「あっつー…」 意味が無いと分かりつつもぱたぱたと生温い風を自分に送る。 暑いからわざわざ扇いでるのに風が生温いんじゃ意味が無い。 意味が無いと分かってはいるんだけど、暑いから扇ぐ。 「だったら自分の部屋戻ってクーラーつければいいじゃねぇか」 「バーロー、電気代の高さ嘗めてんじゃねぇぞ」 「払ってんのお前じゃねぇだろ馬鹿」 「クーラー壊れてるんだよ」 「最初からそう言えよ!」 暑いからと乗り込んだ幼馴染の家。 手土産にアイスを持って行ったら渋々ドアを開けて中に入れてくれた。 「てかさ…、何でこういうときに限ってあんたの部屋もクーラー壊れんの?」 「知るか、クーラーに聞けよ」 「…クーラーさん、何で壊れたの? やっぱこいつがウザいから…、それともいつも働かされてるから嫌になっちゃった? もしくは「すみません、俺が悪かったのでもうやめてください」 真面目な顔をしてクーラーに問いかけていたら謝られた。 馬鹿め、お前があたしに勝とうなどと10年早いわ! 「っあー…、にしてもホントに暑いわ…」 「仕方ねぇだろ、もう夏になるんだし」 「分かってるけどさー、やっぱ暑いじゃん」 二人であたしの手土産のアイスを食べる。 この暑さで若干溶けてしまったが味に変わりはない。 何の変哲もない棒アイスだけど、今の暑さの中では癒しだ。 「ねぇ、そっちの美味しい?」 「ん、美味い」 「じゃ、ちょうだい」 「ん」 突き出された白い棒に齧り付く。 お返しにあたしの食べていたアイスを突き出せば同じように齧り付かれた。 口の中に広がるさっきとは違う甘さに少しだけ頬を緩ませる。 こいつの顔を見ると同じように少し笑っていた。 少し口角の上がった口元に何となく目がいく。 アイス食べたから、甘いかな。 多分あたしは暑さに頭をやられたんだ。 そうじゃなきゃ、こいつに 「…、おいどうかしたか?」 こいつにキスするわけがない。 押し当てた唇から伝わったのは柔らかくてちょっとだけ冷たい感触。 ぺろ、と舌を出して唇を舐めたらやっぱりアイスの甘い味がした。 「…何、欲求不満?」 「甘そうだな、って思っただけ」 「何だそれ」 呆れた顔をしたこいつに別に、と言って離れる。 さっきの場所に座って何事も無かったようにアイスを食べる。 そんなあたしを見ていたこいつも溜息を吐くとまたアイスを食べ始めた。 「…なぁ、付き合う?」 「別にいいけど」 何となく目が合って、どちらからともなくまた口付けた唇からはほんのりとアイスの味がした。
「中村ちゃんっていつも傘持ってるよね」 今更だったかと思うが気になったので聞いてしまった 彼女は一瞬キョトンとした顔をして 「え? え? 変かな?」 と困ったような恥ずかしがるようなしぐさをしてきた 「ううん! 変じゃない! むしろ似合ってる! すっごい可愛い!」 思わず抱きしめたくなる小動物的しぐさに私は慌てて訂正した 「あ、ありがと」 赤くなってうつむく彼女を見ていると 私男だったら良かったのに と意味不明な思考が浮かんでくる 「でもいっつも同じ傘持ってるよね、その黒くてゴツイやつ」 「あ、うん」 そう聞いたとき少しだけ彼女の顔に憂いが走った気がする 「もっと可愛いのは持たないの? ピンクとか水色とかいろいろあるじゃん」 「この傘は…特別だから」 そう言って傘の柄を愛しそうに撫でる彼女は とても可愛らしいのにどこか母性的な美しさを醸し出していた 少しボーっとした私は頭を振って意識を取り戻した 「?」 