「物語を落としてしまいしまいました。」と神様に言った。「僕も良く落とすよ」と神様は言った。「僕の気持ちわかりますか?」と神様に言った。「僕も良く落とすから、わからないよ。」と神様は言った。「そう、だから、ぼくもわからないんですよ。」と神様に言った。「君はからっぽだけど、君はたしかに居るみたいだ。」と神様は言った。「そう。だから苦しい、物語を落とす僕とあなたの物語は。」と神様に言った。「僕はどうしたら、いい?」と神様は言った。「あなたは、僕が物語を描くことを物語ってください」と神様に言った。「だから、それを落としたんだよ」と神様は言った。「だから、僕も落としたんです。」と神様に言った。「そうかな。君が勝手に書けばすむじゃないか。新しい物語を」と神様は言った。「まず、あなたが僕を物語らないと、僕は物語れないんですよ」と神様に言った。「ならば、簡単ではないか。」と神様は言った。「神様は、ぼくを物語った。」と僕は神様に言った。「きみは、神様を物語った。」と神様は僕に言った。
年の始め、六本木アマンドの道筋の「楡」に彼等は集まった。私もその中にいた。所長の岩本正純が口を開いた。「皆よく集まってくれた。礼を言うよ。」下膨れの顔に温厚な小さな目が笑っている。新人の私をよく励ましてくれた岩本はこの10年後に肝臓病で早逝する。「川島君、ホテルオークラのオンラインはご苦労だったね。」岩本が続けた。スポーツマンの川島徹はにこやかに杯を上げてそれに答えた。「えらい目に会いましたがシステムは順調です。」体躯壮健な川島はこの17年後に肺癌で亡くなる。「営業の西田さんのおかげですよ。」西田利明は末席でVSOPをなめながらテレ笑いを浮かべたがまんざらでも無さそうだった。しかしこのさっぱりした好男子の西田もまた岩本と相前後して病死することになる。川島徹が続けた。「成島さんもこの件では功労者ですよ。お客さんの研修では手取り足取りでしたからね。」禿頭の成島広は嗄れ声でそれに答え、「そんなことねえよ、お客さんが優秀だったんだよ。」と謙遜した。その研修の事務管理は岡室洋一だった。「いやいや成島さんは徹夜で資料をチェックしていたね。おれが一番遅いと思うと成島さんはまだ仕事をしていたよ。」3年後、その成島は脳梗塞に倒れ、頭蓋骨を外しての集中治療の甲斐も無く40代で世を去る。それに比べれば岡室洋一が亡くなるのはこの25年後だから59歳。まだ長生きする方だ。エスティーローダーにはシステム/32という、テーブルの大きさの超小型機が設置された。SEの飯島俊明はこの小型機の性能を目一杯発揮してシステム導入を成功させ、その後化粧品会社への導入が相次ぐことになる。「飯島君、焼鳥ムービーをやってくれ。」岩本は飯島の「ケンタッキー焼き鳥ムービー」のまねを所望した。「いやー、岩本さん、はい、これ」と言って鳥がうなだれる格好をする。どっと笑い声が起こった。ひょうきんで痩せ型の飯島の遊びは、しかし、度を越していた。消耗して早々と世を去る日が迫っていた。この5年後に飯島の訃報が社内メールで流れる。資料翻訳は宮内孝文だ。サントリーのラッパ飲みが得意で、歌わせれば名バリトン、アマチュアの合唱は彼をソリストにした。しかしここでは同じく翻訳の佐藤と静かに飲んでいる。そして宮内は肝臓でこの23年後に、佐藤は原因不明でこの翌年に世を去るのだ。ああ夜が明けてきた。岩本の声がする。「さあ次の仕事に取り掛かろうか。」
