「ヘイユー!スタンドアップ!」猫殺しである俺は突然背後に現れた女に命令されて立ち上がる。ぎこちなく振返る俺は心臓を何者かにドンドン叩かれながら緊張による吐気を必死に押さえている。女は黒猫みたいなナリで格好いい。そして手にはナイフを持っていて、それだけで俺は小便を漏らしそうになる。イカつくギラギラ光っているそれは、もうすでに怒りを爆発させて人の肉を切り裂き、真っ赤な、あるいはどす黒い血をしたたらせているようにも見える。俺は俺の体を触ってどこかに穴が出来てないか確かめる。俺は耳の後ろで警報がギャンギャン鳴り出すのを認識する。さて、俺は俺の置かれている状況を確認する。沸いた頭で考える。しかし脳内に白い小鳥が現れてパタパタやるので上手くいかない。何故か小学生の時教室でお漏らしした時の事なんかを思い出す。初めて射精した時の事や幼稚園の入園式で母親に手を引かれて桜の道を歩いた事……ヤッベェ走馬燈、と思ったらいつの間にか女は俺の脇に立ち無惨に引き裂かれた猫を見ている。ゆっくりこちらを向いた女の目は黒々とした睫毛に縁取られ白目が青みがかっていて潤み、光を反射していて怖い。睨むというより瞳孔を開かせて見詰める様はなんかの病気みたいだ。俺のが正常じゃないの?しかして女は正義の味方だ。グチャドロに汚れた俺という悪からいたいけな猫達を守る為に現れた。実際にはもう10匹は既にやられていて守れなかった訳だがこれから先も俺がやる筈だった残虐な猫殺しは起きない事になる。何匹か、何十匹かの命を女は救いに来た。せめて反抗の意思を示そうとガタつく手に力を込めて握拳を作った瞬間、女が動いた。何をされたかよくわからなかったが俺は仰向けにひっくり返った。そこから女に容赦は無かった。まずアキレス腱を切り、立てなくしてから俺の体を引裂いていく。俺は絶叫し痛みと恐怖に失禁する。ひんむいた目に映る景色は時々砂嵐が混るが、基本空のお星様をみていて状況に似合わずロマンティックだ。タラタラ流れる血と一緒に俺という魂も抜け落ち、ただの肉の塊になっていくのを感じる。耳、口、鼻、足、腕、胸。最後に腹をカッサバかれ俺は絶命する。そして。俺の意識が飛ぶ寸前、女はこう言った。「スタンドアップ、私達が連れてってあげるよ。」そして一声「ニャアッ」と鳴き、バラバラバラッと崩れた。複数の猫達に。俺が殺した猫達に。「行き先は、」聞くまでもなく。
「私さぁ、死のうと思うんだ」 学校の屋上。 有刺鉄線のフェンスの向こう側には、和やかな街並が広がっている。「それ、本気?」 僕の彼女である知沙(ちさ)の言葉に呆然としたまま、尋ねた。「ねぇ、ここから降りたら、鳥になれるかなぁ」 僕の質問には答えず、大空を仰ぐ知沙。 今日の空は、人霊を集めたみたいに蒼かった。「……鳥には、なれないだろうね」「そう? それは残念」 少しも残念がる様子は無い。「なぁ知沙……」「君は、天国と地獄ってあると思う?」 天国……地獄……要するに、死後のセカイの存在。「わかんないよ。行ったことないし」「だよね。だからさ、私、行って来ようと思うんだ」「行って来るって、何処へ?」「天国か地獄へ。本当に在るのか、確かめるために」「でもさ、1回行ったらもう帰って来れないんじゃ?」「そう、それが問題なんだよね」 何も問題はない。行かなければいいんだ。 ……彼女とは、考え方が違う。 この時点で、知沙を理解することを諦めた。「そう思ったこと、ない?」 ひとしきり語ったあと、彼女は僕に問うた。「……ないな」「そっか。それは残念」 残念がる様子は全くない。「私は“究極の生”を求めていて、同時に死後の世界にも興味あるから、死ぬの」 死ぬの、って言われた僕は、どうすればいい?「んで、君には、証人になってもらう」「……証人?」「私がこういうこと言ってたってことと、今から10分後にこの下に居て、私が飛び降りるのを目撃したことを証言するの。あ、多分死体惨いから、飛ぶの見たら逃げた方がいいよ。さぁ、早く帰り支度して下に行って」 言われるがままに僕は鞄を持って、校舎裏に行った。 上を見ると彼女が風に吹かれながら、手を振っていた。 彼女は笑っていた。 僕が知る限りでの、最高の笑顔だった。 通夜に出た。告別式にも出た。 知沙の両親は、彼女が何故“自殺”をしたのかわからず、泣いていた。 僕は涙が出ず、悲しい顔のフリだけしていた。 知沙が消えて、3年。 今頃、彼女は何処に居て何を考えているのだろうか。 そう思いながら、母校の屋上に立っていた。 ―――死ぬために生き、生きるために死ぬ。――― この世界の法則……食物連鎖。 澱んだ空気の中で、それは休むことなく進行している。 濁った月は、綺麗だった。 僕は、鳥になった。
