「恋が醒めるって、どういう感じなんだろな」 珍しく晴れた、梅雨真っ只中の六月某日。ハイキング、とでも言おうか、山登りの最中の昼食。美祢の持ってきた弁当をかっこむ俺に、「難しいこと聞くなぁ」と、おおよそ一分くらい、十二分に時間をとって、それでも困って視線を泳がせてるあいつに、俺は容赦なく畳み掛けた。「じゃぁ、美祢は?」 おまえはどうなんだよ、と。 いつもだったら言葉にしなくても、醸し出す特有の雰囲気で察してる幼馴染が、今日はやけにつっかかる。逸らされることのないつり気味の目に、困ったように美祢は首を傾げた。 途端、校則に適った真っ黒い髪がさらりと首筋を落ちる。「さぁ…まだまだ小娘の私にはわかりません」 向けられる目から出来る限りさりげなく視線を外して、傍らに置いたお茶に手を伸ばす。そして食べかけた弁当から手を止めて言葉を待ってる俺へ、目を伏せたままに。「だって、私は醒めたことないもの」 …綺麗に、微笑んだ。 まぁ半ば予想はしていたけれど。思わず溜息が出る、溜息にあいつが反応する。 でもあいつが口を開く前に「彼女いたことのない奴相手に惚気んなよなぁ」 と軽く呟いて、残りの弁当をかっ込んだ。すすった新茶は、さっき飲んだときよりも苦い気がした。 また空を見るあいつから目を逸らして、とっておいた玉子焼きに箸を伸ばす。絶妙な塩加減に綺麗にトマトが入り込んだそれは、奴のために必死に身に着けた、奴好みの味だったのだろう。玉子焼きだけじゃなくて肉じゃがも、魚の炒め物も、昨日一昨日と食べた他の惣菜も、おにぎり一つの握り方も。ただ奴のために練習して身に着けたのだと思う。現に塾で帰るのが遅くなったときに、あいつの家の台所はちゃんと電気が着いていた。翌朝うさぎの目で差し出した弁当には、奴が好きだった里芋の煮っ転がしが入っていた。それをおいしい、と感じてしまう味覚が少しだけ忌まわしい。 空ばっかり見ているあいつの機嫌はここ何週間かで一番良かった。 苦手な英語もきちんと答えて、 眠い数学も最後まで起きて、 苦手なクラスメイトに笑顔で挨拶して、 俺の減らず口にも絡まずに。「ま、いいけど。こうやって旨い弁当にありつけるしな!」 勢いよく立ち上がって伸びをする。「行くか」「うん」 灰色の石たちがここからもう見える。あとほんのひとこえだ。そこには俺の兄貴、そして美弥の、醒めない恋の相手が眠っている。
遠くで携帯の着信音が鳴っている。ああ、まだ身体がダルイ。今朝から体調が悪く熱もあった。あれから何時間かベッドに潜っていたが未だ私の身体は回復してはくれないようだ。手探りで探し当てた携帯電話のディスプレイを見る。職場・・・か。休日の職場からの電話は何か良くない事が起こっている証拠だ。例えばうちの学校の生徒が問題を起こしたとか、なんとか先生の曽祖父が亡くなって告別式に・・・とかそんな感じだ。今の私にはなんと面倒臭ことか。おかげ様で私のクラスの生徒たちは大した問題は起こさないのだ。普段の話題は自分の彼女の事、合コンの事、バイト先に可愛い子が入ったなど男子校の生徒らしい微笑ましいような事で、先日のうちのクラスの問題といえば今度の文化祭のクラス企画は「動物園」をやると言い出して訊かず、何故動物園なのかと問うと大概の女子は小動物を愛している。自分らが大変な準備をして飲食店をやるよりもペットを学校に連れてきて見せていたほうが自分たちも楽で確実に女子で賑わうということだ。まったく呆れた理由で未だにうちのクラスだけ未定という形になっていてた。「ハナちゃん頼むよ。動物園しようよー」「マサキ、ちゃんと花村先生って呼びなさいよ。あんたクラス委員なのに。食べ物屋の隣で動物園なんて出来ないでしょう??それに動物なんてどうやって・・・。」「俺んちの猫と、内田のウサギでしょ。あと、ハルキんちのマ●コ、じゃなくてインコ!!あはは!!他にもいるしー」「ふざけた事ばっかり言ってるんじゃないよ。エッチなことしか考えてないの?動物園って動機も不純だし。いつまでも子供じゃないんだからもっと教養のある出し物考え付かないの?」「いーの、いーの。常に少年の心を忘れずに。これモットー。 しかしハナちゃん、今日も暑いよねー。海行きたいねー。」 私の体調の悪さも知らずに携帯は鳴り続けている。「仕方ない。」小声でつぶやいた。意外と声がしっかり出ていることを確かめると通話ボタンを押した。「あ、花村先生。お休みの所申し訳ないです。あの、先生のクラスの生徒が美里海岸で水難事故にあいました。藤田真咲。先ほど美里総合病院で死亡が確認されました。すぐに行って頂けますか?」力が抜ける。熱で朦朧とする。藤田真咲。マサキだ。「いーの、いーの。常に少年の心を忘れずに。これモットー。」ばかだなマサキ。お前、永遠に少年になっちゃったじゃないか。
