まだほんの少し、頭痛が残っている。私はその触らなければ判らない程度に膨らんだ瘤を自分の右手で摩る。大して痛くはない。のっそりと身体を起こして、辺りを見回した。青空が広がっている。その下にはぴんと張った草がびっしりと生え揃っている。私は一つ深呼吸をし、手を伸ばしてそれに触れようとした。けれど次の瞬間にはぎょっとしていた。私の手に当たったそれは、涼しい風や若々しい青葉などではなく、ひたすらに冷たい壁であった。慌てて手を引く。よく考えたらおかしい。私の足には足枷がはまっていて、その足枷は長い丈夫そうな鎖によってなにやら持ち上げる事は大層困難と思われる鉄球に繋がれている。私が寝ていたのは硬い簡易ベッドの上だ。部屋の壁は、四方全てに草原の画。扉はあるのだろうか。画に埋もれているのかもしれないが、私の目では判別できない。部屋の片隅には尿瓶が一つ置いてある。私が着ている服は、着た覚えのない真っ白なワンピースだけだ。下着もなければ靴もない。ここはどこ?ここはどこ?応える声はない。私はただ、真っ青に塗りつぶされた天井を見上げて、溜息をつく。私は何をしたのだろう。どうしてこんな所に居るのだろう。いつ出れるのだろう。どうして何もわからないのだろう。鎖を鳴らしながら出来る範囲で壁を調べたが、扉はやはり見当たらなかった。何日経ったのだろう。もしかしたら目を覚ましてから十分も経っていないかもしれない。この部屋に居ると私は化石になってしまったようだ。時間の感覚が全くわからない。煎餅の様なベッドに転がり、私は目を閉じた。これは夢の可能性がある。変な夢だがこの世界は現実ではない可能性が、そうだろう?早く醒めろ。醒めてこの、一人しか居ないこの部屋から早く出たいんだ。早く。早く!ガツンッ時間感覚がなくたってわかる。目を閉じた瞬間に私の顔面に何かがぶつかった。大きな音がした。かなり痛い。アハハハアハハハアハハハアハハハ続いて沢山の人が笑う声が聞こえてきた。何に笑っているのだろう?一体、何処で笑っているというのだろう?この何もない部屋で。私は、ベッドの脇に転がったその大きな音を発したものを見た。ぴかぴかに磨かれた金だらいである。もう嫌だ、早く!ガツンッ!アハハハハハハハ早く!ゴァンッまた金だらい……?早く……ゴァンッ!アハハハハハハハハ!!!!! ……は……ふと目が覚める。まだほんの少し、頭痛が残っている。
「うっふぉふぉ、うっふぉふぉ」「おもしろーい!」ゴリラの真似をして、子供達の喝采を浴びている俺。子供とパトカーの音は大嫌いなはずなのに、あやし方をおぼえ、なつかれるようになるとかわいく見え始めた。ここはお寺の境内の片隅にある、プレハブの幼稚園だ。食い物と屋根に困った俺を、ここの和尚が拾ってくれた。行き場のない俺は、境内に飛び込んだ。始めのうちは、100メートルもある廊下を雑巾がけしていたのだが、気がつくと子供をあやす羽目になった。和尚いわく、体がでかくて、いかつい俺は子供のヒーローになれるとのことだ。そして、もう一つ。子供が嫌いな大人のほうが、不思議と子供はなつくのだそうだ。確かに、子供が大好きと言うやつは、皆いかがわしい。人のことは言えないが。「ね〜おんぶして〜」「駄目だ。てめ〜で歩け。その足切っちまうぞ。」「え〜〜〜〜ん(涙)」子供は腹が立つ。仕方なくおんぶしてやるとニコニコして首にしがみついてくる。そうなると子供の勝ちだ。自然と許している自分が時々嫌になる。丸まってしまった自分に。子供は弱い。たぶん片手で絞め殺すことが出来る。愛らしい子供に対し、暴力的な感情を抑えられなくなることもある。美しく、はかないものを、俺は壊したい。今日はお花見。皆でわいわいと騒いで、時々さくらがきれいなことを思い出す。わいわいしていると、遠くからサイレンの音がした。けたたましく、耳に突き刺さるようなこの音が、俺は大嫌いだ。聞いただけで、悪いことでもしたかのような気持ちになる。サイレンに対抗するように、子供達が騒ぎ始める。ふと思った。ここの園児は孤児ばかりだが、間違った人生を送らないで欲しい。俺のように。サイレンが近づいてくる。まるで俺をよんでいうようだ。子供達の歓声が異様に増した。警官の登場だ。警官はいつも堂々としている。そこが気に食わない。警官が徐々に近づくにつれ、よからぬ感情がわきあがる。近くまで来た警官に、一人の男の子が駆け寄る。「おまわりさ〜ん!」すると、驚いたことに警官は男の子を払い除け、「危ないからどいてなさい」と怒鳴った。俺は子供のもとへ走りよった。膝小僧をすりむきうつむいて、今でも泣きそうだ。手を差し伸べた瞬間。「野々村豊、35歳。強盗および殺人未遂容疑で逮捕する。」このとき、俺の時間はストップした。「ガチャ」という手錠をはめられた音は一生忘れない。しかし、このシャバで最後に残した俺の言葉は意外なものだった。「偉いぞ。よく泣かなかったな。」見上げると、狂ったように桜が咲いていた。
電車は回る。 がたんごとん、がたんごとん…。 ヘッドホンとポータブルCDプレイヤー、それとお気に入りのCDを一枚だけバッグに詰め込む。 山手線でぐるぐる回る。何周でも何周でも…。 落ち込むことがあると、よくこうして一番端の席に何時間も座り続ける。 そういえば、なぜか鬱々としてしまうこの時期に、こうしてることが多いかも…。 ヘッドホンから流れる音楽と電車の揺れに身を任せ、ユメとうつつの境界線を漂い続ける。ささくれた心が少しずつ癒されていく。ほんの気休め程度だけど…。 がたんごとん、がたんごとん…。 わたしには二つ上の姉がいる。彼女は非常に出来がいい。 勉強もスポーツもなんでもそつなくこなしてしまう器用な姉とは逆に、わたしはひどく凡庸な人間だった。自分で言うのもなんだが…。 そんな姉とたびたび比較され、コンプレックス抱くことも多かった。 ただ、母親譲りの真っ白い肌だけは、よく他人から褒められた。 こうやって電車に乗るのは、関係性の崩れることに怯え、自分を強く出すことのできないわたしが編み出した防衛手段のひとつだった。 がたんごとん、がたんごとん…。 隣にプラスチックフレームの眼鏡をかけた青年が座った。わたしと同じように耳にはヘッドホン。 ヘッドホンは、外界との繋がりを拒絶する遮断機。 肩の触れ合うくらいの距離に存在するこの青年も、ヘッドホンをかけると他人から圧倒的な他人へと変化する。 耳元から流れるサウンドの世界に行ってしまえば、もう声は届かない。現実感が薄れていって、内側へ内側へと沈んでいく。遠い、遠い存在になる。 彼は、ヒップホップの世界あたりへ行ってしまっているのかしら…。 がたんごとん、がたんごとん…。 窓からさした日の光が暖かくて、まどろみの中でささやかな幸福感と感じた。 ふと、母親のおなかの中にいるときはこんな感じだったのかもしれないと思った。 始まりと終わりがくっついて回り続ける環状線が母胎の代わり。 ヘッドホンから流れる音たちが羊水の代わり。 そこに漂っていれば、嫌なことも忘れられそうで、すべてのことがリセットできそうな気がする。 その車両はヘッドホン人口が多くて、人は皆胎内回帰願望あるのかも、と勝手に納得した。 がたんごとん、がたんごとん…。 目の前の妊婦さんに無言で席を譲った。 大きく膨らんだおなかに向かって、「がんばって産まれてくるのよ」と、口の中で呟いた。 わたしの声が届かないことなんて分かっているけど…。 次の駅でおなかの赤ちゃんより一足先にこの居心地の良いこの場所を離れることにした。 ヘッドホンを外すといつもと変わらぬ現実がそこにあった。 また歩いていけそうな気がした。 がたんごとん、がたんごとん…。
