第45回体感バトル1000字小説部門


エントリ作品作者文字数
01立体空間偽悟空1021
02対峙Orange Quince996
03FLOWERみらくる。989
04せみしぐれ東風(こち)1000
05「いっこずつ」きなり1000
06高校生黒霧 島男1487
07算数の時間土目1000
08やくそく千草ゆぅ来1000
 
 
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エントリ01  立体空間     偽悟空


 白い箱。
 四面の立方体。
 どこにでもある正方形は真っ白な地平に佇んでいる。
 「…なんだろう。まるで存在感がないのに、ここにあることになぜかしっくりくるんだ。」
 ひとつの瞳は、僕にそうつぶやいた。
 僕はその箱を押す。箱はたやすくころがりその場所から少しずつ離れていく。しばらくすると何かにぶつかったような感触があり箱はその場から動かなくなった。 
 「邪魔するなよ。」
 ぶつかった何か…それはこの箱と同じもうひとつの箱。形はこれとは違い横に長い長方形。 
 「ごめん、全然見えなかった」
 「気をつけろよ」
 「うん」
 人だ
 僕と同じ
 でも違う、あれは僕じゃない。
 「なぁ、お前鉛筆知らないか?」
 「鉛筆、ですか?」
 「あぁ、寒いんだよ。俺昔から冷え性でさぁ〜」
 「そうですか、火でもあればだいぶ暖かくなりますしね」
 彼は違うと首を横に振る
 「そうじゃなくて、なんかあるだろ?他にさぁ」
 僕は腕を組み考える。
 「…服?」
 「違う」
 「なんだろ、暖かくなるものでしょ?」
 しばらくして急に思い浮かんだ言葉に僕は思わず声が出た
 「太陽!」
 顔を上げたら彼は消えてなくなっていた。
 足元には消しカスが散乱している。
 「ねぇ、神様」
 「なんだい?」
 「いったい何の話をしているの?」
 「現実の先にあるものの話だよ」
 「シュールレアリズムのこと?」
 「うん、いい言葉だね。別の呼び方で言っていたら君も消えていたよ。私は超という言葉に敏感なんだ」
 「…はぁ、そうですか」
 「君は欲しいものはあるかい?」
 「あなたの欲しいものが僕の欲そのものです」
 「そうだったね、でもごめん。僕は自分の望むものを書くことはできないよ…」
 僕は彼が運んでいた長方形を縦にして自分の正方形に積み上げるとそれを背にもたれ座り込む
 空を見上げると少し世界の背が伸びた気がした。
 遠い空の向こうから僕を押しつぶすように風が吹く。
 ふたつめの瞳が僕に言う
 「君は立ち止まってる方が絵になるね」
 「そう書いたのはあなたじゃないですか」
 「そうだね、ごめんやっぱり才能ないよ僕」
 パタン 
 神様は世界を閉じるとそれを机の奥へとしまう
 
 「何してるの勉君?ちゃんと勉強してるの?」
 「うん、かぁさん」
 「ちゃんと勉強しないと大学合格できないわよ」
 「わかってるよ」
 「ならいいけど、今年合格しなかったら大学はあきらめなさいよ。受からないのにいつまでも予備校通ってても仕方ないんだからね」
 パタン
 