今日も最終電車で帰宅する。今日だけではない。入社してから四ヶ月が経つ。新入社員の割には残業ばかりだ。大学の友達と連絡を取り合ったときには彼らはまだ研修中で、残業などないと言っていた。うちの会社はどうかしてる。残業が及ぼす影響としては、生活の乱れ以外に何があるだろう。夕飯を自炊している暇などない。適当に済ませる夕飯による栄養バランスの偏り、睡眠不足、その他にもまだまだある。 大学卒業後に就職し、社会人になった。就職のため上京し、といってもそこまで都会ではない場所だけれど、一人暮らしを始めた。慣れないことばかりな生活と仕事。結構きついものがある。あれやこれやと用を済ませているうちに、あっという間に時間は過ぎてしまう。時間は待ってはくれない。 会社から自宅までは電車で30分の所にある。30分の間に寝るなど、到底できやしない。寝たら寝過ごすのが落ちである。まぁ、朝など満員電車で寝てる余裕などないのだが。今日は寝不足がひどいらしく、眠気がひどい。しかし、最終電車で寝過ごしたら家には帰れないというプレッシャーが、そうそう簡単には眠りには落ちない。 会社最寄り駅から二駅目の所で妊婦さんが乗車してきた。なんだ、こんな時間に。最終電車で妊婦が乗ってくるなどあまり聞かない。妊婦ということは家庭もあるだろうし、こんな時間には最終電車になど乗らずに、家で旦那の帰りを待ったり、風呂に入ったり、眠りについたりするのではないだろうか。そういうものではないのだろうか。しかし、彼女は眠そうな感じもせず、妊婦などという自覚などしていないかのような顔で乗車してきた。 俺はそこまで深く突っ込んで考えるのはよして、寝ないようにオーディオプレーヤーで音楽を聴き始めた。最近聴いているのは穏やかな曲ではなく、ロックである。そうでないと心地よくて眠ってしまう。最終電車は人は少ないので、音は少し大きめにしても周りに迷惑がられない。 自分の家の最寄駅のひとつ手前の駅で彼女は降りた。きっと家庭で待ってる人がいるのかもしれないし、まだこれから待つのかもしれない。でもそんなことは自分にとってはどうでも良かった。今はあと一駅眠らずに起き続け、布団に入ることである。昨日は3時間程しか眠っていない。今日は倍の6時間は寝たい。朝はギリギリでも構わない。朝食と睡眠を比べようもんなら、睡眠を迷うことなく選ぶ。 無事に眠らずに下車した。そして、家路を急いだ。今日は月がよく見える。月を眺めながら歩く。こんな時間にめったに人は見かけない。自分はそういうところに一人暮らしをしている。会社の近くの様なもっと都会のほうだったら、この時間でも容赦なく人がぞろぞろと歩いていて、上を見て歩こうもんなら他人にぶつかってしまう。 今日も一日を終えた。食事はせずに、シャワーを浴びて布団に入る。布団に入ったらすぐに眠りにつくだろうと思っていた。しかし、うまいこと眠れない。寝なければと思い、目を閉じてみる。高校の修学旅行の時に眠れないときの話をした。友達は「眠れないときはとにかく、目を閉じて開けないこと」と言っていた。ぎゅっと目を閉じる。眠れやしない。少し経って、帰りの電車で見た妊婦の姿を思い出した。何だ、と思い、思わず目を開ける。疲れてるな、と自分で思い、酒の力を借りて眠るとこにした。 今日は残業もなく、会社を出たのは七時。帰宅ラッシュの割りには人は乗っていないが、次の駅は結構大きい駅なので人がどっと乗り込んでくる。一人ぐらいは座れる余裕はあったが、座れるといってもぽつりぽつりと席が空いているだけである。席を探さないと座れない。しかし、満員で立ったままよりはマシである。といっても優先席ですら座られている。優先席に座っていても、譲ろうなんて思ってる人は少ないだろう。そういう世の中になってしまったんだ。 この時間とおり、次の駅では人がわんさか乗り込んできた。その人ごみの中に昨日の夜見かけた妊婦が一緒に混ざっていた。こんな満員電車に乗り込むなんてなんという勇気なのだろうか。それとも、子供などどうでもよく考えている証拠なのだろうか。いや、そんなふうには見えやしない。人ごみに紛れ、窮屈そうにしている。優先席い座るべき人というのはあんまり見かけない。というか、優先席に座るような人はこんな満員電車になるような時間帯には電車に乗ったりはしないはずだろう。あ、これは優先席に座る必要のない人のいけんだろうか。ま、人にはいろいろな事情がある人が多いのだから、別に悪くはないのだが。彼女は俺の前あたりに来て、左手は吊革に掴まり、右手にトートバックを掴んでいる。彼女はちょっと困ったような顔をしている。やはり、辛いのだろうか。どんなのい心配をしようが、妊娠など体験した人にしか辛さはわからないと俺は思っている。ましてや男の俺に大変さをわかれなど無理な話ではある。しかし、大変なんだろうなということがわかっているのなら、優先席だろうが、優先席以外であろうが席は譲るべきであろう。人前で人に席を譲るなど結構勇気の要ることだ。俺は一度老人男性に席を譲ってみたものの、断られた。そんな体験が行動力を鈍らせる。こんな満員電車である。これは譲るべきだ。「あの、どうぞ、座ってください。」俺は勇気を出した。こんなに勇気を出して、何かをするのは久しぶりである。早く何か答えてほしい。というよりも、黙って自分の譲った席に座ってほしい。