森に白い少年がいました。 白い少年には、森の近くに住んでいる赤い恋人がいました。 赤い恋人は幸せでした。 白い少年の白さが彼女を不安にさせる時もありましたが、一緒に過ごす時間が増えていくことで、その不安は小さくなり、今は幸せだったのです。 金色の王様が森の近くにやってきました。 出迎えた赤い恋人はとても苦しくなりました。 金色の王様の連れている白い少女を見て。 あの人はこの少女に同じ白さを感じてしまうのではないだろうか? あの人は白い少女を愛してしまうのではないだろうか? 苦しく、不安な心を隠して、赤い恋人は金色の王様を森へと案内します。 白い少年に出会いませんように。 白い少年が白い少女と出会いませんように。 白い少年は森の中から、金色の王様の一行を見かけました。 もう、自分には関係のない世界の方だ。 けれども、金色の王様の傍らに立つ、一人の少女に目を奪われます。 そして、自分の持つ白さよりも、もっと強い白さを持つ少女に思わず惹かれます。 彼女も元はどこかの国の王女だったのだろうか? なにがあったんだろう? 彼女のあの白さは・・・。 白い少年の視線を追い、そして、表情からすべてを感じとった赤い恋人。 我慢ができないほど、心が苦しくて、痛くて、どうしたらいいのかわかりません。 赤い恋人は息を切らせて泣きながら走っていた。 お願い、助けて! 私、白い少女を殺してしまった。 崖の上、震える手でほんのちょっと押してしまっただけなの。 なのに、白い少女は声も上げずに、そのまま落ちていった。 私、なんていうことを! 走りに走って、白い少年の胸に飛び込むと赤い恋人はそのまま息絶えてしまった。 白い少年は赤い恋人を抱き上げると暗い森の奥へと向かった。 ずっとずっと森の奥へ。 色など、心など、存在しない世界まで行こう。 そうすれば、赤い恋人も僕も楽になれるよ。 ふたり、一緒に行こう。 金色の王様は崖の下で、空を見上げたまま、身動きしない白い少女を、そっと抱き上げた。 白さを受け入れて、自分自身を捨ててしまった少女よ。 身体にも心にも新たな痛みを背負い込んでしまったね。 それでも、私は君を愛しているよ。 君のそばにいることが、どんなに苦しくても、私は君のそばにいよう。 ゆっくり、ゆっくり金色の王様は白い少女を抱いて、夜の森から出て行こうとしていた。 月明かりがやわらかく、金色の王様と白い少女を照らしていた。
※作者付記:小説というよりは、詩に近いのですが、長いものなので、初めて小説部門に参加してみました。
空は暗雲立ち込めていて、雲の所々に黄色い稲妻のしっぽがちょろりと見える。 もう既に体の黒い大人達は、安全な背の低い場所にとまって、高い杉の木のてっぺんを見ていた。 そこには一羽の若い鳥。その鳥はまだ白く、小柄で、嘴も女のようなおちょぼ口。 ピカリと目の前が白んで前後左右もわからぬまま、大人のカラスは一度飛び上がると、それまた一瞬で戻ってきた視界の中に先程の白い若鳥を探した。 若鳥は木のてっぺんには居なかった。それどころか若鳥が居たはずの木もすっかり様変わりして、ススにまみれた線の細いススキのようになっていた。 ススキにしてはしゃんとしていて、杉にしては貧相な木の下にカラスは下りると、黒コゲになった鳥を一羽見つけた。頭をつついてみたが、反応は無い。 香ばしい香りにつついたカラスは少し考えると「食べていい。」と言った。 群がるカラスを目尻に、ため息をつくのは、さっき食べていいと言ったカラス。どうやらそいつがボスなのか、彼女のそんな様子に気付いたカラスが近寄った。 「どうしたんです?」と声を掛けてきたカラスはカラスにしては嘴が短い。 「最近、私ゃ若い衆の相手が面倒で堪らんわ。