エントリ02  対峙     Orange Quince


 今、俺の前には1人の男が立ちふさがっている。これが最後の戦いだ。長く壮絶な争いの末、残ったのは俺とこの男二人だけだった。周囲の人間は俺たちにからかいにも似た歓声をあびせる。俺は深く息をすると、強く握った自分の右手じっと見つめる。頼れるのはこの右手、ただ一つだけだ。緊張から少し手が震える。相手も緊張しているのか、この舞台にはおあつらえむきの晴れ渡った空を見上げていた。互いにこの後訪れる運命はわかっている。敗者には声をかけるものさえいない。この残酷な戦いに負けること、それは「失うこと」を意味していた。
 俺は目をつぶる。前にもこんな戦いがあった。そのときは勝っただろうか、負けただろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。目の前にいるこの相手に集中するだけだ。俺は、頭の中で最善のシミュレーションを繰り返す。いったい相手がどう挑んでくるか、全ての可能性を考え尽くした。戦法は決まった。これでどうなっても、もう悔いはない。
 「早くしろ。」とせかす声が聞こえる。勝負のときは来た。「行くぞ。」どちらからともなく合図が出た。互いに構える。不意打ちはかえって自分を不利にするだけだ。何よりも正々堂々を貫くこと、それが男というものだろう。
 しばしの沈黙のあと、相手の肩がピクっと動く。時間だ。俺は大きな叫び声とともに握り締めた右の拳を相手に突きつける。しかし、俺を待っていたのは大きく開かれた男の右手だった。

「わーい、じゅんちゃんがおにー。」

 俺の目の前に広がる光景は予想通りのものだった。男と周囲にいた人間は俺から一目散に逃げていく。俺はこの後、本気で彼らを追わなければいけない。そうしなければ俺は永遠に解放されることはない。そう、俺は一人ぼっちの囚人になってしまったのだ。孤独の恐ろしさとともに、これからいつまで続くかわからない追走への不安が俺を支配していた。してはいけないとわかっていても、後悔の念が浮かんできてしまう。もちろん、俺に声をかけるものなどいない。俺は負けた、これが運命なのだ。俺は覚悟を決めて、カウントダウンを始める。そのとき、一人の男が俺の視界をふさいだ。俺は予想外の出来事にどうしていいかわからない。すると、この男がまるで俺たちの壮絶な戦いを全く知らないかのごとく無垢な表情を浮かべながら語りかける。

「ねえ、僕も入れてよー。」

どうやら、俺の運命はあと一戦分つながったようだ。






エントリ03  FLOWER     みらくる。


深い意味を持って黒服を着続けたわけではない。
淡い、桜色のレースのついた服をかわいいと眺めることはあったし、それを何のためらいもなく着れる人に憧れた。

でもレジに持っていくものはやはり黒、たまに灰色だったり。


「せっかく肌白いんだから着てみたらいいのに」

一通り店をまわって入った喫茶店で、梨花があきれたような笑いを浮かべ、言った。

「絶対似合うって。試着ぐらいしてみる?」

「無理、絶対無理」

お世辞を言う店員の苦笑いが容易に想像できた。

「そんな嫌がることないじゃない」

ほんとまじめなんだから、と梨花はこぼすように笑った。



黒いセーターのはいったロゴ入りの紙袋を放り投げ、灰色のベットにごろんと寝転がる。六畳のこの部屋の半分は、姉が祝いに買った外国製のこのベットに占領されている。
駅前の華やかな店に訪れた後はいつもこの部屋はよりいっそう質素に感じる。
卒業パーティーでもらった花が、場違いに咲き誇っていた。


女はなぜ着飾るのだろう。

窓辺に飾られたオレンジやらピンクの薔薇をみながらふとそんなことを思った。
その向こうに見えたグレーのスーツを着たサラリーマン。
薔薇が梨花のような「女」だとしたら、私はむしろ彼に近い。

