えるほど、僕は不幸になることなどないと確認するのだ。 僕がいくら僕をくじけさせようと、僕が不幸のふりをすればするほど外部が僕を前に向かせるんだから、いくらでも不幸を演じてみせるさ。
コタツに入り、テレビにかじりつく彼女。冷えた床に座る自分。彼女が独り言のようにつぶやいた。「そこのチョコレート食べていいよ」テーブルの上にあるクランキーの欠けらを、口の中へ投げ込む。「2月14日だからそれあげる」バレンタインデーにクランキー。あまり聞いたことはないが、文句を言うわけにはいかない。小さな火の粉が大きな爆発を生んでしまう。我慢することが身を守るすべだ。「あぁ、お腹減った。ローソンのカスタードまんが食べたいな」反射的に立ち上がり、コートを羽織る。「それに、肉まんとピザまん」そそくさと玄関へ向かい、冷たくなった靴に足を入れる。ふと、抵抗なくパシっていることに気づき、情けなくなる。ところが、目の前の自転車がパンクしていることに気付き、言い訳を考えることに、思考を占領される。初めからパンクしていた、などどいったら、「人のせいにするなんて最低のクズ」と、帰ってくる可能性が非常に高い。どうしようかと、くどくど考えていると、目の前に、蛍光灯の光が溢れるローソンが現れた。光の中へおもむくと同時にショッキングな現実。カスタードまんがない!しかも、初めからない!なけなしの金で、代わりにあんまんを付け足した。しかし、カスタードまんを買えなかった言い訳など思いつかない。覚悟を決めて、ぺしゃんこの自転車にまたがる。案の定、波状攻撃を全身に浴びた。言葉の暴力。「何でそんなに使えないの?ちょーうざい」うざいことは、何もしていない。がつがつ食べているのを見ると、こちらも自然に腹が減る。指差した先にあるのは、ロールパン。妙に湿り気があり、少々臭ったが、空腹には勝てない。妙な味で不信感が湧く。賞味期限は6日前だった。多くの不平不満はあるが、決して口には出さない。いや、出せない。男は黙ってサッポロビール。時として、飲み物は腹を満たしてくれる。酒は心を満たしてくれる。尻にしかれるのは仕方ない。座るなら、正座して欲しい。
※作者付記: みなさん。仕方ないのです。
ちりん。 鈴の音がした。 そして、GR70は目が覚めた。 ――鈴を返さなくては……。 メモリーバンクの片隅に残っていた、かすかな記憶が、彼にささやいた。 視覚センサーをオンにして、GR70はあたりを見回した。 旧型の冷蔵庫や、テレビが乱雑に投げ込まれていた。脚の折れたテーブルや、タンスが何層にも積み重なっている。 状態を確認するため、そのまま、視覚センサーを自分の体に向ける。錆びた右手に、油のもれた左足。胴体には、油性マジックで「粗大ゴミ」の張り紙がしてある。 長年にわたり、家事全般をこなしてきた万能ロボットは、メーカーに部品のストックがないために、あっさりとゴミの島にやってきた。 かたわらで、カモメがゴミをつついている。 どうやら、このカモメが、GR70のメインパワーに触れたらしい。 ちりん。 GR70は起き上がろうと、体を傾けたが、うまくいかなかった。足の油圧系がイカれている。気がつくと、身体中がギシギシと音を立てているのが、わかった。「もう、ダメなんだろうか?」 GR70は自己診断しながら考えた。あちこちのパーツが悲鳴をあげているのが、よくわかる。「どうした?」 不意に、そう声がした。 GR70が錆びた首をなんとか動かすと、そこに、二世代前の老朽ロボット、AP50が仰向けに、転がっていた。「どうした?」 その声は、ふたたび訊ねた。「…足が動かないんだ」 GR70は戸惑いながら、応えた。 すると、老朽AP50は「どれ」とつぶやいて、アイ・ボールを動かした。「なるほど……そいつは、まずいな。運動制御チップが焼ききれて、油がもれだしてるんだ」 AP50は低くモーターをうならせた。「もうダメかな?」「ああ、だめだな……でも、もう動く必要もないだろう」「絶対に直らない?」