「しっかりしてよ! この一戦をしくじったら家族計画が台無しでしょ。せっかく基礎体温測って排卵日を特定したんだから、さあさあ、元気を出して!」 妻は僕を奮起させようとするが、どうしても欲情しない。「でも最近の君って、女の色気というものがないんだよね」「そんなもの要求する権利があなたにあるの?今じゃ私の方が稼ぎはいいのよ。忙しいスケジュールに都合をつけたっていうのに、なんであんたの体だけが予定どおりに働かないの」 2020年の日本国。行政府が実施した少子化対策はいずれも失敗したが、男女平等・同質化政策は大成功したように見える。その政策は文化にもメスを入れ、ひとつ示すと、昔から男女が得意としてきた戦術の「押しの一手」や「泣き落とし」をやったら反則金を科せられることになっている。また、男言葉や女言葉をなくして統一の言葉づかいをしようという動きまである。さらに、女性蔑視につながるという理由でセックス産業が叩かれ、ポルノビデオの審査は映倫から検閲制度に変更されている。 街に出ると、化粧をした男や外股で堂々と歩く女が散見される。裏通りでは、男同士でフレンチ・キスをするカップルもいるが、気色悪いなどと言ってはいけない。これらは多様化の一形態と説明されている。 振り返ると、20世紀末にジェンダー・フリーという複合語が創造されてから女性の地位向上運動に弾みがつき、人間の中性化を強力に推進することが決まった。当時から、ほとんどの家庭が既にカカア天下になっている事実を指摘する声もあったが、社会における女性の地位は低いとして退けられたのである。 ところが、伝承文化が不自然に歪められる弊害に接し、日本の繁栄にとって、画一的に男女の垣根を取り払うことが正義なのか、と国民の多くが疑いを持つようになった2008年、市民グループを中核とした野性派と官僚が先導する知性派との間に小論争が生まれた。これは国民的議論にまで発展して野性派が優勢に立ったものの、あるパワーが介入して彼らの勢いは押し止められた。 その後、国家指導者の地位に返り咲いた官僚は、人の社会的、文化的な性差を完全除去して同質・規格化を進め、国民管理を容易にした。また、知性派である官僚は、行儀のよい国民を作るため、本能・感情・感覚は低次元だとする教育を徹底したので、情熱や活力がなく損得計算で右往左往する青年が多くなっている。 この2020年の情けない状況を、えびせんを食べながら眺めているのがあの時のパワー、火星人たちである。彼らは地球人に成りすまして政府や産業の要職に就いており、戦わずに地球をゲットすることを企てている。そして、秀逸な工業技術を有しながら民(たみ)の生命力は弱まり続ける、衰退した日本を支配することこそが、陰謀の前奏曲になるのだ。
※作者付記: インディーズ系にふさわしい挑戦的最新作を、Q書房専用としてお送りします。でも、この路線ばかりではつまらないので、次回は内面的なものを考えています。
大好きなダァリン。あたしを愛してくれてありがとぅ。あたしは貴方が大好きだから、あたしだけを見て欲しくて、あたしだけに触れて欲しくて、あたしだけを愛して欲しくて、貴方があたしのこと好きなのは分かってたから、わざとアノ子に笑いかけてみたり、わざとアイツとキスしてみたり、わざとカレと繋がってみたり、貴方に分かるようにね。不安がる貴方を見るのは心苦しかったけど、「愛してるのは貴方だけょ。」何回も繰り返して、少しずつ雁字搦めに縛りつけた。ごめんね、仕方のないことだから。貴方を壊すのに。そしてやっと、3日前。貴方の誕生日。貴方の部屋で貴方を待っていた。その辺で引っ掛けてきた男の子とセックスしながら。さすがにこれはヤリ過ぎかな?って思ったけど、貴方は上手く壊れてくれました。貴方が壊れてから3日。此処にはあたしと貴方の二人っきり。異臭を放つ男が一つ転がってるけど、気にしないょ。首に繋がれた首輪と、両足に繋がれた鎖が、肌に擦れて少し痛いけど、すごくシアワセ。なのに、何か物足りない。ずっと一緒にいても、狂ったように「愛してる」って囁いてくれる貴方にも、何か不満。もっと貴方を感じていたくて、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も口付けて、身体を歪に繋げて、貴方と一つになりたいのに、なれなくて。そぅ、貴方と一つになりたいの。「ねぇ、一つになりたいょ。」そぅ、呟いたあたしに貴方は「食べちゃいたいくらい可愛いょ。」あたしの首筋に噛み付いた。そぅだ、少し遅くなっちゃったけど、貴方に誕生日プレゼントをあげよぅ。あたしが御馳走をプレゼントしてあげる。ナイフとフォークを持って浴室へいらっしゃぃ。バスタブがお皿です。自分の血で自分を味付けしてみたょ。メィンディッシュしかなくて申し訳ないけど、さぁ、たんと、召し上がれ。ナイフ、フォークを両手に、恍惚の表情であたしを見つめる貴方が最期に見えた。アァ、ヒトツニナッテュク。アタシハ、シアワセ。あ、言い忘れたけど、食べ残したりしたら許さないからね?骨までキレイに食べてね。
※作者付記: ソフトグロです。苦手な方すみませんでした。