彼女はちょっと驚いたような顔でこちらを見ている。やはり、昨日の彼女だ。昨日にしても、今日にしても、一体何をやっている人なのだろうか。まさか、電車に乗って仕事をしに行っているのではなかろうか。「あ、ありがとうございます。あの、平気ですか?結構お疲れの様に見えるんですが・・・。」なんということだろうか。自分も大変なはずなのにも関わらず、俺の心配をしている。というよりも、こんなにも大勢乗っていて人の表情など気づくものなのだろうか。「いえ、どうぞ、座ってください。」意外な彼女の言葉に俺は同じような言葉を二度も言ってしまった。こんな言葉しか出てこなかったのだ。彼女は俺が座っていた席に腰を下ろした。トートバックをひざの上に乗せる。俺はほっとして彼女が先ほどまで立っていた場所に立ち、吊革を掴んだ。すると、彼女はバックの中をごそごそと隣の人に気を使いながら、何かを探している。見つけたのか彼女の手が止まった。あまり人のそういうところを見てはいけないと思い、視線を外す。すると彼女の手は俺の方へ差し出された。「あの、これどうぞ。」小声でそう言って、差し出してきたものは1つ1つフィルムに包まれたチョコレートだった。手のひらには3つ乗っかっている。「え、あ、ありがとう。」驚いた。チョコレートを差し出されるなんて思ってもみなかった。礼を言うしか反応できない。「疲れた時には甘いものって言うでしょ。」と笑って彼女は言った。チョコレートを受け取った俺はスーツのポケットにしまった。受け取ってからは一言も話していない。俺の家の手前の駅で彼女が降りる時、会釈をして車両から降りていった。ポケットには3つのチョコレート。こんな感じにお菓子をもらうのは何年振りだろうか。小学生以来かもしれない。なんだかちょっと食べにくい。もったいないような気がした。でも、「疲れてるときには」と言った彼女の言葉を思い出し、1つ口の中に入れた。甘い。チョコレートだ。チョコレートの味を再確認させられたような気がした。俺はチョコレートの味を忘れそうになるほど急がしい日々を過ごしていたのだろうか。そう思うとこれらのチョコレートがなによりもおいしいものに感じられた。 帰宅し、スーツをハンガーに引っ掛けている時、先ほどの残りのチョコレートをポケットに入れたままにしていたことを思い出した。取り出して、迷った挙句、冷蔵庫に入れた。また疲れたときにでも食べよう。生活に、仕事に疲れた時、残業だった夜にでもまた冷蔵庫から取り出して食べよう。これからの生活はチョコレートの味を味わえる余裕を持っていたい。
※作者付記: 帰り道、星が良く出てて綺麗だったとか、月が満月だったとか、そういう毎日当たり前かもしれないことを見てほしいと思う。忙しくて、疲れてて、ふとした時に見上げるから星がより一層綺麗に感じたりするのかもしれないけど。でもそれでもいいと思う。人の親切や心遣いは、頻繁にあることではないから余計に心に響く。そんな心に響いたことを作品にしてみました。
人の歩く路の風景を想い巡らして、花々晴れる日に猫は生まれた。猫の居眠りの昼下がり、小説のページで生まれた猿は歩く。今日このシートに乗りこんだ字間、言葉造りのホームにて。雨が純味から溶け出て、ストローで呑み込む山の方へ、走る。 新宿から少し曲がりながら、レールに寄り添って京王線はわたしを揺らす。今何字? 何分? 小説のページ、濡れていく夢の様に体が揺れた。眠りのページへ帰るとドアが開いて、湯気が銭湯の様に響く。「カラ−ンコロ−ン」風景を描くために、ただただ京王線は車両を揺らしているんだ。風呂桶の音が時を止めていてくれるから。何でもない処で花を笑わせる列、向かいの窓から入り混む犬。主人公は猫?人の歩く路の風景を想い巡らして、花々晴れる日に猫は生まれた。猫の居眠りの昼下がり、小説のページで生まれた猿は歩く。あっち側で山の手線は周り続ける。 きゅうりを買った袋を持って、わたしは夢から醒めた。いつも降りるべき自分の駅で、ドアが開く瞬間に起きるのは、感性だろうか。ふんわりとしたサイケデりっくな世界から押し出されつつ柴崎駅の改札を出た。面接どうだったろうか、「誰も解からない食べれないおでんの具」っていう名の、変わったリサイクル傘屋の面接。仙川の、ゆずラーメンの横丁にある。何かと都合の良い場所だから、是非とも働きたい今回の面接。独身だしキャリアもある、容姿も庶民的だし、何より雨が好き。しかも根っからの。雨のステイションって荒井由美の歌にあった、雨粒がガラス窓にぶつかるのが好き。「ガヂャリンカラカロ」そんなこんな回想をしながら、帰り道のジャズゥ喫茶のドアを開けた。わたしの行きつけの寄り道路、グランドピアノが死んだように固まっている店。蓋を重く閉めて何十年も前のクロスカバーがのせてある、そのあせた紅色が雨っぽくていいのだ。とその時カバーがずり落ちて、わたしの手元の携帯のマナーが震えた。「ズブウブズズずブウぶブクブク」それと同時に、わたしはいっぱいの傘を両手に広げながらピアノといっしょに巨人が飲むバニラシェイクのストローで、高尾山の方へ喫茶店ごと吸い込まれてしまいました。「アップアプあぷりズむゴむゴウググ」げホげホ苦し湯気の香なり。そうアプアプさっきのマナー音似はバスルームの排水口に髪など詰まって水が上手く流れない音。さっきの全部ここのユメ。お風呂で溺れながら見た風呂ゆめの風景。