「そんなことはないだろうが……なにかあるのか?」 訳ありげな口ぶりに、AP50は聴覚センサーの出力を上げた。「鈴を返したい」「鈴?」「大切な鈴なんだ……主人から預かった、大切な鈴」 GR70は、いまの主人が子供のころから、働いていた。 そして、その鈴は、主人が子供のころ、宝物にしていた鈴だった。「ぼくの宝物……持ってて、なくさないでよ”――そう言われて、いままで持ってたんだ。返さないと」 GR70は、バッテリーボックスの隙間に、しまいこんだ鈴を体ごと振った。 ちりん。 ゴミの山には似合わない、澄んだ音色が響いた。「そうか…」 AP50は、短くつぶやいた。「だけど、もうダメだね……粗大ゴミになってしまっては」「いや、まだだ」 老朽AP50は起き上がった。「お前はまだ、ロボットだ……粗大ゴミじゃない」 AP50は自分の運動制御チップを引き抜いた。すぐに補助チップが作動したが、動きが格段に鈍くなる。 老朽AP50は、その鈍い動きで、GR70のチップを付け替え、油圧系を修理し始めた。「慣れないと、手が震えるな」「どうして、急に…」「へっ、ずっと、空を見てるのが、嫌になったのさ」 AP50はうそぶいた。遅々とした作業は、確実に進み、GR70に昔の感覚が甦ってきた。「ありがとう……あなたの名前は?」 GR70は礼を言い、老朽AP50を見た。 AP50はスローモーションのような動きで、ゆっくりと座り、言った。「粗大ゴミ”に名前はない……いいから、行きな」 彼は、それ以上なにも言わなかった。 GR70もなにも言わずに立ち上がり、歩き始めた。 ゴミの山には似合わない、澄んだ音色を響かせながら……。
※作者付記: 未来を描いていたはずのSFが、いつのまにか現在を表そうとしている。その時間の流れが、楽しくもあり、恐ろしくもあり……。
他人を操作する能力。二ヶ月前に突然そんな能力を得た。 思考、言動などを自由に操ることが出来るのだ。まさに神に与えられた私だけの特権。いや、私は――神だ。 例えば好意を持っている異性を操作し、自分に心を向けさせることは造作も無い。無実の人間を犯罪者に仕立て上げることも可能。 そして今日、私はある人物を標的にした。男の名前は冴咲卓真、私が勤める会社の後輩だ。あの男の態度が気に喰わない。外見は美男子の部類に入り、仕事が出来、女性社員からも人気がある。だがいつ何時も冷静沈着で傲慢である訳ではない。このような男は、「消去」するのが一番なのだ。 帰宅中の冴咲を尾行することにした。自殺させるのでは面白みに欠けるので無残な死を遂げてもらう。建設中のビルで仕事中の業者が、私の能力で操作され鉄の柱を落下させる。その下敷きになってしまうという計画だ。見るも無残な死体に、女性社員達は喚き悲しむだろう。 そうこうする内に、冴咲がビルの前を通過する時が来た。もう何度も経験していることだが、いざとなると殺人という行為は手を鈍らせる。しかし私は己に云い聞かせるのだ。これは殺人ではない、神による天罰なのだ、と。 時は訪れた。冴咲は何も知らずに歩いている。そして建設業者の男が手を滑らせ、冴咲の頭上へ――。 ――瞼を開くと、私は病院のベッドの上に居た。「お目覚めですか、山下さん」 私の横に立っていたのは、冴咲卓真だった。「この二ヶ月間楽しめましたか」「な、何を云っている……」「他人を操作する能力を享有しているのは、僕なのです」 冴咲の云っている意味が私には理解出来なかった。「山下さんは自分が具有している能力だと思い込んでいましたよね、それは僕がそう“仕向けた”だけの話です。つまり、他人を操作出来る能力を授かったという操作を僕はあなたに施した」 今まで、私が操作されていたのか……?「あなたがこの二ヶ月間、他人を操作してきた事は全て僕が行なった事です」 このあまりにも衝撃的な事実に、私は慄然とした。「勘違いしないでください、あなたは神などではない。さぁそろそろ終わりにしましょう」 突然私の右手は動き出し、テーブルの上に置いてある果物ナイフを掴んだ。そして、心臓に向かって動き出す。「私に何の恨みが……」「恨みはありませんよ。これはゲームなのですから」 冴咲の不敵な笑みが私を凍りつかせる。「やめてくれぇぇ!」