こちとら勝手にカラスになっただけ。今は相手が面倒で、面倒で…」 そう言ったボスガラスを見て、何を言ってらっしゃると声を掛けたカラスはピーチク話す。 このウルサイカナリアめ!とボスガラスは心の中で思った。 「そもそも、カラスとはなんて良い生き方だと言ったのは、あなたでしょう?」というカナリアカラス。 ボスガラスは、はいはいとため息をつくと、電線に止まり体が真っ黒になったあの日を思い出す。食べる物も制限されず、自由に飛びまわれ、人間のバカにしかえしをたくらんだあの日を。 彼女はそれまではカゴに飼われた鳥だったのだ。 今ではゴミステーションの栄養豊富な食事でここまで肥えてしまったが。 「人間もいいかげん、カラスの正体に気付けばいいのに。」
※作者付記:自分のページに掲載した作品です。随分前回から間が空きましたが、今度はなるべく間を空けずに積極的に応募していきたいです。
「やったぞ! 私の妻に子供が出来た!!」 「え……?」 男のはち切れんばかりの声は、一瞬にして、村の空気を凍りつかせた。ただ一人、陽気に浮かれ喜ぶこの男を除き、村人は、沈みきった顔つきで呆然と佇んだ。 「赤池さんとこの、じいさんが逝くんじゃなかろうか」 「どうかの。そう、うまいこと事が運ぶかなぁ」 「北川さんとこの坊主が産まれた時は、ちょうど武田さんのばあさんが、寿命でポックリ逝ってくれたんだがの」 「子供なんぞ作りおって」 「まぁまぁ。出来てしまったものは、仕方あるまい」 「いっその事、死産にでもなれば……」 「滅多な事は言いなさんな。今回もきっと、いい具合になるさ」 「あぁ、そうだな。仏様が見ていてくださる」 9ヶ月後。とうとうその日が来た。妊娠中の夫婦を除き、98人全員の村人が集まった。彼らは皆、焦りを感じていた。 「誰か病の床に伏している者はおらんか」 「皆、ピンピンしとる」 「さて困った。もう産まれてしまうぞ。どうすればいい」 「……」 皆、顔を見合わせる。考えがない訳ではなかった。だが、その言葉を口にするのが恐ろしかったのだ。村長は頭を垂れながら言った。 「……一人、選ぼう」 その言葉に誰も驚かなかった。村長は、あらかじめ用意していた道具を、村人達の前に差し出した。 「ここに箸の棒がある。一本だけ、先端に赤い印をつけてある。これを引いた者が……」 「……し、塩木さんが犠牲になるべきだ!!」 突然、村人の一人が大声で叫んだ。その顔は、見るも哀れなほど、引きつっていた。 「今回の妊娠は彼の責任。時を見て、計画的にやれば、こんな事にはならなかったはずだ!! ち、違うか!?」 誰も返事をしない。肯定こそしないが、否定もしない。困惑の表情は、しばらくの間、地を見つめていたが、やがてそれは村長に向けられた。村長は深く息を吐くと、蚊の鳴く様な声で言った。 「……仕方あるまい」 その声で、数人の男達が動き出した。妻に寄り添いながら、我が子の誕生を待ち侘びる男を殺める為に。村人達は、最後まで言葉を発さず、男達の背中を静かに見送った。 「すまない。村の掟は絶対だ」 村長は、狂った操り人形の様に、一人、何度も何度もそう繰り返していた。 やがて、男達が戻ってきた。全てが終わり、悪夢から覚めたその顔は、以前に増して青白く、生気を失っていた。男達のただならぬ様子に、村長は恐る恐る尋ねた。 「どうした?」 「双子が産まれた」