選択科目で“雨乞い”があるのはどういうことだろう。民俗か何かだろうか……。 驚いたのは半期前の話。今期からは実習だ。 まったく、妙な学校に入ってしまったと実感する。 眼前には、乾いた大地と雲ひとつ無い青空が広がっていた。カーキ色の地面から立ち昇る陽炎の向こうには地平線が揺らめき、白い太陽からは情け容赦なく紫外線が降り注ぐ。 同じ班の友人が交代を告げ、砲身を磨いていたウエスを手渡す。熱中症にはなりたくないので、直ぐに仮設テントに移動する。 顔を覆う布を下げ、空を眺めた。相変わらず雲ひとつ無い。少しでも雲があるなら望みはあるというのに。「調子どうですか?」「全然駄目。雲がないと何もできない」 声を掛けてきたのは隣のプレハブで活動している班の女だった。その身に纏うのは祈祷師が着る様な白装束。彼女の班は祈祷によっての降雨を目的としているようで、雲に向かって大砲で薬品を散布するという我が班とはえらい違いだ。「そう、どこも大変ですね」「ああ、もう一ヶ月もこれだからな。いつもは二週間くらいで降るらしいけど」「へーぇ」 この気温に重ね着は厚いのか、彼女の返事も億劫そうだ。「三班の奴ら、もう少しで河童捕まえられそうだったってさ」「そうですか、私の班も水神様を降ろすところまではいったんですけど、供物の魚がカナダ産だったんで逃げられました」「馬鹿だなお前ら」「そういうあなたの班も、大砲なんか使ってるからゲリラに夜襲掛けられたりするんじゃないですか」 他愛ない会話をしていると、班員が交代を告げてきた。次のシフトは観測台だ。日焼け対策に体中に布を巻き、露出が無いか確認してから灼熱の大地に足を踏み出す。彼女も日傘を差し、仮設テントの隣にあるプレハブの社へと戻っていった。 深夜、俺が井戸の中に潜むそれを見付けたのは全くの偶然と言っていい。襲い掛かってきたそれを捕まえたのは、三班の奴に言わせれば奇跡だそうだ。何にせよ、緑色の肌がぬるぬるする河童の、肩関節を極めながら訪ねた時の三班の顔は見物だった。 河童に胡瓜を山ほど食わせると、東に雲が発生したと報告が入った。祈祷班も北海道産の鮭を尾頭付きで供物にし、儀式は成功したらしい。「きめて下さいよ」「余裕だ」 隣には祈祷師姿の彼女がいる。俺の手には砲台からコードが延びる簡素なリモコンが。 スイッチを押すと轟音が響き渡り、硫化銀を積載した砲弾が発射された。
郵便受けに手紙が入っていた。メールが飛び交う中で珍しいことだ。宛名は私の名前であったが差出人の名前がない。少し不安にも感じたが、どこか見覚えのある字体に胸騒ぎがする。自分しか住んでいない真っ暗な家の中では、子供のころから持っている水槽が青い光で自分の存在をアピールしている。両親を事故で亡くしてからもうすぐ二年。一人で住むのには大きすぎる家だがどこか安心する自分に残しておいた。手紙を水槽の明かりに透かし中身を確認したがリングと紙が入っているようだ。水の中で泳ぐ魚たちも疑問に思っているに違いない。ハサミを探したがすぐには見つからないようだったので、舌で端を舐めてから封を開けた。思ったとおり、中からは1枚の紙と指輪が出てきた。指輪に見覚えがあったが誰にプレゼントしたかはすぐには思い出せなかった。そして、紙は何も書かれていなかった。いったい誰が僕に送ってきたのか。指輪を眺めながら昔、付き合った女性たちの名前を思い出す。りえ、かおり、まき、みく、さと、くみ・・・ちょっとした軽い気持ちで付き合った女性もいるせいかすぐには名前が出てこない。今度は白い紙を眺めては透かしてみたり、あぶってみたりした。まるで探偵の気分だ。最後に手がかりとなる封筒を見つめる。どこかで見たことのある字はどこか懐かしくくすぐったい気持ちにもなった。そういえば最近、ラブレターとか文通という言葉を聞かなくなった。自分も年賀状はパソコンで書いている。不思議と入っていた紙に手紙を書きたくなった。久々に使う万年筆を引き出しから取り出し、片思いの女性の名前を書いた。明日、思い切って渡してみよう。どうしてそう思ったがわからなかったが、今しかないようにも思えた。その夜は、長くも感じたし短くも感じた。昨日書いた紙と指輪を封筒に入れ、好きな女性のデスクの上におく。後は、女性が読んでくれるのを待つだけだ。結果は、あっさりと付き合ってくれることになった。不思議なことに指輪は彼女の薬指にぴったりはおさまり気に入ってくれたようだった。なぜこの指輪が届いたのかわからない。そういえば親が事故にあった時、なぜか母の結婚指輪だけが見つからなかった。父の指輪は見つかったのだが二つそろわないと意味がないと思い一緒に永眠させた。そういえば、父の指輪はこんなデザインだったような気もする。両親の写真を見れば確認できたが、なんだかそんな気が起きなかった。