対照的な二つの物は、生物学的には同じ人間であるはずなのに。

私は、自分を飾るべき存在ではないと思っている。
埋もれることが自分のあるべき姿と。
自分が嫌いだから、そんな自分を飾っても仕方ないと思っている。

梨花は。

梨花は自分が『好き』なんだろうか。
そうでなければ自分を飾るなんてできない気がする。

花が虫に花粉を運んでもらうために美しいく咲くのだとしたら、飾ることにも何か、他者を求める要素があるのだろうか。


「そうだとしたら‥‥」

着飾ることで孤独はうまるのだろうか。

私が自分の存在を疎ましく思うこともなくなるのだろうか。

虹のように多彩な色彩を放てば幸せになれるのだろうか。


そのために、誰かに存在を知らせるために、皆着飾るのだとしたら、こんなにむなしいことはない。

そうすることでしか、自分は気づいてもらえないのだと知ってしまうことは。






携帯のバイブで、玄関に置きっぱなしの黒いリュックが振動する。

戻された意識を携帯へ向かわせると、梨花からのメールが入っていた。



『今日は買い物に付き合ってくれてありがとね☆
 おかげで少し吹っ切れたよvv
 今度の合コン、このワンピでがんばってくるから(笑)』


結局、どうしたって、生きている限り、空洞を埋めることはできない。

私ももしかしたら、自身が闇になることで穴を隠しているのかもしれない。

見えないように。見せないように。


妙に明るくなった部屋を見渡し、薔薇を窓から放り投げた。






エントリ04  せみしぐれ     東風(こち)


「夏、ね」
 蝉が、鳴いている。
「夏、です」
 サワサワ。サワサワ。
「まだ、ここに居るつもりですか?」
 木漏れ日が、二人の頭上に降りそそぐ。
「ええ。あなたは?」
「僕は…」
 通りかかる人もいない。
 歪んだ舗装道路だけが、細く伸びている山道。
 二人の足下には、幾つかの花束が散らばっていた。
 そして、彼女の手にも赤い花がある。
「彼が、とても好きだった花。私も大好きだった…」
 いつか、そう聞かされたことがある。
 赤い、小さな花。
 花の正式な名前は知らない。もう、知る必要もない。
 彼女と、彼女の恋人が好きだった花。
 それだけで充分だろう。
 僕は蝉の声を上の空で聴きながら、彼女を見る。
「まだ、受け入れられませんか? もう三年経つというのに」
「そういう、あなたはどうなの?」
 彼女は寂しげな微笑を浮かべ、僕を見た。
「僕は」
「恋人に渡せなかった、その指輪。まだ捨てることが出来てない」
「………」
「私も、この花を捨てることが出来ないでいる」
 彼女は赤い花に唇を近づけ、小さなため息をつく。
「結局…二人だけだったのね」
「ええ」
 バスの事故だった。この狭い山道での転落事故。
 死者は二名。他は軽傷だったという。
「運が悪かったんです」
「納得できないんでしょう? そのことに。だから、あなたも」
「そうかもしれない。でも。じゃあ、僕たちはいつになったら」
 いつになったら、現実を受け入れられるのだろう?
 一瞬で全てを失った現実を。
 彼女は、静かに瞳を閉じる。
「きっと…あなたが、その指輪を捨てられる時。私が、この花を捨てられる時。…その時が来れば」
「そんなこと」
 そんなこと、出来ない。
 まだ…出来ない。
 じゃあ。
 いつになれば出来るというのだろう?
 壊れてしまった時の中で。
 いつになったら。
「蝉時雨」
「え?」
「こうして目を閉じて蝉の声を聴くと、雨音のように聞こえるから。だから、蝉時雨」
「せみしぐれ…」
「あんな事がなければ、知り合うこともなかったわね。私たち」
「ええ」
「…知り合いたく、なかったわ」
「ええ」
 蒼い空。歪んだ道。二人に降りそそぐ、蝉時雨。
「あの時も、こんな日だった。蝉時雨の頃。私は、彼に会いに…」
 彼女は戻れない過去を、受け入れることの出来ない過去を、一人、語り始める。
 僕はだから、目を閉じて、蝉時雨を聴いていた。
 三度目の夏が訪れても、僕たちはまだ―
 自分たちの死を、受け入れることが出来ないでいる。