― 次 左折です ―「ほんとに平気かな、ここ」渋滞にうんざりして、カーナビを頼りに逃げ入ったわき道。広がるゴミは大パノラマ。嗅ぐに耐えず、2人は窓を閉めはじめる。「だれがこんなに捨てるんだろ」「ね。へんなの」締め切った窓越しに外を眺めれば、透明やら黒やら白やらの袋たちが中睦まじく寄り添っている。悪臭の根源。あーいやだ。何も無いとこなのに、どっからくるんだろう、このゴミ。「ん?」私が心の中でひとりごちていると、ふと、隣で運転に勤しんでいた友達が、訝しげな声をあげた。「なに?」「なんか落ちてる」右手をハンドルから剥がし、前方を指差す。指輪が食い込んだ人差し指は、道路の真ん中より若干右よりのところに落ちている何かを指す。「あ、手袋か」「じゃない?へんなとこだね」「ね」― このまま、直進してください ―車はカーナビに従い、一つ目の曲がり角を通過。見事に、手袋の上も通過。「ほんとに道知ってんのかな、この人」もう何本目かの曲がり角を直進したところで、友達はついにカーナビを小突いた。正直なところ私も少し不安だったが、不思議なゴミだらけの景色を、ある意味では堪能してもいた。コンビニの袋からソースの溢れている、多分パスタ、の横を― このまま、直進してください ―髪の毛の入ったゴミ袋もあった。美容院のゴミかな、なんて話しながら― このまま、直進してください ―そんなこんなで退屈はしていないが、流石にもとの道に戻らないと困る。ここで迷子なんて冗談じゃない。丁重にお断りする。まっぴらごめんだ。「知らなかったら困るじゃん。だってカーナビだよ?かーなびげーしょんだよ?」「そうだけど、だって絶対おかし― 次 右折です ― あ」「ほら、知ってた」「ほんとだね。あーよかったあ」「もっと信用しなさい、この子を」「はーい」ウインカーの音と共に、車にかかる久々の遠心力。ようやく広がる見慣れた道に、ふたりから漏れる安堵の溜め息。だが私の頭には、まだあの光景が漂っている。そしてそれは友達も同じだったらしく、ゆっくりと話を振ってきた。ポリバケツから覗いていた「豚骨」についての話。「あれ、ラーメン屋さんのゴミかなあ?」「じゃない?あれ処理するのも、きっと高いんだよ」「やだねー」「ね」― このまま、直進してください ―「はーい」そう、「手袋」と「トマトソースパスタ」と「髪の毛」と「豚骨」の話。だといいけど。
「さて、皆様が今見る世界は、各々どういった状態で目に見えてますか?その現実は、私が見ているものとなんら変わりないものですか?それとも、全く異質の世界を目にしているのですか?」そんなことを話し出すやつに…すばらしい着眼点だ、と絶賛するやつはいない。ここは…全ての物事の収束地点…世界は、世界然たる姿かたちで存在しているのだから。「だが、皆様はこう考えたことはないでしょうか?そう、『もしかしたら…』という言葉。もしかしたら、我々の見ている世界は、実は夢の中で見る世界と同じ…言わば架空の世界かもしれないのだ、と。」妄想だ。ジャンキーだ。現実逃避しようと頭だけすっとんでるやつの被害妄想思考なんじゃないか?「人が、夢で見ることは実現され得る…いわゆる正夢というもの。それは、『人が思い浮かべるものは、全て現実世界に投影される可能性を秘めたものだということを裏付けてくれるものだと想いませんか?」思うわけない。夢は夢だ。暇な脳が見せている映画だ。だから印象に残っている人物・風景・音が夢に沸きだつ。「四月を過ぎても、雪は降るかもしれない。漫画のようなドラマティックファンタジーのような世界が、地球にはないにしろ、別の星ではあるかもしれない。今生きる私達が見たことのない世界に、我々はそういった空想の望みを託しているのです。」自己満足の完遂じゃないか?言いすぎだ。今見ている世界は…現実だろう?「同じように、この地球に住む以外の生物からすれば、この私達の地球に、我々と同じような空想を託しているかもしれません。だとすれば、我々の『視る』世界が必ずしもかくある真実の姿とは限らないのです。そう、空想するものは全て、起こりうる可能性を秘めているから…。」馬鹿馬鹿しい。だが…「それは、神であったり、もしくは、神という存在を我々の脳裏に焼き付けてきた先人達であったり、神という聖の象徴のようなものではなく、穢れを冠する悪魔であったり…そしてその存在をしたてあげているのも、空想する我々である。この現、とは…どういうものなのか…考えてみるこの行為も、やはり空想なのです。そして、生きることも、死んでしまうことも、滅びてしまうことも、空想が導く、世界という劇場を使用した一つの物語なのでしょう。だから、この世界には、何か、絶対的な『流れ』のようなものが無数に…あるいは『流れ』という存在が一つ、強く在り、この世界の台本を用意しているのだ、と。」これだから人間はおもしろい。謎極まりない不明瞭な力に操られているかもという被害妄想的な考えをいつもいつも張り巡らす。そんな人間を見ているのは、楽しい。…と、いうお話を書いてみたところ、不明瞭なのはお前だ、と言われた。そうなんかなぁ?
「何からする?」 花火の袋をあけた。中にはロケット花火を含む打ち上げ花火が数種類。その他に線香花火やねずみ花火など沢山入っていた。「私、線香花火からしたい。ダメ?」 軽く首を傾げて、かわい子ぶってみる。今日は甘えたい。「いいよ」「ほんと!」 私は線香花火を手にした。水城がポケットからライターを取り出す。シュポッと音がし、花火が光り始めた。 小さい小さい火花が右に左にと弾けていく。それはまるで真中にある灯を祝福するかのように。その命も数秒の後に灰となる。ポトッ。最後の欠片が静かに落ちた。胸がギュッと締めつけられ、一瞬、寂しさに包まれる。その反面、祝福されながら産まれてき、静かに散っていく姿を美しいと思う。「線香花火って終わる瞬間が綺麗だから好きなんだ」 水城はそう言った。私は耳を疑った。もしかしたらこの人は私と同じ気持ちなのかもしれない。逸る心を落ち着かせて聞いてみた。「どうしてそう思うの?」 少しの間を挟んで返ってきた。「原形を止めながら落ちていくから」 私は袋からもう1本花火を取り出した。すかさず彼が火をつけてくれる。「線香花火は他の花火と違って生きた証を残している、そう思うんだ。だから終わったときは小さな丸い亡骸を見て切なくなる。でもそれが、生きた証に見えるから美しいと思える」 ゆっくりとした水城の言葉に私は一筋の涙を零していた。私にはそこまで綺麗な表現はできない。それでも私と水城は同じ思いだと確信した。 涙を拭うと自然と頬が緩む。彼を近くに感じる。嬉しかった。「今日はカメラ持ってきてないの?」「なんで?」「撮ってほしいから」 私はもうわかっていた。水城は私をモデルとして見ていないことを。だって、出会った日(俺専属のモデルになってってナンパされたのだ)のようにカメラを向けられることはなかったから。だから一人の女として見てもらえていると思っている。「車の中」 花火の手を止め、取ってくるわ、と言った。 次は何をしようかな。水城が戻ってきたら打ち上げ花火をしたいな。どれがいいだろう。パラシュートが花火と共に上がり、ゆっくり降下してくる花火があった。これにしようと決めた。「うわ、きれい」 橙、赤、緑、色とりどりの中から三つのパラシュートが落ちてくる。私の目の前に一つが降りてきた。思わず両手ですくいあげると、くしゃっとしぼみこみ掌にのった。 気付かなかったけど水城は花火に見惚れる私を写していたと思う。前に自然体の姿が好きって聞いたことがあった。だから手に包み込んだパラシュートを見続けた私を撮っていたと思う。 花火に夢中になっている私に水城が言った。「これで最後だから」 地面に置いて火をつけた。音をあげて勢いよく花火があがる。噴射型の花火、色が順番に変わっていく。「誕生日おめでと」 隣にいた水城が突然キスをした。目を丸くしている私に続けて言った。「プレゼント」 左手の薬指に銀の指輪をはめられた。私は震える手で顔を覆った。ありがとうの言葉が出てこない。ただただ涙が溢れるだけだった。 水城はそんな私を力強く抱きしめて耳元で囁いた。「好きだよ」 緑から黄色にかわる花火を背に私は彼の腕の中で幸せをかみしめていた。ベンチの上に置かれたカメラのレンズが私たちを見守っていた。