※作者付記: ホラーミステリー……と呼ぶには相応しくないものですが、少し現実離れした話を書いてみました。
頭が痛い…頭が痛い…頭が痛い…頭痛の原因は分かっているんだ。この僕の耳に密着しているヘッドファンから吐き出される大音量。だったら、音を下げろってキミなら言うだろう。キミじゃなくても、誰でも言うってか(笑)でも、僕はどんなに頭は痛くても音は下げない。だってヘッドフォンから吐き出るこの大音量だけが、外と僕との間に壁を作ってくれる。今日も大勢の人が行き交う都会の駅。無言で足早に歩くサラリーマンにOL、ぺちゃくちゃ話しながら電車の座席に座りパンツの見えそうな制服を着た、やけに化粧の濃い女子高生…腰履きの学生服に身を包み車内に座り込む男子高校生、朝からアホみたいにいちゃつくカップル…あちらこちらで繰り広げられる会話が僕の耳に飛び込む。聞きたくない話が、見たくないものが、知りたくない情報が毎日、僕の耳や目に勝手に飛び込んできて、拒絶する僕の内部に吸収されていく。バイトを終えて家に帰ると綾(あや)がいる。僕が見たいのも聞きたいのもアヤだけでよかった。アヤの作った味の薄い飯を食って、風呂に入り一緒の布団で眠る。この繰り返しが僕のすべてて、僕はアヤのために存在しアヤは僕のために存在してるのだと信じてた。彼女は髪が長いのが当たり前だと思っていた。でも、彼女はある日、腰まであった髪をバッサリ切って部屋にいた。「髪切ったの?」、「うん。」「なんで?」、「別に。」その時は深く考えなかった。僕が今の生活の満足しているようにアヤも満足していると思っていた。カツカツカツ…途切れも無く続く食器と箸がぶつかる二人分の音。アヤの髪の毛は毎日伸びていった。でも僕はその変化にも気付かずにいた。バイトから帰ると、家に明かりは無くアヤの姿もない。あるのは一人分の飯と置手紙。 −綾(りょう)へ りょうとアタシは、あまりに近くなりすぎたみたい。 二人でいることに慣れてしまいすぎたみたい。 今まで、ありがとう 綾(あや)−アヤが髪を切ったのは、単調になりすぎた二人の生活に変化をつけるため。でも僕は、それを嫌がって今日も大音量のヘッドフォンで壁を作る。耳を塞ぐ。今日から僕は一人で飯を食む。カツカツ…カツ…カツ。途切れ途切れになった箸と食器の音。やっぱり、僕の耳にはヘッドフォン。何の曲が流れているかは分からない。そして、また繰り返される今日が始まる。
※作者付記: 男、綾(りょう)と女、綾(あや)の心のすれ違いを書いてみました。
食堂に並んでいると、校内放送が流れた。環境整備委員は中庭に集合とのこと。窓から中庭を見ると、いつものあれらしい。仕方なく列を抜けた。 野次馬を押しのけて中庭に入る。顧問はもう来ていた。「他の二人は欠席、一人は保健室にいる。君一人だが頑張ってくれ」「はい。あれってこの前のと同じ奴ですよね」「さあ?」 顧問との会話を切り上げ、手の平サイズの黒い塊を一メートル半位のワニに向けた。そして乾いた破裂音。 幸い、勢い良く逃げて行った。「百均の玩具でも意外と逃げるもんだな」 リボルバー型で火薬を潰してデカイ音を出す玩具をポケットに納めると、校舎に戻った。 購買で買ったパンを片手に、『マラリアの予防接種は国民の義務』とか『外出の際には帽子、日焼け止め忘れずに』、『冷房止めて半袖着よう』等の標語付きポスターが張られた保健室に入った。「来ないんで見に来たけど、どうした? 貧血か?」 そう言うと、ベッドに寝ていた女生徒が上体を起こす。「んー? いや、あれ。月イチの」「分かった、もういい」「で、何か用?」「何か最近ワニがよく来る気がする。お前の家、副業でワニ園やってんだろ? 原因分からないか?」「種類は? ミシシッピ?」「いや、いつものメガネカイマン」「んー。