「何でも無い、何でも」 落ち着け私落ち着け、どっちも女だろ 本気でちょっとまずい思考がもたげかけていた私には気付かず 彼女はとうとうと語り始めた 「私、お兄ちゃんが居たんだ、前に事故で死んじゃったけど」 「ぁ、ごめ」 思わず情けない声を上げてしまう 「ううん、誰かに聞いて欲しいの、もう大丈夫なんだなって思うためにも」 「うん」 彼女は強い純粋にそう思えた 「お兄ちゃんは逆利きでさ、私と並んで歩くときはいつも右側歩いてた」 ころころと笑いながら話す彼女は年相応の笑顔振りまいている 本当に幸せだったんだろう 「傘差すときはいいけど利き手どうし繋いじゃったら歩きにくいよねぇ」 「その傘…」 急に傘のことが出てきて私はひらめく 「それって…」 「そう、お兄ちゃんも私も小さいから二人で歩く時はこの大きいの一本差してた」 彼女は木でこしらえてあるその傘の柄をぽんぽんっと叩いた 「でもお兄ちゃんが死んじゃって、雨の日も晴れの日もなんだかちょっと寂しくなっちゃって」 彼女は私の反対側、右側に寂しそうな切なそうなそんな顔を向けていた 「だから、傘を持つようにしてるの、ホントは手持ち無沙汰なだけで鞄とか何でもいいんだけどね」 そう言ってはにかむ様が私には何故か強がっているように見えた 「あ」 彼女は何か思いついたかのように傘を差し始めた 「降って来た?」 「うん…ちょっとだけど」 私はそれ以上言わず彼女の差した傘に入った 晴れ渡る空の中、アスファルトの上にほんの二三滴雨粒が落ちた
「やったっ、席空いてた!」 図書館の自習室スペースに空席を見つけ、制服姿の田中美鈴は小走りに駆け寄る。 それから、バッグを置きどっかり席に腰を下ろす。 バッグの中からペットボトルのお茶を取り出すと、一口飲んだ。 「ふぅ……」 大きく溜息をつく。 クーラーの効いた図書館内の空気が、肺の中から身体を冷ますようだった。 自習室から見える外は、梅雨の晴れ間の強い日ざしに照り付けられ、陽炎が見えている。 もう一口お茶を飲んでから、美鈴はバッグからノートと教科書を出し、勉強をし始める。 十五分程、経って。 「おっ、まだ席あった」 嬉しげな声と共に、小走りに男がやって来て、美鈴の隣の席に座る。 私服を着ているが、美鈴と同じぐらいの年齢をしている。 「――って、え? 斉藤君?」 「ん? あ、ええと……」 「田中よ」 「ああ、田中さん」 斉藤浩一は、笑みを浮かべる。 「何してんの?」 「何って――あ、いや、期末の試験勉強よ」 「試験勉強?」 浩一の笑みが、冷笑に変わる。 「試験なんていうのは、普段の実力を発揮するべきものなんだ、それに向けて何か改めて勉強するなんて、全くもってナンセンスだと思うね。やらない方が良いよ。いや、むしろやってはいけないと考えるべきだね。間違いなく、絶対に確実に。実力以外の何かをごまかしで積んで見せたところで、人生においてなんのプラスにもならないよ」 じっと聞いていた美鈴は、浩一の言葉が途切れたのを見計らってゆっくり口を開いた。 「――性犯罪の描かれているゲームは、我が国では考えられない。製造、販売、所持、空想する事、タイトルを口にする事、あらゆる事が性犯罪と同等だと考えるべきだ。即刻発禁にするのが最善の選択だと思うよ、総理」 「分かりました大統領、我が国で陵辱を扱うコンピュータゲームの一切を発禁に致します」 「うむ。これで、あなたの国も、我が国のように性犯罪が起きない国になるだろう」 「――斉藤君、仮にそれに一片の真実が含まれているとしてさ」 「なに?」 「赤点に追試まで落ちて高校二年生に進級できず、そのまま不登校、退学、ニートになり、あまつさえ心配する親を殴って殺人未遂まで起こして、保護観察中のあなたの言葉に、あたしが従うと思う?」