彼女の犬は、ボクを見ると吠える。さながら主人を守ろうとする騎士だ。 よく仕え、従順を突き通す。これほど立派な騎士はいない。けれど決して愛を語ることは出来ない。……ならば、言葉を持つボクは犬以下の動物なのかも知れない。 そんなことを考えていると、喪服を着た彼女が家から出てきた。「遅れて、ごめん」 謝罪の言葉。でも声は明るい。微かに笑顔すら見せている。いつも通りの彼女。だが、目のまわりが赤い。 乗って、と車に促した彼女は、運転席に乗り込む。ボクは免許を持っていない。持っているのは彼女と、今から会いに行く親友だけ……だった。 ボクは、助手席のドアを開けて立ち止まった。向こう側には彼女の横顔が見える。その顔に見惚れたわけじゃなく。初めてだった。助手席に座る──彼女の横に座る──ことが。 ふと彼女は、助手席のドアを開けて固まっているボクを見た。そして微笑む。助手席に座ることを許可されたような気がして、そっと乗り込んだ。 彼女に言われ、シートベルトを付けると、車は走り出した。そう言えば、彼女が運転するところを見るのも初めてだ。いつもは親友が運転し、助手席に彼女が座る。ボクはいつも後部座席。 それでもボクは良かった。幼い頃から三人一緒。何をやるにも楽しかった。そんな日々が続くだけでよかった。ボクが胸に隠す個人的な感情なんて些細なことだ。 車内は沈黙に包まれていた。彼女が大学の入学祝いに買ってもらった四駆車は、広い。ゆったりとドライブを楽しめるようにと思い、彼女が選んだ。だが、その開放的な空間に詰まった空気は、残酷なまでに重い。「ねえ、何か喋って」 ハンドルを両手で握り、彼女は言う。ボクは何か言いかけて、すぐに口を噤んだ。思い浮かばない。こんな時、親友はなんと声を掛けただろう。思えば、親友は三人のムードメーカーだった。 沈黙に耐えかね、彼女はラジオを付ける。ちょうど親友が好きなグループの曲が流れていた。 うまくこすって消せるはずだった ボクはまだ キミの庭に 繋がれているんだ 犬の様に吠えるだけさ 突然、車が止まった。 ハンドルに顔をふせ、彼女はわあっと泣き出した。 ──ああ、そうか。彼女もまた、愛を語ることが出来なくなったのか……。 泣き続ける彼女。ボクは意を決した。「大丈夫……。俺はずっと助手席に座ってるから」 そう言った後で、ボクは運転席というべきだったかな──と、思った。
※作者付記: the pillows アルバム『HAPPY BIVOUAC』から“Back seat dog”より抜粋
「さみしいのは、あいしているものと、あいされているものと、あいそうとするものが、全部違うことなのよ」 と、彼女は籠に積まれたオレンジをひとつ手にとって言った。何の前触れもなかったのでどうしたものかと思ったけれど、彼女は呼吸すること・わらうこと、と同じような自然さでそう言ったので、聞き返す気にはなれなかった。 ぷしゅ、と親指がオレンジにうずまって、小石のような彼女の爪がぬれる。きっとそれは今、おそろしいほどにオレンジの味がするのだろうな、とぼんやりと僕は思った。「…それは、なかなか傷つくな」「どうして?」「こんなことわざわざ言いたくはないけど、僕はきみをあいしてるつもりだよ」 と言っても、そもそもあいとは一体何なのかはよく分からないけどね、と付け足すと、ふふと笑うと思っていた彼女は、そうね、とひどく真面目な顔で答えた。僕は一瞬裏切られたような気持ちになって、少し俯いてから話を続けた。「だけどきみは僕をあいしていないし、あいそうとすらしていない」「一応言っておくけれど、あいそうとしているものは、結局あいせないものなのよ」「…どういうこと?」「あいそうとしているのは、あいしていないからで、けれどあいしているものとあいそうとするものは違うんだから、つまり、あいそうとするけれど、結局あいせないの」 オレンジは種がびっしりと詰まっていて、むくだけむいてから、おいしくなさそうね、と彼女は言った。僕はその、オレンジに染まっている彼女の指先を、どうにかして僕味に味付けしたいと思ったけれど、その方法は思い浮かばなかった。いきなり指先をぱくりとくわえたら、彼女は僕を刺激的なひとだとあいしてくれるだろうか。いやでも、あいするものとあいされるものは違うらしいから、そうなると、今度は僕が彼女をあいさなくなるのだろうか。「あいなんて分からないわ」「…きみが言い出したんだろう」「だからわたしはあなたをあいしていない」「傷をえぐるな」「それでいいの」 どうせ食べないくせに彼女は2個目のオレンジに手を伸ばした。それを視線で追っていると、指先はすっかり乾いていることに気付く。けれど舐めたら、まだオレンジの味が残っているんだろう。---おいしそうだな。とぼんやりと思ってから、そんな自分にうんざりした。「あいなんて分からないわ。わたしはあなたがだいすきなんだから」 すっかり、僕は彼女の味をしめてしまっている。
「さあ?どうだろう?」と太った鼻の高いヨーロッパ女は、顔に似合わない、日本人の日本語を話した。「さあ、どうだろうって、無責任だな。君も。」と雇い主のお坊ちゃん。「だって、そうよ。こんなこと参考にしたって何にもならない。あんたは糸を手繰ることに集中すればいいの。世の中簡単なんだから。」とコップに入ったオレンジジュースをお坊ちゃんに手渡して言う。「それは残酷なこった。つまり紐に踊らされとけ、、、。」とオレンジジュースを透かして、見たが、何も見えない坊ちゃんは言う。「まあ、もう一つだけ、出来ることはあるわね。」と彼女は付け加える。「本当?」と喜んで、期待する彼。「あんた神とか信じる?」「いや。」オレンジジュースを一口含む。「まあいいわ。そこんところは。」とまたオレンジジュースを含んでお坊ちゃんは、「それで?」と聞く。「神の意図を探ることよ。」「その心は?」「全部神のせいにせよ。」「それで問題は?」「未解決のまま」「わらうしかねえ。」「それいいわね」「何が?」「わらうしかねえってやつ」「ああ。そう。」オレンジジュースをガラス机に置いて、彼は席を立つ。