「椿ちゃんお線香持ったー?」 「持ったよー。香、水筒は?」 「もったー」 午前10時。母はお弁当を、私は掃除の道具と花を、まだ小さい妹は自分の水筒を持って家を出た。今日は父の命日だ。 父は3年前に病気で亡くなった。香はその時まだ保育園で、お葬式でも不思議そうにして、「お父さんは?」と私の袖を引っ張ったりしていた。 お墓は山の上にある。私達は自転車を必死に漕いで長い長い坂を登った。香は私の後に乗って「椿ちゃんファイトー」とのんきに応援してくれていた。 霊園についた時には汗だくだった。息切れしながらバケツに水を汲み、父のお墓へ向う。止まると動けなくなりそうだったので、すぐに掃除に取り掛かった。 墓石を磨き、雑草を抜き、花瓶を洗い、持って来た花を生けた。そうしている間にも汗がだらだらと流れた。 掃除が済むとロウソクに火をつけ、一人ずつ順番に線香をたむけ手を合わせた。 「はーサッパリした。よしお弁当よ〜」 「わーい!」 お墓参りの後は霊園のベンチに座ってお弁当を食べる。変かもしれないけど、景色がいいのでとても気持ちいいのだ。木陰のベンチに座るとスウと汗が引いた。 卵焼き、ハンバーグ、蓮根挟み揚げ、ブリ照、ブロッコリーのマリネ、きんぴらごぼう、梅干しのおにぎり、お茶。 「旨い旨い〜」 「うまい〜」 お腹がペコペコだったのですごい勢いで食べた。香もほっぺをリスみたいに膨らましておにぎりを頬張っている。 …私はそっと、その可愛いほっぺから目を逸らした。チラと母がこちらを見た気がした。 ご飯を食べると香は母の膝枕ですぐ寝てしまった。健やかな寝顔。知らぬ間にお腹に手をやっていた。…今も、そこに何かがいる気がして。 「痛むの?」 遠くを眺めていた母が急に聞いた。 「あ、ううん」 「まだ…思い出すわよねぇ」 「………お父さんは、怒ってると思う?」 母は少し考えた後、 「お父さんは椿を溺愛してたから。どうしたって最後は椿に優しくしたはずよ」 と言った。 鼻がツンとしたので慌てて上を向いたら、空の高くを鳶が飛んでいて、お父さんかな、と思った。 母も鳶を見ながら、 「将来結婚して赤ちゃんが産まれたら、その時はお父さんに見せにこようね」 なんて言うので、私は急にダムが壊れたみたいになって、香が起きてしまう程に泣いた。 涙に濡れた目に初夏の緑は眩しい程に輝いて、全ての生命を祝福しているように見えた。今は無い、消えてしまった生命さえも。
昔、あるところに竹取の翁がおりました。 山に入って竹を取り、様々なものを作る事を仕事にしていました。 ある日、竹を取りに来ていた翁は、光る竹を見つけました。不思議に思いながらも、切ってみると、中には小さな女の赤ん坊がおりました。 子のいなかった翁は、大喜びで赤ん坊を家へと連れ帰りました。 「ちょっとあなた、聞きました? 隣の竹取さん、光った竹から女の子を見つけたそうですよ?」 赤ん坊を拾った竹取の翁の隣りに住む、竹取の翁の妻の嫗が言います。 「それが大層美しい子で、随分元気そうだとか」 「むむ、それは羨ましい話だ」 隣の翁が言います。 隣の翁と嫗の間にも、子がなかったのです。 「もう一本ぐらい、同じような竹があるかも知れない。ちょっと行って来る」 「お願いしますよ」 隣の翁は、鉈を手に竹藪へと向かいました。 竹藪に着いた隣の翁は、きょろきょろとあちこちを見回します。 けれど、竹はいつもと同じように深い緑色をして、風にさやさやと揺れるだけです。 「光る竹は、どこだ!」 隣の翁は怒鳴りますが、返事もありません。 「ないか、どこかにないか……」 隣の翁は、竹藪の中を歩きます。 けれど、どんなに歩いても、光る竹は見つかりません。 「ふむ、案外、光り方が弱いのかも知れん」 隣の翁は、手当たり次第に竹を伐り始めました。 隣の翁が女の子を捜して竹を切り始めてから、しばらくして。 「あなた、今日も見つからなかったんですか?」 「……うむ」 隣の翁は、いっぱいの竹を持って帰ります。 