ふと手を止めると、彼の動きも止まった。なんてことは無い、彼は私に興味があった訳では無かったのだ。手にしたアイスクリームが溶け出すのを見ていたのだ。私は笑った。彼の卑しさが滑稽で、愛しくて、思わず手にしたアイスクリームを放り出して、彼にほお擦りしたいくらいだ。彼の目を見て「ふふふ」と微笑むと、彼は照れたように私から目を逸らした。 陽だまりの公園で日向ぼっこをしながら私たちは心を通わせていた。甘い砂糖菓子の様な時間がふたりの間に流れた。私は気持ちが高まって、愛しい彼にキスをしようと顔を近づけたら、急に彼は私の手を振り解いて駆けて行った…。「何よ…バカ」肩透かしを食らわされた私は、その後姿に怒りの感情をぶつける。彼は若くて可愛いミニスカートの女の子が連れた可愛らしい白い毛のワンコに尻尾を振って挨拶していた…(大っきらい!)「こんにちは。ごめんなさいね〜」私は、飼い主の女の子に愛想笑いで近づいていった。「いえいえ、ダイジョブなんで気にしないで下さい。大きなワンちゃんですね〜」白い犬の飼い主が言った。「あははは、そうですね〜そちらのワンちゃんも、カワイラシクテ」「カワイラシクテ」の部分には棘がある。「あ、ありがとうございます〜」それに気づいたのか、少しオドオド答えた。突然彼は変な動きをしだした。白い犬に腰をクネクネと振りセックスアピールしている…妙な空気が流れた(このバカが!)私は叱り飛ばそうとしたが、飼い主を目の前にしてヤメタ。飼い主も白い犬も、凍りついたみたいに固まっている。「あの、スミマセン…」私は必死で引き離そうと綱を引いた。(ううう。重い…)「本とゴメンナサイね。あんまり可愛い女の子だったから、興奮しちゃったみたいで」私はフォローしようと必死だった。 その時、飼い主の顔がピクリと動いた。「あの〜、男の子なんですけど…」「…えっ……」今度はこちらが固まる番だった。(おとこのこ?)彼は相変わらず剥き出しの欲望なのか、子孫繁栄の本能なのか…白い犬を相手に腰を振り続けている。彼との別れを本気で考えた瞬間だった。「くぉら〜〜〜〜〜!!!!はなれんか〜〜〜!!!!」私は我を忘れて彼を叱り飛ばした。公園中に響き渡る声で。鳩は一斉に飛び立ち、関係のない人々は何事かと振り返り、飼い主は怯える白い犬を抱えてそそくさと逃げていった。彼は私を上目使いの潤んだ瞳で悲しそうに見つめていた。
俺はいわゆる高所恐怖症と言う奴だアイ アム コウショキョウフショー!そんな俺にある日彼女が「ねぇ、スキー行かない?」と誘うものだから二つ返事でOKしてしまったひとしきり雪の感触を楽しんだ後彼女が上の方に行こうと提案してきたいいね! と返してすぐに俺はあることに気付いた上の方に行くというのは坂道を中腹まで登ると言う意味ではないリフトに乗ってコースから滑り出そうと言う意味であるリフトに乗って!かっこ悪いので今まで俺の秘密は彼女に話していない俺は秘密をぶちまけて勘弁して貰うか男らしく数分間を堪えるかの選択に迫られていた俺は男だ…男だ男だ男だー!「すいません高いとこ苦手なんで勘弁して下さい」スキー板を履いていたので土下座は出来なかったがなおもこの天使のような悪魔は大丈夫大丈夫とか言いながら俺を引っ張っていく落ちたら死んじゃうかもしれないんだぞ!あぁ列に並んでしまった…ちょっとお腹が…え? 上の降り場にトイレある? そう…リフトに乗り込み尻に椅子を感じると俺のまぶたは堅く閉じられた…隣で彼女がはしゃいでいる、そんな緊張しなくていいよーとか、すごくいい景色だよーとかあぁもう可愛いなぁチクショウ!