煉瓦造りの欧州情緒漂わす喫茶店でブレンドを飲んでいると、落ち着いて心安らぐ今日この頃。持ってきた文庫本に目を落としながらブレンドの香りに身を委ね、現実の喧騒から遠ざかり静寂な世界に陶酔する――。 と、もよおしてきた。 切り替えの早い私は、特に何事もなかったように颯爽とトイレへ向かう。カウンター沿いに店の奥へ足を運び、そこに見える木製の白いドアをギィっという音をたてて開ける。用を足している最中、硝子が割れたような音が微かに聞こえ、ウェイターのすいませんという大声がそれに続いた。あらら、と思いながら用を足し終えドアを開けると、店内は蛻の殻だった。 満席ではなかったが、私以外にまばらにいた客たちも店員もいない。まったくわけのわからないまま自分の席に戻りテーブルを見ると、ブレンドと文庫本はそこに存在していた。窓から外を窺ったが、人の気配はない。本当に現実の喧騒から遠ざかってしまい、私は唐突にひとりぼっちになってしまった。「今日はあったかいねぇ」 突然声が聞こえてきた。かなり近くから聞こえてきたような気がするが、発信源がさっぱりわからない。「あたし自身が暑苦しいからなのかねぇ」「いやいや、今日はあったかいですよ。いつもカーディガン羽織ってますけど、今日は脱ぎたいぐらいですからね」 声が増え、会話が始まる。「あなたはいいよねぇ、あたしなんかはほら、ちょっと油断するとすぐ寒くなっちゃうから」「いや〜それは自然現象ですし、ぼくは夏なんかすっごく蒸すんですから」「だけどほら、あたしなんかはさ、儚い一生じゃない? あなたはいいよねぇ、やっぱりあなたはいいよ、うん」「いやいや、ぼくはずっと、もうず〜っと忘れられたり、ほったらかしにされたり、あなたの方が素敵で素晴らしい一生を、ふっと瞬くように輝いた生涯を、まるで蛍の淡い光のように幻想的な……」「あ〜あ〜もうわかった、わかったから、ね、あたしの方がいいわね、うん、わかったから」 小さな嗚咽と、それを溜め息混じりになだめる声がしばらく続いた。私はずっとあっけにとられていて何がどうなっているのか見当もつかない。たださっきから、ブレンドと文庫本がカタカタわさわさ小刻みに震えていることしかわからない。 と、またもよおしてきた。 席を立って無人の喫茶店のトイレへ向かう。木製の白いドアの前で、ふと思い立って自分の席を振り返るが、やはり誰もいなかった。
「ある日〜パパと〜二人で〜語り〜あぁたさ〜♪」軽くこぶしの利いた某有名曲が少女の口からこぼれ始めた「語り合うような歳の癖にパパとか呼ぶなよ」とすぐさま隣の少年の台詞で歌は途切れた……数瞬の間を置いてまた少女は歌いだした「わたしゃおんがーく家、山の小リスー♪」「リスが住むのは森だろ普通、山は猿とかだ」がまたもや遮られる……ヒクッヒク「まっかなお・は・な・の〜♪」「そんな鼻はない」プッチーンそこで少女の何かが切れた「あんたねぇ…さっきから人が気分よく歌ってるってのに、やめてくれないそういうの!」フルフルと震えながら答える少女に男はキョトン顔びっくりしたとかいうよりも意味がわからないという顔をしている「あーそうだなぁ…気分よく歌っていたようには見えんのだが」「なっ!? あんたが変な事言ったからでしょうが!」「まぁ仮に俺のせいで気分を害したのであったとしてもだ俺の発言に非はないつもりだ」少年はあくまでも自分のスタンスを崩そうとはしない「本当の事だったとか言うつもり!? けどねぇ! そんなこと言い出したら世の中はおかしな事だらけなのよ!」少女とのやり取りにはもう慣れている少年はさらりと切り返す「とはいえそれを放って置くのはよくないだろう」「うるさい! だいたいあんたいっつもあたしに対してばっかじゃん! どういうつもりなのよ!」攻撃姿勢の今の彼女相手に流石にお前のほうがうるさいとは言えなかった「なにが?」「そういう御託並べてウダウダ文句つけてくることよ! 他の人がやっても聞き流す癖して!」「どうしてって…それは」少年は一瞬思案する本当の気持ちを言ってやろうかと「?」が少女はその気配にはまったく気づかない仕方なく少年は適当に別の理由をつけることにした「からかいやすいから」ブチブチブチィィ!!!派手なエフェクトと共に少女に溜められたものは爆発していた「と・に・か・く! 今後一切! 私が歌ってる最中に邪魔すんな! 解ったわね!」言うだけ言うと少女は足早に少年に背を向け歩いていき思う なんであんなに小うるさいの!? どれだけこっちが迷惑してるか!少年は少女を追いかけ小走り気味についていき思う なんであんなにうるさいんだ? どれだけ他の人が迷惑してるだろうお互いの気持ちはお互いを気遣いつつも常にそこにありそれゆえに変えることが出来ず変わることがなく、結局の所また少女の怒声が響く事となった