エントリ05  「いっこずつ」     きなり


 どーぞ、と差し出されて、思い出したこと。


 雪融け水を吸い込みきれない湿った土と、枯れ草ばかりの一面茶色の稲作用地。背後にそびえる校舎をのぞき民家すらない。そんな場所で強烈に自己主張する自動販売機。
 高校二年の夏、西門から10メートルの距離に、ダイドーの白い自動販売機が突如出現した。大歓迎で迎えられ、常に半分は売り切れランプが点灯。そんな蟻のような学生達を賄うため、1ヵ月後に赤いコカ・コーラの自動販売機が併設された。
 そしてその一年後、三年の夏に、ロッテのアイスクリームの自動販売機がやってきた。

 下駄箱がある東門と真裏の西門は意外と距離がある。三階の教室と自動販売機を往復するのにかかる時間は、列待ちを考慮すると授業の合間の10分間とジャストタイムだ。いつも時間丁度に終了する科学の先生が教室を出るのと同時に教室の後ろ扉から飛び出し、階段を掛け降りる。スニーカーをつっかけグランドフェンス裏のソメイヨシノの合間をすり抜け、東門から道路を見る。まだ誰もいない。
 ついてる、と一番奥のロッテの前に立ち、財布から千円札を取り出し入れようとしたら、赤文字でつり銭切れの表示。ありゃ、なんて言ったとき、車道に白いサニーが止まり、黒のスーツの男性が降りてきた。
 ダイドーの前に立ち、千円札を入れ、ホットのブレンドコーヒーのボタンを押した。ガコン、と取り出し口とつり銭受けの透明なフタが揺れる。缶コーヒーとつり銭を取り出すその人と視線が合う。無意識に一挙一動を見ていたことに気づき目をそらす。
 男性はこっちに一歩踏み出した。押し出され二歩あとずさる学生なんかは眼中にないとばかり、彼はダイドーから吐き出されたつり銭をロッテに投入し、右角のボタンを押す。ガコン、と取り出し口に赤い紙箱が落ちる。
 それを取り出した後、くるりとこちらを見た。そして、コレでしょ、と笑った。
 あ、いや、と手で宙を掻きつつも、はいどうぞと差し出され、その自然さから受け取ってしまった。

 教室に戻ると、余裕だったじゃん、と50円玉を机に置かれる。今日はおごりだ、と言いながら箱を開けて1個取り出し、箱がらみ50円玉の横に置く。なんで、と訊かれたけど、よくわからんと答えてかぶりつく。いつもと変わらない粉っぽさと甘さ。