「もう、お帰り?」とヨーロッパ女は言った。「ああ。」と言って、部屋を眺めて、扉まで言った。「まあ、信じるも、信じないもあんたしだいよ。」「信じないよ。やっぱし、占いなんて。」「あら、そう。今日の運勢、大胆な行動が、幸運をもたらす。」「あっそ。」と彼は素っ気なく答える。扉まで、歩いていく。彼女は付いていく。「じゃあ」と彼が言って、乱雑な雑貨の部屋と対照的な、何もない空の背景に消えかけた。すばやく、女は、女の手で男の手を掴んだ。男は、行き成り起きたことに驚く。「な、なんだよ?」しばらく、女は、お坊ちゃんの手首を掴んでいた。「何?」とまた、彼が聞いたから、「いや。別にいいのよ。」と素っ気なく答えて、扉を閉めた。部屋に戻ると、観る対象物がないためか、部屋が広く感じられた。ソファーに腰掛けようと足を進めたとき、ガラス机の脚に彼女の左足の小指をぶつけた。「あ痛っ」と彼女が言った途端、彼の飲んでいたオレンジジュースが、ガラス板に広がった。彼女は、そのままカーペットに雪崩のように座り込んで、オレンジジュースを淡くした。今の彼女にはオレンジジュースがどんなに淡くなろうと、ガラスの向こうには、何も観ることが出来なかった。「わらうしかないわ。」
薄氷を割って、二種類の擦過音が校舎に反響している。寒空を背景に水飛沫がはねた。「なあ、いっこ疑問言っていい?」 緑色したプールの底で、モップを持った真一が見上げて言った。「本気?」 通年どおりなら、水泳部の冬場は基礎体力をつける時期だった。村の近くに室内プールなどない。走り込みなどをするのが常だ。「何度も言うとるっちゃろ。この根性なしが!」 怒れる声は甲高かった。鬼の女主将、由里香と呼ばれている。彼女は容赦無く、ホースから水を送り続けた。傍で、上目使いの守が怯えて、辛そうに手を早める。 由里香がプールの掃除をしようと言い出したのを聞いて、部員達は猛烈に抗議した。だが。「あんたら、この学校にいる間、もう泳がない気なん? 寂しくないん!」 鬼の一括で、何人もの部員が辞めることになった。 来年の春、彼女らの中学校は市町村合併によって、廃校することに決まった。冬休みも間近、山の紅葉も落ち着いた時期だった。 あかぎれた手を休め休め、連日の作業が続く。守の手は特に酷くなっていた。真一が守の手を取って、由里香に見せた。「部長、これ見てや。もう無理やろう」 一瞬、顔をしかめかけた由里香だったが、「何で? ゴム手袋したらできるやん」 と、すぐに平静に戻って言った。「お前、バカか。そこまでして、何で冬にプール入らんといかんのかちゃ」 彼女はすぐにも真一に何か言い返そうとしたが、言葉を飲みこみ何も言わなかった。意外な反応に真一が黙っていると、「じゃ、辞めたらいいやん」 と、鬼の目に涙が浮かんだ。真一は、取り乱して、そんなんしても、もう明日からこんからな、と言い捨て、守を家に帰した。自分も帰ろうとしたが、今日一日だけは手伝うことにした。由里香は一言も口をきかなかった。 次の日、真一は水泳部の顧問に退部届を出しに行った。「仕方ないな」 と、禿げ上がった頭をさする教師に真一は、つい由里香のことを聞いた。「お前は三年から入ったから、知らんか。あいつは、一年から、二年の二学期くらいまで、結核で入院しとってな。大会とか出られんかったんよ」 俺には関係無い。真一はそう思った。 冬休みも終わりに近づき、ふと真一はプールの様子を見に行った。「よう、裏切り者!」 綺麗に満たされた水の中、由里香が嬉しそうに声をかけた。「死ね!」 彼女の跳ね上げた水飛沫が虹を作る。真一の網膜の裏、オーロラが輝くようだった。
最期の声は、貴女でした恐怖で声が出ないなどよく言ったものだけれど、ほんとにそうなんだから、驚いた出したいにも、この我が家で散々使い古したスポーツタオルが裂けてしまうのではという程に口端を広げて塞いでいるもんだから出る筈も無く恐怖で腰を抜かすなどよく言ったものだけれど、それすらもほんとにそうなんだから、仰天する逃げ出そうにも、この一冬使い続けたお気に入りの私のマフラーが止血してしまう程に手首を締めつけ、パイプベッドの足へ縛りつけてるもんだから動ける筈も無く今この部屋には、ストーカーという現代社会が生んだ偏愛者が私を拘束して今、まさに、果物ナイフを突き刺している十一分前今、私の背中で、痺れきって指先すら動かなくなったこの左手で痺れていなかった、まだ十一分前小さな携帯のプッシュボタンが、震えてうまく押せなかった十一分前リダイヤルで繋げた貴方の携帯は定期的に途切れる電子音の後機械的な女性の声に即座変わってそれが、私が耳にした、最期の声でした警察でも、両親でも無い助けを求める為だけに電話したのでは無いただ、貴方の声がもう一度、聴きたかっただけ助からないと分かった瞬間に最期に聴きたかったのは心から愛している貴方の声だったのたとえば通話が繋がって、貴方の声を耳にする事が出来れば最期の声になる事は無かったのかも知れないたとえば通話が繋がって、貴方の声を耳にする事が出来ても最期の声になってしまったのかも知れないけれど貴方は、出なかったどちらにせよ私の最期の、耳の記憶は見た事の無い、貴女の声でした貴方が私へ電話をよこした時きっとその耳にも同じ声が聴こえるのでしょう私の携帯には、もう二度と"私"は出ないのだからどんな事が起ころうと、何も変わらない機械的な声をアナタはどんな気持ちで聴いていますか「「留守番電話サービスセンターへお繋ぎいたします」」
部屋を訪れると、すでに彼女は酔っていた。彼女は、白いタンクトップにデニムのショートパンツ姿で僕を迎えた。胸元と白い太ももが僕を誘惑した。彼女は僕にビールを注ぎ、小さなローテーブルを挟んで僕の正面に座った。乳房が追いかけるようにユサッと揺れた。 彼女のタンクトップ姿は、柔らかな膨らみが強調されていた。僕の視線に気付いた彼女は、自分の乳房を見下ろし「やっぱりわかる?」と、下着を付けていないことを弁護するように言った。僕は、柔らかな膨らみの頂上の小さな二つ突起を見つめながら小さく頷いた。「興奮する?」彼女は僕をからかうように尋問した。僕は、ただ頭を振るだけだった。彼女は、微笑みながら「いいのよ、男の子だもの。でも、変な気を起こしちゃダメよ」と言って僕をあやした。膨らみは、彼女が動く度に小刻みに揺れ、僕の気を引いた。僕は、ポツン、ポツンと主張する突起から目が離せなかった。 「勃起した?」そう彼女に言われて、僕は否定した。「私のオッパイじゃ勃起しない?」とすねるように責められ、ついに「します」とだけ言って、彼女に屈服した。彼女は満足げに笑うと「じゃ脱いで見せて」と証拠を要求した。僕は、人前でペニスを晒すという羞恥と、彼女に従いたいという欲望と、その気持ちを悟られまいとする理性とで、ただ無言でいた。