「ん〜今日もいい天気だなぁ」その女性は寝転びながら空を仰いで呟いていた「先輩、また昼寝ですか」その様子にため息をこぼし少年は言った「シャラップ!私の側にいきなり現れない!それと今現在、時は夕刻を差しているわ」振り向き様鼻先に指をつきつけ先輩は叫んだ「だからなんなんです」うんざりという口調で返事をする「分かんないの!?昼というには遅すぎるこの時間を!」見上げると空は赤く染まっている、なんとも幻想的だしかしさっきまでは青く澄み渡っていたと思うが「訂正します。またサボりですか」「ノンノン、時間の有効利用と言って頂戴」寝そべる先輩を見下ろす「ちょっと、ため息はやめてよ」自分でも無意識に出てしまっていた事には気付いたが謝るのが癪に触った「先輩こそ研究サボって進入禁止の柵越えるのやめてくれませんか」「何言ってんのよ、ほらここ『一般人は』って書いてあるでしょ」先輩は警告の書かれた看版を指差している「先輩は一般人ですが」「なっ何を言い出すのこの子は!?」「別にあなたの子ではないのですが」「お黙り!この私が一般ピープルと同一視されているとでも言うの!」「限りなくそのとうりです」言ってやったがそれでも理解してくれないようだ「道行く人々は私の偉業に賞賛と尊望の眼差しを向けているというのに」「先輩今まで何かしましたか?」「駅前でやってた早食いで賞金かっさらってきたわ」「先輩も科学者の端くれなんですから」思わずため息をこぼしてしまうが先輩は気付かなかったようだ「端くれとは随分ね、でもま、いーのよ人生で一回大事ができりゃそれで十分」「……まぁ僕は先輩の支えって立場で十分ですけどね」「ん?今なんか言った」あまりにも小声だったので聞き取れなかったらしい「いえ、なんでも」僕に先輩のような大きな声は出せそうもないな「こりゃ明日は快晴だねぇ」先輩は夕日に向き直ってその日差しを一身に受けている風になびく髪に少し見とれてしまった「そろそろ帰らないと風邪引きますよ」「私の辞書に不可能という文字は無い!」また訳のわからないこと言い出して「今日の夕食は何にしましょうか」「きつねうどん!カップ麺だったらしばくから」ほら夕食という単語にはすぐに反応する「そいじゃあうどんとお揚げ買って帰るとするか〜」こっちからの提案には絶対に乗らないんだから夕闇に染まる帰り道、お揚げを入れた袋をぶら下げ、きっと幸せを感じていたのだろう
※作者付記: 初投稿ということで……あしからず。
「暑い〜。」その声と同時に、Tシャツが、扇風機の唸る居間の中を舞った。 私はあまり、人目を気にしない、特に家族の前では、パンツ一枚で、家の中を歩き回れるほど、気にしない。 まだ、小学五年生だし、人によっては、親と一緒にお風呂に入る子もいるって言うし。 私もまだ、お父さんと一緒にお風呂に入る時もあるし・・・・。 だって恥ずかしくないんだから。 でも、そんなわたしにも、この夏、変化がおきた。 「あっ・・・・・・。」夕方、お風呂場に響く、小さい呟き、浴槽のふちに腰掛けたまま、頭を下げ、自分の下腹部を見た。 「毛が生えてる。」 いままで何も無かった、なだらかな丘に、ほんの少しだけ、薄っすらと、毛が生えていた。 私は、それを珍しいものでも見るように、まじまじと見てから、今度は指で触って、観察してみる。 シャワ―を止めた浴室は、静かに湿った空気を漂わせていた。 自分の呼吸の音と、動かす指の音、じんわりと匂う汗の匂いに、むせかえる湿気、水気を帯びた髪の毛が、ペタペタと、背中や額に張りつく。 バランス釜を置いた、縦長の狭い浴室、 独り黙々と下半身を、触る少女、「エロイ空間」だと、意味なくワクワクしながら、私は思った。 シャクッ乾いた喉に冷たい感覚、長湯をし、のぼせた頭には、程よく気持ち良い刺激。 木のサジで、オレンジのシャ―ベットをすくい、口に運ぶ。テレビのナイタ―の音をバックにさっきの光景が、頭の中に薄っすらと浮かぶ、頬っぺたが熱くなる、シャ―ベットをかき込んだ。 セミの窒息寸前の鳴き声、揺れる車道、ダンプの跳ねる音までもが、この金網とすだれを隔てた、オアシスからは、心地良いBGMとして聞こえる。 私は、仰向けになり、空を見上げた、夏の白い日差し、耳からは、水中のパチパチとした音が聞こえる。 ふと、プ―ルサイドには、女子が、ふたり仲良く、この暑いのに、密着しながら、体育着で座っている。 冷やかしで、見学した理由を聞こうとする、男子を、顔を真っ赤にしながら、追っ払っていた。 自分も、少ししたら、あそこに座るのかな?そんなことを考えながら、水の中を漂う。 暑い日差しが顔を焼く、頭がボ〜ッとする、でも背中の方は冷たくて、水の音に耳を澄ませる。 ゴフッ!・・・・・・思いきり、鼻から水を、吸いこんでしまった。 成長する体、でも、心の中は、何処か取り残されて、毛が生え、胸もお尻も少しだけど、膨らみ始めた、サイズ違いの身体。 頭は、子どもなのに、身体はどんどん大人になる、サイズ違いの私。 そんなことを考えながら、今日もお風呂に入る、剃ったら濃くなるのかな?。
※作者付記: ほのぼのちょいエッチな、物を書こうとしたら、なんか少し路線を外れてしまいました。
私の母は、何か一つでも出来ないコトがあると、決まってこう言う。「やれば出来る子なのにねぇ…」 この言葉は私にとっての呪いだ。「やれば出来る子」ってことは、「やらなければ出来ない子」ってことじゃないのか? それとも「やってるけど、本当はもっと出来る子」って意味なのか? 私は呪いをかけられるたびに、このことを考えてしまって、結局出来るコトも出来なくなってしまうことが多い。「はぁ〜」 私は今朝も呪いをかけられ、ため息をつきながら学校に登校していた。頭の中では「出来る」「出来ない」がグルグル回っている。「はぁ〜」 ため息をつくと幸せが逃げるなんて言うが、幸せと同時にこの考えも逃げてくれないだろうか…。 そんなコトを考えていると、後ろから声をかけられた。「おっはよ」 声をかけてきたのは、同じクラスの鈴木君だ。「あ、おはよ…」 鈴木君は首をかしげながら尋ねてきた。「あれ? どうした、朝から元気ないねぇ」 鈴木君はクラスでも目立つ方ではないが、誰にでも対等に接してくる、いわゆる世話好きってヤツだ。「うん…ちょっとね…」 内容を話そうかと思ったが、話したところでどうにかなるわけじゃない。私はそのまま俯きながら歩いていると、「お金以外の相談なら聞くよ」 と鈴木君が言ってきた。 私は鈴木君の顔を見て、ため息が出そうになったが、それを呑みこんで代わりに言葉を出した。「私ってさ、出来ない子かなぁ…?」 歩くのを止めず私は言った。 唐突にこんなコトを言われても困るのはわかっているけれど、この言葉とため息以外、今の私からは出てこない。「出来ないって…何が?」 鈴木君はこんな言葉にも、丁寧に返事してきた。「……イロイロ」 あぁ。私はバカか? これじゃ答えになってない。だから「出来ない子」なんだ。私がまたため息をつこうとしたら、鈴木君がため息より先に言った。「笑えば?」 私はため息を忘れ、鈴木君の顔を見た。鈴木君はなぜか笑顔だ。「笑うコトぐらい出来るでしょ?」 そう言われ、私はつられて笑顔を作った。「ほら、とりあえず笑顔は出来た」 その瞬間、私の頭の中で回っていたモノがふっと消えた。まるでガムと一緒にチョコを食べてしまったかのように。「笑顔の方が可愛いよ」 そう言って、鈴木君は前にいる男の子の方に行ってしまった。 しくじった。せっかく呪いが消えたのに、別の呪いが頭の中を回ってしまうじゃないか…。
