雨はいまだに降り続けている。ざあざあでもなく、ぽつぽつでもなく、ただ、さーっという音だけが延々と続くような雨だ。それがこの、古い小さなバス停のトタン屋根に当たり、甲高い音を立てている。 僕は煙草に火をつけると、隣に座っている友達に尋ねた。 「お前も吸うかい?」 返事はなかった。彼はただ、黙っている。 「そうか。お前は吸わないんだっけ。悪かったよ」 仕方がないので、僕はそのまま黙って吸った。 煙草を吸うじりじりという音と、雨音以外は何も聞こえない。道を通るものもなかった。煙草を吸い終われば、またさっきと同じ、トタン屋根の甲高い音が響いた。 「まったく、耳障りな音だよ。そう思うだろ?」 返事はない。彼はただ黙って僕の話を聞いている。 「まあ、いいさ。お前のだんまりにも、もうすっかり慣れたよ」 再び、甲高い音だけが響く。 この無口な友達とは、会ってまだ三日ほどしかたたない。このバス停で、偶然に出会ったのだ。それ以来、僕は彼の隣に座り、ときどき彼に何か話しかけて、彼はそれをただ、黙って聞いている。彼から話しかけてきたことは、一度もない。 だが、それでも僕と彼は友達だ。僕らはいつもこうして、このバス停でバスを待ちながら時を過ごす。僕にとって、この時間だけがただ一つの楽しみだった。 「お前は奇妙に思うかもしれないけど」 僕は新しく煙草をつけると、再び彼に話しかけた。 「僕はお前と知り合えて、本当にうれしいんだよ。こんな風にしていろいろ話せるのは、お前だけなんだ。だから、お前が何も言わなくたって、僕にはどうだっていいことなんだ」 僕は時計に目をやった。もうじき日が沈む時間だった。バスは、まだ来ない。 「やっぱり、今日も来ないのかな」 もうかれこれ、三日もバスを待ち続けている。だが、バスは一度も来たことがない。 不意に、強い風が吹いた。彼は風にあおられ、僕によりかかった。 僕は特に動じたりもせず、彼の冷たい体を起こし、いつものようにきちんと座らせた。 「ああ、もう日が暮れちゃうな。そろそろ帰らないと」 僕は立てかけてあった傘を手に取ると、ゆっくりと立ち上がった。そして、いつものように彼に声をかける。 「じゃあ、僕はこれで帰るよ。明日も来るよ。さようなら」 友達は何も言わない。だが、僕にはそれで十分だった。僕は振り続ける雨の中、もはや動くものすらない世界を、黙って歩いていった。
悠鈴高校旧校舎三階廊下、通称マノビ廊下この廊下には中央階段が存在しない、どう間違えたのか階段が二階でぷつりと途切れているゆえにこの三階には西もしくは東の階段を昇るしかなく主に用事のある部屋に近い側が利用されていたらしい今では廃れたこの校舎に好き好んで寄り付く人はいないそんな未知の空間であることが原因かは定かでないがここにはとある怪談話があるよくある話の一つである話はこうだった…夜に旧校舎の三階を西から東へ二人以上で十分かけて歩くと人が消えちゃうんだって何故こんな話が伝わっているかは誰も知らないただ漠然と恐怖心とそれ以上の好奇心を掻き立てるフレーズではあったその日も二人旧校舎を目指す学生がいた目的はもちろん噂の確認と肝試しだ三階に着くと二人は時計を合わせた後懐中電灯を握り締めながらゆっくりと進んでいったそろそろ一分はたっただろうか?