父方の実家の近所に観音様と呼ばれている町工場のおじさんがいて、身体の弱かった私は、父方の実家に帰省するたびにお参りに連れて行かれた。 観音様が私の顔をじっと見て、紙を見ないでペンを走らせ、漢方薬の種類や分量、飲み方などを書いていく。 その煎じた漢方薬は苦くて、大嫌いだった。 何年目かに町工場なくなっていて、でかい体育館みたいな建物になっていた。 中は畳敷きで広く、相談がある人はそこに座って順番を待つのだ。 並んで順番を待っていたおじさんが 「私の妹です」と隣に座って泣いている和服姿のおばさんを観音様に紹介した。 おばさんは痩せていて、おばさんのわりにはきれいな人だなと思った。 おばさんは、おじさんや観音様に何を言われても 「夫は私のことを好きだって言ってくれるんです」と泣き続けた。 「好きという言葉は隙だらけ。惚れてると言われなくちゃ」 あれから、苦い漢方薬を飲まなくなって、寿命と言われた二十歳も過ぎて、観音様の息子が後を継いだと聞いたけど、もう思い出す事もほとんどない。 でも 「好きという言葉は隙だらけ。惚れてると言われなくちゃ」 という言葉は、何故か、心に残っている。
手の平から落ちた 優しい物 霧しか見えない 目は要らない どうして なぜ 救いを求めて 突き放して 今日もまた 悲しみが鳴る
小さい人 小さい人 何故泣いているの 人の生き様を虚しく思うの 誰も彼も生きるにはあまりに小さくて 取るに足らないから 許せないの もっと輝けもっとっ叫べ 生きていることを 小さな人、もっと暴れろ 世界はこんなにも大きい。 小さい人、君は私 私はこんなにも自由 小さい人、もっと苦しみもがけ 君は生きている 取るに足りるほど多いに叫んでやれ 今ここに生きていることを 際限ない苦しみの中、 もがきながら行き続けていることを 世界中に主張しろ。
※作者付記:いろんな人の詩を読みたいです。