立ち並ぶビル。大都会の喧噪。 ふと甘い香りが僕の鼻腔をついた。 その覚えのあるにおいに誘われて、大阪で過ごした僕の幼少期のことを思い出す。まるで押し入れの奥にずっと忘れ去られたおもちゃ箱のような想い出が、ふとよみがえる。 ぼくの手にはクチナシの花が残った。 少女の胸にはテディベアが抱えられていた。 少女の姿はどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなった。 視界から消えてもぼくはしばらく見送り続けた。 こうしてぼくの初恋は終わった。 隣に住んでいた幼なじみの女の子が引っ越ししてしまう。告げられた突然の別れに、まだ幼いぼくはとまどった。 欲しいといってたテディベアをプレゼントしようと決めた。 しかし、手に入れるまでにはトラブル続きでけっこう大変だった。 貯金箱片手にまだ補助輪の付いたチャリンコで、隣町のデパートのおもちゃ売り場めざしてすっ飛ばした。チャリンコで行くには少し距離があったが、その時のぼくにはそんなことは関係なかった。 途中になん度も道に迷った。 その度に通りすがりの人に教えてもらった。 途中になん度もおなかが鳴った。 その度に貯金箱のお金を使いそうになったが我慢した。 途中にチャリンコのチェーンが外れてしまった。 しょうがないから、チャリンコを置いて歩いていった。 貯金箱片手に歩いていった。 ようやくおもちゃ売り場に辿り着いたものの、貯金箱の中身ではお金が足りずレジのお姉さんを困らせてしまった。 たしかその時は、泣きじゃくるぼくを見るに見かねてか後ろに並んでいたおばあさんが、足りない分を払ってくれた。 ぼくはなん度もお礼を言った。見ず知らずの人のやさしさに触れてよけいに涙がとまらなかった。 そうして手に入れたテディベアを少女はとても喜んで受け取ってくれた。 少女は、「わたしのことをわすれないでね」と泣きながら言った。 ぼくは、「つぎにあったらけっこんしようね」と照れながら言った。 考えてみればそれは、人生初めての告白だった。 結局、プロポーズの返事はもらえなかった。ただ少女は、クチナシの花を僕にくれた。 甘く優しい香りがした。 クチナシの花言葉のひとつに「わたしは、とても幸せでした」というのがあるということを知ったのはそれからずいぶんも後のことである。 今ではもう少女の名前がなんだったかも思い出せない。 ただ、想い出は今も僕の中で鮮やかに存在し続けている。「クチナシの花がお好きなんですか?」 長い黒髪が印象的な女性の店員さんが尋ねてきた。 高層ビル街にポツンとある花屋さん。その店頭に飾られた白く可憐な花。 甘い香りの想い出の花。 ずっと眺めていると、なかなか出口が見えない苦労続きの就職活動も、もう少しがんばれそうな気がしてくる。「これひとつ、ください」
彼女の声が聞こえる。小説の世界から引き戻され、パソコンを閉じる。ご飯だよ、と声が告げる。「いただきます。」静かな食卓。目の前には彼女。私は、幸せだった。「先生。今度書いてる作品はどんなストーリーなんですか?」「ん〜、内緒。」「え〜、教えてくださいよ〜。」残念そうな彼女の顔。でもそのすぐ後に笑う。輝くような笑顔だ。「いいもん。発売されたら買っちゃうから。」そう言って自分で作った料理をほおばり始める。 こんなこといえるわけない。言えるはずが無い。なぜならば、今書いてる作品は彼女と私のことを書いたものだから。そして、私の思いが詰まったものだから。 私の口からは言うことが出来ない。恥ずかしい、とでもいうのだろうか。でも、正直に言えば伝わってほしくない。この生活が、この幸せなひと時が壊れてしまいそうだから。 私は縁側に座っていた。のんびりとお茶を飲んでいた。その手は、震えていた。今日があの本の発売日だから。昨日彼女は並んででも買う、そう言っていた。見てほしい。見てほしくない。気づいて。気づかないで。そんな相反する思いが私の心の中をめぐっていた。「先生。」いつの間に帰ってきたのだろうか、彼女は私のすぐ後ろにいた。「あの、本…読みました。」「……そうか。」どういえばいい。どういえばこの生活を崩さなくて済む。「あ、あれはその。小説は小説だ。…私は、別に、君のことなんて……。」くだらないいいわけだ。こんな馬鹿な言い訳が通じるわけが無い。そんなことはわかっている。わかっているのに…言わずにはいられなかった。「嘘、下手ですね。」かすれた声が聞こえた。振り向くと、彼女の瞳には涙がたまっていた。顔は、笑っていた。 それから彼女は私を「巧さん」と呼び、私は彼女を「薺」と呼ぶようになった。 「作品(もの)」は、題名を変えた。「薺(ナズナ)」と。
※作者付記: 初投稿になります辻凪 葵というものです。1000字ということで、結構微妙なところできらなければなりませんでしたが、まぁなんとか収まりました。この話作品(もの)は、思いついたことをそのまま書いています。多分ラブストーリー・・・かな?巧(こう)さんは小説家さんです。そして薺(なずな)さんは同居しているだけの人・・・だと思います(ぉぃ小説家さんの思いの伝え方ってどういうものなのだろうなぁと思い、こんな作品が生まれました。人に読まれると思っただけで現在どきどきの状態。あまり人に小説などを見せないものですから^^;また来月、参加してみたいと思います。誰かが読んでくださることを願って・・・
特注の電動車椅子を駆る、体重が四十キロにも満たない26才の幸樹君は、小説を書いている。「うあうあう」 幸樹君は脳性小児マヒで、言語障害がひどい。母音だけでは伝わらないかもしれないが、その表情から傑作が出来たことが僕にはわかった。 しかし、ワープロで打ちだされた物語はいつものように、自分の身の回りの人を題材にした他愛のないものだった。「なに、幸樹くんまた小説書いたの?」 僕の広げるA4コピー用紙を横から、幾原さんが覗いた。車椅子の上で幸樹君が恥ずかしそうにわめいた。幾原さんはこの介護事務所では唯一、十代の女性ヘルパーさんだ。故によく彼の小説のネタになっている。当然ベットシーンだってある。「こんなんじゃあたし、濡れないよ」 笑って答える彼女はかなり遊んでいると思う。 とうとう、幸樹君は恋をした。「ああうあう」 母音では伝わらないかもしれないが、その表情から本気だということが僕にはわかる。無論、相手は幾原さんだ。 いつものように介護事務所で談笑している幾原さんに幸樹君が直接、自分の小説を手渡した。しかし、ポルノ小説を身近な人で書き、かつ、そのモデル本人に渡すとは。幾ら障害者でもモラルってもんがないのか。「ごめんね、由子ちゃん」 結局、僕が代わりに謝って事無きを得たかに思われた。 僕はこんこんと幸樹君に説教した。「だからね。好きになるってのはこっちのエゴなの。だから押しつけちゃいけないの。相手に自分のことを好きになってもらうようにしないと。なんでポルノ小説なんか渡すの?」「うひゃー」 幸樹君はふざけているのではない。僕にはわかる。彼が高音を出すのは非常に怒っているという表現だ。だが僕もプロだ。じゃあ、どうすればいいんだ! と言っている気がした。が、そんなの僕にわかるはずない。ない知恵をしぼる。ポクポク…チーン! 結果、彼は僕の言うとおりにした。 最近、よく街で幾原さんと幸樹君を見かける。デートしている。少なくとも幸樹君はそう思っている。 僕は幸樹君に彼女をヘルパーとして雇え、と言ったのだ。個人で、自腹で。それが一番確実な方法に思われた。 数年後、二人は結婚した。「正直、僕は好奇の目で見ていました」 恋のキューピットとして、結婚式のスピーチを任された僕は思わずうめいた。式場を笑いが包んだ。が、そのまた数年後、二人は離婚する。 とまあ、そんな物語を書いて、僕をからかうのだ。
