「ふむ。ぱちり。」 「こりゃ決まったな。パチリ。」 「まだ決まってなどいない。ぱちり。」 ぶーたれた顔で何を言い出すんだコイツは。 「…パチリ。」 「何を馬鹿なという顔をしているな? ぱちり。」 「いや馬鹿なって言うか見るからに負けてるじゃん。パチリ。」 目下のオセロ盤は殆んど黒で覆われているっつーのに。 「まだ決まってなど、いない。ぱちり。」 「はいはい。パチリ。」 んな詰まらなそうな顔しながら行っても説得力無いって。 「君はもう少し物事を広い視野で見えるようになった方がいい。ぱちり。」 「なんだよそれ。パチリ。」 「例えば成績を比喩に出そうか、私は目下一桁に位置しているが君は欄外だ。ぱちり。」 「悪かったな。パチリ。」 今更なこと言いよってからに。 「別に蔑んでいる訳じゃない。単純な話、私が君に負ける筈など無いと言っているだけだ。ぱちり。」 十分蔑んでる様に聞こえるんですけど。 「それこそ関係ない話に聞こえるんだけど。パチリ。」 「その台詞が聞きたかった。ぱちり。」 はい?。 「…?。パチリ。」 「君の言ったとおり成績はオセロの強さに関係ない、同じように現時点の優劣も勝敗には関係ない、と解って欲しかっただけなんだ。気に触るようなことを言ってすまない。ぱちり。」 いや俺が頭悪いのは今に始まったことじゃないから…って納得しかけたけど。 「いや、有利不利は滅茶苦茶関係あると思うけどな。パチリ」 「フム、まだ解らないか。ぱちり。」 「解らんわ。パチリ。」 「まぁいい、なら諦めたまえ。ぱちり。」 別に解らんでいいっちゅーの。 「…パチリ。」 「…ぱちり。」 「…パチリ。ってあれ?」 「ぱちり。どうかしたか?」 あれ…おかしいぞ白と黒の数が逆転している…。 「あれ…? パチリ。」 「何だ諦めたんじゃなかったのか? ぱちり。」 いや諦めるってあれ? あれ? あれ?。 「???パチリ。」 「? 何かズレてると思ったら、もしかしてお前自分が勝ってるとでも思ってたのか? ぱちり。」 「え? パチリ。」 「折角私が言外に諦めるなと言っていたのに聞く耳を持たなかったのはそういう訳か。ぱちり。」 えぇー…。 「…パチリ。」 「まぁオセロに限らず私に勝つのはもう少し先だな。ぱちり!」 「…バタン。」 連敗記録更新…。 「勝敗だけが勝負で無し、そう気を落とすな。少なくとも私はお前と遊べて楽しかった。」 「…。」 やっぱお前はズルイ。んな顔されたら『つまんねぇ』なんて軽口吐けなくなるわ。
「こんにちは」 「誰だよ、おまえ」 「死神と申します」 「死神?? ってことは、まさか……」 「はい。あなたの余命はあと半年ということになりましたので、お伝えに参りました」 「おいっ! 余命半年ってどういうことだよ!!」 「あなたは末期癌に侵されています。もう手遅れです、残念ですが諦めて下さい」 「何故だ!? なんで、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ」 「あなたは幸せを独り占めしてしまったからです」 「幸せを……独り占め??」 「人間の幸せというのは、本来は平等でなくてはいけません。しかも、幸せになる回数というのは限られております。あなたは、安定した職業に就き、美しくすべてに完璧な奥様をもらい、お子さんを三人ももうけ、マイホームまで手に入れてしまった。そこまで一人で幸せを独占してしまうと、平等に割り振ることが困難になるのです」 「そんな滅茶苦茶な話があるかよ! 就職だって、結婚だって俺がどれだけ努力してきたと思ってんだ」 「しかし、同じように努力したけれど不幸なまま一生を終える人もいるわけですから」 「そんなこと知るか! 俺はまだまだやることが残っているんだ。死ぬわけにいかないんだよ」 「ですが、あなたが亡くなることによって、結婚できない不幸な方が奥様と再婚することができます。