「あっホラ、もう着くよ」そうか、ホンの一瞬だったがやたら長く感じたぜー、30秒ぐらいが二時間近くに感じた…ホッと息をついて目を開けると眼下に広がる雪、雪、雪! 前に連なるリフト、リフト、リフト!明らかにまだ半分も来ていないというか30秒で着く訳無いじゃないか俺の馬鹿!横では彼女が悪魔のような笑みをしているダマシタナ…急速に顔が青ざめていくのが自分でもよくわかる彼女は笑いを堪えてプルプルしている畜生!その口がそんな嘘つくのか? 抓ってやろうも手が離せない…今更目を瞑っても周りが見えずに余計怖いというか首を動かすことですら怖い早く着いてくれ!「こっちむいて〜」じゃれるように俺の首を横に向ける彼女こらこらやめなさい…彼女はオレと向かい合うと顔を突き出し目を瞑ったってこれって…ぼっ今まで手をつないだり腕を絡めたりはあったけどそういうのは初めてだ心拍数が上がっていく彼女の顔がアップになるいい匂いがする気がする今こそオレは男になるんだ!「足元お気を付け下さーい」リフトが到着した彼女は照れる様に顔を振ってリフトから降りると一言「続きは下まで降りれたらね」スロープが奈落へ続く溝にも天国に続く階段にも見えた
地下鉄の駅で待っていた。もちろん電車がくる。この世とはもうさよならだ。次の世界に行かなければいけない。静かに、微かな音をたてながら電車がくる。二両しかない電車だが、乗るのは私だけ。ドアをくぐりぬけ中に入る瞬間、言いようのない悲しみが胸を刺す。これまで幾度体験しただろう。それでも未だ、慣れない。私が席に着くのを待って、電車はゆっくりと動きだす。窓の外は真っ暗。何も見えない。次に着くまではこの電車は何も教えてはくれない。私は懐から柔らかい布を出して、腰にさしていた刀を拭く。刀を鞘に収める頃、電車が速度を落とした。今回は到着が早いようだ。かと言って短い距離を走ったわけではないだろう。そもそも、距離という単位ではかれるものなのかも定かではない。とても、眩しい景色が開けた。思わず目を細める。目が慣れてきた頃には電車は止まって、私が降りるのを待っていた。新しい世界に、一歩踏み出す。…暑い。目の前に広がるのは一面砂だらけの大地だ。砂漠か。後ろを振り返ると、もう電車はなかった。電車も、その線路も、砂の下に消えていた。そう、いつものように。これからどうするか。よくよく見れば、遠くの方に街らしき建造物が見える。しかし相当な距離だ。さすがの私も砂漠を歩くのは初めてだ。とりあえず、街に向かって歩き出してみた。「!」小一時間も歩いた頃、不意に何かの気配を感じた。とっさに柄に手をかける。気配は街に向かって右の方。「よう。こんなところで何してるんだ?」そう聞こえた瞬間、右側から砂が舞い上がった。砂埃が止んでみれば、そこには男が立っていた。「見ない格好だな。観光客か?」馴れ馴れしく話かけてくる。敵意はなさそうだ。私は構えをとく。「まぁ、そんなところ。あの街まで行きたいのだけど。」「歩いてか?それは大変だぜ。俺の砂イルカ貸してやるよ。」そう言って男は足元の可愛らしい大きな動物を指した。男がひゅーいと口笛を吹くと、またも地中からもう一頭現れた。「街まで着いたらお前降ろして勝手に俺のところまで戻ってくるからよ。」初対面なのにやけに親切だ。もしかしたら街ではなく違うところに連れて行かれるのかもしれない。「ありがとう。これ、お礼。」懐から黄色い玉を出して渡す。この世界で価値があるのかは知らないが。「お、サンキュ。じゃ、気をつけてな。」どこまでも軽い男だった。私は砂イルカにまたがる。この世界での旅の始まりだ。