8年前に茅ヶ崎駅北口のロータリーで自転車を盗まれた。そのときは「ツイてねぇ」と思っただけだった。その自転車は今でも見付かっていない。その自転車盗難から5日後に、半年間付き合った彼女と別れた。「もっと強い人だと思ってた」というのが薄ピンク色の唇からコボレタ最後の言葉。その別れた場所は、またもや茅ヶ崎駅北口。そのときに気付いた。「この場所は俺にとって運気最悪な場所なんじゃないか」ぎこちなく走り周るタクシーとかドカンと急に建ちあがったマンションとか何か急かし始めてきた雰囲気が俺にとっては気に喰わなかったからこの場所と自分の相性の悪さに納得するしか他なかった。でも今日は違った。サユキと待ち合わせることになった。8年前に別れてからサユキは別の男と付き合い、俺もその1年後に年上の女と付き合った。俺はサユキと同じ高校で同じクラスだったから2年に1度ペースでケンジが幹事として開く同窓会で顔を合わせちゃサユキは楽しそうに「あんた、結婚するなら絶対年上が良いよ。あたし無理だったもん。でも良かったよね。お互い今じゃ、彼氏も彼女もいるし。どっちかが欠けてたら会い辛いし話し辛いよね。」と小顔を少しカシスで赤らめて笑いながら話してたけど俺はおまえと会えることは嬉しかったし、ノリが良く最近の話を聞かせられるのが辛かった。今年の正月にサユキから年賀状が届いて「結婚」の二文字がピンク色になってた。愕然とした。俺は頭の中が真っ白一色になって今年は最悪・と先ず考えてから落ち着いて読み返した。「結婚します! 式場は○○を予定・・」本当だった。誰とも話したくなくて年上の彼女とも会いたくなくなってきた。今思えばどこまで未熟者なんだと思うんだけど。それから挙式1ヶ月前、同窓会幹事役で結婚式二次会司会役のケンジから電話があった。「結婚式は中止。サユキの奴、婚約者と別れたって携帯にメール来たよ。 お前、なんか聞いてるか?」今度は愕然としなかった。ただ呆れた。「また同じことを繰り返してんのか。しかも結婚の段取りまでしておいて・・。 どうせ俺のときと同じような理由だろ。」でも理由は違った。サユキから会いたいと言われて俺はあえて場所を茅ヶ崎駅北口のカフェにした。半端な期待を抱いている俺といざとなったらアイツを始めて叱り飛ばしてやろうと思っている俺。茅ヶ崎駅北口が今度は俺をどうさせるのか。気になる。
※作者付記: 茅ヶ崎駅北口は10年前、僕のバイト先でした。書いた内容のことは無かったけどなんかエスパニックな雰囲気が漂ってました。今はどうだろう・・。久々に行ってみようかと思います。
トモダチ、幼馴染。俺たちを一言で言ったらそんな感じなんだろうな。中学まではショートだったのに髪の毛伸ばし始めやがって。けっこう似合うな、とか正直思ったけどな。そんなこと口が裂けても言えるはずが無くて、『なぁに色気づいてんだよ。』って言ったら、『うっさい。別にお前のためにやってんじゃないし。』なんて、憎たらしい顔で返されちまった。おまけにゲンコツが一発。「俺のため」なんて、はじめから思ってねぇよ。俺はそんなにお幸せな男じゃない。そんな事、ガキの頃からの付き合いなんだから気づけよな。同じ保育園、小・中学校。それから高校まで一緒になるとは正直思ってなかった。ガキの頃からがさつで、乱暴で、口がめちゃめちゃ悪い女だった。それでも俺だけにたまぁにみせる笑顔とか、鼻歌歌いながら帰るとことかが妙に綺麗に見えたんだ。今思えば、このまま幼馴染のまんまなんて虫がいい話だったかもな。『ねー、タカアキ。』『なんだよ。』もうガキのころからの習慣になってる【一緒に下校】は、軽い一言で終わっちまった。『もう一緒に帰んのやめよっか。』『あぁ?』『だってみんなに誤解されんのやなんだもん。なんかガキのころからの習慣みたくなってるけど。』『みんなってお前・・・一番はコレだろ?』俺は笑いながら親指をぐっとたてて見せた。そう、なんの違和感もなく笑いながら。『へへへ、ばれてたか。タカアキにはなんでもばれちゃうね。』ガキの頃からかわらない、すこし歯をみせて笑うお前の前で俺は、ただただ笑ってこう言うしかなかった。『ったりまえだろ。何年付き合ってると思ってんだ。だてに幼馴染やってねぇよ。』そうだ、だてに幼馴染やってるわけじゃない。お前のいいとこも悪いとこも、可愛いトコも、綺麗なトコも。ずっと見てきた俺だから。『で、告るんか?』ずっと見てきた俺だから。『・・・うん。』ずっと見ていた俺だから。『・・・がんばれよ。』涙が出そうだったが、ここはこらえなくてはいけない。だって俺たちを一言で言ったら トモダチ、幼馴染そう多分、昔も今もこれからも。
※作者付記: 初投稿で緊張しています。読んでくだされば幸いです。
野原に穴がぽっかりと空いている。子供たちが楽しそうにその穴に飛び降りている。次から次へと飛び降りる。危ないよ、声を出そうとした瞬間、五百メートルほど離れた丘の上から子供たちの黄色い歓声が聞こえて来た。丘の上で子供たちが穴から飛び上がってきているのだ。えっ?どうなっているの?私は、昔見た銀行のエアシューターを思い出していた。子供の頃、銀行の奥にあるのを見て近未来の漫画に出てくる透明の筒を行き来する丸いエレベーターを連想した。再びエアシューターを見たのは、同じサークルの男と行ったラブホテルだった。男はぶっきらぼうな声でフロントに退室を告げると、やがてスポンッという間抜けた音がして料金が書かれた紙がカプセルに入ってやって来た。そこには近未来は感じなかった。 私は子供たちが羨ましくなった。じっと見ている私に気が付いた子供たちは、「お姉ちゃんもやってみなよ」と誘ってくれた。仲間に入れてくれるらしい。私は子供たちにお礼を言って、一緒に順番待った。男の子二人が話をしている。「浩治は下へ行っちゃったな」「あいつとはもう会えないな」何のことか私にはわからなかった。順番が迫ってくる。みんな目をつぶって飛び込んでいく。男の子二人も嬉々とした顔をして飛び降りる。いよいよ私の番だ。私は、飛び込む瞬間にミニスカートを履いてきたことを後悔した。 スカートは捲れなかった。穴の中は無風なのだ。それに真っ暗だった。上も下も何もない。先に行った子供たちは全く見られない。遠くの方に明かりが見える。明かりの辺りで子供たちは、次々と上へ放り投げられている。きっとあそこが丘の上なのだろう。明かりに近づくと、黄色い歓声が聞こえて来た。間違いない。あそこが丘の穴だ。だんだんワクワクして来た。すると歓声に混じって叫び声が聞こえることに気がついた。よく見ると、明るく光ったその空間から下に真っ黒な闇が広がっている。闇は永遠に広がっているように見える。そこへ一人また一人と落ちていくのだ。落ちていく子供は泣き叫ぶ。手足をバタつかせて必死に浮かぼうともがいているように見える。無理だ。下へ落ちる子供はあっという間に吸い取られてしまう。どうしてあの子たちは吸い取られてしまうのだろう。私は?私はどちらへ行くの?しまった。私はいつも後悔する。優しい誘い、無邪気な笑顔。私はいつもそれに騙される。私はどちらへ行けるのだろう。