中々、めくれない。冬だからといって乾燥してしまうほど年をとっていないはずの僕の手は、マンガの続きを拒むかのように紙にはり付くことを拒否している。大して面白くもないマンガだったので、僕はそれをテーブルに放り投げた。灰皿の横にうまく立たされていた旅館のパンフレットをなぎ倒し、僕のマンガは米軍みたいにずうずうしい侵略を完了した。向かいに座っていた老人はあくびの途中だったようで、僕のせいで入れ歯の調子がおかしくなったのか、あくびをした彫像のように固まってしまっている。 知ったことではない。あくびの老人に駆け寄る女将さんが自分を睨んでいるようなも気もするが、彼女は何も言わない。僕が老人を傷つけたわけではないのだ。「ふぁあぁーあ」老人のあくびがうつったのか、僕もなんだか眠たくなってきた。まぶたが今にも落ちそうだ。風呂上りだというのにこんな風通しのよいところで眠ってしまっては風邪菌にチラシを配っているようなものだということは分かっている。だけれども、この湯冷めする直前のぬるま湯のようなあたたかさに抗うなんて、この旅館のすばらしい温泉を侮辱するようなものじゃないのか?以上、言い訳終わり。 服を着た男が、風呂場に立っていた。 なんとも奇妙な取り合わせだ。白いスーツに黒いネクタイ、赤いサングラス までかけている。その手にはお決まりの日本刀が握られていた。きっととて も覚えきれないほどに長く、由緒正しい名前が付けられているのだろう。[これは夢だな。]こんな馬鹿馬鹿しい光景が夢でなくてなんだというのだ。しかも先ほどのギャグマンガのシリアス場面そっくりである。 唐突に、彼は風呂に浸かっている人々をめたらやったら斬りつけ始めた。 理由などないかのように、嵐が人家を壊すように、地震のように前触れな く。いや、前触れならその手にあったのだ。それなのに、風呂場の人々は逃 げようともしなかった。[馬鹿だな。こんな光景を見せられて、誰が笑うもんか。]あらかた生者を死者へ変換したところで、彼は日本刀を投げ捨てた。僕が捨てたマンガそっくりの軌道を描いて、刀はお湯の底へ沈んでゆく。 カラン目が、覚めた。なぜか僕は、夢の続きを見ているように、風呂場に立ったまま。手には、血のついた刃物が握られている。「僕が、殺したのか?」 カラン目が、覚めた。 カラン、カラン、カラン、カラン、、、、、、カラン。
※作者付記: http://blogs.yahoo.co.jp/hamukiti_19にて他の作品も公開しておりますのでよければご覧になってください。
「あ、」「え?」「雨降ってきたよ」「……ああ、」「どうりで湿ってるなと思ったんだー」「ふーん……」「冷たいね」「いや、何て反応していいかわかんなかった」「そっか」「……うん?」「なに?」「意外とあっさり引き下がるなって」「そお?」「あ、」「?」「冷たいねって、俺の反応が冷たいってことじゃなく雨が冷たいねってことだった?」「……どっちだったでしょう」「じゃあ、後のほうで」「ちょっと、なにしてんの」「雨が冷たいから、手だけでもあっためてあげようと思って」「いいよ、恥ずかしいから」「恋人同士に恥ずかしいも無いだろーう」「あたしたち恋人だったの?」「そうだよ、知らなかったっけ」「知らなかった」心底驚いたような顔をして、美津は雨粒のついた前髪の下で頬を赤くしていた。そういえば、これが初めて言葉に出した告白だったかもしれない。