 季節の境目、あと数日でネクタイを締める生活に入る、十年以上前の記憶。


 最近あの自動販売機、見かけないよね、と、ぱくり。






エントリ06  高校生     黒霧 島男


 腹が減っては戦は出来ぬ。現代では、腹をいっぱいにして戦をしないか、腹を減らしていても戦をするかのどちらかだ。
 たまたま、私は食堂でAランチにありついている。250円。それを食べなければ、どこかの国の子供を注射で救えるかもしれない。いや、ボランティア活動をしている医者が救った気になるだけだろう。さて、地球の裏側で血を流したり腹を空かしたり病気になったりし、死んでゆく子供たちの記憶写真を捨てて、チキン南蛮にかじりつくとしよう。中途半端は、彼の悲しい瞳を眺めて、「これだけしかないんだ」という言い訳を私から引き出すという結果しか生まないし。
 鶏は殺されるべくして殺されたのだろうか、私の腹を満たしたあと糞となって出るために。たぶん、そうだろう。もう、それは事実なのだから。必然だ。かもしれない。
 私は何のためにあるんだろうか。鶏を殺すし、貧困に悩む国は救えないし、あれだけ小遣いをせがむために行っていた祖父母の家に祖父がボケた途端行かなくなったし。
 そうだ。ジーさん家に行こう。それで、私も救われた気になれるんじゃないか。
 バスに乗り、駅まで行き、電車を待っていると、私と同い年くらいの人が、背後から、私に抱きついてきた。思いっきりの力を出して、そいつを振り払った。すると、正面から駆け寄って来て、また抱きつこうとする。
「消えろ、ガイジ」何を言っても言い訳にしかならない、思わず出た言葉。そいつは何とも言えない顔をして何かを呟きながら私の少し離れたところで佇んでいた。電車が来たから乗った。私もそいつも。私はそいつとなるべく離れるべく車両を一つ開けて乗った。座席に座って窓に映った私の顔。私を弁護できる奴はいない。
 結局、いつもの駅に降り祖父の家には行かなかった。私は腹が減るし、戦もしたくない。飯は溢れて、戦もしなくていい。
 両親は共働きだ。今日はいない。そんなとき、近くの魚屋のおっさんが親切にも私にご飯を食べさせてくれる。
「おい、どうしたんだ。そんなにしょげて」
「いや、別に」
おっさんは、うちの親からもらった酒を飲みながら、野球中継を見ている。おっさんの好きなチームがすごい点差で勝っている。おっさんはご満悦だ。おっさんの気にいっている女優が保険会社のCMに出ている。おっさんはなおさらご満悦だ。
「おっさん、俺、おっさんみたいになりたい」と私は真剣な顔で言った。すると、おっさんは、げらげら笑って、
「そうか。楽勝だ」と言った。私には難しそうだ。
 ガラス戸を叩く音。おっさんは、醤油皿に鰯の刺身を何切れか入れ、戸を開けて、そこにそれをおき、猫を撫でた。それから、またガラス戸を叩く音。おっさんは戸を開けて、「っしっし」と言ってその別の猫を追い返した。
「ひどいじゃないか」と私は、言おうとしたのだけれど、止めた。その代わりに戸を開けた。「ありがとう」とおっさんに告げ、外に出た。おっさんが地域で可愛がられているとか言う野良猫が鰯を平らげ、店に居残っている。半分開いたシャッターから、夜の帳に消えていく別の猫。私は追った。猫と言うのは、意外に速く走る。私は追いつこうとしたのだけれど、途中で馬鹿らしくなってやめた。肩で息をし、街灯に肩を寄せた。
 星は街の灯に食べられたが、月と人工衛星と飛行機だけが、たまたま生き残っていた。かすかに見える星がいくつか残っていた。私は石ころを拾ってつかまっていた街灯に投げつけた。パリン、ブーンと音を立て街灯は一つ消えた。自転車に乗ったお回りがその道を通りかかる。私は思いっきりに逃げた。「救えた!」と叫んだ。
 電車の窓に映ったあの高校生を。


※作者付記: 誰もが生かされていることに気づきたい
そして、我々は常に生かされているだけだ。かもしれない。







エントリ07  算数の時間     土目



私は勉強が嫌いだ

今も教科書を前にしているが一向にやる気が起きない
授業も突っ伏してやり過ごしている
やりたくない事はできないものだ
テストの点に焦っては見たが
こう科目が多くては何から手をつけていいのかすら解らない

取り分け算数が嫌いだ

いったい誰が考え出したのだろう
まず損得勘定で物を考えると言うその前提が許せない
大人たちは道徳がどうだの人をもっと思いやれだの言う一方で
全般的に算数の成績が下がっている、嘆かわしい事態だなどと言っている
これはつまり道徳心と計算力のどちらが大事かという算段すらまともに出来ていないということだ
この時点で算数がどれだけ応用の効かない粗悪品であるかがわかる


そして中でも引き算が嫌いだ

これを見るたびに悪寒がする
今ある数を何故減らす必要があるのだろう
数を殺すような残虐さ私はとても好きになれない
−なんてついた数を見るとまるで屍が歩いているようで吐き気すら覚える
私はそれを夢で見たことすらある


その次に割り算が嫌いだ

バラバラに数を割いて何が楽しいのだろう
勉強が進むにつれ細かく細かく数を砕いていく
もはや割り算ではなく砕き算の領域だ
数が綺麗に切り取られるほどに周りの皆が喜ぶ様を私は見ていられない
目も当てられない光景とはこのことである