※作者付記: ちょっとSFぽくしてみました。
時は1943年、第二次世界大戦の真只中。ここはガダルカナル。そろそろ明日になる時間だ。佐藤一等兵は必死だった。道豪のように鳴り響く銃声。悲痛に叫ぶ仲間達。しかし、今しかない。敵の裏をかき、真後ろから攻撃を仕掛けている。前からは援軍が来る予定だ。挟み撃ちにしてやるのだ。名も知らない、隣の兵隊が話しかけてきた。「よう」「何でしょうか」「生きているか」「黙って撃ちましょう。今攻撃の手を緩めたら作戦が…」「終ったら、これ。吸おうぜ。」泥だらけで、到底吸えなそうなタバコをだして、兵隊は、にっこり笑った。「タバコは体に良くないですよ。」「死ぬ人間が健康気にしても意味ねーよ」「そうですね。一緒に、吸いたいですね。」そして、バケツをひっくり返したような銃声の雨は、激しさを増していった。「ドーン」しばらくして、背中から弾丸の音が聞こえてきた。さっき話しかけてきた名も知らない兵士が、隣で寝そべっている。隣で死んでいる。今の一発が命中したのだ。運が悪い。いや、当たり前のことか。雨なのに、濡れていない自分のほうがおかしいくらいだ。それにしても、挟み撃ちにあっていたのは、われわれのほうだった。きっと援軍も全滅だろう。とにかく生きよう。とにかく…もう少しだけ…挟み撃ち作戦は失敗し、日本兵は次々に森の中へ逃げていった。自分は残って隠れよう。飢えと体力の消耗でそう遠くへは逃げられない。身をかがめ、時がたつのを待つしかない。私も、いよいよかな。膝を見つめ始めてから、どのくらいの時間がたったことだろうか。あたりは静かになっていた。恐る恐るまわりを見渡すと、誰もいない。生きているものは、自分ひとり。傍らで虫に食われだしたさっきの兵士が目にはいった。こんな情景は慣れっこで、もう吐いたりもしない。しばらく見つめていると、兵隊の胸ポケットのラッキーストライクが目に入った。そうだ。タバコを吸おう。(カチン、ジュッポ)ジッポの音(ジリジリジリ)タバコに火がつく音スー……ハー気が抜けてゆく。自然にうなだれる。うまい。いつ振りだろう、こんなにうまいタバコは。煙で心がとけてゆく。モクモクと立ちのぼり、消えてゆく煙。見ていると、むなしい気持ちになった。今は煙がうらやましい。「パーン!」何か鳴った。銃声かな?でも、もういいや。そうだ。来世でも、タバコ、吸おう。スー…ハースー…ハーうまいな〜そして兵士は静かに、眠りについた。
男がこの無人島に来て数年が経つ。男は漁師だった。そもそもの発端は数年ぶりの大型熱帯低気圧。波は男を乗せた船をもてあそび、船は木の葉の様に舞った。男は夢中で船にしがみ付いた。気が付くと浜辺に打ち上げられていた。小さい島だが、果樹が生えている。潮が引けば岩場に魚が取れる。食糧に事欠くことは無かった。だが最近、一人の寂しさがストレスとなったのか、体調を崩している。「誰か助けに来てくれないものか」男は毎日を祈る様な気持ちで過ごしている。実際、通り掛かる船が無い訳ではないのだ。上空を飛行機が横切る事もある。しかし、誰も男を助け様としない。有る時など、小さな船が近づいてきた。男は必死に助けを叫んだが、拡声器で意味の分らない言葉を流してきた。すると脇から大きな船がやってきて、小さな船を追い払った。大きな船の人達は笑顔で手を振ると、去っていった。最初は希望を持っていた男も次第に気力を失っていった。男の容態は日に日に悪化し、やせ細っていった。もはや立ち上がって食糧を探す気力も無い。懐かしい両親や兄弟の笑顔が頭をよぎった。「もう一度、故郷の土を踏みたかった」男は泣いた。泣いて泣いて、薄れ行く意識の中に夢を見た。それはヘリが来て、降りてきたレスキュー隊員達が男を助け出すものだった。ヘリの爆音、男達の怒号は臨場感のあるものだった。目を覚ますと男は小奇麗な病室のベッドに居た。頬をつねるが夢ではないらしい。驚きと戸惑いの中で男は弱弱しく歓喜の雄叫びを挙げた。「俺は生きているんだ!」その言葉に呼応するが如くフラッシュがたかれ、大勢の記者団と、見覚えのある政府高官らしき人物が現れた。「無人島から生還したんだ。注目されて当然だ。」島での苦労話を用意する男に、記者達が口々に声を掛ける。「お疲れ様です」「島での生活はどうでしたか?」「有難うございました」― 有難うございました??そして高官らしき人物が賞状を取り出して読み上げる。「感謝状。貴方は我が国最南端の島に長年に渡り居住し、我が国の排他的経済水域の確保に貢献しました。ここに表彰します」高官は男に賞状を手渡しながら囁いた。「正直、隣国との領有権争いで貴方の存在は貴重でしたよ。あの島には人が住んで無かったし、島とは認めないとか言ってきてさ。住んでくれていて本当に有難う。」言い終わると高官はニヤりと笑った。
※作者付記: 架空の国の話です。政治的なものでは有りません。
一日の始まりはいつも決まっていた。携帯電話を手に持っては出会い系サイトを開く。そして、女の子の投稿を眺め、偽物か本物かを見極めてはメールを送っていた。始めのほうは業者にひっかかることもあったため、眠れない日々が続いたが、慣れてくると不思議なもので三日に一度はメル友が出来ていた。そんな当たり前の日々に飽きていたのかもしれない。僕は思わず女の子の名前で掲示板に投稿をしたのだ。「始めまして。春です。メル友を募集しています。」数分も経たない間に携帯はメールの着信を報せ、その後、一時間は鳴りやまなかった。こんなにも出会いを探している男達がいるのかと思うと、今まで自分でしてきたことが恥ずかしかったし返事がなかなか来なかったことも納得できた。似たようなメールのなかで誰に返信しようか悩んでいたが、少し真面目な文章を送って来た同い年の光と言う子に返信した。光からの返事はすぐには来なかったが、お風呂から上がって来たらメールが来ていた。「実は、メールするのが久しぶりだから緊張してます。光」あまりにも真面目な文章だったが、今思うと自分が最初にメールしてた頃がうぶだった気がして恥ずかしくなった。女の子を装ってメールするのは少し気持ち悪かったが普通のメールに飽きていた僕にとっては新鮮だった。当たり前のように繰り返されるメール。朝の挨拶からおやすみのメールまで何気ないやりとり。日にちを重ねるうちに男友達として、一番の友達にも思えてきた。しかし、僕は女性と偽ってメールをしているので心を開くことが出来ないでいた。 そんなある日、光から会わないかというメールが届いた。最初は躊躇したが、隠していても仕方ないし光ならわかってくれると思い、次の日曜日に会うことにした。何もない空白な時間はただただ緊張と罪悪感に追われ、逃げるところまで逃げると楽しみへと変わっていた。そして次の日曜日がくると、僕は一時間前から約束の場所に行き、光らしき男を探した。彼のメールだと、当日はピンクのシャツを着て行くと言っていたので、僕はビンクの男を探し続けた。しかし、待ち合わせの場所にはそれらしき人は現れないので、メールを送ってみた。 「今、どこにいますか?」「待ち合わせの場所にいます。光」辺りを見渡すと、そこにはピンクのシャツを着た女の子が立っていた。