それなら・・・」 話し合っても、原因は分からなかった。 爺ちゃんが若い頃は日本にワニが居なかったらしい。マラリアもないし、町のはずれに砂漠も無い。皮膚癌になる人も少なかったそうだ。 屋上から町並みを見下ろすと、田舎の風景が広がっている。それも爺ちゃんに言わせると、ここは日本の田舎ではないらしい。 アトラスオオカブトを戦わせたり、石をひっくり返してサソリを探している小学生。電線にとまるインコ。そして水辺でひなたぼっこをしているワニ。そんなのを見るたび、爺ちゃんはよく昔のことを語る。 でも正直ぴんと来ない。爺ちゃんにとっての田舎がそれでも、俺にとっての田舎はここなのだ。 そんなふうに屋上で黄昏ていると、家がワニ園の女生徒がやってきた。「なーに青春やってんのよ」「黄昏てるんだ」 呆れ顔の彼女は、持っていたカゴを投げてよこす。中には妙にざらついた卵が入っていた。「メガネカイマンの卵よ。飼育委員が池から持ってきたらしいわ」「あー、なるほどな」 返しに行かないとな。呟きながら見上げた空には、昔から変わらず飛び続けているらしいトンビが飛んでいた。
晴れた日曜の明るい午後、私は知り合って1ヶ月になるイギリス男の家を訪ねた。家の近所で適当にみつくろったケーキを持って。彼には、ディナーの後で何度か誘われていたけれど、一つ、どうしても試したいことがあった。 * 私は、あることにとても繊細だ、昔から。料理から、作り手を感じてしまう。忙しさにかまけて投げやりな母の手料理は、苦手だった。この東京で、私が心地よく料理を味わえるレストランは数えるほどしかない。友達の淹れてくれたお茶からでさえ、あとどのくらいで去るべきかがわかる。 * 逆に、自分の料理に気持を注ぐことも出来ると思っている。だから、男には手料理をふるまったりしない、というよりは、そんな気持になる男にはまだ会っていない。以前、結婚を強く迫られて困ったことがあるから。そんな気持で作ったわけではなかったけれど、美味しいものを作って喜ばせたいとは思っていた。それ以降、慎重になった。軽々しく手料理なんかするものじゃない、面倒なだけだ、と。 * 男の手料理は、あまり好きじゃない。レトルトルーのカレーでさえ、私には複雑すぎて、疲れる。でも、お茶は面白い。たまに驚くほど美味しいお茶を淹れる男もいる。たいてい女友達の淹れたお茶よりも美味しくて、何かがほんのり甘い。ティーパックや、コーヒー豆にお湯を注いで出すだけなのに、その人がどんな人なのか、わかる気がする。いい人なのか、悪い人なのか。時に、一杯のお茶で恋に落ちることもあるし、別れを感じることもある。恋人には、よくお茶を淹れてもらった。 * イギリス男は、2ヶ月前、私の会社に本国から赴任してきた。私とは関係のない部署だけど、ベンダーの前でお茶を飲んでいるときに、なんとなく話すようになった。ベンダーのコーヒーは、黒い水だということを。イギリス人らしく、とてもつつましく距離を縮めてくる。彼はイギリス人だけど、紅茶はめったに飲まないと言った。私は彼の淹れたお茶が飲みたくなった。 * 彼の家は、まだ空いていないダンボール箱いくつかが目に付くけれど、シンプルでいい家だと思った。私の持参したケーキにお礼をいい、コーヒーを淹れてくれた。私は、少し緊張しながら飲む。 * 今朝、ケーキを選びながら考えていた。ケーキを食べて、夕方には帰ることもできるし、もっと居てもいい。今、自分でケーキを焼くことを考えている。何か、コーヒーに合うようなものを。久しぶりに。