一歩踏み出すのに十秒ほど使いながら進んだつもりだったが一つ目の教室を横切って見た腕時計は30秒しか針を進めていなかった会話で沈黙を誤魔化そうとするが長くは続かずまた辺りは静寂に包まれてしまう会話の無くなった中、時は永遠とも思えた腕時計を確認する回数が増えてきたまだ五分しか経っていないすでに廊下を三分の二ほど進んでしまった時計が戻るなら今しかないと告げている気がしてくるこのまま歩き続ければ二分ほどで廊下は終わってしまう二人の最後の自尊心はそれを拒む仕方が無いのでその場で立ち止まって時間をつぶす二人にとって懐中電灯の光がこんなにも頼りになると思えた事はなかっただろうお互いを向かい合って照らしていると不思議と安心できた残りの時間が一分を切った二人はまた歩き始める待ち望んでいたにもかかわらずいやな汗が吹き出てくる廊下の端と時計の長針がもうすぐ終わるこの時間を告げている後十秒…時計ばかり見ていてもう一人より少し前に出てきていた後五秒…ちらりと後ろを見その存在を確認する後一秒…フッと後ろからの光が消え自分の影が消える自分のともわからないような叫び声を上げてしまい悪ふざけに興じた友人を目いっぱい怒ろうと顔を上げる目の前には壁があった廊下が終わっていた振り返ったそこにもう一人はいなかった次の日も旧校舎の噂は流れていた「夜に旧校舎の三階を西から東へ二人以上で十分かけて歩くと、人が消えちゃうんだって」「なんで二人以上なの?」「一人じゃ消えても判らないじゃない」
※作者付記: 不可解な部分も多いと思いますが初めての怪談話なので許してください^^;
新宿の街のどこかに、10円玉を落としたの。あなたが拾ってくれたら、あたしはとても嬉しい。もし、あなたが何か買うとするわ。例えば、富士そばできつねウドンを食べたいとする。でもね、ポケットの中は丁度10円分足りないのよ。そんな時、あたしが落とした10円が大いに役に立つ。 10円ぽっち、拾うのなんかすぐじゃない、って言う? 例えば、ゲームセンターなんかで小銭をうっかり床にばらまいてしまったり、酔っぱらいのポケットから何かの拍子にこぼれたり、下向いて歩いていたら10円どころかもっと大きなお金まで拾いかねないわね。 でも、あなたに見つけて欲しいのはあたしの10円玉よ。 めっきり少なくなったけど、公衆電話の返却口に残されたやつ、ほら、時々探ってる人がいるでしょ。いいえ、そんなところには置かないわ。もし見つけたら、あなたはそのお金であたしに電話をかけてくれるかしら。 携帯が壊れているっていう言い訳で最後に電話をくれたのも、この街のどこかの公衆電話だったのかしらね。 間違えないように、あたしはそれに印をつけた。 チェーン店の居酒屋の店員が、口先だけの挨拶をしてビールを置いていったテーブル。泡がすっかり消えてなくなってしまっても、あたしはただ身を固くしていた。あたしはあなたの左手だけを見ていた。細い銀の指輪を、はめていたのね。あんまりにぎやかだったから、あなたの言葉が何一つ聞こえなかった。 覚えている? 南口にあるデパートの女子トイレ、パウダールームには珍しく大きなガラス窓があるから、駅のホームが全部見渡せた。それが面白いといって、二人でこっそり眺めに行ったわね。愛し合うには大層せまい場所だったけれど、手をつないでいるには充分だった。玩具のような電車がやって来ては出て行くのを見下ろしながら、キス位はしたのかしら。 電車だけじゃないわ、人も車も、とても小さい。こうやって一人で見下ろしてみると、誰がだれやら見分けなんかちっともつかない。ほら、今交差点を渡り損ねた黒いスーツの男。信号の向こう側にも、自動販売機の前にも。沢山の黒いスーツの男が、銀の指輪をして、きっとこれから沢山のあたしに会いにいくのね。 「神様にでもなった」というのがこれのことなら、随分とさみしいものなのね。 そら、10円ぽっちよ。拾うのなんか、きっと造作もないわ。 さようなら。
※作者付記: はじめて投稿します。東京の中で、一番新宿に愛着があります。