子宝に恵まれない不幸な方が、養子としてお子さんたちを引き取ることもできます。なかなか出世できなかった不幸な方が、あたなの抜けたポストに就くことができます。マイホームを手にできなかった不幸な方も……」 「わかったよ! わかった。だからといって、俺が死ぬしか方法はないのか?」 「……それでは、お子さんたちが交通事故死、もしくは奥様が強姦され殺れるという選択肢もありますけれど」 「頼む、それだけはやめてくれ! わかった、俺が死ねばいいんだろ? 死ぬよ、死んでやるよ」 「やっとおわかりいただけたようですね。亡くなられるまでは、あと半年猶予がございます。ご家族とよい思い出をつくってください。それでは失礼致します」
私は此処が嫌い。 あなたが嫌い。 自分が嫌い。 でも、此処が好き。 あなたが好き。 自分は嫌い。 廃れたビルの陰で石がそう言った。 私は此処が好き。 あなたが好き。 隣の蒲公英が答えた。 どうして? 私なんかのどこが好き? 石が問いかけた。 蒲公英は笑っているだけで答えなかった。 石と蒲公英の前をカラフルな靴が忙しく行き交っていた。 そのカラフルな靴の幾つかは時折、蒲公英の前で止まり、靴の持ち主は蒲公英を愛でた。 石の前で止まる靴は、なかった。 私も綺麗になりたい、と石は泣いた。 その石が流した涙が綺麗だという事を蒲公英だけは知っていた。 ある日、いろんな運動靴を履いた複数の小さな足が石の目の前で止まった。 石は喜んだ。蒲公英も、それを嬉しそうに見つめていた。 カラフルなランドセルを背負った少年達が、石でサッカーを始めた。石は何度も蹴られたが、痛くはなかったし嫌でもなかった。石は嬉しそうに笑っていた。 しかし、誰かに蹴られた石は蒲公英に当たって、茎を折ってしまった。 あなたの所為じゃないわ。 蒲公英が苦しそうに笑った。 石は泣かなかった。 自分より下の地面に這い蹲っている蒲公英を無表情に見つめて、嫌な笑みをその口元に携えた。 蒲公英が初めて石の前で一粒だけ、涙を零した。 それでも石は泣かなかった。 一人の少年が思い切り石を蹴った。石が溝に落ちた。 「ゴール!」 蹴った少年が叫んで、皆いなくなった。 隙間から差す太陽の光から目を逸らして石は思った。 私は此処が好き。 自分が好き。 此処には私よりも醜いものが沢山ある。 白い蒲公英の綿毛が飛んできて、石の隣に落ちた。 可哀想に。此処ではあなたも綺麗に咲く事なんてできないわ。 そう言って石は笑った。 春になった。 暗い溝の中の石の隣に小さな蒲公英が芽吹いた。 小さくとも綺麗な黄色い花を咲かせて凛とした姿でそこに在った。 それだけではなかった。自分よりも醜いと思っていた黒い泥が誇らしそうに、愛おしそうに蒲公英を見上げていた。 微かに入り込んでくる太陽の光が祝福するように蒲公英と泥を照らしていた。石の在る所は陰になっていた。 石は、蒲公英と泥を恨めしそうに睨んだ。 そして悲しくなってまた、泣いた。 あんたなんて嫌い。 自分なんか嫌い。 皆嫌い。 溝の中の石の涙は黒く汚かった。 蒲公英だけが知ってしまった。石の涙が醜くなった事を。 蒲公英が、泣いた。
※作者付記:第三者が話を進めていく形で書いたのは初めてです。 人間以外の主人公も初めてですね。 何か、ごめんなさい。