「かぐや姫様は、今日も高貴な御方に求婚されたそうですよ」 「聞いてる」 「けれど、どんな方の求婚もお断りしているとか――」 「聞いていると言ってる!」 隣の翁は怒鳴ります。 「見つからないんだ、見つからないものは見つからないんだ、仕方ないじゃないか」 「はぁ……ええ、まあ、そうですけれど」 沢山の竹を持って、隣の翁は今日も帰って来ます。 「……今でも不思議ですよ。かぐや姫様が、月のお人だったなんて」 「うむ」 隣の翁は、嫗の言葉に小さく頷いて、干した竹を割ります。 「もしも見つけてたら、隣の竹取さんのように、泣き暮らしていたんですかね」 「かも知れんな」 細く切った竹を編み始めます。 「光る竹、見つからなかった方が、幸せだったんでしょうかね」 「多分な」 また、竹を割ります。 「冷静に考えると、我らのキャラの位置付け的に、中から化け物が出て来るのは必至だろうし」
部屋に帰ってみると、女が死んでいた。 後ろ向きで顔は見えないが、とりあえず、ぶら下がっている。 白いワンピースと、白い足が揺れている。 誰? 何? どうして? 「こんばんは」 突然、背後で声がした。 太いような、澄んでいるような、不安にさせられる声。 振り返る勇気を私が出す前に、男は私の横にやって来て、続いて床にドッカと座った。 見下ろすと、綺麗なつむじが見えた。 「あー。やっちゃいましたね。」 つまらなそうに、呟いた。 あぁ、声を聞きたくない。不安になる。しかし・・・ 「誰なんですか?」 「あぁ、彼女は香織さん。」 「何なんですか?」 「いや、何かね、彼女“帰りたい”って言い出してさ。」 「何で、私の部屋に帰って来るんです?」 「あなたの前に住んでいたんだ。」 男は床をパーの手でぱんぱんと叩いた。 「ここに。」 「はぁ、そうなんですか。あの、鍵とかは・・・」 「へ?俺が開けたよ?」 然も、当たり前のように彼は言った。彼に“鍵”など関係はないようだ。 「でもさぁ、君が住んじゃって、部屋が変わっちゃって、悲しかったんじゃない?」 そんな事で死なないのでは・・・。と言いつつも、死ぬかもな、とも思う。 「どうしてここに帰りたかったのですか?」 「知らないよ。」 彼はどこか遠い目をして、うっとりと話し出した。 彼の声は太さを増し、澄み渡り、艶を持って、ネットリと背中を撫でる。 あぁ、不安。 「“私には帰る場所があるはず”と、うわ言の様に繰り返してね。じゃあ、住んでいた場所を辿ってみればいい。と言ったんだ。」 「で、ここだった、と? 何箇所くらい回ったのです?」 「んー。」 男はしばらく、うんうん唸っった後、満足そうに頷いた。 「100くらい。」 「そんなに。」 この揺れている女が、スーツケースを持って滑る様に宙を舞っていたのだ。 ふわふわ、ふわふわ。 きっと、夢のように。 男は、先程の“うっとり”が嘘の様に、またつまらなそうに呟いた。 「まさか、ここだったとはねぇ。」 納得がいかない。という顔。 「あのさぁ、ここっていうか、アレだったんじゃない?」 私は、揺れる女を指差した。 男はしばらく考えて、ワザとらしく手を叩いた。 「なるほどね。」 そして、大笑いした 「香織さん、変な人だと思ったのに。意外に普通だったな。」 そして更に言った。 「今度は“帰る所”じゃなくて“行く所”を探している人にしよう。」 そう言って、彼は私を仰ぎ見た。 初めて、私は彼の顔を見た。ゾクッとするほど、美しかった。 「あなた、探してない?」 今度は甘い旋律の様な声。 あぁ、不安になる。 「うーん。あなたは僕が嫌いなようだ。」 彼はニッと笑って立ち上がり、部屋から出て行った。 あぁ、私は何も探していない。 私は、選ばれなかったのだ。 私は、選ばれたかったのだ。 私は、部屋のドアを開けて、彼の後を追った。