「どうして、いなくなっちゃったの?」灰色の硬い石に向かって問い掛ける。当然のように、返事は無い。「私、また一人になっちゃったよ?」持ってきた花をお墓に添える。彼が死んで、涙は、流れなかった。誰も居ない、見晴らしのいい墓地は、どこか別世界のようで、時間の感覚が奪われていく。何時間、そこに立ち尽くしていただろうか。お墓に背を向けると、高く昇った太陽が、果てしなく広がる太平洋を輝かせていた。「『ずっと、一緒に居るよ』なんて言ったくせに・・・嘘ばっかり。」彼が死んでから、お墓に来るのは初めてのこと。季節は、春から夏へと変わっていた。冷たくて暗い色をした墓石は、あまりにも修平には不似合いだと思う。私は、お揃いで買った指輪を取り出して、添えた花の下に置いた。「遺品ですって、渡されたの。私には、修平の忘れ物にしか見えないけどね。届に来てあげたのよ?」返事は無くて、夏の暖かい風が吹いているだけだった。『ねぇ、幽霊って本当に居るの?』『居ないよ。』『本当に本当?』あの頃の他愛ない会話。興味本位でホラー映画を見た後の私たちの会話。「ねぇ、今だけ幽霊、信じるから、出てきてよ。」生きているとか、死んでいるとか、そんなことどうでもよかった。目の前に居て、笑ってくれるだけでいい。春と、夏と、秋と、冬と、それ以外なら居てくれなくていいから。「会いたいよ。」崩れるようにしゃがみ込む。そうして初めて、自分が泣いていることに気が付いた。コンクリートの道にポタポタと涙が跡を作る。「死んでもいいから傍に居て・・・」めちゃくちゃなことを言っているのは分かっていた。死んでもいいからなんて。でも、本当に、本心からこぼれた言葉だった。夢に見る彼は遠くて遠くて、どんなに走っても届かない。呼んでも呼んでも離れていくばかりで、ちっとも距離は縮まらない。求め続ければ心も離れていく?「修平、会いたいよ・・・」言葉は、空に溶けていった。
※作者付記: 会いたいのに会えない、人が一番苦しい瞬間ではないかと思う。だからこそ書きたいと思いました。
0 外から騒がしい音がする。僕は昼食のニンニクとオリーブオイルのパスタの支度をしている。簡単な料理だが、タイミングがなかなかむずかしい。しっかりと計画をたて(僕は5つの工程にわけて作ることにしている)、調理を始める。1外から騒がしい車の音がする。一握りのパスタをグツグツと音を立て始めた鍋に放り込む。僕はこの一握りでいつも後悔する羽目になるので、その量にかなり神経を使う。2家のすぐ前の道路から怒鳴るような男の声が響いている。たっぷりとオリーブオイルを馴染ませたフライパンにスライスしたニンニクを丁寧に炒めている。オイルとニンニクの食欲をそそる香りがたちだす。その音はキッチンの僕にも気になり始める。3電話が鳴る音がする。種を取り除いた唐辛子を刻み、フライパンに放り込む。麺の茹で加減が心配になっている僕は、電話にでることはできない。男の声もとまる気配はない。4リビングからガラスが割れる音がする。麺の茹で具合を見ていた僕は、キッチンを離れ、リビングに飛び込む。窓は大きく割れている。床には円柱状のダイナマイトのようなものが転がり、その先端から深い灰色をした煙が溢れ出している。その煙は床からリビングを灰色に埋めていく。窓の外には大勢の人間、車両が並んでいる。パトカーもいる。時計で測ったかのように、窓と玄関を破ってヘルメットとゴーグルをした人間が同時に機械的な正確な動きで、押し込んでくる。個性はないが、マニュアルがあり、毎日地味な訓練を繰り返したのだろうと思わせる均一のとれた動作で僕を目的にやってくる。キッチンでけたたましいタイマーのベルが響く。大鍋で揺られているパスタが食べ時を迎えている。5一瞬のうちに男たちによって、僕の体はリビングの床に叩きつけられる。慎重に計画だてされた僕の昼食が台無しになってしまったという事実は、僕を悲しい気持ちにさせる。僕には、ただ、ため息をすることしかできない。