また、ね。 「隣、良いですか?」 がたごとと揺れる電車の席の一つ。私の黒い鞄が置いてあるその席を指差して、さっきの駅で乗り込んできた男の人が尋ねた。 「どうぞ」 私は鞄をどけて膝に乗せた。 「どうも」 人の良さそうな笑みを浮かべて、彼は隣に腰掛けた。その瞬間、ふわりとタバコの匂いがした。 「良い天気ですね」 「そうですか」 話しかけたきた彼に、怪訝そうな顔をして私は答えた。外は、鉛色の空から、雪が降っている。 「どちらまで?」 「**です。あなたは?」 「僕もです。奇遇ですね」 ニコニコと笑っている。私はその笑顔に冷静な瞳を返す。 「学校ですか?」 私の大きな鞄を見て、彼は再びニコニコ笑ったまま尋ねた。 「えぇ。あなたは…里帰りですか?」 「そうです」 大きなボストンバックを抱えている彼が、初めて笑顔意外の表情を向けて、言葉を続けた。 「最近実家の母が、そろそろ身を固めろと煩いので、億劫なんですがね」 「彼女、いないんですか?」 私が不思議に思って尋ねると、照れたように笑って、「えぇ」と答えた。 「昔、フラれてそれっきり」 「どうしてフラれたんですか?」 「特別な感情がなくなったそうですよ」 寂しそうに笑う彼に、私はわざと視線を窓の外に向けた。 「奇遇ですね」 「え?」 「私も昔そう言って、大事な人をフったことがあります」 そういえば、あの日も雪が降っていた。 「そうなんですか」 彼はそれだけ言った。その一言で、私は一気に冷静を取り戻した。 「普通、たまたま電車で隣り合わせた人とこんな会話しないと思いますけど」 「たまたま、ならね」 彼が含みのある言い方をしたので、私は何となくむっとする。 「同じ電車に乗り合わせること自体奇跡的確率なんですからね」 トゲのある口調で言っても、やはり彼はニコニコ笑っているので腹が立つ。 「――でもね、同じ電車の同じ車両に乗り合わせたのは偶然かもしれないけどね、君だったから隣の席に座ったんだよ」 そりゃそうだろう。辺りは空席が目立っているのだから。 「次は**…」と、アナウンスが流れた。それから間も無く、電車が止まって、ドアが開く音がした。 「それじゃあね」 「あ」 私はとっさに立ち上がった彼の服の袖を掴んだ。 「なに?」 「――会えて嬉しかったです」 「俺もだよ」 「また、ね」 「うん、またね」 その言葉を聞いて、私は袖を離した。 またどこかで会いましょう。私の世界で一番大好きだった、先生。
「はぁ、はぁ、はぁ……」 僧侶、法念は朝から走り廻っていた。 「檀家を……全ての檀家を廻るのだ、そして、酒をゴチになるのだ……」 しかし、既に顔は真っ赤で、重そうに腹を揺すっている。 それでも彼は足を止めない。 次の檀家へやって来て、チャイムを鳴らす。 「明けましておめでとうございます!」 「や、や? これは和尚様……なんだってわざわざ……いや、その、上がってお屠蘇でも一献召し上がって行って下さい」 「わははは、お布施を断っては功徳の妨げ、ご馳走になりましょう」 当然のように、上がり込む。 出されたおせち料理の中の高い物から順に食べて行き、酒をがぶ飲みする。 法念が卑しいからか? 否、断じて否。 「お年始回りとは、ご丁寧な事で」 半笑いで主人が酌をする。 「年賀状やメールなどもありますが、やはり檀家の皆様にはきちんと顔を合わせてご挨拶せねばと思いましてな、はっはっはっは!」 笑いながら、法然は杯を干す。 「左様でございますか……」 「では、御主人も一献――おや、なくなったようですな」 「でしたら、そろそろ――」 「すみません、奥方。もう一本持って来て下され。ああ、いやいや、徳利ではなく一升瓶で構いません。こっちで勝手にやります」 法念は主人と酒を飲み、料理を喰らい続ける。 胃のキャパシティは限界に近い。 フル稼働する肝臓は、ミラクルハイパー超絶ウコンDXFX三井フィナンシャルAN錠によるドーピングがなければ、既に破壊されていたに違いない。 それでも法然は喰う、呑む。 檀家との良き関係を保つ為、止める訳には行かないのだ。 頑張れ法念! ファイトだ、和尚! ガッツだ、和尚! 和尚、ガッツだ! 和尚ガッツ! おしょうガッツ! おしょうがっつ! おしょうがつ! おしょうがつがつ! 和尚ガツガツ! ガツガツ喰ってんじゃねーぞ、この生臭坊主! 「――っていう意味だっけ、お正月って」 「なんか、切り所おかしくねえ? なあ?」