十二月十八日、木曜日。 とある県立高校の期末試験、二日目の三教科目、英語。 開始を告げるチャイムと同時に、生徒が皆一斉に裏返しされた用紙をめくり、問題を問き始める。 シャープ・ペンシルの無機質な音のみが校内に響き渡る。そこにはいつもの学校には無い緊迫感が漂っていた。 その緊迫感の中で俺も問題を解いている最中である。 英語は得意教科だ。入学して二年、自慢であるが今迄85点以下は取ったことは無い。友達に先生の代わりに教えてやっている程だ。 俺は何の不安も無く出席番号と名前を書き込み、問題を解いていく。 テスト序盤は、簡単な発音問題なので皆円滑に解答を埋めてゆく。気の小さい人間なら皆の筆音に物怖じしてしまうだろう。まあ、自信がある俺は何とも思わないが。 テスト中盤。周りの生徒は少し悩み始めたか、シャープ・ペンシルを用紙に叩くリズムが遅くなってきている。 俺は周りのスピードダウンに優越感を感じながら、解答用紙にすらすらと解答を書き込む。どうやら今迄で最高の出来のようだ。他の教科も悪くない感触だし、このままいけば順位に期待がもてそうだ。 英作文の問題が終了して最後の問題。何やら復習問題と銘打ってある。「次の語句の反対のものを答えよ。」 何てこった― 今までに無いタイプの問題だ。 テスト勉強はいつもの出題パターンと思い、そんな勉強なんてしていない。いつも直前しか勉強しないものだから、知識の引き出しなんてものは皆無だ。 取り敢えず問題になっている語句を見てみると、反対の言葉どころか問題の単語の意味すら分からない。 余裕だったはずが一転、窮地に陥ってしまった。 それでも俺は、パニックになりながらも打開策を求めた。どうする、俺。―いっそカンニングしてしまおうか。―そんな度胸は俺には無い。―潔く諦め、白紙で提出しようか。―英語が得意と自分で認める以上、白紙はプライドが許さない。 もはや問題を解くより言い訳に近い考えになってしまった。時間も残り少ない。 結局、白紙を嫌って、とにかく俺なりに考えた答えを埋めた。 三日後、テストの答案が返ってきた。 答案を返却した英語教師の顔が憮然している。 結果は90点。例の反対の語句の問題意外は全問正解だった。 英語教師の表情の原因は、どうやら問題の語句の綴りを反対から書いたのをふざけていると取られたようだ。 俺なりに真剣に考えたのだがな。残念。
私の乗っているこの電車は、午後八時過ぎと言う時間帯のせいか比較的空いていた。この車両には立っている人はなく座っている人も他人とは十分に間隔を取って座っていた。現に私は出入り口の端っこに座っていて、隣の人との間には三人は座れる余地がある。 ある駅で何人かの乗り降りがあり、時間帯から予想される二人組みの酔っ払いも乗り込んできた。声高の話し振りからかなり酔っているのは判った。身なりと言うか着ている服は古い洋画などで見かける横じまの囚人服を連想させる派手な服装であった、服装からはどんな仕事か判断し兼ねるいでたちであるが、酔って暴れるような酔眼朦朧、血走った目つきではないがそれでも係わりたくはなかった。 いやな予感はよく当たるもので、隣に座らなければ良いがと思っているのを見透かしたようにまっすぐに私の隣へ乱暴に腰掛け、今まで何処で飲み語り合っていたのかは分からぬが、まだまだ話足りないとみえて乗り込む時の話をそのまま腰掛けても続けている、酔って聴覚がマヒしている為に電車の騒音に負けないよう声が大きくなるので、隣に座る私に話が筒抜けに聞こえて来る、この場合はたとえ私が耳をそばだてていようとも盗み聞きにはなるまい。「でもって、ナンパは成功したの?」「ダメダメ、野郎が多すぎて話しになんねぇのよ」「成功した奴も居たんだろう」「ごく一握りはね、俺もかなり激しくアタックしたけどライバルが多くてそばにも近づけねぇのさ」「駄目だなぁ、早くナンパして子孫残さなきゃお前だって何時までも生きていられるわけじゃなし」 話の前後はよく判らないが会話の内容はかなり激しいものである、「でもよ、聞いた話だけどナンパされた娘が吸いすぎて、はちきれそうな身体でふらふらしているところをバッシンーと叩かれて辺り一面血の海だったらしい、こうなるとナンパに成功した野郎の子孫は残らないことになるわけだ」 あまりに残忍な話に思わず隣に座っている男の顔を覗こうとしたとたん、足にかゆみを覚え目が覚めた、そしてタオルケットからはみ出た私の足の甲は蚊に刺されていた。
私は石畳の街を歩いている。昨日夢に見た街を探すために列車に乗り、わけもなく降りたところがその街だった。洋式の古い建物が道の両側に立ち並んだ通りを行くと、自然に私の行くべきところがわかった。 洋子というのがその家の主だった。主というのはたった一人で住んでいたからだ。一人暮らしといっても侮ってはいけない。彼女は仕事を持つ二十歳少し過ぎたばかりの女でしかも髪の長い麗人だった。 まるで旧来の恋人たちのように睦み会う私と洋子。六月の長い昼が暮れるのももどかしく、ベッドの上でお互いの肉体と心を蝕むのだすべてが夢の通りなのだ。開け放たれた窓。カーテンを揺らす日の光に満ちた風。彼女がつけている化粧品の香り。 すっかりと日が落ちるのを待って、小さな木製のテーブルの上に並べられたグラスに赤葡萄酒が注ぎ込まれる。すみれ色の闇の中で葡萄酒の赤は血の滓のように黒ずんでいる。二人でそれを交互に飲むのだ。私は彼女の唇と葡萄酒の香気に酔いしれた。 結婚しようよと私が耳元で囁きかけると、洋子はいやっ、と言い放ち、忍び笑いを洩らす。表情は痩せた胸の上まで覆っている髪の中に隠れている。 それから再び闇の中での抱擁。肌と肌が擦れ合う微細な音を除いては、ただ窓から流れ込むすっかり涼しさを取り戻した風の音以外何も聞こえない。忘我の境地にいながら私は遠くのもみの木が干割れるような音を聞き分けた。 あれは何? 確かに私の耳は捉えたのだ。愛の儀式に没頭する二人以外の気配を。ねずみよ、と洋子。君はここに一人で暮らしているのかいと、たずねる勇気を私は持ち合わせていなかった。すべてが瓦解してしまうのではとの畏れのために私は口を噤んでしまう。 髪とシーツと汗が綯い交ぜになった香りの中に私は耽溺した。死がどうして私を捉えてくれないのかと、薄れ行く意識の中で悪魔に毒づきながら、指はそれを挟みつけている乳首の押し返す感触を楽しみながら・・・ 明け方の冷気で目を覚ました。時計を見るとまだ朝の三時半だった。反射的に私は傍らに眠っているはずの人を探していた。しかし皺くちゃになったシーツの上には何もなく、視界の向こうには羽目板の木目が見えるだけだ。 無意識のうちに手繰り寄せていたものがあった。うっすらと張った氷のような外光に手をかざす。それは紛れもないねずみの糞だった。
※作者付記: 石畳 厚(あつし)と申します。1回目ですのでよろしく。
嘘吐き。あたしのこと愛してるって言ったくせに。「別れよう」たった5文字の言葉であなたはあたしの全てを切り捨てた。あなたはあたしの全てだったから。だからあたしだってそんなあなたはいらないんだょ。もうあたしを見ないその目も、あたしの名前を、愛してるって言ってくれないその声も、あたしに触れないその指も、あたしを抱き締めてくれないその腕も、あたしを悦ばせてくれないその性器も、あたしのこと考えてくれないその脳味噌も、あたしが存在しないあなたの心なんて、あたしにはいらない。だから余計なものは綺麗に排除してあたしでいっぱいにしてあげる。その怯えた目、癪に障るんだけど。少しぐらい痛いの我慢してょ。あたしの方がずっと痛いんだ。目の前に転がる空っぽになった綺麗なあなた。これからあたしでいっぱいにしてあげるんだから。ずっと一緒にいるんだから。もぅ痛いことしないから。だから早く、ねぇ、起きてょ?
