校門を彩る桜の花びらはそれは美しく、 今日という日に卒業できたことを少しだけ感謝する。 ふと視界に知っている顔を見つけたので声をかける。 「よお」 白いセーラー服は眩しい位、桜に似合っていた。 「や」 チラリと俺を一別するとまた桜の方に目を向ける。 「卒業式、晴れてよかったな」 「…そうだな」 困ったように笑いながら同意された。 そんなに変な事を言っただろうか。 「もう帰りか?」 「いんにゃ、おっさんに挨拶してく」 「そうか、私も先生と話してくかな、行こう」 校舎のあちこちから野太いおめでとうコールや女子達のすすり泣きが聞こえる。 コイツも今日は流石に仕方ないと眉根を寄せて苦笑いしている。 人ごみを除けながら俺たちは上へ上へと階段を昇っていく。 屋上に着くと髭面の中年が慌てて両手を後ろに回した。 「煙でバレバレですよ」 「お前らか」 ヤレヤレといった風にタバコをふかし始める。 本当に教師かコイツ。 「で、今日は何やった? 下が騒がしいぞ」 「卒業式ですよ先生」 本当に教師かコイツ。 「あぁそれでか、なんだお前ら殊勝にも俺に別れの挨拶ってか?」 「まぁな、おっさんには一応世話になったからな」 「私もです、この学校で一番お世話になりました」 「同じ台詞も美人に言われると違うな、卒業したら俺んち来るか?」 本当に教師かコイツ。 「遠慮します、もう暫く学業を続けますので」 「もったいねぇの、で坊主はどうすんだ? おまえら俺に進路相談とか一切しなかったろ」 「そういうのは担任とした」 「冷たいヤツめ、…最後のお遣いだ、ホレ。俺は行く、じゃあ頑張れよ」 「何だ? って屋上のカギかよ。自分で閉めろよ、あのおっさん! っつーかお前何か話しあったんじゃ?」 「いや、いい、先生は全部解っている様だった …最後なんだ少し下を見ていかないか?」 「…そうだな」 下で聞いた時はあれほど騒がしかった音もここではさざめきのように聞こえる。 あまり眺めていると帰れなくなりそうだったので適当に切り上げることにした。 「そろそろ行くか」 振り返ると扉を背にして立つ影が見えた。 「その前に君に一つだけ言って置きたい事がある。 …薄々は気付いてるんじゃないかと思う」 ? 急に何の話だ? 「そんな間抜けな顔をするなっ、こっちが馬鹿みたいじゃないか…」 ? 「もういいっ! とにかく言うぞっ!」 「私は君の事がっ…」 「あいつ等上手く行くのかねぇ? ま、卒業おめでとうだな」 「先生っ! 何咥えてるんです!」
馬鹿じゃないですか、と、彼女が笑ったものだから、俺は自分が振り絞った勇気そのものを否定された気がして、そのままその場を立ち去ったのだった。 生まれて初めての失恋だった。 好きになったのはバイト先の女の子。よくシフトが一緒になるから、色々な話をした。大学も近いから、途中まで一緒に登校したこともあった。周りの人も店長も“もう二人は付き合っているもの”と勘違いしてしまうほどに固めた。 それなのに、言われたのだ。「馬鹿じゃないですか」と。 帰ってから無性に苛々して、彼女が好きだと言っていたから読んだ本も、彼女が見たいといっていたDVDも全部捨てた。それらはゴミ箱に入りきらないほどだったので、余計に苛々した。 次の日またバイトに行くと、彼女はいつもと変わらずににっこり笑った。 「お疲れ様です」 そう言って、いつもと同じ香水の匂いをさせて、控え室から出て行こうとした。 「待って」 俺は何を思ったのか、挨拶もしないで彼女を引き止めた。 「なんですか?」 「…どうしても納得できないんだけど。俺のことそんなに嫌いだったの?」 しつこい奴と思われても構わなかった。この胸のもやもやをはっきり晴らしてくれないと、俺は大好きだった彼女を大嫌いにしてしまいそうだった。 「…何言ってるんですか?」 「え?」 「先輩が私をからかったんでしょう?」 むっとした表情で俺を見上げる彼女に、俺はきょとんと目を丸くした。 「か、からかった…?」 「だってそうじゃないですか。先輩モテるし頭も良いし大学だって国公立だし! 私なんて私立の、誰でも入れるようなアホな大学な上に、可愛くないし、トロいし、先輩に迷惑かけるばっかりだし、そんな私と付き合いたいなんて、からかっている以外なんでもないじゃないですか!」 彼女がまくし立てるようにそういうのに対し、俺は表情筋が狂ったように笑い出していた。 「――…何、笑ってるんですか」 むっとしている彼女に、俺は笑ったまま言った。 「馬鹿じゃないの」 「え?」 「そんなの関係ないじゃん」 「関係ないって…」 俺は彼女の目をじっとみて、緩んでいた頬をきゅっと引き締めた。 「俺が知りたいのは、俺のこと好きかどうかって事」 彼女は困惑したような目で俺を見上げて、それからゆっくり口を開いた。 「大好きですよ」