彼女は「私のオッパイでどんな風に勃起しているのか見てみたいの」と、今度は征服するように言った。彼女に服従した僕は、彼女の要求に従っていた。ズボンを太もものあたりまで脱ぐと、下着は一ケ所だけが尖った山のように盛り上がっていた。彼女は、僕の顔と尖った山とを交互に見つめながら、彼女は「私のオッパイでそんな風になっちゃうんだ」と右手で自分の乳房を撫でて見せた。満足した様子だった。彼女は次を促した。僕は、もはや抵抗する理性を失い、言われるままに全てを晒した。彼女は、僕のペニスを凝視した。そこで、ふと僕をもう一つの羞恥が襲った。僕は、反射的にペニスの尖端を両手で覆い隠した。彼女は「気にしなくていいのよ。女はそんなこと気にしないわ」と言うと、包皮が被ったペニスを視線で弄び、もう一度「気にしなくていいのよ」と言った。僕は精神的に彼女の所有物となっていた。彼女は征服感を顔いっぱいに表し、しばらく僕の顔と包皮が尖端まで覆うペニスを凝視し続けた。僕は、ずっと勃起したままだった。
※作者付記: 第一回目の投稿です。ご意見いただけたらと思います。
光り輝くまばゆい世界。空の光を反射して強烈な光が足元から湧き上がるためこの時間人々は皆屋内に入って朝になるのを眠り待つ。少年は自分の寝床でごそごそと寝返りをうちここ最近この時間の眠れない日々をすごしていた。 音が聞こえるのだ。リズムに乗ったメロディがどこからともなく鳴り響く。それも空から光が差し込むこの時間帯に限って嫌がらせのように。たまらず両手で耳を塞いでもそれは外部からの干渉ではなく頭の中に直接流れてくるのでその行為はまるで意味をなさない。 「・・・特殊性受信症候群ですね。」不眠症にたまりかねた少年は近所にある付属病院の脳神経外科に行き先生にインテリっぽい口調でこう告げられた 「普通の人および機械が感じることのできない電波をその時間帯に受信してしまうみたいですね。世界でも発症例はごく稀ですが現因の対処法に至ってもまだ皆目検討もつかないしだいです」そう言って先生は眼鏡のフレームをクイと持ち上げる 「なにしろ人の脳ははまだまだ未知のブラックBOXが多いですからね、それにこの症例に至って言えばこの世界全体の謎めいた部分もかかわってくるので私から言えることといったらあきらめて受け入れろと。」 帰り際商店街のメガネ店でグラスを買った。強い光を遮断するちょっと高めの目の周りを覆うタイプだ。 その昔高名な学者であるプトレマイオスは世界は一つの柱を円盤がクルクルと回転しているのだと言っていた。空から降り注ぐその光は時折激しい点滅を繰り返し円盤がその光を受け反射し世界を覆う。それを裸眼で直視すると脳に悪影響を及ぼし失神最悪の場合死に至る。そしてそのことを知っている少年は過去の過ちもあってか夜は外を見ないとかたくなに心に誓っていたが、ここ最近の眠れない退屈な夜に不意に夜の外への好奇心にくすぶられていた。 そして次の日の夜、家の者が寝静まったのを見計らいグラスをかけこっそり玄関から外に出る。睡眠は今日学校を休んで朝ぐっすり寝たから平気だった。少年は外を駆け出し高いところを目指す。人通りはおろか車道には車の気配さえない。頭の中に流れるBGM。まるで少年は極めて特殊な人間ラジオのようであった。この世界の誰も知ることのない自分だけのメロディ。その時少年は久しぶりの開放感からそんなことを思うのだった。 高い場所の心当たり、少年は町にあるバニッシュタワーが頭の中に真っ先に浮かんだがあそこは一時でオートで閉まってしまう。時計を見るとあと20分しかない。少年は光り輝く町並みを駆け抜けた。しばらくすると目的の場所が見える。エレベーターの横を通り過ぎいきおいに任せて階段を使う。窓から見えるフレームごしに見る外の景色。あれはなんだろうか?フレームが邪魔してはっきり見ることができず少年はグラスをはずし目を細めて観察する。 「アレは・・・」 わからない。わからないけどその時少年が素直に思ったその光景を口にすることはできず、こみ上げてくる感情がおかしくて少年は笑う。 しばらく大声で笑い少年はぼそりと言った 「指にしか見えねぇ・・・」
※作者付記: CDの穴に人差し指に乗っけただけです(苦笑)朝は起きてる時間で夜は寝てる時間として捉えてください
わたしは普通の大学生で普通の毎日を過ごしている。そう、他のみんなのように母に朝食を早く食べるようにせかされ父には良い就職につくためには大学で遊んでいる暇などないと毎日のように聞かされた。しかし、わたしはこんなうるさい家族だけれどもかなり居心地が良い。このなんともいえない場の雰囲気とても大好きだ。ところで、今日の朝食はサバだ。朝、母がしいれてきたのだ。そして、わたしはいつものように大学へとむかった。いつもの通学路、いつもの大学生達がお喋りをしながら楽しそうに歩いている。しかし、わたしはこの輪の中には入ることができなかった、いや、決して入ってはいけないように感じた。わたしはいつもみんなと同じ大学に通っているのに友達が一人もいない。これは仕方のないことだった、自分でも分かっていた。友達はいないのだがわたしが通っている大学の生徒はみんなわたしを見て「かわいい〜。」等といい、わたしに触ってくる。会話をしたいのだがわたしの言語には全く応じてくれない。そして、みんな教室へと入っていく。わたしも入ろうとするのだが、いつも教師においだされる。どうもわたしを生徒と認めたくないらしい。しかし、心優しいある教師はわたしを丁重にもてなしてくれる。「毎日えらいね〜。どうぞ、どうぞ。」生徒も笑顔でわたしをむかえてくれる。わたしはいつも授業が一番聞こえる所に座った。たまに授業中にわたしに消しゴムを投げてくる生徒もいたが、きにせず授業を聞いた。 終了のチャイムが鳴った。生徒は一斉に立ち上がり帰宅する。わたしもそれにつられるように帰路を歩く。帰りがけいつもの魚屋によった。「お!今日はいいのがあるよ、はい!」わたしは今晩のおかずもまたサバだと思い、家に持って帰ったがまだ母と父は帰って来てはいなかった。わたしは少し昼寝をしようと思い横になった。空がだんだん暗くなってきた。わたしはそのことに気づくこともなく熟睡していた。そして、ついに夜がきた。今は何時だろう、もういい加減に帰ってきてもいいころだ。わたしが立ち上がろうとしたその瞬間、わたしの目の前に信じられない光景がつきささった。父が血だらけの母をくわえて帰ってきたのだ。「母さんは・・・、車にひかれて・・・」わたしはこの状況をのみこめず、時間がとまったように感じた。「父さんがいながら・・・・・、すまない・・。」そこに通りかかる人間たちが哀れんだ目で見ていた。わたしは今までにないような涙があふれでた。「ニャーニャー!!!!!!」