ラジオネーム、安月給さんからのリクエストで、「マイ・ウェイ」 なんてセンスなんだろう。キーボードを叩きながら安月給という人物を思い浮かべる。頭の悪い、お調子者の若者。でも目立つタイプではない。眼鏡はかけてない。なんとなく内弁慶のような気がする。きっと今頃これを聞いて「安月給:マイ・ウェイ」のネーミングの素晴らしさに浸っているんじゃないだろうか。うちの学科でいうと、誰だろう、佐藤みたいな奴。もしかしてあいつがリクエストしたんじゃねぇか?気持ち悪いよなあいつ。この前、授業前に携帯電話の目覚まし機能をセットしていた。教授が日本の教育について語りだしたところでアジカンが教室に響いた。アジカン。あかんよー教育実習中に同じことせんようになぁ。女の子たちの笑い声に気をよくした佐藤は照れた感じでえらいすんません、と言い、慌てて目覚まし時計をオフにした。本人は女からのメールだ、というようなことをさりげなく匂わしていた。無償に寂しくなった。それにおまえ関西人じゃないだろうに。嘲笑すらプラスの意味に捉えるほどの馬鹿だからそれだけ人に染まりやすいのだろうか。なんだかその時のニヤついた奴の顔が頭にちらついて論文が進まない。 昨日さー、佐藤のこと考えてたら寝れなくってさー。なにそれ、恋?かもしんない、どーしよー俺。男としたことないし!アホだこいつ。馬鹿っぽく笑った後連れと便所を後にする。 * 昨日の豚肉がいけなかったのか。朝から腹が痛くてしょうがない。やっぱり学校さぼればよかった。便所に籠もってたせいでくだらない会話が耳に入ってくるし。全く持ってあんな風に自分をネタにされるのは癪に障る。というよりへこむ。あの声は、確か木村だかなんだか、下の名前は知らないけど、どうもなぁ、あんな風に人生へらへらしながら生きてる奴って。見てるとむかつく。アナーキーぶって、俺、こんなスタンスです。みたいな。一番胡散臭い人種だ。そういや昨日のラジオネーム安月給もそんな感じの人間ぽいなぁ。マイ・ウェイをリクエストします。今、俺、ちょっとふざけてみてるんです、みたいな。あれ、木村じゃねぇのかなぁ。気持ち悪いなぁ。あ、次の講義そろそろ行かないとまずいな。 * 木村と佐藤。その他同学科生総勢30名が講義を拝聴している小さな教室で教鞭をとるのは教育学担当教諭武田。ラジオネームは安月給。
シャツの袖口を肩に触れるほどまくりあげ、流れてくる汗をぬぐいながらいつもの坂道を上っていた。もう夕方だというのに陽は高く、公園で遊ぶ近所の小学生たちはランドセルを砂山に放り投げたまま、まだ帰る気配がない。 駄菓子屋の前で、キンキンに冷えた炭酸飲料をのどを鳴らしながら飲み干す男子中学生が視界に入ると、その奥のカウンターにちょこんとおいてあった夏みかんも一緒に飛び込んできた。 夏になると思い出すことがある。涼しげな香り、厚い皮の中にあるオレンジのほろ苦い実。かぶりつくと冷たい水がひゅっと小さくはじける。夏みかん。遠い日々の、さわやかな思い出。 「かんちゃんっ!」 家の前の田んぼ道を息を切らしながらあの娘はいつも走ってきた。少し大きめのサンダルを、はきにくそうに音を立てながらひきずって。両腕には夏みかんが二つ、小さな身体に抱え込むようにしてあった。走るたび、小刻みにゆれていた。 「はい!かんちゃん!」 屈託のない笑顔で差し出す。うすい黄色の、少しごつごつした実に、深い緑の小さな葉が添えられていた。裏側には、むきやすいようバッテンの切り込みがはいっていた。 近くの川原に腰を下ろし、さっそく食べ始める。水で冷やしたのか、水滴が夏の光に反射していた。分厚い皮と格闘しながら、ようやく実にたどり着く。白い薄皮を丁寧にむき、一房一房きっちり分けてかぶりついた。四方八方に実からはじけ飛ぶ果汁が、彼女の髪にかかった。彼女は笑いながら頭を振った。 彼女の名はなつみ。母親がお産のため、しばらくの間、彼女の父方の祖父母の家で世話になるため山口からやってきていた。「なつみかんはわたしのぶんしんなの」 はじめてあった時、彼女は夏みかんがたくさんつまったダンボールを、積荷から家へと一生懸命引きずっていた。それを少し手伝うと、お礼に、といってその中の一個を差し出し、そういった。「わたし、『なつみ』だから」彼女はにっこり笑って見せた。分身と称する物を食べるのは少し気がひけたが、照れもあって一気に皮ごとかぶりついた。予想に反して苦い味が口の中に広がった。ビックリしてはきだすと、苦笑しながら、こうやってたべるの、といって切れ目から皮をむき始めた。目を伏せ、小さな手で少しずつ黄橙色の皮をむく彼女が綺麗だと思った。 「かんちゃんはおおきくなったらなにになるの?」 三房目に手をかけたとき、唐突に彼女が聞いた。「わかんない」僕は驚きながら正直に答えた。「なっちゃんは?」自然の流れできくと、彼女は少し頬を赤らめながら、のうかさん、と答えた。「のうかさんになって、いっぱいなつみかんつくるの。おかあさんもわたしも、なつみかんだいすきだから」おかあさんにげんきになってほしいから、と呟くようにつけたした。一人、こんな遠くまで、病院に入院しているお母さんを残してきたら、心細いだろうなとふと思った。「いっぱいできたら、かんちゃんにもいっぱいあげるね」夏の太陽に負けないくらい明るく笑った。その表情がとても好きだった。 それからしばらく、彼女に会わなくなった。嫌な予感がして彼女の家を訪れると、もう山口へ帰ったあとだった。 さよならを言ってもらえなかったことが、胸が焼けるくらい寂しかった。 自宅に着いたとき、うっすら空の青が桃色に変わっていた。汗で黒いカバンの上を手が何度も滑り、取り出した鍵がチャリンとコンクリートの上に落ちた。拾おうと身をかがめたとき、ダンボールが目に入った。暑さで朦朧としていたせいか、足元にあったのに全く気付かなかった。 中を明けると、涼しげな香りがすっと風に乗った。大量の夏みかんと、その上に白い封筒があった。「速水 勘太郎様 井坂 夏実」そっと、懐かしさが胸を突いた。夏みかんと彼女の笑顔が、七月の夕焼けにうかんでいた。
※作者付記: のうかさんとは「農家」のことです。夏みかんは本当はお世話になる祖父母の家にあげるための物でしたが、ちっちゃい子にはあんま関係ないですよね。なんで彼女が勘太郎の現住所を知っていたのかっていうつっこみは、しないでください。(汗)
学校の七不思議をつくろう。と、言い出したのは誰だったか。 今となっては誰にも分からない。 とにかく、その為に僕を含めた五人が集まった。 この学校は無駄に歴史があるので、怪談話には事欠かない。だが、何故か七不思議という形では存在しなかった。 だから、既存の怪談を集め、七不思議をつくろうというのも、そうおかしくないことに思える、 あんなことになるとは思っても見なかったのだけど。 一月前、七不思議制作に一番熱心だった文芸部部長が消えた。書置きも残さず、誰にも何も言わず。 二週間後、生徒会副会長と会計が消えた。二人とも七不思議を作っていたメンバーだ。駆け落ちとも言われているが、真偽の程は定かではない。少なくとも、失踪の兆候はなかったように思う。 そして昨日、同じクラスのオカルトマニアが消えた。彼は少し前から学校を休んでいた。部屋に引きこもっていたそうだ。部屋のパソコンは点けっ放しで、玄関には靴が残っていたらしい。 放課後、誰も居ない文芸部部室。このままではまずいということで、僕と彼女は話し合っていた。 漫画が一冊もない本棚と、理路整然と並んだ大机、色褪せたカーテンを、夕日とはとても言えない、元気の良い光が照らす。「残ったのは僕と君だけ、か」「そうね」 頬杖を突いて運動場を眺めていた彼女が続ける。「七不思議を全部知ると消えてしまう…これ、聞いた事ある?」「ああ。やっぱりあいつらが消えたのはその所為かな」「どうかしら? 少なくとも貴方のクラスのオカルトマニアは、それを避ける為に引きこもっていた、と。私はそう思うんだけど。それでも彼は消えてしまった…」 ならどうすればいい? これ以上七不思議を探さなければ良いという手が使えないとなると、限りなく不利になる。「現時点で知ってしまっている七不思議は六つ。さて、どうしましょうか?」「…状況を整理しよう。三週間目の会議で、部長が一つ、副会長と会計が一つずつ、マニアが二つ、僕が一つ発表して六つの不思議を皆が知った。 そして部長が消え、二人が消え、マニアが消えた、で、残ったのが…」 痙攣するように、椅子から立ち上がった。 何故今まで気付かなかった。おかしいだろう、何故!? 元から居たのは五人、消えたのはよに とある教室。「なあ貴志、聞いた? あの噂」「副会長とかが消えた原因ってやつ?」「そ、七不思議を全部知っちまったから消されたって言う話」「お前も好きだねー、そういうの」「本当かも知れねーだろー! 五人も行方不明なんて普通ありえないぞ!?」「あのなあ、七不思議で消えたっていう方がよっぽどありえな…」「なら試してみましょうよ、本当かどうか」 学校の七不思議をつくろう。と、言い出したのは誰だったか。
※作者付記: 俗に言うエンドレス……に、なっているのかな?