君無しで僕は生きてゆくよきっととても辛いんだろうけど頑張ろうと思うんだ私の事、嫌いになったの?違う僕はこれ以上君に迷惑かけちゃいけないと思うんだ迷惑なんて、そんなの思ってない。でも僕の存在はいつかきっと君にとって迷惑な存在になると思うんだだからその前にそんな事、絶対起こらない。わからないよいつ僕がどうなるかなんて分からないし君もどうなるかなんて分からないだからその前にそうなる前に手を打てばいいと思ったんだでも。泣かないで僕は大丈夫だから君だってすぐに僕よりいいひとを見つけるさ人間なんてたくさん居るんだからねでも。ねお願いだから泣かないでどうして、どうして、あなたはいつも、私の話を聞いてくれないの。聞いてるよいつだって嘘。だって、いつも聞いてる振りして、私の話なんて聞いてないじゃない。そんな事無いよいいえ、いつも、いつもそうだった。私が何を言っても、全部、あなたが決めてしまうの。私にも、決めさせて。僕はお願い。私を独りにしないで……。これが僕が聞いた彼女の最後の願いでしたこの後僕は泣き続ける彼女を置いて立ち去りました僕さえ居なくなれば彼女は幸せになれると思ったんですそう思って僕は彼女の前から消えたのに運命は上手くはゆかないものです彼女は幸せになれないままこの世界から旅立ちました全ては僕の所為でした僕が立ち去らなかったらこんな事は起こっていなかったのかもしれませんでも一つ当たっていたことがありますそれはやっぱり僕は彼女にとって迷惑な存在になってしまったという事ですきっとあの時僕が去らなくても同じ事は起こっていたと思いますだったら彼女の悲しみが少なくて良かったと思いますもうすぐ彼女の前から消えて5年になりますそして彼女がこの世界から消えて4年になりましたごめんねいくら姿かたちがなくても僕は君に会いにゆくことはできないだから君は僕の事を忘れて幸せになって僕なら大丈夫だからそんなに脆くはないから君が居なくても一人でやっていけるから少しは信じてだからだからもう泣かないで……どうして、またそうやって、一人で決めるの?私はあなたと一緒に居たかっただけなのに。私はあなたと一緒に時を過ごしたかっただけなのに。私はあなたと一緒に生きてゆくことだけが、幸せだったのに。幸せは、あなただったのに……。ねえどうして君はいつもそうやって僕の夢の中でどうして君はいつもそうやって泣いているんだい
※作者付記: 引用文などは共に無し!!あえていうなら、俺の頭の中!!
頭痛がする。寝過ぎたせいだ。ベッドに潜り込んだまま鼻から上だけを出し、目をぎょろりと動かして時計を探す。三時だ。学校行くか?別にいいか。そろそろ講義も終わる。日も暮れ始める。だが布団から出る気は起きない。 音の無い欠伸をしたら埃を吸い込んでむせた。カーペットの上、抜け落ちた髪の毛が何本か絡まり、埃と糸くずとポテトチップスのカスを巻き込んで静かなコミュニティを形成していた。目をそらし、私はそれを無かったことにした。 昔から私は「無かったこと」にするのが得意なのだ、なんでも。そうやって無かったことにされたものや想いは多分体の中に蓄積されて、燃えそこなった不燃ごみみたいにぶすぶすと燻って有毒ガスを出し、近頃の無気力感に通じているんじゃないかと思うけど、それもまあ無かったことに。 煙草のにおいが染み付いた服を着る。嫌なことは全部なかったことにしちゃいたいけど、私自身は無かったことにされたくないので、だから私は今日も出かけるのだ、人目がある場所へ。このぎりぎりのルールを守っていればごみくずになることは避けられる。さながら犬猫がするマーキングみたいに、私は注意深く、自らを人目に晒す。 セイセーイおはよう御座いマースさみぃね〜。うわーテンション高ーまた今まで寝てたんじゃんアンタ。うんうっかりしてたーぢでだー。馬鹿。来いよ学校ー留年するよー知らないよー。うんー明日は必ず! 決められた一通りの会話を交わし遊び連中の輪に加わった。このゆるーい美術部で活動がなされることは殆どない。大概が集まった暇な者同士が喋ってまったりするのが関の山である。名もない私立校の部活動なんてそんなもんだ。 このコーラ誰の?さっき色々買ってきたんだけど人気無かったのそいつ。 みんなは午後ティーやボスの缶を持っている。そりゃそうだ冬なんだから。可哀相なコーラ、あたしがもらう。と申し出てプルタブをおこした。ら、目の前の風景の全てが茶色くスパークした。 みんなが爆笑している。なに?大丈夫??え〜ごめん走って買ってきたから寒くて。 うそ。計画してたんじゃないの?何してくれんのよ皆の前でこんなんなって無かったことに出来ないじゃん。無かったことに… 勿論そんなことを騒ぎ立てて興醒めされるのもやだし馬鹿笑いしながら家に帰った。靴を脱いで、靴下の裏に今朝の髪の毛コミュニティがくっついていることに気付いても、笑い顔ははりついてしまったようで、取れなかった。