※作者付記: 実はホラーが僕の専門です。
また蛸のウィンナーが入っている。あんだけお母さんにお弁当のおかずに、コレを入れるのを止めてくれと言ったのにまた入っている。もうワタシは高校生なんだからこんなお子様ランチみたいなお弁当で喜ばないっつうの! 以前に友人の佳子から「由美のお弁当ってかわいらしいよね。今時蛸のウィンナーがはいているお弁当なんて珍しいわ」と言われた時にワタシの顔は、それこそ蛸のように真っ赤になっていた。結構そういう小さなことでプライドが傷つくお年頃と言うか、人間として器が小さいと言うか...。だいたい蛸は八本足でワタシのお弁当に入っている蛸は、四本足なところからして気に食わない。蛸じゃないじゃん! ワタシはお母さんへのお無言の抗議として、あえて蛸のウィンナーだけ残して蓋を閉じようとしている時だった。「待ってください!あっしだけ残すなんてあまりにも酷じゃないですか!」 佳子に、いま何か話しかけたかとワタシは尋ねる。怪訝そうな顔をしながら首を横に振るのを見て、空耳だということで勝手に納得する。再び弁当箱をしまおうとする。「あっしはここですよ。なんでこんないじめを僕にするんですか?何がいけないんすか?そんなに蛸が嫌いっすか?ここで食べてもらわれなかったらあっしの存在意義はどこにあるんすか?」 蛸がしゃべっている。左右を確認する。この声はワタシにしか聞こえていないらしい。良かった。こんなことで変人扱いされたら明日か登校拒否だわ。お嫁にも行けない。「もっと平等に扱ってくださいよ。ほら、諭吉さんも言ってるじゃないすか、天は人の上になんとやらとか...」 いい加減うざいから、脳天から箸を突き刺してやった。第一あんたは人でも無ければ蛸でもないでしょ。あなたは豚肉の腸詰め、そうよ豚よ!箸にさされて身悶えしているソレに向かって心の中で呟く。 そして、しょうがないので口に入れた。 悔しいかな、結構おいしかった。
※作者付記: 初投稿ですよろしくお願いします。
少し興奮気味の私は明かりを点け、机に向かった。 この机に触れるのは何年ぶりだろうか。 引き出しを開けると、一枚の紙が出てきた。昔の物の所為か少しばかり茶色がかっている。 『深山秀明』と記されている。どうやら私が子供の頃に書いた日記の切れ端のようだ。 しかし、私にはその記憶はない。 確かに昔の記憶は塗り替えられていくものだが、これ程までに思い出せないということはなかった。 日記自体、書いていたという憶えがないのだ。 紙を手に取り、読んでみる――。 7月7日(火曜日) 今日はボクの9歳の誕生日。 お母さんを殺した。 たおれたお母さんを、ゆかの下にかくした。 お母さんは笑ってた。 なんでだろう。お母さんが嫌いだったわけでもない。 なんで殺したんだろう。 お父さんとお姉ちゃんがいなくなって、お母さんがおかしくなった。 ボクもおかしくなった。 けっきょく、答えはかんたんだった。 ボクたちは、おかしかったんだ。 私はその日記の切れ端を読み終わると、異様な感覚に捉われていた。 九歳と明記されているから、これが書かれたのは十五年前。こんなことを信じられる訳がない。仮に事実だとして、この十五年間私が見てきた『母』は誰なのか。 幽霊? それとも幻影だろうか? いや、そんなことよりも不可思議なのは、何故九歳の私が七月七日である今日、母を殺すことを知り得たのかということだ。 ――そう、今日私は母を殺した。 台所に置いてあった包丁で何度も刺した。 流れ出た血液を見ても何とも思わなかった。 それもその筈だ。私はこの女を心底憎んでいたのだから。 父と姉を殺した犯人は、母だった。 真実を知ったのは昨日。二十年もの間、私はその事実を知らずにこの女と暮らしてきたかと思うと、母に対して憎悪を抱いた。 夜が明けると幾分か冷静になっていたが、普段通りに振舞っていた自分に対して憤りを感じ、母を刺した。 この日記は確かに十五年前に書かれたものだ。現在は販売されていないノートを使用している。 今日、母を殺すのだと十五年前の私は予知していたのだろうか? 私は冷たくなった死体を床下に隠す。 死体隠蔽というのは、容疑から逃れようとしている行動なのか、それとも『予知』に導かれての行動なのか。私には分からない。 そして死体の顔を見て、底知れぬ恐怖を感じた。 既に死後硬直が始まっている母の死体は――微笑んでいたのだ。
「ねえねえ、昨日のテレビ観た?まじうけるよね」「ちょっと、みんな、聞いて聞いて!4組の安来と5組のほのか付き合ってるんだって!」「昨日ね、3年の山崎が南高2年の武本って奴と喧嘩したんだって!」友達がいつもこんな会話をしている最中、私は一人、行き詰まってしまう。だって私はその話の内容に別に関心が無くて言われても感想を述べれないからだ。そして感想を言わなければ、友達は「はぁ?何よその反応。あんた何も感じないの?楽しくな」と私に言い放ち、軽蔑しおまけに時間がかかるにつれ無視される。楽しくな・・・あんたと話しても・・・そう言われるのももう慣れた。いつものことだ。でもそう言われ続けているうちに私は一人になってしまった友達を無くしたしかし闇の中では、そんなことはない学校から帰ってすぐ、部屋に入り自分のノートパソコンの電源を入れる。インターネットに接続し、「暴露チャット」というサイトに向かう。そもそもチャットというものはネット上見知らずの人たちと通信会話できるという、今話題のお喋り広場。相手が書き込みした内容に、返事を返す。いわゆるその繰り返しだ。これがたまらなく面白い。彩>>何歳?あおい>>14!彩>>じゃあタメだね!あおい>>早速友達になろうよ!ここでは年齢も性別も本当かどうか分からない。しかしこのようにネット上でも友達と呼べる親しい関係を造ることが出来る。ちなみに私の仮の名は「あおい」だ。盛夏>>俺はお前と話してるとむかむかするんだよなあおい>>なんでよー盛夏>>うざいんだよ そういうぶりっ子盛夏>>お前 友達いないだろ?時たま、こういう人ともネットお喋りすることがある。友達いないだろという言葉を聞くと、気分が悪くなる。こういう場合、私は一息つき、盛夏という相手に思い切り自分のストレスをぶつける。あおい>>ふざけんなよ盛夏>>んだよ ぶりぶりあおい>>クソが あんたでしょ友達が居ないのは この糞オタク男!盛夏>>・・・逝けよ―――「あっ」ぷつん、という音と同時に、パソコンの光がいきなり無くなり、部屋は暗くなった。こわれた?チャットをし始めてもう半年経った頃だ。今ではチャットというより日々の生活のストレスを訴えるものと化している。それきり、パソコンはびくともせず、光を失い、私はどうすればいいのか分からなかった。―――チャットが出来なくなった。私には暗闇しか残されていない。一体・・・どうすればいいの?