大宇宙からまた一つ、文明を構築した星が消滅しょうとしていた。 大型の彗星群激突の危機にさらされていたのだった。 これを回避すべくあらゆる星からの宇宙船団が消え行く星の大気圏外に集結していた。「こちらはガバン星です。正確な激突予定時刻がでました。午前二時五十八分に第一群が大気圏内に突入します。シールド配分は昨日の設定どうり行いますが最端領域をサポートされるルドン星団殿はシールド幅を五千キロオーバーに設定しなおして下さい」 緊急事態の理事を司るガバン星からの通信であった。「大丈夫かな、俺なんだか前と同じになるんじゃないかと思うんだよ」 ルドン星の若き乗組員ゲランは四つの目をすべて丸くして言った。「そんな縁起の悪いことを言うなよ」 乗組員のゴーゲが上段の二つの目を細め、下段の二つの目をとがらせた。 「コルグ星のことを思い出すとひるんでしまうんだよ」 ゲランの記憶には星のデータ、誕生から二十億年、生物五十万種、内、知的生物五種、そしてこの星の消滅を目の当たりにしていた。 シールド領域が狂ったため誰一人逃げることが出来なかった記憶はトラウマになっていた。「しかし、不思議だよな?消滅して三年にもなるのに何で聞こえるんだろなぁ」 ゴーゲの言った不思議なことは電波にあった。日用品を販売するためのCM、政権、経済、娯楽など生活をにおわせる放送を亡きコルグ星からいまだにキャッチし続けていることだった。 最初は電波が宇宙のどこかで吹き溜まりとなって蓄積され、少しずつ放出されているのだと考えたりもしたが、肯定するのは無理であった。 しかも、時代の進歩をうかがわせる新規の情報が電波となって流れつづけていたのだった。「だめです!!ミサイルです!!シールドできません」 星から放たれたミサイルが命取りとなった。 星の消滅から一年、新たな電波が届いた。 「みなさん。ご安心ください。地球は不滅です。永遠に不滅です」
光射せば影できる。では影がないとしたら。今公園のベンチに座り頭を抱えている僕の影の色は濃い。理由は簡単だ。僕のいるこの世界では、苦しみや悲しみ、怒り。さまざまな人間の暗い部分が目に見えてわかるようになっている。背後に伸びる影によって。だから脳内にはこんな言葉たちが渦巻いているんだ。苦しい。悲しい。憎い。もう嫌だ。逃げ出したい。 いらない。こんな影なんか「でしたらどうでしょう?私が一時お預かりするというのは」唐突に後ろから声がした。今思っていたことにつなげるかのようにその人の声は重なってきたことに驚く。僕はそれに恐怖を抱くよりもむしろ期待心を大きく動かされていた。読心が出来るなんて神業的なことをするこの人が言ったことは本当なのかもしれない、と。「おや?では私の意見に賛成とみなしてよろしいんですね」静かに彼は地面に伸びた僕の影に目を落とす。ああ。賛成も賛成さ、早くもって行ってくれ。「では」気づいた時にはその人は消えていた。僕の影もろとも。影のない生活は最高に楽だった。影のできる要因であった部活の大会も終わって、新たにあの忌々しい物ができる心配はない。僕は世界で自分が一番幸せだろうと言えるほど幸福に満ち溢れていた。数日して大会の結果が届く。奇跡的に僕らのチームは優勝を勝ち取っていた。仲間の一人が泣き出したと同時に、どんどんと感涙はチーム中を駆けてゆく。けれど、その嵐は僕を通り過ぎたものの瞳は水滴を落とさない。「あの時喧嘩して一時はどうなるかと思ったよ」「練習きつかったけど、ホントよかった」仲間が口々にそんなことを言っても僕は何も感じない。一番幸せだと感じていた僕はその幸せな空間でただ一人この空間を作り出している理由がわからない不幸な奴として、ただその場に呆然とたたずむしかなかった。僕は公園のベンチの前で再びあの人と向き合っている。彼は僕の様子に気づくと静かに話し始めた。「どうです?おわかりになったでしょう?光射せば影が出来ます。では影がないとしたら。・・・おわかりですねこれは貴方にお返しします。覚えておいて下さい。どんな影でも手放してはいけません。ちゃんと向き合えば必ず、光は射してくるんですから」 光射せば影できる。影がなければ光は射してはいない。頬を遅れた涙が伝う。僕の背後には夕焼けによってできた影が長く地面に伸びていた。
※作者付記: 苦労や悲しみ、いろんな奮闘が多ければ多いほど結果が出たときは嬉しい気持ちも大きいなって私はいつも思います。そんなかんじでこの話を思いつきました。
その男は、旅人だった。 「どうです、その後。」長方形に区切られた深青の海の断片を、くいいるように男は見ていた。「大丈夫みたいです、おかげさまで。」男はあたたかく笑った。「すみません、本当に。随分長い間、お世話になってしまって…。」いいえ、と小さく笑い、清潔そうな白衣をまとった女は、花瓶の、少ししおれた花を手際よく摘み取っていた。「こんなことがなかったわけではなかったんですが…。何しろ慣れてしまったもので。体の異変になかなか気付けないのですよ。」海の向こうの、空との区切り目を、男はじっと見据えながら続けた。女は一通りつみ終わると、今度は持ってきた新聞紙をかさかさひらきはじめた。なかには、隙間を埋めるのにちょうど良い程度の、小さな花が数本、寄せ合うように入っていた。「それにしても、ここは本当にいい場所ですね。」男はようやく、枕もとの女を見上げていった。「ええ。本当に。」女は小さなはさみで、ぱちぱちとリズム良く、茎の長さを調節していた。「私も、この土地の景色が好きで、ここにいるんです。」「はぁ…分かる気がするなぁ…」男はまた、懐かしそうに海を見た。「あなたはなぜ、旅をしているのですか?」なんでもないように、女は花瓶に先ほどの花をさしこみながらきいた。女の唐突な質問に少し戸惑ったように男はふっと女を見、視線を海へと戻して答えた。「居場所を、探しているんです。」「居場所?」「えぇ。」静かに鳴るさざ波のように、穏やかに男は言った。「どこかにある気がして…。自分がずっと、愛していけるような場所、自分をずっと、待っていたかのような場所が――――…。」「…おかしいですか。」枕もとの音が止んでいることに気付いて男が尋ねた。女ははっとし、慌てて、いえ、と大きく手を振った。潮風が、すっと、海の香りを運んできた。「…見つからないんですか。なかなか。」女は近くの洗面台の水を花瓶に汲んでいた。「…えぇ…。なかなか…。」「ここも、違いますか。あなたが求めている場所とは。」男はあいまいに笑った。女は、ゆっくりと花瓶をもとあった場所に戻し、今度は近くの小さな椅子を男のベットの脇に添え、座った。「あの、旅人さん。」思いつめたような、真剣なまなざしで女が呼びかけた。男はそんな女の様子を軽く笑って、はい、と受けた。「私、思うんですけど、そういう場所って、自分でつくっていくものじゃないでしょうか。」強く、けれどどこか不安げに、まるで自分も答えを探しているかのように、女は言った。「そうですねぇ。」意外にもあっさりと、旅人は女の言葉を受け入れた。「僕も、そう思うんですが…。やっぱりこういうことって、理屈じゃなくて」「探さずにはいられませんか。」今度は女が見透かしたように応えた。「はは…。まぁ、そうですね。」してやられた、というふうに、男は頭をかきながら笑った。「分かります。」女は立ち上がり、椅子を壁側に寄せ、諦めたように薄く笑った。「私も、探していますから。」女は颯爽と病室を後にした。旅人は枠の外を眺めていた。 海はどこまでも青く、空をのみこむように広がっていた。