最近、やけに物忘れがひどい。独り言でもいいから、少しでも口を動かしていれば脳は活性化されるらしい・・ でも、少し前に親友のくれた植物が枯れちゃって、この部屋には話し相手がいないんだな。 鏡の前に立つと顔色はドス黒く、跳ね返った髪の毛はもはや修正が効かなかった。 おかしいな、こんなにブサイクだっけ?なんか怖い。一応、容姿だけには気を使ってたはずなのに・・ 不意にコンコン、と誰かが白い扉をノックした。「おーい、いるんだろう?何があったか知らないけど、一方的に無視とかじゃなくて相談ぐらいしてくれよ。なあ、友達だろ?」 ん?あれ?どうしてかな・・声が出ない。せっかく友達が遊びに来てくれてるのに、麻酔を打たれたみたいに身体が硬直してる。 なんで? 結局、会えずに友達は帰ってしまった。なんだか悲しくて、ボーっとしていると携帯にメールが来た。 いったいどうしちゃったの?みんな心配してるよ、お願いだから返信して(涙) それを黙読して何故か、ごめんなさいと言って視線を逸らした。そして・・ ・・それだけだった。返信しない自分がいる。 彼でも彼女でもない・・なにが? 過去の履歴を辿ると、どうも二週間前からひきこもっているらしい。なんだか頭がフワフワしてどうでもいい感じである。むしろ、親友からの連絡が全く届いてないことの方が気懸かりだった。 ちぇっ、家族を除けば、一番長い付き合いなのにさ・・ 物心付いた頃にはもう一緒に遊んでいて、喜怒哀楽を共に繰り返してきた為か、内面から外面まで似ているなんて言われた事もあるヒトだ。 一年に二、三回しか電話してくれない薄情者だけどさ、親友がひきこもるという非常事態だよ。そこはいの一番に連絡くれなきゃ。 文句を垂れていると、代わりに母からのメールが届いた。 お友達から聞いたわ、あれから大学に行ってないそうね。気持ちはわかるけど、どうしようもない事なのよ。心の整理がつかないなら一度、帰ってきなさい。(母より) それを読んで、思わず笑みがこぼれた。 そうだ、明日いきなり彼の家に行ってやろう! 何錠か残っていた薬(風邪薬?)を誘われるように飲み干したら気分が安らいで、すぐに眠りに落ちてしまった。 ふと眼を覚ますと、彼独特の三度鳴らす呼び鈴の音。 まさか会いに来てくれた!?どうせ明日には帰るつもりだったのに(笑) はしゃぐ気持ちを抑えて、黒い扉を開いたら、そこには悲しそうに笑う彼がいた。
※作者付記: 1000文字にまとまっていない事、ご了承ください。
黄色いカメレオンがレストランで虚空を相手に怒鳴っている。どうやらサラダがいつまで経っても来ないらしい。カメレオンは黄色が茶色に成る程声を辛して叫んでいるのに店員は来ない。それどころか、客も居ない。どのテーブルも空っぽだ。料理する音も聞こえない。窓から見えるはずの景色は見えず、真っ暗が広がっている。レストランにも灯りはない。本当にカメレオンがサラダを注文したのかわからないまま、カメレオンはその甲高い声と一緒に真っ暗と同化し始めた。
※作者付記: ブログで意味も無い文章を意味も無く書いてるんでそちらも宜しく。(http://d.hatena.ne.jp/rarara6/)
首からぶら下がっている玉を握り締めていた手から輝きが漏れ始めると、まだ幼さの残る男は玉からやっと手を離した。「サヨ。今度こそはそうだといいな」 他に部屋には誰もいなかったが、若者はそう呟くと傍らにあった小箱から、何やら文字の書かれた札を取り出した。 そしてブツブツと小さな声で唱え出し、脇に置いてあった長刀を抜くとその札を刃先に載せた。 唱えだした言葉は、まるで歌のようでもあり耳に心地よい響きを伝えはしたが、傍らで耳をそばだてても何を言っているのか理解出来ない。 しかしその声に呼応して札はスルスルと生きているかのごとく、ひとりでに刃先を巡り小さな乾いた音をたてて消えた。 若者はその作業を何度か行った後で今度は小柄を取り出し、さっきとは少し違った札で同じような作業を繰り返すのだった。 夜が白々と明け始める頃。次の宿場までの山道を急ぐ旅人から少し遅れて若者の姿があった。髷も結わず髪を後ろで束ねただけの姿の若者の歩みは、何かを待っているようでもあった。 片側が崖の細い路にさしかかった時に、明らかに山賊と思われる男達が行く手を塞いだ。「身包み剥ごうとは言わん。通行料を頂こう」 その中の一人がいうと、残りの男達は下卑た声で笑いながら近寄ってきた。 若者は胸元に掛けられた手を払うと、「断る」と一言発しただけで、泰然としている。「それじゃ命も置いていけ」言うが早いか、男達は手に持った得物で討ちかかってきたが、簡単にねじ伏せられてしまった。 一人の男がヒョウと指笛を吹くと、少しして男達の人数は30人程に膨れ上がっていた。「小僧。手下を可愛がってくれたようだが、腕は良いようだ。どうだ仲間にならんか?」「お主が頭目か?」若者は凛とはった声で問うた。「生意気な小僧だ。そうだ俺がこいつらをたばねている」「ここに鬼若という者はいるか?」「鬼若。そんな奴はいねえよ」 違ったかと耳をそばだててやっと聞こえる声でいった若者は、「構うな。斬りたくはない」というと男達を無視して道を再び辿り始めた。「やっちまえ」一斉に男達は斬りかかったが、若者の動きは余りにも早く、討ちかかる男達の得物を使って一瞬のうちに男達を斬り殺してしまった。「サヨ。又違ったようだ」 若者は首の玉を握るとそうつぶやき、次の宿場へと向かった。「なかなかだな。しかしありゃ人外の技じゃ」 少し離れた梢の上の黒い影からそう呟く声が聞こえた。