日差しが傾く頃に、私は公園のベンチで時間をつぶすのが日課だった。何をするわけではなく、オレンジ色に染まった池を行き来するボートを探しては、漕ぐ度に起きる水の波紋を眺めていた。「一緒にボートに乗りませんか?」突然、横に座ってきた大学生くらいの男の子が声を掛けてきた。驚いた私の顔を見て彼は笑顔を見せる。「いや・・・なんかお姉さんがボートに乗りたそうな顔をしてたから」私がぼんやりと水面を見ていたのを彼は見ていたのかと思うと少し恥ずかしかった。「お姉さんだなんて年齢じゃないよ。三十歳だし旦那も子供もいるしね」「そうなんだ。でも僕からみたら、いくつ上でもお姉さんは変わらないでしょう?」おかしな事を言う子だなっと思い笑顔で答えを返した。「あっ!」突然、大きな声を出して私の顔をまじまじと見てきた。「どうしたの?何かついてる?」「何もついてないよ。ただ、お姉さんが笑ったから驚いたんだよ」「そんな・・・私だって笑うことぐらい出来ますよ」ごく当たり前の回答をしている自分に呆れていたが、確かに最近の私は旦那への不満と不安で笑っていなかった。「だって、さっきまで暗い顔してたからさ」彼は笑顔を見せながら私の警戒心を薄くしていった。「それで。ボートに乗りたいの?乗りたくないの?」私が回答を悩んでいたら、彼は私の手を握り何も言わずに引っ張っていった。あまりにも突然の出来事に助けを求めようと思ったが、彼の手が温かくて優しい気持ちになれたのでついていくことに心を決めた。水の波紋をボートの上から見るのは初めてだった。思っていたよりゆっくりで少しでも動くとバランスが崩れ船が揺れた。彼は私に笑顔を見せながら一生懸命オールを漕いでいる。「ねぇ。なんで私に声をかけてきたの?」「理由は簡単だよ・・・」彼はオールから手を離し私の目を見つめてきた。「ずっと、あなたの事が気になっていたんだ。多分、好きなのかな」今までずっと笑顔だった彼が真剣な顔をしたのは初めてだった。「でも、私には旦那も子供もいるよ」私は彼を傷つけないように優しく答えたつもりだった。「知ってるよ。でも少しでもこうやってボートに乗れたから・・・」再びオールを握った彼はボートを降り場のほうへと漕ぎ始めた。「それだけで十分かな」水面を漕ぐ音で聞こえづらかったが私には、そんな風に聞こえた。「私も幸せだったな」きっと彼には聞こえてないが私の気持ちを風にのせた。
日曜日、午後5時11分。 赤く染まった無数の雲が、むなしく世界を取り囲んでる。悲しく暗い光が、私の部屋を照らしている。 また明日から学校だ。そう考えると気分が沈み込んでいく。 土曜のあの朝の幸福感を思い出してみる。これから休みが始まるという開放感を。 休みっていうものはとっても短い。いつもそうだ。決まって楽しいことは短いくせに、嫌なことは気が狂うほど長い。 胸にイガイガたした何かがこみ上げてくる。私はベッドに仰向けに寝ころんだ。 本当に嫌なんだ、学校に行くの。特にクラスの人間と半日一緒に過ごすのがのが嫌だ。 どこの学級もグループをつくって、女子はだれでもそのどこかに属してる。そういうのっておかしいと思うけど、それに従わないと独りぼっちになっちゃうから仕方ない。でもグループに入ってる私が実は独りぼっちだったりする。私の性格は、あんまり喋る方じゃないし、人から好かれる方でもないから、最近、私は浮いちゃってる。他の人が遊ぶ約束してても、私誘われないし。 ほんというといっつも寂しいんだ。私にはほんとは友達いないんじゃないかとか、これで青春終わっていいのかとか、休みの日に遊ぶ相手がいないのって遅れてるのかとか、私が消えても誰も何とも言わないんじゃないかとか思って。そういうの溜まって溢れそうなんだ。だからやだって言うんだ。学校も、この世界も。気が付くと、目から涙が伝ってた。 結局、自分が変わらないとだめなんだ。もっと喋れるように、めげないようにさ。 私はそうやって、この憂鬱さをいつも振り切ってる。いっそ消えてしまおうかと思うこともあるけど、その後親とかに迷惑かけたりするからそれはやめるんだ。 夕焼けが夕闇に変わりやがて深い闇になる。そうして明日がやってくる。 暗い気分もだんだん薄れていく。 そしてふと思った。 この暗がりに飲み込まれて帰ってこれなくなるときが、いつか来るのかもしれない。そういう人はたくさんいるはずだ。 だから、人は危ういんだ。 特に日曜日の午後は。