キィーン…死にたい…(まただ)死にたい死にたい死にたい(うっとうしい)最近どうも変な声が聞こえる耳鳴りが続きその後に聞こえるはっきりとした声である最初は耳鳴りを「気のせいだな!」でやり過ごしていたのだがそれが悪かったのだろうか「やっほー!」今度はホントの声だホントもクソもないがしっかり音として聞こえる分まだこちらの方がましだ「ねぇねぇ課題やった? 俺やってないのよ〜、見せちくれぃ」前言撤回、目に入らない分あっちの方がましに思えてきた 死にたい(またか)医者にでも行ってきた方がよいのだろうか?「ぷりーずぷりーずぅ〜」…医者にでも連れて行ったほうがよいのだろうか怪しげな腰の動きに観念しノートを差し出すと俺の悩みの種その1はせっせと複写作業に移った…死にたい「なぁアンタは幽霊かなんかなのか?」誰もいない屋上で周りに誰もいないことを確かめてから感覚的に右斜め後ろにいるそれに振り向きながら声をかけた死にたい振り返ったはずなのまた後ろから声がする「取り憑いてんのかなんなのかよくわかんねーけど早めに消えてくれ」死にたい聞く耳持たずそんなに死にたいなら死ねばいいのにと思いつつもこのよく解らない声の存在を認めつつある自分に少し驚いた死にたいため息をつきながら空を仰ぐフェンスに体を持たれかけているとふとグランドが眼に入った死…死!死!!!!!!!この声を聞いてから約三日間何事もなく過していた世界が突然に崩れ去った目の前が見えているのに見えているものが解らなくなるという不思議な現象に混乱する目の前にあるものが何一つ思い出せない起きたまま気絶しているような気分だそんな気分もほんのしばらくで終りすぐに俺の意識は暗転していく…「調律完了」?気付くと目の前に人がいたニット帽を被った黒ずくめで見た目も声高も男か女かわからない人だった「君の幻聴は治しといた、あんまり思いつめないでね」学校の屋上で何してんだこの不審人物はそして俺は何を言われているんだ「それではまたどこか、音の在る場所で」あっけに取られている間にそいつは屋上から消えていた夢にしては感覚が…? 耳鳴りがしない治った?なんで?記憶に残る言葉が耳によみがえる耳鳴りのならないことが不安に思ったのは初めてである…「気のせいだな!」精神安定のため自己暗示をかけ俺は日常へと戻ることにしたその人物は渡り廊下の影で呟いた「次はどんな音が待っているかな?」
「む、この子供は!」 魔法使いは、生まれたばかりの赤子を見るなり、震え出す。「どうされました?」 父親が、驚いて尋ねる。 暫しの沈黙の後、魔法使いは重々しく口を開いた。「星が告げておる。この子供は三〇の歳を迎えた後に世界を統べる王となるが、僅か一年にしてその座を引きずり落とされ、凄惨な最後を遂げるが、その次に現れた名君によって千年の平和が保たれるであろう、と……」 それが二十九年前。 そして今丁度、将軍が謀反を持ちかけて来た。 現王は酒色に耽り、今日も狩りと称して村を襲い、罪もない民を何人も殺したという。 兵士のみならず、間者組織すら、王に対し不満を抱き、誰かの決起を待っている。 王は百九名の近衛兵を連れただけで野営中。我らの部隊三千と、将軍の部隊と二千が起てば、包囲が完成し、討ち洩らす事はない。 ――さて。 どうしたものだろう。 凄惨な最後……。 そもそもあの魔法使いのジジイはいつも威張っていて気に入らなかった。ヤツが「ああ、やはり」とか、したり顔で流れる星を見つめるシーンとかになるのは、何としても避けたい。 王になった後に気を付ければ――いや、権力や金が人を変えるというのは、定番だ。 仮病使って指揮は副隊長に任せれば――って、あいつが戦後に「本当の隊長はオレじゃありません」とか言ったらドボンだ。 いっそ今のうちに苦しまず――あー、いやいや、実はその運命が生き別れの双子の兄弟のものだった、とか幾らでも出来るもんなぁ。 あー、畜生。予言なんてのは、途中で曖昧にして「ここから先は本人の努力次第」でいーじゃないかよ!「アジフ大隊長、答えは?」 将軍が、静かに尋ねた。 大隊長は長い沈黙の末にゆっくりと口を開いた。「――但し」「我は、余りに手を血に染め過ぎた、王はアジフ大隊長がふさわしいと思う。受けてくれるか、大隊長?」「はっ」「貴様を王にしたのは間違いだった」「将軍、貴様ああああああ!」「……許せ」「うわぎゃああああ!」「――罪深い我を、皆は本当に王として迎えてくれるのか」「もちろんです、将軍!」「将軍!」「将軍、王様!」 ――こうして、この国に千年の平穏が訪れたのであった。「――大隊長、やるにはやったが、なんだ、この寸劇は?」「『劇中劇運命回避術』ですよ、将軍」「意味があるのか?」 大隊長は、スッキリとした顔で台本を捨て、騎槍を手に取った。「読者の人気さえ出れば!」