黒いリボンをかけられた写真には若かりし頃の祖母がいた。 煌びやかな祭壇には線香の匂いが漂い、火を絶やさないために交代しながら夜通し見守っている。 食を摂ったり、仮眠を取ったりと、さっきまでばらばらだったのに、いつの間にか遺影前に家族が揃っていた。「あの写真はいつの?」「十数年前だと思うけど…」 私の質問に母が答えた。「まだ髪が黒いよな」 兄はしみじみ言う。 祖母は骨粗鬆症で寝たきりだった。一緒に暮らして母が世話をしていた。黒い髪の頃の祖母は思い出せない。「おじいちゃんと同じ歳同じ日に死んで…」 母の目に涙が溜まる。「同じ歳同じ日?」 私一人がきょとんとしていた。「お前は覚えていないだろうな」 父は続けて言う。「九年前の今日、おじいちゃんは肺がんだった」「おじいちゃんとおばあちゃんは仲がよかったよ」 母が二人のことを話し始めた。 六十年前、祖母は十七歳で祖父は二十六歳。二人は再び一緒になった。 終戦を迎え、祖父は無事に祖母の待つ家に帰って来たのだ。 人を殺したことに苦しむ祖父を気遣いながら、家計を支えていた。 二人の子は母だけだった。死産が二回あった。それでも幸せに暮らしていた。 祖父に買って貰ったワンピースが大好きで、いつも着ていた。 数十年前のある日、祖父に肺がんが見つかった。そのとき、二人がずっと暮らしていた家を捨てさせたと、苦しそうにいう母に父が寄りそう。そのとき私はまだ小学生だった。都会の大きい病院に入退院を繰り返し、九年前の今日苦しみながら亡くなった。 それからもしばらくは雑踏する街のアパートに一人で頑張っていた。 悲しみからか、外に出ることも少なくなり、足腰が弱り、車椅子生活から寝たきりとなったのが私たち家族と同居することとなった五年前。「それからはおばあちゃんのこと知ってるでしょ?」「うん。覚えてる」 そのときにはもう遺影のようにふっくらとした頬に艶々の黒髪はなかった。 私が覚えてる祖母は骨と皮のがりがりな体。だけど、頭はしっかりしていた。寝て、食べてだけの生活だったのにボケたりしなかった。「ばあちゃんはじいちゃんと同じ年月を過ごして幸せだっただろうな」 兄が静かに言った。「娘と孫に見送られて嬉しいと思うよ」「そういえば、ばあちゃんは豆腐が好きだったよね」 私たちは一つ一つ思い出しながら、ゆっくりと祖母を思い出にしていく。 写真の祖母は微笑んでいた。
健のノロケ話はいつものことで、俺たちはもう肩をすくめもしない。どうせ全部嘘なのだ。 世の中にはいろんな悪癖があるが、判りやすい分だけましな方だろう。深窓の令嬢に帰国子女に看護婦に人妻。三ヶ月周期で変わる健の恋人は全員すごい美人で、彼に首ったけだ。 ある日、健が急に彼女のメルアドを教えてきた。俺たちが何一つ信じていないとようやく気づき、信憑性を高める工作を始めたらしい。促されるままに携帯から挨拶のメールを送ると、夜になって返事が来た。マミコさんは男友達が少ないので俺とも友達になりたいそうな。アホらしい。しかし嘘を暴いて健の立場を無くす気にもならなかった。虚言癖にさえ目をつぶればいい奴なのだ。俺は適当に調子を合わせることにした。気の抜けた社交辞令のメールを送り、苦笑しながら可愛らしい返信を眺めた。 ところが、おかしなことになった。彼女のメールの文面が実に良く出来ているのだ。健が打っていると判っているのに、何故だか見入ってしまうのだ。 普段は丁寧な口調で、どちらかといえば控え目で、かと思うと不意に語尾を崩したり、無防備に拗ねてみせたり。少しだけ世間知らずで、照れ屋で、かわいいものに目がなくて。 気がつけば俺はマミコからのメールを心待ちにしていた。嘘の下手な健にこのような才能があったとは、と感服した。いや、それ以上の気持ちを抱き始めていた。 俺たちは少しずつ親しくなった。互いの秘密を打ち明け、相談に乗り合った。茶番と知りつつ、のめり込んだ。彼女が実在してくれたらと願わずにいられなかったが、儚い望みだった。明日はデートだと健が鼻を鳴らす翌日、彼は決まってパチンコ屋で目撃されていたのだから。 そして三ヶ月が過ぎた。健が飽きたらマミコは消えてしまうのだろうか。それを思うとたまらなかった。いっそ俺も架空の存在になれたらとさえ思った。思い余って健をぎゅっと抱きしめてみたが、それは間違いだとすぐに悟った。 マミコにメールを打った。きみが親友の彼女でも、本当は存在しなくても、俺はきみに惚れてる。愛してるんだ。 健がすっ飛んで来た。 二時間にわたる殴り合いの末、健はマミコが実在しないことを認めた。俺は泣いた。 翌日、マミコのアドレスからメールが届いた。正体は小遣いで雇われた健の妹だった。覚えのある文体で、友達になってくれませんか、とあった。 そんなわけで俺には今、小学生のメル友がいる。
「嘘?」 美香が何を言ってるのか理解できなかった。 紅く染まる教室。 開け放たれた窓から、冷たい風が吹き込んでいる。「ほんと。でもウチは、どうしようもないし…」「そやけどイキナリやん。残る事はできへんのか?」 康太の胸はぎゅっと縮みあがる。「どうしようもないみたい…。」 イキナリの告白に康太は困惑した。(そんなん嫌や。なんでなんや) 互いの無力さに言葉も無く、風の音だけ響いていた。 美香がカララと窓を閉めると「帰ろ」とだけ言った。 いつもの帰り道を無言で歩いた。 風の匂いや空気の匂い。 全てがくっきりはっきり感じられて、逆に二人が日常から切り離されたかの如く、普段と違って見えた。 分かれ道。 美香が「じゃぁ」康太を見つめて言った。「俺嫌やからな!」 それだけ言うと振り返らずに康太は走った。 頬が痛い。風は本当に冷たかった。 家に着いても、夕飯を食べてもボーっとしていて、しっかりせーやと父さんに怒られた。 深夜。窓を開けるとヒヤっとする空気が部屋へ流れ込んできた。 冷たい空気が康太の頭を少し冷やしてくれる。 美香がおらんようになる。 美香に会えんようになる。 どうしようもないんか?なぁ? 虚空へ投げかけてみても、空は依然深い色のままだった。 煮え切らないまま窓を閉めようとした時、視界の端っこに人が確認できた。 上着も忘れて外に駆け出していた。「美香!」 はぁはぁと白く荒い息が出る。「やっぱり気付いてくれた」 夕方のが無かったかのように屈託無く笑う。 それが嬉しくて、でも照れ隠しに「イキナリこんな時間になんのようや」とぶっきらぼうに言った。 懐かしむような瞳で、「高台のこの景色、綺麗やけど恐いね」 いきなり話し出す美香に、康太は訝しげな顔をする。「暗い街並みと空の境目がわからんで、なんや自分が空に浮いてるような気になるんや」 一呼吸おいて、「ウチ行くな。だから忘れんといて。ウチの事。ウチの好きな景色。」 康太は硬直したまま動けなかった。「康ちゃん、ばいばい」 嫌や!叫ぼうとした時、既に康太は一人ぼっちだった。 美香が消えた。この世でもう二度と会えんのか…? 空に独り投げ出されたんは俺やんか…。 そう思うと、ブルっとした寒さに初めて頬が濡れている事に気付いた。 それは美香が死んで初めて流した涙だった。 冷たい風に乗ってふわふわと粉雪が舞う。 冬はまだまだ終わりそうにない寒い日だった。