てるてる坊主てる坊主明日天気にしておくれ声が聞こえる幼い少女の声のようだここは…どこだ…?「おはようさん。」「うわっ!!?」急に間近で聞こえた声に、慌てて目を開ける。目の前にいたのは、やはり少女。10歳、くらいだろうか?レインコートの様な形のワンピースを着て、下に黄色い長靴を履いている。すっぽりと被ったフードから覗く大きな瞳がキラキラと輝いている。「君は…誰だ?」恐る恐る尋ねてみると、少女はニッコリと笑う。「あたしは雨娘だよ。」「あまむすめ…?」「そう! あたしは雨の子供なんだよ」雨の子供?この子は一体何を言っているんだろうかふざけているのかとも思ったが真っ直ぐなその目を見ると、嘘をついている訳でもないらしい。「お兄さんは人間なんだよね?」「…あぁ。そうだよ。」「じゃあココを何処か知らないんだね」ココ、辺りを見回し、驚いた。上も下も、右も左も限りない、薄い青色の世界。一つだけ解るのは此処が人間の住んでいる世界では無い、という事。「ココは雲の中だよ。…でも大丈夫、すぐに帰してあげる」一つだけ、お願いを聞いてくれたら。「お願い…?」俺がオウム返しに聞くと、少女はゆっくりと語り出した。「雨の子はね、動物の体内に入ると、その動物の糧となって一生宿主を守るんだよ。でもあたしは、今まで100回地に落ちたけれど、宿主とめぐり会う事が出来なかったんだ…。」そこで一端言葉を切り、少女は目を伏せる。「あたしはもうすぐ寿命が切れる…。それまでに、どうしても宿主を見つけたくてお兄さんを呼んだの。」今度は真っ直ぐと、俺を見つめた少女は俺の前まで歩み寄る。「お兄さん、あたしの寿命は…もう………」少女の声が遠くなり、目の前が強い光に包まれて、目が開けられない「タクミー。ご飯だから早く降りて来なさーい」「…え……?」気がつくと、そこは俺の部屋で、下で母さんが俺を呼ぶ声が聞こえて「夢…?」あたりを見回すも、あの少女も、青い空間も何処にも無かった。いつもと変わらぬ部屋。ただ、窓の外から聞こえ始めた雨音以外は…「…雨娘、」窓から身を乗り出し、手の平に雨を受け止めるとコクリと飲み干し、雨の子を体内へと受け入れた。微かに…ありがとう、と聞こえたのは空耳なのだろうか…END.
※作者付記: もうすぐ梅雨の時期なので、と思いついた話しです。雨娘が本当にいたら素敵だろうな、と思っていただけると幸いです
<殺された…>人通り賑わう街中で俺は刺し殺されたのだ。(何故? 刺したのは誰なんだ?…いったい俺が何をした?)俺は幽体離脱して、ただの肉の塊となった自分を見下ろしていた。うつ伏せに倒れた俺の背中から、紅いものが溢れ出ていた。。「きゃぁあー!」辺りの人達も俺の事に気づき、蜘蛛の子を散らす様に逃げた。(おい!驚いてる場合じゃねーんだ!誰か俺を助けろよ!)俺は、俺の直ぐ横に立って叫んだ。だが、俺の声なんか誰にも届かない……俺は死んでいるのだから。「き…きみ!大丈夫かあ!だ…誰か救急車を!」年配のサラリーマンがおっぴり腰で近づいて来てくれた。(ありがとう…おじさん、この恩は死んでも忘れない…って、死んでるけどな…)そして大勢の野次馬達で大きな輪になった。俺はその中を抜け出し、ボーと奴等を見ていた。(…本当に死んでしまったんだな…これだったら、もっとやりたい事やっとけば良かったよ…)(あ!そうだ!洋子と待ち合わせしてたんだ!直ぐ行かなけりゃ!…やべ!時間が無い… …て、死んでんだ、俺)<ピーポーピーポー>救急車が来た。(ああ…洋子ごめんな…もう逢えないけど、幸せになってくれよ…そうだ!兎に角、待ち合わせ場所に行こう。俺は死んだって事を教えないと…)幽体離脱した俺は、ふらふらと歩いて洋子と待ち合わせしていた場所を目指した。<ピーポーピーポー>さっきとは別の救急車が目の前を通り過ぎて行った。(…洋子…内緒にしてたけど、オフクロは許してくれたんだよ。俺達は結婚できるんだ。逢ったら喜ばせてやろうと、今日まで内緒にしてたんだが…それももう遅いな…俺は死んじゃったよ…)「そ、そんな…私って…何て事を…」!?俺の後ろに誰かが立って居た。洋子だった。(洋子!よかった!お…俺、死んでしまったんだ!御免よ!お前を残して逝ってしまう俺を許してくれ! って、お前には聞こえないだろうが…)「聞こえてるよ…」「え!?何?今返事した?」洋子の顔の前で手を振った。「私も死んだの…だから貴方の声は聞けるわ」「何!?お前も刺されたのかぁあ〜?!やった奴は俺を刺したやつか!畜生〜!誰だぁああ〜!」「違うよ。私はあのビルから飛び降りたの」(さっきの救急車は洋子だったのか…)「そして、貴方を刺したのは…うぅ…御免なさい…」「も、もしかして…俺を刺したのは…洋子、お前か…」「…」「ど、どうして…どうして俺を…」「貴方を誰にも渡したくなかったから…」
※作者付記: 本当はもっと長かったんですが、1000字にするため泣く泣く減らしました(涙)