決意はその日の明け方。古ぼけた椅子に座っていた俺は立ち上がり行動に移った。家中のありとあらゆる食料をかき集める。米や缶詰、水、干した肉、庭先で作った果物たち。それらを机に並べ他にも生活にいる最低限の品々をも並べる。あとは2階から一番大きな鞄を持ってきて机上のものたちを一つずつ収納していく。・・・なんとかはいった。ごわついたベージュの鞄を見下ろし、ほっと一息ついた俺は時計に目をやった。薄暗い部屋の中で裸電球に浮かび上がった時計の短針は5を表している。夜明けまであと少し。頭の中に聞き慣れないノイズが思い出された。一日前、使うことのなかったラジオとかいう昔の電気機器から突然流れた声。「ザァーーーー我・・・は・・・まだ・・・残って・・・るだ・・・か・・・ど・・・残って・・・く・・・ザァーーー」ノイズに混じった人の声。30年前、どこかの国の核の実験が失敗し世界が灰とかした。唯一地球の反対側に位置していたこの村だけがのこっただけだと村長は言った。だけどまだここ以外にも人はいる。俺はそう信じていた。そしてこの村の住人以外の人の声も聞いた。だから決めたんだ。村の誰も実行しようとしなかったことを。もしも世界のほとんどが人を忘却してしまったのだったら、まだ人はいるって、俺が証明してやる。そしてあの声の主を見つけるんだ。溶けた鉄の丘に登り、荒涼と広がる砂と瓦礫ばかりの大地を見渡し俺は深呼吸をした。背中が徐々に温まり、光とともに自分の影が明確に出来てくる。それが地平線に太陽が昇り始めたことを表していた。恵の光を背に受けながら左足を中に浮かせ・・・旅立ちの時今、俺は歩きだす。
あるところに、二人の仲の良い女の子がおりました。その子たちの名は、理恵と奈津美。ずっとずっと仲良しで、喧嘩なんてしたことがありませんでした。幼稚園、小学校、中学校。二人はいつも共に行動していました。それは、当たり前のことでもありました。しかし、ある日二人は初めて喧嘩をしてしまいました。きっかけは、つまらないこと。とてもとてもつまらないこと。二人は別々に行動を始めました。目が合っても、すぐにつんと視線をそらし、歩き去って行きました。初めは一人で上手くいっていました。ところが、段々と不安になってきました。いつもお喋りしてたのに。いつも一緒に遊んでたのに。いつも隣にいたのに。大事な人というのは、離れてから初めて分かるものでした。理恵は焦りました。奈津美はどうだったでしょう。思い返してみると、喧嘩のきっかけはとてもつまらないこと。どうして喧嘩なんてしてしまったんだろう。どうして離れてしまったんだろう。頭の中ではそんな言葉が繰り返されるだけでした。理恵は考えました。脳をフル回転させて、考えました。頭の中にある、様々な知識を探りました。どうすれば、元に戻れるのかなぁ、と。その問題を解く鍵を必死に探しました。問題はとても難しいものでした。それから数日たっても、やはり鍵は見つかりませんでした。どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?相変わらず二人は何も話しません。奈津美はどう考えているのか分かりません。でも理恵は仲直りの方法を一生懸命考えます。やっぱり、二人は一緒にいたい。理恵はやっと分かりました。答えはとても簡単でした。「ごめんなさい」。この一言でいいんだっけ、と、思わず考え直しました。次の日、奈津美に会ったら言おうと決心しました。奈津美には会いました。目をそらされました。理恵は後を追いました。うるさいなぁ、ついて来ないでよって、怒られてしまいました。結局、言えませんでした。たった一言の言葉を。理恵はもう一度考えました。ちゃんと「ごめんなさい」って言って、元に戻りたかったから。また一緒に楽しくお喋りしたいから。そして、一つの方法にたどり着きました。ごめんなさい、奈津美……。「……で、この紙芝居?」「そ、そうよ。どう…だった?」「いきなり呼び出して何かと思えば…。でも、その、私こそ、ごめんなさい」二人で一緒に紙芝居の続きを書きました。ハッピーエンドまでの、この会話の瞬間を。