不意に右の手の甲に痛みを覚えて俺は目を醒ました。見ると、得体の知れない芋虫が身をよじりながら俺の皮膚を喰いちぎっている。俺は気色悪くなって嫌悪感を爪で引っ掻いた。輪ゴムを千切るような感触がして芋虫の首から下がもげたが、それでもまだ喰らいついてくる。何度か壁に叩きつけると、芋虫は漸く、ぼろっと床に落ちて動かなくなった。 背筋に悪寒が走る。俺は昔から昆虫が大嫌いだった。視界に入るだけで嫌悪感を覚えた。手に残る厭な感触は早めに忘れてしまおうと思い、俺は洗面所に向かった。そこで俺は鏡越しの俺に違和感を感じた。俺の眼球を除く顔面は全て、先程の芋虫でびっしりと覆われていたのだ。モヤシのような白い芋虫がくねくねと暴れている。 きっと寝ぼけているのだ。しかし何度顔を洗っても芋虫は消えなかった。堪らなくなって俺は鏡に背を向けた。顔面が燃えるように熱い。きっと芋虫が皮膚を喰いちぎっているのだ。しかし何故こんな事になったのか。勿論俺の幻覚には違いない。問題は何故俺がこのような幻覚を見るかという事だが、不意に俺は多嶋沙織の件を思い出した。 昨日俺は多嶋沙織に告白した。だが、彼女は聞こえないふりをして立ち去ろうとした。その華奢な背中に俺は、返事は後日でいいから、と怒鳴りつけた。あれは失態だった。返事を聞くまで苦悶の日々を送らねばならないのは必至である。まあ、全ての女性から気色悪いと貶されている俺だから、多嶋沙織が好い返事をしてくれない事は判っているのだが。 そういった不安の感情が、幼少時からの恐怖の代名詞である芋虫と混ざって俺の顔面に現れた。そう考えるのが妥当だろうか。そこに来て俺は、ある事に気付いた。今まで俺は何故女子に気色悪いと侮蔑されるのか解らなかったが、彼女達から見れば俺はこの芋虫のようなもので、痩躯で猫背の俺は他人から見れば気色悪いのだろう。虫に気遣いする者は無く、彼女達は率直に気色悪いと口にするのだ。では俺はこの顔面にびっしり喰らいついている芋虫と同類という事だが、一寸の虫にも五分の魂と言うし、それも悪くない気がした。俺は虫だと解った今なら顔面の芋虫たちにも愛着が湧くかもしれない。俺は決心してもう一度鏡と向き合った。 芋虫は消えていた。代わりに、ちりめんじゃこ大の多嶋沙織が俺の顔面にみっちりとつまって身を捩じっていた。「あんたも虫か。五分の魂か」 多嶋沙織とは仲良くなれそうだ。
そういえば、電車に乗ると、いつもドア角に立っている。私はドア角が好きなのだ。すごく、すごく、ホッとする。私の空間。ドア角は、隣の人の膝を気にすることは無い。老人が来ても、譲るのか、譲らないのか、ウジウジすることも無い。ゆれてもカドにもたれているから安心。そして、いつも季節を感じることが出来る。春になると、開いたドアから吹いてくる、新学期の、初々しくて、恥ずかしいにおいを嗅げる。夏になると、ホッペを冷た〜いドアにくっつけてみる。するとヒヤッとして、背筋がちぢみ上がる。それが気持ちいい。秋になると、夕日が絶品。少し、悲しくて、切なくて、懐かしい。それらが何よりもいとしい。冬になると、温度差で曇ったドアのガラスに、あなたのイニシャルを書くことができる。書いては消して。書いては消して。キュッキュッキュガラスに描くと、近くに感じる。私は今、電車の角に立っています。まだ、あなたを忘れられません。
この狭い新幹線の座席に一体どうやって傘を置いたらいいんだろう。 滅多にない出張の朝に限ってどしゃ降りの雨。駅に着く前に、髪のセットもパンツスーツもめちゃめちゃだった。 出発直前、慌てて掴んだ傘は一番のお気に入り。どうしても床には置きたくないのに、どこに立てかけても転がってしまう。狭い座席の前に立って、一分は傘と格闘しただろうか。前席の網に引っ掛け、自分に向けて斜めに立てかけると、何とか傘は大人しくなった。 窓側席に座るキャリアウーマン風の女性が私をちらちらと見ていた。高級そうなスーツも、しゃきっと揃ったショートカットの髪も、雨粒一つついてない。私は小さなハンカチで、できる限りスーツの水滴を拭くと、なるべく通路側の肘掛にぴったりくっついて座った。 キャリアウーマンはノートパソコンを広げた。仕事開始のようだ。綺麗な赤いネイルがなめらかにキーボードの上を踊っている。 私はコンビニのサンドイッチを広げた。やっと朝食だ。乾いた安いパンの屑が、ぽろぽろ膝に落ちる。私は、ちまちま一粒ずつパン屑を拾い、小さなコンビニ袋の中にはらった。 何か冷たいと思ったら、傘と自分の脛が仲良くぴったり寄り添っていた。 本当に最悪。主任め。自分で行けばいいのに。下っ端だと思ってこき使うんだから。 静岡県を抜ける頃には空も明るくなってきた。湿っぽいスーツがますます疎ましい。 間もなく名古屋、というアナウンスに、隣席の彼女はノートパソコンを閉じた。 すっと立ち上がった彼女のスーツケースが、飲む気になれず置いてあったコーヒーのカップを引っ掛けた。私の膝の上に茶色のしみが広がってゆく。「すみまセン、申スわげネエ」 彼女はお洒落で高そうなハンカチを出した。懸命に拭いてくれてるのに、私は呆然。「やだ」 彼女は色白の頬を真っ赤に染めた。「今私訛ってたでしょ? 気をつけてるんだけど、あわてるとつい、ね」 照れて笑う彼女は思ったより若かった。「まだ訛っテる?」「まだ訛っテマス」 私もつられてしまった。二人で顔を見合わせて笑う。「もっと練習せねばだめだナ」 彼女は名古屋駅で降りて行った。 お詫びにどうぞ、とくれた餅菓子を口にする。子どもの時から大好きで、やめられないの、と彼女は無邪気に笑っていた。素朴な甘さに思わず頬が弛んだ。 ようやく乾いてきた淡い桃色の傘は今、彼女の香りが残る窓側の席に寄りかかってくつろいでいる。
ある海で、水死体であがった男性がいた。それが今回の物語の主人公ある。男の子の水死体は、なぜか笑顔で苦しんだ様子がなく。親指と人差し指を重ねながら死んでおり、警察もこの意味をわかる者は誰もいなかった。 「嵐と指」 その男の子は、友達と3人でサーフィングをしようと、海に出ていた。男の子は毎日のように友達と海や遊びで家には帰っていなかった、親はそのことでずっと心配をしていた。その晩も、男の子は家にかえったものの親父とはいっさい口をきかないで自分の部屋から出ていった。親父は一言「ただいま、ぐらい言いなさい」っと言った。しかし、男の子はそれを無視した。母親はそれを見て、玄関まで行った。「明日は帰ってくるの?ご飯はいるの?」男の子は、無視をした。まったく親はうざいとしか思ってない。そして、男の子は靴を履いてなにも言わずに玄関を後にした。朝方になり、友人と三人で海に出た。昼ぐらいになると。友人の一人が具合が悪くなり、もう一人の友人と共に海からあがり、男の子一人で海に居た。その時は、調度嵐が来ており、サーファーにとっては都合のよい波になっていた。しかし、浜辺では「遊泳禁止」が出され、サーファーは次々に海を出ていた。男の子もそれに気づいたが、泳ぎ続けた。それが死への道だともこの時は気づかなかった。嵐はあっという間に、海を荒くした。男の子がやばいと思った時には遅かった。どちらが、上か下かも区別がつかなかった。男の子はこの時すでに、自分の死を悟った。それよりも、こんな時に限って自分がうざいとまで思った、親の顔が浮かんできた。「親父にただいまって言いそびれたなぁ〜。ごめんな」「お母さん、俺やっぱ明日帰れそうもないや。飯は食えない。ごめんな」彼は、最後にそれを伝えたくて。親指と人差し指を重ねた。親指と人差し指か。小学生みたいだな・・っと笑いながら。目を閉じて彼は暗闇の海に沈んでいった。すると、暗闇から声が聞こえた。それは友達の声だった・・頭がぼーっとしていたが、はっきり友達の声だった。男の子はゆっくりと目を開けると、目の前には信号が見えていた。「おい、海についたぞ!起きろよ!」友達が男の子を起こすところだった。(そっか、俺夢見てたんだ)男の子は、5分ぐらいずっと黙りこんでいた。そして。「俺、やっぱ家に帰るわ!」「親父とおふくろにただいまって言わなきゃ」