掛け算も嫌いだ

数と数を掛け合わせて異形の数へとなす、まるで怪しい改造実験
形を変えられたそれらが元の面影を見せる時
私はそれらが苦しそうに喘いでいる様に見えてたまらない
九九の合成表を暗記させられるのはたまらなかった
私は彼らに何がしてやれただろう


足し算と向き合うのも…嫌だ

それは
足し算を解く時彼らがあまりにも従順で、私の思うとおりに従って動いてくれるから…
彼らはいつでも私を信じて付いて来てくれる、まるで何も知らない幼子のように…
彼らは私が間違っていた時ですらその無垢な心で私を信じ続ける
そんな彼らの瞳をまともに見ようものなら私は五秒と持たずに目をそむけてしまう



千に成ろうと万になろうとそのあり方は変わろうとしない


慈悲も救いも無くただ処理がなされるだけの機械的な学術


そんな算数をどうしたって私は好きになれない


だがそんな中を数字は生きている


目には見えないすぐ隣の世界で今こうしている間にも囁きあっている


耳を澄ませば算数の中の数字の声が聞こえるはず…


私は算数が嫌いだ…だが算数を止めようと思ったことは一度たりとない


なぜなら私は算数の世界に生きる数字を愛してしまったから









エントリ08  やくそく     千草ゆぅ来


「これ、ダメじゃない?」
 その台詞があまりに楽しそうに言われたので、聖子は一瞬翔太が別のことを差して言ったのかと思いそうになった。
 だが勘違いでないことは、今二人の目の前にある問題用紙を見ればわかる。居間のテレビの前にふたりで陣取り、回答速報を見ながら、入試問題の自己採点をしているのだが。
 この科目、――四十五点。
 公立高校の入試は、一科目六十点である。もちろん高校のランクにもよるが、聖子の受ける高校は一科目平均で五十二点以上でなければ合格確実とはいえない。
 手元の電卓でそれぞれの問題の合計点を計算したところ、四十五点。なにかのまちがいかと思い、再計算してみたがやっぱり四十五点。
 しばし放心して見つめていると、翔太が冒頭のせりふを言ったというわけだ。
「なんであんたはそんなにうれしそうなのよ。だいたい、あんたは何点だったわけ」
「……三十一」
「あっそ」
「しょーがねぇじゃん、おれ石川より頭悪りぃもん」
「……」
 ふくれる翔太がその差を気にしていることを知ってはいても、くだらない優越感を味わっていないと、なんだかすべてに負けるような気がして、聖子はうまくフォローしてあげられない。だってもし恋愛が、落ちるとか落とされる」とかいう勝ち負けだとしたら、とっくに聖子は負けているのだ。
「でもさ、石川」
 テレビに視線を向けてごまかす聖子を、翔太がにやにやと覗き込む。
「何」
「おれ、本当は石川に公立落ちてほしいんだよね」
「なんで」
「だって石川の行く公立遠いんだもん。あそこの私立だったらおれの行く公立近いからさ、また一緒に学校行けるかなーとか思って」
「ばっ」
 バカじゃないの、と言いたかったが顔に血が上ってぱくぱくと金魚状態になったまま動けない。
「そ、それならあんたが公立落ちりゃいいのよ」
「でもおれの方の私立はけっこう遠いよ? 電車通学になるし」
「駅まで送っていってあげるわよっ」
「二ケツ(自転車の二人乗りのこと)で?」
「そ、そうっ」
「やだよ、石川重いもん」
「!? なんであたしが後ろに乗ることになってるのよ!?」
「だっておれの方がデカい」
 勝ち誇ったようにふふんと笑われて、悔しいので頭をはたいてやる。いててと頭を抑えながら翔太は笑って、
「もし二人とも公立受かっても、石川は電車通学だろ? そしたら二ケツで毎日送ってやるからな」
と胸を張った。
 やられた、と思いながら、聖子は降参の手を翔太の頭にあげた。