「ねぇ。」 委員会の仕事が残っていて、それを一生懸命こなしている僕の傍らで彼女は僕を手伝ってくれる訳でもなく足を組んで偉そうに向かい側に座っていた。 「ねぇってば!」 「……何?」 僕は、半分も終わっていないその仕事から手を離さず彼女に返事をした。 「もしもさ、もしもよ?もしも私が悪い人達にからまれてたら助けてくれる?」 「う〜ん。多分。」 「何、その曖昧な答え。」 「あんまり怖そうな人達だったら……。」 「だったら?」 「逃げる。」 「サイッテー!」 そう言って彼女は僕の机を思いっきり揺らした。お陰で字が崩れて読めなくなってしまった。 「嘘だって。」 消しゴムをかけながらまだ少し不機嫌な彼女をなだめるように僕は言った。 「助けを呼びに行くよ。」 「……意気地なし。」 「…………。」 「……じゃあさ、もしも私が犯罪者になったらどうする?」 「自首を勧める。」 「……あっそ。ま、人としては正解ね。」 「そりゃどうも。」 「彼氏としてはどうかと思うけど。」 「そう?」 「う〜ん。そうでもないか。」 「どっちなんだよ。」 「ま、要はそこに愛があればいいのよ。」 理解不能だ……。 「じゃ、最後の質問ね。」 「……まだあるんだ。」 「だから最後だって!」 「あ〜、はいはい。どうぞ。」 「私が死んだら死んでくれる?」 ……次は何を言ったら意気地なしと、サイッテーと言われてしまうんだろう。さっきから内心彼女の言葉に傷ついていた僕は彼女に嫌われない答えを必死で探した。 「うん、死んであげるよ。」 「あっそ。馬鹿ね。」 即答だった。僕はまたさり気に傷ついている。そんな僕に彼女は更なる追い討ちをかけた。 「私は多分そんな事望まないわ。だからあなたが私を追って死ぬのなら、それは単なる自己満足ね。そのくせ『死んで“あげる”』なんて押し付けがましいと思わないの?」 「……あっそ。じゃあ、死んでやらねー!」 「ふ〜ん。冷たいのね。」 僕は消しゴムを落とした。 「どっちなんだよ!?」 「どっちもだけど?」 「さっき俺が死ぬことなんか望まないって言ったろ!?」 「多分って言った筈。」 「矛盾してんな。君って。」 「私だけじゃないわ。乙女心って矛盾してんのよ。」 「ああ、そう……。」 僕はやっと終わった仕事を手に教室を出た。彼女は僕の隣を歩いている。 「悠音。」 「何?」 「俺が死んだら、死んでくれんの?」 彼女は不敵に微笑んで言った。 「さあ?」 僕はちょっと笑って彼女より長生きしてやろうと心に決めた。
「……ようやく解読された文献から、不思議な事実が判明しました」 イ・ベロレ(※金星言語の為、3文字分眉をしかめるジェスチャーを含む)博士は、疑似認識ディスプレイに表示されるサンプルを拡大する。 この時代標準的な通信による学会発表の為、イ・ベロレ(※)博士は自分の研究室のベッドに横たわったままディスプレイを思念操作している。 古代の記録媒体は、劣悪な工程を想像させる歪な円形をしていた。 「これが記録装置ですか? 何故円形を?」 聴講者の一人が、不思議そうに尋ねる。 皆から失笑が起こる。 考古学常識をわきまえない質問に対するものだった。 「点による読み取りを行う都合上、記録面を回転させる必要があったのです」 イ・ベロレ(※)博士は、丁寧に説明してから、続ける。 「記録されていたのは、飲み物の製造方法でした」 「飲み物……ですか」 「複雑な工程と材料を使用し、作り上げられるもののようです。解読したものがこちらです」 聴講者達に解読内容を伝達される。 「む? これは、伝統的飲み物と類似しているのではないか?」 「いや、類似とまでは呼べまい。製造シミュレートをした結果、遙かに味が落ちる」 「形状は似ていると言えまいか?」 「だとして、何故、より複雑な工程を使用し、味が落ちるものを作らねばならんのだ?」 聴講者達は議論を始める。 「そう、それこそが正しく不思議な点なのであります」 「それほど不思議でしょうか? 主原料を節約する為ではありませんか?」 「ところが、当時の気象データを分析しても、原材料は充分に栽培出来たであろうとの結論に達しています」 「宗教的な理由で、含まなければいけない物質があったという事は?」 「推測も混じりますが、当時の宗教はそれ程細かな戒律は持っていなかったと思われます」 「まことに、古代人は不思議な事をする」 「それで博士」 「なんです?」 「これの名称は何と呼ぶのですか? 表情子が付いていないので、読み方が今一つ分からないのですが」 「ははっ、この時代の文字は音声子のみで構成されます。ですから、こう表現されますね」 イ・ベロレ(※)博士は、合成した音声を流した。 『はっぽうしゅ』